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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

暑くて熱い夏・第3話

海の別荘の滞在予定は一週間。それだけの長期休暇をもぎ取って来たソルジャーとキャプテン、それに「ぶるぅ」が張り切っているのは当然です。一応、非常事態に備えて自分たちの世界のシャングリラ号を常に追ってはいるそうですけど、まず心配は無いのだとかで。
「初日から海を楽しめて良かったよ」
明日以降はどうなるか分からないから、とソルジャーが言ったのは夕食の席。別荘のシェフが腕を揮ったコース料理を味わっている真っ最中です。私たちの前にはホワイトソースの焦げ目が食欲をそそるロブスターのテルミドールが…。
「どうなるか分からないだって? 自制すれば済むことじゃないか」
それが出来ないのならお好きにどうぞ、と会長さん。
「海で遊ぼうと思ってるんなら、夜の時間は控えめに! 夜の時間の方が大事だと言うなら止めないよ」
「んー…。大事だと言うか、何と言うか…。ハーレイと二人きりで過ごせる時間はシャングリラでは殆ど無いし、この機会を逃したくないんだよ。次に長期休暇を取れるのがいつになるかも分からないんだし」
「「「………」」」
それを言われると私たちだって何も反論できません。仕方ないか、とロブスターをナイフとフォークで殻から外し、切り分けて口に運んでいると。
「あ、そうだ」
ソルジャーが唐突に声を上げ、ロブスターの身を刺したフォークを手にしたままで。
「ジンゼンシキって、何なのさ?」
「「「…ジンゼンシキ?」」」
それはこっちが訊きたいです。テーブルの上には今夜のメニューが置かれていますが、そんな料理は載ってませんし…。顔を見合わせている私たちの様子に、ソルジャーは。
「うーん…。その感じだと、一般的ではないのかな? ブルーが浜辺で言っていたから、常識なのかと思ってたけど」
「「「???」」」
ますますもって心当たりは皆無でした。会長さん、そんな単語を言いましたっけ? 浜辺での話題はソルジャーのお肌自慢とバカップル。それから後は海で砂浜でと遊びまくってワイワイ騒いでいただけで…。しかし、会長さんには思い当たる節があったようです。
「えっと…。それって、もしかしてハーレイ……。そう、こっちのハーレイとぼくとの会話?」
「うん。君がズラズラと立て板に水の勢いで並べ立てていたヤツ」
「神前式に仏前式…って言った続きに?」
「そうそう、それの続きにジンゼンシキだよ」
ぼくの記憶に間違いなし、と語るソルジャーは得意げでした。
「そこまでの流れが流れだからねえ、結婚式の一種かなぁ…って。初耳だから気になってさ。…ジンゼンシキってどんなヤツだい? 人の前って書くのかな、と勝手に想像してるんだけど」
「……書き方としてはそれで合ってる。だけど中身は色々だよ」
特に約束事は無いようだ、と会長さんは指を折りながら。
「まずは指輪の交換と……誓いの言葉も言うのかな? 結婚証明書も作ると思う。だけどその辺も自由なんだよ、人前式は」
「へえ…。もしかして凄く簡単だったりする? 結婚します、の一言だけで済むくらい?」
「極端に言えばそうなるね。人前式って言うくらいだから立会人とでも言うのかな? 式に参列してくれた人が結婚したことの証人です、っていう形だよ。それだけのことだから挙式する場所も何処だっていいし、宗教だって気にしない。最近、人気があるみたいだね」
「なるほどねえ…」
そういう形もあるものなのか、とソルジャーは感心しています。エロドクターと模擬結婚式を挙げようとしたソルジャーだけに、結婚式というのは一大イベントだと思い込んでしまっていたらしく…。
「そんな風に挙式出来るんだったら、もしかして今でも出来るわけ? たった今、ぼくが結婚しますと宣言しても無問題?」
「「「は?」」」
「だからさ、今、ぼくのハーレイと結婚します、と宣言しても結婚したことになるのかな、って訊いてるんだよ。指輪も何も用意が無いけど」
「「「!!!」」」
なんと、そういう展開でしたか! バカップルだとは思ってましたが、夕食の席で電撃結婚する勢いで付き合っていたとはビックリです。いえ、深い関係なのは知ってましたよ? 知ってましたけど、結婚ですか…。

ポカンと口を開けたままの私たちを無視して、ソルジャーは人前式を挙行する気になっていました。ロブスターのお皿は下げられ、牛リブロースステーキが各自の好みの焼き加減で届いています。この後はデザートのケーキにフルーツ、コーヒーか紅茶で夕食は終わり。
「ぼくの世界じゃシャングリラの中しか暮らせる所が無いからねえ…。結婚式だって簡単なものさ。人前式ってヤツと似てるかな? ぼくはハーレイと結婚したって構わないんだけど、なにしろハーレイが乗り気じゃなくてさ」
そうだよね? と問われたキャプテンは咳払いをして。
「え、ええ…。ブルーのことは愛していますが、そのぅ……ソルジャーとキャプテンが結婚となると、シャングリラの秩序がどうなるのかと…。ソルジャーにしてもキャプテンにしても、最高権限を持つ役職です。そんな二人が結婚すれば、シャングリラを私物化していると思われそうで…」
「大丈夫だって言ってるのにさ、そうは思いません、の一点張り! ぼくたちの仲はバレバレなんだし、結婚しようが何も変わりはしないのにねえ? なのに隠し通そうと頑張ってるんだ、ハーレイは。…この辺りのヘタレ具合も直らないらしい。それでも前よりは遙かに情熱的だし、多少のヘタレは大目に見ないと」
欲張ったらキリが無いんだし…、とソルジャーがキャプテンの手を軽く叩くと。
「…分かりましたよ、どの辺りを食べてみたいんです?」
キャプテンは自分のお皿に乗ったステーキを切り分け、ソースを絡めて。
「どうぞ」
「ん…。…………。やっぱりお前とは好みが合いそうにないな」
美味しい肉には違いないけど、と呟くソルジャー。要するに私たちの目の前で「キャプテンに食べさせて貰っていた」わけです。このバカップルを何とかしてくれ、と叫び出したい気分でしたが、それよりも。
「…多少好みが合わないからこそ、結婚してみる意味もあるかと…。ぼくたちの世界で結婚するのは無理そうだから、こっちの世界で結婚しようと思うんだよね。人前式なら今すぐだって出来ちゃうんだろう?」
デザートが終わったらやっていいかな、とソルジャーは赤い瞳を煌めかせて。
「それとも食事が済んでから場所を移した方がいい? プールサイドも良さそうだよねえ、ライトアップが綺麗だし…」
「ちょ、ちょっと…」
ちょっと待った、と会長さんがやっとのことでソルジャーの話を遮りました。
「人前式で結婚するって、本気かい? 君のハーレイは結婚に賛成していないんだろ?」
「それはぼくたちの世界での話! こっちで結婚したからといって、あっちで公にしたりはしないし、ぶるぅだって秘密は守れるさ。…出来るよね、ぶるぅ?」
「うん! ブルーとハーレイはぼくのパパとママだもん! ちゃんと結婚してくれた方が嬉しいもん! 言っちゃダメなら内緒にしとくよ」
約束するもん、と「ぶるぅ」も結婚に大乗り気です。ということは、残るはキャプテンの意見次第で…。
「ハーレイ、お前はどうなんだ? シャングリラには影響が無いと分かっている世界でも、ぼくと結婚するのは嫌か?」
「と、とんでもありません!」
なんと、キャプテンは即答でした。
「あなたと結婚したくないわけがありません。ただ……ただ、そういう機会が無かっただけで……」
「決まりだな。…結婚しよう、ハーレイ」
「……ええ、ブルー……」
デザートのお皿も来ていないというのに、バカップルは熱いキスを交わしてしっかりと固く抱き合っています。会長さんは何て言いましたっけ? 誓いの言葉さえあれば人前式は成立するんでしたっけ? なし崩し式に立会人にされてしまったようですけども、ソルジャー、キャプテン、御成婚おめでとうございます~!

翌日の朝、バカップル……いえ、ソルジャーとキャプテン夫妻は朝食の席に姿を現さず、代わりに「ぶるぅ」がトコトコと一人でテーブルにつき、明るく元気一杯に。
「かみお~ん♪ 今日からよろしくね!」
「「「えっ?」」」
「えっとね、ブルーもハーレイも朝御飯の時間は疲れてるから、お休みなの! 起きられるようになったら出て行くよって言っていたけど、それまでお世話になりなさい…って」
「「「………」」」
新婚熱々の御夫妻は育児を放棄したようです。私たちに「ぶるぅ」の面倒を見させて、自分たちは何をしているのやら…。文句タラタラでトーストやサラダ、ソーセージなどを頬張る私たち。
「そういや、あいつらの部屋の前に「起こさないで下さい」って札があったな」
キース君が毒づけば、マツカ君が。
「ええ。朝食はお電話があったらお届けすることになっているんです」
「なんだって? そこまで決まっていたのかい?」
いつの間に、と会長さんが尋ねると、マツカ君はニッコリ笑って。
「ご結婚なさったわけですからね、色々と気配りが必要かと…。それで執事に相談したら、お食事は御希望があればルームサービスにした方が良い、ということで」
「「「ルームサービス!?」」」
「そうなんです。お飲み物などもお届けすることに決まりました。お食事は基本はルームサービス、お部屋の掃除はお二人がお出掛けの間に手早く、です」
あちゃ~…。ということは、最悪の場合、御夫妻とは最終日まで顔を合わさないかもというわけですか…。執事さんが有能なのは素晴らしいですが、新婚バカップルの愛の巣なんかをわざわざ作ってあげなくても…。
「なんでこういうことになるかな…」
会長さんが頭を抱えているのとは逆に、教頭先生は感動中。いつかは自分も同じような『邪魔の入らない新婚旅行』を実現させたいみたいです。もちろん相手は言うまでもなく会長さんで。
「ブルー、二人を祝福してやらないと…。私たちの世界に初めて来てから今日までの間に何年かかった? 想い合っていても三年以上もかかったんだ。片想いだけで三百年だと先は長いな」
「先は長いって…。本気で言ってる? まあいいけどね、思ってるだけなら実害は無いし。…その点、ブルーはどうかと思うよ。散々バカップルっぷりを垂れ流した挙句にお籠りだって?」
考えただけで溜息が出る、と会長さんは新婚夫妻の部屋の方角へ目をやって。
「マツカ、ぼくが頼んでいた夜釣りだけどね。予定変更、今日から毎晩! 漁船のチャーター費用ってヤツは思った以上に安いようだし」
「毎晩ですか? そりゃあ……チャーター費用は充分ですけど…」
「お釣りが来るだろ、毎晩でも? バカップルがお籠りしているんだよ、少しでも離れていたいじゃないか」
夜釣りが済んだら寝に帰るだけ、と主張している会長さんに私たちも大賛成でした。昼間はビーチで、夜は海の上。バカップルとは距離を置くのが一番被害が少なそうです…。

お籠り中の新婚夫妻はその日は姿を見せないまま。もしかしたら昼食は部屋から出たのかもしれませんけど、私たちの方がビーチから戻らずに過ごしていたので分かりません。育児放棄された「ぶるぅ」は「パパとママがラブラブなのはいいことだ」と思っているらしく、御機嫌で海で遊び続けて…。
「ねえねえ、夜釣りって何をするの?」
そっちも楽しみ、と「ぶるぅ」は早めの夕食の席ではしゃいでいます。船に乗るので夕食は軽めのメニューでした。とはいえ、シェフの気配りで栄養たっぷり、バテないように色々工夫が。
「夜釣りかい? 魚を釣りに行くんだけどね、ぼくが頼んだのは釣りじゃない」
「「「え?」」」
会長さんの答えに『?』マークだらけの私たち。彩りよく盛られた海老やグレープフルーツ入りのアボカドのカクテルを食べている手も止まりましたが。
「行けば分かるさ、港に行けば…ね。ぼくも初めて挑戦するんだ」
釣りじゃないのに夜釣りとは如何に? 深まる謎に夕食のテーブルは大いに盛り上がり、食後はハーブティーを飲んでいざ出発! マイクロバスで小さな港に着くと明かりの点いた漁船が待っていました。
「いらっしゃい! まず救命胴衣を着けて下さいね。それから、いきなり船の上で振り回すのは初心者さんには難しいですから、そちらで練習なさって下さい」
「「「……えっと……」」」
船長さんの指示通り救命胴衣を着けた私たちの前に並んでいたのはスチール製の握りがついたタモ網でした。長さは私たちの背丈ほど。教頭先生には余裕の長さですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」には少し長すぎませんか? でも…。
「ああ、お子様でもそのサイズです。でないとトビウオは掬えませんよ」
「「「トビウオ!?」」」
「皆さん、御存知なかったんですか? これからトビウオ掬いに出航します。相手は空も飛びますからねえ、そのくらいの網が必要なんです。充分に素振りしておいて下さい」
出航準備をしてきます、と船長さんが乗り込んで行くと、お手伝いらしき船員さんが。
「もっとこう、大きく振り回さないとダメですよ。集魚灯に向かって泳いでくるのを掬うんです。場合によっては飛んでますから、その時は虫採りの要領でパッと」
まさか空飛ぶ魚を獲りに行くとは想像もしていませんでした。網は見た目よりも軽く、「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちもブンブン振って遊んでいます。これって釣りより面白いかも? 間もなく出航した船は夜の海を沖へと進み、集魚灯を点けて待機中。んーと…。何もいませんよ?
「海をよく見て下さいね。青白いものが近付いて来たら、そこをすかさず掬って下さい」
船員さんに説明されても何の事だか…って、キース君!?
「お見事!」
キース君のタモ網の中で魚がピチピチ跳ねていました。船員さんがトロ箱に入れています。トビウオ掬いは競い合うのが醍醐味だそうで、人数分のトロ箱が。これは私も頑張らないと、と思う間もなく会長さんが掬ったようです。続いて「ぶるぅ」が、ジョミー君が…って、うひゃあ!
「かみお~ん♪」
私の目の前に飛んで来たトビウオを「そるじゃぁ・ぶるぅ」の網が一閃、素早くキャッチ。こうなってきては負けられません。えーい、掬って掬って掬いまくっちゃえー!
「そっち、そっち!」
「うわーっ、来たー!」
トビウオ掬いは体力勝負。どのくらいの時間を戦っていたのか分かりませんが、港に戻った私たちは新婚バカップルの存在を気持ちよく忘れて眠れる程度に疲れていました。一番沢山掬い上げたのはキース君で、次点が教頭先生です。新鮮なトビウオはフライにすると美味しいそうで、明日の朝食が楽しみかも…。

こうして私たちの別荘ライフは昼間はビーチ、夜は漁船で海の上。新婚バカップルがビーチに来る日もありますけれど、バカップルだけに不可侵条約が暗黙の了解事項になっていて…。ともあれ、無視する術は身につけました。バカップルは食事もルームサービスで食べるのですから。しかし…。
「うーん、やっぱり一発お見舞いしないと気が済まないよね」
不穏な台詞を口にしたのは会長さん。別荘ライフも残り三日という日のことです。朝食のテーブルで揚げたてのトビウオを頬張りながら、会長さんは真剣な顔で。
「…ブルーが結婚したいのは分かる。そして結婚したらしい。…でもって、ぼくたちが迷惑を被ってるわけで、ここは仕返ししておきたい」
「やめなさい、ブルー」
止めに入ったのは教頭先生。
「人の恋路を邪魔するな、と昔から言われているだろう。馬に蹴られて死にたいのか?」
「だから色々考えたさ。邪魔にならなくて、仕返しも出来て、一石二鳥の方法を…ね。もしかしたら仕返しどころか喜ばれちゃって終わりかもだけど、そうなったらそれはその時のことで」
「…何の事だか分からんのだが…」
「結婚証明書を用意してあげようと思うんだ。せっかく結婚したというのに証人がいただけだろう? 思い出になる品を持って帰れれば幸せだろうし、証拠にもなる」
それが最高、と会長さんはブチ上げましたが、結婚証明書の何処が仕返し? 喜ばれて終わるのは火を見るよりも明らかですが…。「ぶるぅ」だってワクワクしてますし!
「かみお~ん♪ 結婚証明書って、結婚したって証明だよね? わーい、本当にパパとママが結婚したって証拠が出来たら、今よりもっと仲良くなるよね! それって最高!」
用意してよ、と「ぶるぅ」はピョンピョン飛び跳ねています。食事の最中に跳ね回るのは、お行儀がいいとは言えませんけど…。ところで、結婚証明書って何処に行ったら買えるのでしょう? それとも会長さんが手作りするとか?
「朝御飯が済んだら出掛けよう。今日もたっぷり泳ぎたいから、用事は早めに済ませたい」
そう宣言した会長さんは、食事が終わると私たち全員に「一緒に来るかどうか」を意思確認し、全員が「行く」と答えた時点で会長さんの泊まる部屋へと移動して…。
「何処へ行くんだ?」
教頭先生の問いに、会長さんは。
「ブラウロニア」
「「「えっ?」」」
それって大きな滝と原生林とで有名な場所の名前では? そんな所へ何をしに、と思う間もなく会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオン発動。私たちの身体がフワリと宙に浮き、降り立った場所は神社の境内でした。確かブラウロニアの三つの神社を巡る参詣道が世界遺産で、そのパンフレットで見たような…?
「ブラウロニアの本宮だよ」
滝があるのは別の神社、と説明しながら会長さんはスタスタ歩いてゆきます。そっか、やっぱりブラウロニア三山っていう神社の一つに来ているんですね。だけど、どうしてブラウロニアへ…?
「ちょっと買い物。いや、買い物と言ったら罰が当たるかな? 頂きたいものがあるからさ」
何が何だか分からないまま、私たちは神社にお参り。お参りが済むと会長さんは社務所に向かって…。
「おカラスさんをお願いします」
「「「???」」」
なんですか、それ? キョトンとしている私たちの後ろで教頭先生がウッと息を飲んだのが分かりました。会長さんが受け取った袋に視線が釘付けですけど、ちょっと大きめの紙袋に入っているのが『おカラスさん』かな? これで用事は終わったらしく、私たちは再び瞬間移動でマツカ君の別荘へ。
「ぶ、ブルー…」
紙袋を備え付けの机の引き出しに入れようとしている会長さんに、教頭先生が震える声で。
「おカラスさんとか言っていたな? その言葉には聞き覚えが無いが、その紙袋はブラウロニア誓紙か?」
「…流石は古典の教師だけあるね。正式名称はブラウロニア牛王神符、通称『おカラスさん』。世間一般にはブラウロニア誓紙と呼ぶようだけど」
これで結婚証明書の用意はバッチリ、と微笑む会長さんに、教頭先生が心配そうに。
「いや、その…。最盛期には遊女と馴染み客の間でも交わしていたと聞くがな、大丈夫なのか、本当に?」
「高僧のぼくが扱い方を誤るとでも? 問題ない、ない」
さあ海に行こう、と会長さんが号令をかけ、私たちは着替えに走りました。今日もビーチでバーベキュー! 夜はトビウオ掬いですよ~。

別荘ライフも残り二日となった日の朝、食堂のテーブルには熱々のトビウオのフライ。毎朝美味しく食べてましたが、この味とは今日でお別れです。楽しかったトビウオ掬いは昨夜が最後だったのでした。今夜も行くのだと思っていたのに、会長さんが予定変更してしまって…。
「トビウオ掬いは来年だって行けるしね。それでも行きたくてたまらないなら、シーズン中にまた連れて来てあげる。瞬間移動でパパッと来ちゃえば宿の手配も要らないしさ」
だからおしまい、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「えっとね、今夜はパーティーするんだって! ハーレイとブルーが結婚したでしょ、そのお祝いをしていないから、みんなで祝ってあげなさい、って」
「「「………」」」
そう来たか、と私たちは昨日の『おカラスさん』とやらを思い返して納得です。あれで作った結婚証明書を渡してお祝いしようと言うのでしょうけど、食事はルームサービスで食べるバカップルが出て来るのかな…?
「ブルーの部屋には手紙を入れておいたんだ。結婚式をした思い出に最後にパーティーしないかい、って。どうせ明日には揃って電車に乗り込むわけだし、お互い無視し合った状態のままで最終日を迎えてしまうよりかは、賑やかに祝福のパーティーを…とね」
ああ、なるほど。それでバカップルが出てくれば良し、出て来なければ豪華な夕食でおしまい、と。毎晩トビウオ掬いでしたから、船酔いしないよう夕食メニューはサッパリしたものが続いていました。今夜は久々にコッテリ系かな? 海で丸一日遊びまくれるのも今日が最後ですし、しっかり泳いでおかなくちゃ!

日が傾くまで海で遊んで、更にプールでひと泳ぎ。その間にバカップルとは一度も出会いませんでした。これは駄目かもしれないね、と話しながら部屋に戻ってお風呂と着替え。それから食堂へ出掛け、テーブルについて…。主賓のソルジャーとキャプテンの席は空席です。
「…来ないのかな?」
ジョミー君が呟いた所へ「ごめん、ごめん」と声がして。
「こういう席には何を着るのか分からなくって…。それで様子を見てたんだ。普通の服で良かったんだね」
「お招き下さってありがとうございます。…恐縮です」
ソルジャーとキャプテンがラフな格好で現れました。そっか、お祝いの席にはドレスコードというものが…。何も考えていなかった私たちはTシャツなどの普段着です。会長さんも教頭先生も改まった服は着ていませんし、会長さんの連絡ミスか、はたまたこれも仕返しなのか…。真相は分からないまま、まずは乾杯。
「ブルー、結婚おめでとう。それにハーレイも」
会長さんがシャンパンのグラスを手にして祝辞を。
「お祝いが遅くなったけれども、二人の前途を祝して乾杯!」
「「「かんぱーい!!!」」」
和やかに食事が始まり、素晴らしい料理が次々と。ソルジャーとキャプテンはお互いに食べさせ合ったり、キスをしたりとバカップルも此処に極まれりです。会長さんが毎晩トビウオ掬いに連れ出してくれていなかったなら、私たち、バカップルが気になって寝不足に陥っていたのかも…。
「幸せそうで良かったよ。…ところで、ブルー」
残るはデザートという段になって、会長さんがソルジャーに。
「君の性格からしてウェディングケーキは今更じゃないかと思ったんだよね。君の世界のハーレイも甘い食べ物は苦手らしいし、お祝いのケーキが仇になるのは良くないだろう? だからデザートは普通なんだけど、代わりにプレゼントを作ってみたんだ」
「…プレゼント?」
「うん。結婚証明書を手作りしたのさ。新郎新婦と立会人の代表が署名する仕様。ぼくの署名はしておいたから、後は君とハーレイが署名をすれば完成だ」
「本当かい?」
ソルジャーの顔がパッと輝き、キャプテンの頬も緩んでいます。
「結婚証明書ですか…。お心遣いに感謝します」
「嬉しいよね、ハーレイ。早速署名といきたいけれど、食事の後かな?」
尋ねられた会長さんが頷いて。
「お遊びのヤツじゃないからね。証明書にも敬意を払ってほしいんだ」
「ふうん…。なんだかドキドキしてきたよ。じゃあ、食事が済んだら宜しくね」
ハーレイと仲良く署名するんだ、とソルジャーは大喜びでした。ほーら、やっぱり仕返しになっていませんよ…。

そして訪れた署名の時間。二階の広間に場所を移して、中央にテーブルが据えられています。白いテーブルクロスと生花で飾られた其処へ、会長さんがスッと一枚の紙を。
「これが結婚証明書。ぶるぅのママがどっちなのかで揉めたりしたのを知っているから、新郎とも新婦とも書いてはいないよ。二人の名前を書く欄があるだけ。どちらの欄に署名するかは好みでどうぞ」
「そこまで考えてくれたのかい? えーっと、ソルジャーのぼくの名前が先でいいかな? それともキャプテンの署名の方が先なのかなあ?」
「ソルジャーが先だと思いますよ、ブルー。あなたあってのシャングリラです」
お先にどうぞ、とキャプテンが譲り、ソルジャーはテーブルに備え付けられていた羽根ペンでサラサラと署名しました。続いてキャプテンがペンを手にしたのですが、会長さんがスッと制して。
「…署名する前に、大切なことを言っておかないと…。この証明書の裏には『おカラスさん』が貼ってあるんだ。ほらね、カラスの模様が可愛いだろう?」
裏返された証明書の裏には沢山のカラスが躍っていました。それで『おカラスさん』なんですね。
「とある神社が発行していて、ブラウロニア誓紙と呼ばれている。この紙に書いた誓いを破ると神社のお使いのカラスが一羽亡くなり、誓いを破った人間の方も血を吐いて地獄に落ちるんだってさ」
「「「!!!」」」
か、会長さんったら、そんな恐ろしい物を作ったんですか? それが結婚証明書ってことは、ソルジャーとキャプテン、別れたりしたら大変な事に…。けれど顔面蒼白の私たちを他所に、キャプテンは迷うことなく署名して。
「…ブルー、誓ったのは私の方です。私が誓いを破った時は血を吐いて地獄に落ちるでしょう。けれど、あなたはどうぞ自由に…。あなたが私を捨てて行かれても、あなたは地獄に落ちません」
「……ハーレイ……?」
「あなたが先に署名なさって良かったです。後に書き込んだ私一人が罰を受ければ良いのですから」
縛られることなく御自由に…、と微笑むキャプテンは包容力に溢れていました。ソルジャーは「馬鹿っ!」と叫んで、「一人で地獄に行かせはしない」と命令口調で言い切った後は、キャプテンと強く抱き締め合って二人の世界。会長さんの仕返しとやらは脅しにもならず、絆を深めるだけの結果に…。
今年の夏の海の別荘は結婚式の会場となり、帰りの電車でも新婚バカップルは熱々でした。ソルジャー、キャプテン、どうぞ末永くお幸せに~!


 

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