シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
先生方からの今年のお歳暮はオークション形式で競り落とされた様々なもの。私たちは会長さんに協力させられ、共同入札という特殊な形で教頭先生とホームパーティーを開く権利を落札しました。そのパーティーをどうしようか、と相談している真っ最中に出現したのが空間を越えてきたソルジャーで…。
「いいじゃないか、ハーレイも一緒にぶるぅの誕生日パーティーの仕切り直し! クリスマスは塞がっているんだよね? ちょうどいい、ぼくも今年はシャングリラの方でパーティーしたいし」
ソルジャーは勝手に仕切り始めています。
「シャングリラのクリスマスはちゃんとサンタが出るんだよ。ぼくはサイオンでプレゼントを配る係をしたこともあるけど、サンタの衣装も気に入ってるんだ。久しぶりに着てみようかな」
「…君はそっちでパーティーしてればいいだろう?」
唇を尖らせたのは会長さんです。
「賑やかでいいじゃないか、なにもこっちに出てこなくっても…。ぶるぅの誕生日だってみんなが祝ってくれるだろうし」
「まあね。でも、ぼくはイベントの類が大好きなんだ。パーティーも多ければ多いほど大歓迎だし、こっちの世界じゃ地球の雰囲気を味わえるし! …それとも君はぼくの地球への思いを理解できないと言いたいのかな?」
「うっ…」
これは必殺技でした。地球……ソルジャーの世界で言う『テラ』の名前を持ち出されると誰も反論できなくなります。ソルジャーの世界では遠い昔に死の星となり、それを再生させるために始まったのがSD体制。ミュウと呼ばれて迫害されているソルジャーたちは自由への渇望と同じくらいに地球に憧れているのですから。
「ぶるぅの誕生日を地球で祝ってやりたいと言っているのにダメだって? この世界に最初に来たのはぶるぅなのに? ぶるぅはとても喜んでたっけ、初めてこっちに来た時にね。地球は素晴らしい星なんだよ、って」
「「「………」」」
キース君が持ち込んだ掛軸に描かれた月から「ぶるぅ」が飛び出してきたのは去年の一学期。私たちも驚きましたが、「ぶるぅ」の方は自分が地球にいるのだと聞いてショックで倒れてましたっけ。天国に来てしまったと勘違いしたらしいのです。生きて辿り着くのは難しいのでは、と思われているほどに地球は遠く離れた夢の星で…。
「あーあ、ぶるぅの誕生日…今年も地球で祝いたかったな、日付はズレていてもいいから。ぶるぅもきっと残念がるよ、こっちのぶるぅと遊びたいだろうし」
「…分かったよ…」
会長さんが溜息をつき、壁のカレンダーを眺めました。
「そこまで言われちゃ断れないさ。ぼくだって君への負い目はあるしね、同じソルジャーなのに平和に暮らしているんだから…。じゃあ、今年も一緒にぶるぅの誕生日パーティーをしよう。えっと、いつがいいかな、君の予定は?」
「ぼくはいつでもオッケーだけど? 君の都合に合わせるよ」
「クリスマス・イブとクリスマス当日はダメなんだ。二日ほど置いてパーティーしようか」
そう提案する会長さんにソルジャーは。
「ハーレイの予定は? あ、こっちの世界のハーレイだよ。冬休みは暇にしているのかい? ぜひパーティーに呼びたいんだけど」
その券で、とソルジャーはテーブルに置かれた教頭先生と共に過ごせるホームパーティー券を指差しました。
「君だってそうするつもりで手に入れたんだろ、その権利をさ。やっぱり有効活用しなくちゃ」
「……でも……」
口ごもる会長さんにソルジャーは片目を瞑ってみせて。
「パーティーの趣向と主導権は君に任せるよ。希望を言わせてもらっていいなら、仮装パーティーなんかが楽しそうだけど…。去年も色々やったものね」
「そうだったっけね…」
会長さんの言葉を待つまでもなく、私たちの脳裏に去年の記憶が蘇ります。教頭先生がサンタの格好でプレゼントを配ってくれたり、会長さんに無理やりお坊さんの仮装をさせられてみたり、余興に花魁になってくれたり。…花魁の方はソルジャーが興味を持って、会長さんの花魁装束を借りて記念撮影してましたっけ。
「今年はみんなで仮装しようよ」
ソルジャーが瞳を輝かせて提案しました。
「ハーレイを呼んでくるだけじゃつまらないだろ、みんな揃って仮装パーティー!」
でね…、とソルジャーは会長さんに何か耳打ちしています。会長さんはクスッと笑って頷くと…。
「そのアイデア、ぼくも大いに気に入ったよ。ぶるぅの誕生日の仕切り直しはハーレイを呼んで仮装パーティー! 仕事納めの日にしようかな、ハーレイはとっくに暇な筈だし…。みんなもそれで大丈夫?」
「おう! 予定はバッチリ空けてあるぜ」
サム君が応じ、キース君が。
「俺も全く問題ない。…ジョミーたちもそこで大丈夫だな?」
「もちろん! 冬休みならいつでもオッケー!」
そういうわけでパーティーの日取りが決まりました。ソルジャーも至極満足そうで…。
「それじゃパーティーの時に会おうね。君たちの仮装も期待してるよ。ぶるぅのバースデープレゼントも忘れないでくれると嬉しいな」
今日はこれで、とフッと姿を消すソルジャー。なんだか変な方向へ行っちゃいましたが、仕切り直しの誕生日パーティーは無事に開催できそうです。パーティーの主役の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も喜んでいますし、仮装パーティーも素敵かも…。
終業式が済むとアッと言う間にクリスマス・イブ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフィシスさんを招いて家でパーティーをするのでしょうが、私たち七人組はカラオケボックスでパーティーでした。会長さんが約束してくれたとおりキャンセル待ちをしていたお部屋が取れて、持ち込み用のケーキもバッチリ予約済みです。
「えっと…。ケーキの前に買い物だよね」
ジョミー君が人差し指を顎に当てます。
「何かいいもの、思い付いた? アヒルしかないとは思うんだけどさ」
「アヒル以外にないですよ…」
多分、とシロエ君が賛同しました。
「あっちのぶるぅもアヒルちゃんが大好きですしね、その線が絶対無難です。…とにかく探しに行きましょうか」
私たちが集合したのはアルテメシアの繁華街。仕切り直しの誕生日パーティーで「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」に渡すプレゼントを買いに来たのです。もちろんカラオケボックスにも近いんですけど。
「そこのデパートに色々あると思うのよ」
下調べをしてきたのだ、とスウェナちゃんが向かいのビルを指差しました。生活雑貨のフロアの中にアヒルグッズを沢山扱うお店が入っているのだとか。私たちは横断歩道をゾロゾロと渡り、クリスマスの買い物で大混雑のデパートに入ってエスカレーターで上のフロアに行って…。
「これなんかいいんじゃないですか?」
マツカ君が目をつけたのはアヒルの形の鍋つかみでした。お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」にウケそうです。
「ぶるぅは喜ぶと思うけど…」
鍋つかみを眺めて首を傾げるジョミー君。
「もう一人は? あっちのぶるぅって料理好きだっけ?」
「「「あ…」」」
今年はアヒルちゃんの鍋つかみ! と決めかけていた私たちは揃ってガックリ。姿形はそっくりですけど「ぶるぅ」の方は食べるの専門、鍋つかみを使って料理をするとは思えません。カップ麺にお湯を注ぐことさえ面倒がってやりそうになく…。あっちの世界にカップ麺があるのかとうかは知りませんが。
「鍋つかみは却下だな」
他のにしよう、とキース君が店内を見回し、それから後は溢れかえっているアヒルグッズを手に取ってみたり、触ったり。去年はパジャマにしちゃいましたが、今年は何にしようかなあ…? 一時間以上悩みに悩んで、決めたのはアヒルの形のボアスリッパ。
「とってもフワフワしてるもの。きっと喜んでくれるわよ」
形も素敵、とスウェナちゃんがスリッパに手を突っ込んでいます。本物のアヒルみたいに柔らかいスリッパは「そるじゃぁ・ぶるぅ」も「ぶるぅ」も気に入りそうでした。でも…サイズは…?
『そこの右から二番目のヤツ』
突然届いた思念の主は会長さん。
『ありがとう、色々探してくれたんだね。こっちは楽しくやってるよ。…そうそう、例の店に寄るのも忘れないで』
じゃあね、と切れてしまった思念。私たちの買い物風景を会長さんがチェックしていたのか、七人揃ってサイズの問題で悩んでいたので無意識の内に会長さんを呼んでいたのかは分かりません。とにかくスリッパのサイズは分かりました。レジに持って行ってプレゼント用に包んでもらって…。
「買い物完了! あとはケーキと…」
「ジョミー、その前に言われてた店に行っておかないと」
後回しにして忘れるとマズイぞ、とキース君が注意します。さっき会長さんにも思念波で念を押されましたし…。
「そうだっけね。…で、何処だったっけ? 聞いたことない名前だったけど…」
「向こうの通りよ」
スウェナちゃんがバッグから紙を取り出しました。仮装パーティーが決定した日に会長さんがくれたものです。私たちはデパートを出て、雪がちらつく中、三本目の通りを奥の方へと。えっと…あの看板のお店かな?
「「「…変身スタジオ…」」」
看板の横に大きく書かれた文字に私たちはポカンと口を開けるだけでした。仮装衣装の専門店だと聞いたのですが、どうやら変身撮影がメインのようです。ウェディング・ドレスに花魁姿、いろんな写真が飾られてますし…。
「要予約って書いてあるけど、入っていってもいいんだよね?」
ジョミー君が尋ね、キース君が。
「ブルーが電話を入れておくとか言ってただろう。…行くぞ」
ドアを開けると「いらっしゃいませ!」と女性の店員さんが出て来ました。
「シャングリラ学園の生徒さんですね? こちらへどうぞ」
通されたのは応接室です。えっと…制服じゃないのにシャングリラ学園の生徒だって一目で分かるんでしょうか?
「分かりますよ。ソルジャーからお電話頂きましたし」
「「「!!!」」」
げげっ。ソルジャーって…ソルジャーって、なに? あちらの世界のソルジャーのこと? でもそんな筈は…。大混乱の私たちの所にやって来たのは年配の男性。
「いらっしゃいませ、私が店長でございます。ソルジャーにはいつも御贔屓頂いておりますが、皆様は初めてでらっしゃいますね」
「「「………」」」
またしてもソルジャーの称号です。ソルジャーって、誰? このお店って、まさか仲間がやってるとか…?
「御存知なかったのですか?」
店長さんと店員さんが顔を見合わせて笑い出しました。
「ソルジャーと言えばソルジャーですよ、シャングリラ学園生徒会長、ソルジャー・ブルー。実はこの店でソルジャーの衣装も製作しておりまして…。もちろん特殊な素材ですから、変身スタジオの品物とは製造過程が全く異なりますが」
この店はサイオンを持った人ばかりなのだ、と店長さんが教えてくれました。サイオンがあると顧客の注文が曖昧であっても心を読んで形をしっかり受け取れるので、昔はオートクチュール専門にやっていたのだそうです。今はオートクチュール部門は別の所に店を構えていて、こちらは若者ウケしやすい変身スタジオ。衣装の製作も人気だとか。
「一般のお客様が殆どですが、仲間の注文もよく入りますよ。最近ではバニーガールの衣装を男性用にアレンジしてくれという面白い注文がありましたね」
え。バニーガール? 男の子たちの顔が引き攣り、店長さんが。
「おやおや、あれをお召しになったんですか? ドクター・ノルディともお知り合いで…?」
「…不本意ながら…ですが…」
顔を顰めるキース君。店長さんは大笑いしてから「失礼」と軽く咳払い。
「あの衣装も何故か好評ですねえ、ソルジャー用まで作りましたし…。ソルジャーはあれがお好みですか?」
「分かりません…」
「そうでしょうねえ、ソルジャーの発想は時々飛躍しますから。で、本日はどのようなものをお求めで?」
なんでも御用意できますよ、と店長さんと店員さんがアルバムを並べ始めました。ソルジャー用のバニーガールの衣装は本当にソルジャー用なのですが……ソルジャーが持って帰ってしまったのですが、会長さんが着ていると思われているようです。
『仕方ないよ』
会長さんの思念が届きました。
『注文主はブルーだなんて言えやしないし、勘違いされておくことにするさ。君たちの意識もブロックしてある。ブルーたちの情報は読み取られないから、安心して衣装選びに専念したまえ』
ぼくはフィシスとパーティー中、と一方的に思念波を切る会長さん。私たちは仮装パーティーで着る衣装を誂えに来たんですけど、サイオンを持つ仲間のお店だとは夢にも思っていませんでした。おまけにソルジャーの衣装もバニーちゃんの衣装もこのお店が…って、ソルジャーの衣装とバニーちゃんでは次元が違い過ぎるんですけど。
「どれになさいますか?」
基本パターンはこんな感じで、と出されたアルバムには写真が一杯。スウェナちゃんと私には豪華なドレスや舞妓さんなど夢の衣装が沢山詰まった女性用のヤツで、男の子たちはタキシードに海賊、カウボーイなどなど。どれにしようか悩みますよ~! そこへ一本の電話が入って…。
「キャプテン、ご無沙汰いたしております」
へ? 応対している店長さんの言葉に私たちはビックリ仰天。キャプテンって……もしかして教頭先生ですか?
「はい…、はい。承知いたしました。ではその時間にお待ちしております」
電話を切った店長さんは私たちにニッコリ笑いかけて。
「今の電話はキャプテンですよ。…ああ、教頭先生とお呼びした方がいいでしょうか? 仮装パーティーにお呼ばれだそうで、衣装を注文なさりたいとか…」
「「「………」」」
そうでした。パーティーには教頭先生も呼ばれているんでしたっけ。教頭先生が何を注文するつもりなのかは分かりませんが、このお店、ホントに大人気ですよ…。
衣装選びと採寸を済ませた私たちは表通りに戻って予約していたケーキを受け取り、すぐそばのカラオケボックスへ。去年や一昨年と比べてみれば地味ですけれど、年相応のクリスマス・パーティーらしいかも?
「仮装パーティー、楽しみになってきちゃったよ」
ジョミー君が注文したのは映画で見るような騎士の衣装です。白と金がメインの華やかな胴着に重厚な赤のマントつき。お値段の方もゴージャスでしたが、会長さんが支払ってくれるというので誰も気にしていませんでした。いえ、本当は…ちょこっと気になっているんですけど…。
「キースはドラキュラ伯爵だもんね。サムの海賊もかっこよさそう!」
「えへへ…。いっぺんやってみたかったんだ、ああいうの」
サム君が選んだ衣装は海賊のキャプテン風。大きな帽子に髑髏マークがついた眼帯、男の子なら確かに憧れるかも…。シロエ君はマハラジャ風で、マツカ君はみんなに煽られてオイルダラーみたいなズルズルの服と被りものです。スウェナちゃんと私はもちろんドレス! お姫様みたいに豪華なヤツで、もちろんゴージャスなアクセサリーもついていて…。
「あれって全部でいくらぐらいになるんだっけ?」
なんだか凄く高そうだよ、とジョミー君。
「さあな? 見積もりも出してもらっていないし…。とんでもない額なのは間違いないが」
キース君が首を捻りました。
「…本当にブルーが出すと思うか、あの金を?」
「そりゃあ…パーティーだから出してくれるんじゃないの? お店も紹介してくれたんだし」
「本当にそう思うのか? あいつが全額支払うと?」
有り得ないぞ、とキース君が私たちの顔を見回します。
「この間のオークションに使った費用は学園祭のスペシャル・セットで教頭先生から毟った分だ。あの程度でも自分の金を使うのは嫌だというヤツなんだぞ? 俺たちが注文してきた衣装はハッキリ言って物凄く高い。あいつが支払う筈がないんだ」
「…でも…出来上がったらブルーの家に届けておくって言ってたし…。その時にお金を払うんだよ」
きっとそうだよ、とジョミー君が言ったのですが、キース君は。
「踏み倒す気かもしれないな…。なんと言ってもヤツはソルジャーだし、あの店は仲間がやってるんだし…。仲間が経営しているフィットネスクラブのVIP会員証も金を払わずに持ってたじゃないか」
「「「あ…」」」
フィットネスクラブの件は今まで完全に忘れていました。人魚な『ハーレイズ』と『ぶるぅズ』が練習していたプールですけど、会長さんは一銭も支払うことなくVIP会員証を手に入れ、今も時々通っていたり…。
「思い出したか? だから今回も同じようなことになるんじゃないかと」
「うわぁ…。どうしよう、刺繍まで頼むんじゃなかったかな?」
ジョミー君はオプションで色々とつけていました。でもそれは他のみんなも似たり寄ったり。スウェナちゃんと私も見えやしないのに凝った靴をオーダーしちゃったのです。会長さんが踏み倒すんだと分かっていれば、自前の靴にしておいたのに…。
『踏み倒すわけがないだろう。人聞きの悪い…』
乱入したのは会長さんの思念波でした。
『ちゃんと全額支払うことになってるよ。お店の方も了解済みさ』
は? 了解済み? なんだか変な感じですけど…?
『ブルーが払うんじゃないんですって』
クスクスクス…と笑いを含んだ柔らかな思念が届きました。これってフィシスさんですよね…?
『教頭先生が払って下さることに決まってるそうよ、だから請求書はそちらに行くの』
「「「えぇぇっ!?」」」
なんで教頭先生に!? …けれど答えは返って来ませんでした。会長さんとフィシスさんは二人の時間をとても大切にしているらしく、電話をかけても出てくれません。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」でさえも。
「……どうしよう……」
もっと安いのにするべきだった、と全員で嘆き合っていると。
「平気だってば。ハーレイは納得ずくで支払うんだから」
フワリと姿を現したのは会長さんではなくソルジャーの方。紫のマントを優雅に翻し、ソファにストンと腰掛けて…。
「ぼくにもケーキをくれるかな? クリスマス限定なんだろ、美味しそうだ」
「あんた、今日はパーティーじゃなかったのか!?」
キース君の突っ込みをソルジャーはサラッと受け流しました。
「真っ最中だよ、だからケーキはテイクアウト希望さ。ぶるぅも向こうで待っているしね」
これに入れて、と差し出されたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が常備している紙箱です。サイオンで失敬したのでしょうが、これにケーキを二切れ入れないとソルジャーはお帰りにならないわけで…。キース君が仏頂面でケーキを箱に入れました。案外手先が器用なんです。
「入れてやったぞ。で、帰る前に聞かせてもらおうか。…なんで教頭先生が俺たちの衣装代を負担するんだ? それに何故あんたが知っている?」
「ぼくが知っているのは当然のことさ。仮装パーティーをしようって決まった時にブルーと相談してただろう? 衣装代をハーレイに負担させるのもあの時に決めた。…そしてハーレイは承知したようだよ、ブルーが伝えてきたからね。だから費用は心配ないさ」
「…あんな大金を教頭先生が…?」
「平気、平気。むしろ喜んでいたようだけど? それじゃ、またね」
パーティーの日に、とソルジャーは消えてしまいました。私たちがお小遣いを出し合って予約した人気パティシエのクリスマス限定ケーキを二切れも持っていかれたわけですけども、仮装パーティー用の衣装代の謎が解けたんですから仕方ないでしょうか。でも…あのケーキ、「ぶるぅ」は一口でペロリでしょうねえ…。
カラオケボックスでのクリスマス・パーティーの翌日は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日。卵から孵化して四年目じゃないかと思いますけど、きっと今年もケーキの蝋燭は一本だけで、フィシスさんから手作りのクッションなんかを貰ったりして和やかに過ごしていた筈です。私たちはその日も、その次の日も寒い中をあちこち遊び回って、ついに仕事納めの日がやって来ました。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
みんなで待ち合わせしてから訪ねた会長さんの家では今日の主役が元気いっぱいに迎えてくれます。
「みんなの服も届いたよ! ゲストルームに置いといたからパーティーまでに着替えてきてね」
「やあ。素敵な服を頼んだようだね。ブルーたちももうすぐ来るってさ」
会長さんが奥から出てきてニッコリ微笑みかけました。
「もちろんぼくもブルーも仮装するんだけど、今日のパーティーは会員制にしてあるんだ」
「「「会員制?」」」
何を今さら、と私たちは首を傾げましたが、会長さんは大真面目です。
「ほら、オークションで競り落とした券を使ってやるわけだろう? オークションで落札した人以外はお断りって意味で会員制。…ブルーとぶるぅは特別にゲストってことになるけど、ぼくとぶるぅに瓜二つだから問題ないと思うんだよね」
なるほど。言われてみれば筋が通っているような…。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持ってきた籠を受け取り、その中に手を突っ込みました。
「せっかくの仮装パーティーだから雰囲気を壊したくないんだけれど、会員の印は必須アイテム。…はい、これ」
「え?」
ジョミー君が手のひらに載せられた物を凝視しています。会長さんは籠の中身を順に配って、私の手にも校章サイズの小さなバッジが…。
「それを衣装の何処かにつけてくれるかな? 目立たない場所でも構わないよ。つけていることが大切なんだ」
「このバッジを?」
なんか変なの、とバッジを手のひらで転がしているジョミー君。バッジは騎士の衣装や豪華なドレスにはおよそ似合わないデザインでした。どちらかと言えば幼稚園児が喜びそうな意匠です。だって…。
「文句を言わずにつけたまえ。…ウサギの会の会員証だ」
「「「ウサギの会?」」」
なんじゃそりゃ、と鸚鵡返しに訊き返していた私たちに向かって会長さんは。
「だからウサギの顔の形になってるだろう? それをつけていることに意味がある。ウサギの会の会員限定でパーティーしようって言うんだからね」
これ以上は説明の必要なし、とゲストルームの方を指差す会長さん。
「分かったらサッサと着替えておいで。バッジをつけるのを忘れずにね」
「「「はーい…」」」
こういう時には食い下がっても無駄と相場が決まっています。私たちはすっかり馴染みになったゲストルームで着替えを済ませ、ウサギのバッジをつけました。スウェナちゃんも私もドレスですから何処につけるか悩みましたが、目立たなくてもいいと聞いていたのでフリルの間にひっそりと…。
「あ、スウェナたちも着替えが済んだんだ?」
廊下に出るとジョミー君が颯爽と立っていました。騎士のコスチュームが似合っています。ウサギバッジは腰のベルトにくっついていて、サム君は海賊帽にくっつけていて…。
「何なんでしょうね、このバッジ。…ウサギの会って初耳ですよ」
マハラジャなシロエ君はターバンの横につけていました。オイルダラーなマツカ君は飾りベルトに、ドラキュラ伯爵なキース君は襟元に。…ウサギのバッジにウサギの会って、いったいどういう趣向でしょうか? 会長さんたちの仮装も気になりますけど、ウサギが一番気になります~!