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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

月下仙境  第2話

別世界から来た「そるじゃぁ・ぶるぅ」そっくりの「ぶるぅ」の意識はなかなか戻りませんでした。私たちの住んでいる世界がよほど驚きだったのでしょう。サイオンを持つ人間がミュウと呼ばれて迫害される世界のシャングリラから来たお客様。理由は聞けませんでしたけど、そこではミュウは地球へ行きたいと願っているようです。会長さんがソファの横に座り、おしぼりの上から「ぶるぅ」の額に手を当てて。
「うん、今なら遮蔽されてない。どんな世界から来たのか探ってみよう」
「やめとけよ!」
止めに入ったのはサム君でした。
「ぶるぅにそっくりだけど、妖怪が化けてるのかもしれないぜ?あんたの力を弾くくらいだし、何もしないで放っておいて、目が覚めたら帰ってもらった方が…」
「その心配は要らないよ、サム。みんなには分からないだろうけど、ぼくとぶるぅにはサイオンパターンで分かる。ここに寝てるのは、ぶるぅと全く同じものだ。…住んでる世界が違うだけさ。ぼくやハーレイもいるって言ったし、どんな所か知りたいんだ。…っと、その前に掛軸の始末をつけておかなくちゃ」
お客様の意識が戻るまでには時間がかかりそうだから、と言った会長さんは奥の部屋から立派な硯箱を持ってきました。教頭先生の所へトランクスを熨斗袋に入れて届ける時に使っていた硯や筆が入っています。
「お札でも書いてくれるのか?」
キース君が興味津々で覗き込む中、会長さんが宙に手を伸ばすとフワリと水の玉が現れて…。
「本山の奥の院から貰ったよ。君も知ってるだろ、明星の井戸」
「おい!あそこは確か立ち入り禁止の…」
「ごく限られた高僧以外、ね。ぼくは入ってもいいんだよ?…これは瞬間移動で手に入れたけど、桶を持って行けば自由に汲ませて貰えるんだ」
そう言って会長さんは水の玉を宙に浮べたまま、硯箱から新品のような細い筆を出して水の玉で先を濡らしました。
「キース、ちょっと掛軸を持ち上げてくれるかな?…そう、それでいい。そのまま持ってて」
会長さんの身体が青いサイオンの光に包まれ、筆の先も青白く光り始めます。掛軸は会長さんから見えているのは裏側ですが、いったい何を…と思う間もなく、そこに青白い不思議な文字がサラサラと書かれ、軸に吸い込まれていったのでした。掛軸には何の跡も残らず、会長さんを包むサイオンの光も消えて…。
「はい、おしまい。…もう乾いてるし、片付けていいよ。時空の歪みはもう起こらない」
水の玉がパチンと割れて消え失せ、細かな霧が立ち昇ったのをキース君が慌てて追いかけます。霧を掴もうとしているんですが、間に合うわけがありません。キース君はガックリと肩を落としてしまいました。
「もったいないことをしやがって…。消すくらいなら俺にくれれば、持って帰って御本尊様にお供えしたのに」
「頑張って修行するんだね。いつか自分で汲ませて貰えばいいじゃないか」
クスクス笑いながら会長さんは筆を箱に戻して、蓋をして。
「サイオンだけでも封じられるけど、高僧として頼まれた以上、それなりのことをしなくっちゃ。明星の井戸の霊水で書いた光明真言があれば十分だろ?…お父さんも安心できると思うよ」
「明星の井戸って聞いたら親父が腰を抜かすかもな。あんた、どれだけ奥が深いんだ?」
「さぁね。…とにかく、掛軸の方は一件落着。次はこっちのお客様だ。気絶してる間に調べないと」
硯箱を片付けてきた会長さんはソファの横に腰を下ろしました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんが住んでいる世界って、どんなのでしょう?遊び歩いているという他の世界のシャングリラのことも分かるのかな…。

会長さんが「ぶるぅ」の心を探ろうと手を伸ばした時、「う~ん…」と小さな呻き声がして。
「あれ?…ブルー…?」
お客様がぽっかりと目を覚ましました。
「変な服着てどうしたの?何か楽しいこと、思い付いたの?」
「ぶるぅ、落ち着いてよく聞いて。ぼくは君のブルーじゃないよ」
「えっ?…えぇっ!?…や、やっぱり、ぼく…死んじゃったんだぁ~!!」
一気に記憶が蘇ったらしい「ぶるぅ」はパニックに陥りそうになったのですが、それを止めたのは会長さんが差し出したレモンパイのお皿でした。
「はい、食べてごらん。美味しいよ。…死んじゃったんなら食べられないと思うんだよね。仏様は実物を召し上がるわけじゃないんだし」
「…ほとけさま…?」
「あ、ごめん、ごめん。君の世界には無い言葉かな?…死んじゃった人のことを言うのさ。死んだ人にお菓子をあげてもお菓子そのものは消滅しない。死んだ人が食べるお菓子は目に見えるお菓子とは別なんだ。ここは生きた人間の世界だから…君が食べればお菓子はちゃんと消えてしまうよ」
「…ほんと…?」
レモンパイを見つめる「ぶるぅ」に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「それ、ぼくが焼いたレモンパイなんだ。大丈夫だよ、ぼくもブルーも生きた人間だし」
「そうなの?…じゃあ…」
いただきまぁ~す、とレモンパイに齧り付いた「ぶるぅ」は「美味しい!」と顔を輝かせてペロリと食べてしまいました。お皿まで舐めそうな勢いです。
「良かった、ちゃんと食べられたぁ!…ここ、天国じゃないんだね。ミュウと人間が一緒に住んでて、おまけにテラで…。まるで天国みたいだけど。それに、ぼくはお料理できないのに…君はお料理できるんだ」
「ぶるぅは家事が得意なんだよ。ぼくの代わりに掃除も洗濯も全部やってくれてる」
「凄いや…。あ、でも、ブルーはそういうの出来ないんだね?おんなじだぁ!…ぼくが住んでる世界のブルーもお掃除とか全然できないし」
ニコニコと笑う「ぶるぅ」に会長さんは溜息をついて。
「あのね。ぼくは一応、家事全般は出来るんだ。ただ、ぶるぅの方が腕が良くて家事が好きだから任せてるだけ」
「そうなんだ…。あ、ここが別の世界だってハッキリしたからお願いしなくちゃ。ブルー、ぼくと一緒に来てくれる?…新しいシャングリラが見つかったら、そこの世界のブルーに会いたい…ってブルーがいつも言ってるもん」
「えっ…」
驚いている会長さんに「ぶるぅ」が右手を差し出します。
「ね、ぼくの世界のブルーに会ってよ。美味しいお菓子のおかげで元気いっぱいだし、今ならすぐに飛べるから」
「ちょ、ちょっと待って。…君がどんな世界から来たのか、それを聞かせて貰わないと。なんだか大変な世界みたいだし、知っておいた方が良さそうだ。思念波で教えてくれると助かる。この子たちにもついでに伝えて貰えるかな?ぼくの大事な仲間だしね」
「ふぅん…?」
お客様は私たちをグルッと見渡し、不思議そうに首を傾げました。
「見たことのない顔ばっかり。どこのシャングリラでも似た人がいる筈なんだけど…。ミュウって言葉が無い世界だと、うんと変わってくるのかなぁ?」
まぁいいや、と呟いた「ぶるぅ」。
「ぼくが住んでる世界がどんな所か、それを伝えればいいんだね。みんな、ぼくと思念の波長を合わせて」
えっと。…波長を合わせる?どうやって…?あいにくサイオンに目覚めて間もない私たちには方法が分かりませんでした。戸惑っているのに気付いた会長さんが。
「ぶるぅ、この子たちはサイオンに馴染みが薄いんだ。ぼくが君に波長を合わせて、後はこっちのぶるぅから皆に中継してもらおう」
そういうわけで私たちは目を瞑っていればいいだけになりました。ソファに座って、出来るだけ心を空っぽにして「そるじゃぁ・ぶるぅ」から送られてくる思念を受ければ会長さんが得たのと同じ知識を共有できるというわけです。
サイオンを持つ人間が追われるという別世界の情報だけに、多少のショックはあるだろうと思いましたが…。

「なんだよ、あれ!…お前、あんな世界から来たのかよ!?」
サム君が握り締めた拳をワナワナと震わせ、会長さんは重苦しい表情で瞳を閉じてソファに沈み込んでいます。私たちが知った「ぶるぅ」の世界は想像を遥かに超えた場所でした。
「地球が荒廃した後の遠い未来…か」
キース君が左手首の数珠レットの玉を数えながら呟きました。心の中でお経を唱えているのでしょう。
「SD体制に成人検査。マザーシステム。…俺たちミュウは追われるだけじゃなかったのか…」
伝わってきた知識の中にはミュウが実験体として扱われた時代の情報があり、初代のミュウを小さな星ごと殲滅しようとした凄まじい惨劇の光景が。その時、脱出に使った船を改造したのがシャングリラ号らしいです。キース君が数珠レットの玉を数えているのは、惨殺されたミュウの為にお経を唱えているのに違いありません。
「どうしたの?…みんな顔が真っ青だよ」
無邪気な声で言った「ぶるぅ」が首を傾げて「そるじゃぁ・ぶるぅ」に近づきました。
「ねぇねぇ、なんで固まってるの?…ぼく、何か変なこと教えちゃった?」
「…えっと…。そうじゃなくて、えっと…」
困った顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が会長さんに視線を向けます。会長さんは深い溜息をついてソファから身体を起こしました。
「…君のせいじゃないよ。どちらかといえば、ぼくたちのせいだ。…ここにはSD体制も成人検査も存在しない。もちろんアルタミラの大虐殺もね。君の世界と、ぼくたちの世界は違いすぎる。埋めようのない大きな溝が間にあって、ぼくたちは不幸を知らずに生きてきた側。…そう思うと自分が許せなくなってくるんだよ」
会長さんの言葉通りでした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のソックリさんがいて、会長さんと瓜二つな人もいるという世界なのに中身は全くの別物で…シャングリラ学園で遊び暮らしてきた自分のことを振り返ってみると落ち込みそうになるんです。
「ぼくは確かにソルジャーだけど、君のブルーと違って名前だけだ。好き勝手に遊んで生きてきたし、これからも多分そうだと思う。…だから、君のブルーには会えないよ。きっと傷付けてしまうだろうから。ごらん、これがぼくの住んでる世界だ」
そう言って会長さんは「ぶるぅ」の手を取り、今度は私たちの世界の情報が伝達されて…。
「うわぁ、ホントに天国みたい!」
感嘆の声を上げた「ぶるぅ」が会長さんの手を両手で握って、嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねました。
「怖いことはなんにも無くて、おまけにテラで。ぼく、この世界、気に入っちゃった。ブルーも絶対、喜ぶと思う。ね、シャングリラに来てブルーに会ってよ。そしたら次から此処へ遊びに来られるんだ。でも、ブルーを連れて帰れなかったら…二度と此処へは来られないかも…」
「…叱られちゃうのかい?」
「うん。ぼくが遊びに行けるシャングリラはブルーが知ってる所だけ。…初めての所へ行った時にはそこのブルーを連れて帰って、どんなブルーがいる世界なのか、知って貰わないとダメなんだよね。…お願い、ぼくと一緒に来てよ。ぼく、また此処に遊びに来たい!」
シャングリラの中しか居場所が無いという恐ろしい世界から来た「ぶるぅ」。私たちの世界が気に入らないわけがありません。おまけに憧れの星、テラが足元にあるんですから。
「ブルー、一緒に行ってあげてよ。ぼく、ぶるぅの気持ちが分かるもん。もしも逆だったら、ぼく、ブルーに断られちゃったら泣いちゃうもん…」
お願い、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョコンと頭を下げました。
「ブルーが一人で行くの嫌なら、ぼく、ついて行くよ。二人なら知らない世界でも平気でしょ?」
「…二人なら…か。それならいいかな」
会長さんが頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコッと笑ったのですが。
「あ…。えっとね、二人でもいいんだけど…二人目はブルーが決めちゃってて…」
私たちの顔を順番に眺め、「ぶるぅ」は首を捻っています。
「でも、この中には入ってないし…。もしかして凄く忙しいのかな?だったら、もう一人のぼくでもいいのかも…」
「決めちゃってるって…。誰だい、それは?」
興味を持ったらしい会長さんが「ぶるぅ」に向かって尋ねました。
「その様子だと、さっき教えた知識の中に入ってた誰かなんだろう?名前を教えてくれるかな」
「名前?…えっとね、ウィリアム。…ウィリアム・ハーレイ」
「ハーレイ?」
「うん!」
なんと「ぶるぅ」の世界のソルジャー・ブルーは教頭先生を御指名らしいです。やっぱりシャングリラのキャプテンだからだろう、と納得した時、「ぶるぅ」が高らかに言い放ちました。
「だって何処のシャングリラでも、ブルーにはハーレイって決まってるもん!!」
「「「は?」」」
ブルーには…ハーレイ…?それって一体、どういう意味…?まさか、まさかとは思いますが…教頭先生が会長さんに御執心なのと同じで、何処のシャングリラでもハーレイと呼ばれる人はソルジャー・ブルーにベタ惚れだとか?

とてつもなく嫌な予感がする中、口を開いたのは会長さんでした。
「ぶるぅ。君のブルーがハーレイを指名してるというのは何故なんだい?…ブルーにはハーレイ、って言葉が引っかかるんだけども」
「キャプテンだからだよ。それにブルーの恋人だしね」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たちの悲鳴と会長さんの呻き声が重なり、会長さんはしばらくテーブルに突っ伏していましたが…。
「…ハーレイがぼくの恋人だって?…君が知ってるシャングリラは全部、ぼくとハーレイが恋人同士…?」
「うん!だからブルーは二人目を連れてくるならハーレイを、って言うんだよ」
得意そうに胸を張って「ぶるぅ」は説明を始めました。
「あのね、ブルーだけでも楽しくお話してるけど…ハーレイも一緒だともっと盛り上がるらしいんだ。仲良くなると夜に二人で遊びに来てるよ。ぼくは先に寝なさいって言われちゃうから土鍋に入っちゃうけどね。大人のお話の時間なんだってさ」
え。恋人同士の二人が遊びに来て…訪問先のカップルと一緒に大人のお話?それって、もしや…。
「ぼくの寝床は防音土鍋だから何も聞こえないし、お話の中身は知らないよ。でも、ブルー、なんて言ってたっけ…。そうそう、マンネリになりがちだから、情報交換する貴重な機会だって喜んでる」
げげっ。やはり猥談というヤツですか!会長さんは頭を抱えてしまい、「ぶるぅ」はキョトンとしています。
「どうしたの?…あ、そういえば恥ずかしがる人もいるからね、ってブルーに言われてたんだっけ。えっとね、最初から大人のお話するわけじゃないよ?今日は挨拶だけでいいと思うな」
「…そうじゃなくて…。ハーレイはぼくの恋人じゃない。ハーレイはぼくが好きらしいけど、ぼくが好きなのは…」
女の子なんだ、と会長さんが言い終える前に。
「俺、俺!…一応、俺が恋人候補!!」
サム君が勢いよく名乗りを上げて会長さんの隣に移動し、ストンとソファに腰掛けました。
「ブルーの一番はフィシスっていう女の子で、他にもアルトさんとrさんがいるんだけどさ。俺、こないだブルーに公認だよって言って貰ったし、これから頑張ってデートに誘えるようにするんだ。なぁ、ブルー?」
「うん。もちろんサムも好きだよ。でも、まだキスもしてないし…」
頑張らなきゃね、と会長さんに微笑まれてサム君の顔は真っ赤です。「ぶるぅ」はまん丸な目をして会長さんとサム君を見比べ、それから「うーん…」と考え込んで。
「えっと、えっと。ブルーの恋人はサムって人なの?…だけど一番は女の人って…。なんか変!」
「こいつは女好きなんだ」
割り込んだのはキース君でした。
「男には全く興味が無い。サムはブルーに惚れて告白したから恋人候補ってことになってるが、恋人になれるかどうかは果てしなく謎だ。なにしろ教頭先生…いや、お前の言うハーレイときたら、三百年以上もブルーに惚れているのに、ヘタレっぷりをからかわれるばかりで一向に進展しないんだからな」
「えぇっ、やっぱり変だよ、この世界!…ぼくの世界のハーレイもブルーにヘタレだって言われてるけど、ちゃんと恋人同士だもん。…間違った軌道は修正しなきゃ。そう思わない?…ねぇ、ぶるぅ?」
「えっ…」
いきなり話を振られて言葉も出ない「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは額を押さえて…。
「…ぼくのぶるぅにおかしな話を吹き込むな。とにかく、君のブルーに会いに行くには一人で行くか、ハーレイと一緒に行くかの二択なわけだ。…行かなかったら君が遊びに来られなくなる。仕方ない、ハーレイに頼むしかないな」
「来てくれるの!?」
顔を輝かせる「ぶるぅ」に会長さんは溜息混じりに答えました。
「あんな世界から来た君が、ここを気に入ったって言うんだからね。…見捨てたんじゃあ、みんなに何を言われるか…。特にキースはうるさそうだ。それでも緋の衣を許された高僧か、って」
「こうそう?…何、それ?」
「この世界で精神的に困っている人や悩んでいる人を救うのが役目の、お坊さん、って仕事があってね。偉いお坊さんを高僧と呼ぶんだ。ぼくは高僧の中でも一番上の位を持ってるんだよ」
「凄いや!ソルジャーみたいなもの?」
「…ううん、全然。もっと簡単で楽な仕事。それじゃハーレイの所に行こうか。ぼくと一緒に行ってくれ…って頼みにね」
会長さんが立ち上がり、「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」と私たちにもついて来るよう促します。行き先は無論、教頭室。別世界から来たお客様を見たらビックリするでしょうねぇ、教頭先生。

二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」…一人はソックリさんの「ぶるぅ」ですが…見かけは全く同じの二人が連れ立って歩いていても、すれ違った生徒は「あれ?」という顔をしただけで特に気にしていませんでした。なんといっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」は不思議な力で知られています。分身の術だって使えそうですし。
「これがテラの地面なんだね。空も見えるし、嬉しくなっちゃう」
弾むような足取りの「ぶるぅ」は校舎に映える夕焼けに感動しています。本館に入って、教頭室の扉を会長さんがノックして…。
「失礼します」
全員で中に入ると、教頭先生が羽ペンを置いて眉間に皺を寄せました。
「ブルー、今度は何の冗談だ?…ぶるぅが二人に見えるのだが」
「二人なんだよ。話せば長くなってしまうから、手を出して」
「…………」
会長さんが差し出した手を教頭先生は無言でじっと見つめています。散々悪戯されてきただけに、相当警戒しているのでしょう。
「何もしないってば。ソルジャー・ブルーの名にかけて誓う。…手を重ねて、ぼくに心を委ねてくれればいいんだ。とても大事なことだから」
「…分かった。…いえ、承知しました、ソルジャー」
キャプテンの表情になった教頭先生が会長さんの手を取り、二人はしばらく目を閉じたままサイオンの淡く青い光に包まれていました。その光が薄れてフッと消えた後、教頭先生は呆然と「ぶるぅ」を眺めて。
「あのぶるぅが別の世界から…。しかも恐ろしい世界としか思えませんが、本当に行くとおっしゃるのですか、ソルジャー?」
「ブルーでいいよ。…今、伝えたろう?ぶるぅはぼくに来て欲しがってる。でも、ぼくには一人で出掛ける自信が無いんだ。あっちのブルーは付き添いを一人だけ認めてくれるらしい。ただし、ハーレイに限るんだってさ」
あらら…。会長さんは全てを伝えたわけではないようです。教頭先生は腕組みをして考え込み、会長さんと「ぶるぅ」を何度も見比べ、机をじっと見据えた末に。
「…分かりました。同行させて頂きます。で、今から?」
「だから!その敬語はやめてくれないかな。向こうのブルーが待っているのはソルジャー・ブルーなんだろうけど、ぼくはその名に値しない。何人ものソルジャー・ブルーを知ってる人だよ?その人たちは全員、人間に追われるミュウの長で…ぼくには想像もつかない修羅場を生き抜いた人たちで。そんな中でソルジャーを名乗るなんてこと、ぼくには出来ない。…行くのは生徒会長のブルーだ」
もちろん制服で行くんだから、と会長さんは微笑みました。
「ハーレイもスーツでいいと思うよ。念の為にソルジャーの衣装は持っていくから、ハーレイもキャプテンの服を持った方がいいね。…学校には置いていなかったっけ?」
「家のクローゼットに掛けていますが…」
「敬語。次に言ったらホントに怒るよ」
睨みつける会長さんに、教頭先生は「すみません」と言ってしまってから、慌てて「すまん」と言い直します。
「すまない、ブルー。…だが、本当にこれでいいのか?先様はソルジャーとキャプテンをお待ちのようだが」
「いいんだってば。じゃあ、お客様を連れてハーレイの家にキャプテンの服を取りに行こう。それからハーレイも一緒にぼくの家に行って、そこから別の世界へ案内して貰うのがいいと思うな。ハーレイ、今日は車で来た?」
「ああ。瞬間移動で帰るのはやめて乗って帰るか?」
「そのつもり。…お客様にテラの街を見せてあげたいし」
もう日が落ちてしまうけどね、と会長さん。教頭先生は机の上を片付けながら、先に駐車場へ行っているようにと言いました。私たちは本館を出て「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に置きっぱなしにしていたカバンを回収してから、校門へ向かう道と駐車場への道とが分かれる所で立ち話。
「それじゃ、行ってくるよ。…大丈夫、心配いらないから」
「すまん、俺が妙な掛軸を持ち込んだせいで…」
「気にしなくてもいいさ、キース。礼金を受け取った以上、アフターサービスも必要だからね」
会長さんは涼やかな笑みを浮かべて。
「多分、今夜中に帰って来られると思う。時間の流れは似てるみたいだし、早ければ日付が変わる前かも。…帰ったら思念で連絡するけど、待っていないで寝るんだよ。夜更かし厳禁」
やがて教頭先生がカバンを提げて現れ、会長さんは「バイバイ」と軽く手を振りました。
「どんなシャングリラだったか、土産話を楽しみにしてて。…じゃあね、サム。みんなも帰り道に気をつけて」
二人の「そるじゃぁ・ぶるぅ」と会長さんと教頭先生が、暮れかかってきた木立の向こうへ歩いて行きます。会長さんたちが別の世界へ旅立つ頃には月が昇ってくるのでしょうか。『月下仙境』の掛軸から現れた「ぶるぅ」の世界に比べれば私たちの世界は仙境です。…今夜は満月。不思議な掛軸から来たお客様は月下仙境を堪能してからお帰りになるのかもしれません。会長さんと教頭先生、どうか御無事で…。




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