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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

校外へ行こう  第2話

初めて入ったキース君が通う大学。外から見れば普通の大学と変わりませんけど、足を踏み入れてみるとすぐに違いが分かりました。門衛所の横の掲示板に『次世代に引き継ごう、念仏の声』というプレートがくっついています。おまけに『今月の言葉』と書かれた紙が貼り出されていて、そこにはこんな文言が…。
「生けらば念仏の功績もり 死なば浄土にまいりなん」
いきなり念仏ダブルパンチを食らって呆気に取られる私たち。掲示板の隣にはお坊さんの銅像が建っていますし!…会長さんは馴れた様子でスタスタと奥へ進んでゆきます。キャンパスの中は朝早いせいか学生さんの姿も無くて、法務基礎とやらが行われそうなお堂も見当たりませんでした。会長さんが「こっちだよ」と指差したのは5階建ての普通の校舎。屋上にお堂が建ってるのかな?
「屋上っていうのも名案だね。校舎を建て替える時に本山に進言したら通っちゃうかも」
面白そうだ、と会長さん。じゃあ屋上ではないんですね。お堂は何処にあるのだろう、と首を傾げる私たちを引き連れた会長さんは校舎に入るとエレベーターの前に立ちました。ボタンを押すと扉が開き、乗り込むとグンと上昇を始めます。会長さんが停止ボタンを押したのは2階。えっ、たかが2階へ行くのにエレベーター?
「ほら、今日は格好がこれだから」
チンという音と共に着いた2階でエレベーターを降りた会長さんは、緋色の衣の袖をヒラヒラさせます。
「いつもの調子で階段なんか登ってごらんよ。大学の人と会ったりしたら大変なんだ。エレベーターがあるのに階段を登らせてしまうなんて申し訳ない、って言われちゃう。出迎えを断った以上、気を遣わせたら悪いだろう」
ああ、なるほど。出迎えの人が来ていた場合、階段には案内しませんよね。エレベーターに決まっています。それはともかく2階にお堂が…?
「うん。矢印がそこに」
会長さんに言われて壁を眺めると『礼拝室』の文字と矢印がありました。
「礼拝室?…お堂じゃないんだ…」
ジョミー君の言葉を会長さんが聞き咎めて。
「違うよ、ジョミー。『れいはい』じゃない」
「え?」
「らいはい、と言ってくれたまえ。れいはいじゃ宗教が別モノだよ」
「そ、そうなの?」
「朝にらいはい、夕に感謝。お仏壇の広告のキャッチコピーで有名だ」
その広告ならよく新聞で見かけます。『れいはい』だとばかり思ってましたが、私、間違えていたみたい。みんなもバツが悪そうな顔。でも『らいはい』なんて専門用語、知らなくたって日常生活に問題は…。会長さんは矢印の方向に向かって歩き出しました。
「屋上に礼拝室を持っていくのは理に適ってるな。いや、屋上とまでいかなくっても最上階にすべきかも…。礼拝室の上に普通の教室があるっていうのは問題だ」
「「「???」」」
「礼拝室に入れば分かるよ。この校舎、配置が大いに罰当たりだという気がしてきた」
上に教室があると罰当たりって、いったい何故?…礼拝室に辿り着いた私たちの前で会長さんがドアをカチャリと開けると、部屋の前方を示しました。
「ほら、あそこ。…あの上に普通のフロアが3つもあって、学生がドカドカ歩き回ったり居眠りをしたりするんだよ。仏様の頭上で土足っていうのは頂けないな」
そこには舞台ならぬ立派な祭壇があり、大きな仏像と脇侍っていうんでしょうか、小さめの仏像が両側に1体ずつ据えられています。うーん、ホントに礼拝用の部屋なんですねぇ…。

会長さんの姿に気付いてザワッと空気が揺れる礼拝室。床は畳ではなく磨き込まれた板敷ですが、並んでいるのは座布団ではなくパイプ椅子でした。手前の方にキース君が座っています。きっと前から順番に詰めるのでしょう。会長さんはキース君の隣の椅子に「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んで腰かけ、私たちにも座るようにと言いました。えっと、えっと…。なんだか部屋中の視線が私たちに集中していませんか?
「あんた、やっぱり目立ちたかったんだな」
キース君が会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」をジロリと睨み、学生さんたちも何度も後ろを振り返ります。会長さんがニヤリと笑った所へ紫の法衣のお坊さんが入って来ました。
「これは…!ようこそお越し下さいました」
お坊さんは会長さんにペコペコと頭を下げ、「一番前にお席を用意しております」と先に立って案内しようとしたのですけど、会長さんは断って。
「ここでいいんだ。今日は見学に来ただけだからね。…もうお勤めの時間だろう?始めてくれて構わないよ」
「さようでございますか。では失礼して…」
お坊さんはパイプ椅子の間の通路を抜けて祭壇の前へ。蝋燭とお線香が既に点っているのは、学生さんが準備することになっているからだそうです。お坊さんが漆塗りの椅子に座り、台の上に置かれた大きな鐘をゴーンと叩くと、キース君たちは一斉に数珠を持った手を合わせました。私たちは見学ですから数珠なんか持ってきていませんが、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はいつの間にか水晶の数珠を手にしています。
「いいかい、くれぐれも静粛に」
会長さんの小さな声をかき消すように朗々と読経が始まりました。学生さんたちもキース君も真剣な顔で唱和し、朝のお勤めが進行してゆきます。何が何だかサッパリ分からないお経が半時間ほど続いたでしょうか。やっとのことで終わった時には私たちは心身ともに抹香臭くなっていました。そこへ、さっきのお坊さんがやって来て。
「学長が是非お立ち寄り頂きたい、と申しております。お急ぎでないのでしたら本館の方へ」
「…急いでないけど、気が乗らないんだ。そう言ったって伝えてくれるかな?…ぼくの気まぐれは有名だしね」
「では、本日は見学のみで…?」
「そういうこと。お勤めは見せて貰ったし、もう充分。見送りなんかも要らないよ。堅苦しいのは苦手なんだ。また気が向いたらフラッと見学しに来るさ」
ニッコリ微笑む会長さんに深々と頭を下げて、紫の衣のお坊さんが出てゆくと…ワッと寄ってきたのは学生さんたち。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を取り囲まんばかりにして質問攻めです。緋色の衣は本物か、とか、ワイワイ騒ぎまくった挙句に…。
「……あのう……」
一人が遠慮がちに声を掛けてきました。
「違っていたらすみません。でも、もしかしたら…って思ったものですから。ぼくの祖父が昔、本山へ修行に入った時に不思議な高僧に出会ったそうです。銀色の髪に赤い瞳の綺麗な人で、二百歳をとうに超えているのに少年みたいな姿だったとか。…あなたのことではないでしょうか?」
「…ぼくだろうね。他にそういう人は知らない」
「やっぱり…!」
その人の顔がパッと輝き、他の人たちはビックリ仰天。それから後は、会長さんの徳にあずかろうと行列が出来てしまいました。会長さんが手に持った数珠で頭に触れてあげるだけなのですが、みんな感激しています。徳の高いお坊さんに数珠で頭に触ってもらうと功徳を分けて頂けるのだとか。日頃の行いを知る私たちには有難いとは思えませんが…。
「おい、キース。お前はいいのか?」
最後に触ってもらった人がキース君の方を向きました。キース君は仏頂面で椅子に座ったままなんです。
「俺は十分に間に合っている」
「…へ?」
「そいつとは腐れ縁なんだ。これ以上の縁を結んでたまるか」
「「「なんだってーっ!!?」」」
羨ましいぞ、とか幸せ者め、とか学生さんたちは上を下への大騒ぎ。会長さんはクスクス笑って。
「キース。住職になるのもいいけど、ぼくの侍者をやってみないかい?…ぶるぅじゃ小坊主で役不足だしね。住職の位を取っても、お寺を継ぐのはまだ先だろう?」
「「「侍者!?」」」
目の色を変える学生さんたち。ジシャっていったい何でしょう?寺社のことではないですよねえ…。

「キースを侍者にしたいとおっしゃるんですか?」
学生さんの一人が尋ねました。
「今日お連れになっておられる方はまだ子供ですし、正式な侍者はおいでにならないとか?」
「うん。だからキースがお寺を継ぐまでの間だけでも、侍者をして貰おうかと思ったんだ。気ままな暮らしをしているけれど、格式を重んじなければいけない行事も多いからね」
晋山式に呼ばれた時とか、と指を折って数える会長さん。そこでジョミー君が割り込みました。
「シンザンシキ、って何のこと?…さっき言ってたジシャって何?」
「ああ、晋山式というのは新しい住職が就任する時の儀式だよ。元老寺だとキースがお父さんの跡を継いで住職になる時にするのが晋山式。お寺の規模にもよりけりだけど、稚児行列があったりして華やかなんだ。侍者がいるとお坊さんが増えて見栄えがするし、招いた方も偉い人がお供を連れて来てくれた、って自慢できる」
「そうなんだ…。で、ジシャっていうのは?」
「漢字で書くと『侍る者』。文字通り、側に仕えて身の回りの世話をする人さ。もちろん侍者もお坊さんだよ」
へぇ…。そんな役目もあるようです。会長さんには「そるじゃぁ・ぶるぅ」がついてますから、身の回りのお世話は問題ないような気もしますけど、子供だと重みに欠けるというのは確かかも。さっきの学生さんが再び口を開きました。
「侍者はキースをご希望ですか?…決めておられるわけでないなら、立候補させて頂きたいです」
「…君がかい?」
「はい。ぼくは次男坊なんで、うちのお寺は継げなくて…。いずれ何処かに婿入りするか、大きなお寺に徒弟として入ることになります。偉い方の侍者を務めさせて頂いていたとなれば、そのぅ…色々と…」
「箔もつくし口添えも期待できる、と言いたいのかな?…うん、正直でなかなかいいね」
会長さんはニコニコと笑い、学生さんからキース君に視線を移しながら。
「聞いたかい、キース?…彼は出世の早道をちゃんと心得ているようだ。君も頑張らないと負けてしまうよ。ぼくも侍者を持つなら敬ってくれる人にしたいし、この学校で募集するのもいいかもしれない」
「それじゃ、ぼくにも望みはありますか?」
次男坊だと名乗った学生さんがそう言った時、サム君が横からおずおずと…。
「…ブルー、ちょっと聞いてもいいか?身の回りの世話をするっていうのは行事の時で、他の時には無関係?」
「ううん。正式な侍者は住み込みのお手伝いさんに似ているね。掃除洗濯といった日常の一切も引き受けるんだ。ぼくの場合はぶるぅがいるから、かなり仕事は減るだろうけど」
「…じゃあ、侍者になったらブルーと一緒に暮らせるのかな?」
「もちろんさ。…もしかして、サム…」
会長さんの赤い瞳がサム君をまじまじと見つめました。
「侍者になろうかな、って思ってる?」
「えっ…。え、えっと…。ブルーと一緒に…。ううん、ブルーの世話が出来るんだったら、ちょっといいかな、って思ったけど…。お坊さんでないと侍者になるのは無理なんだよなぁ」
「まぁね。そう簡単に出家の決心がつくとは思えないけどさ」
なんといっても剃髪だし、とツルツル頭のジェスチャーをする会長さん。
「でも見学に連れて来た甲斐はあったかな。ジョミーは全然サッパリだけど、サムが興味を持ってくれたし」
それを聞いていた最上級生らしい学生さんが「それで見学だったんですか」と手を打って。
「サムさんは分かりましたが、ジョミーさんとおっしゃるのは…。ああ、あなたですか。この方たちを仏門に導きたいとお思いになったわけですね」
「そうなんだ。二人とも将来有望だから、見学させて親しみを持って貰おうと…」
「お寺のお子さんではないのですか?」
「残念ながら普通の家の子たちでね。…仏門への道は遠そうだ」
気長に行くよ、と椅子から立った会長さんがドアの方へと歩き出します。私たちも続きましたが、そこへさっきの最上級生らしき人が来て。
「サムさん、それにジョミーさん。…こんなのをやってますので、よければどうぞ」
二人に渡されたのはパンフレットのような印刷物。
「小学生から高校生までを対象にした、夏休みの本山体験ツアーです。仏様に親しんで頂く為に毎年実施しておりまして、私たちもボランティアとしてお手伝いをさせて頂いてます」
ポカンとしているジョミー君たちに簡単なツアーの案内をして、学生さんは「お申し込みをお待ちしてますよ」と爽やかな笑顔。侍者に立候補したいと言った学生さんは会長さんの連絡先を聞き出そうとして玉砕です。
「お勤めに参加させてくれてありがとう。また来た時にはよろしくね」
バイバイ、と手を振る会長さんに礼拝室にいた学生さんが一斉に頭を下げました。
「キースはこれから講義かな?…それとも、ぼくらと一緒に行く?」
「…不本意ながら、今日は一般教養だけだ。出ても出なくても俺にとっては変わりない」
「じゃあ、おいでよ。ぼくたち、今日は1日フリーなんだ」
会長さんに誘われるままに礼拝室を出るキース君の背に、嫉妬の視線が突き刺さります。お坊さんの世界で緋色の衣が絶大な尊敬を浴びているのが嫌というほど分かりました。キース君、明日から大変だろうな…。

会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は帰りのエレベーターの扉が閉まるなり、パッと素早くサイオンで着替え。いつもの制服に戻った姿はどう見ても普通の高校生です。
「ぼくが来てるのは知れ渡ってるし、見つかっちゃうと簡単には帰れないからね。この格好なら大丈夫」
1階でエレベーターを降りると、会長さんは早足で校門の方へ一直線。それを追いかけて門衛所まで辿り着いた時、背後から「お待ち下さい!」と呼ぶ声が声が聞こえて、数人のお坊さんがこちらへ走ってきましたが…。
「ごめんね、今はプライベートタイム」
「ああっ、私どもが学長に叱られます~!」
「もう制服に着替えちゃったし、残念でした、って言っといて」
お坊さんたちを振り切った会長さんは校門を出てバス停に行くと、ちょうど来たバスに乗り込みました。
「学校前を通るヤツだよ。乗って」
通勤や通学のピークを過ぎたらしくてバスの中は閑散としています。終点はドリームワールドと書いてありますし、みんなで遊びに行くのかな?お化け屋敷の雪辱戦とか…。
「ドリームワールドに行きたいのかい?…今日は学校がある日じゃないか」
「ええっ、普通に登校ですか?」
ガッカリした声はシロエ君。キース君をライバル視しているシロエ君の頭脳は既に大学生レベル。授業に出席してはいますが、毎日が退屈なのでしょう。今日は1日フリーの許可が出ているだけに、何か期待をしていたのかも。
「普通かどうかは、登校してのお楽しみだよ」
ウインクしてみせる会長さん。まさか登校して悪戯を…?
「さあね。ほら、言ってる間に学校前だ」
降車ボタンを押して見慣れたバス停に降り立ったものの、生徒の姿はありません。とっくに1時間目の授業が始まっているんですから当然です。うーん、遅刻して教室にゾロゾロ入ったら目立つだろうなぁ…。ところが校門を入った会長さんは1年A組とは別の方向へ歩いて行きます。今日の1時間目は移動教室ではなかったですし、第一、そっちは先生方が授業以外の時間を過ごす準備室がある建物では…。
「まだ来たことがないだろう?…ここのラウンジ」
「「「ラウンジ?」」」
「ああ、存在自体を知らないのか。教職員専用食堂だよ。今の時間は喫茶もやってる」
1年間も過ごした学校ですが、そんなものがあるとは知りませんでした。そういえば学食で先生方に出会ったことは殆ど無かった気がします。お弁当持参か、時間をずらしていらっしゃるのだとばかり思っていたら、専用食堂があったんですか…。
「うちの学校、無駄な所でリッチなんだ。君たちも特別生になったことだし、有意義な時間の過ごし方を教えてあげようと思ってね」
建物に入ってエレベーターで最上階の4階へ。なんだかドキドキしてきました。4階の廊下の突き当たりに洒落た扉が見えています。
「あの向こう側がラウンジだよ。ここのケーキは美味しいんだ。ぶるぅの腕には負けるけどさ」
先頭に立った会長さんが扉を開くと、そこはレストランのような空間でした。つまり学食とは別世界。テーブルにはちゃんとテーブルクロスがかけられ、薔薇が一輪ずつ飾ってあります。うわぁ、本当に無駄にリッチ。スペースもゆったりしてますし…って、あれ?あそこのテーブルに座っているのは…。
「やあ、パスカル。今日もボナールとサボリかい?」
「失敬な!…数学同好会の活動中だ。今、問題を練っているんだ」
会長さんが声をかけたのはアルトちゃんとrちゃんをよく誘いに来る先輩たちでした。二人とも手つかずで冷めたコーヒーのカップを他所に、レポート用紙と本に向き合っています。邪魔をするな、と立ち昇るオーラに会長さんは「やれやれ」と溜息をついて、一番奥の大きなテーブルの方へ。十人は座れるテーブルでしたが、私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が座ってしまうとほぼ満席。
「ここは特別生の憩いの場でもあるんだよ。君たちはまだ全額自己負担になってしまうんだけど、在籍年数に応じて割引がある。百年いたら5割引きだし、クーポンなんかも貰えるんだ。ちなみにこれは十人まで使える割引券」
会長さんが取り出したのは『全品8割引』と印刷された券でした。
「使っていいよ。何を頼む?」
はい、と備え付けのメニューを手渡され、私たちはさっきまでの緊張感も忘れて悩み始めました。ケーキセットもいいですけれど、粘るなら軽食と飲み物の方がいいのでしょうか。それともここは学生らしく飲み物だけで粘ってみるとか…。見回してみると特別生らしき人がチラホラいます。やっぱり定番は『コーヒー1杯で居座る』なのかな?

結局、私たちが注文したのはケーキと飲み物のセットでした。5種類の中から選べるケーキはどれも美味しそうで、私とスウェナちゃんは別々のケーキを頼んで半分に切って交換です。それを見たジョミー君が羨ましげに。
「女の子っていいなぁ。そういうの、とても可愛く見えるし」
「同感だ。俺たちがやったら不気味でしかない」
そこまで執着してもいないが、とキース君。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もケーキを半分ずつ交換してますけれど、微笑ましい感じがするのは片方が子供だからですよね。うん、ここのケーキ、ホントに美味しい!カシスのムースとショコラムースをスウェナちゃんと分けたんですが、どっちも教職員食堂とは思えない出来です。私たちはいつもの調子で賑やかにおしゃべりを始め、ここが何処かもすっかり忘れてしまった頃。
「おや、珍しい面子だねぇ」
聞き覚えのある声に振り向くと、オッドアイの瞳が楽しそうな光を湛えていました。
「あんたたちが居るとは思わなかったよ。ぶるぅの部屋に入り浸りだしね。…ちょうどいいや、手間が省けた」
食事に来たのだというブラウ先生が「ちょっといいかい?」と会長さんの隣に立って。
「放課後に生徒会室の方へ行こうと思ってたんだ。来週の校外学習だけどね」
「ああ。…もう連絡が来てるんだ?」
「…ああ、じゃないよ。特別プランを申し込んだなら、ちゃんとそう言ってくれないと」
「そうかなぁ。ぼくのポケットマネーなんだし、文句を言われる筋合いは…」
「まぁね。それで、本当にやるのかい?」
ブラウ先生は悪戯っぽい笑みを浮かべて会長さんを見下ろしました。
「もちろん。ぶるぅはイルカショーに出たくてたまらないんだ」
「そうらしいね。でも水族館から電話が来た時は驚いたよ。お間違えではありませんか、って聞き返したら、間違いないって言うんだからさ。…あたしの直通番号を連絡先に指定するとは恐れ入った」
「だって。校長先生は畑違いだし、ハーレイは学校行事に関しては全然融通が利かないし。…遊び心が通じそうなのはブラウが一番なんだよね」
「褒め言葉だと思っておくよ。水族館の人がプランについて打ち合わせしたいって言っていたから、あんたのケータイに電話したのに電源が入っていないときたもんだ。仕方ないから生徒会室へ直接行こうとしてたのさ」
「あ。…朝、切ったまま忘れてた」
ごめん、と謝る会長さん。ブラウ先生は「用は済んだし、もういいよ」と微笑んで。
「水族館に電話しといてくれるね?…あたしも校外学習の付添いにエントリーしたくなってきたよ」
「しておけば?」
「そうだねぇ…。魚は別に興味無いけど、イルカショーは一見の価値がありそうだ」
考えとくよ、と軽く片目を瞑ってブラウ先生は空いたテーブルに座りに行ってしまいました。そこへゼル先生がフラリ現れ、ブラウ先生の向かいに座ります。そろそろお昼時なのでしょう。会長さんが『全品8割引』の券を持って立ち上がり、私たちにニッコリ笑い掛けて。
「これをレジに預けておくから、君たちは好きなだけゆっくりしてって。ぼくとぶるぅはちょっと野暮用」
「「「野暮用?」」」
「うん。聞いてただろう、ブラウの話。電話じゃイマイチ伝わらないし、水族館まで行ってくる」
質問をする暇も与えず、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はラウンジを出ていってしまいました。残された私たちはランチを追加注文したり、またまたケーキを注文したり…と放課後まで8割引で粘り倒して二人の帰りを待ったのですが…。
「ここも留守だね…」
「直接家へ帰ったんじゃないか?」
生徒会室の奥の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋は無人でした。水族館の特別プランが何だったのかも分かりません。イルカショーに関するプランで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が絡んでいるのは確かですけど、飛び入りじゃなくて正式に参加するのでしょうか。去年のイルカショーを思い出しながら、私たちは帰途につきました。キース君の大学の見学に、特別生がたむろするラウンジで過ごす怠惰な時間。今日はちょっぴり大人になった気がします。教頭先生、フリーの1日、大感謝です!

 

 

 

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