シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
チョコレート・フォンデュの鍋の中から砂糖細工の教頭先生人形を釣り上げてしまったジョミー君。教頭先生人形が当たった人が王様だよ、という会長さんの言葉どおりに紙製の王冠を被せられた姿は罰ゲームのように見えました。自分じゃなくて良かった…と思う反面、王様が何なのか気になります。
「…知らないかな? ガレット・デ・ロワ」
会長さんが微笑んで。
「イエス・キリストと三人の博士の話は知ってるだろう? 博士が馬小屋を訪ねたのが1月6日の公現節……エピファニーでね、その日に食べるお菓子がガレット・デ・ロワ。直訳すると王様のお菓子。パイ生地の中にアーモンドクリームがたっぷり詰まっているんだよ」
「…それが何?」
王冠を被ったジョミー君が唇を尖らせています。
「王様のお菓子だからって、それとぼくとが関係あるの?」
「大いにね。ガレット・デ・ロワは紙の王冠とセットで売られるものなんだ。お菓子の中にはフェーブっていう陶器の人形が入ってる。切り分けてみんなで食べるんだけど、自分のガレットからフェーブが出てきた人が王様になれるという仕組み。王冠を被ってみんなに祝福されるのさ。…ジョミー、君はフェーブを当てただろう?」
「…フェーブって、これ…?」
陶器じゃないよ、とジョミー君はお皿の上の教頭先生人形をフォークでコロンと転がしました。チョコレートまみれですけど全く溶けてはいないようです。
「陶器じゃなくてもフェーブってことにしといてよ。ガレット・デ・ロワはね、場所によっては新年のケーキになったりするんだ。ヴァシロピタって呼ぶ国もある。そこでは人形の代わりにコインが入るし、当たった人には幸運が来ると言われているのさ。で、今日は新年度の最初の日だからガレット・デ・ロワっぽくいこうかと」
「だから王様…?」
「そういうこと。ラッキーなんだよ、喜びたまえ」
大当たりだし、と会長さんは笑顔ですけど本当にラッキーなんでしょうか? 素敵な役目がどうとか言っていた上に、誰も王様にならなかったら強制的に指名するとか物騒なことも聞こえましたが…。疑いの眼差しを向けているのはジョミー君だけではありませんでした。でも会長さんは気にも留めずに。
「ぶるぅ、ハーレイ人形をどうしようか? お菓子作りに使うかい?」
「えっと…。使ってもいいんだけども、みんな食べるのを嫌がりそうだよ」
ハーレイだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がジョミー君のお皿の教頭先生人形をコップの水の中で揺するとチョコは綺麗に取れました。形も塗りも崩れてはおらず、釜茹でになっていたとは思えません。これを砕いてお菓子の材料に使われるのは確かにかなり嫌かもです。
「…食あたりしそうだな」
キース君が言い、シロエ君が。
「チョコの中って相当熱いと思うんですけど、溶けてないなんて…怖いですよ」
「そういえばそうね…」
何か仕掛けがあるのかしら、とスウェナちゃん。会長さんは「ご名答」と教頭先生人形をつまみ上げました。
「サイオンでちょっとコーティングをね。で、食べたい? 食べたくない? …ハーレイ人形」
「「「………」」」
私たちが顔を見合せ、揃って首を横に振ると。
「やっぱり食べたくないだろうねえ…。調子に乗って作らせたのはいいんだけれど、欲しいって人もいないだろうし…。仕方ない、ヤスに食べさせちゃおう」
「「「ヤス?」」」
誰ですか、それは? そんな名前の職員さんとかいましたっけ?
「ゼルの犬だよ」
大型犬で猛犬注意、と会長さんがパチンと指を鳴らすと頭の中に獰猛そうな犬のイメージが浮かびました。ゼル先生の家の庭の様子をサイオンで中継しているようです。
「これが一号で、あっちの陰にいるのが二号。…一号の方が甘党なんだ」
ほら、と会長さんが瞬間移動で放り込んだらしい教頭先生人形が庭にコロコロと転がって…。ヤス一号と呼ばれた犬はフンフンと匂いを嗅いでから大喜びで舐め始めました。あれでは番犬の意味をなさないのでは…? 薬とかが入っていたら一発でアウトじゃないですか~!
「一号も二号も、ぼくの匂いを知ってるからね。知らない人から貰ったものは食べないよ、うん」
とても頭がいいんだから、と会長さん。すぐに二号も近付いてきて、教頭先生人形は二匹の犬のオモチャになってしまいました。齧ってみたり、奪い合ったり…。
「これ以上は残酷な光景だからやめておこうか」
自分でやらかしておいて残酷も何も…と思いましたが、会長さんは素知らぬ顔。サイオン中継を打ち切りにすると、ジョミー君の方に向き直って。
「ハーレイ人形の処分も済んだし、次は王様の出番だね。…今日は何の日?」
「「「え?」」」
何の日って…入学式の日ですけれども、他にも何か…???
今日はシャングリラ学園の入学式。アルトちゃんとrちゃんが特別生として入学してきて、数学同好会の人たちと歓迎会に出かけていって…その他に何かあったでしょうか。思い当たる行事はありません。会長さんは大袈裟な溜息をつき、「仕方ないか」と呟くと。
「去年は違う日だったしね…。色々と事情があったから。でも、今年からは覚えておいて。入学式の日はコレなんだよ。…ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の部屋から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持って来たのはリボンがかかった平たい箱。こ、この箱はどう見ても…。
「そう、青月印の紅白縞が5枚。本来は入学式の日に届けていたけど、去年はハーレイとの仲がこじれていたからね。今年は婚前旅行も行ったし、いつもどおりでいいだろう」
「「「………」」」
私たちの顔がサーッと青ざめました。一泊二日の温泉旅行で起きた事件は忘れていません。会長さんに騙されて誘い出された教頭先生、散々な目に遭わされた果てに乱入してきたソルジャーに悩殺されて失神して……翌日の朝、突き付けられたのは高額の旅行費用と慰謝料を合わせた請求書。なのに教頭先生は会長さんを詰りもせずに「困ったヤツだ」と微笑んだだけで…。
「大丈夫、ハーレイは全然怒っていないから。請求書どおりに振り込んでくれたし、帰りの電車の中でも嬉しそうにしていただろう? ぼくと旅行に行けただけでも幸せだって言ってたよ。心配ない、ない」
安心して、と会長さんは涼しい顔です。
「そういえばハーレイに全額負担させればいい、って思い付いたのはジョミーだったっけ。そのジョミーが王様になったっていうのが面白いよね。ふふ、流石はタイプ・ブルーって所かな。ぼくの後継者候補としてハーレイに対する態度も学んでくれると嬉しいけども」
「あんた、後継者なんか要らんだろうが!」
キース君が突っ込みました。
「まだまだ長生きする気のくせに、ジョミーに妙なことを吹き込むな!」
「…バレちゃったか。まあ、ジョミーじゃハーレイ苛めは無理なんだけどね…。ハーレイがジョミーに惚れてないから」
残念だけど、と会長さん。そしてジョミー君に視線を移して…。
「紅白縞を届ける時に色々とサプライズがつくのは知ってるだろう? 君たちも何度も同行しているし…。実は今日のサプライズが王様なんだ」
「「「王様?」」」
私たちの声が重なり、会長さんが。
「そう、王様。…ぶるぅがウェディング・ケーキに乗せる人形を作ってた時に閃いたのさ、ハーレイ人形で王様を決めて王様ゲームをしよう…ってね」
「「「えぇっ!?」」」
とんでもない言葉に私たちは固まりました。王様ゲームって……普通に王様ゲームですよね? ジョミー君が王様ってことは、私たち、ジョミー君の命令を何でも聞かなきゃダメなんですか? 大変なことになりましたけど、王様ゲームの何処がサプライズになるんでしょう? 教頭室で王様ゲームをやったとしても、教頭先生は子供の遊びを微笑ましく見ているだけなのでは…?
「そこがいいんだ。教頭室で王様ゲーム、子供らしくていいと思うな。ジョミー、君は大当たりのクジを引いたってわけ。…王様ゲームのルールのことはみんなも知っているだろう? 教頭室でジョミーが命令書を選んで命令を下す。命令書の方は…」
「かみお~ん♪ この箱の中に入ってるよ!」
ニコニコ顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が四角い箱を抱えています。蓋に円形の穴が開けられ、そこから手を入れて中身を取り出すようですが…。
「いいかい、ジョミー。命令書はサイオンで読み取ったりは出来ない仕組みだ。元々そこまで出来ないだろうけど、念のため。…後は引いてのお楽しみさ」
君たちもね、とニッコリ微笑む会長さん。あぁぁ、命令書って何でしょう? サプライズだけに教頭先生に何か悪戯を仕掛けるようにと書かれていそうで怖いです。こんな結末だと分かっていたら、王様になった方がマシだったのに…。私たちはジョミー君の頭に載った金色の王冠を恨めしそうに眺めました。
「それじゃ行こうか。ああ、ジョミー……その王冠は外していいよ、学校の中じゃ目立つだろうし。ぶるぅの頭に被せておこう」
ちょっと大きめサイズの王冠が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな頭にポンと乗せられ、教頭室へ出発です。会長さんの手にはトランクスの箱、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手には命令書入りの四角い箱。私たちはガックリと肩を落として会長さんに続きました。ここまでドツボな気持ちになったトランクスお届け行列は初めてかも…。
入学式の日は部活もないので校内に生徒は残っていません。好奇心満載の視線を浴びることなく本館に着き、教頭室の重厚な扉の前で…。
「失礼します」
ノックをした会長さんが扉を開けると、書きものをしていた教頭先生が顔を上げました。
「来たよ、ハーレイ」
「ブルー…」
嬉しそうな顔の教頭先生。婚前旅行だと騙されてから十日も経っていないのですが、立ち直りの早さは天晴れとしか言えません。私たちがゾロゾロ入って行っても、慣れてしまったのか苦笑しただけ。会長さんはトランクスの箱を机に置くと極上の笑みを浮かべました。
「はい、いつもの青月印だよ。婚前旅行にも行った仲だし、心をこめてプレゼントするね。…婚前旅行は残念な結果に終わったけどさ」
「…う、うむ……」
咳払いをする教頭先生。会長さんはクスクスと笑い、トランクスの箱をポンと叩いて。
「そういえば今年の初めにブルーから素敵な下着を貰っただろう? ぼくとブルーにぴったりサイズのセクシー下着の詰め合わせを。…どう? あれから役に立ってる?」
うっ、と短い呻き声が上がって教頭先生がティッシュで鼻を押さえました。クスクスクス…と笑う会長さん。
「ふふ、役に立ってるみたいだね。夜のお供にいいだろう? 一人なら色々と盛り上がれるのに、どうして肝心の時に役に立たないかな、ハーレイは…。婚前旅行で失敗だなんて、慰謝料程度じゃ足りないくらいだ」
「……すまん……」
「別にいいけどね、悪戯だったし。だけどブルーが来ちゃったからさ……ハーレイ、恥の上塗りだよ? ヘタレは前からバレてたけども、婚前旅行でも役立たずっていうのは最悪じゃないか。ブルーがあっちのハーレイに話しちゃったら笑いものだよ、甲斐性なしって」
情けなくって涙が出る、と会長さんは言っていますが、もしも教頭先生に甲斐性があったとしたら婚前旅行なんかに誘い出したりしないでしょう。会長さんにはそっちの趣味は無いのですから。…なのに責め立てられて素直に謝る教頭先生、どこまでも一途で実はけっこう漢なのかも。教頭先生が謝りまくるのを堪能した後、会長さんは微笑んで。
「そのくらいでいいよ、ハーレイ。今日はおめでたい日だから許してあげる」
「…おめでたい?」
怪訝そうな顔の教頭先生。私たちも首を傾げましたが、答えはすぐに分かりました。
「もう忘れた? 入学式だよ、アルトさんとrさんの…ね。二人ともぼくのお気に入りだし、特別生になって残ってくれたのが嬉しいんだ。もっとも二人とも、ハーレイにも…ちょっと気があるみたいだけれど」
「い、いや……。違う、それは違う! 珍しかっただけなのだろう、私の服が」
教頭先生の額に汗が浮かんでいます。シャングリラ号に乗り込んだアルトちゃんとrちゃんは教頭先生のキャプテン姿に惚れ込んだらしく、それが原因で会長さんが婚前旅行を企画したのは周知の事実。なので教頭先生にとっては蒸し返したくない話題でした。会長さんは喉をクッと鳴らしておかしそうに。
「そうかな? 本当に服のせいだけなのかな…。まあ、ハーレイがモテたところで意味はあんまり無さそうだけどね…。結婚したい相手はぼくだけだろう?」
「もちろんだ!」
「その思い込みも消えないねえ…。脈無しだって言ってるのにさ。で、今日はおめでたい日だからゲームをしてもいいかな、ハーレイ?」
教頭室で、と会長さん。
「…ゲーム?」
「うん。…王様ゲームって知ってるだろう? もう王様は決まってるんだ」
「ぶるぅなのか?」
まじまじと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭の王冠を見つめる教頭先生。
「違うよ、ぶるぅは代理で王様はジョミー。…ダメかな?」
「…ほほう…。お前たちがゲームをするのか?」
「ハーレイが許してくれたらね」
嫌ならいいよ、と会長さんは思わせぶりな瞳です。教頭先生は額に指先を当てて、少し考えていましたが…。
「よし、特別に許可しよう。ここは遊びに使う部屋とは違うのだがな」
「そうこなくっちゃ。ジョミー、ほら、君が王様だよ」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭から冠を取ってジョミー君の頭に載せました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が抱えているのは命令書入りの四角い箱。とうとうゲームのスタートです。教頭先生、どんな命令が出るかも知らずにゴーサインを出してよかったんですか~?
悪戯好きの会長さんが書いた命令が詰まった恐ろしい箱。それを実行させられるのは私たちです。教頭先生に恨まれちゃったらどうしましょう。会長さんは惚れられてますから何をやっても平気ですけど、私たちは生徒としてしか愛されてません。場合によっては嫌われちゃうかも…。教頭先生と会長さんを交互に見ながら肘でつつき合っていると、会長さんが。
「ジョミー、命令を出してくれないかな。…これじゃゲームが始まらないよ」
「あ、そっか。じゃあ、悪いけど…」
ジョミー君は四角い箱に手を突っ込んでガサガサと中を探ったかと思うとサッと1枚を引っ張り出して広げました。その顔がみるみる蒼白になり、手が小刻みに震え出します。
「…え、えっと………えっと……」
「どうしたんだい? 遠慮しないで読みたまえ、ジョミー」
明らかに笑いを含んだ会長さんのよく通る声。ジョミー君はどんな命令を引いたのでしょう? 私たちも血の気が引いて行くのが分かりました。いったい何をさせられるのか、考えただけで身震いが…。
「……ジョミー。君が王様だろう? 命令を」
会長さんの有無を言わさぬ口調に、ジョミー君はグッと紙を握って。
「…は………ハーレイ……ハーレイは……に、にんぎょ……」
「「「人形?」」」
なんじゃそりゃ、と頭の中に思い浮かんだのは砂糖細工の教頭先生人形でした。今頃はゼル先生の家でヤス一号と二号に食べ尽くされて影も形も無いのでしょうが……アレを今更どうしろと? 復元作業をしろと言われても困るのですが、一から作れと言うのでしょうか? ジョミー君、人形をどうすればいいの…?
「ジョミー、声が震えてる。もっとしっかり、最後まで!」
「…で、でも…」
躊躇しているジョミー君ですが、会長さんは容赦しませんでした。
「ジョミー。その命令は君が作った命令なのかい? だったら良心の呵責ってヤツで読みたくないのも無理はないけど」
「ち、違うよ! ブルーが用意してたんじゃないか!」
必死の形相で叫ぶジョミー君に、教頭先生がビクリとして。
「…何? ブルーが…?」
「うん、ぼくが」
会長さんが花のような笑顔で答えました。
「ぼくが用意を整えたんだよ、王様ゲーム。王冠も命令も全部ぼくが……ね。さあ、ジョミー…命令を。言い忘れたけど、命令を読めなかった場合は王様自身がその命令に従うんだよ。それが罰則」
げげっ。さっきまで羨ましかった王冠の輝きが一気にくすんで見えました。罰ゲームつきとは恐ろしすぎです。ジョミー君は覚悟を決めたらしくて、スウッと息を大きく吸い込んでから。
「…命令! ハーレイは人魚に変身した上、記念撮影に応じること!!」
「「「えぇぇっ!?」」」
に、人魚!? 人形じゃなくて人魚ですって? しかも教頭先生が人魚に変身だなんて、いったいどういう命令ですか~!
「……ブルー……」
上を下への大騒ぎの中、会長さんの名を呼んだのは他ならぬ教頭先生でした。
「ん? なんだい、ハーレイ。どうかした?」
小首を傾げる会長さんに、教頭先生は眉間の皺を深くしながら。
「…王様ゲームと聞いたのだが? お前たちがゲームをして遊ぶものだと思っていたから許可したのだが…?」
「だからジョミーが王様じゃないか。…何か気になる問題でも?」
「私の名前が聞こえてきたぞ」
「そうだろうね。だって、そういう命令だから」
ケロリとした顔の会長さんに罪の意識は無いようです。私たちが固唾を飲んで見守る中で会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」から命令書入りの箱を受け取り、両手で軽く振りました。カサカサと大量の紙が触れ合う音がします。
「命令は他にもあるんだよ。嫌だというなら引き直したっていいんだけどね…。どうする、ジョミー?」
「えっ…」
「君は命令を読み上げたから罰則はない。ハーレイは人魚になるのが嫌みたいだし、もう一度引いてあげるかい?」
どうする? と尋ねる会長さんにキース君が。
「お、おい…。まさか、その箱の中の命令ってヤツは…全部教頭先生に…?」
声を震わせているキース君に、会長さんは「当たり」とウインクしてみせました。
「他にも色々用意したんだ。記念撮影はどれを選んでもついてくるけど、変身の他にも色々と…ね。で、ハーレイ……人魚がお気に召さないのなら命令を変えてあげようか?」
「…お前たちのゲームじゃないのか? どうして私がやらねばならん!」
「王様ゲームって言っただけだよ。そして王様ゲームの命令ってヤツは絶対なんだ。…ぼくが悪戯するのは簡単だけど、ハーレイを油断させたくってさ…。それで王様ゲームにしてみた。王様はちゃんと公平に選んだけどね」
ジョミー君が王様に決まった経緯については会長さんは沈黙しました。教頭先生人形を釜茹でにした挙句、ゼル先生の犬に食べさせたことを明らかにするのは流石に心が痛んだのかも…?
『まさか。ウェディング・ケーキの話がバレたら、ハーレイが分不相応な夢を持つからね。それだけは断固阻止したいんだ』
私たちだけに届く思念で会長さんが伝えてきます。そんな理由じゃないかとも思いましたけど、やっぱり本当にそうでしたか…。教頭先生の方はあまりの展開に頭を抱えて机に突っ伏して唸っていたり。
「…卑怯だぞ、ブルー…」
「そう? 作戦勝ちだと言って欲しいな。ぼくとしては早くゲームをしたいんだけど、王様に命令を選び直して貰うのかい? それとも人魚のままでいい?」
会長さんはジョミー君を側に呼び寄せ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に命令入りの箱を持たせて引き直しの準備態勢に入っています。教頭先生は脂汗を拭い、掠れた声で尋ねました。
「…記念撮影がつくと聞いたが、変身の他には何があるんだ? 具体例を聞かせてほしい」
「それは反則。命令の中身は教えられない。でも、そうだねえ……参考までに言っておくなら、どれを選んでも記念撮影をするだけの価値は絶対にあるよ。保証する」
「そんなことを保証されてもな……」
困るのだが、と教頭先生。記念撮影がついてくる以上、どれを選んでもロクな命令ではなさそうです。さて、ジョミー君は新しい命令を引き直すのか、人魚のままで決行なのか…? と、会長さんが腕時計を見て。
「…ごめん、ハーレイ。…時間切れ」
「時間切れ?」
「そのまんまだよ、時間切れさ。あまり遅くなると時間に余裕がなくなるからね、制限時間を決めていたんだ。王様ゲームは君が人魚に変身ってことで決定した」
「ま、待ってくれ、ブルー!」
教頭先生の縋るような声を会長さんは無視しました。
「ジョミー、王様の命令をもう一度。大きな声でしっかり頼むよ」
「う、うん……。でも本当にいいのかな?」
「ぼくが許す。言いたまえ、ジョミー」
「…え、えっと…。教頭先生、ごめんなさい…。それじゃ読みます。…ハーレイは人魚に変身した上、記念撮影に応じること!」
王冠を被ったジョミー君の命令が教頭室に響き渡りました。教頭先生が人魚に変身。…それってサイオンでパパッと変身? それとも写真に残せるレベルの高度なサイオニック・ドリームなのかな?
「さあ、ハーレイ。王様の命令が出たよ、人魚に変身してもらおうか」
会長さんの赤い瞳が教頭先生を見据えています。教頭先生は口をパクパクとさせ、私たちをグルリと見回して。
「…無理だ…! わ、私はサイオニック・ドリームは……そのぅ…」
「得意じゃないって? そんなことを言っていいのかな?」
生徒の前だよ、と会長さんは冷たい口調。
「ハーレイ。君は知らないと思うけれども、ジョミーとキースはサイオニック・ドリームの特訓中だ。それも写真に写るレベルの高度なヤツをね。…仮にも長老でシャングリラ号のキャプテンを務める君が逃げを打つのは潔くない」
「…し、しかし……」
「出来ないものは出来ない、って? そう言ってくるんじゃないかと思って一応用意はしておいたんだ。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
パアッと青いサイオンの光が走ったかと思うとドスン! とショッキングピンクの物体が絨毯の上に落ちて来ました。とても大きな魚です。ピカピカの鱗に立派な尾びれ。あれ? でも…頭がない…? それに中身が詰まっていません。ひょっとしてコレは魚じゃなくて…?
「出してあげたよ、変身ツール」
会長さんが極上の笑みを浮かべて魚の方を指差しました。
「ハーレイのサイズに合わせて特注で作った人魚の尻尾さ。ぴったりフィットする筈だ。装着用のテープもあるけど、ぼくのサイオンでも補助できる。着けてプールで泳げるんだ」
「プールだと!? 写真撮影だけじゃないのか?」
教頭先生は真っ青でした。会長さんはクスッと笑って。
「泳げとまでは言っていないよ。だけど命令を聞かなかったらエスカレートしていくかもね。まず、これに着替えてくれなくちゃ」
はい、と会長さんが教頭先生に手渡したのは紫色のレースでした。
「なんだ、これは?」
「専用下着」
しれっと答えた会長さんは仮眠室の扉をピシッと指して。
「それを履かないと人魚の尻尾がくっつかないんだ。あっちの部屋を使っていいから履き替えてきて。ああ、人魚だから上半身は裸だよ? それを履くついでに脱ぐといい。…そうそう、もちろん下半身の方もそれ一枚で」
「…………」
教頭先生の目が点になり、レースの下着がハラリと床に落ちました。それを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が拾って教頭先生の手に押し付けましたが、あのデザインはTバックでは…。教頭先生、あれを履かないとダメなんですか? ショッキングピンクの人魚の尻尾も大概ですけど、紫色のTバックなんて…。えっ、ちょっと待って。私たち、教頭先生が人魚に変身する前段階の紫色のTバック姿から見守ることになってるわけ~!?