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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

桜の花咲く頃  第3話

ジョミー君が王様になった王様ゲームは教頭先生を苛めまくるというものでした。王様は会長さんが作った命令書の中から一つ選ぶだけで、命令は全て教頭先生がターゲット。しかも命令を下せなかったら、その命令が王様自身に降りかかるとあってはたまりません。ジョミー君が非情な命令を読み上げ、哀れな教頭先生は…。
「ブルー…。本当にこれを着けないとダメなのか?」
教頭先生の声は震えていました。絨毯の上にはショッキングピンクの魚の尻尾、渡されたのは紫のレースのTバック。人魚に変身しろという命令だけでも大概なのに、変身用の尻尾を装着するにはTバックを履かないとダメらしいのです。会長さんは教頭先生をチラリと眺めて。
「ん? 人魚の尻尾がそんなに不満? それとも嫌なのはTバックかな? Tバックの方は別に無理にとは言わないけどさ」
「そ、そうか…」
ホッとした教頭先生ですが、会長さんが続けた言葉は…。
「その尻尾はね、身体にぴったりフィットするように作ってあるんだ。だから出来るだけ身体のラインを出さなくちゃ。Tバックが一番だと思うんだけど、嫌ならノーパンにするしかないかな」
「…なんだと…?」
教頭先生の顔からサーッ血の気が引きました。
「せ…専用下着というのはそういう意味か? 他の下着ではダメなのか? その……そのぅ、ビキニとかでは…」
「ビキニねえ…。まあ、いいか。…で、今すぐ用意できるんだろうね? 買いに行くっていうのはダメだよ?」
あまり時間が無いんだから、と会長さんは壁の時計を示します。教頭先生はグッと詰まって。
「こ…ここには無いが、家にはあるんだ。バレエのレッスンで履いてるヤツが」
なんと! 教頭先生、今もバレエを続けてましたか。会長さんにサイオンでバレエのテクニックを仕込まれたのは去年の1月のことだったのに…。その後、更に技を磨いてゼル先生たちと『四羽の白鳥』を披露してくれたのが私たちが卒業した直後の謝恩会。まだレッスンを続けていたとは驚きですが、確かにバレエに紅白縞は不向きですよね。…でも会長さんの口調はあくまで冷たく…。
「それで?」
「い、いや…。だから、ビキニでは駄目なのか、と…」
「かまわないって言っただろう? ほら、早くあっちの部屋で履き替えてきて」
仮眠室の扉を指差す会長さんに、教頭先生は脂汗を浮かべながら。
「…ビキニは家に置いてあるんだ。寝室のクローゼットは知ってるな? 下から二番目の引出しの中に…」
「取ってこいって? ぼくに?」
会長さんは何度か瞬きをして、信じられないといった表情で。
「なんでハーレイの下着なんかを取りに行かなきゃいけないのさ? 瞬間移動で取り寄せるのもお断りだね。…ぶるぅ、お前も手伝ってあげちゃいけないよ。ハーレイが自分でやればいいんだ」
「うん。…でも、ハーレイって瞬間移動できたっけ?」
タイプ・グリーンだと思うんだけど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。瞬間移動はタイプ・ブルーの会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にしか出来ない筈です。けれど会長さんは容赦しませんでした。
「タイプ・グリーンでもやって出来ないことはない。まだ成功した人がいないってだけで、可能性は十分あるんだよ。…どうする、ハーレイ? Tバックかノーパン、どっちも嫌なら根性でビキニを取り寄せたまえ。制限時間は一分間だ。はじめっ!」
私たちは教頭先生に注目しました。タイプ・グリーン初の瞬間移動は見事成功するのでしょうか? 淡いグリーンの光が教頭先生の身体を包み、しばらく揺らめいていましたが…。
「…無理だ…」
教頭先生は肩を落とすと溜息をついて。
「どうやればいいのかサッパリ分からん。…仕方ない、専用下着とやらにしよう。それは写真は撮らんのだろうな?」
「ああ、そんな悪趣味な写真は撮らないよ。安心して履いてくるといい」
会長さんに背中をポンと叩かれ、教頭先生はTバックを手にして仮眠室に入って行きました。数分後に扉がガチャリと開いて…。
「………これでいいのか?」
「「「!!!」」」
逞しい身体に紫色のTバックだけを着けた姿で歩み出てきた教頭先生。視覚の暴力そのものですが、会長さんは澄ました顔で。
「ジョミー、命令をもう一度。大きな声で読み上げたまえ」
「…は、はいっ! え、えっと…ハーレイは人魚に変身した上、記念撮影に応じること!」
王冠を被ったジョミー君の命令が下りました。会長さんが指をパチンと鳴らし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がショッキングピンクの魚の尻尾に隠されていたファスナーを開けます。教頭先生が下半身をゴソゴソと潜り込ませるとファスナーが素早く引き上げられて…。
「はい、出来上がり」
満面の笑みの会長さんの足許に大きな人魚がゴロンと横たわっていたのでした。

教頭先生の褐色の肌にショッキングピンクの人魚の尻尾は似合いません。おまけに教頭先生が人魚になるのは無理があります。人魚といえば美しい女性の上半身がお約束では…。
「甘いね。君たちはまだまだ勉強不足だ」
ざわついている私たちに会長さんが言いました。
「人魚は女性に限らないよ。世界最古の人魚像はね……肥沃な三日月地帯ってあるだろう? あそこで出土したレリーフの中の、長い髭が生えた男性なんだ」
「「「………」」」
世界最古の人魚が男。それも髭面のオジサンだとは衝撃でした。会長さんが思念で送って寄越した映像からして、これは嘘ではなさそうです。海に浮かんだ船の間に魚に混じって髭の人魚が…。
「ついでに言うと、グレイブの先祖は男の人魚かもしれないよ」
「「「は!?」」」
なんでグレイブ先生の名が? 教頭先生のことも忘れて私たちの視線が会長さんに向けられます。
「ケルト神話で有名な島は知っているよね。あそこは人魚の伝説が多い。あの島では女の人魚をメロウ、男の人魚をマードックと呼ぶ」
「へえ…」
知らなかった、とジョミー君。グレイブ先生の姓はマードックですし、もしかして関係あるのかも…? 一度尋ねてみようかな、と誰もが思ったのですが。
「グレイブの先祖が人魚だとしたら、物好きな人がいたんだろうね。なにしろ伝説のマードックときたら、胴体は逞しい男性なのに姿がとっても醜いらしい。豚のような目に赤い鼻、緑色の歯で髪の毛は海藻みたいにモジャモジャで…」
「「「………」」」
ちょっと想像がつきませんでした。教頭先生人魚の方がビジュアル的にはまだマシそうです。会長さんは教頭先生の人魚の尻尾を眺めながら。
「マードックがあまりにも醜すぎるから女の人魚は人間の男に恋をする。その結果、先祖は人魚だって家系が幾つもあるのさ。グレイブの先祖はマードックなのか、人間を恋人にしたメロウの方が罪滅ぼしに名前を借りたのか…それとも全く無関係か。でも、そんなことより今はハーレイ人魚が肝心」
さて、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンでパパッと取り寄せたのは撮影用の機材でした。
「男の人魚もいるって教えたし、ハーレイ人魚に文句はないだろ? 髭面だとかマードックよりは見られる筈だよ、ハーレイ人魚。さあ、撮影を始めよう。…君たちは今から撮影助手だ。あ、ジョミーの王冠はもう要らないね」
紙の王冠がフッと消え失せ、平民に戻ったジョミー君と私たちは教頭室にブルースクリーンを張り、ライトをセットし、小道具の岩を据え付けて…。
「ハーレイ、準備が整ったよ。岩に座ってくれないかな」
「………」
憮然とした顔で寝そべっていた教頭先生が上体を起こし、岩の方へと這って行きます。柔道部三人組が手伝って岩に座らせ、会長さんがポーズをつけて…撮影係はスウェナちゃん。ジャーナリスト志望だったのが裏目に出ちゃったみたいです。
「じゃあ、撮りますね。笑って下さぁ~い」
パシャッパシャッとシャッターが切られ、珍妙な人魚の記念写真が撮られました。次はポーズと角度を変えて…。と、いきなり教頭室の扉が開いて。
「ハーレイ、さっきの…」
言葉が途中で途切れてしまい、固まっているのはゼル先生。えっと、どうすればいいんでしょう? 私たち、叱られちゃうんでしょうか? こんなの想定外ですよぅ~!

「…な、な……」
ゼル先生は血管が切れそうな顔で私たちを睨んでいたかと思うと、凄い雷を落としました。
「なんじゃハーレイ、その格好は! それを見せたくて呼んだんかいっ!!」
「「「え?」」」
呼んだ? いったい誰がゼル先生を? 教頭先生が怒鳴られてますけど、思念波でSOSでも出しましたか…? 教頭先生は必死に首を左右に振ると。
「ち、違う、誤解だ! 私は……私は何も……」
「いいや、お前の番号じゃった! かけ直しても返事がないから走ってきてみればこの有様じゃ!」
烈火の如く怒り狂っているゼル先生。内線呼び出しがあったようです。…まさか、そのコールの発信者は…。
「御苦労さま、ゼル」
ニッコリ笑って手を上げたのは、やはり会長さんでした。岩に座って身を縮めている教頭先生のショッキングピンクの尻尾をペタペタと触り、尾びれを「よいしょ」と持ち上げてみせて。
「ぼくが内線で呼んだんだ。ハーレイ人魚、凄いだろう? テープでくっつけてあるんだけれど、継ぎ目が全く分からないよね。水に入れたらちゃんと泳げる」
「…ほほぅ……」
ゼル先生の頬がほんの少しだけ緩みました。
「不細工な人魚じゃが、よく出来とるな。しかし、わしを呼び出してどうするつもりじゃ。プールはシドの管轄じゃぞ。わしに使用許可を貰って来いと?」
「ううん、プールは使わないよ。ぼくは目撃者が欲しかっただけさ。ハーレイはシャングリラ号でぼくのお株を奪ってくれたし、仕返しに恥ずかしい写真を撮って配ろうかな、と…。でもね、証人がないと合成写真で片付けられてしまうだろう?」
ウインクをする会長さん。ゼル先生は腕組みをして会長さんと教頭先生を交互に見比べていましたが…。
「おお、そうか。思い出したぞ、アルトとrか! ハーレイのキャプテン姿に見惚れとったな。…思い出した、思い出した。頭に来たとか怒っとったが、そうか、あの時の仕返しか!」
よくやったぞ、とゼル先生は会長さんの肩を持ったではありませんか。いったい何故…?
「ゼルも注目して貰おうとブリッジで気合を入れていたのに、アルトさんたちはハーレイばかり見ていたんだよ。…そうだよね?」
「うむ。ハーレイは実に目障りじゃった。ワープドライブの起動はわしが命令するんじゃぞ! なのにハーレイが注目されおって…。ワープと叫ぶくらいのことは猫でも杓子でも出来るわい!」
えっと。流石に猫と杓子には無理じゃないかと思うんですけど、単に「ワープ」と叫ぶだけなら私たちでも出来そうです。ゼル先生も教頭先生に敵愾心を燃やしていましたか…。そういえば『パルテノンの夜の帝王』と呼ばれていたと聞いた気がします。会長さんったら計算ずくでゼル先生を呼び出したみたい。
「ね、ハーレイは生意気なんだ。この写真、後で背景を合成してから長老のみんなに配っちゃおうと思うんだけど」
「それは素晴らしいアイデアじゃな。ブラウあたりが喜びそうじゃ。…いっそ背景は教頭室というのもいいかもしれん。赤っ恥にはもってこいじゃぞ」
「そうだね。それもいい記念になりそうだ。…ぶるぅ!」
ブルースクリーンがサッと巻き上げられ、教頭先生は重厚な机と書棚をバックに写真を撮られてしまいました。ゼル先生がスウェナちゃんのカメラを覗き込み、撮影データを見せて貰ってあれこれ写真を選んでいます。
「これと、これと……これもなかなか良さそうじゃのう。どうじゃ、わしら限定で写真集に仕立てて配るというのは」
「タイトルは人魚姫で? 楽しい絵本が出来るかもね」
悪辣な相談を始めた二人を私たちは呆然と見ているだけでした。教頭先生は泣きそうな顔をしています。会長さんはアルトちゃんとrちゃんにも写真を渡して幻滅させたいと言ったのですけど…。
「いかん、いかん」
ゼル先生が即座に止めました。
「写真を渡すというのはいかん。いくら特別生といえども、まだ1年目のヒヨコではのう…」
あ。教頭先生、嬉しそう。やっと庇って貰えたようです。ゼル先生も悪ノリして暴走するだけじゃなかったんですねえ……って、え? なんですって?
「こうハッキリと顔が写っておっては流出したら大変じゃぞ。シャングリラ学園の大恥になる。もっとこう、校内限定で楽しめそうなネタなら歓迎じゃがな」
げげっ。ゼル先生ったらまだ言いますか! 会長さんがクスッと笑って。
「…学園祭の時の花魁みたいに? あれは外部の人も見ていたけれど」
「うむ。ああいう祭りは害が無いのう」
今が学園祭の時期だったら…、とゼル先生は残念そうです。会長さんも溜息をついて教頭先生の人魚の尻尾をじっと見詰めていましたが…。
「そうだ、お祭りにすればいいんだ! ありがとう、ゼル、閃いたよ。…楽しみにしてて」
ゼル先生の耳に何やら囁きかける会長さん。ゼル先生はニヤリと笑い、教頭先生を上から下まで眺め回すと「ではこれで」と立ち去りました。私たちはブルースクリーンをバックに教頭先生の撮影を続け、会長さんがデータをチェック。やっとのことで撮影が終わると会長さんはサイオンで機材を片付けましたが、人魚の尻尾は放置です。
「ハーレイ、人魚の尻尾は君にあげるよ。シャングリラ号のクルーの交流会で変身したらウケると思うな」
ねえ? と尾びれを撫でる会長さんに、教頭先生は疲れた顔で。
「貰うのはかまわんのだが、外していってくれないのか?」
「王様ゲームの命令は記念撮影に応じるとこまで。アフターサービスはやってないんだ。頑張って自力で外したまえ。じゃあね、ハーレイ」
軽く手を振った会長さんは私たちに「帰るよ」と合図して教頭室を出て行きます。絨毯の上で伸びているショッキングピンクの人魚をチラチラ振り返りながら私たちは会長さんに続きました。

会長さんの閃きが何だったのかは教えて貰えませんでした。教頭先生人魚の姿が頭の中から離れないまま、翌日は新入生歓迎会。恒例のエッグハントは特別生は裏方です。校内に卵を隠して回って、後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の帰りを待つだけ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」は卵に化けて一等賞の賞品を隠し持つのがお役目だったり…。
「かみお~ん♪ みんな、お待たせ!」
一等の旅行券を渡し終わった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が影の生徒会室に戻って来ました。桜の葉を練り込んだ生地と桜の餡とクリームを使ったロールケーキが配られてきて、ティータイム。昨日はウェディング・ケーキにチョコレート・フォンデュと豪華でしたが、その後が…。やっぱり平和が一番ですよね。
「うん、美味しい! これって全部、桜なんだ?」
ジョミー君がケーキを頬張り、キース君が。
「桜か…。そういえば今日は花祭りだな」
「あ、白い象を引っ張るお祭りね?」
スウェナちゃんの言葉をキース君が「ちょっと違う」と訂正しました。
「象が主役の祭りじゃないぞ。お釈迦様のお誕生日だし、メインはあくまでお釈迦様だ」
「甘茶をかけて祝うんですよね?」
そう言ったのはマツカ君。キース君が頷いた所で会長さんが割り込んできて…。
「花祭り、今年はシャングリラ学園でもやるんだよ」
「なんだと? 何も聞いていないぞ」
それに生徒は帰った筈だ、とキース君は首を捻りましたが…。
「いいんだってば。特別生が残っているし、教職員もいるからね。…ハーレイだけは知らないけどさ、花祭りのこと」
「「「えっ?」」」
なんだか嫌な予感がします。特別生と教職員だけで花祭り。しかも教頭先生が蚊帳の外だなんて、これはロクでもない展開に…?
「ご名答。昨日、ゼルに言われて思い付いた。せっかくだからお祭りしよう、って。…ほらね」
パアッと青い光が溢れて、会長さんの両手の中に現れたのは…。
「「「教頭先生!?」」」
それは手のひらサイズの教頭先生人形でした。素材が何かは分かりませんが、鈍い金色の……人魚になった教頭先生が岩に座っている像だったのです。小さいながらもよく出来ていて、顔立ちも体格も教頭先生そのものですけど…。
「素敵だろう? 昨日写した写真を元に作ったんだよ、ぼくのサイオンを使ってね。外注したら楽なんだけど、それじゃ写真の流出になるし…。でも、ぼくならではの細工が出来た」
会長さんは得意そうです。いったいどんな細工をしたんだか…。いえ、それよりもこの人形で花祭りって、甘茶をかけたりするわけですか? 顔を見合わせる私たちに、会長さんは極上の笑みを浮かべてみせて。
「まずは準備をしなくっちゃ。みんなケーキを食べ終わったようだし、一緒に中庭に来てくれるかな? 会場を設営するんだよ」
会長さんはスッと立ち上がると、教頭先生の像を持ったまま壁を抜けて出て行ってしまいました。その後を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が追いかけ、私たちもバタバタと…。中庭に着くと会長さんが瞬間移動で机を設置し、白い布をかけて…そこに置かれたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」愛用のパエリア鍋。会長さんは鍋の真ん中に教頭先生の像を据えると…。
「本物の花祭りじゃないから盥に取っ手があってもいいよね。まあ、角盥みたいに取っ手のついた盥もあるし」
「………おい」
キース君の目が据わっています。会長さんを睨み、ドスの効いた声で。
「この人形で花祭りだと? 罰当たりにも程がある。お釈迦様を馬鹿にしてるのか!?」
「まさか。お釈迦様がお生まれになったおめでたい日だよ? 知ってるかい、人魚は凶兆だって説が有名だけど、国家長久の瑞兆だとも言われてるんだ。人魚が現れると国が栄える。…おめでたいじゃないか、人魚の像も。花祭りを祝うのに相応しいよね」
罰当たりどころか素晴らしいんだ、と会長さんは言い放ちました。パエリア鍋の上には花で飾られた屋形が乗せられ、演出効果バッチリです。…本物の花祭りだと子供時代のお釈迦様の像ですけども、私たちのは人魚像。それも教頭先生がモデルだなんて、罰当たりとしか思えません。でも伝説の高僧の会長さんが主催者ですから、いいのかな…。
「よし、準備オッケー。ぶるぅ、頼むよ」
「かみお~ん♪」
青い光と共に現れたのはチョコレート・フォンデュ用の鍋とコンロでした。パエリア鍋の隣に据えられ、鍋の中には溶けたチョコレートが入っています。会長さんがスープの盛り付けに使う深めのスプーンでチョコをかき混ぜ、トロリと掬い上げてみて…。
「上出来、上出来。甘さもちょうどいい感じ」
小指にチョコをつけ、ペロリと舐めた会長さんは満足そうに微笑みました。
「それじゃ花祭りを始めようか。…みんなを呼ぼう」
続いて校内に響いた思念は…。
『校内の諸君、シャングリラ学園生徒会長、ブルーからのお知らせだ。今から中庭で花祭りをする。参加したい人は急いで来ること!』
間もなく中庭に特別生や先生方が姿を現わし、机の周りを取り囲みます。長老のゼル先生たちは一番最後に来たのですけど…。
「花祭りだなんて聞いていないぞ」
「いや、わしは聞いた。エラもブラウもヒルマンも知っとる。…知らんというのはお前だけじゃが、ちゃんと仕事をしておるか?」
「もちろんだ。第一、ブルーの担任は私だぞ。イベントなどの許可申請なら私の所に…。ん? 花祭りだと…?」
ゼル先生と言い争いながら中庭に来た教頭先生の視線が会長さんの上で止まりました。
「そういえば…祭りにすればいいとか言っていたような…。まさか、ブルー…この花祭りがそうなのか…?」
「大当たり。冴えてるね、ハーレイ」
会長さんはとても綺麗な笑みを浮かべて、スプーンで鍋のチョコを掬うと…。
「花祭りには甘茶だけれど、シャングリラ学園のはチョコレート。お釈迦様の像にかけるんじゃなくて、ハーレイの像にかけるんだ。人魚姫の姿になっているのはお遊びさ。一番にぼくがやってみるね」
溶けたチョコレートがトロリ…と教頭先生の像にかけられた時。
「うわぁぁぁ!!!」
野太い悲鳴が中庭に響き、頭を抱えて蹲ったのは教頭先生。甘いものが苦手なことは知ってますけど、目にしただけでもダメなんですか…?

教頭先生は頭痛がするのか、蹲ったまま唸っていました。会長さんがクスクスと笑い、ブラウ先生にスプーンを渡して。
「次はブラウがやってみてよ。この像にはサイオンで細工がしてあって…表面がハーレイの舌の味覚に直結してる。チョコをかければ口いっぱいにチョコの甘さが広がる仕組みさ」
「へえ…。そいつは面白そうじゃないか。ハーレイの舌にチョコレートとはね」
ブラウ先生がチョコを掬って像にかけると、教頭先生は蛙が潰れたような呻き声を上げ、苦悶の表情。会長さんが作った像には酷い仕掛けがしてあったのです。
「どれどれ、私も…。ほほう、本当によく出来ている」
これは傑作だ、とヒルマン先生。ゼル先生もウキウキしながらチョコをトロ~リと…。
「ふふん、胸がすくとはこのことじゃわい! …いやいや、何でもないんじゃぞ。別に何でもないんじゃが…苦手があると辛いのう、ハーレイ?」
「…ぐぅっ…」
苦しむ教頭先生に、エラ先生が。
「大丈夫、ハーレイ? お水でも持ってきましょうか」
「…す、すまん…」
掠れた声で答えながらも嬉しそうな教頭先生。エラ先生はペットボトルを取ってきましたが、教頭先生に手渡す代わりに…。
「ブルー、こっちでいいのでしょう?」
ドボドボドボ…と教頭先生の像に水が景気よく注がれます。それでも教頭先生の喉からは安堵の吐息が漏れたのですが、次の瞬間。
「休憩終わり!」
会長さんの声が響いて、その手がチョコをたっぷりと…。それから後は先生方や特別生がチョコをかけたり、甘いジュースを注いだり。けれどアルトちゃんとrちゃんは食堂で調達してきたコーヒーを持って並んでいました。あぁぁ、そんな助け船を出したら会長さんが怒るだけでは…。
『心配ないよ。ハーレイと本気で張り合っていたら男の値打ちが下がるだろう? ぼくは心が広いんだ』
クスクスクス…と笑う思念が伝わってきて。
『そろそろ限界が近いかな。…ふふ、ハーレイには弱みがあるし』
数学同好会のボナール先輩がチョコを注いで、続いてパスカル先輩が…。と、教頭先生がウッと呻いて。
「「「教頭先生!?」」」
鼻を押さえた教頭先生の手を鮮血が伝い、身体が芝生に崩れ落ちます。慌てて駆け寄ったシド先生が抱き起こしましたが、どうやら意識がないみたい。蜂の巣をつついたような大騒ぎの中、エラ先生が脈を取ってみて…。
「単に失神しているだけね。鼻血はチョコの食べ過ぎでしょう。…食べたと言うのか微妙だけれど。まりぃ先生は帰った後だし、手当ても特に必要ないし…」
これで十分、と鼻にティッシュを詰められた教頭先生はシド先生とグレイブ先生が教頭室へ運び、仮眠室のベッドに寝かせたようです。花祭りは自然解散になり、残ったのは私たち七人グループと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。エラ先生たち長老方は会長さんから包みを貰って帰りましたけど、あれってやっぱり…?
「うん、特製の人魚姫絵本。君たちも欲しい?」
私たちは首をブンブンと横に振りました。ショッキング・ピンクの人魚姫なんか記憶の中だけで沢山です。
「そっか、残念…。この人魚姫の像は残しておこうと思うんだけどね」
今日の記念に、と楽しそうに言う会長さん。また良からぬことをやらかさなければいいのですが…。
「よからぬこと? それはハーレイに言って欲しいな、鼻血も失神もそのせいだから」
「「「え?」」」
首を傾げる私たちに会長さんはフォンデュ鍋のチョコを指差して。
「バレンタインデーのこと、覚えてる? チョコレート・スパをやっただろう? あれ以来、ハーレイはチョコの香りを吸い込み過ぎるとぼくの身体を思い出すんだ。だから鼻血で失神ってわけ。チョコの食べ過ぎってのは誤診だよ。…本職のノルディでも正確に診断できるかどうかは謎だけどね」
チョコレート・スパの話をノルディに教える気はないし…と会長さん。
「さて、ハーレイをどうしようか? 人魚姫の写真で脅すか、人魚の像を人質にするか…。他にも色々楽しめそうだし、今年もオモチャにしなくっちゃ。お付き合い、よろしくお願いするよ」
「「「………」」」
新学期早々、巻き込まれてしまった私たち。これから先はどうなるのでしょう? なんだかとっても心配ですけど、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」と一緒にいるのは楽しいし…後は野となれ山となれ、です。
「かみお~ん♪ チョコの残りでフォンデュしようよ!」
「そうだね。家へ遊びにおいで」
アルテメシア公園の桜が窓から綺麗に見えるんだ、と会長さん。そう、これだからやめられません、会長さんたちと過ごす日々。この時間から行くってことは晩御飯もきっと出るでしょう。教頭先生には気の毒ですけど、私たち、お花見に行ってきますね~!




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