シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ソルジャーの腕をしっかり掴んで校内を駆け抜けてゆく会長さん。私たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もシールドの中に入ったままで懸命に走り、生徒会室の壁をすり抜けて奥の部屋へと飛び込んで…。ゼイゼイと肩で息をしながら絨毯やソファに座っていると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が水を持ってきてくれました。流石、子供は元気です。
「大丈夫? えとえと、飲み物はコーヒー? それとも紅茶?」
「ぼくはココア。砂糖とミルクたっぷりでお願いするよ」
一番に口を開いたのはソルジャーでした。会長さんがキッと柳眉を吊り上げ、ソルジャーの顔を睨み付けて。
「ココアだって? 煎じ薬でもお釣りが来るよ。よくもハーレイのズボンなんかを…!」
「なかなかスリリングだっただろう? 君も少しはときめいたかな?」
「変態にしか見えないってば!」
あれじゃ痴漢で露出狂だ、と毒づいている会長さん。心臓に悪かったみたいですけど、それでもソルジャーの存在が他の人たちにバレないように、しっかりサイオンで誤魔化しながら校内を走っていたらしく…。
「だいたい君は迷惑なんだよ、今は大事な時期なのに! ハーレイの機嫌を損ねちゃったら試験問題は手に入らないし、そうなっていたらどう責任を取るつもりなのさ?」
「え? 盗み出したら終わりだろう? 金庫の中くらいチョロイものだよ」
そんなことより、とソルジャーは至極真面目な顔で。
「さっきのハーレイなんだけどね。あそこで褌を締めてないってことは、どういう時に褌なんだい?」
「ハーレイの褌は水泳限定! 基本は古式泳法を披露する時のコスチュームだけど、シャングリラ学園の水泳大会では締めていることが多いかな。けっこう女の子に人気があるんだ、男らしいということでさ」
「……男らしい…ねえ? つまり、やっぱり褌効果はあるってわけか」
更に何か言いかけるソルジャーを会長さんが片手で制して。
「シッ、静かに! 試験問題をゲット出来たらコピーを取らなきゃいけないんだ。リオが行っていいですか、と聞いてきたから渡してくる」
会長さんは試験問題が入った書類袋を抱えて壁の向こうの生徒会室へと出てゆきました。その間に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が好みの飲み物を用意してくれ、シナモンを効かせたアップルケーキも…。ソルジャーのココアにはホイップクリームまで入っています。この厚遇っぷりは「そるじゃぁ・ぶるぅ」なりの気配りに違いありません。
「うん、美味しい! クリームなんか頼んでないのに気が利くねえ」
「ケーキもお代わりあるからね! それに今夜は御馳走するから、あんまりブルーを苛めないでよ」
「それとこれとは話が別!」
キッパリ言い切るソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がガックリと肩を落とした所へ会長さんが戻って来て。
「ぶるぅまで苛めているのかい? ぼくを痴漢に遭わせただけでは足りないって?」
「ハーレイの下着くらいは見慣れてるだろ! ぼくは真剣に気になってるんだ。褌には本当に効果があるのか、その辺がね。…こっちのハーレイの褌姿が女の子たちに人気があるなら、やっぱり締めると男らしくなれるというわけか…。だったらヘタレも直りそうなのに…」
深い吐息をつくソルジャー。
「ぼくのハーレイは何がダメだったというんだろう? せっかく褌を締めさせたのに、ヘタレ直しどころか逆なんだけど…」
普段の生活までヘタレになった、とソルジャーは顔を顰めました。
「ブリッジ勤務を抜け出す時まであるんだよ! 抜け出してぼくの所へ来るならいいけど、部屋に戻って褌の締め直しじゃねえ…。褌って解けやすいんだって?」
すぐ緩むらしい、と言うソルジャーに、私たちは顔を見合わせるばかり。褌って簡単に解けるものでしたっけ? 少なくとも教頭先生の六尺褌は、会長さんや「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで外した時以外には解けたことがない筈ですが…?
ソルジャーがキャプテン用に買って帰ったのは六尺褌。下着売り場で貰った締め方の図解を参考にしてキッチリ締めたらしいのですけど、これがなかなか曲者で…。
「上手く締めないとアウターに響くし、それどころか勤務の途中で解けてくるし…。よっぽど気持ちが落ち着かないのか、ヘタレ具合がより酷くなった。神経性の腸炎じゃないかと疑ってるクルーもいるようだ。ブラウなんかは面と向かって「またトイレかい?」と言ってるしね」
「「「………」」」
それは酷い、と私たちも絶句しました。会長さんは額を押さえて頭痛を堪えているようでしたが…。
「ゆるフンって言葉があるんだよ。…君は知らないと思うけどさ」
「…ゆるフン?」
「そう、ゆるフン。フンというのは褌の略。そしてゆるフンの意味は、褌の締め方がゆるいこと。そこから転じて、心構えのいいかげんなこと、気持ちのたるんでいることをそう言うんだよ。ついでに、その状態にある人のことも指している。君のハーレイはまさにそれだね」
ヘタレたんならそうだろう、と会長さんは指摘しました。
「褌を締めて頑張るべき所が逆なんだったら、ゆるフンというのが相応しい。…つまり体質に合わなかったというわけだ。もう褌は諦めたまえ」
「嫌だ! そんな言葉を聞いてしまったら、余計に諦め切れないよ! 褌をギュッと締められたなら男らしくなるかもしれないんだろう? ぼくは絶対、諦めないから」
「でも、解けちゃうんだから諦めるしかないと思うけど? 締め方が悪いのかもしれないけどね」
あれは結構難しいらしい、と会長さん。
「締め方をハーレイの頭の中から失敬するというのもアリかな、諦めたくないと言うのなら。…サイオンで情報を盗み出すのは得意だろう? それを君のハーレイに叩き込んだら六尺褌もバッチリかも…」
「うーん…。それも手ではあるけど、こっちのハーレイのヘタレも一緒に貰っちゃいそうな気がするなぁ…。あ、そうだ!」
ソルジャーはポンと両手を打って。
「前に見せてもらったカタログ、褌が色々載っていたよね? 六尺でなくてもいいわけだ。…アウターに響かないヤツで、締め方も簡単な褌というのは無いのかな?」
「えっ? そりゃあ……無いことはないだろうけど…」
カタログじゃちょっと分からないよ、と会長さんが答え、キース君が。
「そういえば道場に来ていたヤツが手作り褌を締めてたな。気合を入れるために自分で縫ったとか、自分専用だからジャストフィットだとか、そういう話を…」
「へえ…。手作りなのかい?」
興味津々のソルジャーはキース君を真っ直ぐ見詰めて。
「その褌って六尺褌じゃなさそうだね。アレは一本の布だったし…。君が見たソレはアウターに響きそうだった? そうでもない?」
「道場では衣だったから、本当かどうかは知らないが……そいつが言うには普通のズボンでも大丈夫だという話だったな。紐を結ぶ場所を調節すればオッケーだとか」
「紐を結ぶ…。ということは六尺よりも簡単なのかな?」
「ああ。見た目はTバックに近いものがある」
上手く説明できないが…、と言うキース君の言葉を聞いたソルジャーは。
「ブルー、この前のカタログは? あれに載ってるヤツなのかも…。もう一度見せてよ」
「え? ま、まあ……いいけどね」
フッと空中にカタログが現れ、それをソルジャーがキース君の前に差し出して。
「君が言うヤツはどれなんだい? 載ってるかな?」
「………。確か名前を聞いてたような…。ビジュアル的にはこの辺なんだが……。そうだ、これだ!」
キース君が指差したのは六尺褌の胴に回す部分を一本の紐にしたような褌。そして名前は…。
「「「クロネコフンドシ…?」」」
なんですか、この宅配便みたいな変な名前は? けれどカタログには『黒猫褌』としっかり書かれています。ソルジャーは嬉々とした表情でキース君に。
「ありがとう、黒猫褌と言うんだね? これでハーレイにジャストフィットの褌を作るのも夢じゃない。…で、どうやって作るんだって? これには載ってないようだけど…」
君は当然知ってるだろう、と訊かれたキース君は「申し訳ない」と頭を下げて。
「すまん。俺は興味が無かったもので…作り方までは聞いてないんだ」
「聞いてない!? じゃあ、その人にメールか電話で…」
「アドレスも交換しなかった。個人情報についてはうるさいからなぁ、名簿にも多分、名前しか無い」
「き、君ってヤツは…」
ワナワナと震えたソルジャーはキース君を怒鳴りつけ、「使えないヤツ!」と掴みかからんばかりです。キース君、迂闊なことを言ったばかりにソルジャーに締められてしまうのかな…?
黒猫褌の作り方を習ってこなかったキース君に対するソルジャーの怒りは激烈でした。罵倒されまくったキース君は泣く泣く会長さんに「パソコンを借りてもいいか?」と許可を貰ってカタカタと…。えっと、アドレス交換はしなかったんじゃあ? あれ? 使ってるのは検索エンジン?
「…よし。最初からこうすれば良かったんだな」
あったぞ、とキース君が示した画面には褌を締めた男性の写真と『黒猫褌の作り方』の文字が出ていました。
「型紙は此処をクリック、と…。ん…?」
表示されたのは一本の紐と、長四角の布が大小2枚。寸法などは載っていません。ソルジャーがキース君を押し退けるようにして画面を眺め、「なるほどねえ…」と頷いて。
「そうか、寸法は実際に測ってみろと書いてある。立体的に仕上げるから、何パターンかを試作してから更にベストなサイズを目指す…、と。つまりハーレイのサイズを測らなきゃいけないわけだ」
それからソルジャーは少し考え込んでいましたが…。
「そうだ、今年のバレンタインデーのプレゼントは手作りの黒猫褌にしよう! もちろん協力してくれるよねえ、ぼくは縫い物が得意じゃないから」
嬉しそうに宣言したソルジャーに、会長さんがすかさず突っ込みました。
「ぶるぅは貸してあげないからね! 去年のバレンタインデーにハーレイから手編みのセーターをプレゼントされた恨みは忘れてないんだ。あれは君がハーレイをそそのかしたせいで、お蔭でぼくは酷い目に…」
「大丈夫。ぶるぅに縫って貰おうなんて思ってないから! 縫い方の指導をお願い出来ればそれで充分。ここに書いてある意味がぼくにはイマイチ分かってないし…」
難しそうだ、と画面を覗き込むソルジャーの横から「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「どれどれ?」と可愛い指で文字をなぞって…。
「これならブルーでも縫えると思うよ? 花嫁修業に来ていた時に直線縫いは教えたでしょ? 基本はそれだし、後は返し縫いをしっかりすれば…」
「ありがとう、ぶるぅ。君はホントにいい子だよね。…それと、こっちのハーレイの協力が要るな」
「「ハーレイ?」」
「「「教頭先生!?」」」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに私たちの声が重なりました。いったい何を協力させると…? ソルジャーは人差し指を立て、「決まってるじゃないか」とニヤリと笑って。
「バレンタインデーのプレゼントだよ? サプライズでなきゃ意味がない。それまでは六尺褌で頑張らせておいて、ジャストフィットな手作り褌をプレゼント! これで褌を締めてかかれなければ男じゃないね」
バレンタインデーには緊褌一番、四十八手の仕切り直し! とソルジャーは思い切り燃えています。ちょ、ちょっと待って。サプライズなのにジャストフィットな褌プレゼントで、教頭先生の協力が要るって、まさか…。
「そのまさかさ」
きっとこっちのハーレイも喜ぶよ、とソルジャーは自信満々でした。
「外見も服のサイズも、こっちのハーレイとぼくのハーレイは全く同じだ。だから採寸はこっちの世界のハーレイで! お願いしたいのは褌モデルさ」
「「「!!!」」」
えらいことになった、と誰もが声も出ませんでしたが、ソルジャーは一人ウキウキと。
「試験期間中はハーレイも色々と忙しそうだし、終わった頃にまた来るよ。そしたら褌モデルをお願いするのに付き添いと口添えの方をよろしく」
じゃあね、と軽く右手を振ってソルジャーは帰ってしまいました。…褌モデルって……教頭先生で採寸だなんて、教頭先生、それこそ鼻血で失血死では…?
「よりにもよって手作り褌ときたよ…」
どうしよう、と大きな溜息を吐き出したのは会長さんです。入試が終わったらソルジャーが来るのは確実でした。手作り褌の縫い方を「そるじゃぁ・ぶるぅ」が指導するのは許せるとしても、問題は褌モデルの方。教頭先生で採寸しないとジャストサイズの黒猫褌は作れないわけで…。
「ハーレイに褌モデルが務まるのかな? しかもブルーのあの口ぶりだと、本当にジャストフィットなヤツを求めて何度も採寸しそうだし…。あんな所を採寸だなんて、ハーレイ、絶対鼻血だってば」
「プロ根性でなんとかならないのか?」
キース君が提案しました。
「あんた、今でも教頭先生に全身エステをやらせてるだろう? 確かエステをやってる間はプロのエステティシャンに徹しているから鼻血は出ないと言っていたな? その要領で今度もなんとか…。どう転んでも褌モデルは避けられそうにないだろう?」
「それってどんなプロなのさ? 褌モデルなんて聞いたこともないよ」
プロ根性を持った相手が見つからない、と会長さん。
「本物のモデルはポージングするだけだしねえ…。褌カタログのモデルも同じだ。…触られることなんか想定してない。そしてブルーは百パーセント、アヤシイ動きを見せると思う」
「「「………」」」
「わざと触るとか、撫でるとか。…そういう接触にも冷静に対処できるプロって人種に心当たりが無くはないけれど…。そんなプロ根性をハーレイに仕込んじゃったら今度はぼくが危ないんだ」
え? それってどういうプロ? 首を傾げる私たちに、会長さんは「言葉くらいなら通じるか…」とボソリと小さく呟いてから。
「アダルトメディアの男優だったら何をされても平気だろうね。でもハーレイをそんなプロには出来ないだろう?」
げげっ、アダルト男優ですか! 確かに意味は分かります。その職業なら大抵のことは平然と流していられるでしょうが、教頭先生がそんなもののプロになってしまったら…。
「ね、分かるだろう? ヘタレが直るどころの騒ぎじゃないんだ。プロ根性でもってぼくを落とそうと頑張られたら、如何なぼくでも太刀打ちできない」
「…なるほどな…」
プロ根性は無理だったか、と遠い目になるキース君。会長さんは「そうなんだよ」と頷いて。
「だけど鼻血で倒れられたら、それはそれでブルーのいいオモチャだし…。採寸の間くらいは踏ん張れるように何か打つ手を考えないと。…ブルーがハーレイをオモチャにしたらロクなことにはならないんだ」
意識の下に変な情報を送り込むとか、と言われて私たちもピンと来ました。今までにソルジャーがやらかしたことといったら、教頭先生の頭の中に十八歳未満お断りな画像や映像をせっせとプレゼントすることで…。それはマズイ、と私たちは顔面蒼白です。
「ハーレイには鼻血を出して倒れることなく褌モデルをキッチリ務めて貰うしかない。プロ根性は使えないとして、他に何か…。あーあ、どうしてこの忙しい時期に頭の痛いことになるんだか…」
合格グッズの売上にだって響きそうだ、と会長さんは頭を抱えていました。べらぼうに高いグッズや試験問題を売り捌くには営業スマイルが必須ですけど、スマイルな気分じゃないみたいです。それでも当日になったら爽やかな笑顔を見せるんでしょうねえ…。
私たちの心配などにはお構いなしに時間は流れ、入試は終わってしまいました。入試の間は一般生徒も特別生もお休みですから、登校したのは合格グッズ販売をする会長さんとリオさん、フィシスさんだけ。売上の方は合格ストラップが値上げにも関わらず早々に完売、試験問題のコピーも完売。お騒がせグッズな『パンドラの箱』も好評だったということです。
「…だけど今年も注文を全部こなした人は出なかったねえ…」
注文3つ目くらいで挫折、と会長さん。パンドラの箱は普通のクーラーボックスですけど、蓋を開けると注文が書かれた紙が出てくる仕組みになっていました。その注文は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望と言われ、注文を全てこなせば補欠合格の奇跡が起こるというのです。私がこれで合格した話は有名で…。
「みゆが最後の合格者っていう記録は今年も更新されなかったね」
銭湯の男湯、とジョミー君が言い、たちまち起こる大爆笑。私が買ったパンドラの箱から出てきた最後の注文は「この箱を銭湯の男湯の脱衣場に置いてね」というヤツでした。パパの帽子とコートで男装して出掛けた決死の努力は補欠合格で報われましたが、この時期になると必ず笑いの種になるのが玉に瑕かも…。
「やあ。今日もとっても楽しそうだね」
降ってわいた声に瞬時に凍りつくティータイム。紫のマントを翻してソルジャーが姿を現しました。もちろん此処は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。まさか早速やって来るとは…! せめて明日かと思っていたのに…。
「善は急げと言うだろう? バレンタインデーまでに仕上げるためには頑張って縫わなきゃいけないし…。ぼくは縫い物が苦手なんだよ」
改めて言われなくてもソルジャーが裁縫に向いていないのは周知の事実。教頭先生がギックリ腰になった時に「花嫁修業をするから」と押し掛けてきて、紅白縞のトランクスの綻びを繕うために「そるじゃぁ・ぶるぅ」が縫い物の指導をしたのですけど、直線縫いをマスターするのに一晩かかっていたような…。
「急いでやって来たわけだけど、ハーレイに褌モデルは頼めそうかな? 君たちも一緒にお願いをしてくれるんだよね? ダメなら一人で交渉に…」
「ちゃんと方法は考えてある!」
だから一人で突っ走るな、と会長さんが釘を刺しました。
「今からみんなで出掛けよう。…ただしブルーは行きも帰りもシールドの中! 教頭室でだけ出ることを許す。分かってるだろうけど、君の存在は…」
「秘密なんだよね、SD体制の存在が知れて皆が不安にならないように。…それはいいから、褌モデル! ぼくのハーレイは今日も褌が解けちゃったんだ。ゆるフンだっけか、とにかくヘタレ。胃痛持ちなのは有名だったけど、ついに腸まで弱くなったと噂になってる」
「「「………」」」
キャプテンは気の毒なことになってしまったみたいです。神経性の腸炎だという情けない噂が広まったようで、不名誉な噂を打ち消すためには解けにくい黒猫褌が必須。…ソルジャーが褌を断念すれば全て円満解決ですけど、そうするつもりは無いらしく…。
「バレンタインデーには黒猫褌! ぼくの手作りでジャストフィットで、おまけに解ける心配も無い。ハーレイにとっては良いことずくめのプレゼントだと思わないかい?」
緊褌一番、四十八手に再挑戦だ! とソルジャーは至極御機嫌です。しかし黒猫褌プレゼントには教頭先生の協力が…。会長さんはどんな方法を考案したというのでしょう? まさかサイオンで自由を奪って無理やり採寸……なんて強引な手段じゃないでしょうね…?
戦々恐々で出掛けて行った教頭室。会長さんが扉をノックし、「失礼します」と私たちを連れて中に入ると、ソルジャーがシールドを解きました。笑顔だった教頭先生の顔が引き攣り、不安そうな声で。
「なんだ、今頃? 試験問題のコピーに不備でもあったか…?」
「…ううん、そっちはバッチリだったよ。今日はそれとは別件で……バレンタインデーのことなんだけど」
「バレンタインデー?」
「うん。ブルーがあっちのハーレイにプレゼントをしたいらしくてねえ…。手作りにチャレンジするらしい。それで君の協力が必要なんだ」
会長さんはニッコリ笑って。
「ブルーが作りたいのはジャストフィットの下着なんだよ。君が採寸させてくれたら、ぼくも御礼に手作り下着をプレゼントしよう。…採寸するのはブルーだけどね」
「手作り下着? アンダーシャツか?」
「違うよ。…紅白縞の代わりになるヤツ」
「…!!!」
ウッと呻いて鼻を押さえる教頭先生。早くも鼻血の危機のようです。けれど会長さんは喉をクッと鳴らして。
「鼻血は禁止! ぶっ倒れるのも禁止だからね? ブルーがジャストサイズの黒猫褌を縫い上げるまでに一度も鼻血を出さなかったら、ぼくも下着をプレゼントする。だけど約束を守れなかったら、今後は紅白縞も無いから」
「な、なんだと?」
「聞こえなかった? 紅白縞も二度とあげないって言ってるんだよ。それが嫌なら早速モデルをして貰おうか。…ぶるぅ、ブルーに採寸の仕方を教えてあげて。今日はとりあえず服の上から」
「オッケー♪」
メジャーを取り出した「そるじゃぁ・ぶるぅ」がソルジャーに渡して測り方を教え、ソルジャーは教頭先生の胴回りを測り始めます。それをメモして、次に測るのは…。
「足、開いて」
測れないよ、とソルジャーが促し、心持ち足を開いた教頭先生のデリケートな場所からお尻にかけてをメジャーがくぐって、ソルジャーの手も。教頭先生は既に耳まで真っ赤でした。いつもだったら鼻血がツーッと出るパターンです。しかし…。
「ありがとう、ハーレイ。とりあえず今日はこれでおしまい」
出来上がったら試着をよろしく、とソルジャーが微笑みかけるまで教頭先生は耐え抜きました。会長さんからの手作り下着プレゼントという大きな飴玉。それに加えて紅白縞が貰えなくなるかもしれない、という厳しいムチが鼻血を止めたみたいです。確かに凄い名案ですけど、本当にこれでいいのかな…。
「ん? いいんだよ、鼻血を回避できればね」
手作り下着は楽勝だから、と教頭室の前の廊下でクスクスと笑う会長さん。
「ブルー、褌モデルは確保してあげたんだから頑張りたまえ。この先は君の努力次第だ」
まずは型紙作りから…、という一声でソルジャーの黒猫褌作りが始まりました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻って何パターンかの型紙を作り、今日はそこまで。明日から裁断と縫い物ですよ~!
四十八手を楽しむためには緊褌一番、と結論付けているソルジャーは褌作りに燃える日々。シャングリラ学園ではバレンタインデーを控えて温室にチョコレートの滝が現れ、華やいだ雰囲気が漂っています。そんな日々の合間を縫って教頭室を訪ねるソルジャーがやることと言えば…。
「今回のヤツはどうだろう? ちょっと頼むよ」
はい、と渡された真っ赤な黒猫褌の試作品を持って仮眠室に消える教頭先生。戻って来る時にはそれをTバックよろしくキリリと締めて、もちろん毛脛が丸出しで…。
「うーん、もうちょっと余裕がある方がいい? この辺とかキツイ感じがするよね」
パンパンだ、とソルジャーが触っているのは非常にデリケートな部分でしたが、教頭先生は鼻血をグッと堪えていました。頭の中では会長さんの手作り下着が踊っているに違いありません。そんな毎日が暫く続いて…。
「やった! これでサイズは完璧だよね」
バッチリ完成、とソルジャーが狂喜したのはバレンタインデーを二日後に控えた放課後のこと。教頭先生が締めた黒猫褌は今までにないフィット感で大事な所を覆っています。
「ハーレイ、協力に感謝するよ。後はコレに使った型紙で新しいのを縫い上げて…と。これでぼくのハーレイのヘタレも直る。バレンタインデーには四十八手に再チャレンジだ!」
「は?」
褌モデルで緊張していた教頭先生には四十八手は通じなかったようでした。任務終了でホッとしたのか、ソルジャーに「良かったですね」なんて声をかけてますし、まあ、その方が平和でいいかな…。
「ありがとう。君たちのお蔭で素晴らしいバレンタインデーになりそうだよ。当日までに何枚くらい縫えるかな? この型紙も大事にしなくちゃ。…ブルーもハーレイに素敵なヤツを贈ってあげて」
褌モデルを頑張ったしね、とニッコリ笑ってソルジャーは帰ってゆきました。会心の出来の黒猫褌で本当にヘタレが直るのかどうか、非常に怪しい気がしますけど。…それに会長さんも、バレンタインデーはどうする気なんだか…。教頭先生に手作り下着って、嘘八百で実はなんにも贈らないとか、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ったヤツを自作だと言って渡すとか…?
「ふふ、知りたい? ぼくも真面目に縫ったんだよ」
約束はきちんと守らなくちゃね、と会長さんが奥の部屋から「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持って来させたのは…。
「……確かに下着には間違いないが……」
洋服にはちょっと無理があり過ぎないか、とキース君が指摘し、ジョミー君が。
「だよねえ…。ぼくもズボンにこれは無理だよ」
法衣の時には使わされたけど、と呆れた顔で眺めるソレは腰巻でした。会長さんが真心をこめて縫い上げたと自慢するだけあって綺麗に縫い目が揃っていますが、教頭先生に使う機会は無さそうです。着物を着ればいいんでしょうけど、それでも肌に直接触れるというわけでなし…。
「期待は外れるものなんだよ」
あっちのハーレイは知らないけれど、と会長さんは涼しい顔。
「バレンタインデーには手作り下着をプレゼント! ハーレイは黒猫褌を貰えるものだと思い込んでる。それを言われたらコレを出すのさ」
見た目はそっくりさんだしね、と会長さんが取り出したのはショッキングピンクのレースで出来たTバック。これも手作りらしいのです。ソルジャーが採寸した数字は活用しなくちゃ、とニヤニヤしている会長さん。教頭先生、こんな下着をプレゼントされて幸せ気分になれるでしょうか?
「いいじゃないか、ブルーが作った褌と違って見返りは要求されないんだから。…バレンタインデーに四十八手を頑張らされたんじゃ本末転倒」
バレンタインデーは貰う日であってプレゼントをする日などではない、とキッパリ言い切る会長さん。教頭先生に試着をさせて楽しむつもりみたいです。気の毒な教頭先生、身体を張って会長さんに笑いをプレゼントですか…。バレンタインデーに乾杯!