シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ソルジャーに置き去りにされた「ぶるぅ」にストレスが溜まっているのではないか、と心配になった会長さん。けれど「ぶるぅ」を診察できるお医者さんはエロドクターしかいませんでした。予約を入れたのは夜の八時半。そんな時間まで学校に残るのも問題ですし、私たちは瞬間移動で会長さんの家まで飛んで夕食を済ませ、そこからエロドクターの診療所へ。
「ようこそ、お待ちしておりましたよ。ご覧の通りスタッフは全員帰してあります」
瞬間移動した待合室では、白衣のエロドクターが両手を広げて待っていました。
「急な御用と伺いましたが、あなたはお元気そうですね。…ぶるぅが病気になりましたか? おや、ぶるぅが一人多いような…」
「君の大好きなブルーの世界のぶるぅだよ」
会長さんが不機嫌そうに。
「ブルーが色々お世話になってるみたいだね。…そのブルーが置いて行ったんだ。今日で五日目になるのかな? イビキと歯軋りが酷くなってきて、ストレスじゃないかと思ってるんだよ。君は一応、専門家だろう」
「私の専門は外科なのですがねえ? まあ、そういうことにしてあるだけで一通りの医術は身につけていますし、メンタル面もカバーしております。しかし…ストレスとはまた、どういうわけで?」
ドクターは「ぶるぅ」を見詰めています。ゲーム機は置いて行くように言われた「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にそっくりですけど、区別がつくのは流石というか…。会長さんは「ぶるぅ」を前に押し出すようにして。
「置き去りにされてしまったんだよ、ブルーにね。それっきり迎えに来ようとしないし、ぶるぅが自力で帰るのも無理。ブルーがシールドしているらしい。子供には精神的にキツイんじゃないかな」
「なるほど…。あなたはきちんと面倒を見ておられますか?」
どうぞこちらへ、と診察室へ促すドクター。私たちもゾロゾロと入り、「ぶるぅ」は診察用の椅子にチョコンと腰掛けました。ドクターは「ぶるぅ」の熱を測ったり、聴診器を当てたりと基本の診察を済ませてから。
「健康面は特に問題無いようですが、ゲーム漬けというのは頂けませんね。まめに声をかけて安心させたり、一緒に遊んであげるだけでも違いますよ。…イビキと歯軋りはストレスからのようですし」
「まめにトイレなら付き合ってるけど?」
「は?」
「だから、トイレ! 夜中に何度も起こされるんだ。そして一緒に連れて行かれる」
憮然とした会長さんにドクターは「ほほう…」と感心したように。
「それは良いことをなさっていますね。そんな気遣いが大切ですよ。置き去りにされたショックで一人で行けなくなったのでしょう」
「違うもん!」
遮ったのは「ぶるぅ」でした。
「トイレくらい一人で行けるもん! でもでも、他に悪戯できる所が無いんだもん!」
「悪戯…?」
ドクターは目をむき、私たちは頭を抱えました。トイレ・コールは本当に悪戯だったんですか! 会長さんが「ほらね」と溜息をついて。
「ぶるぅは悪戯好きらしい。ついでに大食い。だけどブルーが悪戯と大食い禁止と言ったものだから…。大食いの方はなし崩しになってしまったけれども、悪戯は我慢しているようだ」
「そうでしたか…。では、ストレスが溜まっているのは悪戯が出来ないせいかもしれませんね。もちろん置いて行かれたショックも充分にあると思われますが、置き去りにされた原因は?」
「……言いたくないね」
会長さんが答え、続いて尋ねられた私たちも首を左右に振るだけです。ソルジャーとキャプテンの大人の時間の問題だなんて、エロドクターには言えません。ところが…。
「ブルーはぼくが邪魔なんだよ」
口を開いたのは他ならぬ「ぶるぅ」。
「ぼくが覗き見していたせいで、ハーレイがダメになったんだって! ぼく、知りたかっただけなのに…。ぼくの本当のママはハーレイなのかブルーなのか、って!」
「「「!!!」」」
会長さんが大慌てで「ぶるぅ」の口を塞ぎましたが、時既に遅し。エロドクターは思念波を使って一瞬の内に「ぶるぅ」から全て聞き出してしまったのです。
「それは…実にデリケートな問題ですね。ですが、ぶるぅ。そういうことなら迎えは来ると思いますよ。あのブルーが長期間の禁欲生活に耐えられるわけがないでしょう? あちらのハーレイのヘタレ具合にもよりけりですが、近日中に解決するかと」
色々と薬もありますし、とドクターは意味深な笑みを浮かべました。
「ですから、あと数日の我慢です。…けれど我慢ばかりではストレスが溜まる一方ですねえ…。悪戯できないのが辛いですか?」
「うん…。でもでも、悪戯しちゃダメだってブルーが言ったし、こっちのブルーに悪戯したら追い出されるかもしれないし…」
もう限界、と訴える「ぶるぅ」にドクターは鷹揚に頷いて。
「ストレスは解消すべきでしょう。しかし私も悪戯は御免蒙りたい。ブルーの負担がこれ以上増えるのも気の毒です。…こうなれば道は一つですね。ハーレイの家にお行きなさい。あそこなら悪戯し放題です」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの声が裏返りましたが、ドクターは気にしていませんでした。
「ハーレイは元々子供好きですし、喜んで預かってくれますとも。学校がある時間は仕方ないとして、夜と休日くらいはね。…今夜から行くといいですよ。あそこで我慢は要りません」
なんと言ってもタフですから、とドクターは保証し、「ぶるぅ」も納得した様子。私たちは早速、教頭先生の家を瞬間移動で訪ねることに…。
「ありがとう、ノルディ」
会長さんがポケットから財布を取り出しました。
「適切な助言に感謝するよ。ぶるぅの診察はタダってわけにはいかないだろうし、支払っておく。いくら?」
「お気遣いなく」
エロドクターはニヤリと笑って。
「ぶるぅの記憶を拝見させて頂きましたし、お代の方は結構ですよ。相手があちらのハーレイというのが難点でしたが、あのブルーの…」
「もういい!」
飛ぶよ、と会長さんが言うなり青い光が迸って…移動した先は教頭先生の家の玄関先。今の、誰かに見られてないかな? キョロキョロと見回す私たちに、会長さんは。
「ヘマはしないよ、怒っててもね。さてと、ハーレイを呼ぶとしようか」
ピンポーンと奥で微かなチャイムの音。会長さんが門扉の横のをサイオンで鳴らしたのでしょう。チャイムの音が何度か続いて、足音がこちらに近付いてきます。
「どなたですか?」
扉を開けるなりウッと仰け反る教頭先生。脅かしちゃってごめんなさい~!
「いきなり押し掛けちゃってごめんよ、ハーレイ」
会長さんが謝ったのはリビングに上がり込んでからのこと。明らかに瞬間移動で現れたと分かる大人数の来客に教頭先生は驚きながらも「早く入れ」と招き入れてくれて。
「いや、私は別に構わんが…。お前のことだし、誰にも見られていないんだろう?」
「もちろんさ。ところで、お邪魔したのには理由があってね…。ぶるぅが一人増えているのは気付いてる?」
「二人になっているのは分かる。こっちがぶるぅで、そっちは向こうのぶるぅだな?」
教頭先生も二人の「ぶるぅ」を間違えることなく言い当てました。
「しかしブルーがいないようだが? 別行動をしてるのか?」
「別行動ならいいんだけどね…。ちょっとワケありで、ぶるぅを置き去りにしちゃったんだ。ぼくが面倒見てたんだけど、イビキと歯軋りが凄くてさ…。寝不足気味でギブアップなわけ。ほら、ここにクマが」
ぶるぅもね、と目の下を指差す会長さんに、教頭先生は息を飲んで。
「寝不足だと? それは良くないな。イビキと歯軋りのせいだというなら、私が代わりに預かろうか? 今夜だけでも」
「君に借りを作りたくはないんだけどね…。でも背に腹は代えられない。今夜だけでなくて、ずっと預かってくれると助かるんだけど…。流石に無理かな? あ、もちろん学校に行ってる間は面倒みるよ」
「ふむ…。お前の力になれるんだったら何でもするぞ。だが、ぶるぅは何故置き去りにされたんだ? ブルーが迎えに来るのはいつだ?」
教頭先生の問いに、会長さんは言いにくそうに。
「ブルーとハーレイが不仲になってるらしいんだよ。それでぶるぅまで手が回らなくて、こっちに預けに来たんだけども…。引き取りに来る日は分からない」
「そうなのか? だったら、ぶるぅも被害者だな。分かった、私が責任を持って預かろう。ぶるぅ、安心しなさい、私はイビキも歯軋りも平気だ」
柔道部の合宿に行くともっとうるさい、と教頭先生は自信満々。えっと…悪戯の件は内緒にしていていいんでしょうか?
『シッ! それを言ったら断られる』
絶対に秘密、と会長さんの思念が私たち全員に届き、「ぶるぅ」は教頭先生が預かることになりました。瞬間移動で寝床の土鍋が取り寄せられて、ついでに例のゲーム機も。
「ハーレイ、ぶるぅは勝手にこれで遊ぶし、放っておいてくれていいから。ウチでは夜中の12時までって決めてたけどね」
会長さんの説明に教頭先生は「ゲーム機か…」と苦笑しながら。
「まあ、少しくらいはいいだろう。長時間遊ぶのは感心せんがな。ぶるぅ、他にやりたいことは無いのか?」
「えっ? えっと…。この家、遊ぶものはある? ハーレイはゲームとか全然しないの?」
リビングの中を見回す「ぶるぅ」に、教頭先生は「そうだな…」と首を捻って。
「ゲームはしないが、DVD……映画は割に見る方だ。週末だし幾つか見ようと思って借りてきたのがそこにある。お前も何か見たいんだったら、明日、子供向けのを借りに行くか?」
「んと、んと…。ゲームがあるからいいや。じゃあ、今夜からお世話になるね!」
ピョコンと頭を下げる「ぶるぅ」は悪戯っ子には見えませんでした。教頭先生がイビキと歯軋りが苦にならないなら、後はせいぜいトイレ・コール。他の悪戯が始まるにしても、すぐというわけではないでしょう。
「悪いね、ハーレイ。よろしく頼むよ」
「任せておけ。いつかはぶるぅ……いや、こっちのぶるぅの話だが…。ぶるぅの父親になるのが夢だからな」
その言葉に「ぶるぅ」がピクンと反応しました。
「えっ、父親? ハーレイはぶるぅのパパになるの? ハーレイ、パパなの?」
「あ、いや…」
教頭先生はいつぞやの「ぶるぅ」のパパとママを巡る大騒動を思い出したらしく。
「私の夢だと言っただろう? 多分、パパにはなれないな」
「…そっか、ハーレイもなれそうなのはママなんだね」
大人の世界って難しいや、と「ぶるぅ」は勝手に納得しすると。
「ハーレイがパパでブルーがママだと思うんだけど、やっぱり間違ってるのかな? ライブラリで色々見てみたんだよ? でも、男同士のが見つからなくて…。あれば参考になったのに」
「「「男同士!?」」」
何を見たんだ、と絶句する私たちに「ぶるぅ」が「こんなのだよ」と思念で寄越した映像は明らかに大人向けでした。会長さんが即座にブロックしてくれなければ大惨事だったかもしれません。教頭先生も耳まで真っ赤になっていますし…。
「ど、どうなっているんだ、あっちの世界は?」
教頭先生がアタフタと。
「こんな子供があんなのを…。情報の引き出しに年齢制限は皆無なのか!?」
「あるけど、ぼくには関係ないし!」
得意満面で言い放つ「ぶるぅ」。
「ぼくね、ブルーと同じでタイプ・ブルーだから、いざという時にはシャングリラのために頑張らないと。だからブルーと同じ情報を引き出せるようにパスワードを持っているんだよ」
「「「………」」」
そのパスワードは果たして本物でしょうか? 真偽はともかく、「ぶるぅ」は年齢制限の対象から外れているようです。おませな子供になるわけだ、と頭痛を覚えつつ、私たちは教頭先生に「ぶるぅ」を預けて逃走しました。後は野となれ、山となれ…ってね。
その夜、連日の睡眠不足で疲れ果てていた会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は早々に寝室に引き揚げてしまい、私たちはリビングでお菓子を食べながらダラダラと。今頃「ぶるぅ」はちゃんといい子にしているでしょうか?
「ゲームじゃないの? そろそろ制限時間だけどさ」
時計を指差すジョミー君。もうすぐ日付が変わります。
「いや、教頭先生がついておいでだ。とっくに消灯時間じゃないか?」
キース君が「早寝早起きは合宿の基本」と説いてますけど、どうなんでしょう? 子供には甘そうな教頭先生、案外、徹夜ゲームも許すとか?
「こんな時に覗き見できたらいいんですけどね…」
そう言ったのはシロエ君です。
「会長もぐっすり寝ちゃってますし、ぶるぅは完全に野放しですよ。悪戯しそうな気がします」
「せいぜいトイレ・コールだろう。夜中に出来ることなぞタカが知れてる」
大丈夫だ、とキース君が保証しました。
「それより俺たちも寝た方がいいぞ。ぶるぅが何かやらかしてみろ、巻き込まれないという保証はない。明日と明後日は教頭先生もお休みなんだ」
「「「………」」」
今日は金曜。明日と明後日は休日です。学校が休みということは、教頭先生が「ぶるぅ」を一人で預かるわけで…。それはヤバイ、と全員の顔が青ざめました。寝なくては…、と思った時。
『ねえねえ、起きてる?』
「「「???」」」
廊下に続く扉の方を見ましたけれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿は見えません。でも、今の思念波は「そるじゃぁ・ぶるぅ」だったんじゃあ…?
『違うよ、ぼくだよ、ぶるぅだよ!』
え。「ぶるぅ」? 教頭先生の家にいる筈では…? もしかして戻ってきちゃいましたか? 私たちが顔を見合わせていると。
『ちゃんとハーレイの家にいるもん! それでね、ちょっと聞きたいんだけど…』
『なんだ?』
律儀に返したキース君の思念に「ぶるぅ」の思念が嬉しそうに。
『あのね、ハーレイ、寝ちゃったんだよ。ゲームしようかと思ったけども、DVD…だっけ? ハーレイが明日になったら借りに行こうって言っていたから、どんなのかなぁ…って。ここにあるヤツ、見てもいいかな?』
退屈なんだ、と「ぶるぅ」が送って寄越した映像はDVDのパッケージでした。教頭先生は色々借りてきたようです。ファンタジー映画にアクション映画、歴史映画にサスペンスまで。好奇心旺盛な「ぶるぅ」は興味津々らしく…。
「おい、どれが一番子供向けだ?」
私たちに尋ねるキース君。そう言われても「ぶるぅ」は普通じゃありません。子供ですからファンタジーかな、とも思うんですけど、アクション映画の方がいいかも…。額を集めて相談した結果、お勧めはアクション映画に決定しました。サム君が先週借りたらしくて、ラブシーンも無かったということですし…。それを「ぶるぅ」に伝えると。
『そっか、これだね』
パッケージのイメージが送られてきて、私たちは大きく頷きました。それからDVDデッキとリモコンの操作方法を教え、これでよし…、と。映画は2時間ちょっとです。流石の「ぶるぅ」もそれだけ見れば満足でしょう。
『ありがとう! なんだか面白そうなヤツだね、これ。おやすみなさ~い♪』
ワクワク感が伝わってくる思念を最後に「ぶるぅ」は静かになりました。映画に夢中になってくれればトイレ・コールもしないかも…。教頭先生の安眠の助けが出来て良かったね、と言い合いながら私たちもゲストルームのベッドに潜って夢の中へと出発です~!
翌朝、たっぷり眠った「そるじゃぁ・ぶるぅ」はジャガイモ入りのオムレツや秋ナスのポタージュ、秋野菜の蒸しサラダなどをテーブルに並べて元気一杯。会長さんの目の下のクマも綺麗に消えたようでした。
「ハーレイのお蔭で助かったよ。…トイレ・コールが無いというのはいいものだね」
あれは地味に体力を削られる、と会長さんは紅茶を啜って。
「さてと、ハーレイはどうしてるかな? トイレ・コールを食らったのかな? …おや?」
サイオンで覗き見したらしい会長さんが首を傾げて。
「朝食が済んだらDVDを一緒に見るらしいよ。ぶるぅが見たいと誘ってるんだ」
「ああ、あれか」
キース君の言葉に会長さんが。
「あれって何さ? どうして君が知ってるんだい?」
「俺たちが昨夜教えたんだ。ぶるぅが退屈だからDVDを見てみたいって思念波で尋ねてきたからな」
「ふうん? ゲーム三昧はよろしくない、ってハーレイに説教されたのかもね。ゲーム以外にも興味が出てきたというのはいいことだよ。長期滞在になってゲーム三昧だと引き籠り一歩手前だし」
「「「………」」」
それってヒッキーってヤツですか? 確かに「ぶるぅ」がヒッキーになったらマズイですよね、三分間しか持たないとはいえ、大事なタイプ・ブルーですから! 私たちがそんな話をしている間に朝食が終わり、教頭先生と「ぶるぅ」も食べ終えた模様。
「ハーレイ、あんなの借りていたのか。意外にロマンチストだねえ…」
引き続き観察中の会長さんによると、教頭先生と「ぶるぅ」はファンタジー映画を観るようです。これで2時間ほどは悪戯の心配も無さそうですし、教頭先生に「ぶるぅ」を預けて正解だった、と誰もが思ったのですが。
「嘘だろう!!?」
会長さんの悲鳴が響き渡ったのはリビングに移った直後でした。
「そ、そんな馬鹿な…。なんでハーレイがあんなのを…!」
「おい、どうしたんだ? 何があった!?」
顔が青いぜ、というキース君の指摘に、会長さんは。
「ダメだ、ハーレイ、ぶっ倒れてるし…。ど、どうすれば…」
「どうしたんだって訊いてるだろうが!」
次の瞬間、青い光がリビングに溢れて、身体を包む浮遊感。私たちが運ばれた先は教頭先生の家のリビングで…。
「ぶるぅ!!!」
ダッシュで駆け寄った会長さんが「ぶるぅ」の手からリモコンを奪い、テレビをプツリと消しました。不満そうに頬を膨らませる「ぶるぅ」の隣には教頭先生が仰向けに倒れています。もしかしてDVDの中身がすり替えられていたとか? ファンタジー映画だと思って再生したらビックリのホラーだったとか…?
「ホラーの方がまだマシだったよ!」
よく見てごらん、と会長さんが指差した教頭先生は思い切り鼻血を噴いていました。鼻血ってことは、ホラーじゃない…? まさかのアダルト映画とか…?
「そっちの方がマシだってば!」
会長さんは「ぶるぅ」を睨み付け、怒り心頭の表情で。
「ぶるぅ、説明して貰おうか。…DVDをすり替えたのは分かってるんだ。でも、あんな映像を何処から出した? あっちの世界に帰れないとか言っていたのは嘘だったのか?」
「嘘じゃないもん! こっちのハーレイが大人の時間に弱いってことは知っていたから、ちょこっと悪戯したんだもん! DVDもゲームのディスクも仕組みが似てたし、ゲームのディスクが弄れるんならDVDも弄れるもんね」
ゲームはズルをしてたのだ、と「ぶるぅ」は胸を張りました。思うようにプレイが進まない時、サイオンでディスクに干渉していたらしいのです。その要領でDVDのディスクを操り、画像を入れ替えてしまったらしく…。
「ブルーだって隠し撮りの方が良かったって言ってたもん! きっとブルーも喜ぶもん!」
テレビの電源がプツンと入り、私たちの眼前に大画面と大音量で映し出された映像は…。
「「「!!?」」」
会長さんが「ぶるぅ」を封じる前に、問答無用で全員が見てしまいました。青の間のベッドと思しき所で激しく絡み合う全裸の会長さんと教頭先生………ではなくて、ソルジャーとキャプテンの無修正画像を! こ、これは……教頭先生なら鼻血失神間違いなし。私たちだって目が点です~!
どのくらいの間、思考が真っ白だったのか。やっとのことで我に返ると、パチパチパチ…と拍手の音が。
「凄いよ、ぶるぅ。いい仕事だよね」
紫のマントを翻らせてソルジャーがリビングに立っています。
「お前にこんな才能があるとは思わなかった。ゲーム三昧でスキルアップをしたのかな? DVDねえ…。なかなかにいいメディアだよ、うん。収録時間はどのくらい?」
「えっとね、これに入るだけ入れてあるから…2時間ちょっと? 他のヤツにも入れといたよ。房中日誌に記録したヤツで覚えてる分は収録したけど」
「ふふ、上等。こっちのハーレイは失神しちゃったみたいだけども、ぼくの世界のハーレイはどうかな? 早速試してみなくちゃね」
ソルジャーが言い終えない内に空間が揺れ、呼び寄せられたのはキャプテンでした。キャプテンは「ぶるぅ」を見るなり声を上げて。
「ぶ、ぶるぅ!? こっちの世界にいると聞いたが、まさか本当だったとは…」
「まるで信じてなかったよねえ?」
詰るソルジャー。
「ぼくがあれほど説明しても、嘘だと決め付けてばかりでさ。その目で見たら理解したかい? でも、もう遅いよ。たっぷり反省して貰わなくっちゃ。それと謝罪だ。ぶるぅはいない、と言っていたのに役立たずのままで何日だっけ? ぼくが満足したと言うまで、とことん奉仕してもらう。…ちょうど教材も出来たことだし」
「…教材?」
怪訝そうなキャプテンの前でソルジャーはリモコンをグッと握ると。
「そっちのテレビ! 目を逸らしたら許さないよ!」
再び流れ始めた十八歳未満お断りを通り越した無修正画像に会長さんが叫びましたが、ソルジャーには勝てませんでした。会長さんに出来たことは私たちの視覚と聴覚の一部をシャットアウトすることだけで、私たちの瞳には砂嵐状態のテレビが映り、ソルジャーの肉声が滔々と…。
「ほら、ここ! ここでぼくの声の調子が変わっただろう? イイって意味だよ、この状態がね。でもって、ここ! イマイチなんだよ、この態勢じゃ…。断然さっきの方がいい。うん、これ、これ! これが最高なんだって!」
ソルジャーは画面を示してキャプテンに次から次へと解説を続け、それが終わるとDVDをやおらデッキから取り出して。
「分かったかい? マンネリでもね、やり方次第でどうとでもなる。まずは努力と根性からだ。今夜はこれを上映しながら頑張りまくって貰おうか。…データの方はぼくに任せて」
青の間で再生可能にする、とソルジャーは「ぶるぅ」が一晩かけて作ったらしいDVDを纏めて抱え上げました。
「ぶるぅ、お前も一人ぼっちでよく頑張った。この大量の記録に免じて許してあげるよ、ぼくと一緒に帰っておいで。…ハーレイが役立たずなのはお前が留守でも治らないって分かったしね」
「えっ、ホント? 本当にぼく、帰っていいの?」
「本当だ。…ただし、二度とママが誰かを疑ったりはしないこと! お前のママはぼくじゃない。ハーレイがママだと信じさえすれば平和なんだよ。…そうだな、ハーレイ?」
「は、はい…。ぶるぅのママは私以外におりません」
消え入りそうな声で答えるキャプテン。そして「ぶるぅ」は嬉しそうに。
「分かった、ハーレイがママで決定だね! 帰れるんならママはどっちだっていいや、いるってだけで幸せだもん! ママもパパもいなくなったら寂しいってこと、分かったもん!」
早く帰ろうよ、と飛び跳ねる「ぶるぅ」にソルジャーが。
「そうだ、帰る前にノルディの家に寄らないと。…お前を此処へ預けるようにと言ってくれたのはノルディだっけね。此処へ来なければ記憶をDVDに記録するなんて思いついたりしなかっただろう?」
「うん。こっちのハーレイに悪戯するのに何がいいかなぁ…って考えていたらDVDがあったんだよ」
「ゲーム機を買って貰ったのも良かったんだろうね。まずはゲーム機とソフトのお金を返しとこうかな」
はい、とソルジャーが宙に取り出したのは何枚かのお札。
「ブルー、受け取って。お釣りはいいから」
「ちょ、ちょっと! …ノルディの家って何しに行くのさ?」
うろたえている会長さんの手にソルジャーはお札を押し付けて。
「DVDのお裾分けだよ。ぶるぅが作ったヤツの中から1枚選んでプレゼント!」
「「「!!!」」」
最悪だ、と蒼白になった私たちの眼前からソルジャーたちがフッと消え失せました。
『安心して。ノルディに渡すDVDは1回だけしか再生できない仕様にするから。…1回だけしか見られないよ、と警告されたらノルディは絶対見られない。お宝としてしまい込むのは確実さ。だけど御礼は必要だしね』
行ってくる、と思念が届いて。
『ぶるぅを預かってくれてありがとう。ハーレイはぼくが改めて仕込み直すよ。…そっちのハーレイの後始末の方は、申し訳ないけどお任せしとく』
DVDの返却とか…、という思念を最後にソルジャーも「ぶるぅ」も行ってしまったようでした。今頃はエロドクターにDVD渡しているか、向こうの世界に帰ったか…。
「…どうしよう、これ…」
会長さんが途方に暮れた顔で気絶したままの教頭先生を眺めています。鼻血はとっくに止まっていますが、意識はまだまだ戻りそうになく…。
「手当てするしかないだろう。とにかく額を冷やさないとな」
キース君の言葉に、会長さんは。
「そっちは心配してないよ。記憶も綺麗に飛んだようだし、ハーレイは放置で問題ないさ。ただ、ハーレイが借りてた分とコレクションのDVDをどうしようかと…。ぶるぅが記憶媒体にしちゃった中にはレアものが入っていたようだ」
急いでショップを回らないと、と告げられて私たちの背中を冷たいものが流れました。レンタルショップのDVDは恐らく入手可能でしょうけど、教頭先生のコレクションまで果たしてフォロー出来るでしょうか?
「最悪の場合はハーレイの記憶を弄っておくよ。コレクションの中身くらいは書き換えられる」
ついでにノルディが貰ったDVDと記憶も消しに行かなくちゃ、と会長さん。私たち、またまたボディーガードに連れて行かれるみたいです。トラブルメーカーはソルジャーだけだと思ってましたが「ぶるぅ」の方も大概でした。教頭先生は失神しちゃうし、妙な画像は見せられちゃうしで、私たち、もうヘトヘトかも…。ソルジャーとキャプテンのパパ・ママ戦争、二度と勃発しませんように~!