シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
楽しみにしていた校外学習の行き先は、ラフティングではなく水族館。初めてのラフティングと聞いてワクワクだった「そるじゃぁ・ぶるぅ」はガッカリです。ラフティングに決定しかかったのを覆してしまったのは教頭先生。会長さんは教頭先生に責任を取らせると主張していて…。
「とにかくハーレイの所に行こう。話はそれから!」
「お、おい…。いきなり押しかけようっていうのか?」
キース君が止めに入りましたが、会長さんは気にも留めずに。
「直談判が一番なんだよ、こういうのはね。君たちにも一緒に来てもらわないと…。ぶるぅがどんなに残念がったか、場合によっては証人が要るかと」
行くよ、と急かされた私たちは仕方なく立ち上がるしかありませんでした。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を先頭にして中庭を抜け、本館の奥の教頭室へ。重厚な扉を会長さんがノックして…。
「失礼します」
「な、なんだ?」
ゾロゾロと連なって入ってきた行列に驚きを隠せない教頭先生。そこへ会長さんが冷たい口調で。
「何をしに来たのか分からないって? ぶるぅは朝からガッカリなんだよ」
「は?」
「校外学習! 行き先が発表されただろ?」
「ああ、あれか…。どうしてぶるぅがガッカリなんだ? 水族館は大好きだろう」
イルカと握手出来るんだぞ、と教頭先生は「そるじゃぁ・ぶるぅ」に笑顔を向けて。
「やりたければショーもすればいい。水族館には今年もお世話になると思います、と言ってある。ショーに出るならブルーに電話して貰いなさい。貸し切りの時間が取れるからな」
教頭先生、しっかり根回ししてあるようです。此処まで心を砕いているのに、ラフティングをボツにしたという理由で会長さんにボロクソに言われ、責任を取らされてしまうのでしょうか? でも、責任を取るって、どうやって…?
「イルカショーの貸し切りくらいは当然じゃないか、水族館だし」
珍しくもない、と会長さん。
「ぶるぅがガッカリしているのはね、珍しいイベントが中止になったからなんだ」
「イベントだと? 何のことだかサッパリなのだが…」
そう言いながらもカレンダーと手帳を確認している教頭先生は律儀です。けれど今日の日付で中止になったイベントなどがある筈もなく、ますます混乱したようで。
「…本当に分からないのだが…。校外学習のことかと思えばイベントだと言うし、かと言って今日は何の予定も無いようだし…。それとも私が知らないだけで何か催しが決まっていたのか?」
「決まってたんだよ、この間まで…ね。今日に関係あるヤツが!」
君がオシャカにしたんだろう、と会長さんは教頭先生にビシッと指を突き付けました。
「校外学習は水族館の予定じゃなかった。ゼルの提案でラフティングってことになっていたのに、安全第一だとか言っちゃってさ! 何が校長先生なのさ、君がわざわざ御注進しに出向かなかったら知らずに終わっていただろう!」
「…ど、どうしてそれを…」
「今更それを訊くのかい? 校外学習、気になるじゃないか。去年も水族館だったんなら放っていたと思うけど……一日修行体験の次は何が出るのかと知りたくもなるさ」
だから覗き見してたんだ、と会長さんは悪びれもせずに言い放つと。
「ラフティングっていう予定を聞いて、ぶるぅはワクワクしていたんだよ。どんなものなの、って知りたがったから色々教えた。それで楽しみにしちゃってねえ…。早く行きたい、って待っていたのに、君が水族館に変えちゃったんだ」
「そうだったのか…。すまないな、ぶるぅ。お前が楽しみにしていた気持ちは分からないでもないんだが…。ラフティングが何か知っているなら話は早い。もしも事故があったりしたら大変なんだ。そうなってからでは間に合わないし、やめておくのが学校として取るべき道だ」
分かるな? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」に真摯な目を向ける教頭先生。しかし文句を言いに来ているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」ではなく会長さんです。会長さんは「ぶるぅを丸めこもうとしたって無駄だからね」と教頭先生を睨み付けて。
「ぶるぅはイルカとショーが出来れば御機嫌だけど、ガッカリしたのは本当なんだ。発表があるまでは行き先変更の可能性もあるかもしれない、と希望を持ってたみたいだし…。この責任は取って貰うよ」
「責任だと?」
「そう、責任。子供の夢をブチ壊したのに、大人の理屈を並べ立てた上に「分かるな?」だって? 最低だよ! 普通はそこで「連れてってやろう」とか言うものだろ!」
おおっ、そういう方向でしたか、責任って! 教頭先生に引率されて私たちだけでラフティングとか…?
勝ち誇った顔で教頭先生を見詰める会長さん。校外学習の代わりに個人的に「そるじゃぁ・ぶるぅ」をラフティングに連れて行けば教頭先生は責任を取ったことになるようです。簡単な事じゃないですか! スピードが苦手なことは知ってますけど、ラフティング程度なら大丈夫だと会長さんも言ってましたし…。
「ぶるぅを連れてラフティング…だと? すまん、考えてもみなかった」
平謝りの教頭先生。会長さんはクスクス笑いながら。
「だろうね、学校単位で動くことしか頭に無かったみたいだし…。で、連れてってやってくれるわけ? それとも…」
「もちろん連れて行ってやる。私の夢はいつかお前を嫁に貰って、ぶるぅを子供にすることだしな。今から仲良くなっておかんと話にならない」
大いに楽しんでくるといい、と教頭先生は穏やかな笑み。ん? この言い方だと教頭先生は連れて行くだけで自分は参加しないとか…? 案の定、会長さんが「ちょっと待って」と突っ込みました。
「楽しんでくるといい、って…君はボートに乗らないのかい? もしかして保護者よろしく岸から応援?」
「そのつもりだが…。何か問題でも?」
「当たり前だよ! 一緒に下ってやらないつもり? 見てるだけ?」
「万一の時には助けてやるぞ? 泳ぎには自信があるからな」
任せておけ、と自信に溢れた教頭先生ですが、会長さんは呆れたように。
「…ハーレイ。ラフティングに反対した段階で下調べはしてる筈だよねえ? あそこのコースで川沿いの道路がどれほどあるって? 大部分は川から離れているか、川沿いでも崖の上だとか…。岸から応援って言った時点で「見ていません」って宣言したのも同然なんだよ。助けるも何も、見えていないし!」
「…い、いや…。その……」
教頭先生は真っ青でした。本当にコースを知らなかったものと思われます。しどろもどろで言い訳をしたり、謝ったり。そんな教頭先生の姿に、会長さんはフウと大きな溜息をついて。
「…分かったよ。要するに、君はラフティングをする自信は無い…、と。たかが川下りだから大丈夫だとは思っていても、経験が無いから分からないんだね?」
「…すまん。下り始めてから止めてくれとか、下ろしてくれとは言えないしな…」
申し訳ない、と頭を下げる教頭先生。ラフティングが中止になった裏には教頭先生の私的な事情も少しは絡んでいそうです。引率役に徹するつもりで出掛けて行っても、会長さんが来ている以上はラフティングをする羽目になる可能性ゼロとは言えませんし! うーん、やっぱりヘタレでしたか…。
「そういうわけなら無理にやれとは言わないよ。でも、ぶるぅは本当に行きたがっていたからねえ…。連れて行ってはくれるんだろうね?」
「その件については約束する。校外学習の週の週末はどうだ?」
土曜か日曜、とカレンダーを示す教頭先生。やった、ラフティングに行けますよ! 会長さんが「じゃあ、土曜日で」と頷き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大喜び。もちろん私たちもお相伴です。
「…気が回らなくて本当にすまなかった。ラフティングは楽しみにしていてくれ。私は見ているだけだがな」
「その分、御馳走を奮発してよ。休憩スポットで昼御飯の時間があるだろう?」
抜け目なく毟りにかかる会長さんに、私たちは苦笑するばかり。昼食はバーベキューで食材を予め選べるのだとか。最上級でお願いするね、と会長さんは遠慮がありません。校外学習が終わった週末はラフティング! 初めての体験に加えて大自然の中でのバーベキューなど、盛り沢山になりそうですよ~。
こうして来週末の予定が決まり、私たちの頭から校外学習の方はストンと抜け落ちてしまいました。水族館は所詮、水族館。イルカショーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出演するのもお約束です。とにかく拍手を送ればいいや、と思い込んでいたのですけど、それが根底から覆ったのは翌日の放課後。いつものように「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けてゆくと、会長さんが。
「やあ。ぶるぅのイルカショーなんだけどね、ちょっと趣向を凝らしたくって」
「「「は?」」」
「普通にイルカと泳ぐだけでは見ていて楽しくないだろう? もう一工夫欲しいよね」
「…今度もドルフィン・ウェディングか? それとも人魚ショーなのか?」
キース君が過去のイルカショーにくっついてきたイベントを挙げています。最初の年は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がイルカプールに乱入しちゃっただけなのですが、その翌年から妙なイベントが…。
「どっちでもないけど、あえて言うなら人魚ショーの方が近いかな? 一緒に泳ぐのはハーレイだし」
「「「!!!」」」
またか、と頭を抱える私たち。教頭先生の人魚姿は瞼にクッキリ焼き付いています。ショッキングピンクの人魚の尻尾を付けてプールや海で飛んだり跳ねたり、それはそれはダイナミックな見世物で…。今の1年生は教頭先生人魚を知りませんから、水族館で披露したならウケることだけは間違いなし。けれど…。
「人魚ショーではないんだよね。ハーレイには頑張って貰わないと」
「何をだ?」
胡乱な目をするキース君に、会長さんは。
「練習だよ。校外学習は来週なんだし、時間は少ししか無いだろう? 早く始めないと間に合わない。…連行するからついて来て」
「なんで俺たちまで巻き込むんだ!」
「ギャラリーに慣れておかないとね。当日はスタジアムに生徒が沢山溢れるんだよ? あがってしまって上手に出来ませんでした、なんてことになったらつまらないし!」
行くよ、とソファから立ち上がった会長さんを止められる人はいませんでした。私たちはゾロゾロと会長さんの後ろに続いて教頭室へ。扉をノックした会長さんに教頭先生が「どうぞ」と答えて…。
「なんだ、どうしたんだ? みんな揃って…。ラフティングなら予約しておいたぞ」
食事の方もバッチリだ、と教頭先生は笑顔です。休憩地点でのバーベキューの食材は会長さんの注文通り最上級。昼食には教頭先生も加わるそうで…。
「あれから私も調べたんだ。昼食場所は道路から近くて行きやすいらしい。…それとも私が一緒では嫌か?」
「とんでもない」
スポンサーは大歓迎、と会長さんが笑みを浮かべて。
「一緒に昼食を食べるんだったら親睦を深めておかないとね? ちょうど良かった」
「…何の話だ?」
「ぼくたちとの絆の話だよ。今日から暫く付き合って貰おうと思って誘いに来たんだ。あ、付き合うと言ってもデートじゃないし! みんな揃って出掛けるだけだし!」
「………。焼肉か?」
首を傾げる教頭先生。会長さんはクッと笑うと。
「残念でした。フィットネスクラブに行くんだよ。…君にはイルカショーで大活躍をしてもらう」
「…に、人魚か? またアレをやれと?」
「いいから黙ってついてくる! 今日は貸し切りにしといたからね、ぼくたち以外に見ている人はいないんだ。仕事にサッサと区切りをつけたら急いでお出掛け!」
瞬間移動で飛ぶことにする、と言う会長さん。フィットネスクラブはサイオンを持つ仲間が経営していて、会長さんはVIP会員です。瞬間移動で飛び込んだって何の問題もありませんけど、教頭先生、いったい何をさせられるのかな…?
大車輪で仕事を片付けた教頭先生の愛車は、会長さんが瞬間移動で家のガレージまで送ったようです。曰く、疲れると運転が危なくなるから乗らない方が安心だそうで…。お次は私たち全員がフィットネスクラブに瞬間移動。教頭室から一気に見慣れたプールサイドへ。
「まずは向こうで着替えてきてよ」
はい、と教頭先生にスポーツバッグを差し出している会長さん。えっと……あのサイズでは人魚の尻尾は入っていそうにないですが? 教頭先生も受け取りながら眉間に皺を寄せています。
「あれっ、もしかして人魚の方が良かったとか? …そんな顔だね」
「いや、それは…。人魚は出来れば遠慮したいが…」
「じゃあ、いいじゃないか。…待っているから早めにね」
会長さんがヒラヒラと手を振り、教頭先生はロッカー室へと。人魚ショーではないと聞かされたのは確かですけど、ホントに人魚は関係無いとか…? でも、泳ぐだけで芸になるんでしょうか? 私たちが悩んでいると。
「なるんだな、これが。…あ、ハーレイが戻ってきたよ」
「「「!!!」」」
教頭先生が着けていたのは競泳用のメンズビキニ。でも、ショッキングピンクの地色に金銀のラメとスパンコールって、思い切り悪趣味と言うのでは…? 教頭先生もそれが気になるようで。
「…ブルー、このデザインはどうにかならないのか?」
「気に入らない? 人魚の尻尾がショッキングピンクで似合ってたからテーマカラーにしようかなぁ、って…。注文生産の特注品だよ。急げばなんとか間に合うものだね」
「…特注品だと言われても…。これで私に何をしろと?」
「目立つってことが大切なんだ。ホントは女性用の水着みたいにカバーする範囲が広い方が映えるんだけどねえ、プールには」
華やかな柄も入れられるし…、と会長さんは真顔です。教頭先生は慌てて首を左右に振って。
「こ、この水着で充分だ! デザインも色も実に素晴らしい」
「そう? だったら早速始めようか。…イルカショーで使う曲を流すから、まずは心の赴くままに」
「「「???」」」
会長さんが何を言っているのか、私たちには意味不明でした。教頭先生だって同じです。心の赴くままにって…何が? と、バッシャーン! とプールで水音が。
「「「ぶるぅ!?」」」
いつの間にか水着に着替えていたらしい「そるじゃぁ・ぶるぅ」がプールでスイスイ泳いでいます。何故か水着は女の子用のスクール水着っぽいヤツですけども、それ自体は理解の範疇内。シャングリラ学園の水泳大会では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が女子で登録することもあり、その時は女子用スクール水着ですから。
「あ、あの水着って…」
ジョミー君が口をパクパクとさせ、キース君が。
「…教頭先生の水着と揃いのようだな。ショッキングピンクにスパンコールだ」
なんともド派手な水着を着けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はプールの真ん中まで行くとトプンと潜り、次に出て来たのは右足だけ。その右足がヒョイと沈むと上半身がザバッと現れ、両手を上げてポーズを取って…って、あれってシンクロとか言いませんか?
「シンクロだよ?」
見れば分かるだろう、と会長さんが微笑みながら。
「ぶるぅはシンクロは得意だしねえ? あっちの世界のぶるぅと組んでた『ぶるぅズ』だって人魚だけれど基本はシンクロ! ハーレイにはシンクロをやってもらう」
「な、なんだと…?」
愕然とする教頭先生に、会長さんは。
「イルカショーに花を添えるためにも、ぶるぅと組んでデュエットを…ね。だから水着は目立つのがいいと言ったんだ。ぶるぅと同じデザインにしたいんだけど…」
げげっ、と凍りつく私たち。教頭先生にあんな水着は今以上に視覚の暴力です。ビキニパンツでも大概なのに…。教頭先生だって両手で大きな×印を作って拒否してますし!
「そんなに全力で否定しなくてもいいのにさ。…OK、ビキニパンツで良しとしておく。とりあえず心の赴くままに演じてみてよ」
「……何をだ?」
「シンクロって言っているだろう! どんな振付にすればいいのか、ぼくにもイメージが掴めてないんだ。音楽に合わせて自由に演技を! それを見てから考えるよ」
始め! と会長さんがプールを指差し、仕方なく飛び込む教頭先生。間もなく大音量で音楽が始まりましたが、教頭先生、シンクロなんて出来るんでしょうか?
「大丈夫! ハーレイズを覚えているだろう? あれはシンクロの基礎が必要なんだよ」
ニヤリと笑う会長さん。ハーレイズというのは教頭先生とソルジャーの世界のキャプテンが人魚の格好で組んだ時の名前で、ジャンプや輪くぐりなども見事にこなしてましたっけ。けれどシンクロそのものは一度も見たことがありません。…ん? んんん?
「ほらね、ちゃんと出来てるじゃないか。好きにやらせるのもなかなかいいね」
「…出来ていることは認めるが…」
美しくないぞ、とキース君が正直な意見を述べています。教頭先生の逞しい足がプールからニュッと突き出す様はシュールと言うか何と言うか…。しかも回転とか色々な技が披露されますし!
「美しさ? それは求めたら負けじゃないかなぁ。…で、どんな振付がいいと思う?」
プールを見詰める会長さんの頭の中は既にシンクロで一杯でした。こうなってしまうと何を言っても無駄というもの。同じ阿呆なら踊らにゃ損、損、みんなで振付を考えますか…。
その日から私たちと教頭先生のプール通いが始まりました。鬼コーチと化した会長さんが教頭先生をビシバシ指導し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が模範演技をしたり、デュエットしたり。
「いいかい、校外学習の華はイルカショーなんだよ」
生徒を楽しませることが一番だ、と会長さんは譲りません。
「ラフティングにしとけば良かったのにねえ? それならイルカショーは無かったわけだし、こんなサービスも要らなかったのに…。自業自得ってコレのことかな?」
「わ、私がサービスする必要は無いと思うのだが…」
「そうかな? 今の3年生は知ってるんだよ、水族館にはショッキングピンクの人魚だってことを。その噂がどれだけ広まってるかは謎だけれども、水族館と聞いて期待している生徒もいるかと…。それを裏切るのは言語道断! 第一、ぶるぅの夢も壊したわけだし?」
「ラフティングには連れてってやると言っているのに…」
どうしてこんなことに…、と教頭先生は嘆いています。それでも真面目に練習するのは会長さんと過ごす時間が気に入っているからでしょう。普段は全く構って貰えないのに、シンクロの指導はマンツーマン。きっと教頭先生の脳内ではゴージャスな夢のデートに変換されているんじゃないかと…。
そんな感じで日は過ぎていって、いよいよ明日は校外学習。
「ハーレイ、本番では指導係はつかないからね。ぼくはスタジアムで見物だから」
「…分かっている。ぶるぅと二人で頑張るまでだ」
拳をグッと握る教頭先生、技も振付も完璧です。今夜はこれから会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の三人だけで水族館に行き、イルカプールで距離感を掴んで最後の仕上げをするのだとか。本当は私たちも見たいんですけど、ショーとして完成された形は校外学習で初めてお披露目を、というのが会長さんの主張。
「だってさ。他の生徒にはサプライズなんだし、君たちにも少しは新鮮なステージを見せてあげたい。…ハーレイが当日に委縮しないよう、今日までギャラリーを務めてくれたことへの感謝も込めてね」
「うむ。…イルカと組んだら印象も変わってくるだろうしな」
毎日付き合わせてすまなかった、と教頭先生に御礼を言われて私たちはひたすら恐縮です。会長さんの悪ノリに便乗して振付とかで無茶をやらかしたのに…。でも、会長さんはクスッと笑って。
「気にしなくてもいいんだよ。ハーレイは幸せ一杯だから! ぼくと毎日練習が出来て。…そうだよね?」
「…その部分に関しては否定できんな…」
楽しかった、と頬を緩める教頭先生を残して私たちはフィットネスクラブを後にしました。明日のイルカショーでは教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシンクロが披露されるのです。ショーの主役はイルカか、はたまたシンクロチームか。校外学習、待ち遠しいなぁ…。
そして翌日、シャングリラ学園の1年生は観光バスで水族館にやって来ました。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は1年A組のバスに乗り込み、車中でイルカショーをよろしくとアピールです。補習になる所を手形パワーで助けて貰ったクラスメイトは「見に行きます!」と大歓声で…。
「よし。宣伝効果はバッチリだよね」
会長さんが満足そうに頷いたのはシャングリラ学園の生徒で満席になったスタジアム。滞在時間中の最後のイルカショーが貸し切りにされ、案内板にも表示が出ています。しかし1年A組の生徒たちによるクチコミ効果も大きくて。
「ぶるぅがショーに出るんだってよ」
「拍手したら御利益あるかもな! 次のテストで満点とかさ」
不思議パワーのお裾分けに与りたい生徒も多数のようです。残念ながらショーには御利益無いんですけど…。少し申し訳ない気持ちになっていると、会長さんが。
「御利益が無くても大丈夫さ。ショーで笑えば気分スッキリ、笑う門には福来るってね」
「…それはそうかもしれないが…」
教頭先生が気の毒だ、と呻くキース君の声を遮るようにアナウンスの声が響きました。
「只今よりイルカショーを開催いたします! まずはスペシャル・ゲストの「そるじゃぁ・ぶるぅ」君です!」
「かみお~ん♪」
ショッキングピンクにスパンコール水着の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がステージに現れ、たちまち起こる盛大な拍手。悪趣味な水着も子供が着ると可愛いというのが不思議ですよね。
「もう一人のゲストをご紹介します。シャングリラ学園教頭、ウィリアム・ハーレイ先生です!」
「「「!!!」」」
その瞬間の衝撃は一生忘れられないかも…。教頭先生が着けていたのはビキニパンツではありませんでした。小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」とお揃いの水着、よりにもよってハイレッグカット。爆笑と悲鳴が交錯する中、会長さんはウインクして。
「いいだろう、あれ。昨日、君たちが帰った後で着ろと言った時の騒ぎといったら…。脱毛サロンにまで連れて行かれたんだし、当然かな」
「「「脱毛サロン!?」」」
「うん。でないとハイレグは無理だしさ。…ついでに毛脛でシンクロというのもアレかと思って…。脱毛だけは勘弁してくれって絶叫したから、スタッフに剃られて終了だけど。脱毛する前に剃るんだってね」
「「「………」」」
それはヒドイ、と私たちは心の底から教頭先生に同情しました。ハイレグ水着のために脱毛サロン。メンズエステが流行りと言っても、逞しさが売りの教頭先生に脱毛サロンは…。
「そうかなぁ? ウケてるから別にいいじゃないか」
大人気だよ、と会長さんが指差す先では教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」の華麗なデュエットが始まっています。イルカの芸に合わせて流れる音楽に乗り、足を上げたり回ったり。客席からは「そるじゃぁ・ぶるぅ」コールに混じって教頭先生への声援も…。
「ね、ハーレイも喜んでいると思うよ、教師は生徒に好かれてなんぼ! 身体を張った芸の一つや二つは当たり前ってね」
未来の嫁と子供も喜ばせられて一石二鳥、と会長さんは御満悦でした。嫁に行く気も無いくせに…。校外学習、ラフティングの方が教頭先生にはマシだったんじゃあ? とはいえ今更手遅れですから、週末の私たちとのラフティングの件、よろしくお願い申し上げます~!