忍者ブログ

シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

流れのままに・第3話

校外学習は教頭先生と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のシンクロで幕を閉じました。イルカプールでのショーだったというのに肝心のイルカを観ていた生徒が何人いたかは全く謎。シンクロはインパクト大だったのです。そりゃそうでしょう、水着だけでも半端ではなく…。
「かみお~ん♪ ラフティングって水着は要るの?」
ラフティングを明日に控えた金曜日の放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は高揚感を抑え切れないようでした。飲み物を運ぶのも、おやつの桃のミルフィーユを切り分けるのも十八番の『かみほー♪』の鼻歌混じり。足取りも半ばスキップです。
「あのね、水着が要るんだったらコレでもいいかな?」
ニコニコ笑顔で抱えて来たのはショッキングピンクの女子用水着。金銀ラメとスパンコールが施されたそれは先日のイルカショーで着ていたヤツで…。
「………。なんでソレなわけ?」
頭が痛い、とジョミー君が訴えているのは教頭先生の水着姿を思い出してしまったせいみたいです。同じデザインでも教頭先生の水着はハイレグ。ショーを見に来た生徒たちには大ウケでしたが、教頭先生の練習風景を毎日見ていた私たちには激しい衝撃だったんですよね…。練習ではビキニパンツを履いてましたし。
「えっ、ジョミー、頭が痛いの? 大変、大変」
良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大慌てで冷却シートを持って来ました。体調が悪いと明日のラフティングに参加出来なくなってしまう、と心配そうです。ジョミー君は「大丈夫だよ」と苦笑して。
「頭が痛いのは変なモノを思い出しちゃったせいだから! …教頭先生の水着、凄かったしね」
「えっと…。ぼくのとお揃いだよ? あっちの方が足が長く見えるデザインだけど」
「「「………」」」
それが余計だ、と全員が額を押さえる中で聞こえてくるのはクスクス笑い。言わずと知れた会長さんです。
「やれやれ、年は取りたくないものだねえ? ぶるぅは純粋に新しい水着を喜んでるのに、君たちはそうじゃないらしい。加齢と共に心も汚れる。…一度、滝行でもやってみる?」
「「「滝行?」」」
「うん。滝に打たれて身心の汚れを祓いましょう…、ってヤツのことさ。ぼくは経験しているけれど、キースは滝行はやってないよね」
「俺たちの宗派には無いだろうが! あんたは恵須出井寺にも修行に行っているから知ってるだけで」
騙されないぞ、とキース君が拳を握り締めて。
「その調子でぶるぅも上手に丸め込んだな? 新品の水着で良く似合うとか、今はお揃いが流行りだとか!」
「…人聞きの悪い…。ぶるぅにはハーレイとお揃いだよ、って言っただけ! ぶるぅはハーレイに懐いているから同じデザインだと嬉しいのさ」
そんな言葉を証明するように「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ハーレイと一緒にイルカさんと遊べて楽しかったもん! だからラフティングに水着が要るならコレにしよう、って思ってるんだ」
「なんで?」
ジョミー君の二度目の問いに「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニッコリと。
「ハーレイ、ラフティングはしないって言ってたでしょ? それって何だか寂しいし…。お揃いの水着を持って行ったら一緒に遊んでくれるかなぁ…って」
「…ぶるぅ……。それは逆だ」
キース君が疲れた声で言い、ジョミー君が。
「…ぼくも逆だと思うよ、ぶるぅ。教頭先生は水着は忘れてしまいたいんじゃないかな」
「えっ…。せっかくお揃いで作って貰ったのに…」
ガックリと肩を落とす「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお揃いの水着の何処が悪いのか本当に分かっていませんでした。私たちもこれくらい純粋だったら、世の中、変わっていたのでしょうか? 顔を見合わせていると会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」の水着を手にして。
「ぶるぅ、ラフティングに水着は要るけど、コレはちょっと…。ハーレイが見ちゃったら遊ぶどころじゃないと思うよ。でも……ハーレイと一緒に遊びたいんだね?」
「だって、みんなでお出掛けするんでしょ? それなのにハーレイが遊んでくれないなんて…」
残念だよう、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は未練たらたら。教頭先生がお揃いの水着を受け入れられない理由が分からない子供ですから、ラフティングを断っておられる理由もイマイチ分かっていないのでしょう。自分が楽しそうだと思ったものは他人も楽しく感じるもの、と思い込むのが子供ですから!
「なるほどね…。ぶるぅもハーレイと遊びたい、と…」
考え込んでいる会長さん。いえ、そんなこと、考えなくてもいいですから! 会長さんが策を巡らしたらロクな結果になりませんから! 私たちは全力で回避するべく、ショッキングピンクの水着を奥の小部屋に押し込みました。ラフティングはもう明日なのです。波乱は絶対お断り!

翌日の朝、集合したのはアルテメシア駅の中央改札前。ここから少し電車に乗って、それからバスに乗り換えて行くとラフティングの出発地点に着きます。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が例の水着を持ってこないかとドキドキでしたが…。
「かみお~ん♪ アヒルちゃんの水着を持ってきたよ! 浮き輪とお揃い!」
浮き輪は置いてきたけれど、とリュックを背負って現れた「そるじゃぁ・ぶるぅ」にホッと一息。アヒルちゃんの水着というのはワンポイントで黄色いアヒルが印刷されている子供用の紺のボックス水着で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りです。浮き輪の方は単なる黄色のアヒルですけど。
「でも…。アヒルちゃん、隠れてしまうんだよね。他の水着でも良かったかなぁ?」
上にウエットスーツを着るんだしね、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を一番最初に来て待っていた教頭先生がクシャリと撫でて。
「ぶるぅ、ちゃんと勉強してきたんだな。いいことだぞ」
「だって楽しみだったんだもん! 昨日まで良く知らなかったけど、ブルーに教えてもらったよ!」
げっ。会長さんの名前が出たので身構えてしまう私たち。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は褒められて嬉しかっただけだったらしく、それ以上は何も言いませんでした。よしよし、そのまま水着の話題はフェードアウトで! 電車に乗り込み、暫く走ると眼下に川が見えてきます。
「ほほう…。もう下っている連中がいるな」
教頭先生の視線の先には川を下る大きなゴムボート。私たちもああいうボートに乗ってラフティングをするらしいです。見た目には緩やかな川ですけれど、ボートはけっこう揺れているような…?
「ふうん、この辺でも揺れるのか…」
ちょっと意外、と会長さん。
「上流だけかと思ったんだけどな、揺れるのは。…で、みんなはウエットスーツを借りるわけ? それともTシャツに短パンかな?」
「…借りるつもりで来たんだけど」
ジョミー君が答え、キース君が。
「俺もだ。ブルーに話を聞いただけでも濡れそうな場所が山ほどあるし、ボートを降りて流されながら下る所もあるようだし…。自前の服で濡れ鼠になる趣味は無い」
「ですよね、服が濡れたら重そうですよ」
シロエ君が頷いた所で教頭先生が満足そうに。
「いい判断だ。ライフジャケットが必須とはいえ、川に入るのには違いない。着衣泳法の練習ではないし、体力を消耗しないためにもTシャツと短パンはやめた方がいいな。ヘトヘトになりたくないだろう?」
「…そんなに疲れますか?」
マツカ君が尋ねると、教頭先生は。
「疲れるぞ。…女子は去年の水泳大会が着衣泳法だったから覚えてないか?」
「「ああ…」」
あれか、とスウェナちゃんと私は深い溜息をつきました。すっかり記憶の彼方でしたが、セーラー服で泳がされたのは去年のこと。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンで補助して貰っていたので負担は感じなかったのですけど、他のクラスの女子は大変そうでしたっけ…。
「服は水を吸うと重くなるんだ。たとえTシャツでも信じられないほど邪魔になる」
本当だぞ、と教頭先生。
「私は今日は見ているだけだが、万一の時には助けてやると約束をしているからな…。下に水着を着てるんだ。救助のために飛び込む時には服は捨てる。服を着たまま飛び込んでしまえば自分も溺れるリスクが高い」
焦らないことが大切だ、と教頭先生は大真面目でした。実に頼もしい発言と冷静さですが、実際のラフティングのルートは道路から離れた地点が多数。教頭先生に助けて貰える可能性はゼロに近いのですから、ライフジャケット着用とはいえ気を引き締めてかからなくっちゃ!

電車を降りてバスに乗り換え、下車した所は川沿いのバス停。すぐ隣に建つ二階建ての建物がラフティングを手掛ける会社です。教頭先生が予約を入れてくれていたので手続きはスムーズ、ウエットスーツのサイズを選んで渡して貰って更衣室へ。
「えっと…。貴重品は金庫に入れるのよね?」
ロッカーにも鍵はかかるけれど、とスウェナちゃん。番号のついたロッカーの中に更に金庫があるのです。金庫に入れるほどの大金ではなくても財布は財布。金庫の方がいいだろう、と二人で話をしていた所へ…。
『なんなのさ、ソレ!』
いきなり頭に響いてきたのは会長さんの思念波でした。それと同時に更衣室の壁がサイオン中継の画面に変わり、映し出されたのは男子更衣室。水着やウエットスーツ姿の男の子たちの姿が見えます。会長さんはウエットスーツを着込み、怒り心頭といった様子で。
『下に水着を着て来たって言うから誘ったんだよ? ぼくとツーショットのオマケもつけて!』
『だから参加することにしたのだが…。いったい何が気に入らないんだ?』
オロオロしているのは教頭先生。会長さんは教頭先生をラフティングに誘ったみたいです。ツーショットのオマケというのが気になりますけど、それって何? と、会長さんから私たち宛の思念波が。
『やっぱりハーレイにも一緒に下って欲しいだろ? ぶるぅも遊んで欲しがっていたし…。それでオマケで釣ってみた。ラフティングに参加してくれたら、終点でぼくとツーショット!』
ラフティング中はスタッフの人が写真を撮ってくれるらしいのです。沢山の写真から好きなのを選んでアルバムも作ってもらえる仕組み。会長さんとのツーショットで締め括られるアルバムに釣られた教頭先生、スピードへの苦手意識を無理やり捩じ伏せ、ラフティングに参加することに。水着があればOKですしね。
「教頭先生、大丈夫かしら?」
「それ以前になんで怒られてるのか分からないけど…」
スウェナちゃんと私は顔を見合わせ、中継画面の向こうの男の子たちも困惑しているのが伝わってきます。教頭先生の何が会長さんの逆鱗に…?
『まるで見当がつかないわけ? つくづく君には呆れ果てるよ。それだってば、それ!』
『……???』
会長さんに指差されても首を捻るしかない教頭先生。海でお馴染みのボックス水着でウエットスーツを手にした姿の何処に問題があるのでしょう? しかし会長さんは追及の手を緩めずに。
『君の心意気と誠意ってヤツが全く見えてこないんだよね。まさか水着がそんなのだなんて…。岸から応援しているだけで泳ぐ予定は無かっただろう? ライフジャケットを着けるんだから溺れる危険はそうそう無いし、そんな事態になったとしても君が居合わせるとは限らないし!』
『…それはそうだが、やはり水着を着ていた方が…。褌にすべきだったのか?』
水着のチョイスを間違えただろうか、と教頭先生。普段の下着が紅白縞だけに褌を下着代わりに着けてくるのは思い付かなかったらしいのです。けれど会長さんはフンと冷たく鼻で笑って。
『褌だって? 水着は他にもあるだろう。この間のショーで着たヤツとか』
『「「!!!」」』
中継画面の向こうと此方で同時に固まる私たち。会長さんが言っているのはハイレグ水着のことでしたか!
『あの水着を下に着てたんだったら、ぶるぅとお揃いを目指したってことで心意気だけは買えたんだ。ぶるぅと気分だけでも一緒に遊ぼう、って心意気がね』
『し、しかし…。ぶるぅは普通の水着のようだが…』
『そりゃそうさ。君がラフティングをしてくれるなんて思っちゃいないし、用意してない。でもね、ぶるぅはその気になったら瞬間移動でパパッと着替えが可能なんだよ。…ぶるぅ、お揃いにしたかったよね?』
会長さんに尋ねられた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は。
『うん! ぼく、あの水着で来ようと思ったの! だけどブルーに止められちゃったの、ハーレイが見たら嫌がるから…って…。ハーレイ、あれを着て来てないから、やっぱりホントに嫌なんだ…。お揃いなのに…』
『い、いや…。お前とお揃いなのが嫌というわけではなくてだな…』
しどろもどろの教頭先生に会長さんが。
『もう遅いってば! ぶるぅはショックを受けちゃってるし、ぼくとのツーショットの話は無かったことに』
『そ、それは…。だったらラフティングは見守る方で…』
『ラフティングまで断るわけ!? ウエットスーツもレンタルしたのに、ぼくと写真が撮れないってだけで逃げようだなんて許せないね。…でも、君と一緒にボートを漕いで下るというのも腹が立つ。君には別便で下って貰う!』
『「「別便?」」』
意味が掴めない教頭先生と私たちに、会長さんが人差し指でビシッと示したのは壁のポスター。
『ここはカヤックもやっているよね? 個人指導も承ります、と書いてある。君はカヤックに変更だ。インストラクターがつけば初心者だって下れるのが売り!』
『か、カヤックだと……?』
愕然としている教頭先生。ポスターには一人乗りのカヤックで川下りをする一団の写真が刷られていました。この会社では初心者向けに一人乗りカヤックの指導をしてくれるコースがあるそうです。着て行くものはラフティングと何一つ変わらないらしく…。
『ハーレイ、頑張って下るんだね。…見事やり遂げたらツーショットの件は考え直してあげてもいいよ。リタイヤした時は御褒美は無しで』
ゴール間近でリタイヤしてもツーショットには応じられない、と会長さんは更衣室から出てゆきました。同時に中継画面も消え失せ、スウェナちゃんと私が集合場所に行ってみると。
「やあ。ハーレイはカヤックに決定したから! あっちで手続きしているよ」
会長さんが視線を向けた先では教頭先生がカヤックの貸し出し手続き中。ツーショットという餌に釣られて申し込むとは、教頭先生、凄すぎるかも…。ラフティングも遠慮したがる教頭先生に一人乗りのカヤックだなんて、絶対、無茶な注文ですって!

ラフティングの出発点は流れがゆったりした場所です。ウエットスーツにライフジャケット、ヘルメットも着けた私たちは大きなゴムボートに乗り込みました。インストラクターの指揮の下、一人一本パドルを握って川を下ってゆくわけですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さすぎるので乗っているだけ。それでも…。
「かみお~ん♪ しゅっぱぁ~つ!」
掛け声だけは元気一杯、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。川の中央へ向けて漕ぎ出してゆく私たちの後方ではウエットスーツを着込んだ教頭先生がカヤックに乗ろうとしている所。隣にはインストラクターの人のカヤックが…。教頭先生、大丈夫かな?
「ん? ハーレイなら平気、平気!」
クスクスと笑う会長さん。
「ヘルメットもライフジャケットも着けてるしね? そうでなくても泳ぎの達人、放り出されたくらいじゃ溺れないって! それより、カヤックの方が小回りが利く。追い抜かれないように頑張らないと」
さあ、漕げ! と号令されてパドルを握り直し、インストラクターさんの指示を仰ぎつつ息を合わせて流れに乗って…。おおっ、けっこうスピードが出ます。流れは緩いように見えていたのに…。
「な、なんか思ってたより速くない?」
ジョミー君が声を上げると、最後尾で舵を取っているインストラクターさんが。
「川は見た目じゃ分かりませんよ。下で渦を巻いている場所もあるので気を付けて」
「「「渦!?」」」
「そういう所は避けて下りますけど、川の怖さは覚えておいた方がいいですね。遊びに行った先に川があっても迂闊に入って泳がないこと!」
危ないんですよ、と言われて「はーい!」と答える私たち。楽しいラフティングになりそうです。後ろについて来ている教頭先生もインストラクターさんのカヤックと並んで上手にパドルを操ってますし…。
「教頭先生、普通について来てますね…」
シロエ君が振り返った時、インストラクターさんが「しっかり前を見て下さいよ」と注意しました。
「この先のカーブを曲がると流れが急になりますからね。皆さん、息はピッタリですけど、他所見はバランスを崩します。後ろのカヤックが気になるのなら、先に下って貰いましょうか?」
えぇっ、教頭先生が先に? 後からの方が速さに対する心の準備が出来そうなのに…、と誰もが思ったのですが。
「いいね、それ」
会長さんは容赦がありませんでした。
「急流下りでバランスを崩すとボートから放り出されるし…。そういうのは御免蒙りたい。あっちを先に下らせてよ」
「分かりました。おーい、そっちが先! 先に行ってくれ!」
合図しているインストラクターさん。私たちは流れの速い部分から外れ、ボートを漕いで待機です。その間に教頭先生と指導係のインストラクターさんのカヤックが通過してゆき、それを見届けてから元のコースへ。うん、よく見えるようにはなりましたけど…。
「カーブを曲がったら急流だっけ?」
ジョミー君が言い、キース君が。
「そうらしいな。教頭先生の方が一足お先に急流下りか…」
「パニックにならなきゃいいんですけどね」
シロエ君は心配そうですが、私たちのボートのインストラクターさんが大きく笑って。
「素人さんでも大丈夫ですよ、ジェットコースターみたいな速さじゃないですからね、落ち着いて漕げば乗り切れます。さあ、皆さんも頑張って!」
もうすぐですよ、という声が終わらない内に教頭先生のカヤックがカーブを曲がってゆきました。少し遅れて私たちのゴムボートも。…って、いきなり急流じゃないですか!
「その先の岩の間を抜けますよ! もっと右! 右に寄せて!」
「「「わわわ~っ!」」」
見る間に迫る大きな岩。もう教頭先生どころではなく、ひたすら漕ぐしかありません。ボートは大揺れ、激しく飛び散る水飛沫。乗っているだけの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の歓声を背中に聞きつつ懸命に漕いで、漕ぎまくって…。

「お疲れさま~。もうすぐ休憩スポット到着ですよ」
激流を乗り切った先は穏やかな流れと明るい河原。会長さんが豪華食材でと注文していたバーベキューをする場所です。そこまで漕げば休憩なんだな、と思ったら…。
「この辺りはそんなに深くありませんから、良かったら川に入りませんか? 流れが運んでくれますよ。ボートは私が漕いでいきます」
「かみお~ん♪ ぼく、入る!」
バシャーン! と勢いよく飛び込んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」はライフジャケットを浮き輪にプカプカ流れて下ってゆきます。男の子たちも次々に飛び込み、会長さんもスウェナちゃんも…。よしっ、私も!
「いい天気だねえ…」
こんな休日も楽しいよね、と会長さん。みんなで流されるままに川を下って、ゴムボートと一緒に岸辺に着いて、いざバーベキュー! …ん? 河原に仰向けに倒れているのは…。
「「「教頭先生!?」」」
溺れたのか、と頭が真っ白になったのですけど、会長さんは。
「心配しなくてもダウンしてるだけだよ。急流下りで疲労困憊したらしい。放っておいてお昼にしよう」
「「「………」」」
いいのかな、と思いましたが、教頭先生を指導していたインストラクターさんはバーベキューの用意を始めています。つまり心配無用というわけで…。
「ハーレイの分の食材も一緒に入っているんだよね。起きてこないなら完食するまで!」
食べてしまえ、と会長さんが煽り、声を揃えて「いただきまーす!」。お肉に、海老にとあれこれ焼いて、ワイワイ騒いで盛り上がっていると。
「…ブルー。とりあえず此処まで頑張ったのだが……」
教頭先生がようやく復活してきました。暗に褒めてくれと仄めかしているのに、会長さんは。
「お先に始めさせて貰っているよ。午後からも先に下るのは君だ。ぼくたちは遊んで待っているから、ゆっくり食べてくれていいからね」
「……私はとても頑張ったのだが……」
「あ、その肉はぼくが焼いてるヤツ! 君はそっちの野菜でいいだろ」
会長さんは褒めるどころか馬耳東風。好きなだけ食べて、その後は私たちを引き連れて川の方へと。
「向こうの岩がジャンプスポットになってるんだよ。一休みしたら、やりたい人は飛び込んでみたら? 写真も撮ってくれるしね」
川岸に聳える大岩に登り、川に向かって飛び込むそうです。やる気満々の「そるじゃぁ・ぶるぅ」や男の子たちは飛び込む時のポーズについて検討中。絵になるポーズで飛ぶべきだとか、着水した時の衝撃に備えた方がいいとか、なんとも賑やか。流石に川にジャンプはちょっと…。怖いから遠慮しておこうっと!

たっぷり休んで、男の子たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は岩の上から次々にジャンプ。会長さんは見物組に回ったのですが、それと気付いた教頭先生がジャンプしたのはビックリでした。それも飛び込みの選手よろしく宙返りまで入れて颯爽と!
「…必死のアピールが泣けてくるねえ…。そんなにツーショットの御褒美は魅力的かな?」
ただの写真に過ぎないのに、と会長さんは笑っていますが、付き合いの長い私たちにはツーショットの貴重さがよく分かります。ブライダルフェアで撮った写真のように無駄に立派なものはあっても、無いのが普通のツーショット。この機会に、と教頭先生が燃えているのも無理はなく…。
「皆さん、午後の部に出発しますよ~!」
インストラクターさんに呼ばれて私たちは再びボートに。教頭先生もカヤックに乗って漕ぎ出し、やがて始まる急流下り。先を行くカヤックが岩に挟まれた段差の下に見えなくなったと思った途端に私たちのボートも揺れ始めて…。
「左! もっと左!」
「ひいぃっ、ぶつかる~!」
午前のコース以上の難所が幾つも続き、教頭先生にまで気が回りません。やっとのことで激流をクリアし、行きの電車から見えていた辺りまで下って行った頃に心の余裕が…。この先はもう急流下りは無いのだそうで、半時間もすれば終着点。あれっ、教頭先生が元気にカヤックを漕いでいますよ!
『…どうするんだ? あんた、本気でツーショットを?』
キース君がインストラクターさんに聞かれないように思念波を使えば、会長さんは。
『別に減るものじゃないからねえ? それに上映会もあるんだ』
「「「上映会!?」」」
思わず声に出してしまった私たちですが、インストラクターさんは疑問を抱きもせずに。
「上映会は全部終わってからですね。終点で何枚か写真を撮ったら車で会社に戻るんです。着替えを済ませて頂いた後で、今日の写真を一挙に上映! けっこう好評なんですよ」
大画面で迫力たっぷりです、と言われましても…。会長さんったら、そこまで承知でツーショットを?
『もちろんさ。この上映会で気に入った写真を選ぶんだ。それが記念のアルバムになる』
『『『………』』』
ツーショットのアルバムが出来るだけでなく、上映会まであったとは…。教頭先生が釣られるわけだ、と納得です。午前の部ではヘロヘロだったのに今はスイスイ先を行くのも御褒美が待っているからでしょう。会長さんとのツーショットまで残す所は数百メートル!

「おめでとう、ハーレイ。やり遂げたことは認めるよ」
楽しくもスリリングだったラフティングが終わり、会長さんが微笑んでいます。教頭先生は不屈の闘志でカヤックを操り、ゴールイン。記念撮影はボートの上と、岸に上がっての全員集合バージョンと。教頭先生を真ん中にして、みんな笑顔でパシャリと一枚。そして、お次は…。
「ウエットスーツを着てないヤツも撮りたいね。せっかく川遊びに来たんだしさ」
会長さんの提案で私たちは早速、水着姿に。あれ? 教頭先生は…? ウエットスーツを脱ぎ掛けた手が止まっています。
「どうしたのさ、ハーレイ? 撮っちゃうよ?」
「い、いや、私は…。お前たちだけで撮ってもらいなさい」
「そう? じゃあ、遠慮なく」
みんな並んで、と仕切りにかかる会長さん。今度は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が真ん中です。でも、教頭先生、どうしたのかな? ウエットスーツを脱がないなんて…。
「ハーレイ、最後は約束のツーショットだよ? これも要らない?」
要らないんなら終了だね、と会長さんはカメラマンに合図しかかったのですが。
「待ってくれ!」
ダッと飛び出した教頭先生、会長さんの隣に並びました。
「現金だね、ハーレイ? そういう所も嫌いじゃないよ。はい、笑って、笑って」
「うむ。…そのう、肩を抱いてもいいだろうか?」
「どうぞ。せっかくのツーショットだしね」
会長さんがニッコリ微笑み、教頭先生の頬が緩んでパシャリと響くシャッターの音。しかし…。
「ツーショットは格好が釣り合っていないと駄目なんだよ。ぼくだけ水着は論外だね」
教頭先生のウエットスーツは脱げてしまって足元に。どう考えても会長さんの仕業です。でもって教頭先生の水着はショッキングピンクに金銀ラメの例のハイレグ。
「「「わははははは!!!」」」
私たちはお腹を抱えて笑い、カメラマンも必死に笑いを噛み殺し中。会長さんったら、いつの間に水着をすり替えたのやら…。
「ハーレイ、上映会とアルバム、楽しみだねえ? 今日はありがとう、感謝してるよ」
今の写真は絶対アルバムに入れなくちゃ、と会長さんは御満悦。教頭先生は真っ赤な顔でウエットスーツと格闘中ですが、焦るほど上手く着られないみたい…。
目に痛いほどのショッキングピンクで締め括られたラフティング。この写真を記念に買うべきか否か、帰り道でじっくり考えますね~!



PR
Copyright ©  -- シャン学アーカイブ --  All Rights Reserved

Design by CriCri / Material by 妙の宴 / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]