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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

災難な日  第2話

水泳大会の女子の部に会長さんを登録する、というグレイブ先生の企みは見事に成功しました。スウェナちゃんと私が買いに行ったスクール水着は無駄にならなかったわけですが…会長さんは浮かない顔。柔道部の部活も終わった放課後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で何度も溜息をついています。今日のおやつのサマープディングも食べ終わってはいませんでした。
「ブルー、気分が悪いんじゃないよな?」
「平気だよ、サム。…ぼくにかまわずに食べてていいから」
柔道部三人組が来たので「そるじゃぁ・ぶるぅ」がタコ焼きを作り始めました。焼き上がった分からソースを塗って食べるんですけど、会長さんはまだサマープディングをつついていて…。
「…イメージっていうのは大切だよね」
「「「は?」」」
意味不明な言葉に首を傾げる私たち。
「シャングリラ学園一の美形で通してきたのに、お笑いキャラにされちゃいそうだ」
「…もしかして……水着?」
ジョミー君が尋ねると、会長さんは深い溜息をついて。
「うん。昨日、スウェナたちが買ってくれたヤツを着てみたんだけど、なんていうか……。もう最悪」
「ええっ、そんなことないよ!」
似合ってたよ、と明るい笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「背が高いから、かっこいいもん。なのにブルーは嫌がっちゃって、ゼッケンに名前も書かないんだよ」
ダメだよね、と言われましたが、ここで頷いていいものかどうか。私たちが顔を見合わせていると、会長さんは額を押さえました。
「…ゼッケンに名前…ね…。帰ったら書くよ、もう逃げられないし…。まったく、なんで女子用のスクール水着なんかを…」
「女子なんだから仕方ないだろう」
キース君がニヤリと笑って。
「それとも他の水着で出るか? 女子用しか許可は下りんと思うがな」
「…直訴に行ったらブラウに言われた」
あんまりだ、と不満そうな顔の会長さん。水泳大会はブラウ先生が担当しているようです。
「女子としてエントリーした以上、女子用の水着しか許可しないってさ。それも学校指定のヤツ。おまけに笑いながら言ったんだ。…どうしても目立ちたいんならビキニも特別に許してやるよ、って!」
「「「ビキニ!?」」」
えっと…。男性用の競泳水着じゃないですよね。ブラウ先生、お茶目すぎです。会長さんは心底、憂鬱そうに。
「…シャングリラ・ジゴロ・ブルーも終わりかな…。いくらなんでも、あの水着じゃあ…」
「大丈夫だって! 俺、ブルーのこと大好きだし」
サム君が懸命に慰める横で、キース君たちが必死に笑いを堪えていました。身内からしてこの有様では、当日が思いやられます。会長さんには気の毒ですけど、多分、私も笑うだろうなぁ…。

いよいよ水泳大会当日。グレイブ先生の激励を受けた1年A組はプール館に向かいました。まずは割り当てられた更衣室で着替えです。流石に会長さんは男子更衣室に行きましたけど、グレイブ先生からは「着替えを終えたら女子更衣室の前で合流するように」との指示が。
「…会長さん、まさか私たちみたいな水着ってことはないわよねえ…」
「うん、ないと思う」
「でもさ、女子で登録している人が男子の格好でもかまわないわけ?」
女子更衣室の中は無責任な会話で賑やかでした。真実を知っているスウェナちゃんと私は、この後の阿鼻叫喚を覚悟しながら着替えを終えて、みんなと一緒に廊下に出ます。会長さんはまだ来ていません。…あれだけ嫌がっていたんですから、登場が遅くなるのも無理ないですけど…って、ええぇっ!?
「やあ、お待たせ。…ちょっと着替えに手間取っちゃって」
廊下の角を曲がって現れた会長さんは水着姿ではありませんでした。足首まである紫に銀の縁取りのロングスカートで、同じ生地の幅広の布が胸の前を通ってゆったりと左の肩の後ろに垂れていて…。
「きゃーっ、素敵! それ、サリーって言うんですよね!?」
「お似合いですぅ~!」
キャーキャー騒ぎ出す女の子たち。サリーって…なんでまた…。
「綺麗だろ、これ? シルクなんだ。ぼくも必死で考えたんだけど、スクール水着をカバーできる女性用の上着って無いんだよねぇ。パレオじゃお笑いにしかならないのさ」
だからこれ、と得意そうな会長さんの右の肩と左脇には紺色のスクール水着の片鱗が覗いています。
「ペチコートの代わりにベルトを巻いているんだよ。そこに挟み込んで着てるってわけ。解けば一枚の布なんだから、文句は言われないと思うな。特大のストールなんです、って答えればいいし…。虚弱体質の特権だね」
会長さんは完全に開き直っていました。女の子たちはサリーの着付けや布の長さを質問しては黄色い悲鳴を上げています。スクール水着、現時点では隠しおおせているようですけど、この先は? 競技が始まったらどうにもならないと思うんですけど、それはその時だというのでしょうか。
『少しでも人目につくのを遅らせたいのさ。…好きで着ている水着じゃないし』
届いた思念は相当に泣きが入っているようでした。けれど会長さんは笑顔で女の子たちに応じています。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前に恥じない愛想を振り撒く会長さんを囲んで、私たちは水泳大会の会場になるプールに出かけていったのですが…。
「あら。…ずいぶん派手な水着ですね、ブルー」
入口の左右に受付があり、声をかけたのはエラ先生。男子はシド先生が受付です。
「水着じゃありません。身体を冷やすとダメだと思って、特大のストールを用意しました」
「まあ…。日頃の心掛けがいいのかしら? 今日は確かに身体を冷やさないのが一番ですよ」
はい、とエラ先生が大きな袋を会長さんに差し出しました。
「皆さんもクラスと名前を言って下さいね。これを渡さないといけませんから」
「…何、これ?」
袋を抱えた会長さんの問いに、エラ先生が。
「会場に入れば、すぐ分かりますよ。男子にも用意してあります」
言われて男子の受付を見ると、ジョミー君が袋を受け取っているところでした。受付の後ろには袋が山積み。名前を名乗ると職員さんが同じ名前が書かれた袋を捜して先生に渡すみたいです。会長さんは袋を抱え直して、私たちの方を振り向きました。
「よく分からないけど、要るみたいだよ。大丈夫、そんなに重くはないから」
スウェナちゃんが先に袋を受け取り、続いて私も貰ったのですが…大きさの割に軽いものです。何が入っているんでしょう? クラス全員に行き渡った所で、シド先生が入口の扉に手をかけました。
「いいか、立ち止まらないで急いで入場するんだぞ。ここは開け放し厳禁だからな」
「「「はーい!!!」」」
二列に並ばされた私たちは元気に返事し、扉が左右に開きます。途端に凄い冷気が吹き出して来て…。
「「「寒っ!!!」」」
なんじゃこりゃ、と効き過ぎの冷房に文句を言いつつ駆け込んでいくと、扉の向こうは信じられない光景でした。

水泳大会が行われるシャングリラ学園自慢の屋内プールは五十メートル。幅は二十メートルあるんですけど、プールは影も形も無くて、代わりに広がっていたものは…。
「「「氷っ!?」」」
真っ白に凍りついた四角い水面が鈍い光を放っていました。効き過ぎとしか思えない冷房は氷を溶かさないためだったのです。先に入場していた生徒たちの格好がまた珍妙で…。
「ほらほら、さっさと服を着な!」
ブラウ先生がマイク片手に呼びかけます。先生方はジャージの上にお揃いのダウンジャケットを羽織り、プールサイドの生徒たちは綿入れ半纏…俗に言う『どてら』姿ではありませんか!
「受付で袋を貰ったろう? そこに一式入ってるよ。身体を冷やしちゃいけないからね。あんたたちのクラスの応援場所は端から二番目」
私たちは1年A組と書かれたブロックに走り、袋の中身を取り出しました。どてらの他にラクダ色のシャツ、ダボダボのキルティングのズボン、分厚い二本指の靴下、手袋とマフラーが入っています。
「…正直言ってダサイですね」
シロエ君がこぼしましたが、他に着るものはありません。半端ではない冷房の中、水着だけでいたら確実に風邪を引くでしょう。どてらは男子が青色、女子が赤色の縞柄で、ズボンはモンペみたいな紺色の絣模様。ラクダ色のシャツは腹巻が似合いそうな代物です。
「…風邪は万病の元って言うしね…」
会長さんが上半身に纏ったサリーで器用に水着を隠しながらシャツを身に着け、赤いどてらを羽織ります。私たちが着替える間に会長さんはズボンを履いてサリーを床に落としました。
「この格好でもスクール水着よりかはグッと粋だと思っちゃうな。それにしても、まさか氷とはね」
寒すぎるよ、とサリーを身体に巻きつける会長さん。もちろん靴下と手袋、マフラーも身に着けています。
「ダイオウイカって寒い海にもいるのかな…?」
青いどてらのジョミー君が一面の氷と化したプールを眺め、キース君が。
「いるかもしれんが、このプールにはいないと思うぞ。わざわざ凍結させたからには、ダイオウイカの線は無いと見た。…きっとろくでもないことが…。寒中水泳をやらせる気なのか? 凍ったプールで」
寒中水泳! それはあまりにあんまりな…。けれど水泳大会ですし…。
「このために立ち入り禁止にしてたんですね…」
マツカ君が呟き、どてら姿の「そるじゃぁ・ぶるぅ」がピョンピョン飛び跳ねてはしゃいでいます。
「かみお~ん♪ なんだかスケートできそう! ね、ね、ブルー、ちょっと滑ってきてもいい?」
「ダメだよ、ぶるぅ。もうすぐ始まるみたいだ」
最後のクラスが着替え終わると職員さんが座布団と膝かけを配って回り、ブラウ先生が進み出ました。
「よーし、行き渡ったみたいだね。プールサイドは冷えるから、みんな座布団に座っておくれ。水泳大会を始める前に、まずは校長先生のご挨拶だ」
モコモコに着膨れた校長先生は短い開会の挨拶をして、さっさと出て行ってしまいます。ブラウ先生が再びマイクを握り、先生方が左右にズラリと並んで…。
「さあ、水泳大会の始まりだ! 今年はいつもと一味違うよ。午前中は女子の競技で、午後が男子。ご覧のとおりのプールだからね、競技もちょっと普通じゃない。まずは女子の部、スタートといこうか。おっと、その前に準備が要る。よろしく頼むよ」
教頭先生とゼル先生、シド先生にグレイブ先生…と男の先生方と職員さんたちが姿を消して、すぐに戻ってきたのですが…。
「「「えぇぇっ!?」」」
先生方が手にしていたのは一メートルを超える金属製の奇妙な形の棒でした。先の方に螺旋状のドリルがついていて、反対側は握りのついたハンドルになっています。あれって、なに…?
「あははは、みんな驚いたかい? 本格派アイスドリルの性能をよく見ておくれ」
凍りついたプールの上に散らばった先生たちがドリルの先を氷に当てて、ハンドルを回し始めました。グルングルンとドリルが氷に食い込んでいきます。人力で氷に穴を開けようというわけですが、それでいったいどうしろと…?

直径十五センチくらいの丸い穴があちこちに開くと、その横に折り畳み式の小さな椅子が据えられました。先生方がプールサイドに戻るとブラウ先生がウインクして。
「これで準備はオッケーだ。そろそろ分かってる子もいるんじゃないかい? あんたたちの代わりにオモチャのワカサギが泳いでくれる。女子の競技は穴釣りだよ」
ほら、とブラウ先生は銀色に光る小さな魚のオモチャをバケツの中から取り出します。
「今からこれを放すからね。このワカサギは精巧なロボットだから、本物のワカサギ釣りの気分を楽しめる。運が良ければ食いついてくれるし、ダメなら坊主。坊主の意味は分かるかい? まるで釣れないっていうことさ。クラスごとに制限時間を設けて、時間内に多く釣り上げたクラスが勝ちになる」
学年ごとの一位と学園一位は釣果で決まる、というわけです。寒中水泳じゃなくて良かったぁ…。
「釣る順番はクジ引きだよ。クラス代表はこっちにおいで」
会長さんが赤いどてらの上にサリーをストールのように羽織って、クジ引きに出かけてゆきました。その間にシド先生とグレイブ先生がバケツ何杯ものワカサギのオモチャを氷の穴に放しています。
「ダイオウイカはいないみたいですね」
シロエ君が言い、キース君が頷いて。
「そうだな。そんなヤツがいたら、オモチャでも食ってしまうだろうし…。だが、釣り大会とは驚いた」
「水泳だと思っていましたもんね」
男子は何を釣るのだろう、とジョミー君とサム君も加わって首を捻る中、会長さんが戻って来ました。
「うちのクラスは最後だってさ。有難いよね、目標の数字がハッキリしてて」
それまでの最高記録より一匹でも多く釣ればいいんだから、とニコニコ顔です。一番最後を引けるよう、クジに細工をしたに違いありません。そうこうする内に競技が始まり、最初のクラスが氷の上に出陣しました。靴下の上から滑り止めの草鞋を履いて、釣竿の他に小さなバケツ。しかし…。
「変だなぁ…。全然釣れていないぜ?」
サム君が首を傾げます。バケツ何十杯ものワカサギのオモチャを放していたのに、まだ一匹も釣れていません。制限時間は残り五分ほど。四分、三分…。
「はい、そこまで!」
ブラウ先生がホイッスルを吹き、空っぽのバケツを下げた女の子たちがプールサイドに上がって来ました。
「運が無かったみたいだねぇ。じゃあ、次のクラスにいってみようか」
二番目のクラスもダメダメでした。会長さん、もしかして細工してたりするのでしょうか。膝かけをして座っている会長さんを見ると、赤い瞳が悪戯っぽく輝いて。
『ちょっとだけね。回遊するコースを穴から外れた場所にしたんだ』
ぼくの力は知られてないから内緒だよ、と会長さん。
『ぼくたちの番が来た時は入れ食い状態にしてあげる。でも、それはぶるぅの御利益ってことにするからね』
何度もブラウ先生のホイッスルが響き、他のクラスの釣果は坊主だったり、ほんの少ししか釣れなかったりと散々です。いよいよ私たちの番になり、靴下の上から草鞋を履いたところで会長さんが。
「いいかい、これは運が良くなるおまじない。ぶるぅの赤い手形の御利益は全員知っているだろう? 氷にペタンと押して貰えば大漁間違い無しなんだけど、それじゃ反則になっちゃうし…。第一、ぶるぅは男子の部だし。だから、あくまでおまじないだよ」
知りたい人は手を上げて、と言われた私たちは一斉に手を上げていました。
「分かった。ぶるぅの決め台詞は知ってるね? かみお~ん♪ は元々、カミング・ホームの意味なんだ。それにあやかって、ワカサギのオモチャにカミング・ホームと呼びかけよう。バケツの家に帰っておいで、って。きっと沢山釣れると思うよ。全員が穴の縁に座ったところで、元気一杯叫んでごらん。かみお~ん♪ ってね」
「「「はいっ!!!」」」
バケツと釣竿を手にした私たちは氷の上に出てゆき、それぞれ好きな穴の縁に陣取ると、会長さんの合図を待って。
「「「かみお~ん!!!」」」
なんだなんだ、とざわめいているプールサイドの生徒たち。それにかまわず釣り糸を垂れ、アッという間にあっちこっちで…。
「釣れた!」
「私も釣れた!」
文字通りの入れ食い状態となり、バケツはたちまち一杯です。職員さんや先生方が新しいバケツを持ってきてくれ、釣って釣って釣りまくって…1年A組は女子の部で文句なしの学年一位、学園一位になったのでした。競技が終わった氷の上ではシド先生とグレイブ先生が穴の中にホースを突っ込み、ワカサギのオモチャの残りを回収中。ブラウ先生が午前の部の終了を告げ、お弁当タイムが始まりました。

「釣り大会で助かったよ。水着姿を見られずに済んだし、シャングリラ・ジゴロ・ブルーの面子が保てた」
豪華な「そるじゃぁ・ぶるぅ」特製お弁当を食べながら会長さんが微笑みます。
「いくらぼくでも、あんな水着を着ている所を見られちゃね…。女の子を口説き始めたら思い出し笑いをされそうでさ」
「あんた、よっぽど嫌だったんだな」
先生方が寒さ対策用に配ってくれた豚汁を啜るキース君。
「更衣室でサリーを取り出した時はビックリしたぞ。…こいつ、サリーで更衣室の隅を区切って、その中で着替えてやがったんだ。で、俺たちが着替え終わったら早く出て行けとうるさくて…。結局、あんたの水着姿を目にしたヤツはいないってわけか」
出てきた時はサリーを着てたし、とキース君が言うとサム君が。
「ブルーがあんなに嫌がってるのに、見たいだなんて悪趣味だぜ。お前が女子の部だったらどうするんだよ。堂々とスクール水着を着て歩くのかよ?」
「そ、それは…遠慮したい…」
「ほら見ろ! ブルーだってグレイブ先生に言われなかったら絶対着ないさ」
「…すまん…」
申し訳ない、と頭を下げたキース君ですが、思い出したように顔を上げて。
「そういえばブルーは男子の部に参加できないから女子の部なんだよな。…俺たちは何をさせられるんだ?」
「やっぱり釣りじゃないでしょうか」
シロエ君が即答します。
「もっと、こう…ハードな相手を釣り上げるとか。力勝負で、負けたらドボンといくようなのを」
「負けたらドボン、か。…それは確かにブルーには無理かもしれないな。凍ったプールに落っこちたんじゃ、虚弱体質には命取りかも…」
「そう簡単に死ぬような人じゃないですけどね。でなきゃ三百年も生きられませんよ」
違いない、とキース君が笑った時。
「あれ?」
ジョミー君がプールの端っこの方を指差しました。
「あそこ…。先生たち、何をするんだろう?」
プールサイドに立っていたのは教頭先生とシド先生。二人ともチェーンソーを担いでいます。足元は長靴でガッチリ固め、ゴーグルを着けているようですが…。
「「「???」」」
気付いた生徒がザワザワし始める中、二人は氷の上に踏み出して行って、チェーンソーのエンジンを作動させます。ブルン、ブルンと重低音が響き、チュイーン…と動き始めたチェーンソーの刃が当てられた先は…。
「「「えぇっ!?」」」
ガリガリガリッ、と氷が飛び散り、穴釣り用に開けられていた穴にチェーンソーが食い込みました。ガガガガガ…と凄い音をさせて、教頭先生とシド先生がプールの氷を切ってゆきます。切り取られて放り出された氷の塊をグレイブ先生が拾って運搬用の橇のようなものに乗せていますが、氷の厚さは三十センチ以上ありそうでした。
「チェーンソーって氷も切れるんだ…」
感心しているジョミー君。教頭先生たちは氷を切っては引き上げ、そして運んでプールの穴はどんどん大きく…。
「ほらね、大物釣りなんですよ」
シロエ君が得意そうに言いました。
「女子は穴釣りサイズですけど、男子は釣堀サイズなんです。何を釣らせてくれるんでしょうね?」
「ブルーが引っ張り込まれそうなほどの獲物となると…。しかも氷の下だしな…」
考え込んでいるキース君に、マツカ君が。
「キングサーモンじゃないでしょうか。…畳サイズのオヒョウも有り得ますよ」
「そうだな…。その辺りが一番怪しいな」
氷の釣堀は順調に拡大してゆき、お弁当タイムが終わる頃にはプールの中央に四角い穴が開いていました。幅が五メートル、長さが二十五メートルくらい。元が五十メートルのプールですから、一回り小さなプールが氷の中に出来上がったような感じです。この大きさからして、男子が釣るのはやっぱりオヒョウかキングサーモン…?

午後の部の開始を控えて、プールサイドでは様々な憶測が飛び交っていました。大物を釣り上げたクラスが優勝だとか、釣り上げた獲物を完食したクラスが優勝だとか。食べ方の方も鍋とか刺身とか、果ては料理対決説まで飛び出す始末。そんな中、マイクを持って現れたブラウ先生は…。
「みんな、お昼はちゃんと食べたかい? 豚汁で温まってくれたかい? 午後は男子の競技だよ。男子も女子の時と同じでクラスごとの記録を比較する」
おおっ、と歓声が上がりました。釣りの成果か、はたまた早食い大会か。どちらにせよ大物釣りは確実ですし、何を釣らせてくれるのだろう、と男子は期待に顔を輝かせて種目の発表を待っています。
「競技会場はさっき先生方が作ってくれた特設プールだ。クラスごとに制限時間を設けて、その間にリレーをしてもらう」
「「「リレー?」」」
一斉に釣るのではなく、順番に竿を握るようです。体力勝負の大物釣りならではの発想かも…。竿の手渡しに失敗したら獲物が逃げることもありそうですし、難しいかもしれません。
「いいかい、チームワークが大切だよ。無理だと思ったら早めに次に譲ってもいいし、どこで交代するかは特に決めない。制限時間内に全員が最低一回ずつ出場してればオッケーだ。もちろん棄権も許されるよ。ただしクラス単位で…だけどね」
「「「えぇっ!?」」」
クラス単位で棄権となれば順位争いの資格を失くします。それほどのリスクを伴う大物釣りとは、いったいどういう種目なのやら…。
「とにかく早めに釣り上げて食う! それしかないな」
「待て、本当に食えるのか? ゲテモノってことも考えられるぞ」
「全員が最低一回だよな。釣りの腕はともかく、胃袋に自信のあるヤツを後に回した方がいい」
ワイワイと大騒ぎになるプールサイド。もちろん1年A組も例外ではなく…。
「ぶるぅは料理が上手いって聞くし、料理要員で残しておこう」
「いや、先に釣らせた方がいい。あいつなら一発で釣り上げそうだし、食えないような料理が出来たとしても、作り直してくれるかも…」
どうなんだ、と聞かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニッコリ笑って答えました。
「釣りもお料理も両方できるよ? ぼく、自分より重い魚も釣れちゃうし。サイオンがあるもん」
「「「サイオン?」」」
「ぶるぅの不思議な力のことさ」
会長さんが説明すると、男の子たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を一番手にしようと決めたようです。他のクラスもジャンケンなどで順番を決めにかかったところへブラウ先生が。
「うんうん、大いに盛り上がってるね。でも、まず出場順を決めておくれよ。クジ引きはこっち」
1年A組からはクジ運に強いジョミー君が選ばれました。颯爽と出かけて行って引いてきたクジは…。
「………。ごめん。一番を引いちゃった」
「「「一番っ!?」」」
釣り堀に潜む対戦相手も分からないのに一番だとは、マズイなんてもんじゃありません。料理対決であったとしても、料理上手の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の調理法を見られちゃったら、後のクラスは更にアレンジするでしょう。これは絶体絶命かも~!




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