シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
教頭先生と自分の世界のキャプテンに人魚の格好をさせてハーレイズとしてショーをするのだ、と息巻くソルジャーは無敵でした。早速自分の世界の様子を窺い、キャプテンが自室にいるのを確認して…。
「よし! 航宙日誌も書いたようだし、もう呼び出しても問題ない。シャワーを浴びに行かれちゃう前に引っ張り出そう」
ソルジャーの身体が青く発光し始めた時。
「ちょっと待て!」
えっ。ストップをかけに割り込んだのは会長さんならぬキース君。一体どこからそんな勇気が…? キース君は怪訝そうな顔のソルジャーを見据え、厳しい表情で続けました。
「うっかり流される所だったが、気付いた以上は黙ってられん。…ハーレイズだとか言って浮かれているがな、それは一人では出来ないだろう? あんたの世界のキャプテンの方は百歩譲って目を瞑るとして、教頭先生の方はどうなるんだ? 教頭先生は今回の件に何の関係も無いんだぞ!」
「………。言われてみればそうかもねえ…」
忘れていたよ、と返すソルジャー。けれど中止とも言い出しませんし、キース君は更に畳み掛けて。
「あんたはそれで楽しめるのかもしれないが…。教頭先生は俺の師なんだ。黙って見過ごす訳にはいかんし、ここはハッキリ言わせてもらう。…ハーレイズは諦めてもらおうか。どうしても人魚ショーをやらせたいなら、キャプテンだけでやってくれ」
ビシリと言ったキース君の言葉にシロエ君とマツカ君が賛同しました。この二人も教頭先生の弟子。師匠のピンチを救いたいという柔道部三人組の心意気には並々ならぬものがあります。なのに…。
「やだね」
プイとそっぽを向いたソルジャーはヒラヒラと軽く手を振って。
「ぼくはハーレイズをぜひ見たいんだ。確かにこっちの世界のハーレイに罪は全然ないかもしれない。だけどせっかく思い付いたプランを捨てようって気にはなれないよ。…それにこっちのハーレイには沢山恩を売ってあるしね、抱き枕とかぼくのキスとか…。断られる理由は無いと思うな」
どうしても嫌と言われた時には御褒美をあげればいいんだから、とソルジャーは完全に自分のペース。教頭先生の気持ちなんかは汲み取ろうとも思っていません。それでもキース君は食い下がろうとしたのですが…。
「…なるほど、美しき師弟愛か。だったら君も一蓮托生してみるかい?」
「「「一蓮托生?」」」
不穏な響きに誰もが息を詰めました。なんだかマズイ気配がします。キース君、地雷を踏んじゃったとか…? ソルジャーはクスクスと笑い、会長さんの方を見て。
「ブルー、この間から楽しい提案をしてたよね? …なんだったっけ、君がハーレイの人魚ショーの黒幕だってことをバラしたら最後、男子シンクロの刑だっけ? そう言ってこの子たちを脅して口封じ中だと思ったけれど?」
「……それが何か?」
ぶっきらぼうに答える会長さん。ソルジャーはクッと喉を鳴らしてキース君にひたと視線を据えました。
「ふふ、ブルーも認めてくれたみたいだ。…この際だからハーレイズのコーチを増やしてみるのはどうだろう? ブルーはどうやら乗り気じゃないし、ぼく一人では手に余る。猫の手も借りたいくらいなんだよ。だからさ、男子シンクロの刑はブルーに頼んでチャラにするから、君たちもぼくと一緒にコーチを…」
「「「…君たち…?」」」
なんとも不吉な複数形に男子全員が鸚鵡返し。ソルジャーは我が意を得たりと頷き、会長さんの肩を叩いて。
「ほら、ブルー。そういうわけでよろしく頼むよ、男子シンクロの刑は無かったことにしてくれたまえ。この子たちはぼくが借りるんだ。…ハーレイズを磨き上げるためには助手が絶対必要だから」
「…嫌だと言ったら?」
「君のハーレイにちょっかいを出す。ハーレイズはもう決定だしね、チャンスは幾らでもあるってものさ」
不敵な笑みを宿すソルジャーに会長さんは不戦敗でした。どう考えても勝機など無く、下手に逆らえば倍返しどころか火に油ならぬガソリンです。教頭先生とキャプテンにタッグを組ませてハーレイズ。おまけにコーチはソルジャーに加えてキース君たち男子一同。私たち、大変なことに巻き込まれようとしているのかも…?
「さてと、コーチも決まったことだし…」
キース君たちを助手に任命してしまったソルジャーは『ぶるぅズ』の二人にパチンとウインク。
「ハーレイズの補助をお願いするよ。なんといってもサイオンが命! 先輩として模範演技もして貰いたいし、大いに期待しているからね」
「「かみお~ん♪」」
頑張っちゃうよ、とガッツポーズの『ぶるぅズ』たち。それに比べてキース君たちは…。
「すまない、俺が余計なことを言ってしまったばっかりに…」
「いいんだよ。キースが何もしなくったって、遅かれ早かれこうなったって気がしてるから」
なんと言っても相手が悪い、とジョミー君が嘆いています。悄然としている男の子たちを慰めようにも、会長さんでは落ち込みに拍車をかけるだけ。スウェナちゃんと私じゃ更に打つ手が無いですし…。ドツボにはまったジョミー君たちに這い上がる術は皆無でした。どんより澱んだ部屋の空気は重くなっていく一方でしたが…。
「うーん、そんなに落ち込まれると困るんだけど」
自分の所業を棚上げにしたソルジャーが口を開きました。
「第一、君たちも見たかったって言ってたじゃないか、ハーレイの特訓風景をさ。今度はバッチリ近くで見られる。それも人魚が二人もだよ? ここは楽しんでくれないと…」
まずはスマイル、とソルジャーはジョミー君たちに笑顔を強制。
「そうそう、そんな感じで自然にね。教える方が乗り気でなくっちゃハーレイズの技が伸びないよ。…もちろんブルーにも色々協力してもらう。でもその前に、まずハーレイを連れてきちゃおう。さあ、久々の御対面だ」
パアッと青いサイオンの光が走って空間が歪み、出現したのはキャプテンでした。船長の衣装をきちんと身に着け、驚いて周囲を見回しています。
「…こ、これは一体…」
何ごとですか、と動揺を隠し切れないキャプテン。それをニヤニヤ眺めているのはソルジャーです。
「分からないかな、この状況で? ここは地球だよ、ぼくが息抜きをしに来ている世界。今日の勤務はもう終わったろう? ぼくと一緒に地球で過ごすのもいいと思って呼んだんだ。…最近マンネリ気味だしね」
「も、申し訳ありません…」
深く頭を垂れるキャプテンに、ソルジャーはチッと舌打ちをして。
「だから謝罪は聞き飽きたってば! それもマンネリに含まれるんだよ。いつもの言葉にいつものパターン。…それをブチ壊すために呼び出したのさ。ここで一発、景気よくドカンと壊れてもらう」
「…は…?」
間抜けな声を出したキャプテンの前に突き出されたものは一冊の本。淡いピンクの表紙のソレには誰もが馴染みがありましたけど、ただ一人、キャプテンだけは不幸にも全く縁が無く…。
「何ですか、これは?」
「百聞は一見に如かずと言うよね。これで壊れ方を知るといい。…お前の末路が書いてあるから」
さあ、とソルジャーが押し付けた本は言わずと知れた人魚姫絵本。首を捻ってページを捲ったキャプテンの顔から血の気が引いて、逞しい腕がブルブル震え出します。
「こ、これは……この写真は……」
「それを質問するのかい? モデルはこっちの世界のお前さ、ウィリアム・ハーレイ。…今呼んだのはお前の名かな? それとも絵本の中の彼かな?」
どっちにしても結論は見えているんだけれど、とソルジャーはキャプテンの足を指差して。
「その本の主人公は人魚姫だ。お前にも人魚になってもらうよ、ぼくを楽しませる手段としてね。…夜の生活で何度失敗してくれたっけ? もう言い訳は沢山なんだ。ぼくを本気で愛しているなら態度でキッチリ示してほしい。証を立てるのは至って簡単、お前の足を魚の尻尾に変えてくれれば十分さ」
「……さかな……」
愕然とするキャプテンの手からソルジャーは絵本を取り上げ、パラパラパラ…とページを繰ります。
「そう、魚。この絵本にいるハーレイみたいに人魚の尻尾を着けるんだ。ただ、人魚姫には続きがあってね…。ほら、あそこに像があるだろう? ジルナイトで出来ているんだよ。ちょっと因縁を感じないかい?」
「…………」
完全に言葉を失うキャプテン。そりゃそうでしょう、ソルジャーの不興を買った原因というのはジルナイト製の像なんですから。そんなキャプテンをソルジャーは冷たい瞳で眺め、フッと鼻先で笑ってみせて。
「あの像のモデルになったハーレイだけどさ。像と絵本はごく一部にしか知られていない。…それじゃイマイチつまらないだろ? そこで続きが出来たわけ。水族館のイルカプールで人魚の格好でショーをしたんだ」
こんな感じ、とソルジャーが宙に映し出したのは思い出のショーそのものでした。シールドに隠れて見物していたらしいのです。絶句しているキャプテンに向かってソルジャーはビシッと指を突き付け…。
「お前にもこれをしてもらう。…残念ながらイルカプールは使えないから、代わりにデュエットというヤツだ。こっちの世界のハーレイと組んで結成するのさ、ハーレイズを!」
「……はあれいず……?」
キャプテンの口から零れ落ちた言葉にソルジャーはニッコリ微笑みました。
「理解が早くて嬉しいよ。ちなみに大先輩としてぶるぅズがいる。ぶるぅ同士で組んでいるんだ。仲良しぶるぅズに負けないように、ハーレイズも仲良くしないとね。…こっちのハーレイに来てもらうから土下座でもして説得したまえ、ハーレイズが結成できなかったら何も始まらないんだからさ」
「…そ、そんな…。そんなご迷惑をかけるわけには…!」
真っ青になったキャプテンですが、ソルジャーの態度は偉そうで…。
「だったら諦めて帰るんだね。言っておくけど、これが最後のチャンスだから。…人魚ショー以外でぼくへの愛を示したかったら、その方法を模索してから青の間に改めて出向いてくること!」
それまでキッパリ絶交だ、と言い放たれてキャプテンはへたり込みました。ハーレイズをやるか、絶交か。…もちろん答えは選ぶまでもなく決まっています。ソルジャーは嬉々として教頭先生の家の方角を見定めてからサイオンを発動させました。教頭先生は果たして承諾するのでしょうか? そして巻き添えを食った形のジョミー君たちの運命は…?
「…ブルー?」
夜遅いリビングに連れてこられた教頭先生の第一声はこれでした。お風呂から上がった直後らしくて、紺のパジャマを着ているものの髪の毛がまだ湿っています。それでも一応撫で付けてあるのが几帳面というか何と言うか…。教頭先生はズラリ並んだ面子を見回し、途方に暮れた顔つきになって。
「…風呂上りに麦茶を飲もうとしたら瞬間移動させられたんだが…。ブルー、お前がやったのか?」
「あ、ごめん。…呼び出したのはぼくなんだよ」
ソルジャーが謝罪し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に冷たい麦茶を頼みました。麦茶が届くと教頭先生に「どうぞ」と渡して、コップが空になるのを待って…。
「実はハーレイが…ぼくの世界から来たハーレイが君に頼みがあるそうなんだ。相談に乗ってやってくれないかな?」
「私が…ですか?」
「うん、君が。…君にしか頼めないことらしくって」
ほら早く、とソルジャーはキャプテンの背中を押すようにして教頭先生と向き合わせます。何も知らない教頭先生がにこやかに右手を差し出しました。
「お久しぶりです。お元気そうで嬉しいですよ。…それで私に頼みと言うのは?」
「…そ、それが…とても私の口からは…」
握手しながらも次の言葉が出せないキャプテン。その脇腹をソルジャーが肘でつついてボソッと一声。
「絶交だね」
「…そんな…!」
キャプテンはたちまち真っ青になり、教頭先生が訝しそうに。
「絶交だとか仰ってますが、そちらで何か揉め事でも…? 私でお役に立てるのでしたら、喜んでお力になりますが」
「し、しかし……」
「よければ思念で伺いましょうか? 話しにくいことでも一瞬ですよ」
どうぞ、と申し出る教頭先生。けれどソルジャーが割り込んで…。
「思念波禁止! きちんと言葉で伝えることも重要だから、言えないのならこのまま絶交!」
「…………」
万事休す。キャプテンは項垂れ、何度も口を開きかけてはまた閉じて……逡巡の末にガバッとその場に土下座しました。
「お願いします! どうか私とハーレイズを!」
「は…?」
いきなりハーレイズなんて言い出されても、通じるわけがありません。それから後のキャプテンの姿は傍で見ていても気の毒なほどの平身低頭、恥もプライドもかなぐり捨てて己の窮状を訴えまくって…。
「そういうわけでブルーに絶交されそうなのです! このまま行けば絶交です。全部私が悪いのですが、ブルーの機嫌を損ねたままでは恋人として肩身が狭く…。お願いですから、ブルーの心を和ませるために私と一緒にハーレイズを!」
この通りです、と床に平伏しているキャプテン。教頭先生はポカンとその場に突っ立ったまま、たっぷり5分は固まっていたと思います。突然の呼び出しに加えて急な『お願い』。それもハーレイズ結成を頼まれたのでは脳味噌の方の処理能力が追い付かないのも無理はなく…。どうするんですか、教頭先生? 私たちが固唾を飲んで見守る中で、教頭先生は溜息をついて頷きました。
「……分かりました。協力させて頂きましょう」
「本当ですか!?」
「はい。…恐らく責任の一端くらいは私のショーにあるのでしょうし…」
遠い目をする教頭先生。ソルジャーがコーチをやっていた以上、ハーレイズに至った諸悪の根源は教頭先生の人魚ショーです。男らしく責任を引っ被ることにした教頭先生、キャプテンを立ち上がらせて自分と同じサイズの両手をガッシリ握ると…。
「ハーレイズ、全力を尽くさせて頂きますよ。毒を食らわば皿までですから、私への気遣いは一切無用。どうせブルーが面白がって見物するに決まってますし」
お互いのブルーの楽しみのために頑張りましょう、と教頭先生は言い切りました。ハーレイズ、ついに結成です。次はいよいよ特訓ですか? お披露目の日はいつなんですか~?
ハーレイズ誕生が決まった夜は上を下への大騒ぎでした。ショーの本番は期末試験の最終日。いつもの打ち上げパーティーにソルジャーたちが合流してきて、そこからフィットネスクラブへ移動するという段取りです。つまり訓練できる期間は十日ほどしかないわけで…。初練習は早速、翌日の朝と決まりました。
「良かったねえ、ハーレイ。人魚の尻尾のスペアがあって」
明るい朝の日差しの中でソルジャーがニッコリ笑っています。ソルジャーの足許の床にはショッキングピンクの立派な尻尾が…。
「注文して作ると三日くらいはかかるんだってさ。お前だけ先に特訓したっていいんだけれど、息が合った演技をするには二人揃っていた方がいいし」
「………」
初めて尻尾を見たキャプテンは衝撃を受けているようでした。昨夜は逃亡防止にゲストルームに軟禁されて自分の世界へ帰ることが出来ず、今日の予定もソルジャーが勝手にキャンセルと伝えてしまったらしく…。
「…こんなものを着けたら動けないような気がしますが…」
「平気、平気。お手本はこっちのハーレイが見せてくれるし、着替えはあっちの部屋でするかい? それともプールに行ってから?」
「…付き合いは出来るだけ短い方が…」
キャプテンの表情は正直です。顔一杯に『着けたくない』と拒絶の意思がハッキリと。…でも拒否したら絶交あるのみ。ソルジャーは楽しげな笑みを浮かべて宙に何かを取り出しました。
「じゃあ、着替えるのはプールの方で。…行く前にこれに履き替えといて」
「…???」
紫の塊を渡されたキャプテンですが、その塊を広げてみると…。
「な、な、な…」
「慌てて喋ると舌を噛むよ? それが専用下着なんだ。嫌ならノーパン以外にない。…人魚の尻尾はぴったりフィットが売りだからね」
御愁傷様、と告げるソルジャーには取り付く島もありません。呆然とするキャプテンの肩を叩いたのは朝早くから尻尾を持って訪問してきた教頭先生。
「男は諦めが肝心ですよ。さあ、練習に行きましょうか。絶交の危機が迫ってますし」
「…そうでしたね…」
キャプテンは腹を括って下着を替えにゲストルームへ。でも戻ってきた時はやたら落ち着かない様子。船長服の下にTバックを履くとスースーしたりするのでしょうか? 普段着の教頭先生も下着は既にTバック…?
「さあ、準備完了! 出掛けるよ」
ソルジャーが高らかに宣言したのと青いサイオンの発動は同時。会長さんと『ぶるぅズ』のサイオンも光り、私たちは一気にフィットネスクラブへ飛んでいました。会長さんが貸し切ったプールには誰もいません。教頭先生はキャプテンを連れて更衣室へ。
「…尻尾は持っていかないのですか?」
質問したのはキャプテンでした。抱えてきた尻尾をプールサイドに置いていくように言われたからです。
「ああ、尻尾はこっちで着けるんですよ。なにしろ歩けませんからね…。ぶるぅズと違って瞬間移動も不可能ですし」
まず着替えましょう、と更衣室に向かう教頭先生。ジョミー君たちも昨夜取り寄せた水着やタオルが入ったバッグを手にして後に続きます。そして『ぶるぅズ』が銀色の尻尾を脇に抱えてピョンピョンと…。一番にプールに飛び込んだのは人魚になった『ぶるぅズ』でした。
「「かみお~ん♪」」
雄叫びを上げてウォーミングアップを始める『ぶるぅズ』。続いて出てきたジョミー君たちはプールサイドで待機中です。
「君たちの大事な役目はこれさ」
ソルジャーが人魚の尻尾を指差しました。
「人魚姫写真の撮影の時に尻尾を着けるのを手伝っただろう? あの要領でぼくのハーレイの分を頼むよ、こっちのハーレイは一人で着脱できるから。…あ、来た、来た」
紫のTバック姿の教頭先生とキャプテンが並んで歩いてきます。教頭先生は恥ずかしそうにしていますけど、普段から会長さんに散々悪戯されているのでキャプテンに比べれば堂々たるもの。キャプテンの方は顔が真っ赤で、穴があったら這い込みそうな…。
「尻尾装着!」
容赦なく命令したソルジャーが「あっ」と小さな声を漏らして。
「そうだ、補聴器はどうしよう? 防水性だし付けておく? それとも…」
「見分け易いのは補聴器付きだよ」
会長さんが指摘しました。ソルジャーの大暴走に付き合わされた会長さんは今やすっかり悪戯の権化。自分が火の粉を被らないなら何をしたって平気なのです。フィットネスクラブの貸切予約をバンバン入れてしまったほどに。
「…なるほど、補聴器があればジョミーたちにも分かり易いね。じゃあ、このままにしておこうか。さてと、尻尾もついたことだし…」
次はプールへ、と言われたジョミー君たちがキャプテンを担ぎ上げました。これもコーチの仕事だそうです。教頭先生は会長さんのサイオンでプールに運ばれ、その先は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にバトンタッチ。ジョミー君たちはキャプテンをプールに入れると、自分たちもプールの中やプールサイドに散らばって…。
「練習開始!」
ソルジャーのホイッスルが鳴り、ハーレイズの特訓が始まりました。基本の潜水からですけども、ジョミー君とキース君に支えられて潜ったキャプテン、しょっぱなから水を飲んでしまってガボガボ溺れかかっていたり…。なかなかに前途多難そうです。キャプテン、努力あるのみですよ~!
こうして日々の練習を重ね、技の向上を目指すキャプテン。ジョミー君たちが差し出す輪っかを潜り抜けられずに激突したり、「ぶるぅ」のサイオンに上手く乗れなくて罰にガブリと噛み付かれたりと失敗談には事欠きません。青アザと噛み傷だらけになっても上達までは程遠く…。
「致命的にセンスが無いね」
ソルジャーがプールサイドで呟いたのは本番の二日前でした。細かい指導は会長さんとジョミー君たちに丸投げしていて、自分はホイッスルを吹き鳴らすだけ。それでコーチを名乗るのですから無責任さは折り紙つきです。
「これじゃ本番は全然期待できないよ。音楽つきで華麗に…なんて夢のまた夢って所かな」
「うーん…。身体的にはハーレイとさほど違いはないと思うんだけど…」
何故だろう、と首を傾げた会長さんに「もしかして…」とシロエ君が声をかけました。ちょうどスポーツドリンクを飲みに来ていた所だったのです。
「環境の差じゃないですか? 教頭先生は柔道をやっておられますけど、キャプテンは船長職以外に何もなさってらっしゃらないんじゃ? それに教頭先生はバレエもマスターなさってますし」
「「それだ!」」
会長さんとソルジャーの声が重なりました。
「そうか、基礎だよ、運動の基礎! 同じメニューをやらせてみても吸収率が悪いんだ…」
身体が動きを覚えないのだ、とソルジャーはとても悔しそう。ハーレイズの華麗な舞を見るにはキャプテンの技術を磨き上げるしかないのですけど、基礎が無いんじゃ絶望的です。
「…あーあ、お笑いで終わっちゃうのか…。どっちにしたってお笑いだけど、どうせなら呼吸がピタリと合ったデュエットってヤツを見たかったなぁ…」
残念だ、とソルジャーが肩を落とした所へ会長さんが。
「そうでもないよ? シロエの言葉はぼくにも大いに参考になった。バレエを仕込んだのと同じ方法でいけばいいんだ、サイオンでまるっとコピーするだけ。人魚泳法はハーレイがバッチリ身につけてるし、君のハーレイに伝えるように言っとくよ。…今日の練習が終わったらね」
サウナで寛ぐ間にコピーをすれば明日には完璧、と自信満々の会長さん。その考えに間違いはなく、キャプテンは翌日のプールで別人のように見事な泳ぎを披露しました。ジャンプも輪くぐりも「ぶるぅ」との連携も上手にこなし、教頭先生と『ぶるぅズ』の動きにシンクロするのも朝飯前です。
「やった! 明日はハーレイズを楽しめる。…ぼくたちの仲も晴れて修復」
自分で破壊しちゃったくせにソルジャーは本番の後に仲直りするのが待ち遠しいといった雰囲気でした。そして翌日、期末試験の打ち上げパーティーは焼肉店で至極和やかに…。代金はいつものように教頭先生が一人で支払い、いざプールへ。ジョミー君たちはコーチ役から解放されて制服姿でプールサイドに陣取りました。キャプテンは尻尾の装着法もきちんとマスターしたのです。
「準備いいかい?」
プールの中でスタンバイしているハーレイズと『ぶるぅズ』にソルジャーが声をかけ、合図と共に鳴り出す音楽。大音量のそれは『ぶるぅズ』の十八番の『かみほー♪』でした。ショッキングピンクの大きな図体の人魚が二人と銀色の小さな人魚が二人。音楽に合わせて高くジャンプし、会長さんとソルジャーがサイオンで操る輪っかをくぐって宙返りして…。
「「かみお~ん♪」」
サビに合わせて歌うのは『ぶるぅズ』だけですけれど、体格がいいハーレイズの二人がダイナミックに飛び跳ねるのは見応え十分、味わいたっぷり。もちろん笑いもてんこ盛りです。特訓中は気が張っていて笑うどころじゃなかっただけに、今日は笑って笑い転げて…。
「ハーレイ、とても良かったよ。…お疲れさま」
プールからサイオンで引き上げたキャプテンの身体にソルジャーがタオルをかけました。いつもなら更衣室までTバックだけで行かせているのに船長服まで用意しています。
「尻尾を脱いだらすぐに着て。もう絶交なんて言いやしないし、マンネリだって気にしない。…早く帰って仲良くしたいな」
逞しい人魚の泳ぎを見てたら堪らなくなった、とソルジャーは熱い吐息を漏らして。
「そうだ、こっちのハーレイにハーレイズのお礼をしなくっちゃね。お前のために必死に協力してくれたんだし、サイオンで技も貰ったし…。このお礼には何がいいかな? サイオンにはやっぱりサイオンかな…?」
ねえ? とキャプテンをサイオンで素早く船長服に着替えさせ、その耳元で囁くソルジャー。何か相談を受けたらしいキャプテンは「そうですね」と頷いて。
「そんな事情があるのでしたら、確かにそれが一番でしょう。…こんなお礼は如何ですか?」
問い掛けられた教頭先生は耳まで真っ赤になりましたけど、差し出された手に手を重ねました。キャプテンと教頭先生のサイオンが淡い緑の光を放って同調し合った次の瞬間。
「「「!!?」」」
人魚の尻尾を着けたままだった教頭先生の鼻から赤い筋がツツーッと垂れて、大きな身体がプールサイドに仰向けに…ドッターン! 何が起きたのか訳が分からず大混乱の私たちの耳にソルジャーの声が…。
「最高のお礼をしたと思ったんだけど、オーバーヒートしちゃったらしい。ブルーと結婚する日を夢見て童貞のままのハーレイのためにテクニックを伝授させたのさ。…初めての夜もパーフェクト! これでブルーも大満足、っていうテクを直接送り込んだのに…」
暴発しちゃったみたいだよ、とソルジャーの声が笑いを含んで消えてゆきます。
「みんな、色々とありがとう。ハーレイズ、ほんとに楽しかったよ。…ハーレイの尻尾、多分しばらく外れないと思う。テクニックは全部零れて消し飛んだけど、下半身だけは正直だから」
クスクスクス…と遠ざかる声。お大事に、と聞こえてきたのはソルジャーだったのかキャプテンなのか。二人の痴話喧嘩が元で結成されたハーレイズは自然解消でした。ぶるぅズもお別れしたみたいです。…えっと、壮大なショーでしたけど、教頭先生、大丈夫ですか? 人魚の尻尾はジョミー君たちがきっと外してくれますからね~!