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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

甘やかな季節・第2話

入試直前に押し掛けて来たソルジャーの疑問に答えるために会長さんが設定した日は、入試が済んだ週の土曜日でした。肝心の入試の方は試験問題のコピーは完売、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りストラップも完売御礼。補欠合格を目指す人のためのパンドラの箱も完売したそうで…。
「でもさ、今年も使いこなせた人は無かったんでしょ?」
ジョミー君がパンドラの箱について話しているのは会長さんのマンションへ向かう道。私たちは昨日の放課後、合格グッズがどうなったのか会長さんから聞いたのです。パンドラの箱のハードルは今年も高く、注文を全てこなすどころか合格認定ラインの「五つこなす」所にすら辿り着けなかった人ばっかりで。
「…俺の責任も重そうだよな…」
反省している、とキース君。会長さんがキース君のアイデアを採用したせいで「お坊さんを見付けて托鉢をさせて頂く」という注文が高確率で出たらしいのです。しかも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望っぽく捻られた結果、メモに書かれた注文は…。
「お坊さんの得意料理を集めています、って熱い瞳で言うんだっけ?」
確認を取るジョミー君に、キース君が苦い顔で。
「ああ。自慢のレシピを教えて下さい、とお願いするんだ。…確かにぶるぅは料理が趣味だし、在校生がアレを聞いたら素直に納得するだろう。しかし、何も知らない受験生となると…」
「ちょっとハードル高すぎますよね」
シロエ君が相槌を打ちました。
「お坊さんに托鉢だけでもキツそうなのに、レシピを教えて下さいだなんて…。ぶるぅの力を知ってさえいれば誰でも突撃するんでしょうけど、普通は絶対無理ですよ」
「…だから反省してるんだ。来年は坊主をネタにするのはやめておく」
独創性はお寺から離れた所で練る、とキース君は決意を新たにしています。パンドラの箱は補欠合格者が出ないと言うだけで売れ行きの方はいいものですから、まだ暫くは売られるようで…。
「来年のネタ、考えておかないとね」
ジョミー君が言い、サム君が。
「おう! 来年は俺も採用を目指すぜ、ブルーの役に立たなきゃな」
頑張るんだ、と燃えるサム君は会長さんに惚れてますけど、教頭先生には遠く及ばないレベル。公認カップルを名乗ってはいても万年十八歳未満お断りなだけに、鼻血も耳かきサービスも無縁。ですから今日の集まりについても思う所は無いらしく…。
「ブルーの耳かきサービスってさあ、いったいいつからやってんだろうな?」
全然気にしてなかったけれど、と首を捻るサム君にキース君が。
「さあな。やたら伝統だけはあるんじゃないか、という気はするが…。話せば長くなるそうだしな」
「そっかぁ…。まさか三百年とか?」
「うわ、ありそう…」
三百年コースに一票かな、とジョミー君。はてさて真相はどうなのでしょう? マンションはもう目の前です。知りたがりのソルジャーも来ているでしょうし、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も美味しい料理でおもてなしをしてくれそうですよね!

管理人さんに入口を開けて貰ってエレベーターに乗り、最上階に着いたのは約束していた時間ピッタリ。玄関脇のチャイムを鳴らすと扉がすぐにガチャリと開いて…。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
ブルーたちが待ってるよ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がダイニングに案内してくれ、そこには会長さんと私服姿のソルジャーが。まずはお昼を食べるのだそうで、オマール海老のスープやミートローフのパイ皮包みなど寒さも吹っ飛ぶ熱々メニュー。窓の外は雪が舞い始めたのに、お部屋の中はぬくぬくです。
「…やっぱり家があるっていいよね」
「「「は?」」」
会長さんの唐突な言葉に私たちは揃って首を傾げたのですが。
「例の話が知りたいんだろう? 耳かきのルーツ」
「それと家が関係するのかい? そりゃあ……ぼくには家は無いけど」
シャングリラが家かもしれないけどね、と笑うソルジャー。えっと、私たちには自分の家がありますけれど、会長さんの言いたいことはサッパリです。会長さんの家だって此処に前からありますし…。
「ぼくにも家が無かった時代があるんだよ。アルタミラが海に沈んでから…ね」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。会長さんの故郷の島は三百年以上も昔に火山の噴火で海に沈んでしまったのです。島があった地方にも連れて行って貰ったというのに忘れていたとは、なんと迂闊な…。一様に押し黙った私たちに向かって、会長さんは。
「気にしない、気にしない。しんみりするのは好きじゃないんだ。忘れるくらいが丁度いいのさ、普段は何も話さないだろ? ただ、耳かきのルーツとなると…。あれは旅をしていた時代だからねえ」
「…そんな時代にシャングリラ学園は無いと思うが?」
キース君が返すと、「まあね」と微笑む会長さん。
「だけどルーツは其処なんだよ。ブルーにもその頃の話はしただろう? ぼくとぶるぅで旅をしていて、少しずつ仲間が集まっていって…。最初の仲間がハーレイだけど、あの頃はぼくに惚れているとは知らなくってさ。宿でも一緒の部屋だったわけ」
ああ、なるほど。それで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻った時に教頭先生が温めることが出来たんですね。あの話を聞いた時には全く気に留めていませんでしたが、会長さんが放置していた卵を夜の間も温めていたなら同室でないといけません。…そっか、教頭先生と会長さんが一緒に寝泊まりしていた時代が…。
「それでね、長い旅をしていれば耳掃除だってするだろう? ハーレイは自分で掃除してたけど、ぼくとぶるぅはそうじゃなかった。お互いに掃除し合っていたのがハーレイには羨ましかったらしいんだよね。ぶるぅはぼくの膝枕だから」
「「「………」」」
小さな子供が耳掃除して貰っていたのが羨ましかったとは、教頭先生、その頃から既に夢見がちでしたか! 会長さんの膝枕に憧れまくって、それが高じて今の耳かきに至っていると…?
「早い話がそういうことだね。…昔話をしようっていうのに放課後の短い時間じゃ勿体無い。だから日を改めて貰ったんだよ、話はこれだけで終わらないから」
「終わったじゃないか」
耳掃除を見せつけられたのがルーツなんだろ、とソルジャーが指摘しましたが。
「ルーツは其処だけど、まだシャングリラ学園が出来てない。…ついでに入試も始まってないよ」
「あっ、そうか…。ハーレイが耳かきを交換条件に持ち出すまでに間があるのか」
「そういうこと。まずは告白しなくっちゃね。全く気付いていない相手に向かって、自分はこんなに惚れ込んでます、って熱い気持ちを」
クスクスクス…と笑う会長さん。もしかしなくても教頭先生との馴れ初めならぬ、三百年越しの片想いとやらの始まりについて語ってくれるつもりでしょうか? 教頭先生の一目惚れから始まったのだ、と聞いていましたから深く考えてはいなかったのに…。
「ブルーもこの辺は知らないだろう? 君はハーレイと両想いだから興味が無いと思っていたしね。この際、ハーレイの悲惨な過去を教えておくのも面白そうだ。告白と同時に玉砕というか、監視まで付いてしまったというか…。シャングリラ学園が出来て間もない頃だよ、ハーレイの失恋」
「ふうん? それまでは失恋していないわけ?」
ちょっと意外、と呟くソルジャー。会長さんと教頭先生が旅をしていた期間は年単位です。その間ずっと同じ部屋に泊まり続けていたのに、片想いはバレず、告白もせず…。
「そこがヘタレの真骨頂だよ、手を出す勇気も無かったわけさ。…ハーレイに言わせれば旅の空では落ち着かないし、定住出来る家を持ったら結婚を申し込むつもりだった、と。それを実行に移してきたのが学校経営が軌道に乗って教員用の家が出来た時」
此処からの話が面白いんだ、と会長さんは瞳を輝かせて。
「デザートも食べたし、続きはリビングで話すことにするよ。ぶるぅ、飲み物を用意してくれるかな?」
「かみお~ん♪ それとお菓子だね!」
何にする? と好みの飲み物の注文を取る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはリビングへ移動し、ゆったりとしたソファに陣取りました。教頭先生の失恋ネタって、どんなのでしょうね?

紅茶にコーヒー、それからココア。全員が飲み物を手にした所で会長さんの昔話が再びです。
「…シャングリラ学園は最初は私塾みたいなものだった。だけどハーレイたちはサイオンを持っているしね、知識の量が半端じゃない。評判が評判を呼んで生徒は増えるし、理事長と校長先生が仲間として現れてポンと私財を寄付してくれたし、学校を作ろうって話になって。…それから後はトントン拍子」
学校は年々大きくなって、余っていた敷地にも校舎が建っていったとか。余裕が出来ると今度は教員専用の家を、という運びになったわけですけれど…。
「今は長老と呼ばれているハーレイたちが住む家だね。注文建築で建てるものだから個人の希望も入れられる。その話し合いをしていた席でハーレイがぼくに言ったんだ。良かったら一緒に住まないか…って」
「「「へ?」」」
長老の先生方が揃ってる前でプロポーズですか、教頭先生? 今の話ではそういう風にしか聞こえません。いくらなんでも、まさか、まさか…ね…。
「君たちだってビックリするよね、この流れ。ぼくも全く同じだったよ、何を言われたのか分からなかった。…だってさ、ぼくとぶるぅの家も用意するのが決まってたんだ。最強の力を持ってるわけだし、事実上のリーダーみたいなものだから。…なのにどうして、って」
とても驚いたという会長さんが考えたのは、成長が止まって少年の姿のままの会長さんが更に小さい「そるじゃぁ・ぶるぅ」と二人きりで暮らすことを心配しての言動なのか、という解釈。旅が終わってからも大きな一軒家を借りて皆で一つ屋根の下に住んでいたので、安全面を考慮してくれたのか…と。
「それでね、ぼくとぶるぅは大丈夫だから、って答えたよ。元々二人で旅をしてたし、サイオンだって最強だ。二人暮らしで問題無い、って返事をしたら、そうじゃないんだって口ごもってさ…」
教頭先生は暫く沈黙していた後で、ガタンと勢いよく立ち上がったそうです。そして会長さんに深く頭を下げ、長老の先生方が居並ぶ席で思いっ切り…。
「私と結婚して欲しい、だよ? それって会議で言うことかい? そりゃね、世の中には公衆の面前でプロポーズっていうのもあるけどさ…。これがハーレイの一世一代のプロポーズだった」
「なんか凄いね…。ヘタレてないよ?」
むしろ天晴れ、とソルジャーが拍手しています。ソルジャーの方は二人の仲を公けに出来ないだけに、そういうプロポーズは無かったのでした。いつの間にやら深い仲になっていたため、教頭先生の男らしい行動に感銘を受けたとのことですが。
「…男らしい? あれはその場の勢いだけだね。おまけに、ぼくに断られるとは夢にも思っていなかったんだ。長年一緒に旅をする内に勝手に将来を思い描いて、ぼくもついてくると思い込んでた。腰を落ち着けたら結婚生活! …本当に馬鹿としか言いようが無い」
「それじゃアッサリ断ったわけ?」
「決まってるじゃないか。お断りだ、ってハッキリ言ったよ。ぼくにそういう趣味は無い、ってね。…もう、その瞬間のハーレイときたら…。一人でボウボウに燃え上がってただけに燃え尽きっぷりも見事でさ。立ったまま真っ白な灰って感じ? 声も出ないで茫然自失」
あの顔は今も忘れられない、と会長さんは可笑しそうに笑っています。振られてしまった教頭先生は長老の先生方に積年の想いがバレたばかりか、思い込みの激しさを責め立てられて。
「…それからなんだよ、「ハーレイの家に一人で行ってはいけない」と言われるようになったのは。何をされるか分からないだろ、一緒に住もうとするような男」
「「「………」」」
あの有名な注意にそんなに古い歴史があったとは夢にも思いませんでした。会長さんの話が長くなる筈です。…じゃあ、耳掃除が入試問題の入手の交換条件になったのは…いつ…? ソルジャーも興味津々で耳かきの件を持ち出しています。
「もしかして、告白して派手に振られちゃったから耳掃除かい? せめてそれくらいは許してくれって?」
「そうなるのかな? 入試の倍率が高くなってきた頃に試験問題を売ろうかな、って思い付いてさ…。最初は瞬間移動で盗もうとしたけど、保管係がハーレイなんだよ。これはオモチャにするしかないよね」
悪事の片棒を担がせてなんぼ、と会長さんが浮かべたのは悪魔の笑み。
「…試験問題を売り捌きたいから書き写してくれ、って頼みに行ったら断られた。教師としてそれは出来ない、とね。…だから誘惑してやったんだ。結婚には応じられないけれども、少しサービスしちゃおうかな、って。そしたら一気に頭の中で妄想炸裂」
その中で一番マシだったものを選んだ結果が耳掃除なのだ、と会長さんは指を一本立てました。
「他にも色々とあったんだよねえ…。一緒にお風呂とか、脱がせてみたいとか、一晩付き合って欲しいとか…。だけどね、どれも身の程知らず! 自分の限界ってヤツが分かってなかった。三百年以上経っても出来ないことが当時のハーレイに出来たとでも?」
耳掃除を選んであげたことに感謝して貰わなくちゃ、と会長さんは懐の広さを自慢しています。確かに他の条件をチョイスされていたら、教頭先生は美味しい思いも出来ないままに試験問題を奪われる結末に…。三百年以上の伝統があるという耳掃除。これからもずっと続くんでしょうねえ、会長さんの娯楽として。

耳かきサービスの由来は壮大すぎるものでした。シャングリラ学園の設立前にまで遡るとは驚きです。此処へ来る道で三百年という話も出てましたけれど、正真正銘の三百年コースだったとは…。
「ジョミーたちもビックリしたみたいだね。日を改めた甲斐があったよ、たかが耳掃除のルーツだけどさ。…せっかくだから他にも昔話をしてあげようか? ぼくがソルジャーになった理由とか」
「「「えっ?」」」
目を丸くする私たち。会長さんのソルジャー就任のいきさつなんかは最高機密じゃないのでしょうか? 特別生になって四年しか経たないヒヨコなんかに知る権利は…。顔を見合わせる私たちに向かって、会長さんは。
「そんなに特別な理由は無いのさ、ぼくがソルジャーと呼ばれることには。…ついでにブルーもソルジャーだけど、これに関しては共有したってわけじゃないんだ。そうだよね、ブルー?」
「そうみたいだねえ、君とぼくとじゃソルジャーの意味が全く別物。呼び始めた人にもまるで共通点が無いんだしさ。…ぼくを最初にソルジャーと呼んだのは海賊なんだよ」
「「「海賊!?」」」
「うん、海賊」
SD体制からのはみ出し者だ、とソルジャーはウインクしてみせました。
「ぼくのシャングリラが出来上がるまでには海賊たちの協力もあった、と前に話をしただろう? その連中がソルジャーだって言い始めたわけ。正確には元海賊かな。…サイオンに目覚めて仲間になったんだ。キャプテンは既にいたから違う呼び名が欲しいというのがソルジャーの始まり」
「でもって意味も違うんだよねえ、ぼくの世界とは」
この子たちにも教えてあげて、と会長さんが促しています。えっと、ソルジャーって文字通りの戦士じゃないんですか?
「違う、違う。戦士っていうのはブルーの方だよ、君たちのソルジャー。ぼくは戦い導く者。海賊たちの昔話から付けたんだってさ、神様みたいなものなのかな? とにかく戦士ってだけの意味じゃない。だからブルーとは共有してない」
共有していたら戦士の筈だ、と語るソルジャー。あれ? ということは…。
「おい、あんたの方が先にソルジャーだったのか?」
キース君の問いに、会長さんは。
「そうだよ、ぼくはシャングリラ学園が出来て間もない頃からソルジャーと呼ばれ続けてる。教員用の家を作ろうって話が出たのと同じ時期だね。ハーレイが派手に失恋するよりも少し前かな、ソルジャーの肩書きがついたのは…。実際に使うまでには暫く時間があったけれども」
「「「???」」」
「当時はシャングリラ号も無かっただろう? ソルジャーは特に必要ない。ただ、新しい仲間が見つかった時に紹介するのに生徒会長っていうのは変だよねえ? なんでリーダーが生徒会長なんだ、って思われてしまう。ハーレイたちが教師なだけに」
「…確かに妙だな」
それは分かる、とキース君。私たちも素直に納得出来ました。会長さんの正体がソルジャーだとは知らなかった時期が私たちにもあったんです。不思議な力を持った人だとは思ってましたが、シャングリラ学園の生徒会長が仲間を束ねるリーダーだなんて普通は想像もつきませんよね?
「ね、生徒会長がリーダーというのは無理がある。だから肩書きを付けておこうって話になって、いざと言う時に戦えそうな力を持っているから戦士でソルジャー。…ぼくは大袈裟な称号は御免だし、リーダーだってやりたくなくて…。だけど力が最強なのは間違いのない事実だからさ…」
仕方なくソルジャーに就任したのだ、と会長さんは苦笑い。
「その辺のぼくの気持ちはゼルたちもよく分かってた。それで普段は自分たちが教師としてぼくを守る立場で、ぼくは単なる生徒会長。…ぼくがソルジャーとして決断するのは本当に必要な時だけなんだよ、今も昔もそれは変わらない」
ブルーと違ってお気楽な立場、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭をクシャリと撫でて。
「ソルジャーと呼ばれるだけでも重荷がズシリと来るからねえ…。もっと気楽に考えたくて、ぶるぅの名前にもソルジャーと付けた。そのまんまじゃ叱られそうだから「そるじゃぁ」にしたけど…。そしてシャングリラ学園中に広めたわけだよ、これが「そるじゃぁ・ぶるぅ」です、って」
ソルジャー・ブルーよりも有名だよね、と片目を瞑る会長さん。言われてみれば私たちが初めてソルジャーの存在を知ったのは卒業してシャングリラ号に乗り込んだ時。それまでは一度も聞いたことが無く、ソルジャーといえば「そるじゃぁ・ぶるぅ」で…。
「ほらね、ソルジャーと聞いて最初に頭に浮かんでくるのはぶるぅだっただろ、君たちも? 新しい仲間も生徒出身だった場合はもれなくビックリ仰天…ってね。ソルジャーの称号なんてその程度なのさ、単なる渾名」
そうでなきゃやってられないよ、と会長さんは肩を竦めてみせました。
「真面目にソルジャーとして戦っているブルーには悪いと思うけど……立場も世界も違うんだから仕方ない。だけど本当に必要とされたら戦うだけの覚悟は出来たかな? ブルーに出会ったお蔭でさ」
そんな世界になって欲しくはないけれど…、と窓の外を見遣る会長さんの言葉に深く頷く私たち。そうならないように会長さんたちを支えてゆくのも特別生の役目でしょう。サイオンを隠さずにいられる時代が来るまで、普通の人たちと摩擦を起こさず自然に交流。その窓口がシャングリラ学園なんですものね。

思いがけず会長さんのソルジャー就任秘話までが飛び出してしまった雪の午後。ソルジャーの称号も別の世界との共有ネタかと思ってましたが、そうではなくて…。
「でも、ソルジャーの正装ってヤツはブルーの世界から貰ったようだよ」
元々は特に衣装は無かった、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を指差して。
「ぶるぅの服はソルジャーの正装のパクリだけどね、これはシャングリラ号の建造中に出来たんだ。それまでは普通の子供服! ぼくもソルジャーを名乗ってはいても制服だったし、マントすら着けてなかったよ。シャングリラ号を造ってた時に服のアイデアが湧いてきたわけ」
「ぼくはプレゼントした覚えは無いんだけどねえ?」
服のデザインは管轄外、とソルジャーが笑っていますけれども、あちらの世界のシャングリラ号と私たちのシャングリラ号が瓜二つなのと同じで、クルーの制服もそっくりだとか。ソルジャーとキャプテンの服は言わずもがなです。そしてソルジャーの正装は素材も何もかも特殊だそうで…。
「ブルーにそういうつもりはなくても、教えてくれたのは確かだと思う。ソルジャーの衣装は今の科学じゃ作り出せない繊維で出来てるし、記憶装置も作るのは無理だ。ブルーの記憶装置との違いは補聴器としての機能が無いことだけさ」
「君は聴力は普通だしねえ? …ぼくの耳が聞こえないって事実も忘れられてる気がするけれど」
「「「あ…」」」
それは完全に忘れ去っていました。ソルジャーは今も補聴器を着けていません。一緒に旅行にお出掛けする時も補聴器なんかは着けてませんし…。
「こっちの世界じゃ思念波自体が少ないからかな、サイオンで自然に補えるんだよ、聴力を。ハーレイにもコツを教えてあるから、ハーレイだって補聴器無しだろ? 補聴器が要らないって楽でいいよね」
身体まで軽くなったような気がするよ、とソルジャーは大きく伸びをしています。
「こっちのブルーに色々と情報をプレゼントした御褒美にこの世界への道が開いたんならラッキーだったな。最初はぶるぅが来ちゃったんだっけ、掛軸とやらに引っ張られたとかで」
「…俺が持ち込んだ掛軸だよな…」
良かったのか悪かったのか、と呻いているのはキース君。特別生になって間もない時期に元老寺の檀家さんから預かったという怪しげな掛軸が出現したのが発端でした。『月下仙境』と名付けられた掛軸に描かれた月が異世界に通じる道だったのです。
「キースがそれを持ち込んだのも運命だったかもしれないよ? 情報を共有していた二つの世界を結び合わせるための切っ掛け。…キースやブルーの言葉を借りれば御仏縁ってヤツ」
「仏様とは関係無いような気がするけどねえ…。ん? でも…」
分からないか、と会長さん。
「ぼくやキースが君の世界の仲間たちの供養を任された以上、御仏縁というのもアリかもね。だったら君もさ、感謝の心でお念仏くらい唱えたらどう?」
「お断りだよ、お念仏は君たちに頼んであるだろう? いいかい、ぼくとハーレイは極楽の同じ蓮の上! 阿弥陀様から離れた蓮で、花びらの色はハーレイの肌が映えるヤツ、って」
「「「………」」」
始まったか、と私たちは頭を抱えました。ソルジャーは極楽でお世話になる蓮の花について細かいこだわりがあるのです。会長さんはともかく、キース君の方はそれを叶えるべく日々のお勤めで根性で祈っているわけで…。
「…そっちの方は保証は出来んぞ」
「そうだよ、君さえお念仏を唱えてくれたら注文どおりの蓮の花がさ…」
お念仏の効能を説きかけた会長さんをソルジャーが手で遮って。
「その話は置いといてくれないかな? ウッカリ忘れるとこだった。入試が済んだらお願いしようと思っていたのに、色々とあってコロッとね…。もうすぐバレンタインデーだろう?」
「そういえば…」
「そんなのもあったね…」
思い出した、と私たち。シャングリラ学園ではバレンタインデーは一大イベント、温室の噴水がチョコレートの滝になるほどのお祭りです。そのバレンタインデーがどうしたと?
「今年は友チョコをやりたいんだよ。…どうかな、友チョコ」
「「「友チョコ!?」」」
あまりにもソルジャーのイメージからかけ離れた単語に全員の声が引っくり返り、「そるじゃぁ・ぶるぅ」も目がまん丸になっています。友チョコなんてソルジャーは何処で聞いたのでしょう? ソルジャーの世界でも最近の流行りは友チョコだとか…?







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