シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
サイオン強化合宿が始まった途端、抜き打ち検査に登場したのは会長さん。シャングリラ号での肩書どおりソルジャーの正装をしていますけど、中身はいつもと同じでした。ダイニングの自分の席に悠然と座り、いきなり無茶な注文を…。いくら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のレシピノートがあるにしたって、そんな料理が可能でしょうか?
「えっと…リコッタチーズのパンケーキって…」
アレだよね、とジョミー君が会長さんに確認しました。
「ぶるぅが時々作ってくれるフワフワのヤツだと思うんだけど、あんなのキースに作れるの?」
「さあね? 真剣にやれば出来るだろう。もちろんフレンチトーストの方も」
そう言いながら壁の時計に目をやる会長さん。シャングリラ号の出発時刻まで1時間弱しかありません。出航の時にソルジャーの仕事は無いのですから、乗り遅れないよう戻ればいいだけのことなんですけど……それにしたって…。
「なんだい? みんな顔色があまり良くないけれど?」
「「「………」」」
私たちは一様に押し黙りました。会長さんのせいだなんて言おうものなら墓穴です。ここはキース君の料理の腕に全てを賭けるしかないでしょう。もしも焦げたパンケーキが出来たりしたら合宿延長…? やけに時間が長く感じられ、時計の秒針もゆっくりとしか回らないように見えましたが…。
「出来たぞ、フレンチトーストだ」
キース君が香ばしい香りが漂うお皿を運んできました。
「オレンジとへーゼルナッツ入りだったな? なんとか形になったと思うが」
「ふうん? 見た目の方はまあまあか…。次はパンケーキを頑張って」
一足お先に頂くよ、とフォークを手にする会長さんに私たちの心臓は今にも破裂しそうです。ここで「不味い」と言われちゃったら一体何が起こるのか…。キース君はパンケーキを作りにキッチンに戻り、入れ替わりにマツカ君とシロエ君が私たちの朝食をワゴンに乗せて入ってきて。
「どうぞ、簡単なものですけれど」
「会長もスープとサラダは要りますよね?」
手際良く並べるシロエ君に会長さんは鷹揚に頷き、フレンチトーストは合格点に達した模様。マツカ君が私たちにも先に食べればいい、と言ってくれるのですけど、難関であろうパンケーキを思うと朝食気分ではありませんでした。キース君、上手く作れるのかな…。シロエ君とマツカ君も気を揉んでいる様子です。
「ぼくたち、キース先輩を手伝ってきます!」
「その方がいいですよね」
出て行こうとした二人に会長さんが。
「手伝いが必要なほど時間はかからないと思うよ、パンケーキ。素早く仕上げるのがコツなんだってさ」
「それはぶるぅだからなんじゃあ…」
家事万能、と複雑な顔をするジョミー君。なにしろキース君の場合は初めて作る料理なのです。どうなるのだろう、と心配のあまり食事が喉を通りません。スープも卵料理も冷めちゃいそう…と思った時。
「これでいいのか?」
トレイを持ったキース君の姿に私たちは大歓声でした。お皿の上には「そるじゃぁ・ぶるぅ」お得意のリコッタチーズのパンケーキ。ハニーコームバターも添えられ、焼き色だって完璧です。
「やっぱりやれば出来るじゃないか。…味もぶるぅに負けないといいね」
「正直、自信は無いんだが…。メレンゲを加えた後の混ぜ加減が掴めなかったんだ。混ぜ過ぎない、と書かれていたが、ぶるぅと俺では腕の力に差があり過ぎる」
「ああ、そうか。でも…」
パンケーキを一切れ口に運んだ会長さんはニッコリ笑って。
「いい出来だ。このレシピ、貰って帰ろうかな? ゼルなら作ってくれるかも」
「「「は?」」」
なんでゼル先生の名前が出るのでしょう? それにレシピって…貰うも何もレシピは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のものなのです。会長さんならコピーを取り放題ですし、第一、ゼル先生よりも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の方が上手に作れると思うんですが…。けれど会長さんは可笑しそうに。
「ぶるぅは料理は作れないよ? だって食べるの専門だから。…ここまで言っても分からないかな?」
「「「えぇっ!?」」」
も、もしかして……もしかしなくても、ここに居るのは会長さんではなかったとか? 食べるの専門の「ぶるぅ」と言えば別の世界に居たような…。
「…やっと気付いたか…。ずいぶん時間がかかったよね」
クスクスクス…と零れる笑いを堪えているのは紛うことなきソルジャーでした。私たち、思い切り騙されましたか? フレンチトーストとパンケーキを作ったキース君の努力はすっかり水の泡なんですか~?
「ふふ、シャングリラ号は出発したよ。ブルーが歯噛みしていたけれど、そんなの知ったことじゃないしね」
ぼくは全く無関係、とソルジャーは大きく伸びをして。
「さてと、着替えてこようかな。ソルジャーの服は堅苦しくてさ。ついでにこれも必要ないし」
記憶装置を兼ねた補聴器を無造作に外してしまうソルジャー。私たちの世界では外しているのが基本ですけど、ソルジャーの世界では着けていないとマズイのだそうです。様々な音や情報を拾い過ぎてしまって頭が混乱するのだとか…。私たちの世界は雑音は無いに等しいらしく、サイオンで聴力を補っていれば補聴器要らずというわけです。
「ブルーの服を借りてくるよ。君たちは食事してから後片付け…と」
後はよろしく、とソルジャーは行ってしまいました。時計の針はシャングリラ号の出発時刻を過ぎています。会長さんはソルジャーの乱入に気付いたものの、打つ手が無かったのでしょう。思念波での連絡も来ませんでしたし、これは会長さんによる抜き打ち検査よりもマズイ事態になりましたか? まさかソルジャーまで合宿するとか言い出したりはしないでしょうね…?
「おい、やばいぞ」
潜めた声はキース君でした。
「よりにもよってあいつが来るとは思わなかった。…絶対ブルーだと思ったんだが…」
「ぼくもです。会長そっくりに見えましたしね」
溜息をつくシロエ君。
「余計なことさえ喋らなかったら区別がつかないってことですか…。そりゃ、冷静に考えてみれば最初から普段のペースですよね。いきなり出てきて食べたいものをビシッと注文するなんて」
「そうなんだ。あいつはそういうヤツだったんだが、俺はブルーが抜き打ち検査に来たんだとばかり…」
「誰だってそう考えますよ、あの状況じゃあ…。現に全員、騙されてたんじゃないですか?」
シロエ君の問いに私たちは揃って頷き、サム君が。
「情けないけど、俺にも全然分からなかった…。一度も間違えたことがないのに!」
大ショックだ、とサム君は頭をポカポカ殴っています。会長さんと公認カップルを名乗っているのに間違えたのでは衝撃はかなり大きいでしょう。けれど問題は間違えたとかそういう次元の話ではなく…。
「あいつ、居座るつもりじゃないだろうな?」
キース君の言葉が終わらない内にジョミー君が悲鳴を上げていました。
「えぇっ!? そんなの困るよ、ブルーは知っているんでしょ? ソルジャーが家に来ちゃったこと…」
「そのようだな。ブルーにも想定外の客なんだろうが、追い出さないとヤバそうだぜ。俺たちの合宿の規律が乱れる。現にスケジュールがもう狂ったぞ。この時間には後片付けを終えて掃除なんだ」
「「「………」」」
壁に貼られたスケジュール表と時計を見比べ、私たちは顔面蒼白。食べる手がお留守になっていたせいで食事も終わっていなかったのです。だからといって食べ残すなんて合宿で許される筈もなく…。
「とにかく急いで食ってしまおう。遅れは早めに取り戻さないと、午前中のお勤めが出来なくなるぞ」
さあ急げ、とキース君に号令されて食事をかき込み、スウェナちゃんと私がお皿を洗ってマツカ君が拭いてくれ、他のメンバーは掃除です。ところが…。
「開けてもらおう、掃除中だ!」
キース君の怒号が響き渡りました。慌ててキッチンから飛び出してみると、一番奥のゲストルームの扉をキース君がドンドンと叩き、ジョミー君が掃除機を持って途方に暮れた様子です。そこはソルジャーが泊まりに来た時に使っている部屋。この雰囲気は…立て籠もり中? 掃除出来ないと会長さんが帰ってきた時、私たちがとっても困るんですけど…。
「うるさいねえ…」
やがてカチャリと扉が開いてソルジャーが顔を出しました。会長さんの私服どころかバスローブという格好ですが、午前中からシャワーですか?
「水もお湯も使い放題なのが地球の魅力の一つだよ。シャングリラでは量に限りがあるからね。で、この部屋を掃除に来たんだって? 生憎、ぼくは片付けるのが大の苦手で、掃除はもっと苦手なんだ。散らかっている方が気分が落ち着く」
「やかましい!!!」
合宿の責任者であるキース君は既にキレそうでした。
「風呂に入ったんなら身体を拭くのが常識だ! よくも水浸しにしやがって…。おまけに菓子まで食べ散らかして袋を床に捨てておくのが貴様の流儀か!?」
「そうだけど?」
悪びれもせずに答えるソルジャーの背後には濡れた床と水を吸った絨毯。それに焼き菓子の袋を破ったものが点々と散在しています。…ひょっとしてソルジャーって、いつもこういう人なんですか…? 呆然とする私たちを見てソルジャーはクスクスと笑い始めました。
「そうか、そうだったのか…。今まではぶるぅが掃除していたから知らないんだね、ぼくの癖? これを機会に覚えておいてよ、三日間お世話になるからさ」
「「「えぇぇっ!?」」」
やっぱり三日間ですか! 合宿期間中、ソルジャーつき。これは赤点確定かも~!
渋るソルジャーを部屋から追い出し、なんとか掃除を終えた時にはジョミー君たちは疲労困憊。床を拭いたり絨毯を乾かしたりと、とんでもなく手間がかかったようです。元凶になったソルジャーはと言えば、リビングのソファで昼寝中。えっと…合宿中の生活態度にソルジャーの分は含まれますか? だったら叩き起こしてキリキリ働かせないとダメなんですけど…。
「あいつのことは放っておこう」
廊下からリビングの中を窺いながらキース君が小声で言いました。
「まさかブルーもヤツのことまで責任を持てとは言わんだろう。それよりも今はお勤めだ。今日の午前中で一通りの作法を覚えてもらう」
さあ行くぞ、と先頭に立って阿弥陀様が安置された和室へ足を進めるキース君。中に入るとサム君が御線香と蝋燭に火を点け、お焼香用の台が出て来ました。あのぅ……お焼香って、法事ですか? 疑わしげな私たちの目に、キース君はフンと鼻を鳴らして。
「お焼香はお勤めの基本だ。法事に限ったことではない。去年の夏にブルーがゼル先生と仏前結婚式の真似をした時にもお焼香をしてただろうが」
「あ、そっか。…璃慕恩院でもやってたっけ」
忘れてたよ、と頭をかいているジョミー君。あれだけ修行に行かされたのに忘れるというのが天晴れです。ジョミー君をお坊さんにしたがっている会長さんには気の毒ですが、やはり適性の問題があるような…。それともそれを乗り越えてこそ、真の仏弟子と言えるとか…? キース君は淡々と準備万端整えると。
「いいか、お焼香の作法と言うのはだな…。三本の指で摘んだお香を押し頂いて…」
やってみろ、と名指しされたシロエ君がぎこちなくお焼香をしている所へスウッと風が吹いてきて。
「楽しそうなことをやってるねえ。それがお勤め?」
スケジュール表にあったよね、と襖を開けて現れたのは他ならぬソルジャーその人でした。
「ブルーはさ、ぼくが遊びに来ている時には全然お勤めをしないんだ。だから本物を見るのは初めてなんだよ。覗き見は何度もやっているけど、流石に匂いは分からなくって…。変な匂いがするんだね」
「変とはなんだ、変とは!」
キース君の声が荒くなります。
「恐れ多くも仏様が召し上がる御馳走なんだぞ、お香の香りは! それに身を清めるという意味もある。邪魔をしないで貰おうか」
「ぼくはイベントが大好きなんだよ」
間髪を入れず答えるソルジャー。
「君たちがお勤めをするっていうから遊びに来たんだ、どんなものかと思ってね。面白そうならぼくのシャングリラでもやりたいじゃないか。SD体制前の古い記録にはお勤めが載っているんだよ」
「「「………」」」
ソルジャーに何を言っても無駄だということは分かりました。だったら飽きて出て行ってくれるのを期待するしかありません。キース君は自分の座布団とお経本をソルジャーに譲り、一番後ろに座って真似をするよう指示したのですが…。
「その前に、服」
「は?」
意味不明なソルジャーの台詞に首を傾げるキース君。私たちだって同じでした。お勤めと服に何か関係ありますか?
「ぼくは形から入りたいんだ」
ソルジャーは重ねて続けました。
「ブルーがお勤めをしている時には着物って言うんだったかな……独特のヤツを着てるじゃないか。あれを着ないと気分が乗らない。だけど着方が分からなくってさ」
「なんだと?」
「ほら、赤い着物と四角い布みたいなのを着てるだろう? せっかくだからアレを着たいと思うんだよね。キースだって色は違うけど同じ衣装を着てるというのは知ってるよ。ブルーの留守に是非とも着方を教えて欲しい。ブルー、絶対に着せてくれないんだ」
「当たり前だろう!!!」
超特大の雷を落としてキース君は怒り心頭でした。
「あれは誰でも着ていいっていうモノじゃない! 俺だって着られるようになるまでに何年かかるか…。親父だってまだ無理なんだぞ! コスプレ感覚で着られてたまるか!」
「でもさ、ぼくに似合いそうだよ? ほら、瞳の色がコレだろう? ブルーが着ても良く映える。そうだ、ハーレイにも見せたいな。ストイックな感じが最高だよね」
「き、き、貴様……。緋の衣をなんだと思ってやがる! よりにもよってハーレイに見せてやりたいだと!? さっさと出て行け、部屋が穢れる!!!」
そう叫ぶなりキース君は阿弥陀様の御厨子の前にあった白い毛を束ねて柄をつけた法具を掴み、バッサバッサと振り回しました。えっと…なんて言うんでしたっけ、あれ? ほっす…。ホッス? そう、払子とか言うヤツです。ソルジャーは肩を竦めて部屋を出て行き、私たちは威儀を正してお勤めを…。スケジュールは遅れに遅れてしまい、お昼御飯にありつけたのは予定より2時間遅れでした。
午後もお勤め、休憩を挟んで更にお勤め。ソルジャーは緋の衣を着られないのが不満らしくて部屋に籠って出て来ません。おやつと食事には顔を出すのが癪ですけども、触らぬ神に祟り無しです。柔道部三人組が腕を揮ってくれた夕食の席にも当然のようにやって来て…。
「これが柔道部特製カレーってヤツなのかい? けっこういけるね」
「本当はニンニクが入るんだがな、お勤めが必須の修行中にはニンニクなんぞはもっての外だ」
キース君たちの説明によると、本物の柔道部特製カレーはニンニクの素揚げが入るのだそうです。それと牛すね肉とをじっくり煮込んで、更にフルーツの甘味を生かした味わいたっぷりのスタミナ食。フルーティーでコクのあるカレーはニンニク抜きでも十分美味しいものでした。夕食が終わると後片付けをして再びお勤め。ソルジャーは部屋に籠ってアイスを食べていたようですが…。
「あーあ、疲れた…。一日目なのにもうクタクタだよ」
ジョミー君が泣きごとを口にしたのは就寝前のほんの僅かな自由時間。ソルジャーという予期せぬ訪問者が転がり込んだお蔭で私たちの仕事は倍増でした。お勤めの間は部屋から一歩も出てこないのは助かりますけど、その間に部屋を好き放題に散らかすのです。ソルジャーが部屋から出てくる度に掃除してゴミを片付けて…。
「ぶるぅってホントに凄かったんだな…」
サム君が吐息をつきました。
「あっちのブルーが散らかした部屋をいつも綺麗にしてたんだもんな。それも一人で」
「ぼくたちは五人ですもんね…」
それでも手抜きになっちゃいますよ、とマツカ君。ソルジャーの部屋の掃除係は男の子たちと決まっていました。スウェナちゃんと私も手伝おうとしたのですけど、二度目の掃除に入った時にソルジャーが裸でベッドに寝ていたそうで…。ソルジャーの裸は流石に遠慮したいです。ストリップもどきは何度も見せられているんですけどね。
「ぼくたちの努力ってブルーに評価して貰えるの? それともスケジュールを守れなかったって時点でアウト?」
ジョミー君がぶつけた素朴な疑問に私たちは慄きました。会長さんが作ってくれたスケジュール表とは大きな時差が生じています。本当は寝る前の自由時間が一時間も取られていたのに、今は就寝時間より二時間も遅れて日付が変わる直前でした。
「どうだろうな…。今も見ていてくれればいいが」
俺たちの汗と涙の合宿ぶりを、とキース君が言った所でリビングのドアが廊下側から開けられて。
「ブルーは何も見てないよ」
パジャマ姿のソルジャーがポップコーンの袋を提げて入って来ました。ソルジャー好みのキャラメル味です。キッチンの棚から勝手に失敬したのでしょう。
「ブルーがこの部屋を見ていられたのはシャングリラ号が出航するまで。その後は辛うじてワープ直前までチラチラ見られていたようだけど、そこから先は全然ダメだね」
「「「えっ…」」」
「やっぱりスキルが足りないようだ。ぼくの世界を覗くことだって、ぼくのサイオンとシンクロしないと無理みたいだし…。同じタイプ・ブルーでも経験値が違うと差が大きいよ。ついでに言うなら、ぼくには今のブルーの様子は手に取るように分かるけどねえ?」
青の間でぶるぅと一緒に悩んでいるよ、と笑うソルジャー。
「ぼくが現れたのは知っているから、その後ぼくが元の世界に帰って行ったか、居座ってるのか悩み中だ。誰かに確かめて貰おうとしても人材が一人もいないわけだし」
「「「………」」」
そうでした。ソルジャーの存在を知っているのは教頭先生とフィシスさん、それにドクター・ノルディの三人だけ。その三人はシャングリラ号に乗って行ってしまい、地球には誰も残っていないのです。
「そうそう、覗いたついでに教えてあげよう。シャングリラ・プロジェクトの方は順調だ。君たちの御両親はサイオンを分けてもらって仲間になってる。ソルジャーとしてのブルーにも会って、明日は昼食を一緒に摂るようだよ」
良かったね、と言われましたが、なんだか複雑な気持ちになります。パパやママたちが無事に宇宙を旅しているのは嬉しいですけど、私たちの今の状況は悲惨。しかもソルジャーは最終日まで居座る気で…。
「ブルーの能力が不足してる分、中継要員は必要なのかと思ったけども……要らないのかな?」
通信機器も無いんだよね、とソルジャーがリビングを見回しました。
「正確に言えば通信用の器材はこの部屋の中にあるんだけれど…。君たちが存在を知らないってことは必要ないっていう意味だ。あくまでソルジャーのための設備らしいね」
スクリーンとか、と指摘されて思い出したのは会長さんが窓をスクリーンに変えてシャングリラ号を見せてくれたこと。何処から見ても普通の大きなガラス窓なのに、あの時は確かにスクリーンでした。ソルジャーによると他にも色々あるのだそうです。ただ、シャングリラ号から出来るのは呼び出しだけで、部屋の様子は見られないとか。
「そういうわけで、ぼくが居座っているかどうかもブルーには不明。ブルーは悩むし、君たちは心底迷惑そうだし、帰った方がいいのかなぁ?」
えっ、帰る? 今、帰るって言いましたか? 私たちの歓喜は素直に顔に出たようです。ソルジャーは苦笑し、「やっぱり邪魔か…」と呟いて。
「そこまで露骨に喜ばれると複雑だよね。仕方ない、合宿のお供は諦めるよ。だけど鬼の居ぬ間になんとやら…って言うだろう? ブルーの自慢の服を拝借しよう」
「なにぃ!?」
キース君が目をむきました。
「ダメだ、あれだけは絶対に貸せん! あれの貸し出しと引き換えに帰ると言うなら断固阻止する! 明日は何でも注文どおりの料理と菓子を作ってやるから勘弁してくれ!」
このとおりだ、と土下座して絨毯に額を擦りつけているキース君。会長さんの留守に緋色の衣を持ち出され、しかもあちらの世界のキャプテンの前で着て見せられたら大変です。曲がりなりにも高僧である会長さんの大切な物なのですから。
「残念だけど、君の料理じゃイマイチ魅力が無いんだよね。ぶるぅの腕には及ばない。…朝のパンケーキもそれなりって所の味だったしさ」
「し、しかし…! あの衣装だけは…」
ダメなんだ、と必死に食い下がるキース君。ソルジャーは赤い瞳を悪戯っぽく煌めかせると、唇に笑みを浮かべてみせて。
「心配しなくてもアレを借りようとは思ってないよ。着方を教えて貰えなかったし、君の心を読み取ることは可能だけども、そこまでやって着たいモノでもないからね。…ぼくが借りたいのは赤じゃなくって白の方」
「「「白???」」」
そんな色の服、ありましたっけ? 誰もがキョトンとしている中でソルジャーがスッと指差したのは壁際に置かれた本棚でした。
「あそこにブルーのウェディング・アルバムがあるだろう? ドルフィン・ウェディングの時に作ったヤツ」
「「「あ…」」」
ドルフィン・ウェディングというのは一昨年の校外学習の時に水族館で会長さんとゼル先生が挙式していたショーのこと。教頭先生に見せつけるためにアルバムなんかも作ってましたが、そのアルバムと『白』の単語が意味するものは…。
「そう、ブルー愛用のウェディング・ドレスさ。あれなら間違いなくハーレイにウケる。ティアラとベールもセットで借りよう」
「ちょっと待て!!!」
止めに入ったキース君の叫びは綺麗サッパリ無視されました。
「じゃあ、借りていくね。合宿は明後日までだっけ? あ、日付が変わっちゃったから明日までかな。最終日の朝には返しに来るから何も心配しなくていいよ」
ブルーには絶対バレやしないし、とソルジャーは自信満々です。でも本当に? 本当にバレずに済むんでしょうか? そもそもドレスの収納場所って何処だったっけ、とウッカリ意識が逸れた間にソルジャーは姿を消していました。ドレスも一緒に消えたのかどうか、私たちには確かめようもありません。
「…ドレスってさぁ…」
ブルーの寝室にあったのかな? とジョミー君が尋ねましたが、答えられる人はいませんでした。キース君はといえば血相を変えて廊下に飛び出して行ったのですけど…。
「…良かった、衣は無事だったようだ。あれだけは保管場所が分かるからな」
クローゼットではなく専用の箪笥が必要だから、とホッと息をつくキース君の姿に私たちも一安心。緋色の衣が消え失せるよりはドレスの方がマシでしょう。元々が会長さんのオモチャみたいなものなんですし、それさえ貸せば合宿に邪魔が入らないなら、この際、口を噤んでおけば…。
「黙っておけばバレないよね?」
「うん、多分」
大丈夫だと思っておこう、と私たちは前向きに考えました。会長さんは今頃シャングリラ号と共に二十光年の彼方です。合宿を無事に済ませて御褒美パーティーをゲットするためにも、ソルジャーには帰って貰った方が断然おトク。明日からはスケジュール通りにきちんと過ごして、明後日の夜にはパーティーですよ~!