シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ・プロジェクトのお留守番を兼ねて申し渡されたサイオン強化合宿。初日からソルジャーに乱入されて散々でしたが、二日目からは順調でした。キース君の指導の下、朝夕のお勤めの他にも何度も勤行。合間に掃除や洗濯をして、お皿も洗って片付けて…。三度の食事は柔道部三人組の担当です。
「よし。今日はスケジュールを守れたな」
バッチリだ、とキース君は会長さんが貼って行ったスケジュール表を眺めて満足そう。明日の夜には会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が戻ってきます。サイオンや集中力が向上したかと質問されたらサッパリですけど、生活態度がきちんとしてれば文句は言われないでしょう。お勤めだって真面目にやっていますしね。
「いいか、お十念は忘れるなよ?」
キース君が念を押します。お十念とは「南無阿弥陀仏」を続けて十回唱えるもので、八回目まで同じ調子で唱えた後に息継ぎをして、九回目を丁寧に、十回目はお辞儀しながら重々しく長く「南無阿弥陀仏」。これが基本の『き』なのだとかで、何度も練習させられました。お念仏を三度唱える間に五体投地するサンショウライ……『三唱礼』というのもミッチリと。
「三唱礼は本物の坊主でもスクワットだなんて言うヤツがいるほどハードなヤツだし、お前たちの出来が今一つでも仕方ない。だが、お十念は唱えるだけだ。間違えるなんて許されないぞ」
特にお前、と名指しされたのはジョミー君でした。
「お前は集中力が無い! 息継ぎの場所を何度間違えたら気が済むんだ? どうしても覚えられないのなら合掌した手で数えておけと言ってるだろうが!」
右手の親指から順に力を入れる形で数えて左手の中指まで来たら息継ぎ、とキース君は何度も指導しているのですが、ジョミー君は未だに覚えません。璃慕恩院での修行体験ツアーの時もダメだったのだ、とサム君が証言しています。根っからお念仏に向いてないのか、お念仏アレルギーなのか…。
「覚えられないんだから仕方ないよ」
ジョミー君は頬を膨らませて不満そう。
「だってさ、お坊さんになる気は無いし、そんなの別に覚えなくても生きて行くのに困らないし!」
「いや、困る! 少なくとも明日は困ると思うぞ、ブルーがチェックをするだろうしな。俺たち全員、連帯責任になったらどうしてくれる? 合宿延長にしたいのか?」
キース君に凄まれ、私たちにジロリと睨まれ、ジョミー君は肩を竦めました。
「わ、分かったよ…。えっと、八回目で息継ぎだよね? 明日は間違えないように練習するよ、合宿延長になったら大変だし…」
「分かればいい。ブルーの指導でお勤めとなれば厳しいぞ? 三唱礼を三千回とか言い渡されても文句は言えん」
そういう修行もあるんだからな、とキース君に告げられて私たちの背筋が寒くなります。あのスクワットもどきを三千回もやらされた日には足腰立たなくなりそうな気が…。とにかく合宿も残り一日、会長さんが帰って来るまでにジョミー君の性根を叩き直して頑張り抜くしかありませんよね?
翌朝、私たちはスケジュールどおりに早起きをして朝のお勤めに励みました。ジョミー君のお十念が形になるまで付き合ったので朝食が少し遅れましたが、その分を掃除の時間に取り戻そうとスウェナちゃんと私はキッチンでせっせとお皿を洗って片付けて……マツカ君も今朝は掃除を担当です。三日分の総決算とあって掃除は念入り、男の子たちは一所懸命。
「換気扇も洗っておこう。昨日揚げものをしたからな」
キース君が先頭に立ってキッチンも磨き上げ、家中すっかりピカピカに…と言いたいのですが、家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は毎日がこのレベルです。会長さんのチェックに引っ掛かってはたまりませんから、私たちは家のあちこちを指差し確認。
「バスルームよし、キッチンよし! ダイニングもリビングもここまでやればいいだろう」
責任感溢れるキース君の最終確認が終わり、一息入れたらまたお勤めの時間です。でもその前にリフレッシュ、と私たちは紅茶やコーヒーを淹れてダイニングに集まり、しばし雑談。シャングリラ号はそろそろワープをする頃でしょうか?
「ワープには早いんじゃないですか?」
あれは時空間を越えるんですよ、とシロエ君が言いました。
「長距離ワープで一気に飛ぶなら、まだまだ余裕がありますってば。デモンストレーションを兼ねてるでしょうし、絶対長距離ワープをしますよ」
「そうだな、俺もそう思う。シャングリラ号の性能を思い切りアピールしたいだろうしな」
短距離ワープでは有難味が無い、とキース君も頷いています。だとしたらパパやママたちは今も宇宙の彼方なわけで、太陽系に戻って来るのはお昼過ぎかな…?
「それくらいの時間になると思うよ」
「「「!!?」」」
いきなり割って入った声に私たちは息を飲みました。優雅に翻る紫のマント、銀色の髪に赤い瞳。会長さんったら一足お先に地球に帰ってきましたか!?
「…あーあ、綺麗に忘れてるし…。そこまでぼくが邪魔だったわけ?」
やれやれ、と露骨な溜息をつかれて私たちは今度は顔面蒼白。そうでした、ソルジャーが最終日の朝に来るとかなんとか言い残していたんでしたっけ。でも…とっくに朝じゃないんですけど? お昼前とまでは言いませんけど、朝と呼ぶには遅すぎです。
「仕方ないだろ、ぼくにも都合があったんだよ。これでも頑張ったんだけど…」
「早起きをか?」
キース君が投げた冷たい言葉にソルジャーは「ううん」と首を左右に振って。
「起きるのはきちんと起きたんだ。なにしろハーレイは休暇中ではないからねえ…。ブリッジに行く前に食事もしなくちゃいけないわけだし、引き止めておくにも限度があるさ」
「「「………」」」
アヤシイ方向に行きそうな話に私たちは眉を顰めましたが、そっちの方がまだマシだったと思います。ソルジャーが宙にフワリと取り出した物は会長さんのウェディング・ドレス一式で…。
「ぼくは本当に頑張ったんだよ、ハーレイだって努力した。だけどドレスなんて扱い慣れないものだから……どうにもこうにもならなくって。ベールはこれで大丈夫かな?」
差し出された純白のレースのベールは特に問題ないようでした。真珠のティアラも問題なし。ところが肝心のドレスの方は長いトレーンもドレス本体も皺だらけになり、見るも無残としか言いようがなく…。いったいどういう扱いをしたらこんな状態になるのでしょう? なのにソルジャーはいけしゃあしゃあと。
「ぼくのシャングリラにも服飾部はちゃんとあるんだよ。そこに任せれば直せたんじゃないかと思うんだけど、船の備品じゃないウェディング・ドレスを持ち込むのはちょっと問題が…ね。ぼくは全然気にしないのに、ハーレイがやたら渋るんだ。ぼくと結婚式を挙げたと勘違いされたくないらしい。結婚してるも同然なのにさ」
「…それで?」
キース君の地を這うような声が真っ直ぐソルジャーに向けられました。
「勝手にドレスを持ち出した挙句、皺になりましたで済むと思うか!? 俺たちが悪戯したんです、と嘘をついてもブルーの雷は避けられないぞ!」
「だから来るのが遅れたんだよ、なんとか直そうとしたんだってば。ハーレイが服飾部からアイロンをコッソリ持ってきたけど、ぼくもハーレイも器用と言うには程遠かった」
「「「………」」」
床に広げられたドレスは私たちの手に負えるものではなさそうでした。レースたっぷりで真珠がふんだんに鏤められた生地をどう扱えばいいのでしょう? いつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお手入れをしているのですけど、お手入れマニュアルが置いてあるとは思えません。ああ、なんだってこんなことに…。
「まさかここまで繊細だとは思わなくってさ」
非難の視線を一身に浴びたソルジャーが口を開きました。
「ウェディング・ドレスを借りたからにはハーレイに見せてやりたいじゃないか。もちろんとても喜ばれたよ、根がヘタレだとは思えないほど情熱的なキスもしてくれた。…それで、つい…」
「つい…?」
先を促したキース君にソルジャーが返した答えは衝撃的なものでした。
「倒れ込むようにベッドに…ね。ドレスが借りてきたヤツだというのは二人揃って忘れ果ててた。朝になってから気がついたけど、とっくに手遅れだったんだ。ぼくとハーレイの体重がかかったままで数時間だし」
私たちは完全に声を失い、しわくちゃのドレスを見下ろすばかり。よりにもよって大人の時間に使われた事実を隠蔽することは可能でしょうか? よく見てみれば皺だけでなく汚れまで…。これってどうにか出来るんですか?
お勤めの時間になったのですが、ドレスの方が優先でした。会長さんにバレないように修復するには専門の業者さんに一任するしかなさそうです。去年の暮れの仮装パーティーでお世話になったお店に頼むという案が出ましたけれど、サイオンを持つ仲間のお店なだけに会長さんにバレるかも…。
「うーん…。あそこならやってくれそうなのに…」
ダメかぁ、と発案者のジョミー君が項垂れ、マツカ君がおずおずと。
「ぼくの母が贔屓にしている店で直せると思います。ただ、ここに取りに来て貰うのはマズイですよね…。このマンション、住んでいるのは仲間ばかりで普通のマンションじゃないみたいですし」
「仕方ない。…マツカ、お前に任せる」
キース君が決然と顔を上げました。
「合宿中に抜け出したことはバレないように取り繕うから、それを持って直しに行ってきてくれ。夜にはブルーが戻って来るから夕方までに間に合うようにな。…出来るか?」
「え、えっと…。ちょっと待って下さいね」
マツカ君は携帯を取り出し、執事さんに電話してから更に何処かに電話して…。
「大至急でやってくれるそうです。迎えの車も頼みましたし、ちょっと抜けさせて頂きますね。あ、修理代は大丈夫ですよ、ぼくが払っておきますから」
「ふうん…」
ありがとうを言う前にソルジャーが感心したように。
「マツカの家がお金持ちなことは知っているけど、ノルディよりも便利に使えるかな? 今度からマツカに頼もうかなぁ、こっちで何か買いたい時は」
「調子に乗るな!」
誰のせいだと思ってるんだ、とキース君が声を荒げます。けれどソルジャーには馬耳東風で、二人が言い争いをしている間にマツカ君はウェディング・ドレスを大きな紙袋に入れて出発しました。それから半時間も経たない内にキース君の携帯にマツカ君から電話があって…。
「助かった…。5時頃までには直せるそうだ。ブルーは夜まで戻ってこないし、後は俺たちさえ黙っていれば問題ない。あんたには消えて貰おうか」
余計なことを言いそうだから、とソルジャーを指差すキース君。
「いいのかい? ぼくが初日に現れたことはブルーにバレているんだけども?」
「追い返したと言えば済むことだ。追い返したのは事実だからな、大問題を起こしてくれたが…。よくもドレスを持ち出しやがって!」
「じゃあ、緋の衣の方が良かったのかな?」
「言うなぁぁぁ!!!」
そっちだったらブチ殺す、と凄い剣幕で怒鳴るキース君はまるで鬼神のようでした。ソルジャーは長居をしても面白くないと考えたのか、フッと姿が消え失せて…。
「…撃退したか?」
ゼイゼイと肩で息をするキース君に、家のあちこちを調べて回ったジョミー君たちが。
「うん、大丈夫。帰ったと思う」
「クッキーの箱が影も形もありませんよ。やられました…」
朝は確かにあったのに、とシロエ君が嘆きましたが、ソルジャーに居座られた時のリスクに比べればクッキーなんて被害の内に入りません。そりゃあ…「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお取り寄せしておいてくれた有名店のクッキーだけに、未練はかなりありますけども…。とはいえ、気を取り直してお勤めを始める私たち。マツカ君がいなかったことを誤魔化すためにも精進あるのみ!
シャングリラ号の地球帰還は午後5時という予定でした。パパやママは衛星軌道上から専用空港にシャトルで降下し、夜7時には帰宅する筈です。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそれよりも遅くなると言ってましたし、恐らく9時を回るのでしょう。私たちはマツカ君の帰りを待ちわびながら午後もお勤め三昧です。
「やはりサイオンまでは無理だったか…」
キース君が残念そうに呟いたのはマツカ君から「今、車に乗りました」と携帯に電話が入った直後。私たちのサイオン強化合宿は名ばかりに終わる気配が濃厚です。会長さんも期待してはいないでしょうけど、問題は…。
「何がバレたらマズイって?」
「「「!!?」」」
ギョッとして振り返った私たちの背後に立っていたのはソルジャーでした。お勤めを終えて夕食までの休憩時間をリビングで過ごしていたというのに、またまた邪魔をしに来ましたか! キース君が一気にブチ切れ、トゲのある声で。
「しらばっくれるな、全部あんたのせいだろうが! マツカだってまだ出掛けてるんだぞ!」
「………。そういえばマツカが見当たらないね」
ソルジャーはキョロキョロと周囲を見渡し、首を傾げて。
「合宿中は不要不急の外出は禁止じゃないかと思ったけどな? で、マツカは?」
「やかましい! さっき電話があったばかりだ、今から戻りますってな!」
「…えっと…。話がさっぱり見えないんだけど?」
いったい何があったんだい、と怪訝そうなソルジャーの隣にパァッと青い光が走って。
「かみお~ん♪」
ピョコンと姿を現したのは「ぶるぅ」でした。げげっ、なんだって「ぶるぅ」までが…、と思った時。
「ただいまぁ! みんな、元気にしてた?」
お土産だよ、とニコニコ笑顔の「ぶるぅ」の手にはホールケーキが入っていそうな大きな紙箱。どうして「ぶるぅ」がこんなものを? それに「ただいま」って、どういうこと…?
「どうしたの、みんな変な顔して…。これね、ゼルが作ってくれたんだ! みんなの合宿の打ち上げパーティーに使えるようにって材料も持ち込みで頑張ってたよ♪」
え。合宿の打ち上げパーティーがなんですって? ゼルって…ソルジャーの世界にいるというゼルではなくてゼル先生のことですか? それじゃ「ただいま」と現れたのは「ぶるぅ」ではなく「そるじゃぁ・ぶるぅ」? キース君が怒鳴り付けた相手はソルジャーではなくて会長さん…?
「「「………」」」
もしかしたら、と私たちが恐ろしい予感に青ざめた瞬間、玄関のドアが開いてバタバタと廊下を走る足音が…。
「遅くなりましたぁ!」
衣装ケースを両手で抱え、息を切らして掛け込んで来たマツカ君。
「お帰り、マツカ。…なんだか大荷物みたいだけれど、抜け出して何処に行ってたんだい?」
今は合宿の最中だよね、と壁のスケジュール表を指したソルジャーの後ろでユラリと空間が揺らめいて。
「…ごめん、急いだんだけど間に合わなかった」
ちょっと昼寝をしすぎちゃって、と眠そうに瞬く赤い瞳。それじゃ、こっちがソルジャーですか? さっきから私たちの前に立っていたのはソルジャーじゃなくて会長さんで…。もしかして全部バレました? 抜き打ちチェックとか合宿延長とかそういう以前に、とんでもなくヤバイ展開なのでは…?
「…それでこういう結果になった、と……」
ソルジャーの正装から私服に着替えた会長さんが思い切り顔を顰めました。会長さんの前にはマツカ君が抱えて戻った衣装ケースとウェディング・ドレス。あまりにも突然過ぎた会長さんの帰還にパニックを起こした私たちの思考は隠すどころかダダ漏れになり、全てが見事に白日の下に…。
「…すまん。俺の監督不行き届きだ」
キース君が土下座し、私たちもリビングの床に正座でひたすら頭を下げたのですが。
「まさかここまでやられるとはね…。ブルーがひょっこり出てきたからには何か起こると思っていたけど、よりにもよってぼくのドレスを…」
「いいじゃないか、有効活用してあげたんだし。あのままじゃ宝の持ち腐れだよ」
せっかく素敵なドレスなのに、とソルジャーが割って入りました。
「やっぱりドレスのお蔭なのかな? ハーレイも熱くて激しかったね。君も大いに活用したまえ、君のハーレイなら一発で落ちるさ」
「落としたいわけないだろう! それじゃハーレイの思う壺だし、第一、君がベッドで使ったドレスをぼくが返して欲しがるとでも? マツカ、直してくれたのを申し訳ないけど、そのドレスは捨てることにするから」
「えぇっ? 捨てるんだったらぼくにくれても…」
勿体無い、とソルジャーが止めにかかります。
「そのドレス、とても着心地がいいし、ウェディング・ドレスは持っていないし…。くれないのなら今度ノルディに頼んじゃうよ? 同じデザインで作りたいから注文して、って」
「なんだって!? ノルディにウェディング・ドレスを買わせちゃったら終わりじゃないか! いくら君でも無事には済まない」
「無事に済まない、大いに結構。…ぼくはノルディでも気にならないし?」
いつでもOK、と余裕たっぷりのソルジャーに会長さんは頭を抱え、降参するしかありませんでした。こうしてマツカ君が直してきたドレスはソルジャーに譲られ、ソルジャーは至極ご機嫌で。
「シャングリラ・プロジェクトは無事に終わったみたいだね。君が予定より早く帰れるほどに」
「元々この時間に帰って来るつもりだったんだ。地球まで戻ればソルジャーとしての仕事は無いし、衛星軌道上からの瞬間移動もたまにはやってみたいしね。…それで合宿の抜き打ちチェックをと思っていたのに、君のお蔭で合宿どころかメチャクチャじゃないか」
「「「………」」」
改めて指摘されなくっても、私たちの合宿は大失敗です。サイオンは向上せず、スケジュールは守れず、挙句の果てに会長さんの大事なドレスをソルジャーに掻っ攫われて大人の時間に使われて…。どう考えても合宿延長は免れません。打ち上げパーティーのためにゼル先生がケーキを作ってくれたのに…。パパやママたちが仲間になって、プロジェクト成功を祝う筈だったのに…。
「…まあいいか…」
仕方ないや、と会長さんが溜息をついて。
「ブルーが乱入してきた割には頑張ったようだし、今夜は打ち上げパーティーにしよう。お勤めや掃除をきちんとしたのは分かるしね。ぶるぅ、いつもの店に電話して。パーティー料理を九人分だ」
「え? 一人分足りないよ?」
「ブルーの分かい? ドレスをあげたから食事は無しだ」
それでいいよね、と笑う会長さんにソルジャーが「食事はいいけどデザートは欲しい」と主張し、結局、料理は十人分に。強化合宿最後の夜はゼル先生特製のパッションフルーツケーキも加えて賑やかな食卓になりました。シャングリラ・プロジェクトは無事に終了、パパやママたちからも「帰って来たよ」とメールや電話が…。私たちは会長さんに御礼を言って、夜更けまで盛り上がったのでした。
そして翌朝。泊まっていったソルジャーも交えてダイニングで朝食を食べていると会長さんの携帯電話が鳴って。
「ああ、おはよう。…うん、うん…。そうなんだ。だからね、次の土曜日かなぁって」
「「「???」」」
楽しそうに話をしている電話の相手は分かりません。けれどソルジャーが必死に笑いを堪えています。なんだろう、と思っている間に電話は切れて、会長さんが。
「ぼくのお気に入りのドレスをブルーに譲ってしまったからね…。代わりのドレスを誂えることにしたんだよ。今日、仮縫いに行ってくるんだ」
「なるほど…。出来上がるのが土曜日なのか」
キース君が頷き、シロエ君が。
「ずいぶん仕事が早いですけど、仮装パーティーの時のお店ですか?」
「違うよ、あそこのオートクチュール部門の方さ。いわば本店。値段もとってもゴージャスだけど、スポンサーは確保したから」
「「「スポンサー?」」」
「土曜日になれば分かると思うよ。ドレスのお披露目も兼ねて瞬間移動で招待するから、午前十時にはきちんと服を着ているようにね」
でないとパジャマやジャージで外出だ、と申し渡されて私たちは慌てて「はいっ!」と返事をしました。会長さんの新作ドレスも気になりますが、それよりも我が身が大事です。土曜日は寝過ごさないようにしなくっちゃ! 朝食を終えたソルジャーはドレスを貰って帰っていって、私たちも自分の家に帰って…。
パパやママたちは以前と変わりませんでした。シャングリラ号やサイオンという新しい話題は増えましたけど、その他はいつも通りです。温泉旅行に行っていたことになっているので明日はお土産を配るのだとか。ジョミー君やキース君たちの家でも普段と全く同じだそうで、パパやママたちが仲間になった有難味が分かってくるのは何年も先かもしれません。だって私たち、いつまでも年を取らない子供ですから。
春休みを楽しく過ごしている間に土曜日が来て、会長さんが言っていた午前十時。アルテメシア公園に集まっていた私たち七人グループは突然青い光に包まれ、フワリと瞬間移動していました。周囲に人がいたんですけど、今の、見つからなかったでしょうか?
「大丈夫だよ。情報操作に抜かりはないさ。ね、ぶるぅ?」
「かみお~ん♪ 見て見て、ブルー、綺麗でしょ?」
会長さんは雪のように白いドレスを纏って長いベールを被っています。今度のドレスも長いトレーンで形は前のとよく似ていますが、レースは遥かに細かなもので鏤められた真珠の数も桁違い。お値段が張るというのも頷けました。ところで、ここって何処なんでしょう? 贅沢な造りのお部屋ですけど…。
「一応、新婦控え室だよ」
「「「えぇっ!?」」」
なんですか、それは? 控え室って……しかも新婦って…?
「フォトウェディングを申し込んだから、いろんな場所で写真を撮って貰うのさ。分からないかな、いつものホテル・アルテメシアだってば」
「「「………」」」
私たちがポカンとしている間にメイクの人やカメラマンが来て、白薔薇がメインのブーケを手にした会長さんはホテルのあちこちで記念写真を撮っています。いつの間にやらソルジャーも会長さんの私服で現れ、面白そうに見学中。でもスポンサーは? あの高そうなドレスの代金を払おうという奇特な人は…?
「ほら、あそこ」
ソルジャーに教えられて吹き抜けの手摺りから見下ろしたロビーに教頭先生が立っていました。白いタキシードを着て、時計を眺めているようです。
「ブルーとフォトウェディングを挙げられるって持ち掛けられて、二つ返事でOKしたのさ。ドレスの代金もフォトウェディングの料金の方も全部ハーレイ持ちなんだけど……。そろそろかな?」
「「「は?」」」
何が? と尋ねようとするよりも早く、ロビーに踏み込んで来た黒い人影。小柄ながらも威圧感溢れるその風体に周囲の視線が集まります。黒い革のライダースーツに小脇に抱えたフルフェイスの黒いヘルメット。あれは『過激なる爆撃手』ことゼル先生ではありませんか!
「見つけたぞ、ハーレイ!」
空気を震わせる怒声が吹き抜けの上まで響いてきました。
「ブルーが電話を寄越した時には、まさかと思うておったのじゃが…。ホテルの方に確認したら本当にお前の名前で申し込みがしてあった。ブルーと結婚できないからと思い詰めたあまりにフォトウェディングとは厚かましい! もう一度思い知らせてくれるわ、タキシードで街をパレードせいっ!」
サイドカーがお前を待っておるぞ、とゼル先生は教頭先生を引き摺ってズンズン歩いていきます。会長さんが記念撮影を中断してクスクス笑いながら見送っていますが、教頭先生が気付く筈もなく…。
「誤解だ、ゼル! 私は……私は本当にブルーに頼まれて…!」
「やかましいわい! さあ、行くぞ!!!」
会長さんに騙された教頭先生を待っているのはサイドカーでの爆走でした。スピードに弱い教頭先生、またまた気絶するのかも…。
「今日のサイドカーは空き缶つきだよ、結婚式で車の後ろにつけるヤツ」
楽しげに笑う会長さん。
「ゼルのセンスもなかなかだ。市中引き回しを昼間にやるなら出来るだけ派手な方がいい」
「ふうん? こっちの世界じゃ面白いことをやるんだね」
空き缶か…とソルジャーの瞳がロビーを出てゆく二人の姿を追っています。新郎は拉致されてしまいましたが、フォトウェディングの方は続行でした。純白のドレスでホテルの中を歩く会長さんは注目の的で、溜息混じりの女性も多数。…そんな中でソルジャーが吐息をついて。
「あーあ、今回もハーレイは貧乏クジか…。万に一つくらいは望みがあるかと思ったけどな」
「どう考えても無理だろう。だいたい、あんたがドレスをダメにしたせいで教頭先生はあんな目に…」
気の毒な、とキース君が責めてもソルジャーはまるで気にしていません。ドレスを誂えさせた会長さんにも罪の意識は無いようです。教頭先生、新年度も前途多難そう。シャングリラ・プロジェクトという大仕事を終えたキャプテンなのに、私たち、恩を仇で返してしまいましたか? ソルジャーにドレスを奪われなければこんな悲惨な結末には…。
「や、やめてくれ、ゼル! 濡れ衣だぁぁぁーっ!!!」
バイクの爆音と共に届いた教頭先生の野太い悲鳴。疾走してゆくサイドカーつき大型バイク。サイオンで中継してくれたのは小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「かみお~ん♪ みんな合宿、頑張ったんだね! サイオンのレベルを少し落としてみたんだけれど、いつもみたいに届いたでしょ?」
集中力がついたんだよ、とニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。大荒れだった強化合宿、成果はあったみたいです。パパやママたちが仲間になって、私たちのサイオンも僅かに向上。会長さんもソルジャーもウェディング・ドレスをゲットしましたし、一応、めでたし、めでたしですか? 影の立役者な教頭先生には心からお詫びを申し上げます…。