シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
教頭先生が欲しがっているという会長さんの写真がプリントされた抱き枕。私たちの無知が災いした結果、ソルジャーがその抱き枕をオーダーすると言い出しました。贈り主は誰にする気か分かりませんが、とにかく作ろうというのです。そのための写真を撮り下ろそうと私たちまで会長さんのマンションに移動させられ、ソルジャーはあれこれ思案中。
「う~ん、やっぱりパジャマ姿がいいのかな? 抱き枕はベッドで使うモノだしねえ…」
リビングのソファに陣取ったソルジャーの手には淡い水色のコットンパジャマとミントグリーンのシルクのパジャマ。会長さんの寝室から勝手に引っ張り出してきたのです。ソファの上にはバスローブなんかも置かれていたり…。
「どう思う、ブルー? 君のハーレイはパジャマとバスローブ、どっちにときめくタイプかな?」
「…ぼくが知るわけないだろう!」
不機嫌極まりない会長さんはそっぽを向いて膨れっ面。どう転んでもアヤシイ写真を撮られることに変わりないですし、下手に逆らったらソルジャーは更に調子に乗りそうですし…。会長さんに出来る抵抗はこれが限界みたいでした。一方、ソルジャーは嬉々として私たちに尋ねてきます。
「ねえ、ハーレイが鼻血を出すのはどんな時? ブルーの肌の露出が多い時かな、それともポーズによったりする? どれを優先するのがいいのか、ぼくも悩んでいるんだけれど」
「……好きにしてくれ……」
キース君がフウと吐息をついて扉の方を眺めました。夕食を作りに行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちに紅茶とパウンドケーキを運んできたきり、キッチンに籠って戻って来ません。
「教頭先生の鼻血のことなら、ぶるぅが詳しいと思うんだがな。なんといっても三百年以上の付き合いの筈だ。…それとも子供の感覚だから全然当てにならないのか?」
「ならないねえ…」
当然だろう、とソルジャーは呆れた表情です。
「ぶるぅの記憶を遡っても無駄だと思うよ、その時々のビックリ感が鮮明に残っているだけさ。…ぼくのぶるぅがませているのは知ってるだろう? でも、そのぶるぅでも分かっていない。どんな時にぼくのハーレイがそそられるのかとか、噴火寸前になっちゃうのかとか…そういうことはね」
「そうなのか?」
「残念ながら、そうなんだ。ぼくとハーレイの気分が盛り上がってきてもベッドの脇で無邪気に遊んでいたりする。これから大人の時間だから、と言い聞かせないと土鍋に入ってくれないし…。子持ちはけっこう大変なんだよ」
あちらの「ぶるぅ」はソルジャーとキャプテンが温めた卵から孵ったのだそうで、「ぼくにはパパが二人いるんだ」というのが自慢の種。つまりソルジャーとキャプテンは「ぶるぅ」の両親も同然でした。そんな二人の大人の時間を邪魔しないよう躾けられた「ぶるぅ」がおませになっても仕方ないと言えば仕方ないかも…。ソルジャーは子育てと教育方針を語り、それから私たちに矛先を向けて。
「…こっちのぶるぅに質問するより、君たちの方が断然詳しい。ハーレイの好みのブルーはどれかな? アンケート方式で行ってみようか」
「「「えぇっ!?」」」
質問する暇も与えられずに頭の中に飛び込んでくる雑多なイメージ。会長さんの制服姿に浴衣にパジャマに、チャイナドレスにウェディング・ドレス。いったい何が起きてるのでしょう? アンケートって聞きましたけど、それらしき要素は無いような…。
「終わったよ、ご協力ありがとう。とても貴重なデータが取れた」
満足そうに頷くソルジャー。私たち、何に協力したんでしょうか? もしも会長さんを追い詰めるような情報を漏らしたとしたら、恨まれちゃうかもしれません。えっと、ソルジャー…今のって何かの実験ですか?
「下手にあれこれ細工するより、制服かパジャマがいいみたいだね。ハーレイの鼻血率とブルーの服装に因果関係は特に無さそうだ。…君たちの記憶を見た限りでは」
ちょっと意外、とソルジャーが苦笑しています。私たちの記憶って…さっきのアレで読まれちゃったの?
「まあね。記憶を全部ってわけではなくて、ぼくが知っているブルーの服装を君たちの意識に送り込みながら…同時にハーレイのビジョンを流した。でもハーレイの方は一瞬ずつで、それを見た瞬間の君たちの反応を読み取ったのさ。…こっちの世界のハーレイときたら、どんなブルーにでもときめくんだねえ…。ホントに純情」
そりゃそうでしょう。教頭先生は会長さんを想い続けて三百年です。しかも報われない片想いだけに、想いは募っていくばかり。…でも良かったぁ……私たちの頭の中に妙な情報が入ってなくて。
「最初から期待はしてないよ。だから直接記憶を見たんだ。…さてと、この先が問題で…。制服とパジャマ、どっちにしようか? ハーレイが作りたかった抱き枕はスクール水着の写真だけどさ、普段に妄想しているブルーは圧倒的に制服とパジャマ。さっき見たから間違いない」
「「「見た!?」」」
「うん。ハーレイの心を読み取るくらいは離れていても簡単なんだよ、特に遮蔽もされてないしね。…で、ハーレイの妄想の中のブルーは昼間は制服、夜だとパジャマ。パジャマの方はかなり願望が入ってるのか形が一定しないけど……制服の方は安定してる。ここはやっぱり制服かな?」
「「「………」」」
尋ねられても困ります。教頭先生の妄想の中身は間違いなくきっと大人の時間。抱き枕の販売サイトで目にした絵柄を考えてみるに、カバーに写真をプリントするならキワドイ方がいいのでしょうが……そんな選択を『万年十八歳未満お断り』なんて渾名を付けられた私たちに任せようというのが無理ってもので!
「撮影助手に聞いても無駄か…。じゃ、ブルー。…君はどっちがいいと思う? 制服の君を脱がせる方が教師としてはそそられるのかな? パジャマ姿も捨て難いけど、教師と生徒が盛り上がりそう?」
「……不可って選択肢は無いんだよね? オーダーの話を無かったことにするっていうのも?」
「一切なし。…君が撮影を拒否した場合はスクール水着の写真を使う」
抱き枕のカタログをヒラヒラさせるソルジャーを、会長さんは上目遣いで恨めしそうに見ていましたが…。
「じゃあ、パジャマ。制服は却下」
「なんで? 制服の方がウケそうなのに…」
「絶対イヤだ! ぼくは制服を着て学校に行っているんだよ? いわば普段着。それを見る度に欲情されたら困るじゃないか、ぼくもハーレイも! それとも君はハーレイに恥をかかせたいとか? 可哀想だとか言ってたくせに。学校でウッカリ欲情したら場合によっては惨めなんだ」
教職員用のトイレの個室に駆け込むとか、と会長さん。ソルジャーにもその状況は分かったらしく、「ああ…」と曖昧に微笑んで。
「仮眠室の奥ならともかく、共同トイレの個室に籠って孤独に噴火は悲しいかもね。それじゃパジャマにしておこう。…ハーレイが燃えそうなのは身体のラインが出やすいヤツかな?」
このシルクとか…、と柔らかい薄手のパジャマを広げるソルジャー。撮影会はゲストルームのベッドを使ってすることになり、カメラやライトが運び込まれて私たちはソルジャーに顎で使われ、会長さんはパジャマに着替えさせられて様々なポーズを取る羽目に…。私たちが万年十八歳未満お断りの団体な件は微塵も考慮されませんでした。
「だってさ、見本の絵柄は見ただろう? 君たちだって色々と気になる年頃なんだし、大人の世界を少しくらいは覗いてみたって問題ないよね。それにサムなんかは…ほら、顔が赤い」
役得、役得…とサム君をからかって遊ぶソルジャー。結局、撮影には二時間近くかかってしまい、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれた特製ポテトクリームコロッケや海老コロッケを温めなおして遅い夕食。ソルジャーがこだわりまくらなかったら、出来たてを食べられた筈なんですが。
「ごめん、ごめん。…だけどパジャマから覗いた肌の見え方ひとつで印象が変わっちゃうんだよ。より色っぽく、艶っぽく! ハーレイを喜ばせるには最大限の努力をしないと」
とてもいい写真が撮れただろう、とソルジャーはプリントアウトした写真をズラリ並べて上機嫌。
「サムも記念に1枚どう? 撮影助手のお礼代わりに持ってっていいよ」
「えっ? えっ…。お、俺…? お、俺は…別に、ブルーにそんな…」
「ヨコシマな目では見ていないって? そういえば弟子入りしてたんだっけね」
ソルジャーはクスクスと笑い、会長さんをチラリと眺めて。
「ブルー、君の遊び友達と弟子は実に優秀な子たちだよ。これだけ写真を見せびらかしても誰一人としてトイレに消えない。撮影中も生真面目だったし…。でもハーレイはどうだろうねえ? 出来上がる日が楽しみだな」
選び抜かれた写真データはネット経由で抱き枕を扱うお店に送られてしまった後でした。注文主は会長さんで、贈り主の名も会長さん。お届け先は教頭先生の自宅です。ソルジャーは抱き枕が届く日に遊びに来るとか恐ろしいことを言ってますけど…。
「みんな、今日はお疲れ様。ぼくはブルーの家に泊めて貰おうと思うんだけど、君たちも泊まっていかないかい? せっかくだから話もしたいし」
勝手に仕切り始めるソルジャーの横で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「お泊まりするの? だったら荷物は運んであげるよ、みんなの家に置いてあるヤツ」
パジャマも着替えも歯ブラシも…、とニコニコされると誰もがついつい頷きます。明日も学校はありますけれど、お泊まりしたっていいですよね?
シャングリラ学園特別生になった時から私たちの家族は不思議事情に慣れていました。突然のお泊まりになっても驚きませんし、家から荷物が消えても平気。それぞれが必要なものをイメージすると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で運んでくれて、アッという間にお泊まりグッズの出来上がりです。ゲストルームもすっかりお馴染み。
「かみお~ん♪ お夜食に小籠包を作ったよ! シュウマイもあるから沢山食べてね」
リビングに蒸籠が運び込まれて、杏仁豆腐にオーギョーチ。熱々の点心と冷たいスイーツを楽しんでいると…。
「あっ、いけない。…忘れてた」
ソルジャーが声を上げ、宙に視線を泳がせます。赤い瞳はリビングではなく遥か彼方を見ている模様。ソルジャーの世界に何か用事があるのでしょうか? ひょっとして重大な会議をすっぽかして遊びに来てしまったとか…? 会長さんがソルジャーを見据え、冷たい声音で。
「君の世界に用があるなら帰りたまえ。夜食とデザートは持ち帰り用に詰めさせるから」
「…帰らなきゃいけないような用事じゃないよ。忘れてたのは夜の約束」
「約束?」
「そう、ハーレイと約束してたんだ。今夜は早く仕事が終わりそうだ、ってハーレイが連絡を入れてきたから…。うーん、待ちぼうけを食わせちゃったか」
どうやらソルジャーの世界のキャプテンは青の間で待っているようです。それを聞いた会長さんは喜色満面で「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「小籠包とシュウマイを詰めてあげて。デザートは…あっちのハーレイも甘いものは苦手みたいだし、一人前でいいだろう」
急いでね、と言ったところでストップをかけたのはソルジャーでした。
「帰るだなんて決めつけないでくれるかな? ハーレイとの時間も大切だけど、一回くらいすっぽかしても特に困りはしないんだ。…なんといってもマンネリ気味だし」
「「「マンネリ?」」」
首を傾げる私たちに向かってソルジャーは大きく頷きました。
「そうなんだよね。いつもと同じでいつものコース。ぼくから何か言わない限りは変わり映えのしない時間なんだ。それはそれでいいんだけども、すっぽかされたら次回は励んでくれるかも…。また出版部に企画させよう。脱・マンネリの特集号を」
うんと過激な中身がいいな、と意味深な言葉を呟くソルジャー。大人の時間に関する特集を組んだ出版物を発行させる気なのでしょうが、私たちには無関係です。会長さんも苦虫を噛み潰したような顔で睨んでいるのに、ソルジャーはまるで気にしていません。それどころか待たされているキャプテンを空間を越えて観察しながらクスクス笑って楽しそう。
「ぶるぅにからかわれて焦っているよ。捨てられたの? とか、飽きられたの? って。…倦怠期にはありがちだよね、とも言われてる。ふふ、今こそアレの出番かな。まだ一回も試してないけど」
ソルジャーの手に青いサイオンの光が集まり、空間が揺れてパッと出現したものは…。
「ね? ぼくも作ってみたんだよ。いいだろう、ぼくの特製ハーレイ人形」
「「「!!!」」」
それは鈍い金色に光るキャプテンの像。サイオンを伝えやすい性質を持ったジルナイトとかいう鉱石を混ぜた合金製の人形です。同じ素材で出来た教頭先生がモデルの人魚の像が棚の上に今も載ってたりして…。ソルジャーは会長さんの健康診断の時にドクター・ノルディをモデルに人形を作り、そのノウハウを持っていました。
「ハーレイを待たせるだけじゃつまらないしね…。ちょっとサービスしておこう。まずは伝言」
瞳を閉じて思念を送っているらしいソルジャー。キャプテン宛だとばかり思っていたら、なんと相手は「ぶるぅ」でした。
「土鍋に入って蓋をするよう言ったんだ。今からハーレイが独演会をするからね、って」
「「「独演会!?」」」
「一人でやるなら独演会だろ? で、ハーレイには今から伝える。人形遊びを始めるよ、とね」
人形の話はしてあるのだ、とソルジャーは得意そうでした。
「二人の時間を盛り上げるためのオモチャなんだと教えておいたさ。お互いに写真を撮り合いっこして、ぼくが人形を完成させて……ぼくの人形はハーレイにあげて、ぼくはハーレイのを持っている。…ふふ、ハーレイったら人形は二体セットで使うものだと思い込んでるみたいだね。そうだ、君たちにも見せてあげよう」
私たちの頭の中にキャプテンの姿が浮かびました。青の間の大きなベッドにポツンと腰掛け、所在なげに宙を見上げています。そしてソルジャーの笑いを含んだ思念がフワリと…。
『ハーレイ、この間ぼくが作った人形だけど、あれはセットじゃないんだよ。単体で遊ぶものなのさ。…お前の人形はぼくが今ここに持っている。さてと、どこから遊んでほしい?』
ビクン、と震えるキャプテンの身体。ソルジャーの悪戯な指がキャプテンの像の表面をなぞっていました。キャプテンの像はエロドクターの像と一緒で一糸纏わぬ姿です。ベッドに座ったキャプテンの息遣いはたちまち荒くなり、頬がみるみる赤らんで…。
『どう? 人形遊びをされる気分は。人形を触ると感覚がお前に伝わるんだ。…このままぼくにイかせてほしい? それともバスルームで孤独に噴火? そうそう、ギャラリーが見ているからね。もう一人のぼくと、その友達が7人ほどで別の世界から君の様子を眺めてる』
キャプテンの顔がサーッと青ざめ、ベッドからバッと立ち上がるなり奥に隠されたプライベートエリアへまっしぐら。ソルジャーはおかしそうに笑い転げて人形をツンツンつついています。
「…もう君たちには見えなくなったし、何をやっても許されるよねえ? 今、ハーレイの噴火をお手伝い中。とても元気のいい活火山でさ、マグマがグツグツ煮え滾ってる。…うん、なかなかに具合がいいね、この人形」
今度ハーレイがブリッジに出ている時に試してみよう、とソルジャーは至極ご満悦でした。ちなみにキャプテンの部屋にあるというソルジャーがモデルの人形の方も、ソルジャーの身体とシンクロ可能だそうですが…。それを口にしたソルジャーの瞳がキラリと輝き、ポンと手を打つと。
「思い付いたよ、脱・マンネリ! …次に二人で過ごす時にはハーレイに人形遊びをして貰おう。ぼくを満足させられるまで人形だけしか触らせない。いくら求めても応じはしないし、辛けりゃ一人で噴火だね。もちろん服なんか着てあげないさ。欲情しながらじっくりしっかり、人形遊びを頑張らせるんだ」
楽しいことになりそうだよね、とソルジャーは意地の悪い笑みを浮かべています。あちらのキャプテンも教頭先生には及ばないもののヘタレには違いないですし…出来るんでしょうか、人形遊び…。
「ブルー!!! また君は子供相手に余計なことを…」
会長さんの怒りを他所に、ソルジャーはキャプテン人形で延々と遊び続けています。バスルームのキャプテンがどうなったのか、脱マンネリはどうなるのか……と私たちの頭の中はグルグル混乱状態でした。夜も遅いし、もう寝ようかな? 寝ちゃった方がいいんですよね、明日も学校ありますし……。
会長さんの家から寝不足気味で登校した日から十日ほど経った土曜日の午後。私たちは再び会長さんの家のリビングに揃っていました。お泊まり用の荷物持参で準備万端、お昼のハヤシオムライスも最高の出来。お天気も良く、なべてこの世はこともなし…と言いたい所ですけれど。
「…やっぱり発送されちゃったわけ?」
食後の紅茶を口にしながらジョミー君が尋ねました。相手はパソコンの前の会長さんです。
「発送したとメールが来てる。まだ配達完了の通知はないけど…指定時間と今日のハーレイの予定からして、もう間違いなく今日中に…」
口ごもる会長さんが見詰めているのはソルジャーが会長さんの名前でオーダーをかけた抱き枕の行方。パジャマ姿で誘うように横たわる会長さんの写真がプリントされた特注品の抱き枕は無事に出来上がったとメールが届き、今日、プレゼント用に包装されて教頭先生の家に配達されるのでした。
「…何度もキャンセルしようとしたのに無理だったからね…。もう止められるわけがない」
溜息をつく会長さん。キャンセルにトライする会長さんを私たちは何度も目撃していました。放課後に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に行くと、会長さんがパソコン相手に必死に格闘していたのです。キャンセル用のフォームもあるのにログインしても何も起こらず、とうとう今日に至ったわけで…。もちろん電話も不通でした。
「ブルーが邪魔をしてたんだろう。勝手にキャンセルされないように」
とっても乗り気だったから、と会長さんは浮かない顔。そこへ空間がユラリと揺れて、現れたのは当のソルジャー。
「こんにちは。約束通り見届けに来たよ、抱き枕を手に入れたハーレイをさ」
紫のマントが翻ったかと思うと、ソルジャーは会長さんの私服にちゃっかり着替えています。パソコン画面を覗き込みながら、喉の奥でクッと笑うソルジャー。
「ぼくがハーレイのために注文したのに、キャンセルしようとしてたんだ? 無理、無理、君には出来っこないよ。こういうシステムにサイオンを使って侵入したことないだろう? 注文する時に何重にもブロックしておいたから、万が一、君が気が付いたって筒抜けだけどね……ぼくにはさ」
ネットも電話も自由自在に操れるから、とソルジャーは余裕綽々でした。
「どうしてもキャンセルしたかったんなら、直接出向けばよかったんだよ。そこまではぼくも手を回してない。…でも恥ずかしくて無理だったろうね、君の写真でオーダーしてるし」
出掛けて行けば赤っ恥をかくだけだから、と見本の写真を取り出すソルジャー。ミントグリーンのパジャマで横たわる会長さんの胸元や脚が煽情的に露出している一枚です。潤んだ瞳と薄く開いた桜色の唇が実に色っぽく、この写真を使った抱き枕のオーダーをキャンセルするために製造元に顔を出すのは恥ずかしいなんてレベルでは…。
「ほらね、返す言葉もないだろう? いいじゃないか、君のハーレイの三百年越しの愛に応えて抱き枕くらいプレゼントしても」
喜んでくれるに違いないよ、とソルジャーは自信満々です。配達指定の時間までにはあと少し。教頭先生は在宅中で、抱き枕を積んだ宅配便の車は順調に走っているのだとか。
「…おい、もしかして見物に行く気じゃないだろうな?」
険しい目をするキース君。私たちは教頭先生の狂喜する様子を会長さんの家からサイオンの中継で見る予定ですが…。ソルジャーは「まさか」と一笑に伏し、教頭先生の家の方角を指差しました。
「見に行ったんじゃダメじゃないか。ブルーからのプレゼントってことになってるんだよ? ハーレイは悪戯かもしれないと思うだろうけど、抱き枕には違いない。おまけに素敵な写真付きだ。誘惑に勝てずに行動を起こしてくれると見たね。…それを邪魔しちゃ気の毒だよ」
ハーレイのために作ったんだし、とソルジャーは力説しています。報われない教頭先生がよほど憐れに見えたのでしょうが、抱き枕なんかで報われるのかな…?
「千里の道も一歩から。まずは抱き枕の夢を叶える! それがハーレイが報われるための第一歩。着実に歩みを重ねていけば、いつかブルーが落ちる…かもしれない」
無責任に言い放ったソルジャーはポウッと青いサイオンの光を灯して。
「…抱き枕を気に入ってくれるようなら、これを貸してもいいかなあ…って。ハーレイの部屋から拝借するんだ」
「「「え?」」」
教頭先生の家から何を…? と青い光を注視すると。
「あ、ごめん。ぼくのハーレイの持ち物なんだ、こっちはね。…見てごらん」
光の中に浮かんでいたのは淡く透けている人形でした。青に邪魔されて本当の色が分かりませんけど、もしかして、これはジルナイト? ジルナイトで出来た像なんですか…?
「そうだよ。ぼくとハーレイがペアで作った像の片割れで、ぼくの人形。脱・マンネリを目指してハーレイが修行に使ってる。…だけどヘタレには荷が重すぎて」
実は昨夜も孤独に噴火、とソルジャーは溜息をつきました。
「ぼくが感じる場所も満足に覚えられないヘタレだってことは知ってるだろう? 人形を使って間接的に…というシチュエーションだけでマグマが噴出するらしい。ぼくが少しでも悶えたが最後、ドカンと一発大噴火なんだ」
「「「………」」」
ソルジャーの言いたいことは理解できますが、大人の時間は意味不明です。キャプテンが苦労しているらしい、と漠然と伝わってくるだけで…。で、キャプテンですら手に負えないというソルジャー人形を教頭先生に渡してどうしろと?
「抱き枕は所詮、枕だからねえ…。抱き締めても何が起こるわけじゃなし、報われないままで切ないかな、と。だったらブルーそっくりの人形を撫でて擦って、ぼくが目の前で喘いであげて…」
「却下!!」
会長さんが激しい怒りに燃えていました。ジルナイトの像は一種の幻影だったらしくて、会長さんの一喝と同時に雲散霧消したみたい。会長さんは幻影があった辺りの空間にサイオンの青い火花を散らし、ソルジャーをキッと睨み付けて。
「ぼくが許すのは抱き枕まで! 君の人形をハーレイに渡したりしたら承知しないよ、大変なことになるんだからさ! ハーレイの妄想を実現されたら迷惑なんだ、君が責任を取ると言っても許さない!」
責任の取り方が問題だから、と激怒している会長さん。と、そこでソルジャーが「シッ!」と唇を押さえました。
「…例の抱き枕が届いたらしいよ。今、ハーレイがハンコを押してる」
たちまち凍り付くその場の空気。教頭先生、現時点では中身を知らずにハンコを押してる筈ですが…これから一体、どうなっちゃうの? ソルジャーが特注しちゃった枕を会長さんからの贈り物と信じて抱いて、一人でウットリ昇天ですか~?