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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

眠りの誕生日・第2話

青い卵に戻ってしまった「そるじゃぁ・ぶるぅ」。冬休みに入った私たちは初日から会長さんの家を訪ねて、卵の入ったバスケットを囲んでゲームや食事。会長さん曰く、一人だと寂しいからだそうですが…。
「あんた、フィシスさんはどうしたんだ? 何も俺たちを呼ばなくっても…」
二人で過ごせばいいだろう、というキース君の指摘は尤もでした。今までにも土日という形で休日があったのです。私たちに召集はかかりませんでしたし、会長さんは一人じゃなかった筈ですけれど?
「…限界突破しそうなんだよ、フィシスと二人きりだとさ」
「「「は?」」」
「だから、限界。…ぶるぅが卵に戻っている間はね、フィシスは泊まっていかないんだ。ぶるぅは寂しがりだと前に話さなかったっけ? そのためにクッションを敷くんだ、って」
卵の下に敷いてあるコレ、と会長さんが指差したのはフィシスさんの手作りクッションです。
「普通のクッションじゃ駄目なんだよ。サイオンを持った仲間が心をこめて作ってくれたクッションでないと…。そういうのは思念が残りやすい。ぼくの思念を宿らせておけば、留守にしてても安心して眠っていられるんだよ、ぶるぅはね。…フィシスに出会う前はエラが作ってた」
そういえば、そんな話がありました。でも、それとフィシスさんが会長さんの家に泊まらない事とに何の関係が? サッパリ分からないんですけど…。
「寂しがりだと言っただろ? いくら思念を残しておいても留守に出来るのは五時間が限度。それを超えて放っておくと、戻って来た時に卵がシクシク泣いてるんだよ。…本当に涙を流すわけじゃないけど、泣きそうな気持ちが流れて来るのさ」
とても放っておけやしない、と会長さんは卵をそっと優しく撫でて。
「そこまで寂しがり屋の卵がいるのに、フィシスと二人で過ごせるわけがないだろう? ぼくの枕元が卵の間の指定席なんだけど、これがまたまた問題で…。普段のぶるぅはフィシスが泊まりに来ている時には土鍋ごと別の部屋に行く。だけど卵の間はそうはいかない」
枕元でないと寂しがるんだ、と会長さん。フィシスさんと出会ってから初めて迎えた卵の時期に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を入っていた籠ごと別の部屋に移し、フィシスさんと一夜を過ごしたら…。
「もうシクシクなんてレベルじゃなくて、ビショビショとでも言うのかな? 一晩中おんおん泣いてました、って気配がビシバシ漂ってきてさ。…これはアウトだと痛感した。かといって、ぶるぅの卵を枕元に置いてフィシスと楽しむわけにも…ねえ?」
教育上とてもよろしくないし、と溜息をつく会長さん。
「そういうわけで、ぼくは絶賛禁欲中! どれほど辛いか、万年十八歳未満お断りの君たちには理解不能だろうけど、とにかくキツイ。…フィシスと二人きりでお喋りをして、夜になったらサヨナラだなんて耐えられないよ。それくらいなら会わない方がマシなんだ」
この前の土日で身にしみた、と会長さんは呻きました。
「今度二人きりで会ってしまったら、もうダメだね。ぶるぅの卵がビショビショになろうが我慢できないし、下手をすればベッドまで行く暇も惜しいってことになるかも…」
とにかくピンチ、と両手で×印を作る会長さんの姿に天井を仰ぐ私たち。シャングリラ・ジゴロ・ブルーなことは知っていましたが、フィシスさんとの熱愛っぷりも半端じゃなかったみたいです。二人きりで過ごすと危ないんですか、そうですか…。だからと言って一人でいるのは寂しいからと私たちを招集するとは、会長さんも卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大してレベルは変わらないんじゃあ…?

禁欲生活の辛さを訴える会長さんのお相手を三日間も務め、ついに迎えたクリスマス・イブ。私たちはイブのパーティーと、クリスマス当日に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を叩き起こしてお誕生日にするという目的の下に、今日も会長さんが住むマンションへ。昨日までと一つだけ違っているのは…。
「これの出番があるといいよね」
ジョミー君が手にした紙袋を持ち上げて見せ、キース君が。
「出番が無かったら大変だぞ。ぶるぅの泣き顔は見たくないしな、根性を入れて頑張らないと」
「でもさ、ホントに役に立てるわけ? 卵の中って思念が届きにくいんだよね」
ぶるぅが前にそう言ってたよ、というジョミー君の言葉に、私たちは暫し考え込んで…。
「まあ、頑張るしかないだろう」
キース君がグッと拳を握りました。
「俺たちに全く自覚が無くてもブルーがサイオンを使う時に役に立つのは、学園祭のサイオニック・ドリームで証明されてる。いるだけで役に立つんだったら、思念が届いていないとしても「起きろ」と叫べばいいんじゃないか?」
「あ、そうかも…。力のことはブルーに任せて、そこにいるのが重要なんだね」
パーティーをうんと盛り上げるとか、とジョミー君。
「そんな話があったじゃない。閉じ籠っちゃった神様を引っ張り出すのに表で宴会するってヤツが」
「天岩戸か。…そう簡単にいけばいいがな、なにしろ疲れて眠っているんだ。ブルーも今度ばかりは自信が無いと昨日も何度も言ってたし…」
本当にそれの出番があるといいな、とキース君が視線をやるのはジョミー君が提げている紙袋。中には可愛くラッピングされた箱が入っています。箱の中身は会長さんからの頼まれ物で、私たちから「そるじゃぁ・ぶるぅ」へのバースデー・プレゼントでもありました。
「…お気に入りのマグを割っちゃったなんて、きっとホントに眠かったのね…」
スウェナちゃんが呟き、サム君が。
「知らなかったもんなぁ、そんな話…。俺、ブルーの家まで朝のお勤めに行っていたのに、ぶるぅのマグには気が付かなくて…。割ったの、卵に戻る一週間ほど前って話だったもんな」
それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻った後で会長さんから聞かされた話。学園祭でサイオンを使い過ぎて以来、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は時々眠そうにしていたそうです。そんなある夜、お気に入りのアヒルちゃんのマグカップを洗って棚に片付けようとして手を滑らせてしまい、真っ二つに…。
ションボリしていた「そるじゃぁ・ぶるぅ」のために会長さんは新しいマグを買おうとしたのですけど、運悪いことに在庫切れ。クリスマスまでには入荷するというので注文しておき、先日やっと店に届いたので私たちが取りに行ったのでした。
え、それなら会長さんからのプレゼントだろうって? 会長さんは「サイオンの使い過ぎで眠らせてしまってクリスマス前のお楽しみを台無しにした」反省をこめて、クリスマス限定メニューを再現して貰うことをプレゼントにするらしいのです。予め予約は要るそうですけど、チケットを既に手配済みだとか。
「ゴージャスだよねえ、行きつけのお店、多そうだもんね」
羨ましいな、とジョミー君。
「アヒルちゃんマグとは格が違うよ、ぶるぅもそっちの方が良さそう」
「そりゃ、お前…。三百年以上の付き合いなんだぜ、あいつらは」
俺たちとは比べ物にならんさ、とキース君が苦笑しています。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は一心同体のようなものなのですから、私たちとは別格で…。アヒルちゃんマグをクリスマスの日にバースデー・プレゼントとして手渡すためにも、会長さんには三百年越しの絆を生かして貰わなくっちゃ!

マンションに着き、管理人さんに入口を開けて貰ってエレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らすと会長さんがドアを開いてくれて…。
「いらっしゃい。どうぞ入って」
お邪魔します、と会長さんに続こうとした私たちは大きな靴に気が付きました。ビッグサイズの男物。会長さんには大きすぎますし、このサイズの靴の人物といえば…。
「あ、分かっちゃった? サプライズ・ゲストだったんだけどな、ハーレイは」
「「「教頭先生!?」」」
どうして教頭先生が、と驚きですけど、会長さんは気にしない風で。
「サプライズって言っただろう? パーティーの案が出ていた時から呼ぼうと思っていたんだよ。ホントはフィシスも呼びたかったけど、禁欲生活が厳しすぎてねえ…」
パーティーなんかしたら限界突破、と大袈裟な身振りで肩を竦める会長さん。
「うっかりフィシスと過ごしてごらんよ、今夜こそ我慢できなくなる。ぶるぅが卵で過ごす最後の夜を涙でビショビショにしてしまったら申し訳ないなんてレベルじゃなくてさ…。次に卵に戻る時まで延々と引き摺ってしまいそうだよ。ぶるぅはコロッと忘れちゃっても、ぼくの方がね」
「…あんた、今まではどうしていたんだ」
キース君がドスの効いた声で。
「そこまで切羽詰まってるんなら、今までは? この前の話じゃ、卵に戻っている期間中は禁欲生活ってことだったが…。本当に禁欲してたのか?」
「…バレちゃったか…。ぶるぅには内緒にしといてよ? ちょっと抜け出してフィシスの家へ…ね。ただ、今回は誓って一度もやってない。真剣に反省してるんだ、ぼくは。…ぶるぅの体調に気付かなくって眠りの時期を早めたことをさ」
保護者失格に加えて保護責任者遺棄は出来ないよ、と会長さんは大真面目でした。そこまで反省していたのか、と会長さんの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に対する思いの強さを実感しながらリビングに行くと。
「おお、遅かったな。…何か内緒の相談事でもしてたのか?」
教頭先生がにこやかに笑っておられます。
「…なかなかブルーが戻らないから、ついつい昔を思い出してな」
「ホントだ、ずいぶん久しぶりだねえ」
懐かしいや、と会長さん。
「「「???」」」
「ほら、ハーレイの手許だよ。…気が付かない?」
「「「あっ!!!」」」
ソファに座った教頭先生の両手は膝の上。褐色の逞しい手がふんわりと合わされていたのですけど、少し片手がずらされた隙間から覗いたのは青。卵になった「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生の手の中に…。
「ハーレイと旅をしていた間に卵に戻ったことがあってね。…これは温めるものなのか、って訊いてくるから「適当」って答えたんだけど…。実際、ぼくも温め続けたわけではないし、放置で問題ないんだけど」
「そうは言われても、私にすれば卵は温めるのが常識だしな…。お前が放っておくものだから、温めてやった方がいいんじゃないかと思ったんだ。しかし、抱えて寝たら壊しそうだし…」
それで手の中で温めたんだ、と教頭先生。卵が孵るまでの間、暇があったら両手で温め、夜も会長さんが放置していた時には手の中に包み込んで寝て…。
「ぶるぅがハーレイに懐いてるのは、その思い出があるからかもね。ぶるぅの卵を温めたことがある人間は、ぼくの他にはハーレイしかいないものだから」
「「「フィシスさんは?」」」
「手に持ったことはあるけどさ…。温めなくても大丈夫だってハッキリしてから出会ったわけだし、卵を温めている暇があったら他に温めて欲しいものが…ね。ぼくの心とか、他にも色々」
そういうオチか、と頭を抱える私たち。けれど教頭先生がサプライズ・ゲストで呼ばれているのは、それなりの理由があるのだそうで。
「言う前に再現してくれちゃったけど、ぶるぅの育ての親ってヤツさ。今度の眠りは普通じゃないから、色々試してみる必要があるかもしれない。…ぼくが起こして起きなかった時はハーレイに温めて貰うんだ」
「あんたが温めればいいんじゃないのか?」
誰が温めても同じだろう、というキース君の突っ込みに、会長さんは。
「分かってないねえ、ぼくが温めながら呼び掛けたってインパクトの方はイマイチなんだよ。昔と同じハーレイの温もりっていいと思わないかい? きっと「なんだろう? 誰なんだろう?」と気になってくるさ。そういう気持ちの揺れが大切」
それが目覚めに繋がるから、と説明されると納得です。クリスマスになっても「そるじゃぁ・ぶるぅ」が起きない時には教頭先生の両手が孵卵器。会長さんの思念とセットで優しく揺り起こされたら、なんとか目覚めてくれますよね…?

例年だったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮った料理がテーブルの上にズラリと並ぶクリスマス・イブ。けれど「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまった今年は御馳走尽くしというわけにはいかず…。
「ぶるぅはクリスマス限定メニューを食べ損なったまま寝ちゃったんだしね、質素にいくよ」
会長さんがそう宣言すれば、教頭先生が深く頷いて。
「うむ、鶏の丸焼きだのターキーだのは自粛するのが筋だろうな。ぶるぅが明日の朝に起きたとしても、取り置きは多分、喜ばんだろう。朝には朝のメニューがあるし」
「そうなんだよね、ぶるぅはキッチリしてるから…。下手に取り置いてあげたりしたら、それで料理を始めそうでさ。そのままで食べるよりアレンジだもん、とか言って、みんなで食べられる何かにリメイク」
それは如何にもありそうです。卵から孵ったばかりの「そるじゃぁ・ぶるぅ」に誕生日から料理をさせるというのは最低ですし、回避しなくちゃいけません。今夜のメインはフライドチキンのパーティーバーレル。サンドイッチにフライドポテトにホットビスケット、それからサラダにナゲットに…。
「えっと…。ホントだったらこれが普通のクリスマスだよねえ、高校生って」
今まで気付いてなかったけどさ、とジョミー君がチキンを頬張っています。
「そうだな、今までが贅沢過ぎたか…。俺たちだけでクリスマス・パーティーをやった時にはカラオケボックスだったしな」
あれは一昨年のことだったか、とキース君。その年は会長さんが「フィシスさんと静かにクリスマス」を希望したのでパーティーの日がズレたのでした。もちろん仕切り直しのクリスマス・パーティーを後でやりましたし、その時は豪華な御馳走があって…。
「今年は仕切り直しの予定は無いし、マザー農場のステーキディナーも逃しちゃったし…」
普通の高校生のクリスマスだと分かっていても寂しいよね、とジョミー君が零しています。クリスマス当日の明日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵が孵化しなかったらパーティーどころではないわけで…。
「おい、愚痴っているより盛り上げないと…。ぶるぅがしんみりするだろうが!」
天岩戸な作戦はどうした、とキース君が喝を入れたのですけど、こればっかりは気分の問題です。元気な主役が欠けているのに、どうしろと?
「だよな、ぶるぅが足りねえんだよな…」
サム君がテーブルの真ん中に据えられたバスケットの縁をチョンとつついて。
「かみお~ん♪ って、一発叫んでくれたら一気にお祭り騒ぎなのに…。なんか気分が乗らねえんだよ」
「…ぼくも同じさ」
ぶるぅがいないと寂しくて、と会長さんが卵の上にチキンナゲットを翳しています。
「食べ物に釣られて目を覚ますとか、そういう類のヤツだったらねえ…。ぶるぅはナゲットも好きなんだ。グルメも好きだけどB級グルメまでカバーしてるし、何か飛び付くモノでもあればね…」
やっぱりダメか、とナゲットを口に放り込む会長さん。えっと、今、ナゲットで起こしちゃったらクリスマス・イブがお誕生日になっちゃいますよ?
「ん? ああ、その点は大丈夫だよ。ナゲットに飛び付いたとしても意識が揺れてくるだけだから、「まだ起きなくていいからね」と返せばいいんだ。そしたら「うん」と眠そうに返事して眠り続ける」
「あんた、起きそうなのを眠らせてたことがあったのか? 自分の都合で?」
酷すぎるぞ、とキース君が怒れば、会長さんは。
「違うよ、夜遅くとかに意識が浮上してきた時だよ、それをやるのは。同じ起きるなら爽やかな朝! 夜中に生まれて早速夜食じゃ不健康でさ」
「本当か? 単にあんたが夜食を作るのが面倒だったとかもありそうだぞ」
「…一度も無いとは言い切れないかな…」
あったのかい! と私たちは呆れ、教頭先生も「それは酷いな」と苦笑い。そこへ…。
「かみお~ん♪」
「「「えっ!?」」」
響き渡った元気な声にビックリ仰天。反射的にバスケットの中を見たのですけど、青い卵はそのままです。
「こんばんは。…来るのが遅くなっちゃってごめん」
振り返った先に立っていたのは紫のマントのソルジャーと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のそっくりさんの「ぶるぅ」でした。遅くなってごめん、って二人とも呼ばれていたんですか?

「ごめん、ごめん。…つい、言いそびれちゃって」
ぼくが招待したんだよ、と会長さんが詫びて二人の席を作るようにと言いました。私たちは場所を譲り合い、ソルジャーと「ぶるぅ」が腰を下ろして。
「…招待されたのは嬉しいんだけど、ぼくのシャングリラも今日はクリスマスのパーティーなんだ。でもって今年は向こうの方が御馳走でさ…。食べてたらついつい時間が経ってしまったってわけ」
「かみお~ん♪ ぼくも沢山食べたもん! でも、こっちのも美味しいね」
チキン大好き、と「ぶるぅ」はパーティーバーレルを器ごと傾け、残っていた分をバリバリ骨ごと噛み砕いています。
「あっ、ずるい!」
ジョミー君が叫びましたが、「ぶるぅ」は「置いとく方が悪いんだも~ん♪」と何処吹く風。フライドポテトもナゲットもサラダもアッという間に食べ尽くされて…。
「やられちゃったか…。こういう時にはお菓子だよねえ、足りない人はカップ麺も用意してるから」
会長さんがスナック菓子や焼き菓子を山ほど運び込み、カップ麺も出てきて、男の子たちが早速お湯を沸かせば「ぶるぅ」が蓋を半分開けたカップ麺を五個も並べて待ち受けていて…。
「実に見事な食いっぷりだな、そっちのぶるぅは」
教頭先生が目を丸くすると「ぶるぅ」は「食べ盛りだもん!」と即答です。さっきまで盛り下がっていたリビングはたちまち賑やかになり、スナック菓子もあちこちで開封されて、これぞパーティー!
「ありがとう。君の世界もパーティーだったのに来てくれて」
お蔭でパーティーらしくなったよ、と会長さんが御礼を述べるとソルジャーは。
「盛り上げ役なら任せといてよ、ぼくは陰気なのは嫌いだしね。…でもさ、ぶるぅはどうなんだい? 君は明日には孵化する筈だと言っていたけど、気配も無いよ?」
「…正直、ぼくにも自信が無いんだ。だから君にも来てもらった。こんな料理しか無くて悪いけど、ぶるぅが卵から孵化してくれたら誕生祝いでドカンと豪華なケータリングを頼むんだ」
ダメ元で予約はしてあるんだよ、と会長さんは私たちには告げなかったことを話しています。まあ、ソルジャーに出張を依頼したのなら料理で釣るのは妥当ですけど…。
「ふうん? 孵化しなかったらキャンセルってこと?」
「残念ながらそうなるね。あ、君への出張手当に持ち帰りっていうのもアリか…。キャンセル料は全額なんだし、そっちの方がお得かな」
「だったら持ち帰りコースで頼むよ、ぶるぅも喜ぶ。…だけど、こっちのぶるぅが孵化してくれるのが一番だよね。一晩でグンと大きく育つのかい?」
「「「は?」」」
会長さんも私たちも、質問の意味が掴めませんでした。育つって…卵が? どうやって?
「あれっ、もしかして育たないのかい、この卵は?」
「卵は育ったりしないだろう!」
サイズはそのままで中身が成長するものだ、と会長さん。
「ぶるぅの卵は少し違うけどね、大きさが変わらないのは普通の卵と同じだよ。…ん? そういえば君のぶるぅは違ったっけ…。卵が育ったと聞いたような…?」
「そうだよ、最初は指の先ほどの小さな白い石。それが今のぶるぅの卵くらいのサイズの青いのに変わって、それから成長していった。ハーレイと二人で温める内にこれくらいまで育ったよ」
ソルジャーが両手で示したサイズは抱えるほど。その卵を割って生まれて来たのが「ぶるぅ」だそうで…。
「かみお~ん♪ 大きな卵でないと窮屈だもん! ぶるぅは違うの?」
「ぶるぅだって不思議に思うよねえ? これが明日には孵る予定なんて…」
「あっ、もしかして、もう中で育ってるかも!」
割ったら生まれてくるんじゃないの、と「ぶるぅ」は卵に手を伸ばしました。
「早く一緒に遊びたいもん、割ってもいい?」
「「「ダメーッ!!!」」」
それだけはやめて、と私たちの悲鳴が上がり、会長さんが素早く卵を奪い取って。
「ぶるぅ、遊びたいのは分かるけどね。今、生まれたら、誕生日はいつになるのかな?」
「え? えっと…。えとえと、クリスマス…イブ…だよね?」
「君の誕生日はクリスマスだろう? お揃いの日じゃなくなっちゃうよ」
「えーっ…。そんなの嫌だよ、お揃いだもん!」
絶対一緒の誕生日がいい、と「ぶるぅ」は卵を割るのをアッサリ諦めた様子。あーあ、寿命が縮みましたよ、割られちゃったら生まれるどころか消えちゃうかもです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」。

クリスマス・イブのパーティーは和やかに続き、バスケットの中の青い卵も嬉しそうにしている気がします。教頭先生が「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵を温めたことがあるという話はソルジャーと「ぶるぅ」にも大ウケで。
「なんだ、こっちのハーレイもパパかママかのどっちかなんだね、ぶるぅにとっては」
ウチと大して変わらないじゃないか、と笑うソルジャー。
「ブルーが放置していた卵をせっせと温めていたんだったら、ママってことで決まりかな? 鳥だって雌が卵を抱くのが基本なんだろ、雄の役目は巣の雌に餌を運ぶことでさ」
「自分の物差しで計るのはやめてくれたまえ。ぼくはハーレイに温めてくれと頼んだ覚えは微塵も無いし、ハーレイの面倒をみてもいないし!」
気味の悪いことを言わないでくれ、と会長さんは唇を尖らせています。その一方で「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「そっか、こっちでもハーレイはママなんだね! ぼく、ブルーから「ハーレイがママだ」って何度も教わったけど、やっぱり間違いじゃなかったんだぁ…。あ、今はそんなにこだわってないよ、ブルーとハーレイ、結婚したもん♪」
こっちの世界での結婚だけど、と「ぶるぅ」はニッコリ満面の笑顔。
「どっちがパパでママでもいいんだ、きちんと結婚してくれていれば! ブルーに何度も脅されたもんね、結婚する前に離婚するぞ、って」
「「「………」」」
ソルジャーとキャプテンの「ぶるぅ」のママの座を巡る争いに巻き込まれた記憶は鮮明です。二人が結婚してくれたお蔭で争いの方も収まったようで、私たちは心の底からホッと一息。あらら、ワイワイやってる間に日付が変わってしまっていますよ、リビングの時計の針が午前0時を過ぎているではないですか!
「ぶるぅ、子供は寝た方がいいんじゃないか?」
サンタクロースが来てくれないぞ、と教頭先生に諭された「ぶるぅ」は時計を眺め、それからバスケットに向き直って。
「もうクリスマスになったんだよね? ぶるぅと一緒にサンタさんを待つ!」
いつだって二人一緒だもん、と「ぶるぅ」が青い卵を掴もうとするのを、会長さんがバスケットごと引っ手繰って胸に抱え込んで。
「割っちゃダメだ! ホントだよ、まだ時期が来ていない。卵を割ってもぶるぅはいない」
「嘘…。だって、ぶるぅの卵なんでしょ?」
中にいるよ、と言い返す「ぶるぅ」。
「ぼく、卵から出る前の日くらいにはゴソゴソ動いたりしてたもん。誰か外から割ってくれたら楽なのになぁ、と思ってたし!」
早く割って出してあげようよ、と「ぶるぅ」は本気モードでした。この調子では目を離した隙に割ってしまうかもしれません。監視係が必要でしょうか? それとも卵を死守するべき…?



 

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