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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

眠りの誕生日・第3話

ソルジャーと「ぶるぅ」も加わって食べたり飲んだりしている内に日付が変わって、クリスマス。夜中とはいえ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が誕生日にするんだと主張した日で、「ぶるぅ」の誕生日でもある日です。もう卵から孵ってもいい筈だ、と「ぶるぅ」は頑固に言い張っていて。
「あのね、卵のままだとサンタさんが来てくれないかも! 卵を割るのを手伝ってあげたら、ぶるぅも絶対喜ぶもん!」
殻を割るのは大変なんだよ、と「ぶるぅ」は自分の体験談を語っています。
「ブルーは寝相があまり良くないし、ぼくの卵がベッドにあってもハーレイと大人の時間を始めちゃうしさ…。何度ベッドから落っことされたか数えきれないくらいだし! そのせいなのかなぁ、落っこちても卵が割れないように殻がとっても固かったんだ」
叩いたくらいじゃ割れないよ、と普通の卵との違いを強調する「ぶるぅ」の横からソルジャーが。
「あれは石だったね、ハッキリ言って。貰った時から白い小さな石だったけど…。ぶるぅの卵をくれたのが誰か、ぼくにも未だに分からないんだ。クリスマスのプレゼントに混ざっていて、生まれた年のクリスマスに服が届いたからサンタクロースじゃないかと思うんだけどね」
こっちのぶるぅと違ってさ、とソルジャーが言うのは生まれの違い。会長さんの願いから生まれたのが「そるじゃぁ・ぶるぅ」で、謎のプレゼントが「ぶるぅ」です。それだけに卵の性質が違っていても無理は無いのですが…。
「石が育った卵だからねえ、もちろん殻も石なわけ。割れなくて丈夫で、ぼくとハーレイが温めるにはピッタリだった。ベッドからウッカリ蹴り落としちゃっても無問題! ぶるぅは苦労したみたいだけどね」
ペロリと舌を出すソルジャーに「ぶるぅ」は膨れっ面で。
「そうだよ、大きくなったから卵から出ようとしたら割れないし! コンコン叩いてもブルーもハーレイも聞いちゃいないし、疲れてそのまま寝ちゃったもん…。どうやったら割れるのか分からなくって、泣きそうになってたら急に力が湧いて来たんだよ、それを使ったら割れたんだけど」
「いいじゃないか、お蔭でサイオンが目覚めただろう? 三分間限定だったけどねえ」
ぼくもアレにはビックリしたよ、と語るソルジャーによると「ぶるぅ」の卵はソルジャーとキャプテンの目の前で青く発光し始め、そのままパリンと割れたのだそうで。
「ニュッと小さな拳が出てさ、最初の言葉が「かみお~ん♪」だよ? でもって「はじめまして、パパ、ママ!」と言われたら誰でも目を剥くさ。いやもう、誰がママなんだ、ってね」
「…その時から既に波乱の種があったんだよねえ、君たちの場合」
会長さんが大きな溜息をつき、それからハッと「ぶるぅ」に視線をやって。
「ぶるぅ、「かみお~ん♪」っていうのは何なんだい? なんで言い出したか覚えてる?」
「え? えっと、えっとね…。なんだろう、挨拶は「かみお~ん♪」だって思ってたけど、シャングリラじゃ誰も言わないね…。ぶるぅは言うけど、あれは何なの?」
分からないや、と「ぶるぅ」は首を傾げています。卵の中で育つ間に挨拶の言葉は「かみお~ん♪」なのだと思い込んでいて、それを最初に口にしたのが卵を割って生まれた時で。
「…もしかして、ぶるぅのが移ったのかなぁ? ぶるぅの方がぼくよりずっと長生きだもんね、六歳にならないっていうだけで!」
きっとそうだよ、と「ぶるぅ」がニッコリ笑うと、ソルジャーも。
「ぶるぅの言う通りかもしれないね。…ぼくにもブルーにも自覚は無いけど、シャングリラの設計図と『かみほー♪』を共有しちゃった過去がある。それと同じで、ぶるぅ同士で「かみお~ん♪」を共有しちゃったんだよ、ぼくのぶるぅが卵の間に」
「なるほどねえ…。ぼくは貰ってばかりだったけど、ぶるぅがお返ししてたのか…」
たかが挨拶の言葉だけどね、と苦笑しつつも会長さんは嬉しそうです。『かみほー♪』がソルジャーの世界から来た歌だというのは学園祭の時に知ったばかりですけど、シャングリラ号の設計図と同じく頂き物。私たちの世界にはお返しに相応しい品は無いのだと思ってましたが、既にお返し済みでしたか!
「えとえと…。お話、終わった?」
ぶるぅを起こしてあげたいんだけど、と「ぶるぅ」が無邪気な瞳でバスケットを見詰め、会長さんが慌ててしっかり抱え込んで。
「これはダメ! 本当に君の卵とは違うんだ。確かに殻は丈夫だけれども、中で困っていたりはしない」
「…ホント? 卵から生まれたこともないのに、絶対違うってなんで言えるの?」
割ってあげると喜ばれるよ、と振り出しに戻る「ぶるぅ」の話。これは本当に卵の番人が必要なのかもしれません。とはいえ、「ぶるぅ」もタイプ・ブルーです。三分間限定なのは力が全開の時だけですし、四六時中監視を続けるとなると、会長さんが寝ずの番とか…?

「…口で説明したんじゃ無理か…。割られちゃったら元も子も無いし…」
ちょっと待ってて、と会長さんはリビングを出てゆきました。バスケットは教頭先生が預かり、「ぶるぅ」が卵を奪わないようにソルジャーが小さな肩を両手でガシッと押さえています。しかしソルジャーにも会長さんの意図は今一つ分からないようで。
「ブルーは何をする気なのかな? 読んで読めないことはないけど、せっかくだから楽しみに待とう」
「ねえねえ、なんで卵を割っちゃダメなの? 早く一緒に遊びたいよう…」
もうクリスマスだから誕生日だもん、とゴネる「ぶるぅ」をソルジャーがスナック菓子を食べさせて宥める内に会長さんが戻って来ました。両手の上に乗っかるほどの四角い紙箱を右手に持って、左手にスーパーのビニール袋を提げています。
「お待たせ。それじゃ急いで作るから」
「「「何を?」」」
一斉に尋ねた私たちの前で会長さんは紙箱をテーブルに置き、スーパーの袋から取り出したのはカッターナイフ。それで紙箱の蓋に「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵より少し小さい丸い穴を開け、袋の中から裸電球などを…。出来上がったのは手作り検卵器。卵を下から照らして中の様子を調べるヤツです。
「はい、完成。これだとサイオンに干渉されずに卵の中を見られるよ。…ぶるぅの卵は特別だからね、サイオンで透視したんじゃ実感が掴めない可能性大。だってサイオンしか入ってないしさ」
こんな感じで、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵をバスケットから出して紙箱の蓋に開けた穴の上に置いてみせました。箱の中には裸電球が灯ってますから、青い卵がボウッと透けてくるわけで…。私たちは順番に覗きましたが、卵の中身は。
「…空っぽだよ?」
ジョミー君が声を上げ、キース君が。
「卵になってからかなり経つのに、影も形も見えないとはな…。今日を誕生日にするのは無理か…」
「ですよね、これじゃ何ヶ月待てばいいのか分かりませんよ」
シロエ君が心配そうに。
「…会長、前に言いましたよね? ぶるぅは入学式に必ず姿を見せることになっているから、その時期を避けて卵になる…って。間に合うんですか、入学式に? まだ三ヶ月以上はありますけれど…」
「大丈夫。中に姿が見えないからって、本当にいないわけじゃない。…ぶるぅは今もこの中にいる。サイオンに姿を変えているだけ」
「「「サイオン!?」」」
ソルジャーまでが驚くのを見て、会長さんはクスッと笑うと。
「…流石のブルーもビックリってね。何度も話をしただろう? ぶるぅはぼくの願いが生み出したもの。だからサイオンから生まれて来るんだ。卵に戻ってやり直す時はサイオンの塊に戻るわけ。…サイオンの力が充分に溜まって意識が目覚めたら卵が孵る。それまではサイオンしか入ってないのさ、この中にはね」
だから割っても無駄なのだ、と「ぶるぅ」を見詰める会長さん。
「もしも卵を割ってしまったら何が起こるか、ぼくも分からない。…ぶるぅがこの世から消えてしまうのか、新しい卵が現れるのか、それも全く分からない。ぶるぅ自身にも分かってないんだ、だから割るのは絶対に駄目だ」
時期が来たら自然に割れるから、と会長さんは青い卵を手作り検卵器からバスケットのクッションの上に戻して。
「ぼくもね、何度目かの卵に戻った時から色々観察してみたよ。サイオンで覗いたり、今日みたいな仕掛けを作ったり…。観察日記をつけたこともあるし、半時間ごとに毎日覗いたこともある。…そこまでしても掴めないのさ、目覚める直前の感じってヤツが」
いつ覗いても青いサイオンが中に凝っているだけなのだ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が姿を変えた卵を大切そうに撫でました。
「だから中身がこの状態でも半時間後には孵化しているかもしれないんだよ。起こしてみたら起きるかもしれない。でもね、まだクリスマスの日が始まったばかりの夜中だし…。良い子にはサンタクロースが来る夜なんだし、起こしてみようとは思わない」
良い子はぐっすり寝ていなくちゃね、と視線を向けられ、「ぶるぅ」がピョコンと飛び上がって。
「大変! サンタさん、まだ通り過ぎちゃっていないよね? 大丈夫だよね、ぶるぅの所にまだプレゼントが来てないもんね!」
寝に行かなくちゃ、と「ぶるぅ」は大慌てでリビングを飛び出してゆき、開け放たれたままの扉からゲストルームの扉を閉める音がバタン! と大きく響いて来て…。
「…やれやれ、命拾いをしたかな、ぶるぅ?」
危なかった、と会長さんがバスケットの蓋を閉めています。
「これでぶるぅも卵を割りには来ないだろう。ぶるぅの土鍋を借りて丸くなったし、朝までぐっすりって所かな。…ぼくたちも寝ようか、徹夜パーティーって気分じゃないんだ」
「そうだね、明日が本番だしね。ぶるぅが起きなかったら大変そうだ」
ソルジャーが頷き、大騒ぎだったイブのパーティーはお開きに。私たちは片付け上手で綺麗好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」の代わりにリビングを掃除し、食器もきちんと洗って棚に仕舞ってから解散でした。夜が明けたら正真正銘、クリスマス。どうか「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちゃんと目覚めてくれますように…。

卵に戻った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が心配で堪らなかった割には、しっかり眠った私たち。いつものお泊まり会の時だと「かみお~ん♪ 朝御飯の用意が出来てるよ!」と明るい声がするものですけど、今回はそれは聞こえなくって。
「…ぶるぅ、起きたかしら?」
スウェナちゃんが着替えながら話しかけてきて、私は洗面所で顔を拭きながら。
「分かんない…。ひょっとしたらコッソリ朝御飯を用意してるとか?」
「そうね、ぶるぅなら有り得るかも! 早く行きましょ」
パタパタと支度し、ゲストルームの扉を開けるとジョミー君たちも出て来た所で。
「あっ、おはよう! ぶるぅ、どうかな?」
「どうなんだろうな? 起きたにしては静かすぎるが、寝起きってこともあるからな…」
キース君がそう返したのと、小さな影がピョコンと廊下に現れたのは殆ど同時。
「かみお~ん♪」
「「「ぶるぅ!?」」」
良かった、無事に目が覚めたんだ、と誰もが思ったのですが…。
「見て、見て、サンタさんに貰ったんだよ! ぶるぅも同じの貰ってた!」
バスケットの横にあったもん、と大はしゃぎなのは「ぶるぅ」でした。持っているのはアヒルちゃんの形の
籐で編まれた黄色い籠。お菓子がギッシリ詰まっています。それじゃ「そるじゃぁ・ぶるぅ」の卵は…。
「えっ、ぶるぅ? 卵だったよ、見せ合いっこしようと思ってブルーの部屋まで行ったのに…」
残念だよう、と「ぶるぅ」は肩を落とし、そこへ会長さんが卵の入ったバスケットとアヒルちゃんの籠とを提げて奥の寝室からやって来て。
「やあ、おはよう。…ぶるぅは見ての通りだけれど、今日中に起きてもらわなきゃ! 正確に言えばお昼過ぎまでに目が覚めるのが理想かな。ケータリングは時間の幅を持たせて予約したけど、美味しく食べるにはその頃合いに配達をお願いするのが一番なんだよ」
早くから用意を始める料理もあるしね、と会長さん。クリスマス限定メニューを食べ損なった「そるじゃぁ・ぶるぅ」のためにも最高のパーティー料理を揃えたい、との意向です。ソルジャーも起きて来ましたが、あれっ、教頭先生は? ん? キッチンの方からいい匂いが…。
「おーい、お前たち! 朝飯はこんな感じでいいのか?」
教頭先生が廊下に顔を覗かせ、会長さんが。
「ハーレイが作ってくれたのかい? それは楽しみ。手間が省けた」
「つい習慣で目が覚めてな。みんな気持ちよく寝ているようだし、頑張ってみた」
なんと、教頭先生の手作りですか! 先生方からの御歳暮で家に一泊させて貰った時に御馳走になりましたけど、会長さんの家で食べる日が来るなんて…。ダイニングのテーブルへの配膳を手伝い、みんな揃って「いただきます」。あ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はバスケットの中で卵ですけど。
「…ハーレイ。君って気が利かないねえ…」
作って貰ってアレだけども、と文句をつけたのは会長さん。えっと、何か問題がありますか? 教頭先生も驚いた風で。
「これは好みじゃなかったか? ぶるぅのメモが貼ってあったから、それを見て作ってみたんだが…」
「キノコのソースのオムレツだよね。…オムレツはこんな形じゃなくって、フライパンで円形に焼き上げるのさ。真ん中の部分はフワフワのトロトロ」
「す、すまん…。メモにはそこまで書いてなかったし…」
「それはいいんだ、ぶるぅと最後に出掛けた食事の前菜だから。キノコもシメジじゃなくってアミガサタケでね、今度作ろうって張り切ってたよ。それでメモして貼ったわけだけど、このタイミングで卵料理を作るというセンスが信じられない」
ぶるぅが卵になっているのに、と会長さんはテーブルの中央を指差しました。そこにはバスケットが据えられていて、鶏の卵サイズの青い卵がちんまりと…。
「デリカシーに欠けるというか、致命的に配慮が足りないと言うか…。まあ、そう言うぼくも卵料理を食べていたから、冷蔵庫に卵があるんだけどさ」
「うっ…。も、申し訳ない、気が回らなくて…」
脂汗を浮かべて謝る教頭先生に、会長さんはフォークをビシッと突き付けると。
「じゃあ、反省の気持ちをこめて後片付けをよろしくね。ぶるぅが気持ちよく家事が出来るよう、キッチンは綺麗にしておいて!」
「わ、分かった。フライパンも鍋もしっかり洗っておく。ぶるぅの手間を増やしちゃいかんな」
今日が誕生日になるんだからな、と教頭先生は頭の中で手順を確認している様子。お料理上手で家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお気に入りのキッチン、しっかり片付けて頂かないと…。でもって、今日の朝食に卵料理は確かにデリカシーが無かったかも?

朝食が済むと教頭先生はダイニングとキッチンの片付けを始め、私たちはゲストルームの掃除。リネン類は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってからは業者さんに任せてあるそうで、集配に備えて置き場所まで運んで行くだけです。ソルジャーと「ぶるぅ」も今日は真面目に作業中。
「いつもぶるぅにやって貰ってたし、こんな時くらいは手伝わないとね」
ぼくは掃除は嫌いだけど、と言いつつソルジャーが掃除機をかけ、「ぶるぅ」がサイオンにモノを言わせてベッドメイキングをしています。この二人には多分無理だろうと部屋を覗いた私たちの方がビックリ仰天。やれば出来るじゃないですか!
「え? そりゃね、この程度のことも出来ないようならソルジャーなんか務まらないって! 多分料理も出来ると思うよ、真剣になって取り組めば…さ」
チャレンジする気は無いけれど、と明るく笑い飛ばすソルジャー。
「それよりも今日は大仕事! もしもぶるぅが目覚めなかったら手伝うんだろ、ぼくもぶるぅも。…卵が今日中に孵らなくっても出張料に料理は貰えるらしいけど…。それはなんだか嬉しくないし!」
頼まれた仕事はやり遂げてなんぼ、とソルジャーは使命感に燃えていました。会長さんが言っていたお昼過ぎまでの間に色々と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を起こす方法を試すらしくて、ソルジャーの役目は会長さんとの同調だとか。
「「「同調?」」」
「うん。ブルーが呼び掛けても返事が無ければ、ぼくがサイオンを同調させる。ぼくとブルーは姿だけじゃなくてサイオンの方も瓜二つなんだ、君たちには分からないだろうと思うけどね。…だから二人揃って呼び掛けた場合、中に届く思念はグンと大きく響くってわけ」
「…相乗効果というヤツか?」
キース君の問いに、ソルジャーはパチンとウインクをして。
「そうだよ、ブルーに教わった? 普通のミュウ……あっ、こっちの世界にミュウって言葉は無かったね。普通レベルのサイオンの人でも二人揃えば凄いんだよ? ぼくとブルーなら半端じゃないさ。それでも足りなきゃ、ぶるぅの出番だ」
並みのミュウなら卒倒レベル、と思念の大きさを譬えるソルジャー。そこまでの思念波で呼び掛けられたら「そるじゃぁ・ぶるぅ」も目が覚めそうです。ソルジャー、頼りにしてますからね~!

それぞれの作業を終えてから集まったのはリビングでした。絨毯に置かれたバスケットを囲んで私たちが輪になって座ります。クッションの上の青い卵は沈黙していて、会長さんがつついてみても反応は無し。
「…これは普通じゃ起きないだろうね、ぐっすり眠ってしまってる。ただ、起こして起きるものなのかどうか…。身体の回復が充分じゃなければ目が覚めないかもしれないし…」
サイオンを使い過ぎたんだから、と項垂れる会長さんにソルジャーが。
「やってみなけりゃ分からないだろ? それに回復し切ってなくても目は覚めるかもしれないよ。その時はサイオンと体力が回復するまで休養させてやればいい。今は学校も休みらしいしね」
呼び掛けてみろ、と促すソルジャー。会長さんはスゥッと息を吸い込み、卵に向かって大きな声で。
「ぶるぅ、朝だよ、クリスマスだよ! 今日を誕生日にするんだろう!」
ビリビリと部屋を貫く思念に、耳を押さえる私たち。声にサイオンを同調させて呼び掛けていたみたいです。けれど卵はピクリともせず、ソルジャーが会長さんの肩に手を置いて。
「…もう一度だ。今度はぼくも一緒に起こす。…なんて言えばいい?」
「息が合いやすい言葉がいいよね…。単純に一発、起床、かな?」
「了解。…合図はよろしく頼むよ」
会長さんとソルジャーは一、二の三、で「起床ーっ!」と叫び、あまりの強大な思念に鼓膜が破れそうな気がしたのですけど、フッと衝撃が和らいで。
『…大丈夫か?』
教頭先生が淡い緑色の光を纏って座っていました。
『タイプ・ブルーが二人だからな、気が付かなくて悪かった。シールドだけは自信があるんだ、私に任せておくといい』
そういえば教頭先生は防御力に優れたタイプ・グリーン。ソルジャー曰く「並みのミュウなら卒倒レベル」とやらの思念が炸裂しても安全地帯にいられそうです。しかし「ぶるぅ」まで参戦しても青い卵は孵化しなくって…。
「やっぱり今日は無理なんだ…。ごめんね、ぶるぅ…。ぼくがウッカリしていたばかりに、クリスマス限定メニューどころか誕生日まで駄目になっちゃった…」
泣きそうな顔の会長さんに、教頭先生が穏やかな声で。
「ブルー、お前の悪い癖が出たな。ぶるぅが卵に戻ってしまうと弱気になるのは相変わらずか…。まだ最後まで試したわけではないだろう? 私を呼んだのは何のためだった? この子たちが此処にいるのは何故だ? …諦めるのはまだ早いと思うぞ」
貸しなさい、と教頭先生は青い卵を大きな両手でフワリと包み込み、私たちの方へ視線を向けて。
「いいか、ぶるぅの卵を孵すんだ。私が温めて孵化を促すから、お前たちもブルーと一緒に叫んでやれ。起床と叫ぶ声も大事だが、気持ちだな。ぶるぅを起こしてやりたいんだろう? そういう気持ちを思念に乗せろ」
難しい理屈は必要ない、と言われて私たちは顔を見合わせました。思念の同調なんて初めてですけど、本当に上手くいくんでしょうか? でもダメ元と言いますし…。もしも「そるじゃぁ・ぶるぅ」が今日中に目覚めなかったら、向こう六年ほど誕生日の度にガッカリする顔を見ることになってしまうのですし。
「…一か八かだ、やってみるか」
キース君の言葉に、ジョミー君が。
「だよね、可能性はゼロじゃないもんね! ぶるぅが起きたらラッキーだしさ」
よし、と私たちは手を繋ぎ合い、ソルジャーと「ぶるぅ」がその輪を繋いで完成させて、輪の中に教頭先生と会長さんが。青い卵を包む教頭先生の褐色の手に会長さんの白い両手が重なっています。普段は教頭先生に近付くといえば悪戯ばかりの会長さんが祈るように目を閉じていて…。
「いくよ」
声に出したのはソルジャーでした。
「ぼくの合図で叫ぶんだ。三、二、一…」
「「「起床ーっ!!!」」」
お願い、ぶるぅ。声が聞こえたなら目を覚まして。もうクリスマスになっちゃったから。起きなかったら、お誕生日がクリスマスじゃなくなってしまうから…!

声を限りに絶叫した私たちは糸が切れたように崩れ落ちました。絨毯に直に座っていたので身体を打ちつけたりはしませんでしたが、頭の中で思念が割れそうに反響しています。教頭先生のシールド無しでタイプ・ブルーを三人も含んだ叫びを受けたせいか、酷い頭痛が…。
「大丈夫かい? ブルー、君はそっちを」
「分かってる。こういうのはね、サイオンを上手く流してやれば…」
会長さんとソルジャーの声が遠くで聞こえ、額に冷たい手が当てられてスウッと気分が良くなって…。目を開けるとソルジャーが柔らかな笑みを浮かべています。
「気が付いた? ごめんね、こうなるだろうとは思っていたけど最後の手段だったしね…。これで起きればいいんだけれど」
尊い犠牲が七人も、と言われて見回すとジョミー君たちも頭を振ったり、頬をパチパチ叩いていたり。サイオンが激しく共鳴すると、その強大さについていけなかった人はバッタリ倒れてしまうのだそうで。
「…ぶるぅは?」
ジョミー君が恐る恐る尋ね、教頭先生が卵を両手で包んだままで。
「まだ分からん。…今のでも起きなかったとなったら、可哀想だが誕生日をクリスマスにするのは諦めてもらうしかなさそうだな」
「「「…そ、そんな…」」」
じわっと涙が溢れそうになり、会長さんが悲しそうに俯いた時。教頭先生の指の間からパァッと眩しい青い光が輝いて…。
「かみお~ん♪」
ピョーンと宙へ飛び上がったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿でした。元気一杯、笑顔一杯。青い卵は粉々に壊れ、何も着ていない「そるじゃぁ・ぶるぅ」を会長さんが力いっぱい抱き締めて。
「ぶるぅ、おかえり。…待ってたんだよ、今日はクリスマスでパーティーなんだよ。おめでとう、ぶるぅ。0歳の誕生日、おめでとう…」
それっきり言葉が続かなくなった会長さんの代わりに、ソルジャーが。
「ハッピーバースデー、ぶるぅ! ぼくのぶるぅと同じ日だよね、みんなで楽しくお祝いしよう」
「えっ、ぶるぅも遊びに来てくれてるの? わーい、クリスマスだ、お誕生日だー!」
無邪気にはしゃぎ始めた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は真っ裸のまま、会長さんの腕の中。教頭先生が苦笑しながらソルジャーに頼んで小さな服を瞬間移動で取り寄せて貰い、会長さんの肩をポンと叩いて。
「こらこら、ぶるぅが風邪を引くぞ? 早く服を着せてやらないと」
「あっ…。ごめん、ぶるぅ。いつもの服だよ、裸じゃパーティーできないからね」
「ありがとう、ブルー! ありがとう、ハーレイ」
大急ぎで服を着る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を私たちが見守る間に、会長さんは電話をかけに行きました。やがて豪華な料理が山のように届き、始まるパーティー。

「「「ハッピーバースデー、ぶるぅ!」」」
乾杯の声が上がって、まずは会長さんからクリスマス限定メニューの再現用のチケット贈呈。かなりの枚数がありましたから、当分の間、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は外食三昧かもしれません。私たちからは割れてしまったアヒルちゃんマグの新品で。
「わぁっ、アヒルちゃんが帰ってきたぁ! 今度は大事にするからね!」
眠い時には使わないんだ、とマグを撫でている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にソルジャーが。
「サンタクロースからもプレゼントが届いていたよ。ぶるぅとお揃いの籠なんだ」
会長さんがダイニングに置き忘れていたアヒルちゃんの籠が瞬間移動で運ばれてきて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。「ぶるぅ」と籠を見せ合いっこして、お料理の方もパクパク食べて…。そんな光景に会長さんが目を細めながら。
「よかった、約束を守ることが出来て。…ありがとう、みんな。本当にみんなのお蔭なんだよ」
いくら御礼を言っても足りないや、と会長さんは深く頭を下げましたけど、いつもなら其処で御礼代わりにと無理難題を吹っ掛ける筈のソルジャーは「どういたしまして」とニッコリ笑っただけでした。教頭先生も「大したことはしていない」と微笑み、もちろん私たちだって…。
「かみお~ん♪ みんな、どうしちゃったの? お料理、ぶるぅに食べられちゃうよー!」
その前に食べてね、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は目覚める前の大騒動をまるで知らないらしいです。でも、その方がいいですよね? 小さな子供に恩着せがましくあれこれ言うのは不本意ですし、知らずに笑っていてくれる方が…。
「みんな、ぶるぅが呼んでるよ? 今日は思い切り食べて楽しんでよね」
パーティーだから、と会長さんが料理の追加注文をしに行きます。リビングの床に転がっているバスケットにはクッションだけが残っていました。粉々になった青い卵の殻が時々キラリと光りますけど、明日には消えているでしょう。家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は綺麗好き。無事に卵から孵ったんですし、キッチリ隅までお掃除の日々が再びです~!



 

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