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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

笑顔に福あり  第2話

会長さんが参加した中間テストで1年A組は学園1位に輝きました。大満足のグレイブ先生ですが、楽は苦の種、苦は楽の種。待っていたのは名物の球技大会です。男女別にドッジボールで戦い、学年1位の他に学園1位も争うこの大会は…学園1位がとんだ曲者。球技大会の開催を告げたグレイブ先生は神経質そうに眼鏡を押し上げ…。
「諸君、学生の本分は勉学だ。むろん私は1位が好きだが、体格差で劣る上の学年と無理に争う必要はない。学年1位で良しとしておく。…その分の体力は翌日からの授業に備えて温存したまえ」
分かったな、と念を押すグレイブ先生の視線は教室の一番後ろに向けられています。今朝、増えたばかりのその机には会長さんが座っていました。机の上には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腰掛けていたり…。
「ブルー、お前は虚弱体質だ。決して無茶をしてはいかんぞ。…諸君、明日は健康診断がある。体操服を用意して登校するように」
では、と朝のホームルームが終了すると会長さんは早速サボリに行ってしまって二度と帰って来ませんでした。もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」もです。でも二人とも翌日の健康診断にはきちんと出てきて「そるじゃぁ・ぶるぅ」は女子と一緒に保健室へ。ヒルマン先生を代理に立てたまりぃ先生にお風呂に入れて貰って上機嫌です。
「かみお~ん♪ せくはら、気持ちいいよね」
保健室の奥の特別室でバスルームから出てきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全身ホカホカ。相変わらずバスタイムをセクハラだと思ってますけど、まりぃ先生が好き好んでやっている以上はやっぱりセクハラ? 念入りに洗いまくっているようですし、「ぶるぅちゃんのお肌はぷにぷによねぇ」なんて言ってますから怪しいかも…。そして。
「お帰り。やっとぼくの番だね」
会長さんが水色の検査服を着て保健室へと出掛けて行きます。一人だけ体操服でないことといい、まりぃ先生が念入りに時間をかけることといい…会長さんも特別扱い。セクハラではなく会長さんが特別室でまりぃ先生にサービスしているらしいのですが、サイオニック・ドリームなのか更に踏み込んだ大人の時間なのかは分かりません。そんなこんなで球技大会当日が来て…。
「諸君、おはよう」
ジャージ姿で教室に現れたグレイブ先生はもう一度釘を刺しました。
「いいな、学園1位にはならなくていい。学年1位は狙って欲しいが、くれぐれも無理をしないように。…我が学園のドッジボールはハードだからな」
内野が一人もいなくなるまで勝負するのがシャングリラ学園流のドッジボールのルールです。身体への負担が大きいから、とグレイブ先生は私たちを心配してくれているのですけど…。
「ぼくが来たからには大丈夫だよ」
教室の一番後ろで上がった涼やかな声。振り返ったクラスメイトに向かって会長さんが微笑みました。
「確かにぼくは虚弱だけれど、試合の合間に休んでおけば回復する。女子チームにはぶるぅがいるしね、学年1位も学園1位も1年A組が手に入れるのさ」
大歓声の中、グレイブ先生は口をへの字に曲げています。みんなは会長さんを讃えているので気付きませんが、グレイブ先生、握った拳が震えていたり…。球技大会で学園1位を獲得すると副賞としてついてくるのが『お礼参り』。日頃の鬱憤晴らしに先生の中から一人を選んでボールをぶつけ放題という恐ろしい行事なのでした。入学したての1年生は誰一人として知りませんけど…。
「みんな、グレイブ先生のために頑張ろう! 目指せ学園1位の座だよ」
会長さんの言葉にクラス全員が奮い立ち、勝利を誓うとグランド目指して走り出します。グレイブ先生は苦々しい顔で私たち七人グループと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見つめました。
「…お前たち。今年もお礼参りをやらかす気か?」
「決まってるだろう」
答えを返したのは会長さん。
「年に一度のチャンスだからね。…ぼくはハーレイをボコボコにするのが気に入ったんだ」
「………。お礼参りは連帯責任があるのだぞ! 私も一蓮托生なのだ!」
唇を噛むグレイブ先生。『お礼参り』では指名された先生へのお詫びの意味で、ボールをぶつけるクラスの担任もコートに入ると決まっていました。指名された先生と二人きりの内野。そこへボールの集中攻撃。
「…そういう決まりになってるしねえ…。伝統ある由緒正しい行事じゃないか」
会長さんは澄ました顔。
「連帯責任が嫌なら一人で全部かぶってみるかい? 指名されたのが君だった場合、内野は一人ということになる。…それもなかなか面白そうだ」
「……そ、そ……それは……」
「嫌だろう? じゃあ諦めてハーレイと二人でボコられるんだね。二人で分ければ打ち身も減るって」
制限時間があるんだから、とウインクしている会長さん。…気の毒なグレイブ先生は去年と一昨年に続いて今年も巻き添え確定でした。

球技大会が始まると会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大活躍。二人とも運動神経が抜群ですし、サイオンも使っているようですし…気持ちいいくらいに次々アウトを取っていきます。1年A組は学年1位になり、更に2年、3年の1位のクラスと戦って…学園1位。表彰式で初めて『お礼参り』の存在を知ったクラスメイトは仰天しました。
「そうか…。それでグレイブ先生は学園1位にならなくていいと…」
「だけどなんだか面白そうだわ」
「でもさ、誰を指名するかが問題だよな」
あちこちから聞こえる名前の中ではゼル先生が圧倒的多数を誇っていました。頑固な上にキレ易いので積もる恨みがあるのでしょう。しかし…。
「ちょっといいかな?」
割り込んだのは今日の功労者である会長さんです。
「…ゼルにお礼参りをしたいって人が多いけれども、君たちが勝てたのはぶるぅとぼくが頑張った結果だと思わないかい? ぼくはゼルじゃない人を指名したくて1年A組に来たんだよね」
「「「???」」」
「ぼくの担任は実は教頭先生なんだ。ぼくのクラスにはぼく一人だけ。A組とかB組とかの呼び名もないし、球技大会も一人じゃ出場できないし……だから君たちと一緒に出たのさ。これからもテストでぶるぅの御利益が欲しいと言うなら、お礼参りの指名権を譲って欲しいんだけど」
それは究極の脅しでした。指名権を渡さなかったら会長さんは二度と1年A組に来ない、と言うのです。つい先日の中間試験で美味しい思いをしているクラスメイトは真っ青になってアッサリ陥落。指名権を得た会長さんは前に進み出、よく通る声で宣言しました。
「1年A組は全員一致で教頭先生を指名させて頂きます!」
おおっ、とどよめく全校生徒。2年生にも3年生にも会長さんの『お礼参り』に参加した元1年A組の生徒が混じっていますし、そうでない上級生も全員が目撃してたのですから騒ぎ出すのも当然で…。はやし立てる野次馬の群れがコートを取り巻き、教頭先生とグレイブ先生が出てきました。先生側の外野は今年もシド先生が務めるようです。
「1年A組、準備はいいかい?」
司会役のブラウ先生が改めてルールの説明を始めます。
「制限時間は7分間だ。お礼参りとして攻撃するのはアウトにならない頭だけさ。…ま、うっかり他の所に激突したってアウトは取らない決まりだけどね。でもA組の生徒は違うよ? 当たったらアウトで外野に出る。そして外野から攻撃する、と。分かったかい?」
「「「はーい!!!」」」
みんなで元気よく返事をするとホイッスルが鳴り、お礼参りタイムの始まりです。教頭先生もグレイブ先生も必死に逃げ回っているのですけど、ボールは遠慮なくボコボコと…。それに対してA組の方はボールが避けて通るというか、誰もアウトになりません。さては「そるじゃぁ・ぶるぅ」かな?
『かみお~ん♪ ブルーに頼まれたんだ! えっとね、去年も一昨年もアルトさんが当たっちゃったから…』
みんなにシールドしてるんだよ、と思念波で私たちに伝えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな身体でボールを受け止め、凄いスピードで投げ返しています。その一発が教頭先生の顔面めがけて直撃して…。
「「「あぁっ!?」」」
巨体がグラリと揺らいだかと思うと、教頭先生はコートにバタリと倒れていました。ホイッスルが鳴り、まりぃ先生が救護テントから走って来ます。もしかして私たち、やり過ぎちゃった…?
「大丈夫よ、貧血みたいなものね」
鬼の霍乱、と告げるまりぃ先生。お礼参りは中止でしょうか? あと3分ほど残っていますが…。
「ハーレイは退場させるしかないね」
不甲斐ない、とブラウ先生が腕組みをして仁王立ち。
「こないだから金欠だとかでロクな食事をしてないせいだろ、貧血なんて。…お礼参りの途中でダウンだなんてカッコ悪いったらありゃしない。仕方ない、別の誰かを指名しとくれ」
「「「えぇっ!?」」」
いいんですか、と口々に尋ねるクラスメイトにブラウ先生はバチンと片目を瞑ってみせて。
「年に一度の名物だからね、逃げちゃ教師の名がすたる。…誰か候補はいるのかい? いないんだったらグレイブ一人で…」
「「「ゼル先生!!!」」」
会長さんに指名権を召し上げられたクラスメイトの叫びが一気に爆発しました。渋々コートに入ってきたゼル先生の頭めがけてボールが乱れ飛び、大喝采の内に『お礼参り』は無事終了。…うーん、今年の球技大会も白熱していて凄かったような…。

放課後、私たちは揃って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に出掛けてクレープ・パーティー。イチゴにバナナ、カスタードクリームにオレンジソースとバリエーション豊かに楽しんでいると…。
「あれっ?」
ジョミー君が床に屈み込み、カードのようなものを拾い上げて。
「はい。落としたよ、ブルー」
「ありがとう」
受け取ろうと手を伸ばした会長さんの前でジョミー君の目がカードに釘付けになっていました。
「……ジョミー?」
「えっ? あ、ああ…。ごめん、ちょっとビックリしちゃって…」
意外だった、と言いながらカードを渡すジョミー君。あのカードに何か問題が…? 誰もがジョミー君と会長さんを見比べています。会長さんはクスクスと笑い、胸ポケットに入れようとしていたカードをテーブルの上に置きました。…えぇっ!? これってフィットネスクラブの会員証!?
「…うーん、そんなに似合ってないかな?」
コクコクと頷く私たち。虚弱体質の会長さんがフィットネスクラブへ何をしに? 護身術を習ったことがあるとは聞いてましたし、その技で教頭先生を投げ飛ばしたのも見ましたけれど……また何か習おうと思ってますか? それとも身体を鍛えるとか?
「よく見てよ。これでもVIP会員だから」
「「「………」」」
確かにVIP会員です。スポーツ好きとも思えないのに、なんでまた…。
「そのクラブね…。実はぼくたちの仲間が経営してるんだ。おかげで仲間専用の時間帯と枠がある。申請すれば誰でも入会できるってわけ」
「で、あんたは何を企んでるんだ?」
単刀直入に切り出したのはキース君でした。
「あんたと会ってから3年目だが、フィットネスクラブに通ってるなんて話は聞いていないぞ。会員証を見せびらかすように落としてみたり、裏があるとしか思えないが」
「…裏なんてないさ。入会したのが最近なだけで」
ね、ぶるぅ? と同意を求める会長さん。
「うん! あのね、ぼくも一緒に通ってるんだ。プールで泳ぐの楽しいよ!」
広くて貸切、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はニコニコ顔です。
「そうだ、みんなも行ってみる? 仲間だったら会員にならなくっても泳げるし…。ねえ、ブルー?」
「みんなで? それもいいかもしれないね。たまにはそういう場所で泳ぐのも」
レジャー施設のプールに行くのも楽しいけれど、と会長さん。フィットネスクラブのプールって何かが違うんでしょうか? インストラクターがついてくるとか?
「ぼくが行く時間は特に何もないよ、変わったことは…ね。そろそろ暑くなってきてるし、週末にでも泳ぎに行こうか」
どうやら裏は無さそうでした。会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と思う存分泳いでみたくて入会したと言っていますし、仲間の経営する施設ともなればソルジャーである会長さんはVIPの中のVIPですし……普通の施設のプールよりかは色々融通が利くのでしょう。
「フィットネスクラブか…。前から興味はあったんだがな」
キース君の一言が決め手になって私たちもプールに行ってみることに。その時間帯はプールだけでなく、他の施設も優先的に使えるのだとか。
「ジムなんか面白そうだよね」
鍛えようかな、とジョミー君がパンフを眺めています。
「おいおい、会員になる気かよ? 三日坊主がオチだって!」
混ぜっ返したサム君にジョミー君が食ってかかって、更にキース君がからかって…。収拾がつかなくなった所で会長さんがパンパンと手を打ち合わせました。
「最初はプールでいいだろう? ぼくもプールしか行っていないし、他の施設は知らないんだ。興味があるなら折を見て紹介してあげるから」
分かったね、と言われて頷くジョミー君たち。そういうわけで金曜日の授業が終わった後にフィットネスクラブへ出掛けることになりました。どんな所かな、このクラブ? スイミング・スクールもやっているので飛び込み用のプールとかもあるようですけど、楽しく泳げるプールだといいな…。

会長さんがVIP会員になったフィットネスクラブはアルテメシアではメジャーなクラブで、送迎用のマイクロバスが走っているのをよく見かけます。そのバスが金曜日の放課後、シャングリラ学園の校門前にやって来ました。乗客は私たち七人グループと会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クラブに着くとプールのフロアは本当に私たちだけの貸切で…。
「ほらね、言ってたとおりだろう? ぼくが通う時は貸切なんだ。元々、仲間専用の時間帯だし」
水着に着替えた会長さんがプールに飛び込み、綺麗なフォームで泳ぎ出します。私たちもプールを楽しみ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は浮輪をつけて浮かんでみたり、飛び込み台から深いプールに飛び込んでみたり。
「かみお~ん♪」
宙返りしながらダイブしていく「そるじゃぁ・ぶるぅ」は飛び込みの選手みたいでした。会長さんも気持ちよさそうに泳いでいますし、VIP会員になっただけの価値はありそうです。ソルジャーだけにVIP料金どころか一銭も払ってないのでしょうけど。
「…VIP会員って高いんだろうね…」
ジョミー君も同じことを考えていたようです。私たちはプールサイドで会長さんの泳ぎを眺めていました。
「あいつのことだ、ビタ一文払っていないと思うぞ」
ソルジャーに請求書なんか怖くて出せるか、とキース君。シロエ君もそれに同意しましたが…。
「呼んだかい?」
「「「うわっ!?」」」
いきなり背後に会長さんが出現したからたまりません。男の子たちは大パニック。スウェナちゃんと私は口をパクパク。…多分サイオンを使ったのでしょう、会長さんは髪まですっかり乾いています。
「せっかく来たのにもう泳ぐのをやめたんだ? まあ、ぼくもそろそろ限界だけど」
疲れちゃった、とプールサイドの椅子に座ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がスポーツドリンクを持って走って来ました。こちらはペタペタと濡れた足跡がついているのが可愛かったり…。会長さんは喉を潤し、私たちをぐるりと見渡して。
「君たちが想像しているとおり、会費は払ってないんだよ。…ソルジャーだからっていうのもあるけど、趣味と実益を兼ねているから」
「「「実益?」」」
「うん。…ソルジャーとして仲間をここで導いている。この時間はまだ来てないけどさ」
早すぎるから、と壁の時計を見る会長さん。そういえばまだ夕方です。いつもだったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で遊んでいる最中といった所でしょうか。…じゃあ、今日もこれからその仲間が…?
「今日は来ないよ、君たちと遊ぶ約束をしているからね。この後はみんなで串カツだろう?」
「そっか…」
来ないんだ、と残念そうに呟くジョミー君。仲間だの導くだのと気になる言葉を口にされては誰もが同じ心境でしょうが…。ええ、私だって残念ですとも!
「…誰が来るのか知りたいかい?」
会長さんの問いに私たちは揃って頷きました。ソルジャーの立場の会長さんが、プールで仲間にどんな指導を…?
「まずパスカル」
え。パスカルって……あの特別生のパスカル先輩?
「それにボナール、それからセルジュとジルベールと…他にも色々」
「…数学同好会の連中じゃないか」
他は知らんが、とキース君が返すと会長さんは唇に笑みを刻んで。
「そうだよ、基本は数学同好会。君たちが知らない名前の方は数学同好会のOBというか、元メンバーだった連中というか…。とにかく全員、特別生の男子ばかりさ。今は特訓の真っ最中でね」
「特訓って…?」
何さ、と首を傾げたジョミー君に会長さんは真面目な顔で。
「…シンクロ」
「「「シンクロ!?」」」
私たちの脳裏を掠めたものはシンクロナイズドスイミング。あちこちの高校で流行りだという男子ばかりのシンクロでしたが、いくらなんでも見当違い。きっとサイオンをシンクロさせて何かしようというのでしょう。プールを使うのにもきっと理由が…。
「言っておくけど、そっちのシンクロじゃないからね」
「「「え?」」」
そっちって、どっち? 混乱しかけた私たちの横から駈け出していったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「かみお~ん♪」
タタタ…とプールサイドを走り抜けた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は勢いよく水に飛び込みました。スイスイ泳いで潜ったかと思うとヌッと片足が突き出して…。
「あれがシンクロ」
会長さんがニッコリ微笑み、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は器用に演技を続けています。ええ、シンクロナイズドスイミングの…。じゃあ、数学同好会のメンバーと元メンバーがプールで特訓してるのは……会長さんが指導しているというシンクロは…。
「シンクロナイズドスイミングさ。…いわゆる男子シンクロってヤツ」
「「「!!!」」」
全員の目が点になっていたと思います。なんでソルジャーがそんな指導を? そもそも数学同好会が何故に男子のシンクロなんかを…?

「…学園祭に向けての布石なんだよ」
脱力しきってへたり込んでいる私たちに会長さんは淡々と説明をし始めました。数学同好会が常に存亡の危機にあること。思い切った会員獲得のために学園祭で男子シンクロを披露し、目立ちたがりの有望な男子生徒や男子目当ての女子を呼び込もうと計画していること…。
「パスカルたちだけでは足りないからね、元メンバーにも召集をかけたらしいんだ。相当えげつない手を使って無理やり集めたみたいだけれど、連中はよく頑張っている。学園祭さえ無事に終われば晴れて自由の身になれるんだし」
「…何故ソルジャーが必要なんだ?」
キース君の冷静な突っ込みに会長さんはクスッと笑って。
「えげつない手の一つっていうのがソルジャーの名前なんだよね。男子シンクロはぼくの発案ってことになってる。会員減少に歯止めをかけたい、との相談を受けて提案した…と。それともう一つ重要なのはシンクロの技かな」
「「「技?」」」
「そう。仲間同士ならサイオンで一瞬の内に技の伝達が可能だけれど、仲間の中に男子シンクロの技を持つ者はいなかった。…だったら地道に練習するか、でなきゃ普通の人間が持つ技を盗み出すしか道は無いけど……普通の人間から技をまるっと頂戴できる能力っていうのはタイプ・ブルーにしか無いものらしくて」
ゆえに自分が指導係になったのだ、と会長さんが眺める先では「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一人でシンクロを続けていました。では、あの技も会長さんが…?
「ぶるぅは違うよ。ぶるぅもタイプ・ブルーだからね、ぼくと一緒に技を盗んで面白がってやってるだけ。理屈で言えば男子シンクロはぼくでも可能だ。…ただし身体がついていかない」
虚弱体質だし…と言う会長さんを私たちは不審の眼差しで見詰めていました。本当は演技できるのでは? 笑い物になりたくないので出来ないと言っているだけなのでは…?
「…バレちゃったか。でもね、長時間は無理だと思う。せいぜい1分程度かな、うん。…あれは体力が必要なんだよ。ああ見えてハードなスポーツなんだ」
可能だけども絶対やってみたくない、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の見事なシンクロを見ています。数学同好会のメンバーたちには会長さんがサイオンで技を教えて、プールサイドから思念波で檄を飛ばすのだとか。
「思念波はとても便利だよ。水の中でもよく伝わるし、演技している仲間同士もピタリと呼吸を合わせられる。…学園祭を楽しみにしたまえ、男子シンクロは必見だ」
「「「………」」」
なんだか凄い展開になってるようです。ソルジャーまで担ぎ出しての特訓だなんて、アルトちゃんとrちゃんも練習について来ているのでしょうか? 女子は出番がありませんからマネージャーでもしているのかな?
「アルトさんとrさんには内緒だってさ。まだまだ完成してないからね、呆れて退部でもされたら困るんだそうだ。芸の域まで到達してからカミングアウトをするらしいよ」
アルトちゃんたちにも秘密の内に涙ぐましい特訓を…。数学同好会の人たちを見る目が変わりそうです。でも会長さんは「絶対話しちゃいけないよ」と厳しく告げて、更に意識にブロックをかけてしまったみたい。
「よし。…これで君たちが知っていることは誰にもバレずに隠しておける。後はその口が余計なことを喋らなければ大丈夫だ。もしも喋ったら記憶操作が必要になるから相応の罰を受けてもらうよ」
「「「………罰?」」」
「目には目を…って言うだろう? 君たちの口から秘密がバレたら、君たちにも同じ特訓をする。学園祭では君たちと数学同好会がプールで技を競うんだ。どっちのシンクロが優れているか、観客の反応が楽しみだよね」
「お、おい…!」
ちょっと待て、とキース君が必死の形相で会長さんを遮りました。
「バレるのは誰からかなんて分からないぞ! 女子からバレても男子シンクロをやらされるのか? 俺たちが女子の分の罰を引っ被るのか!?」
「当然じゃないか」
傲然と言い放つ会長さん。い、いいのかな……男子に罪を被せるなんて……。うろたえているスウェナちゃんと私に会長さんは穏やかに微笑みかけて。
「男子たるもの、女子に対してはナイトでなきゃね。…ぼくはいつでもフィシスやアルトさんたちの身代わりになる用意があるよ? それにさ、ドジを踏んだら君たちに累が及ぶって思ってた方がスウェナたちだって慎重になる。…それでも秘密が漏れちゃった時は運命だと思って諦めたまえ」
男らしく、とキース君たちをビシリと指差し、会長さんは更衣室へと消えました。私たちも着替えを済ませ、予定通りに串カツ店へ。男子シンクロの件は誰も口にせず、ひたすら秘密を守り抜こうと決意を新たにしているようです。この状態が学園祭のシーズンまで続くと思うと泣きそうでした。ジョミー君が会員証を拾わなかったら…。フィットネスクラブに行かなかったら…。後悔先に立たずですけど、号泣しても許されますか…?

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