シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
一年の計は元旦にあり。恋愛成就の御利益を求めて元日にアルテメシア中の御利益スポットを回り倒した教頭先生は会長さんとの結婚を心の底から夢見ていました。そこへ会長さんが年始回りだと訪ねて来たのですから、早速御利益があったとばかりに大喜びで大感激。会長さんのお供をしてきた私たちの方はちょっと心配なんですけども…。
「ねえねえ、ブルー」
賑やかな新年パーティーの最中に声を掛けたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「ホントにハーレイと結婚するの?」
「さあ、どうだろう? ぶるぅはそうしてほしいのかい?」
問い返された「そるじゃぁ・ぶるぅ」は嬉しそうにコクリと頷いて。
「えっとね、ブルーがハーレイと結婚したら、ハーレイがぼくのパパになるでしょ? 毎日遊んでもらえるし!」
「なるほどねえ…。でもさ、結婚は色々大変なんだよ」
今までのようにはいかなくなるし、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を優しく撫でました。
「ハーレイと一緒に暮らすんだから、ここに引っ越ししなくちゃね。そうなるとフィシスやジョミーたちを呼んでくるのも難しくなる。お泊まりなんかはまず無理だ。…なにしろ部屋の数が足りない」
「えっ…」
「考えてごらん? ぼくたちの家はゲストルームが沢山あるけど、ここには無いよ。去年、お歳暮で泊めてもらっただろう? あの時は何処で寝てたんだっけ?」
「そっか…」
ガックリと肩を落として「そるじゃぁ・ぶるぅ」はしょげています。お歳暮でゲットした一泊二日の宿泊券でしたが、男子はリビングに布団を敷いて雑魚寝でした。スウェナちゃんと私は一部屋もらいましたけど…。つまり会長さんが教頭先生と結婚したら、お泊まり会は無くなるのです。…まあ、会長さんと教頭先生が大人の時間を過ごしている家に泊まるというのも複雑かな…?
「ブルー。お前の家は今のままでもいいんじゃないか?」
口を挟んだのは教頭先生。
「あそこはソルジャーであるお前のための家だろう? あのマンションに住んでいるのも仲間ばかりだし、残しておいて息抜きに使うというのはどうだ?」
「そりゃね…。家賃を払ってるわけでもないし、家出用に置いておくのもいいかな」
「「「家出用!?」」」
なんですか、それは? 話の展開についていけずに置いてきぼりだった私たちも、この言葉には反応しました。家出って…「実家に帰らせて頂きます」っていうアレですか? 会長さんはクスクス笑いながら。
「そう、家出用。理不尽な扱いを受けたと思ったら、即、家出。やっぱり独身が最高だからね。…それにフィシスも引っ張りこめるし」
この家じゃちょっと、と会長さんは肩を竦めてみせました。
「ぼくの女神にハーレイのベッドを使わせるのは最低だろう? かと言ってゲストルームは一つしかないし、ベッドはシングルサイズだし…。そうでなくても友達を全員泊められない家じゃ、ぶるぅも退屈しちゃいそうだ」
「…結婚とフィシスは別物なのか?」
教頭先生の問いに、会長さんはさも当然といった顔で。
「もちろんさ。フィシスと別れるつもりは無いし、シャングリラ・ジゴロ・ブルーの名前を返上しようって気も無いよ。それが嫌なら結婚の件は諦めるんだね」
「…い、いや…。お前の自由は尊重する」
だから是非とも嫁に来てくれ、と土下座せんばかりの教頭先生。会長さんは「どうしようかな…」と人差し指を顎に当てて考えていましたが。
「そう簡単に結論を出せる問題じゃないし、しばらく時間をくれるかな? それと、この家も見て回りたい。住み心地とかを確認したいし」
「ああ…。それは一向に構わんが…。よく考えて返事をくれ」
急がなくてもいいんだぞ、と教頭先生が言い終えるなり、会長さんはスッと立ち上がって私たちの方を振り向きました。
「いいんだってさ。それじゃ見学して回ろうか、ハーレイの家を」
「「「えっ!?」」」
教頭先生と私たちは同時に叫んでいたのですけど、会長さんは気にも留めずに。
「ハーレイ、君はリビングに残ってて。…普段の暮らしを見ておきたいから、余計な気遣いは無用にね」
行くよ、と廊下に出てゆく会長さんを私たちは慌てて追い掛けました。教頭先生の家には何度も来ていますけど、見学会なんて初めてですよ~!
一人暮らしには大きすぎる、と評されている教頭先生の家は会長さんとの結婚に備えて申し込んだという世帯用。実を言えば長老の先生方も独身のくせに大きな家に住んでいるらしいのですが、会長さんに言わせれば…。
「長老ともなれば威厳も要るし、仲間を呼んでホームパーティーをすることもある。ほら、ゼルなんかはシャングリラ号の機関長だし、ブラウは航海長だしね…。クルーが気軽に集まれるように大きな家は必須なのさ」
エラ先生やヒルマン先生もシャングリラ号の重鎮ですし、それなりの家が要るのだそうです。だったらキャプテンな教頭先生が立派な家に住んでいたって問題ないと思うのですが…。
「うーん、ハーレイは公私をきちんと分けるしねえ…。クルーの交流会の他にも色々と集まりはあるんだけども、この家を使うことはない。…公私を分けると言えば聞こえはいいけど、将来、ぼくと結婚した時、邪魔をされたくないらしいんだ」
「「「………」」」
教頭先生の徹底ぶりに私たちは声もありませんでした。そりゃあ確かに会長さんはソルジャーですから、そんな人を奥さんにしているキャプテンの家じゃクルーの人も寛げないかもしれませんけど、教頭先生がそこまで気を回すとは思えません。単に会長さんとの愛の巣を聖域にしたいだけでしょう。
「さてと。…そんなハーレイの夢と妄想の空間、その一」
会長さんが開けた扉の先はバスルーム。洗面所と脱衣所を兼ねたスペースがゆったりと取られ、そこから更に扉を開けて…。
「君たちが泊まりに来た時は片付けてあったけど、普段はこういう感じなんだよ」
広いバスルームの中にはお風呂オモチャがありました。桶に入ったアヒルにラッコ、カッパなんかはどういう趣味?
「…あれはブルーのプレゼントさ。ずっと前に、あっちのぶるぅが配達したって言ってたろう? ぼくそっくりのブルーが愛用していたお風呂の友というのがいいらしい。時々、浮かべて妄想してる」
妄想の中身は聞くまでもなく分かりました。ソルジャーは何かといえばストリップもどきを披露しますし、春休みに行った温泉旅行ではタオル一枚で誘惑したりもしていましたし…。お風呂オモチャを浮かべていれば蘇る記憶が数々あるに決まっています。ついでにシャンプーなどのボトルも多数揃っているようですが…?
「ぼくがいつ泊まりに来てもいいように用意しているみたいだよ。期限もきちんとチェックしていて、期限切れになりそうだったらハーレイが使うらしいんだ」
似合わないよね、と会長さんが指差すボトルは全部フローラル系の香りでした。会長さんってそんなの使ってるんですか? 薔薇の香りのシャンプーとか…? 唖然とする私たちの顔に、会長さんは苦笑して。
「まさか。エステでは使うこともあるけど、薔薇の香りを男が纏ってどうするのさ。…これはハーレイの思い込み。ぼくには花の香りが似合うと勝手に決めて選んでいるんだ」
えっと…。どう言えばいいのか分かりませんが、教頭先生の思考はかなり偏っているようです。一事が万事そんな調子で、家の中には妄想グッズが溢れていました。会長さんのお泊まり用のシルクのバスローブとか、レースひらひらのガウンとか。極め付けはやはりベッドルームで…。
「これも願掛けの一つらしいよ」
会長さんが指差したのはソルジャーの特注品の抱き枕でした。ミントグリーンのパジャマ姿の会長さんの写真がプリントされたヤツですけども、何故か赤い糸が巻かれています。願掛けと言えばアルテメシア中の神社やお寺に散在している恋愛成就と結婚祈願の絵馬とかのことだと思いましたが、この糸も…?
「結ばれる運命の二人の小指は赤い糸で繋がっていると言うだろう? それでハーレイが思い付いたらしい。糸の端っこを自分の小指に結んで寝るのさ」
「「「………」」」
なんとも乙女な発想でした。それなのにベッドサイドのテーブルには会長さんの女子用スクール水着姿の写真やら、バニーちゃんの格好をしたソルジャーのセクシーショットが置かれていたり…。会長さんはフウと溜息をつき、今度は枕を持ち上げました。抱き枕ではなく、頭の下に敷く枕です。
「ほらね、ここにも」
そこにはウェディング・ドレス姿の会長さんの写真がありました。折れたり皺にならないようにラミネート加工されているのが流石です。会長さんのドレス姿はあちこちで披露されてますから、教頭先生もしっかり入手したのでしょう。まりぃ先生に作って貰った等身大のポスターなんかも飾られてますし…。
「こんな調子で願掛け三昧、今年こそ…って思ってるんだ。ぼくはどうしたらいいと思う?」
「えっ…。結婚するんじゃなかったの?」
そう言ったのはジョミー君でした。キース君が「馬鹿か、お前は」とジョミー君の頭を小突いて、サム君が。
「ブルーがそんなことするわけないだろ! 第一、俺はどうなるんだよ!」
会長さんと公認カップルなサム君はまさに怒り心頭。けれどジョミー君は首を傾げて…。
「でもさあ…。ブルー、巡礼にはパワーがあるって言ってなかった? 教頭先生の絵馬とかだって処分してないし、てっきり結婚するのかと…。今はそういう気分じゃなくても、将来的には結婚するとか」
「…あのね、ジョミー…。ぼくは一応、高僧だよ? そう簡単には呪縛されない」
されてたまるか、と会長さんはベッドルームを見回しています。
「こんな所で好き放題に妄想している男なんかは御免蒙る。だけどせっかく願掛けしたんだし、御礼はたっぷりしないとね」
「「「御礼?」」」
「そう、御礼。当分は夢を見ててもらうさ。でもね…」
百年の恋も覚めそうだけど、と一番最後に連れて行かれたのはダイニングでした。教頭先生が片付いていないと言った部屋です。なるほど、洗っていない食器やお鍋が散らかっていて、お世辞にも綺麗とは言えません。
「…元日の願掛けツアーで力尽きたらしい。そのまま寝正月をしていたんだよ、ハーレイは。…寝ている分には部屋も汚れないし、ぼくの抱き枕と小指の糸で繋がってるしで一石二鳥。…こういう男とだけは結婚したくないと思わないかい?」
最低最悪、と顔を顰める会長さん。なのに教頭先生が待つリビングに戻るとそんな気配は微塵も見せず、たっぷりとお年玉なんかを搾り取ってからタクシーを呼んでもらって綺麗な笑顔で。
「ありがとう、ハーレイ。急に押しかけて邪魔したね。また新学期に会えるのを楽しみにしてる」
「私もだ。…その時に返事を聞かせてくれると嬉しいが…」
急がないとか言っていたくせに、教頭先生も気が急くようです。会長さんはニッコリ笑って…。
「考えておくよ。君の気持ちは受け取ったから」
じゃあね、とタクシーに乗り込む会長さん。日はとっぷりと暮れていたので、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はそのまま家へ。私たちも会長さんの家へは寄らずにタクシーで自宅へ直行でした。妙に疲れる初詣でしたが、この後、いったいどうなるんでしょう…?
そして迎えた三学期。始業式の日は恒例のお雑煮食べ比べ大会です。これを勝ち抜くと指名した先生に闇鍋を食べさせることが出来るというので去年も一昨年も会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちのクラスにやって来ました。もちろん今年も1年A組の一番後ろに机が増えて…。
「かみお~ん♪」
「やあ。あれから元気にしてた?」
にこやかな笑みを浮かべる会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は普段と変わりませんでした。教頭先生の願掛け三昧への復讐戦に燃えているのかと思ったのですが…。
「おい」
キース君が会長さんに声を掛けました。
「去年はあんたが俺たちの分も食材を用意したんだっけな。なのに今年は根回しは無しか?」
「うん」
それが何か? と会長さん。闇鍋の存在は大っぴらには言われてませんが、先輩からの口コミなどで知っている人も勿論います。それ以外の生徒も『食材を一品持参するように』との通達に応じて色々持ってくるのですけど、去年の私たち七人グループは会長さんが送って寄越した悪臭缶詰、シュールストレミングなるものを持たされました。今年も覚悟してたんですが…。
「あんたが何もしないというのが気にかかる。…何か企んでいるんだろう?」
キース君の重ねての問いを会長さんは聞き流して。
「ぼくは今年はホンオフェなんだ。…エイを壺に入れて発酵させたヤツで、アンモニア臭が凄いんだよ」
だから密閉、と示されたのは机の下のクーラーボックス。あぁぁ、今年もこのパターンですか! 「そるじゃぁ・ぶるぅ」はチェダーチーズを発酵させたエピキュアーチーズとかいう缶詰を用意したらしいです。このチーズ、普通はさほどでもないそうですが、缶詰はとても臭いのだそうで…。
「君たちは普通の食べ物だろ? 今年はそれほど悲惨なことにはならないよ」
「…しかし…」
闇鍋には違いない、と言うキース君は一味唐辛子を持ってきていました。ジョミー君は納豆、サム君は汁粉ドリンク、シロエ君が糠漬け、マツカ君は辛子明太子。スウェナちゃんがクリームシチューのルーで私はチリドレッシングの大瓶です。去年に比べて統一性が全くない分、より酷い結果になりそうですが…。
「平気だってば。それに今年は…」
蓋を開けてのお楽しみ、とウインクしている会長さん。私たちはドキドキしながら始業式の会場に行き、退屈な校長先生の訓話を聞いてからお雑煮食べ比べ大会へ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食べて食べて食べまくりました。正確に言えば会長さんの分は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお椀に瞬間移動で転送されているんですけど。
「勝者! 1年A組!」
司会のブラウ先生の声が響いて、1年A組は男子、女子とも学園一位。これで闇鍋を食べさせる先生の指名権が手に入ったわけで、会長さんが。
「ぼくとぶるぅが頑張ったんだし、ぼくたちが指名させてもらうよ。ぼくはゼル」
えぇっ!? 教頭先生じゃないんですか…? でも…ぶるぅも指名するんですよね?
「かみお~ん♪ ぼくは今年もシド!」
「「「えぇぇっ!?」」」
引っくり返った声は私たち七人グループだけではありませんでした。去年、一昨年と一緒に戦った元1年A組の生徒全員が驚いています。会長さんが教頭先生を指名しないなんて…どういうこと?
「たまには番狂わせもいいじゃないか。グレイブは毎年やるわけだしね」
担任だから、と涼しい顔の会長さんの真意は読めませんでした。闇鍋大会は勝者のクラスの担任も出る決まりです。グレイブ先生は三年連続で出場となり、悪臭を湛えた鍋にギブアップ。ゼル先生とシド先生も完食は出来ず、今年は生徒側の勝利でした。お年玉に、と1年A組の生徒全員に学食の食券が配られて…。
「会長、今年もよろしくお願いします!」
クラスメイトに囲まれた会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と並んで笑顔。
「そうだね、もう三学期しか残ってないけど、今年もよろしく」
試験はぶるぅのパワーにお任せ、と会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は新学期早々大人気でした。けれど不安を隠し切れない私たち七人グループです。何かある…。教頭先生が指名されなかった裏には絶対何かがありそうな予感…。
終礼に現れたグレイブ先生は闇鍋ショックで足取りが少しふらついていました。ゼル先生は保健室で寝込んでいるそうですが、シド先生はミネラルウォーターを一気飲みして復活済みです。
「…諸君、来週は新春かるた大会だ。その前に健康診断もあるから、体操服を持参するのを忘れないように」
かるた大会とはシャングリラ学園名物の水中かるた大会です。告知を終えたグレイブ先生は胃の辺りを押さえながらヨロヨロと出てゆき、今日は解散。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ向かいました。
「かみお~ん♪ 闇鍋、とっても楽しかったね!」
去年ほど臭くなかったけれど、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は御機嫌です。会長さんも至極満足そうで…。
「ゼルが倒れるとは思わなかったな。いったい何が効いたんだろう? 年寄りだけに一味唐辛子とかチリドレッシングは効きそうだけど、外見と中身が一致してないのがゼルだしねえ…」
高血圧の心配はない、と会長さんは教えてくれました。
「ぼくたちの仲間は基本的に歳を取らないだろう? ゼルの場合は本人の好みか何かは知らないけれど、外見だけがああなった。それでいて中身は若い連中と変わってないから始末が悪い。パルテノンの夜の帝王も実は現役だったりするし、バイク乗りで過激なる爆撃手なんて呼ばれてるのも体力自慢の結果なんだよ」
内臓も筋肉も三十代並み、下手をすれば二十代かも…と聞かされた私たちはビックリ仰天。お年寄りだと思ってましたが、それは見た目の方だけでしたか…。まあ、お年寄りに闇鍋を食べさせて倒れられるよりかは安心ですけど。
「…だからね、ゼルのお見舞いとかは特に必要ないんだよ。そもそも年齢の問題があれば闇鍋に参加してないし…。毎回ハーレイじゃ楽しくないだろ、闇鍋もさ」
「そうだな。それに去年は失敗したしな」
キース君が突っ込みました。
「あんたの手料理だとかなんとか言って完食されて、俺たちの方が負けたんだ。お蔭でお年玉を貰い損ねた」
「…そういうこともあったっけね。だけど今年はその教訓を踏まえたってわけじゃ全然ないから! たまにはハーレイ以外もいいなって思い付いたってだけだから!」
そこを勘違いしないように、と会長さんはキッチリ釘を刺して。
「で、ハーレイと言えば新学期だ。…分かってるね?」
「「「は?」」」
会長さんが何を言いたいのか、私たちにはサッパリでした。お雑煮食べ比べ大会も闇鍋も終わりましたし、第一、とっくに放課後です。教頭先生の出番なんかは無いのでは…?
「……また忘れてるし……」
あからさまな溜息をつく会長さん。
「よっぽど忘れたいんだろうとは思うけれども、そろそろ覚えてくれないかな? 新学期はこれで始まるんだから…。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
奥の部屋に走って行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」が箱を抱えて戻って来ます。リボンのかかった平たい箱を見た瞬間に全員が思い出しました。新学期を迎える度に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が買い出しに行って、会長さんが教頭室までわざわざ届けに出掛ける品。そうです、あれは青月印の…。
「やっと分かったみたいだね。青月印の紅白縞のトランクスだ。ハーレイが首を長くして待ってる五枚を届けに行くから、ついて来て」
「お、おい…」
震える声はキース君。
「いいのか、そんなのを届けに行って? 万が一にも誤解されたら…」
「誤解って何を?」
「教頭先生、返事を待つと言ったじゃないか。……そのぅ……あんたとの結婚の…」
言い難そうなキース君に、会長さんはクスッと笑って。
「その手の誤解なら大いに結構。…いつかたっぷり御礼をするって言っただろう? 今日はまだ御礼はしないんだけどね、伏線は張っておかないと」
「「「伏線…?」」」
なんですか、それは? けれど会長さんは答えてはくれず、いつものようにトランクスのお届け行列が出発しました。一番先頭で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が箱を掲げてピョンピョン飛び跳ね、そのすぐ後ろに会長さん。私たちは諦め切った表情でゾロゾロ連なってついてゆきます。ああ、どうして毎回こんなことに…。
中庭を横切り、本館に入って教頭室のすぐ前へ。会長さんが重厚な扉をノックし、「失礼します」と声を掛けると弾んだ声が返ってきました。うわぁ、やっぱり教頭先生、思い切り期待してますよ~! 会長さんの合図で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が扉を押し開け、私たちが揃って中に入ると、教頭先生の顔に失望の色が。
「…なんだ、お前一人じゃなかったのか…」
「えっ? 今日はいつものヤツを持ってきただけだし、みんながいるのも当然だろ? 最近ずっと一緒に来てるよ」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」からトランクスの箱を受け取り、机の上に置きました。
「はい、青月印の紅白縞を五枚。大事に履いてくれるよね?」
「う、うむ…。すまんな、いずれは自分で買うから」
「自分でって…今も自分で買ってるじゃないか、五枚じゃとても足りないからって」
「それはそうだが…」
教頭先生は口ごもりながら、頬を微かに赤くして。
「結婚したらトランクスは全部自分で買う。お前と買い物に行けるわけだし、見立てて欲しいものが他に色々…」
「スーツとか? ネクタイとか? そんなのもいいね」
艶やかに微笑む会長さん。
「例の返事はもう少し待って欲しいんだけど、ちゃんと前向きに考えてるよ。今日の闇鍋がその証拠。…ハーレイを指名しなかっただろう? ぼくの気持ちだと思って欲しいな。…結婚するかもしれない人を酷い目には遭わせられないし」
「……ブルー……」
感極まって涙ぐんでいる教頭先生に軽く手を振り、会長さんは「またね」と教頭室を後にしました。いいんでしょうか、あんな台詞を言っちゃって…。まさか本気とも思えませんが、闇鍋に教頭先生を指名しなかったのは事実です。ハラハラドキドキの私たちを連れて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に戻った会長さんは…。
「これでよし。ハーレイの誤解と期待はMAXだよね」
ぼくとの結婚生活に向けて、と唇に笑みが浮かびました。
「恋愛成就に結婚祈願、アルテメシア中の神社仏閣に願掛けをした罪は重いよ。ぼくが修行を積んでなければ危なかったかもしれないんだし…」
「おい、そこまでのパワーは無いだろう? あの本にあった巡拝マップは最近できた代物だぞ。全部を回ったからと言っても絶大な効果があるわけが…」
キース君が冷静な意見を述べたのですが、会長さんは聞いていませんでした。
「御利益なんていうのはね、本人があると信じていれば十分なんだよ。イワシの頭も信心からって言うだろう? ぼくを呪縛して結婚しようと企んでいたハーレイにはそれ相応の御礼をしなくちゃ気が済まない。…そのためだったら闇鍋くらいは諦めるさ」
年に一回の娯楽でもね、と言い切った会長さんの本気に私たちの背筋が凍りました。教頭先生、頑張って願を掛けたばかりに闇鍋の比じゃない災難が待っていそうです。会長さんが何をする気か知りませんけど、かるた大会で仕返ししようというのでしょうか? そう言えば学園一位の副賞は…。
「ん? かるた大会の副賞かい?」
思考が零れてしまったらしく、会長さんが訊き返します。
「そういうものもあったっけね。…そうだね、それもいいかもしれない」
使えそうだ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせ、コクリと大きく頷いて。
「決めた、かるた大会も活用しよう。ぶるぅ、頑張ってくれるかい?」
「かみお~ん♪ かるた大会、楽しいもんね!」
今年もブルーと勝利をゲット! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は燃えていました。でもジョミー君たちは真っ青です。
あの様子からして副賞のことを考えたのは私だけではないようですが、かるた大会、どうなるのでしょう? 教頭先生に結婚祈願をされてしまった会長さんの復讐の幕が上がるんですか~?