シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
サイオンの伝導効率がいいジルナイトとやらを使って作られた教頭先生人魚の像。作り方は会長さんしか知りません。その会長さんが手に入れたいのはエロドクターことドクター・ノルディの人形でした。恒例の健康診断に備えて悪戯防止にドクターを呪縛してしまいたいらしいのですが…。
「ノルディの人形が欲しいんだろう?」
ソルジャーが会長さんに探るような視線を向けました。
「ぼくに作り方を教えてくれればいいんだよ。君には作りたくない深い事情があると見た。…ハーレイの人形は作ったくせに、ノルディのは無理だと言うんだから」
「………」
「難しい…ってわけはないよね。もっと複雑で深刻な理由だ。…ひょっとして、接触しなくちゃ作れないとか? 直接ノルディのサイズを測って、覚えた感触を元に正確無比に縮小してから作るのかな?」
あ。そういえば会長さんは教頭先生を人魚にした時、尻尾をペタペタ触っていました。あれが制作に必須だとしたら、ドクターの人形を作る為にはドクターに触れるしかありません。会長さんを食べたくてたまらないドクターなんかを触りに行ったら、下手をすればそのまま返り討ちに…。またキスマークをつけられてしまえば振り出しに戻ってしまうのですから。
「図星? それとも他にまだある?」
「…別に触らなくても作れる」
会長さんがテーブルの上に投げ出したのは一冊の写真集でした。人魚の姿でポーズを決めた教頭先生の写真が沢山…。私たちが協力させられた撮影会の成果ですけど、長老の先生方に配っただけでなく自分用まであったんですか! ソルジャーは写真集をパラパラとめくり、載せられた写真と装丁のセンスを絶賛してから。
「それで、この写真集がどうしたって? ノルディも写真集を作れるほどに熟知しないとダメって意味かい?」
「違う。これを作る過程で撮りまくった写真が要るんだよ」
写真の束がバサリとテーブルに置かれ、会長さんが選り分けています。
「これと、これと…それからこれ。えっと、他にも…」
全部でこれだけ、と並べられたのは教頭先生人魚の像とそっくり同じポーズの写真。後ろ姿や正面や…様々な角度から撮られたもので、私たちの脳裏に撮影会の記憶が蘇りました。有名な人魚姫の像に似せたポーズだと聞いてましたし、何枚も撮るのはそのせいだろうと思ったんですが…。
「ジョミーたちは覚えているだろう? 花祭りはゼルが来てから思い付いたっていうことを…ね。この写真はハーレイの像を作るのに必要だった。記憶だけでは正確に再現できないものだし、大雑把な像では効力を発揮させるのは難しいから」
「…本当に?」
ソルジャーが首を傾げました。
「適当でいいって気もするけどね、だって人形なんだろう? あのハーレイの像にしたってサイオンで細工をしていない時は何の効果も無いんだからさ」
「そっくりの姿だってことに意義があるんだ。本人の縮小版の人形だから、モデルになった相手に影響を及ぼすことが可能なのさ。…つまり正確さが命なわけ。でもノルディだと…」
絶対に無理、と会長さんは項垂れています。エロドクターの写真くらいは誰でも撮れそうな気がしますけど、写真嫌いか何かなのかな? 隠し撮りではいろんな角度で写してくるのは不可能ですしね…。
「分かった。まずはノルディの写真なんだね。そこから先は?」
ポンと手を打ったソルジャーはやる気満々でした。前段階の写真が無理だと会長さんが言っているのに、聞いていたんだかいないんだか…。会長さんは呆れた顔でソルジャーを見詰め、並べた写真から1枚を取って。
「写真と自分の記憶を合わせて相手の姿を正確に…正確無比に頭の中に再現する。それを適当なサイズに縮小したのをサイオンで形作って原型にして……型を取って材料をそこに流し込むだけ」
「なんだ、簡単なことじゃないか。それならぼくでも作れそうだ。オッケー、君の代わりに作ってあげるよ、あのドクターの人形を…ね。そうだ、ぼくのハーレイのも作ろうかな?」
楽しめそうだ、と唇に笑みを刻むソルジャーに会長さんが。
「それは君の自由だけどさ…。ノルディの人形、作るのはきっと難しいよ。なにしろ写真撮影が無理だ」
ああ、やっぱり…! ドクターは写真が嫌いでしたか。しかしソルジャーも負けてはいません。
「写真を撮るのが無理だって? シールドがあれば済むことだろう。カメラを貸してよ、行ってくるから」
「一つのポーズでいろんな角度って言った筈だよ。隠し撮りの限界ってヤツだ。君もぼくも普通の人間より遥かに速く動けるけどね、カメラの性能がついていかない。シャッター速度が遅すぎる」
「だったら正面突破で行くさ。ぼくはノルディに貸しがあるんだ」
ソルジャーはフフンと鼻を鳴らして。
「ずいぶん前にスクール水着の写真を撮らせてあげたからね。たとえノルディが写真嫌いでも、文句を言われる筋合いはないよ」
「「「………」」」
すっかり忘れ果てていたスクール水着とソルジャーの事件。あれを貸しだと言うのだったら嫌々ながらも撮影に応じてくれそうです。けれど会長さんは浮かない顔。
「……ノルディは写真嫌いじゃないよ。ただ、スーツや白衣じゃダメなんだ」
「「「えっ?」」」
ソルジャーと私たちの声が重なりました。会長さんは溜息をつき、教頭先生の像を指差して…。
「あの像とハーレイがシンクロするのは上半身だけ。…ブルーも知らなかっただろう?」
「知ってるよ。下半身が無いから残念だなって思ったし…」
「それは見た目の問題だよね。君が悪戯したい部分がついてないっていうことだけ。…でも本当にあの像は上半身しか役立たないんだ。下半身は人魚の尻尾で覆われてるから、ハーレイと繋がりようがない。ぼくの言う意味が分かるかい…?」
「…もしかして…皮膚が露出している部分だけしかシンクロしない…?」
まさかね、と言うソルジャーに会長さんは憂い顔で。
「そうなんだよ。さっき話に出てきた陰陽道っていうヤツだったら人形に名前を書いただけでも全身に効力を及ぼすんだけどさ…。サイオンでの細工じゃ無理みたいだ。ぼくも花祭りで初めて気が付いた。あの像の下半身にチョコをかけられた時はハーレイは全く平気だったし」
「そうなんですか?」
シロエ君が驚き、キース君が。
「悪戯の張本人だけに細かく観察してたってわけか…。俺たちは教頭先生に気を取られてたしな」
「ずいぶん苦しそうだったものねえ…」
チョコって甘くて美味しいのに、とスウェナちゃん。デザートが大好きなソルジャーは「ぼくも同感」と微笑みながら。
「そうか、あのチョコ攻撃、下半身には効かなかったのか…。意外とあの像、ガードが堅いね」
「うん。だけど上半身には有効だったし、みんな頭からチョコをかけてたし…。チョコが下の方まで流れていったらハーレイの苦悶がマシになるってことに気が付かなければ、今も知らないままだと思うよ」
会長さんとソルジャーはサイオン談義を始めました。話がズレている気もしますけど、エロドクターの人形なんかは忘れ去られた方が吉かも…。
教頭先生の像と教頭先生の舌がシンクロした件について会長さんたちは面白そうにあれこれ話していましたけれど、思念波が精一杯の私たちにはサッパリ謎な内容でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」に解説を頼んでみたものの、子供だけにやはり要領を得ず…。
「ごめんね、難しい話は分からないんだ。瞬間移動もブルーが前に説明してくれたけど、出来るのと分かるのとは違うみたい」
済まなそうに謝る「そるじゃぁ・ぶるぅ」にジョミー君が明るい笑顔で。
「だよね、そういうもんだよね! ぼくもサッカー得意だけどさ、物理は全然分からないもんね!」
「おい、自慢するようなことなのか、それは…?」
キース君が額を押さえていますが、物理が苦手でもサッカーボールを蹴るのに支障は無いですよねえ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」にサイオンの理屈が分からないのも無理ありません。まだまだヒヨコの私たちが会長さんたちの会話を理解できないのも当然で…。
「ねえ、聞いてるかい?」
いきなりソルジャーに話を振られて、私たちは大慌て。
「なんだ、やっぱり聞いていなかったのか。ブルーが思い切り不機嫌なのに、君たちは楽しそうだから…」
「「「え?」」」
知らない間に険悪な空気が流れています。会長さんが猫だったなら、全身の毛が逆立っていることでしょう。ソルジャー、何をやらかしたんだか…。
「言ってみただけなのに本気で怒り出しちゃってさ。ホントに頭が固いよね」
「固くないっ! 君が柔らかすぎるんだ!」
「…柔軟な発想と言って欲しいな」
柳に風と受け流すソルジャー。
「ぼくは思ったままを言ったまでだよ。舌とシンクロさせられるなら他の部分も可能だよね…って」
「「「???」」」
「だからさ、舌じゃなくって下ともシンクロさせられるだろ? ハーレイのとっても大事な部分。男の急所で男のシンボル」
「ブルーっ!!!」
会長さんがテーブルを引っくり返しそうな勢いで怒鳴り、ソルジャーをギッと睨み付けて。
「絶対やらせないからね! ぼくそっくりの手と指を使ってハーレイのを…なんて冗談じゃない!」
「いいじゃないか、君が自分でやるわけじゃなし。…手が嫌だったら舌でもいいよ、きっとハーレイは極楽気分だ。ぼくは口でイかせるのも得意だからね」
「!!!」
声も出せない会長さん。ソルジャーはニヤリと笑って唇を舌でペロリと舐めましたが…。
「冗談だよ、冗談。君の許可もないのにやらないさ。…約束しただろ、君のハーレイを下手に刺激はしないって。それでノルディの人形だけど、どうするんだい?」
よかった、話が元に戻ったようです。もしもソルジャーが暴走してたら、今頃、教頭先生は…。ソルジャーはニヤニヤ笑っています。この調子ではエロドクターの人形の方は完全にオモチャにされそうですが…?
「あーあ、なんだかドッと疲れた気がする…」
会長さんはソルジャーが帰った途端にソファに突っ伏し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が蒸しタオルを運んで来ました。
サム君と二人がかりでマッサージもして、回復したのは半時間後。
「…こんなんじゃ健康診断に引っ掛かるかもね。当日までは安静にしよう」
「水曜だったか?」
キース君の問いに会長さんは。
「うん。ノルディの都合で毎年曜日が変わるんだ。付き合いが忙しいらしくてさ…。ぼくなんか忘れてくれればいいのに」
「でも人形で封じるんでしょ?」
大丈夫だよ、とジョミー君。ソルジャーはドクターの人形を作ると約束をして帰ったのでした。けれど会長さんは遠い目をして。
「ああ、あれね…。あんまりアテにはしていないんだ。それに元になる写真を撮るのは健康診断に行く日だし…。どっちかといえば心配かな」
「そうだよなあ…」
心配なのはよく分かるぜ、とサム君が納得しています。ソルジャーは何かと騒ぎの元になりがちですし、写真撮影は放っておいてエロドクターにちょっかいとか…。
「とにかく、そういうわけだから……頼りになるのは結局君たちだけなんだ。よろしく頼むよ、去年みたいに」
「おう! 任せとけって」
サム君が胸を叩き、柔道部三人組もグッと拳を握っています。ジョミー君とスウェナちゃん、そして私も腕に覚えはありませんけど、いるというだけで抑止力にはなるでしょう。いざとなったら警察に電話? それとも教頭先生に…?
「別にゼルでもいいんだよ?」
これが連絡先、と会長さんが携帯電話の番号を教えてくれました。
「ぼくがノルディに襲われてる、と言えばすぐにバイクで駆けつけてくれる。自慢の名刀を引っさげて…ね」
「「「バイク!?」」」
「あれ、知らなかった? ゼルはバイクに凝ってるんだ。黒いレザーのライダースーツにフルフェイスのヘルメット、それに自慢の大型バイク。よくツーリングにも出かけているよ。ちょっと知られたライダーなのさ」
「「「………」」」
剣道七段、居合道八段なのは知ってましたが、バイク乗りだとは知りませんでした。外見がアレなのでフルフェイスのヘルメットを被り、大型バイクでツーリング…?
「うん、ライダーとしては超一流。バイクレースに出ることもあるし、ついた渾名が…」
「「「過激なる爆撃手!?」」」
激しい渾名もあったものです。ゼル先生って『パルテノンの夜の帝王』だとか威張ってましたが、他にも異名がありましたか…。
「難コースでもエンジン全開、フルスロットルで突っ込んでいく命知らずってことらしいよ。追い越されたバイクが事故っていようと、絶対後ろを振り返らない」
えっと。ゼル先生の凄さは分かりました。電話をしたら即、バイクで…ってことは教頭先生よりも機動力がありそうですけど、引っさげてくる名刀って…?
「もちろん真剣。ノルディを一刀両断してくれるさ」
それは流石にまずいんじゃあ……と私たちの顔色が変わります。ヘタレであっても教頭先生の方が穏便に事を収めてくれるでしょう。
「うーん、やっぱり? 叩き切るぞと脅された方が大人しくなると思うんだけどね…。第一、ハーレイを呼んだらノルディと組んでぼくを食べるかもしれないんだよ?」
「それだけは無いな」
キース君が即答しました。
「俺たちの今までの経験からして、教頭先生は安全だ。あんたとサシの時なら知らんが、俺たちがいれば手は出せん。エロドクターが煽っても無駄だ」
うんうん、と首を縦に振る私たち。会長さんはチッと舌打ちしていましたけど、ゼル先生なんて怖くて呼び出しできませんよう~!
それからはソルジャーが出没することもなく、水曜日の放課後を迎えました。会長さんは健康診断に備えて少しは節制するかと思えば、いつもどおりにサボリの日々。大学とシャングリラ学園の両方に通うキース君の言では不健康極まりない怠惰な生活というヤツです。
「いいんだよ、ぼくは年寄りだから」
そうは言っても骨も内臓も元気印なのは誰もが知っていることで…。三百歳を超えているという事実さえなければ、健康診断なんか微塵も必要ないのでした。ついでにソルジャーの肩書きがなければ健康診断もまるっとサボってしまうのでしょうが…。
「仕方ないよ、ソルジャーのお役目の一つだし。…今年も血圧は高いんだろうな」
去年はエロドクターに無理やりディープキスをかまされ、会長さんの血圧は高めになってしまったのでした。
「安心しろ。今年は俺も遠慮なくヤツをぶっ飛ばす」
あいつのやり口はよく分かったし、とキース君。
「この一年で学んだぜ。いちいち気配りしてられるか! あんたがキスマークをつけられたりしたら終わりだろう? そうなる前に投げ飛ばしてやる」
シロエ君とマツカ君も頼もしい顔をしています。サム君も柔道部三人組に負けず劣らず、闘志を漲らせているのが分かりました。公認カップルの面目躍如な展開になるのか、平和に健康診断が済むか…。足りない面子はあと一人。やがて時計が午後五時を指して…。
「こんにちは。みんな揃っているようだね」
フワリと紫のマントが翻り、ソルジャーが姿を現しました。
「約束通り来てあげたよ。ブルー、カメラの用意はしてくれたかい?」
「もちろん」
はい、と会長さんが渡したカメラをソルジャーはきちんと確認してから制服を借りて着替えます。うーん、いつ見ても会長さんと瓜二つ…。
「このまま入れ替わって健康診断を受けようか? で、君が代わりに写真を撮る…と」
「断る! ぼくの健康診断なんだし、君のデータじゃ仲間に顔向けできないよ。それに…」
言い淀む会長さんにソルジャーがクスッと笑いを零して。
「君じゃノルディの写真は撮れない……か。できるだけ皮膚の露出を多く、だものね。白衣を脱いでくれなんて言ったが最後、君を抱えてベッドに直行されるだろうし」
「………」
「ぼくも色々考えたんだ。どうすれば最適な写真が撮れるかを。君が封じたいのはノルディの手足で、それも手先や足先じゃない。腕は丸ごと、足もできれば丸ごとだろう。…まあ任せてよ、いいのを撮るから。一週間後には像をきちんと完成させる」
大船に乗った気持ちでいて、とソルジャーは自信満々でした。名案を思い付いたのでしょう。
「で、肝心の写真は君がプリントしてくれるのかい? それともぼくが? どっちもでいいけど、ぼくのシャングリラに対応しているプリンターはないよ」
そもそもカメラの仕組みが違う、とソルジャーは手の中のそれを弄っています。会長さんは暫し考えてから。
「君がプリントしてくれるかな? ノルディの写真なんか見たくもないし、そんなデータがあるのも嫌だ。今夜は泊まってくれていいから、プリントしてからデータを消して」
「そうこなくっちゃ。じゃあ、ぶるぅのご飯が食べられるね。朝はホットケーキがいいな、ホイップクリームにチョコレートソース」
「かみお~ん♪ マザー農場で生みたて卵をもらってくるね!」
お客様だぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜び。おもてなし大好きですから今夜も御馳走してくれるのですけど、私たちは明日が学校なのでお泊まりしません。ちょっぴり寂しかったのでしょうね。
校門を出てタクシーに分乗し、着いた先はお馴染みのドクター・ノルディの自宅兼診療所。豪邸とは別棟になった診療所の中には今日もドクターしかいませんでした。受付の人も看護師さんも、会長さんの健康診断の日は出勤しないのが恒例なのだそうです。
「お待ちしておりましたよ、ブルー。…予約はお一人と伺いましたが、追加ですか?」
そちらのブルーも、とソルジャーに視線を向けるドクター。そっくり同じ制服なのに会長さんとソルジャーを間違えないのは流石です。ドクターはツカツカと会長さんに歩み寄ると…。
「いつぞやのデート以来ですね。あの時は大変失礼しました。名誉挽回させて頂けますか?」
右手を取って手の甲に口付けようとした途端にサム君が。
「要らねえよ!」
会長さんの手首を掴んでグイと引き戻し、殺気立った目でドクターをキッと睨んでいます。
「おやおや…。去年のヒヨコが今年は実力行使ですか。するとそちらの皆さんも…傷害罪で訴えられても構わないというお覚悟で?」
小馬鹿にした調子の声にシロエ君が身構えるのをキース君が制しました。
「待て、挑発に乗ってどうする。…俺たちは確かにその覚悟だが、追い出されては元も子もない。今は大人しく様子を見るんだ」
「「「………」」」
緊張感が漂う中で会長さんがソルジャーの方を振り向いて。
「どうする、ブルー? 君も健康診断を受ける? それとも見ているだけにする?」
「君の世界の健康診断…ね。興味はあるけど、ぼくはそれよりもノルディの方が興味深くて」
「…私ですか…?」
不審そうに眉を寄せるドクターにソルジャーはカメラを取り出してみせて。
「ぼくの世界にも君そっくりの男がいるのは知ってるだろう? 彼との違いが気になってね…。今日は写真を撮らせて欲しくてカメラを持って来たんだよ。帰ったら写真を見比べるんだ」
「ほほう…。そんなに違うのですか?」
「違うね。彼は男に興味がないし、女にだって興味があるのかどうか…。とにかく仕事一筋なのさ。君にはちょっと考えられない?」
遊び好きだと知っているソルジャーの質問に、ドクターはフッと不敵な笑み。
「仕事の虫にはなれませんね。…それで健康診断は?」
「遠慮しとくよ。君もブルーの身体を触りまくれたら満足だろう? ぼくは見学させて貰うさ」
「ボディーガードが増えましたか…」
つまりません、と呟くドクター。それでも会長さんが検査服に着替えてくると俄然やる気になり、聴診器を使っての血圧測定に、わざと痛くしていそうな採血に…と趣味全開。心電図から後はスウェナちゃんと私は追い出されたので分かりませんが、見学してきたソルジャーによると明らかにセクハラだったそうです。
「…それでは結果は来週の水曜日ということで」
必ず聞きにいらして下さい、と慇懃に告げるドクターは不満そう。会長さんに触りまくることは出来たものの、ソルジャーという強力なボディーガードがついてきたせいで今一つ楽しめなかったのでしょう。会長さんも去年みたいに怯えた顔ではありません。
「じゃあ水曜日に。世話をかけたね。…帰るよ、みんな。ほら、サムもいつまでも怒ってないで」
元の制服に着替える前に会長さんが呼んでおいたタクシーが来ています。車が来るのを待っている間にエロドクターに絡まれるのは御免だという意思がありありと…。扉を開けて外へ出て行く私たちを背後からドクターが呼び止めました。
「お待ち下さい。…お帰りになってしまうのですか?」
「それ、誰に言っているんだい?」
不快そうに振り返る会長さんにドクターは大袈裟に肩を竦めて。
「あなたではなくてブルーにですよ。私の写真を撮りたいと仰っていたと思うのですが…」
「…ああ……。そうだっけね。どうする、ブルー? ぼくの家でみんなで夕食だけど」
「そっちがいいな。ノルディよりずっと魅力的だ」
デザートもつくんだよね、とソルジャーは先に立ってタクシーに乗り込みます。あれっ、写真は? 落胆した様子のエロドクターを残して私たちは診療所を後にしたのでした。
夕食のメインは海の幸の包み焼き。デザートのフォンダンショコラを美味しく食べて、リビングで雑談でも…と移動を開始した時です。
「そろそろいいかな。ノルディも夕食を終えたようだし」
ソルジャーが何処からかカメラを取り出しました。瞳が楽しげに輝いています。
「健康診断の続きじゃ撮影会には生ぬるい気がしたんだよね。もっとこう、それらしい時間が欲しいんだ」
「…生ぬるい?」
会長さんが聞き咎めると、ソルジャーは「そう」と笑みを浮かべて。
「ぼくは撮影をしに来たんだよ? 自分自身が納得できる写真を撮らなきゃ気が済まない。…写真集とまではいかないけれど、像を作るには最高だと言える写真をモノにしなくちゃ」
「べ、別にそこまで極めなくても…。適当でいいよ、適当なので。ノルディの手足さえ写っていれば」
「ぼくの腕に不満があるとでも? 帰りは多分遅くなるから、その子たちは家に帰した方が…」
行ってくるね、とニッコリ笑ってソルジャーは消えてしまいました。会長さんはサイオンで追跡を試みましたが、例によって不可能らしく…。
「ダメだ、ブルーもノルディも見えない。ちゃんと写真を撮ってくれればいいんだけれど…なんだか不安になってきた。約束は守ってくれると思いたいな」
「…守らなかったら?」
キース君の問いに会長さんは「さあ?」と首を傾げて。
「ノルディの人形が手に入らなくても特に困りはしないんだよね。あればいいな、と思っただけだし。…だからブルーが写真を撮ってこなくても構わない。ノルディの人形が手に入らないのは残念だけどさ。…それよりも心配なのはブルーの悪戯」
「…悪戯な…」
そっちの方が問題だな、とキース君。ソルジャーは私たちが帰宅する時間になっても帰っては来ず、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で家の玄関まで送ってくれることに。
「おやすみ。みんな、今日はありがとう」
「また来てね~!」
青い光に包まれて私たちは家に帰りました。ソルジャーは何をしてるのでしょう? エロドクターの方の無事を祈ったウッカリ者は私だけではない筈です。どうか何事も起こらないまま、明日の太陽が昇りますように…。