シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
バレンタインデーに会長さんから手作り下着を貰ってしまった教頭先生。腰巻とショッキングピンクのTバックという悲惨なラインナップでしたが、会長さんは三学期の期末試験の打ち上げパーティー会場で試着するよう強要した上、ホワイトデーにはお返しの品を毟り取ろうという魂胆でした。それが何かは教えて貰えないまま、日は過ぎて…。
「ねえねえ、結局、何なんだろうね、教頭先生の手作り品って?」
気になるよね、とジョミー君が言ったのは卒業式は来週だという月曜日の放課後。繰り上げホワイトデーまでは1週間ほどしかありません。シャングリラ学園ではホワイトデーを迎えることなく卒業することになる3年生の立場を考慮して毎年繰り上げでホワイトデーがあるのでした。
「何だろうなぁ? 俺にもサッパリ分からねえや」
ブルーも教えてくれないし、と首を捻っているのはサム君です。会長さんと公認カップルを名乗るサム君ですら知らないのでは、私たちに分かる筈がありません。
「そうだ! みんなで賭けでもしてみる?」
楽しそうだよ、とジョミー君が持ち掛けてきて、それもいいかも…と顔を輝かせた私たちですが。
「ん? …どうしたんだ、キース?」
サム君がキース君の顔を覗き込みました。
「朝から気になっていたんだけどさ…。なんか暗くないか?」
「あ、いや…。なんでもない」
「なんでもないって顔かよ、それが? 食欲だって無さそうだぜ。それとも嫌いだったか、これ?」
キース君のお皿には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作った焼きリンゴケーキが殆ど手つかずで残っています。パウンドケーキに焼きリンゴが乗っかったそれは美味しいと思ったんですが……キース君の好みじゃないのかな?
「いや、嫌いだというわけでは…。すまん、どうやらボーッとしていたようだ」
「お前がか!?」
信じられねえ、と驚くサム君に「大丈夫だ」と返したキース君はフォークを握ってケーキを食べ始めたのですけれど。
「ボーッとしてたのも、暗かったのも、それなりの理由があるんだよね? キース」
クスクスクス…と笑い始めたのは会長さんです。
「明日が卒業式だったっけ? 普通は卒業までに四年かかるコースを頑張ってスキップした上に首席で卒業! 実に素晴らしい成績だけど、それが裏目に出たんだって?」
「…………」
「いいじゃないか、エリート中のエリートだと認められたんだから誇りを持って卒業すれば。一緒に道場に行った同級生だって、一足お先に卒業する君を皆で祝いに来てくれるんだろ?」
凄いよね、と会長さんも絶賛ですけど、裏目に出たっていったい何が? キース君は沈黙しています。会長さんは何もかも知っているようですが…。
「ふふ、知りたい?」
知りたいよね、と会長さんはニッコリ微笑みました。
「キースは学部の代表で卒業証書を受け取ることになったのさ。お坊さんになる人が多い学部で、キースもお坊さんになる。代表して壇上に上るなら何が必要になると思う?」
「え? えっと……。法衣かな?」
お坊さんだし、とジョミー君が答え、会長さんが。
「よくできました。でも、それだけじゃ足りないんだ。キースは道場の後もカツラだと誤魔化して長髪のままで大学に行っていたんだけどね、卒業式を間近に控えて学長直々に呼び出しがあったわけ。…卒業式ではカツラを被らず、綺麗に剃って来るように……って」
「「「!!!」」」
それはキツイ、と声を失う私たち。つまりキース君はサイオニック・ドリームを使うにしても坊主頭で卒業式に出席しなくちゃいけないのです。しかも壇上で卒業証書を受け取るだなんて、キース君の坊主頭を見たことが無い一般生徒の目にも晒し者になるという展開で…。
「分かったかい? だから朝からたそがれてるのさ。明日には坊主頭だからねえ…。アドス和尚にもスッパリ剃るよう言われたらしいし、今回ばかりは逃げ場無しってね」
「「「………」」」
絶句する私たちの前でキース君はガックリ項垂れてしまっています。気の毒ですけど、首席で卒業というのだったら晴れ舞台。どうせ卒業式さえ終わってしまえばカツラと称して長髪ですから、ここは耐えるしかないですよねえ…?
キース君を慰めようにも、部外者の私たちにはどうすることも出来ませんでした。学長に掛け合えそうなコネがあるのは会長さんですが、その会長さんは我関せずとケーキを平らげ、紅茶をお代わりしています。助けてあげる気は無いのかな?
「ん? なんでキースを助けてあげなきゃいけないのさ? それに今回ばかりはぼくも口出し出来ないよ」
大事な学校行事だしね、と会長さん。
「卒業式には細かい事情を知らない人だって大勢くるんだ。お坊さんコースを首席で卒業しようって人が坊主頭どころか長髪だなんて、マイナスイメージだと思わないかい? キースは住職の資格を取ったとはいえ、まだ数ヶ月しか経ってない。長髪で出ようだなんて我儘だとしか思われないさ」
だから学長に呼ばれるのだ、と会長さんは真面目な顔。
「ぼくが口添えしたとしてもね、多分どうにもならないと思う。キースの大学にだって面子ってものがあるんだし…。卒業式には来賓のお坊さんたちも多いんだ。そんなわけだから、諦めた方がいいと思うよ」
早めにね、とキース君に引導を渡した会長さんは私たちの方を振り返って。
「せっかくだから、ぼくたちもキースの卒業式に行かないかい? 学校には欠席届を出しておけばいいし、キースの卒業を祝いにさ」
「「「えぇっ!?」」」
「登校義務が無い期間なのに出席している君たちだ。一応、けじめに欠席届! でもって、サムとジョミーは輪袈裟持参で。なにしろあそこは……って、この辺は見てのお楽しみかな? 欠席届は任せておいて」
会長さんは私たちの返事も待たずに教頭室に内線電話をかけて。
「もしもし、ハーレイ? 欠席届を頼みたいんだ。うん、明日の…。キースの大学の卒業式でね、みんなでお出掛けしようってわけ。だからジョミーたちの分を七人前。…教頭のサインがあったら簡単だろ?」
それじゃよろしく、と受話器が置かれて私たちの欠席届はアッサリ出来てしまったようです。いえ、正確にはこれから作成されるのですけど。
「はい、オッケー。明日はキースの大学前に集合だよ、と言いたい所だけど、卒業式は人も多いし…。とりあえず途中で待ち合わせかな? キースは大学に直行だよね」
「お、おい…」
ようやく我に返ったらしいキース君が口を挟みました。
「俺の坊主頭を笑い物にしたいのか? 道場にまで押し掛けて来ていただけでは足りないのか?」
「滅相もない」
即座に返す会長さん。
「お祝いしようって言ってるんだよ。一世一代の晴れ舞台だろ? そりゃあ、この先、璃慕恩院のトップにでもなれば盛大な晋山式もあるだろうけど、元老寺じゃねえ…。ギャラリーの数が少なすぎるさ」
晋山式というのはお寺の住職になる時の儀式だと会長さんが教えてくれて。
「とにかく、千人を超える列席者の前でキースが舞台に立てるチャンスは卒業式が最後かもね。だからみんなで出席したいと言っているのに断るのかい?」
「………。嫌だと言っても来るんだろうな。仕方ない、卒業式で騒ぎは起こしてくれるなよ」
「それはしないよ。約束する」
大丈夫、と会長さんが誓って卒業式に参加することが決まりました。明日はキース君の大学に近い地下鉄駅で待ち合わせです。バス停でも別に良かったんですけど、万一雪が降ったりしたら吹きっ晒しだと寒いですもんね。
さて、翌日。私たちはシャングリラ学園の制服を着て地下鉄駅に集合しました。会長さんが制服が無難だと言ったからです。しかし、そう言った会長さんは…。
「やあ、お待たせ」
「「「………」」」
またか、と私たちは深い溜息。会長さんが纏っているのは御自慢の緋色の法衣と立派な袈裟。その隣には小僧さんの格好をした「そるじゃぁ・ぶるぅ」が控えています。キース君が大学に入った年に朝のお勤めを見学しに行ったことがありましたけど、あの時も二人はこうでしたっけ。ということは、今日も目立つ気満々で…。
「だってさ、キースと一緒に道場に行った連中は出迎えに出掛けたぼくに会ってるわけだし? 連中がキースの卒業を祝いに来ている以上はこの格好がいいだろう。…来賓席はお断りだけど」
「「「来賓席?」」」
何のことだろう、と全員が首を傾げましたが、答えはすぐに分かりました。地下鉄駅を出て『卒業式』という看板の立った大学の正門を入った所で職員さんらしい法衣の人が大慌てで駆け寄って来たからです。
「こ、これはこれは…。おいでになると知っておりましたらお迎えに上がりましたのに! すぐに学長にお知らせを…」
「要らないよ。今日はプライベートな用事でね。…ぼくの友達が卒業するんで見に来ただけさ。来賓席には座りたくない」
好きにするから、と会長さんはスタスタと構内を歩いてゆきます。ジョミー君とサム君は持参した輪袈裟をつけるように言われ、向かった先は大きな講堂。スーツや振り袖などでキメた卒業生が溢れ返る中、お坊さんスタイルの卒業生も多かったり…。お坊さんな卒業生の視線は会長さんの緋色の法衣に釘付けです。
「やっぱりブルーって凄いよな…」
サム君が尊敬の眼差しで見詰め、ジョミー君は「目立つつもりなんだから当然だろ」と素っ気なく…。講堂に入った私たちは後ろの方の席に座りました。主役である卒業生は当然前の方で、キース君は最前列。えっ、どうして分かったのかって? 会長さんがサイオンで「あそこ」と教えてくれたからです。
「あーあ、ホントに坊主頭になっていますよ…」
仕方ないですけど、とシロエ君が呟き、マツカ君が。
「首席じゃどうにもなりませんよね。キース、最後の最後でこんなことになっちゃって…。なんだか見物に来ちゃったみたいで申し訳ないです」
「見物に来たんだし問題ないよ」
その言葉は勿論、会長さん。
「ただし、キースだけを見物に来たってわけじゃない。…きっと君たちもビックリするさ」
何に? と誰もが尋ねましたが、会長さんは微笑んでいるだけ。やがて卒業式の時間になって、舞台の緞帳がスルスルと上がり……。
「「「!!?」」」
度肝を抜かれるとはこのことでしょうか? 壇上の学長さんや教授陣、来賓の皆さんは全員、見事な坊主頭でした。そりゃあキース君も丸坊主にしろと言われるでしょう。でも、それ以上に驚いたのは…。
「ブ、ブルー…。あ、あれって何…?」
ジョミー君が震える右手で壇上を指差し、会長さんがその手をピシャリと叩いて。
「失礼な! 仏様を指差すなんて、それでも君は仏弟子なのかい?」
そう、壇上の奥の壁には大きな祭壇がくり抜かれていて、そこにはお寺の本堂もかくやというキンキラキンの仏様と燦然と輝く立派な仏具が…。なんですか、これは? ここは講堂ではなくて本堂ですか?
「講堂だけど?」
静かに、と会長さんが声を潜めて。
「舞台で催し物をしたりする時には、祭壇は失礼が無いよう壁の向こうに収納するのさ。でも式典では表に出てくる。…どうだい、これだけでも来てみた価値があっただろう?」
「「「………」」」
カルチャーショックとはこのことか、と愕然とする私たちを他所に卒業式が始まり、吹奏楽部の演奏が。…って、ここで歌うのは校歌じゃないの? ひぃぃっ、みんなお経を歌っていますよ、荘厳なメロディの伴奏つきで!
「…す、すげえ…」
サム君がポカンと口を開け、シロエ君たちは目を白黒。会長さんが私たちを連れて来たがった理由が分かりました。これは一見の価値があります。お坊さんの大学って凄いんだぁ…。
異文化としか言いようのない卒業式は粛々と進んでいきました。祭壇ではお香が焚かれ、蝋燭だって灯っています。そんな中で学長さんや来賓の挨拶があり、その合間にはお念仏やら読経やら。そして、いよいよ卒業証書の授与となり…。
「仏教学部、キース・アニアン!」
墨染めの法衣を纏った坊主頭のキース君が壇上に上がり、深々と頭を下げて卒業証書を受け取ると会場から盛大な拍手の音が。キース君の道場仲間の同級生が見送りに来ているらしいのです。堂々とした立ち居振る舞いのキース君は他の学部の代表にも全く引けを取りませんでした。ついに大学まで卒業しちゃったんですねえ、キース君…。
卒業式が終わると私たちも卒業生もゾロゾロと講堂を出て行って。
「「「キース!!!」」」
おーい、とジョミー君たちが手を振ります。キース君はお坊さんスタイルの卒業生や同級生に囲まれて校庭で記念撮影をしていました。あれほど坊主頭は嫌だと言っていたのに、卒業記念ともなると話は違うみたいです。キース君を囲んでいた一人が私たちの方を振り向いて…。
「あっ!」
短く叫んだその人が他の仲間に呼びかけたかと思うと、今度は私たちが取り囲まれる番でした。
「お、おい、キース、紹介してくれよ!」
そう言っているのは卒業生らしき人たちで、同級生たちは会長さんをしっかり覚えていたらしく。
「御無沙汰しております!」
「あ、あのう…。輪袈裟をつけたお供を二人もお連れになっているということは……お弟子さんですか?」
サム君とジョミー君に皆の視線が集中する中、会長さんは笑みを浮かべて。
「そうなるね。二人ともお寺の息子じゃないけど」
「「「えぇっ!?」」」
キース君のお仲間たちはビックリ仰天。どんなコネがあって弟子になれたのか、と心底羨ましそうにしています。会長さんの弟子という立場はそんなに素敵なものなんでしょうか? 私たちが悩んでいると、卒業生の一人が「そうだ!」と紙袋から色紙を取り出しました。
「これ、みんなで寄せ書きでもしようと思って用意してたんですけど…。一文字でいいんです、何か書いて頂けませんか?」
差し出した先には会長さん。彼は筆ペンも用意していて…。
「太さも色々揃えてきてます! どうかお願いいたします!」
「………。こんな所で揮毫かい?」
会長さんが「どうしようかな?」と言っている間に何故か色紙が次々と…。なんでこんなに、と思ったんですが、お坊さんは文字を書く機会が多いですから、書道サークルが大人気なほど文字が好き。卒業記念には絶対寄せ書き、と誰もが用意していたようです。
「熱心だねえ、君たちも。…サインはしないけど、それでもいいわけ?」
会長さんの問いに、皆は大きく頷いて。
「かまいません!」
「ふうん? それじゃキースの卒業記念に書いてあげることにしようかな。キースの見送りに来た人たちも色紙を用意しているようだし…」
よし、と会長さんは色紙を一枚受け取り、太字用の筆ペンを借りてサラサラと…。げげっ、これって…。こんなの落書きって言うのでは? 色紙に書かれたのは記号です。○、△、□…って……。なのに。
「ありがとうございます!」
書いてもらった人は恭しく色紙を押し頂いているではありませんか。次の色紙にも会長さんは○、△、□。その次も、そのまた次も……最後の最後まで○、△、□。何がなんだか訳が分からない私たちに、書き終えた会長さんがクスッと笑って。
「悪戯書きだと思ってた? ぼくたちの宗派では使わないけどね、座禅の人たちには有名なヤツさ。丸と三角と四角で宇宙を表すと言われてるんだよ。仏教学科の学生ともなれば知ってて当然」
授業をサボッていたら別だけど、と会長さんは緋色の衣を翻して。
「サービス終了。…キースはこれから学生仲間で食事のようだし、帰ろうか。…空模様が怪しくなってきた」
確かに雲が広がってきていました。空気も冷たくなってきましたし、これは雪かもしれません。私たちはお坊さんスタイルのキース君とお仲間たちに別れを告げて地下鉄駅へと向かいました。学校には欠席届を出してありますから、お昼御飯を何処かで食べてから午後はのんびり過ごそうかな?
外食だとばかり思った昼食は会長さんのマンションでの仕出し弁当。仕出しと言ってもお値段も中身もゴージャスです。会長さん曰く、法衣を着て外で食事をするのは何かと面倒で、サイオンで着替えるというのもまた面倒。それくらいなら慣れた我が家で私服が一番、ということで…。
「どうだった? キースの卒業式は?」
楽しかっただろう? と訊かれて苦笑するしかない私たち。まさかあそこまで抹香臭い卒業式だとは夢にも思いませんでした。そもそも講堂に祭壇が置いてあるだなんて、誰が想像できたでしょうか?
「やっぱり祭壇がインパクト大か…。でもさ、仏教系だからビックリなだけで、あれが教会みたいな礼拝堂だったら驚くかい? 十字架な祭壇がある学校だって多いんだけど」
うーん…。教会の方が御洒落なイメージがあるのは何故でしょう? そっちだったらお経じゃなくて讃美歌でしょうし、吹奏楽部の伴奏の代わりに重厚なパイプオルガンだとか、あるいは聖歌隊だとか…。そういう流れでワイワイやっていると、会長さんが。
「お寺にはステンドグラスも無いからねえ…。でもさ、サムとジョミーは仏弟子街道まっしぐらだから、この先は抹香臭い世界だよ? あの大学に進学しろとは言わないけれど、後戻りは出来ないと知って欲しいな」
「えっ!」
酷い、と叫ぶジョミー君と「俺は構わないぜ」と笑顔のサム君。会長さんはそんな二人を交互に見詰めて。
「キースが元老寺の副住職に就任したら色々と手伝いに行くといい。今年のお盆は棚経のお手伝いが出来るといいねえ、そっちの方は副住職になっていなくてもキースは単独で行けるから」
頑張って、とエールを送る会長さん。あれ? キース君、まだ副住職になれないの? 卒業したら自動的に副住職だと思ってたんですけど…。他のみんなも怪訝そうな顔をしています。会長さんは「ああ、そうか」と呟いて。
「君たちはお寺に馴染みが無いから知らないかもね。住職も副住職も、そのお寺だけで勝手に決められるものじゃないんだ。まずは本山に届け出ないと」
「そうだったんですか?」
知りませんでした、とシロエ君が言い、私たちも頷きました。お寺の仕組みって難しいのかな?
「難しいねえ。…なにしろ住職というのはお経を読むことだけが仕事じゃない。お寺や檀家さんの面倒を立派に見られる器であることが必須なわけ。本山の方で住職や副住職に相応しい人物かどうか審査をしてから許可が出る。それからでないとキースは副住職にはなれないよ」
届け出はしてあると思うけどね、と会長さんは窓の外にちらつき始めた雪を眺めて。
「キースは優秀な成績を収めているから、許可は確実に下りる筈さ。でも春までには絶対無理だし、お披露目はまだまだ先だろうね。…お披露目の時には君たちも勿論行くだろう?」
「「「お披露目?」」」
「副住職の就任式。住職じゃないから簡単なものだけど、アドス和尚なら絶対にやる。今度も御馳走が楽しみだなぁ、何が出るかな?」
「「「………」」」
結局それか、と私たちは額を押さえました。普段から「そるじゃぁ・ぶるぅ」と食べ歩きをしてグルメ三昧しているくせに、会長さんは御馳走が食べられる機会となれば首を突っ込まずにいられない性分。本当に伝説の高僧なのか、と疑いたくもなりますけれど、キース君の卒業式での色紙なんかを考えてみると、やはり偉いのは偉いのでしょうねえ…。
翌日、私たちは普段どおりに登校しました。キース君は卒業式の後で派手に飲まされたらしく、二日酔いで頭が痛いのだとか。それでも皆から託されたという御礼の言葉を会長さんに伝えることは忘れません。
「昨日は世話になった。あの色紙は家宝にするそうだぞ」
「へえ…。そう言われると嬉しいね」
たかが筆ペンで書いたのに、と会長さんが笑っているのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。キース君の前には好物のコーヒーの代わりに梅干し入りの熱くて濃いお茶。二日酔いに効くのだそうで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が淹れたのでした。
「とにかく卒業おめでとう。…坊主頭の期間が再延長になったようだけど」
「ああなるとは予想もしなかったからな…。分かっていたなら適当に手を抜いて首席は回避したんだが」
「そうかな? 君は首席で卒業でないと納得しないと思うけど?」
坊主頭が待っていてもね、と会長さんが鋭く指摘すると、キース君は「確かにな」と苦笑いをして。
「損な性分だとは思うんだが……こればっかりはどうしようもない。坊主頭を演出したばかりに、親父がやたらとうるさいんだ。ついでだから春のお彼岸までは坊主頭にしておけ、とな」
「再延長はお彼岸までだってキッチリ言わなきゃ引き摺るよ? 檀家さんの法事が控えているからとか少しずつ延長されてる間にお盆が迫ってくるからねえ…。お盆まで坊主頭で行ってしまったら後が無いかと」
「……分かっている。親父には悪いが、あんたにも何度も説得して貰ったんだし、俺は長髪でやらせて貰うさ。…当分はカツラってことになるがな」
そう簡単には伸ばせないし、と溜息をつくキース君。道場入りの時に剃り上げたように見せかけていた髪を不自然に見えないように誤魔化しながら3センチくらいまで伸ばせたと思った所で今回の悲劇。お彼岸まで再延長を食らったってことは三月末まで坊主頭のふりをしなくちゃいけないわけで…。
「つくづくサイオニック・ドリームに感謝だな。あんたが助けてくれなかったら俺は今頃は正真正銘の坊主頭で、心底情けない思いをしていたという気がするし…。サイオン・バーストと、カツラをプレゼントしてくれたという嘘と、両方に改めて礼を言う」
ありがとう、とキース君は会長さんに深く頭を下げました。
「それに俺が元老寺を継ぐ気になったのも、元はと言えばあんたのお蔭だ。あんたが俺の家に緋の衣を持って遊びに来たから俺の負けん気に火が点いた。俺も親父もおふくろも、あんたに足を向けては寝られん」
「寝てるじゃないか」
会長さんがニヤリと笑って。
「元老寺の君の寝室と、ぼくのベッドとの位置関係。…足はキッチリぼくの頭を蹴飛ばせる方向にあると思うな」
「…そ、それは…。それは言葉の綾ってヤツで! 俺の布団は昔から…」
わざとやってるわけじゃない、と焦りまくっているキース君。この調子では副住職に就任しても会長さんに頭が上がらないのでしょう。そもそも伝説の高僧である会長さんにかかれば、総本山である璃慕恩院ですら勝手知ったる他人の家といった扱いですけど…。
「ああ、そうだ。キース、君が副住職に就任する時はもちろん招待してくれるよね? ぼくとぶるぅは確実に呼んで貰えると信じているし、サムとジョミーも将来のことを考えるなら招待しといて損は無い。他の子たちも長い年月を一緒に生きる仲間だ、人生の節目には呼んでおくべきだよ」
大いに期待しているから、と会長さんはキッチリ根回ししています。キース君もあれこれ御礼を言った直後だけあって、断れそうな展開ではなく…。
「分かった。本山の許可が下りるのがいつになるかは分からんが…これも御仏縁というものだろう。あんたに出会えたからこそ今の俺がいる。三年間……いや、此処に入学してからだと四年近くか。本当に世話になった」
これから先もよろしく頼む、と言うキース君の瞳が見ているものは会長さんのもう一つの姿、銀青様かもしれません。住職の資格を取って、大学も出て、目指すは元老寺の副住職。シャングリラ学園特別生の方は卒業予定はありませんけど、キース君、大学卒業おめでとう!