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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

羽ばたく友へ・第3話

キース君が大学を無事に卒業し、残るは我がシャングリラ学園の卒業式です。その前に控えているのが名物の繰り上げホワイトデー。バレンタインデーを大々的に行っているため、ホワイトデーをやらずに卒業式を済ませるというのは如何なものか、との理由で設けられたのがそれでした。今年も卒業式の三日前に指定されていて…。
「ふふ、繰り上げホワイトデーも明後日か」
会長さんがニヤリと笑ったのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのこと。放課後に集まっていた私たちの前では中華饅頭が湯気を立てていました。チャーシューやフカヒレ、野菜などなど、様々な具が入ったそれを楽しく食べていたのですけど、会長さんのこの笑みは…。
「あ、やっぱり君たちもピンと来た? ハーレイ、頑張っているんだよね」
ホワイトデーに向けて努力中、と会長さんは中華饅頭を頬張りながら。
「ぼくの手作り下着の御礼はそれ相応の手作り品にして貰わないと意味が無い。だから品物を指定したけど、そろそろ仕上げにかかろうかと…」
「「「仕上げ?」」」
「そう、仕上げ。どうせなら完璧に近いものを受け取りたいしねえ?」
「…あんた、教頭先生に何をプレゼントしろと注文したんだ?」
聞いていないぞ、とキース君が指摘すると。
「あまり早くにバラしてしまうと面白みが減ると思わないかい? だから今日まで黙ってた。注文したのはザッハトルテだよ。甘い物が苦手なハーレイにはそれだけで充分大打撃さ」
えっ、ザッハトルテ? 手編みのセーターとかではなくて…? 意外な展開に私たちはポカンと口を開けたのですが、会長さんは。
「レシピは何処でも手に入るから、家で作ろうと思えば作れる。だけど、それでは面白くないし、美味しいヤツが出来上がるという保証も無いだろ? それでね…」
「「「お菓子教室!?」」」
「うん。コースを指定して通わせてたんだ。こんな感じで」
思念波で直接伝わってきたのは学校指定らしいエプロンを着けて受講中の教頭先生の姿でした。パティシエ専門コースに押し込んだのかと思ったのですけど、大勢の若い女性たちに混じってスポンジケーキをカットしています。これがザッハトルテになるのかな?
「ザッハトルテのベースのヤツだよ、今のイメージは。チョコレートケーキだっただろう? あれを三等分してアプリコットジャムを塗って、それからチョコをかけるわけ。これがなかなか難しくって…。そうだよね、ぶるぅ?」
「チョコをかけるのも難しいけど、溶かす方だって難しいよ? 失敗しちゃったら美味しくないし、見た目も最悪な感じになるもん」
ぼくは失敗しないけど、と胸を張っている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんも上手に作れるらしいんですけど、素人さんには難しいのがザッハトルテ。お菓子教室に放り込まれた教頭先生も失敗を重ねてきたのだそうです。
「ザッハトルテを専門に習わせようと思うとパティシエ向けの年単位コースしか無くってさ…。いくら仲間の息がかかった学校とはいえ、短期間だけの生徒を編入させるのは無理がある。…それで一般向けのケーキ作りのコースをハシゴ」
カリキュラムを少し組み替えて貰ったのだ、と会長さんは微笑みました。この時期に作る筈だったケーキをザッハトルテに差し替えてもらい、何クラスもあるケーキ作りコースの日程を上手にずらして教頭先生が全部の授業に出られるように計算し…。
「ザッハトルテは人気の高い講習だからね、その回だけって人の参加も珍しくない。一般向けコースにはお試し参加が出来るんだよ。…ハーレイはザッハトルテの講習をお試し参加で集中的にこなしたわけさ」
「「「………」」」
「若い女性に混じって講習を受けること自体は別に苦痛じゃなかったらしい。問題は試食。…なんと言っても甘いからねえ、ザッハトルテは。作ってる間の甘い匂いも耐え難かったようだけど」
クスクスクス…と笑う会長さんが送って寄越した別のイメージでは、教頭先生はマスクを着用していました。最初に参加したクラスで懲りて以来、マスク持参で受講するようになったのだとか。それでも試食は逃れられずに、顔で笑って心で泣いての辛いレッスンが続いたようで…。
「一応、料理教室の方はなんとか終了したんだよ。その後、家で練習するかと思っていたのに一度も復習してないねえ…。プロの指示を受けながら教室で作るのと、家で一人で作るのとでは全然違うと思うんだけど…。復習もせずに作った下手な作品を渡されたのでは腹が立つ。だから仕上げをしようってこと」
「「「???」」」
「その道のプロがいるだろう? 容赦なくビシバシ鍛えてもらうさ」
行くよ、と会長さんが立ち上がりました。えっと、行くって一体、何処へ? いつもの教頭室なのかな…?

生徒会室を出て向かった先は本館でしたが、会長さんは教頭室とは違う方へとスタスタと。教職員用休憩室と書かれた其処は夏休み前に一度だけ入ったことがある部屋です。あの時は夏休みの宿題免除アイテムに不具合が発生したという騒ぎの最中だったので部屋の印象は全く記憶に残っていません。
「失礼します」
会長さんが扉を開けると「おう」とゼル先生の声が返って来ました。
「なんじゃ、此処へ来るとは珍しいのう。チーズケーキなら残っておらんぞ」
生憎じゃったな、とゼル先生。どうやら今日はゼル特製と噂の高い特別メニューの日だったようです。ゼル特製とは、その名のとおりゼル先生が作る特別製のお菓子で、特別生を対象にして学食に出される人気の隠しメニューでした。そっか、今日のはチーズケーキだったのかぁ…。
「ゼル特製が目当てだったら学食に行くさ。ぼくには嗅ぎつけられないとでも?」
会長さんがクッと喉を鳴らし、ソファで寛いでいるゼル先生に近付いて。
「実は頼みたいことがあるんだよ。…ザッハトルテの個人レッスンをお願いしたい」
「…なんじゃと?」
「君の腕なら弟子を取るのもオッケーだろう? 明後日までに完璧なザッハトルテを作れるようにして欲しいんだ。もちろん一から教えろなんて無茶は言わない。基礎だけはきちんと出来ているさ」
「酔狂じゃのう…」
本気なのか、とゼル先生は自慢の口髭を引っ張りました。
「わしは手抜きはせん主義じゃ。ビシバシしごくぞ。…ぶるぅに習えば楽じゃろうに」
「生徒がぼくとか、この子たちならそうするよ。だけど今回は違うんだ。…鍛えてほしい生徒はハーレイ」
「ハーレイ!?」
「「「教頭先生!?」」」
ゼル先生と私たちの引っくり返った声が重なり、会長さんが可笑しそうに。
「そう、弟子入りするのはハーレイなんだ。繰り上げホワイトデーにプレゼントをしてくれると言うものだから、ザッハトルテを指定した」
「ホワイトデーじゃと!? ブルー、お前はハーレイにチョコを渡したのか!?」
「嫌がらせでね。…ほら、ハーレイは甘い物がダメじゃないか。でも、ウチの学校ではバレンタインデーにチョコを貰った生徒はお返しをすることに決まっているだろ? そっちが目当てで」
「なるほど。それでチョコを贈って、お返しにザッハトルテを要求したというわけか…。まさに嫌がらせのダブルパンチじゃな」
ゼル先生はアッサリ納得してしまいました。本当は会長さんが贈ったモノは手作り下着なんですけれど、ゼル先生が真相に気付くわけもなく…。
「あのハーレイにザッハトルテはキツかろう。…基礎は出来ているとか言っておったな? ハーレイが菓子を作れるとは思えんのじゃが、前から菓子を貢がせておったのか?」
「ううん、お菓子ならぶるぅで間に合ってるしね。ハーレイにお菓子作りの基礎は無いから、ザッハトルテをプレゼントさせようと決めた時から修行をさせた。…こうやって」
思念波で伝達された修行の様子にゼル先生はプッと吹き出し、それから散々笑い転げて。
「料理教室とは考えたのう…。それで仕上げにわしの所へ弟子入りさせるというわけじゃな。ハーレイは承知しておるのか?」
「これから連行するんだよ。引き摺ってでも連れてくるから、君の家のキッチンで特訓を…ね。時間が惜しいし、瞬間移動で飛ぼうかなぁ、って」
「それは中々愉快な時間になりそうじゃな。よし、その話、引き受けよう。此処にハーレイを引き摺ってこい。わしも帰る用意をしておこう。…その間に…、と…」
備え付けのメモにサラサラと何やら書き付けているゼル先生。
「ぶるぅ、買い物を頼んだぞ。お前ならメモなぞ無くても揃えられると分かってはおるが、わしの家にあるストックまでは分からんじゃろう? これをな、わしが戻って来るまでに…」
「オッケー! じゃあ、ゼルの家に運んでおくね♪」
パッと消え失せた「そるじゃぁ・ぶるぅ」に託されたのはザッハトルテに必要な材料の一部らしいです。ゼル先生は「さて、急がねば」と帰り支度をするために出てゆき、会長さんも。
「行くよ、今度は教頭室だ。ハーレイをゼルに引き渡さなきゃ」
足取りも軽く廊下に向かう会長さんは御機嫌で鼻歌を歌っていました。教頭先生、ザッハトルテの特訓をしにゼル先生に弟子入りですか…。気の毒といえば気の毒ですけど、会長さんの舌を満足させるためとなったら、厳しい修行も天国かも…?

「馬鹿者! もっとしっかり泡立てんかいっ!」
ゼル先生の罵声がキッチンに飛び、首を竦める私たち。教頭先生がチョコレートケーキの材料をせっせと泡立てています。会長さんの思惑通り、教頭先生は二つ返事でゼル先生への弟子入りを承知したのですけど、特訓は容赦ないもので…。見学しようとゼル先生の家に一緒に押し掛けて行った私たちも、おっかなびっくり見ているだけ。
「料理教室ではその程度でいいと教わったとな? 甘い、甘いぞ、ハーレイ! ここは滑らかさが命なんじゃ。溶かしたチョコの混ざり具合でスポンジの味が左右されるわ!」
甘ったるいチョコの香りが漂うキッチン。教頭先生はマスクの着用を許して貰えず、チョコレートケーキをオーブンに入れた途端にヘタヘタと座り込みそうになったのですが。
「焼き上がるまでの間にグラサージュの方を特訓せんとな。市販のスポンジケーキを用意したわい。そっちで仕上げの練習じゃ!」
グラサージュというのはチョコレートでコーティングする作業のことを指すようです。教頭先生は泣きそうな顔でチョコを溶かすために砕く作業を開始しました。その背中に向かって会長さんが。
「それじゃ特訓、頑張って。…ぼくたちはお腹が空いてきたから帰るよ。君はザッハトルテの試食があるから夕食なんかは要らないだろうけど、ぼくもこの子たちも食べ盛りなんだ。じゃあね」
ぶるぅ! と会長さんの声が響いて、パアッと迸る青いサイオン。私たちは会長さんのマンションに瞬間移動をしていました。予め用意してあったらしい煮込みハンバーグにカボチャのポタージュ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手早く作ってくれた温野菜のサラダがダイニングのテーブルに並べられて…。
「「「いただきまーす!」」」
ワイワイと食事をしている間も教頭先生は特訓中。会長さんが思い付いたように見せてくれる中継画面で高みの見物をするというのも楽しいものです。今はテンパリングとかいう段階で、溶かしたチョコを大理石の板の上に少しずつ空けて冷まして鍋に戻して温度調整をしているのだとか。
「ハーレイ、そこで味見じゃ」
ゼル先生の指示に首を傾げる教頭先生。私たちの間にも「?」マークが飛び交います。チョコレートも砂糖も水もきちんと計量していましたし、味見なんか必要ないのでは? ゼル先生が画面の向こうでチッチッと人差し指を左右に振って。
「軽く舐めるんじゃ。舌の上で砂糖の結晶が多少ザラつく程度の硬さが適温! 冷め過ぎて硬くなるとグラサージュしにくくなるからのう…。そこの加減がテンパリングの命じゃな」
「…し、しかし…」
教頭先生は明らかに腰が引けています。そりゃそうでしょう、苦手なチョコを味見した上、硬さの加減を見極めるように言われたのですから。
「ほれ、もう冷え過ぎておるようじゃぞ。舐めてみんかい!」
そう言いつつゼル先生がチョコをサッとヘラで掬って素早く味見し、「硬い!」と舌打ち。
「冷まし過ぎじゃ。…冷ましたり温めたりを繰り返しているとチョコはどんどん不味くなるでな、プロは一発で決めんといかん。まあいい、今はこの味を見ておけ。でもって、とりあえず温め直す…と。味見はどうした!」
ほれ、と強制的に味見させられた教頭先生は砂糖の結晶を味わうどころではないようでした。しかしゼル先生は容赦なく適温とやらに到達するまでテンパリングを何度もやり直させて、その果てに。
「よし。…次はグラサージュじゃ。ほれ、やってみろ」
網の上に乗せられた市販のスポンジケーキに教頭先生がチョコを回しかけてゆきます。上は上手に流せましたが、側面が上手くいきません。その間にもチョコはどんどん硬くなっていっているようで…。
「愚か者めが! この工程は思い切りよく、一気にじゃ! パレットナイフでササッと軽く撫でてじゃな…。違う! えーい、これをしっかり持たんかいっ!」
「「「!!?」」」
教頭先生が両手で持つよう指示されたのはケーキが乗った網でした。それを下から捧げ持つ形。つまり掌の上に網が乗っかっているわけです。
「いいか、手を離したら許さんぞ。グラサージュはこうじゃ。その目ん玉でしっかり見ておけ!」
ゼル先生が鍋を左手に、パレットナイフを右手に握ってスポンジケーキに熱いチョコレートを回しかけました。
「あつっ!」
教頭先生の悲鳴が上がり、掌に滴る熱々のチョコ。けれどゼル先生は「手を離すなよ」とニッと笑って、手際良くチョコを垂らしながらパレットナイフでスイスイと…。もちろん余ったチョコはボタボタボタと教頭先生の掌の上。あれって苛めと言いませんか?
「苛めだよ」
決まってるじゃないか、と会長さんが楽しげに中継画面を指差しました。
「ゼルは料理人としてもパティシエとしても超一流。高みへのステップとして修行に出ていたこともある。もちろん下っ端なんてやる必要もないからやってないけど、修行に行けば苛め……いや、しごきと呼ぶのが正しいかな? そういう現場も見聞きするのさ。それをハーレイ相手にやっているわけ」
まさかここまでとは思わなかったけれど…、と会長さん。
「熱いチョコに耐えながら目の前で技を見せ付けられれば、嫌でも頭に叩き込まざるを得ないよね。失敗したら何度でも熱々のチョコの刑だし、これは上達の早道かも…」
素晴らしい、と会長さんが絶賛している間にゼル先生は見事なグラサージュを仕上げてみせます。そして教頭先生は火傷した手をロクに冷やしている暇も無く、練習のために新たなテンパリングの作業へと。その後ろのオーブンではチョコレートケーキが焼き上がったようで、アラームの音がキッチンに…。
「焼き上がったか…。あれをグラサージュさせて貰えるのはいつになるかな? 練習用のスポンジケーキは沢山買ってあるようだしねえ…」
会長さんが中継画面を消し、私たちは教頭先生の苦労を思って深い溜息をつきました。ゼル先生にはサイオンで手順を教える方法もある筈ですが、手作業に徹するつもりのようです。チョコの味見やら熱々のチョコレート責めやら、更には出来上がり品の試食まで。教頭先生、とんでもない修行になりそうですけど、大丈夫ですか…?

教頭先生は翌日もゼル先生の家に連行されてザッハトルテの猛特訓。その次の日は学園中の女の子たちが待ちに待った繰り上げホワイトデー! 授業開始前に設けられたお返しをするための時間を全部使って学校中を回るというのは他ならぬ会長さんその人です。
「やあ、お待たせ。自分のクラスに一番たっぷり時間を取ろうと最後にしたよ」
女子の黄色い悲鳴が上がって、1年A組に会長さんが登場しました。今年もお供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に大きな袋を持たせています。何が出てくるのかと思っていれば…。
「わあ、可愛い!」
「これって食べられるんですか?」
一人一人に配られたのは透明なケースに入った小さなケーキ。赤い薔薇の花が乗っかったシュガークラフトというヤツです。
「食べられるよ? 中身は洋酒たっぷりのフルーツケーキ。保存がきくから年単位で持つ。ケーキはぶるぅの手作りなんだ。ぼくは薔薇の花びら担当」
会長さんの答えにキャーッと歓声が上がり、シャングリラ・ジゴロ・ブルーは今年も女子のハートをガッチリ掴んだみたいです。ついでにアルトちゃんとrちゃんに「今年もプレゼントを寮に送っておいたからね。フィシスの名前で」と耳打ちするのも忘れません。ああ、教頭先生、こんな人のために猛特訓を…。絶対、鼻で笑われるのに…。
『ん? いいじゃないか、ハーレイには手作り下着をあげたんだからさ』
私たち七人グループだけに思念を送った会長さんは、女の子たちに極上の笑みとウインクを残して教室を去ってゆきました。さて、教頭先生はザッハトルテを完成させられたのでしょうか? 今夜は会長さんの家まで届けに行って玄関先で追い返されるとか、そういうオチ…? 戦々恐々としながら迎えた放課後。
「ザッハトルテは会心の出来になったらしいよ。ゼルが太鼓判を押していた。楽しみだよねえ、合うのはやっぱりクリームたっぷりのウインナーコーヒーかな?」
会長さんがワクワク感を隠しもせずに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋のソファに腰掛けていて。
「マザー農場で最高の生クリームを貰ってきたんだ。ザッハトルテにもホイップクリームは欠かせないから」
「それは良かったな」
キース君がブスッとした顔で言い放ちました。
「昨日も今日も、教頭先生は柔道部の指導は見ているだけになさったんだぞ。料理中に鍋をウッカリ触ったんだと言っておられたが、チョコレート責めのせいだろうが! 両手に包帯を巻いておられるのが痛々しくて…」
「包帯はデモンストレーションだよ。そんなに酷い火傷じゃない。ただ、火傷の薬を塗っているから、包帯無しだと書類とかがベタベタに…。まあ、柔道部の指導は休みたいかもしれないけどね」
強い力がかかると痛むみたいだ、と会長さんは涼しい顔。
「でもザッハトルテは最高の出来栄えなんだし、ハーレイはドキドキしてると思うよ。どんな顔をして渡そうか…とか、花束も添えた方がいいんだろうか、とか今頃きっと妄想中さ。いつ届けろとも言わなかったし、ゼルには「不埒な振舞いをしてはいけない」と釘を刺されたようだしねえ?」
あーあ、やっぱり会長さんの家までお届けコースですか…。今年はどんな騒ぎになるのやら、と私たちが天井を仰いだ時。
「さてと、今日のおやつを貰いに行こうか。みんな、御礼を言うのを忘れずにね」
「「「は?」」」
「ハーレイのザッハトルテだよ。ぼくとぶるぅで食べてしまうより、みんなで分けるのがいいだろう? 料理教室で鍛えた基礎とゼル直伝の技のコラボレーション! ぶるぅも昨日ザッハトルテに挑戦したから食べ比べをするというのもいいよね」
「「「………」」」
あまりと言えばあんまりな展開に、私たちは言葉を失いました。教頭先生が会長さんへの想いをこめて完成させたザッハトルテをみんなで分けて食べようだなんて、会長さんは鬼ですか?
「鬼だって? いつもやってることだろう? それにゼルだって安心するよ、ハーレイに貰ったケーキだよって見せに行ってあげればね。…ゼルはぼくを心配してくれているから、心配し過ぎてハゲない内に安心させてあげるのが一番!」
「あれ以上、ハゲる余地は無いと思うんだが…」
キース君の呟きは会長さんにサラッと無視され、私たちは教頭室までザッハトルテを受け取りに行列していって…。扉をくぐった直後に目にした教頭先生の落胆ぶりは半端なものではありませんでした。会長さんがせしめた立派な箱入りのザッハトルテはゼル先生にも披露された後、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で切り分けられて。
「ハーレイったら、ここまで凝ったか…。それともゼルの案なのかな?」
これ、と会長さんが指差したのは三角形のチョコのプレート。えっと…何か書いてある?
「ハーレイによる正真正銘のゼルのザッハトルテ、と書いてあるんだよ。本家のザッハトルテを名乗る店は二つあってね、その片方がレシピの正統な継承者と店の名前を書いたプレートを上にくっつけてるわけ。この文章はそれを真似てあるのさ。ゼルのザッハトルテと書いてきたからには期待できるね」
ゼルのレシピは本物の本場モノ、と会長さんが口にしたとおり、教頭先生のザッハトルテは絶品でした。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作ってくれたザッハトルテもゼル先生と同じレシピだそうで、食べ比べても双方共に遜色なし。教頭先生、こんなに凄いのを完成させたのに、私たちのおやつにされちゃったなんて…。
「いいんだよ。でも、ぼくの手作り下着をぼくだけの前で試着してたら流れは少しは変わったかもね。みんなで分けたことを黙っててあげる程度にはさ。…このザッハトルテは目の毒消しだと思いたまえ」
ショッキングピンクのTバック、と言われて私たちはコーヒーを吹き出しそうになりました。確かにあれは視覚の暴力。…教頭先生、ザッハトルテは毒消しに頂いておきますね~!

そんなこんなで慌ただしく日は過ぎ、卒業式の前の日の夜、私たちは瞬間移動で暗い校庭に全員集合。昼の間にシロエ君から写真を見せられ、どういう仕様か聞かされていた銅像の変身作業です。シロエ君は会長さんの注文どおりに頑張りました。
「ジョミー先輩、もうちょっと左にお願いできますか? そう、そうです。そこでキース先輩が持ってるパーツと合わせてですね…、ええ、そんな感じで」
現場監督よろしく指示をしながらシロエ君は配線作業をしています。今年もシロエ君自慢の小型発電機が持ち込まれており、それに接続されたのは銅像の右手が握った大きな弓。銅像はソップ型の力士像へと変身を遂げ、パーツの接合部分が目立たないようにシロエ君がコーティングなどを施して…。
「会長、これでどうでしょう? 目からビームもOKですし、花火は化粧回しの後ろの結び目部分に仕込みました。弓が回転し終わった時に打ち上げるようにプログラム済みです」
「いいね。思った以上に見栄えしそうだ。花火にはサイオンで細工するから、今年も喜んで貰えると思う。…と言うか、去年にプレゼントをやっちゃったから、もう誰だって貰えるものだと思っているよね」
会長さんが言っているのは卒業生に向けてのプレゼントでした。人生で三回だけ使えるという「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形パワー入りストラップ。資格試験や入社試験で使うのも良し、大学の試験で使うも良し。ただし、合格に見合うだけの実力まではフォローしないので後は自分で頑張れという、ちょっと困った所もあって…。
「去年卒業してったヤツらは誰も使っていないんだっけ?」
サム君が尋ね、ジョミー君が。
「今の所は聞いてないよね。あ、そういえば…サッカーの最終選考に使おうかなって言ってたヤツがいたんだっけ。でも…選考には漏れたみたいだし…」
「使ってないってことでしょうね」
マツカ君が「難しいですよね」と呟いて。
「実力は充分あって後は運だけ、って時でもないと使えないでしょう。それでもいざとなったらアレがある、って思うだけで人間は強くなれそうですけど」
「そうよね、火事場の馬鹿力って言うものね」
実力以上を発揮できるかも、とスウェナちゃんが言い、「そうかもね」と私たちは頷き合って校庭を後にしました。夜が明けると卒業式の朝で…。
「おおっ、今年は力士かよ!」
「すげえな、着ぐるみになってんだろうけど、継ぎ目がまるで分からねえや。化粧回しは校章かあ…」
弓を持ってるけど何をするんだ? などと言いつつ、卒業してゆく生徒たちが記念撮影をしています。その銅像が目からビームで校舎の壁に「卒業おめでとう」の文字を書いたのは卒業式が終了してから。大歓声の中、力士と化した銅像が弓を回転させ始めました。「弓取り式だ!」という声が上がって、弓の回転速度も上がって…。それがピタリと止まった所でパァーン! と花火の弾ける音が。パパパパーン、と煙花火が空にくっきり描いた校章。
「みんな、卒業おめでとう!」
会長さんがいつの間にか銅像の脇に立っていました。煙花火をサイオンで校章の形にしたのも会長さんです。
「今年もぼくからの卒業祝いを用意した。空から落ちてくるから受け取って。ぶるぅの手形パワーが入ったストラップだ。使い方は噂で知ってるね? 使えるのは人生で三度だけだよ」
フワフワと落下傘に結び付けられた手形ストラップが降りてくるのを卒業生全員が手にしたところで。
「かみお~ん♪ 卒業、おめでとう! また学校にも遊びに来てね!」
元気一杯に飛び出してきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパッと右手を差し出しました。
「ぼくの右手の握手はラッキー! 今日がいい日になりますように♪ シャングリラ学園、忘れないでね!」
ワッと群がる卒業生たちに揉みくちゃにされた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、いつの間にやら会長さんとセットで威勢よく胴上げされています。胴上げって普通、卒業する側がされるものでは…と思うんですけど、この際、なんでもアリなんでしょうか? そもそもシャングリラ学園自体がなんでもアリの学校ですから、こういう卒業式もアリなのかも…。
「今年も俺たちは居残り組か…」
少し寂しそうなキース君の頭をジョミー君がポンと叩いて。
「キースは卒業したじゃない。カツラを取ったらツルツルだよねえ、みんなに言ってしまおうかな?」
「うわ、待て、言うな! 俺のこの髪はカツラじゃなくって自前なんだ!」
バカ野郎、と卒業生たちとは違う次元でたちまち始まる大騒ぎ。シャングリラ学園は今日も変わらず平和でした。来年度もまた、よろしくお願いしちゃいますね~!



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