シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
翌日の朝、ソルジャーは会長さんの私服を借りて上機嫌で出掛けてゆきました。ガーリックライスの強烈な匂いはどうなったかって? 私たちも同じものを食べているだけにサッパリ分かりませんけれど……多分サイオンで隠していると思います。だって行き先は…。
「あーあ、本気で行っちゃったよ…」
ノルディの家に、と会長さん。ソルジャーはエロドクターの家に瞬間移動し、そこから二人でホテル・アルテメシアへ行くのです。ウェディングドレスをオーダーしに。
「朝御飯は要らないって言うから何かと思えば、ノルディと一緒に食べるだなんて…」
「ぼくの御飯より美味しいのかな? ちょっと自信が無くなっちゃった」
せっかく用意をしてたのに…、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は残念そう。ソルジャーは昨夜ゲストルームに引っ込んだ後でエロドクターと色々打ち合わせをしたらしく、朝食のお誘いもその時に受けたと思われます。もしかしてエロドクターの手料理とか…?
「それは無いね」
誰の思考が零れていたのか、会長さんがアッサリと。
「ノルディも料理は出来るんだけど、専属の料理人がいる。ブルーを朝食に誘ったからには凝ったメニューを作らせてそうだ。…でも、ぶるぅの腕も負けてはいないよ。プロ並みだから」
ね、ぶるぅ? と訊かれた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は「えっと…」と口籠って。
「ぼく、お料理は習ってないよ? ゼルみたいに修行もしてないし」
「だけどホントにプロ顔負けだろ? レシピが無くても食べたら再現できちゃうしね」
「ブルーもでしょ? これってサイオンのお蔭だよね!」
元気一杯な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の言葉に私たちはちょっとビックリ。サイオンで様々な知識を伝達できるのは知ってましたが、料理もその中に含まれますか! だったら私たちも努力さえすれば超一流の料理人になれるとか…?
「無理、無理。そんなに甘くは無いよ」
サクッと夢をブチ壊してくれる会長さん。
「ある程度のセンスと手先の器用さが必要なんだ。このメンバーの中で料理人になれそうなのは…キースかな? 基本をキッチリ押さえそうだし、応用も上手く出来そうだしね」
「それってズルイ…」
お坊さんなのに、とジョミー君が口を尖らせました。
「キースばっかりプロになれるって差別だよ! お坊さんも料理人もって!」
「お坊さんは君も努力すればプロだ。…もう忘れた?」
本山に届け出済みなんだよ、と言われたジョミー君は大慌てで前言撤回です。お坊さんのプロにされたのでは悲しいなんてものではなくて…。こんな調子で朝食が終わり、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿を洗って片付けました。さて、この後はどうすれば? ガーリックライスの匂いは私たちにもついてますし…。
「ドリームワールドならガーリックの匂いがしてても平気だよね?」
遊びに行こうよ、と提案したのはジョミー君です。しかし…。
「ダメダメ、今日はブルーを監視しないと」
何をやらかすか分からないから、と会長さんがエロドクターの家の方角を眺めました。
「あっちも食べ終えたみたいだね。ノルディの車で出掛けるようだ」
「「「………」」」
ついに模擬結婚式の準備が本格的に始動ですか! あのソルジャーがドレスのオーダー…。それもエロドクターとの挙式もどきに使うドレスとは、なんと言ったらいいのやら…。
リビングに陣取った私たちは飲み物やお菓子を手にして会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の解説に聞き入ることになりました。ソルジャーは覗き見をシャットアウトする気は無いようですが、中継は不可らしいのです。
「せっかくドレスを誂えるんだし、見てのお楽しみにしたいんだってさ。ぶるぅとぼくにはバレバレだけど、他のゲストにはサプライズってことで」
「ドレスなんてどれも同じじゃないのか?」
キース君の発言に、会長さんは。
「分かってないねえ…。それじゃ女性にモテないよ。ブルーの場合は女性じゃないけど、この際、心得ておくといい。袖のデザインがちょっと違うとか、襟が違うとか、細かい所にこだわりたいのが女心さ。同じデザインでも色が違えば迷っちゃうのも女性だし!」
ねえ? と同意を求められたスウェナちゃんと私は頷きました。色違いで色々欲しくなるのはよくあることです。流石はシャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれる会長さん! 女心をよく御存知で…。
「フィシスの買い物に付き合ってると時間がかかるよ? そこで「迷うなら全部買っちゃえば?」なんて気軽に言うのもまた無粋! どれも似合うっていう時くらいしか「全部買えば?」はNGなんだ」
「なんだか知らんが難しいんだな」
俺にはサッパリ理解できん、とキース君が呻いています。その間にもソルジャーはドレスをあれこれ選び出しているらしく…。
「だいたい候補が決まったのかな? これから試着するようだ」
「試着って? オーダーするんじゃなかったの?」
ジョミー君の疑問は尤もでした。オーダーするのに何故に試着を?
「普段の服とは違うからだよ。自分に似合いそうなデザインとかを把握しないとオーダーはちょっと…。ノルディがあれこれ助言していたみたいだけれど」
エロドクターは自分の好みを優先しつつも何着か選んだみたいです。ソルジャー自身も何着か選び、それから順に試着してみて写真を撮って…。
「うーん…。やっぱり可愛いドレスはイマイチだねえ」
「フリルとリボンは難しそうだね」
覗き見している会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそう。可愛いドレスとやらはエロドクターが選んだ中にあったのだとか。ソルジャーはそれを却下し、シンプルなドレスを贅沢な生地で仕立てる方向でお次はデザイナーさんと相談を。オーダーってけっこう大変ですねえ…。
「日曜日に間に合うように仕上げるとなると急がないとね。普通はもうちょっと時間に余裕があるものだけど」
「しかし1週間で出来るというのが凄すぎるな」
キース君が感心しています。お坊さんの袈裟には出来上がるまでに数ヶ月かかるものがある、と聞かされて驚きましたけれども、会長さんによればそれが常識。
「最高級の袈裟は注文が入ってから布を織るんだ。もう完全にオーダーメイド! その点、ドレスは生地の在庫さえあれば縫うだけだし」
早いものだよ、とウインクした会長さんは引き続きソルジャーを監視と称して見物中。ようやくデザインが決まって採寸を済ませ、ソルジャーとエロドクターはメインダイニングへ昼食に…。つまり昼過ぎまでドレスにかかっていたわけです。私たちもお腹が空いてきました。
「かみお~ん♪ お昼にしようよ!」
すぐ作るね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお得意のオムライスを手早く仕上げ、スープとサラダも添えてテーブルに。ソルジャーとエロドクターは豪華なコース料理を時間をかけて優雅に楽しみ、それが済んだら…。
「式場と宴会場を下見してからハーレイの家に行くみたいだよ?」
「「「!!!」」」
会長さんに聞くまで教頭先生のことは綺麗サッパリ忘れていました。花嫁の父役を頼みに行くんでしたっけ。ついでに会長さんも同じ依頼をしに行く予定でしたっけ…。教頭先生、引き受けるかな?
式場などのチェックを終えたソルジャーはエロドクターの車で教頭先生の家へ。予期せぬ訪問者に仰天した教頭先生、挙式と聞いて倒れそうになったらしいのですが…。
「やっぱり真面目に引き受けたか…」
そうだろうと思った、と会長さんがブツブツと。今度も中継はして貰えなくて、私たちは話を聞くだけ。教頭先生は結婚式が本物ではないのを確認してから花嫁の父役を引き受けたそうで。
「形だけでも挙式をすればノルディがブルーに目移りするかも、と思ったらしいよ。ブルーはノルディの家でお茶をしてから帰るようだし、ぼくたちはその後でハーレイの家に突入だね」
「俺たちも行くのか…」
ゲンナリしているキース君に、会長さんは。
「そもそも君が言ったんじゃないか。ハーレイがその場にいると心強い…って。ブルーが話をつけただけでは心許ない。第一、ブルーは招待客の話をしなかったし!」
「そうなのか?」
「うん。せっかくだから披露宴もすることにした、と言っただけさ。ハーレイは単純だから招待客は自分一人だと思ってる。披露宴のお客が一人だなんて小規模にも程があるってものなんだけど、身内だけならアリだしねえ…。他にもゲストがいるんだよ、と教えなくっちゃ。…ん?」
そこで会長さんは口を噤んでしまいました。いったい何があったんでしょう? しばらく沈黙が続いた後で…。
「ブルーに監視されてたか…。あっちのハーレイとぶるぅを招待するのは内緒なんだ、と言われちゃった。あっちのハーレイには頼み辛いから、って言って頼んでたねえ、そういえば…。まあいいや、その辺は細かいことだし」
ブルーが帰ったらぼくたちの番、と意気込んでいた会長さんが腰を上げたのは一時間ほど経ってから。ソルジャーは自分の世界にお帰りになったみたいです。私たちは会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の瞬間移動で教頭先生の家のリビングに飛び込んで…。
「な、なんだ!?」
ソファに座っていた教頭先生が仰け反りました。はずみで吹っ飛んだ冊子を会長さんが拾い上げて。
「ふうん、花嫁の父の心得ねえ…。誰か結婚するのかい?」
「そ、それは…。その……。単なる興味だ。別に父親役をするわけでは…」
教頭先生の額にたちまち噴き出す脂汗。会長さんがクッと笑って。
「語るに落ちるってこのことかな? この冊子には花嫁の父だけでなくて他にも色々載っているけど? で、誰の父親役をするんだって?」
「ご、誤解だ! 私は何も…」
「ぼくそっくりのブルーの父親役。結婚相手はドクター・ノルディで、今度の日曜にホテル・アルテメシアのチャペルで挙式。…どう、間違ってる?」
「…な、何故それを…」
ソファからずり落ちそうな教頭先生に、会長さんは。
「ぼくも招待されてるんだよ。ついでにそこの子たちも…ね。模擬結婚式と言えども披露宴は賑やかにやりたいらしい。花嫁の父役を君に頼むというのも聞いた。それ、ぼくに隠さなきゃいけないことかい?」
「お、お前はノルディが嫌いだし…。お遊びとはいえ、ノルディとの挙式と聞いたら怒り出しそうな気がしてな…」
座り直した教頭先生は冷や汗ダラダラ。会長さんに内緒で引き受けたつもりが即バレどころの騒ぎじゃないのですから、無理ないですけど。
「ぼくが怒ると思ってたんなら、どうして引き受けちゃったのさ?」
「…ノルディがお前から手を引くかも、と思ったのだ。あっちのブルーはノルディを現地妻にしたいと言ったし、そうなれば……そのぅ……」
「それなりの仲になるからノルディが大人しくなりそうだって? …好きだよ、ハーレイ」
ありがとう、と会長さんは綺麗な笑みを浮かべました。
「ぼくもそういう展開を希望。だけどノルディは油断がならない人物だしね…。ぼくを結婚式に招待しておいて両手に花とか、如何にも言い出しそうじゃないか。危険防止にボディーガード! そんな気持ちで臨んでみてよ」
「…お前のボディーガードをしろと?」
「それと花嫁の父役と! 大いに期待しているからね。これは報酬の前払い」
会長さんが教頭先生にギュッと抱き付き、唇と唇が触れんばかりに顔を近づけて…。
「!!?」
フウッとガーリック臭い息を吹きかけられた教頭先生が反射的に顔を反らしてしまった次の瞬間。
「御挨拶だね、キスのプレゼントは要らないって? 二度とあげない!」
「い、いや、今のは……つい…身体が勝手に…」
「身体が勝手に動いちゃうほどイヤだって? だったら頑張ってタダ働きだね、ボディーガードはして貰うから!」
一方的に怒鳴り散らした会長さんは「帰る!」と叫び、たちまち迸る青いサイオン。最初からキスなんてプレゼントする気も無かったくせに、と私たちは溜息です。教頭先生も顔を背けたガーリックの匂い、明日までに抜けてくれないとクラスメイトに「昨日は焼肉?」と訊かれちゃうかも…。
こうしてソルジャーとエロドクターの模擬結婚式の準備は着々と進んでいきました。教頭先生は花嫁の父役という大役を務めるために鏡の前で姿勢チェックに余念が無いとか。その教頭先生に招待状を届けに行ったソルジャーが放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋にやって来て…。
「こんにちは。はい、君たちにも招待状だよ」
本格的な封筒入りの招待状を貰ってしまって私たちの気分は複雑です。教頭先生には伏せておくようにとソルジャーが会長さんに指示した、残り二人の招待客は? キャプテンと「ぶるぅ」も招待状を貰ったのでしょうか?
「んーと…。それが時間が取れなくて…」
まだ言い出せていないんだ、とソルジャーは舌を出しました。
「どうせ瞬間移動でパパッとこっちに来ちゃうわけだし、当日の朝でもかまわないかな…って」
「えっ? それだと服が間に合わないんじゃ…」
キャプテンの服では出られないよ、と会長さん。模擬結婚式とは言うものの、会場が会場だけに、私たちも制服かお洒落な服を着て行くように、と会長さんから言われています。キャプテンの船長服はシャングリラ号では正装でしょうが、結婚式では浮きそうですし…。けれどソルジャーは平然と。
「大丈夫! それもこっちのハーレイにお願い済みさ。ぼくのハーレイは礼服を持ってないから君のを貸してやってくれ…ってね」
教頭先生に借りた礼服を添えて招待状を渡すのだ、とソルジャーは胸を張りました。
「ぶるぅは前にクリスマス・パーティー用に誂えて貰ったタキシードがあるし、問題はハーレイだけなんだ。きっと似合うと思うんだけど」
「…じゃあ、式の内容の説明とかは? 本物の結婚式だと勘違いしたら大変だよ?」
会長さんが尋ねると。
「サイオンを使えば複雑なことも一瞬で伝達可能じゃないか。当日の朝でも充分さ」
心配無用、とソルジャーは悠然と構えています。青天の霹靂なキャプテンが腰を抜かさなければいいんですけど…。微妙な空気が流れた所へ「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「はい、今日のおやつはミルフィーユ! お代わりもあるよ♪」
「ありがとう。でも…」
お代わりはちょっと無理かも、と言ったソルジャーは本当に一切れしか食べませんでした。いつもだったら二切れは軽いのに、どうしちゃったの? まさかダイエットをしてるとか…?
「君らしくないね」
会長さんがズバッと遠慮なく。
「お代わりすると太るって? 誂えたドレスが入らなくなったらマズイだろうし…。今日も仮縫いに行っていたっけ。ぼくの服を勝手に持ち出して…ね」
「…見ていたんなら分からないかな? ぼくは毎日大変なんだよ!」
ソルジャーは紫のマントを外してバサッと放り投げました。銀をあしらった白い上着も脱ぎ、その下の黒い衣装のジッパーを…って、なんで突然ストリップ? パニックに陥りかけた私たちですが。
「…コレのせいでロクに食べられないんだ」
ほら、と指差すソルジャーの胴に嵌まっていたのはコルセット。純白にレースをあしらったブライダル用らしきデザインです。どうしてソルジャーがコルセットなんか…。
「ノルディが買ってきたんだよ。ドレスには専用のインナーが無いとシルエットが綺麗に出ないとか言って…。でもって強く締め付けるから、当日初めて着けて気分が悪くならないように時々着けて慣れておけってさ」
「それで真面目に着込んだ結果、キツくておやつも食べられないと?」
良かったねえ、と会長さんがクスクス笑っています。
「君の間食の量が減ったら厨房の人が喜ぶだろう? 気ままにくすねているみたいだし」
「ぼくなんか数の内にも入らないよ! つまみ食いと盗み食いはぶるぅが凄いし!」
「でもコルセットを外す気は無い…、と。ご苦労様」
頑張りたまえ、と会長さんに肩を叩かれたソルジャーはコルセットの上から服を再び身につけて。
「これってキツイし、圧迫感も半端じゃないんだけどね。ノルディが「見ているだけで興奮しますよ、早く外したくてたまらなくなる」って言うものだから…。清楚なドレスにセクシーな下着! 最高の取り合わせだと思わないかい?」
目指せ、完璧な花嫁姿! とソルジャーは闘志を燃やしています。どんなドレスを誂えたのか、とっても気になるところですよね。
そんなこんなで金曜日が来て、会長さんの健康診断の結果を聞きに行く日になりました。キース君がドクター人形を風呂敷に包んでしっかりと持ち、私たちも覚悟と会長さんのガードを固めてエロドクターの診療所へと。今日も休診の筈ですが…。あれ?
「なんだか先客が大勢いますよ?」
駐車場が一杯です、とシロエ君。いつもはガランとしている専用駐車場に車や自転車が何台も。そして扉には『診療中』の札が下がっているではありませんか! 入ってみれば受付の人や看護師さんの姿があって、待合室のソファも満杯。
「えっと…。どうすればいいんだろう?」
会長さんも度肝を抜かれたらしく、代わりにキース君が受付に行くと間もなく会長さんの名前が呼ばれて。
「ようこそ」
忙しいので手短に、と告げるドクターの机にはカルテが山を成しています。エロドクターは一番上に乗っかっていた会長さんのカルテを取ると。
「今回も特に異常はありませんでした。ではまた、来年のこの時期にご案内を出させて頂きます」
えっ、これだけで終わりですか? ポカンとしている会長さんと私たちに、ドクターは。
「明後日のブルーとの式には来て頂けますね? やはり乗り気の相手が一番です。私はブルーのことで頭が一杯なのですよ」
花嫁姿が楽しみです、とニヤニヤしているエロドクター。診療所を普通に開けていることといい、興味は完全にソルジャーに向いているみたい。模擬結婚式と披露宴が無事に終わったら会長さんは安全圏かもしれません。
「良かったな、おい」
これの出番は無かったぞ、と外へ出てからキース君が風呂敷包みを会長さんに渡しました。
「うん、ぼくも本当にビックリしたよ。まさかノルディがブルーに夢中になるとはね…。ハーレイとブライダルフェアに行ったのがバレたと知った時には人生終わったと思ったけれど、災い転じて福となす……かな?」
素敵な結婚式になるといいね、と会長さんが言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「ぶるぅも来るって言ってたもんね。早く明後日になるといいなぁ♪」
御馳走を食べて遊ぶんだ、と飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちも踊り出したい気分でした。さらば、危険なエロドクター。ソルジャーと末永くお幸せに!
日曜日は朝から気持ちよく晴れて、絶好の結婚式日和。シャングリラ学園の制服を着た私たちとスーツでキメた会長さん、それに子供用スーツの「そるじゃぁ・ぶるぅ」がホテル・アルテメシアのロビーに集合です。エロドクターは放っておいて、目指すは花嫁控室。ソルジャーは上手に化けたかな?
「やあ。…どうかな、このドレス?」
椅子から立ち上がったソルジャーの姿に誰もが息を飲みました。コルセットまで着けて頑張っただけのことはあります。スラリとした身体を包むドレスは見事にフィットし、流れるようなレースのトレーンが美しく…。会長さん御自慢のウェディングドレスも素敵ですけど、それとは違った魅力です。
「かみお~ん♪ 綺麗! すっごく綺麗!」
小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手放しで褒められたソルジャーは大満足で。
「そう? じゃあ、ハーレイも喜んでくれるかな?」
「「「は?」」」
どうして此処でキャプテンの名前が出るのでしょう? 今日のキャプテンは招待客の一人に過ぎません。喜ぶと言うよりトンビに油揚げなポジションなのでは…?
「あ、そうか。泣いちゃう方かもしれないねえ…」
どっちにしても楽しみだ、と微笑むソルジャーは花婿が誰か本当に分かっているのでしょうか? 現地妻がどうこうと言ってますから本命はキャプテンかもしれませんけど、花婿はエロドクターですよ?
「うん、その辺は分かってる。ドレス代も式と披露宴の費用もノルディが払ってくれるんだし…。ティアラも本物を買ってあげますよ、って言われたんだけど、そこまでは…ね。だから生花で」
ソルジャーの髪にはブーケとお揃いの真っ白な薔薇が飾られていました。勿論、レースの縁取りがついた長いベールもお約束。
「ほほう…。綺麗に出来たな」
時間になって入って来たのはモーニングを着た教頭先生。そのまま見惚れるかと思いきや、視線は自然と会長さんの方へ。ウェディングドレスのソルジャーよりもスーツの会長さんに惹かれるんですか、そうですか…。教頭先生はソルジャーをエスコートして部屋を出、私たちも続いてチャペルへ。ところが…。
「おい。キャプテンとぶるぅが来てないぞ」
遅刻なのか、と声を潜めるキース君。二人揃って来ていないなんて、あちらの世界で非常事態? 会長さんも心配そうです。教頭先生と一緒に入って来る筈のソルジャーが現れなければ挙式どころではありません。エロドクターはそれを知ってか知らずか、白いタキシードで祭壇の前。
「ブルー、来るかな?」
もしかして帰っちゃったかも…、とジョミー君が呟いた所でチャペルのドアが開きました。教頭先生にエスコートされたソルジャーが滑るような足取りでバージンロードを進んでゆきます。キャプテンは? それに「ぶるぅ」は…? と、チャペルに転がり込んで来た人影が…。
「ブルー!!!」
ソルジャーの名前を絶叫しつつ乱入したのは礼服を着たキャプテンでした。ドアの外にはタキシード姿の「ぶるぅ」が見えます。瞬間移動でキャプテンを連れて来たのでしょう。赤い絨毯を踏んで突き進むキャプテンにソルジャーがピシャリと鋭い一喝。
「足!」
「…は?」
「バージンロードを踏んでるんだよ、思いっ切りね。此処を歩ける男は花嫁の父の他には花婿しかいない筈なんだけど、お前は何だ?」
どんなつもりでやって来たのだ、とソルジャーの唇に冷たい笑みが。
「その服と招待状に手紙を添えておいただろう? ノルディと結婚するってね。ぼくを一生、満足させる自信があるなら攫って逃げるというのもアリだと」
げげっ。ソルジャーは本物の結婚式だと大嘘をついてきましたか! そりゃキャプテンも焦ります。ソルジャーは冷笑を湛えながら。
「攫いに来たってわけじゃないならお前はただの招待客だ。…ぶるぅと一緒にそっちの席へ。ぼくの結婚を祝福したまえ」
邪魔なんだよ、とソルジャーが促しましたが、キャプテンはバージンロードから足をどける代わりにソルジャーの腕をグッと掴んで。
「い、一生満足させてみせます!」
「…ふうん? とてもそうとは思えないけど?」
ヘタレな上にマンネリだもんねえ…、とソルジャーが言い終えない内に。
「が、頑張らせて頂きます!」
一生努力あるのみです、と叫んだキャプテン、ソルジャーをサッと抱き上げるなり脱兎の如く開け放たれたままのドアの彼方へ…。気付けば「ぶるぅ」も消えていました。
「「「………」」」
どうやら花嫁は拉致されちゃったみたいです。花嫁姿のソルジャーが「ハーレイも喜んでくれるかな?」と言っていたのは、これを見越してのことでしたか! 今頃、キャプテンは向こうの世界でソルジャーのウェディングドレスをいそいそと脱がせ、セクシーなコルセット姿に悩殺されつつ大人の時間に突入中…?
「残念ですよ、花嫁を攫われてしまうとは…」
やられました、とシャンパンを呷るエロドクター。
「またしても脱マンネリというヤツなのでしょうか? 私は本気だったのですがねえ…」
エロドクターが座っているのは一段高くなった高砂席。結婚式は壊れましたが、披露宴の御馳走などは出来ていたので皆で食べようというわけです。私たちはキャプテンと「ぶるぅ」の分が空席になった招待客用のテーブルで美味しい料理を堪能中。
「ブルーのアレって結婚詐欺になるのかな?」
ジョミー君が尋ね、キース君が。
「最初から模擬結婚式だし、結婚詐欺とは言わんだろう。…悪質だとは思うがな…」
絵に描いたような花嫁の略奪騒ぎは宴席の格好の話題でした。教頭先生はキャプテンと「ぶるぅ」が呼ばれていることを知らなかっただけに、とても感動したのだとか。一方、大人なエロドクターは高砂席で悠々と食事し、ウェディングケーキにも一人で入刀! 本物のケーキですから切り分けて皆に配られて…。
「どうですか、ブルー? 食事もケーキも御満足頂けたかと思うのですが」
エロドクターが高砂席を下りて会長さんの側にやって来ました。
「次はあなたが花嫁役など如何です? 最高の贅沢をお約束しますよ」
ニヤついているエロドクターに、会長さんは。
「お断りだね。ハーレイ、君の出番だよ」
「は?」
「ボディーガードをしてくれるんだろ? それに逃げた花嫁の尻拭いをするのは花嫁の父の役目だってば」
行くよ、と教頭先生を引っ張って宴会場を出てゆく会長さん。何をしようと言うのでしょう? しばらく経ってから会長さんの後ろに隠れるようにして戻って来た教頭先生は…。
「「「わはははははは!!!」」」
私たちもエロドクターも笑いが止まりませんでした。教頭先生が纏っていたのは、以前、シャングリラ号でのガーデンウェディングで着せられていたフリルとリボンが満載のドレス。会長さんは可笑しそうに。
「ノルディは可愛いドレスが好みなんだ。君が花嫁役をやってあげれば喜ぶよ」
「う、うむ…」
教頭先生が眉間に皺を寄せ、エロドクターが。
「私にも選ぶ権利はあるのですがね。…とはいえ、ブルーの代わりでは断れませんか…」
止むを得ません、と仏頂面のドクターの隣に座らせられた教頭先生。ソルジャーの代役誕生で高砂席に新郎新婦が揃いました。考えてみれば会長さんを好きな人同士、最高にお似合いのカップルかも…。凄い披露宴になりましたけど、二人の前途を祝して乾杯~!