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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

託された祈り・第2話

キース君の副住職の就任披露はそれは立派なものでした。お十夜の法要の方はお念仏がやたらと多くて私たちまで何度も唱和させられましたが、檀家さんたちは真剣そのもの。お坊さんたちも緋色の衣の会長さんを筆頭に居並び、荘厳で…。
「うーん、まだ肩凝りが治らないや…」
痛いんだよ、とジョミー君が肩を擦っているのは翌日の放課後。明後日から中間テストですけど、特別生には無関係とあって今日も「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でのんびりです。
「法衣を着ただけで肩凝りだと? ろくに仕事もしなかったくせに」
修行が足りん、とキース君が言えばサム君が。
「だよな、俺は手伝わせて貰ったけどさ…。ジョミーは下手に手伝うとボロが出るから最初から最後まで座ってたもんな」
「それでも肩が凝るんだよ! 周りはみんなお坊さんだし、一番端っこの席って目立つし!」
正座を崩す暇すら無いよ、と嘆くジョミー君が座っていたのは末席でした。なんと言っても下っ端ですから、檀家さんと違ってお坊さん専用の場所には入れますけど、それが限界。お盆の棚経や春のお彼岸のお手伝いなどで檀家さんに顔が知れているだけに、どうしても注目を浴びてしまうわけで。
「やっと法要が終わったと思ったら副住職の就任挨拶で正座のままだし、ホントに肩が凝ったんだってば」
「ついでに足も痺れたってか? あの後、立つのに苦労してたな」
キース君が可笑しそうに笑っています。
「その辺もお前の修行不足だ。何のために法衣を着ているんだか…。あれは普通の着物とは違う。上手く座れば衣の下で足を崩すのも可能なんだぞ」
「えっ、ホント? それ、どうやるの?」
「さあな? 俺みたいに年がら年中付き合っていれば自然と身につく技の一つだ。まあ、頑張れ」
「うー…。ブルーの家まで朝のお勤めに行くのは嫌だし、行っても衣じゃないみたいだし…」
ブツブツ呟くジョミー君は、キース君の副住職就任挨拶が済んで記念撮影という段になって立ち上がれずに悪目立ちしてしまったのです。他のお坊さんたちは勿論、檀家さんたちもすぐに立って移動出来たのに…。
「肩凝りに痺れ、大いに結構。それを教訓に頑張りたまえ」
会長さんがニッコリと。
「失敗を糧に成長するのも人ってヤツさ。それに御馳走は食べられたんだし、いいじゃないか」
「そりゃそうだけど…。なんか、頑張れって言われちゃったよ? 飴も貰った」
誰か知らないお坊さんに、とジョミー君が首を捻ると、キース君が目を見開いて。
「飴だって? ブルー、あんたは知ってたか?」
「うん、貰う所は見ていたよ。就任披露で挨拶していた人だろう? 君がお世話になった人だとかで」
「そうだったのか…。ジョミー、お前は幸せ者だな。早く道場に行った方がいいぞ」
「え? なんでそういう話になるわけ?」
飴玉を一個貰っただけだよ、と怪訝そうなジョミー君ですが。
「あの人は伝宗伝戒道場に行った連中に仏と呼ばれる人なんだ。住職の資格を貰いに行くアレだが、厳しいって話は何度もしたよな? その修行中に色々と優しくしてくれる」
キース君の言葉に会長さんが「それで仏か…」と応じると。
「風邪を引きそうなヤツを指導と称して暖房の効いた部屋に呼んでくれるとか、廊下ですれ違った時に袂から飴やチョコレートを出してコッソリ渡してくれるとか…。文字通り地獄で仏ってヤツだ」
「へえ…。じゃあ、君も恩恵に与ったとか?」
「いや、俺は断固固辞したクチだ。そしたら覚えがめでたくなって、知らない間に評判を広めて下さったらしい。お蔭で同期で道場に行ったヤツの中でもトップと認めて貰えたんだ。…たかが副住職の就任披露にお招きしても来て下さったし、本当にいいお人柄だぞ」
あの方が璃慕恩院にいらっしゃる内に道場入りをしておくべきだ、とキース君は力説しました。
「どうせなら仏がおいでの間がいいだろう? 暖房の効いた部屋と差し入れだぞ」
「…だけど道場まで最短コースで二年なんだよね? 鉄拳道場なら一年でもさ」
そんなの嫌だ、とジョミー君。仏と称されるお坊さんとやらが璃慕恩院にいらっしゃる間に道場入りは出来るのでしょうか? 会長さんの読みでは軽く百年はかかりそうですし、恩恵は蒙れないんでしょうねえ…。

それからの話題は昨日の宴会。アドス和尚が吟味を重ねた料理は絶品、しかも仕出しではなくて元老寺の調理場で作られた熱々だけに蒸し物や焚合せなどが最高で…。
「次に食べられるのは何年後かなあ?」
もう立ち直ったらしいジョミー君ですが、キース君は素っ気なく。
「まず五十年は無理だろうな。いや、親父がいるから早ければ二十年も有り得るが」
「そんなにかかるの?」
「宴会に相応しい行事が無いんだ。親父が年を取らない以上、俺が住職になることは無い。住職の就任披露ともなれば派手なんだがな…。それ以外で一席設けるとなると、緋色の衣になった時だ」
これがハードルが高いんだ、とキース君。
「緋色の衣は大僧正しか着られない。坊主で一番上の位だ。そこまで昇るのが大変で…。親父も頑張っているが、まだ紫だしな」
そういえば法要の時にアドス和尚が着ている衣は紫です。その上が緋色らしいんですけど、位が上がれば着られるものでもないそうで…。
「親父はともかく、俺の場合は年齢という壁がある。順調に行けば十年ほどで紫の衣を着られる位を貰えるんだが、紫を着ていいという許可が出るのは四十歳だ」
「「「えぇっ?」」」
「それまでは松襲で我慢しろとさ。…青紫のことだが、松という字に襲うと書いて『まつがさね』と読む。緋色の場合は七十歳が目安だからな、親父でもまだ二十年近くかかるんだ。ブルーは全く問題ないが」
えっと…。じゃあ、会長さんが高校生の外見で緋色の衣を着てるってことは、それだけで凄いわけですね? 見た目以上の年齢である、と分かる人には分かるんですから。法衣姿の会長さんに出会ったお坊さんたちが仰天するのも当然で…。知らなかった、と騒ぐ私たちに向かって会長さんは。
「素人さんだと仮装なのかと思うだろうけど、本職が見れば分かるんだよね。まずは着物の材質が違う。ついでに袈裟も格が違うし、ぼくの噂を知ってる人ならピンと来るわけ」
キースがそこまで辿り着くのは早く見積もっても五十年後、と会長さん。宴会はそれまでお預けになるみたいです。アドス和尚が緋色の衣をゲットした時に招待してくれるかもですけれど、知り合いの数が多いでしょうから、私たちは呼んで貰えない気が…。
「無理だろうねえ、サムとジョミーがそれまでにモノになるとは思えないから」
まずは法類が最優先、と会長さんは人差し指を立てました。
「お十夜にもお坊さんが沢山来ていただろう? 殆どの人が法類さ。法類っていうのは同じ宗派で密接な付き合いがあるお寺。親戚筋だと身附法類、お寺同士の御縁だったら寺附法類」
「「「ミツキ? …テラツキ?」」」
何の事だか良く分かりません。会長さんによれば法類同士は住職がお寺を空けねばならない時に代理を務めたりするらしく…。
「キースの就任披露がお十夜だったし、みんな自分のお寺のお十夜の日程をずらしてくれたみたいだよ。キースは本当に果報者だよね」
「…まあな。親父も最初は遠慮して別の日を予定していたんだが…。法類同士で飲みに行った席で「お十夜にやってみたかった」とポロッと零してしまったそうだ。そしたらアッと言う間に段取りがついた」
そういえば副住職の話を初めて聞かされた時、就任披露は「秋のお彼岸が終わった後にするから、その日は法事の予定を入れない」とキース君が言ってましたっけ。元々はお十夜じゃなかったんですね。
「うん、お十夜は後付けだよ」
会長さんがパチンとウインクをして。
「本当だったら次の日曜日の筈だった。ちなみにその日は、予定が空いたと分かった途端に法事の予約が入ったけれど…ね」
お寺は年中無休が基本。キース君も副住職になったからには今までみたいに遊べないとか…? 急に心配になった私たちですが、会長さんは。
「平気だってば、アドス和尚が頑張ってるし! 長髪を貫くような不肖の息子は脇役で充分。…そうだよね、キース?」
「そんな所だ。あんたの境地には遙かに遠いさ」
まだまだ普通の高校生だ、というキース君の答えに一安心。副住職の就任披露の宴会の御馳走は凄かったですけど、あれがキース君との最後の晩餐になってしまったら悲しすぎです~!

そうは言っても美味しかったお料理は記憶にバッチリ。「そるじゃぁ・ぶるぅ」も参考にすると張り切ってますし、元老寺で宴会の機会は無くても会長さんの家で食べられるかも? それもいいね、と話していると…。
「本当に美味しかったよね、あれ。…キースのお父さんに感謝しなくちゃ」
「「「えっ?」」」
いきなり部屋に出現したのは紫のマントのソルジャーでした。昨日の宴会にソルジャーは招待されていません。シールドを張って紛れ込むことは可能だったかもしれませんけど、お料理はキッチリ人数分しか無かった筈です。それとも予備があったとか? ホテルの宴会なんかの場合は余分に作ると聞きましたけど…。
「…キース、君が招待したのかい?」
会長さんの問いに、キース君は即座に否定。
「招待するわけがないだろう! ブルーの存在は秘密なんだぞ。仮に正体を誤魔化すことが出来たとしても、招待客を選ぶ権限は俺には無かった」
「そうだよねえ…。でもって、料理は厳選された材料なだけに予備は作ってない筈なんだ。おまけに盗み食いが出来る場所でもないし…。ん? まさか料理をしている端からコッソリ掠め取ったとか?」
やりかねないよね、とソルジャーを見据える会長さん。
「数が決まっている焼き物とかは無理だろうけど、和え物なんかは摘めそうだ。どの辺を失敬したんだい、君は?」
「失礼な…。ぼくはきちんとお金を払ってお店のお座敷で食べたんだけど?」
「「「は?」」」
ソルジャーが何を言っているのか、全く理解不能です。昨日の宴会は元老寺のお座敷が舞台でしたし、お店の出る幕は無い筈ですが?
「分からないかな、料理人を派遣していたお店の方に行ったんだってば! この間から君たちが盛り上がっていたし、きっと美味しい料理だろうなぁ…って。それで予約してハーレイと二人で」
それは思い切り盲点でした。会長さんもポカンとしています。
「え、えっと…。あれはアドス和尚…いや、キースのお父さんの特注メニューで、一般客には出さない筈で…。少なくとも来年のこのシーズンまでは封印かと…」
老舗料亭とはそういうものだ、と会長さんがやっとのことで切り返しましたが、ソルジャーは喉をクッと鳴らして。
「そういう方針みたいだねえ? でも店をやっているのは人間なんだし、暗示は簡単にかけられる。情報操作もお手の物! ぼくとハーレイが二人で楽しく食べた記録は欠片も残っていやしないさ。あ、代金の方も調整済みだよ、お店に損はさせてない」
食べた分だけ儲かっている、とソルジャーは自信満々です。
「ハーレイと結婚したのはいいけど、シャングリラの中で二人で食事じゃつまらない。だからといって育英都市に潜入するのも何処か変だし、たまにこっちに食べに来るんだ。夜景が綺麗なスポットとかね。…ノルディのお勧めは外れないよ」
「今もノルディにたかってるって!?」
会長さんが叫びましたが、ソルジャーはクスッと笑みを零して。
「慰問活動と言って欲しいな。君がつれなくするものだから、ぼくが顔を見せただけでも大喜びさ。ぼくのハーレイとデートなんだ、と正直に言っても色々な場所を教えてくれるよ。…昨日の店の件でも同じで、食べたいと言ったらポンとお金を渡してくれたし!」
遊び人のエロドクターは「舞妓さんを呼ぶと楽しいですよ」と花代まで上乗せしたらしいです。
「でもね、ハーレイと二人きりの方がいいだろう? 舞妓さんなんかを呼んでしまったら、食べさせ合ったりできないしさ」
「「「………」」」
ソルジャーとキャプテンのバカップルぶりは健在でした。老舗料亭の贅を尽くしたお座敷なんかで、凝ったお料理をお箸で「あ~ん♪」。女将さんとか仲居さんとかがウッカリ目撃してしまってたら、お気の毒としか言えませんです…。

「それで? 君は何しに来たんだって?」
バカップル自慢じゃないだろうね、と会長さんのソルジャーを見る目が据わっています。喋りまくっていたソルジャーの前には栗のエクレアのお皿と紅茶が置かれていますが、それは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が出したもの。会長さんの顔には「早く帰れ」とデカデカと書いてあるような…。
「あ。そういえば忘れてた」
ウッカリしてた、とソルジャーがキース君の方へ視線を向けて。
「お祝いを言いに来たんだよ。…副住職就任、おめでとう。頑張ったよね」
「は?」
あまりにも意外な言葉に目を丸くするキース君。そこへソルジャーが差し出したのは水引が掛かった箱でした。黒と白の水引ですけど、法事でも頼むつもりでしょうか?
「…なんだ、これは?」
「えっと、お祝いなんだけど…。ぼくとハーレイから心をこめて」
「………。あんたの世界ではお祝い事にも黒白なのか?」
文化の違いが大きすぎる、とキース君が呟けば、ソルジャーは。
「ぼくの世界じゃ贈り物にはリボンだよ。水引は無いね。…だけどこっちじゃ水引らしいし、ノルディに訊いたら「お寺さん宛には黒白ですよ」って」
そうだったのか、と納得しかけた私たちですが、遮ったのは会長さんです。
「お祝い事には紅白だってば、お寺でもね。…ちゃんと確認しなかっただろう、ノルディには?」
「え? う、うん、お坊さんに物を渡す時にはどうするんだい、って尋ねただけで」
「…そのせいだよ…。法事をする時のお供え物はお寺の分も用意する。それに水引をかけるなら黒白。お坊さんに渡す御布施も黒白。お坊さんの所へお祝いに行くっていうシチュエーションは普通は滅多に無いからねえ…。ノルディが勘違いしたのも無理はない。知識としては知ってる筈だよ、お祝い事には紅白って」
無駄に長いこと生きてるから、と会長さんが指摘すると、ソルジャーの姿がパッと消えたではありませんか。もちろん箱も残っていません。
「…何だったのさ?」
おやつも食べずに帰っちゃったよ、と会長さんが部屋を見回し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「帰るって言ってくれたら、エクレア、箱に入れたのに…。お代わり用に紫芋のも作ってあるのに…」
ちょっと残念、と小さな手がソルジャーのお皿を片付けようとした途端。
『すぐ戻るから置いといて!』
飛び込んできた思念はソルジャーのもので、私たちの頭上に『?』マークが飛び交います。ソルジャーは何処へ行ったのでしょう? と、部屋の空気がユラリと揺れて。
「ごめん、ごめん。大急ぎで直して貰ってきたよ。…改めて、副住職就任おめでとう、キース」
はい、とソルジャーがキース君の前に置いた箱には紅白の水引が掛かっていました。
「…本当に俺宛だったのか?」
「そうだよ、間違えてしまってごめん。デパートで包み直して貰ったんだ。包んで貰ったのもデパートだったし」
えっと。ソルジャーの衣装は紫のマントの正装ですけど、その格好でデパートに? まさか、まさか…ね…。私たちの目線に気付いたソルジャーはクッと笑って。
「この服かい? その辺はちゃんと誤魔化してるさ。…それよりも、これ」
開けてみてよ、と促すソルジャーに、キース君が警戒の色を露わにしつつも水引と掛け紙を外すと、出て来た物は桐の箱。何が入っているんだろう、と全員がキース君の手元を覗き込む中、蓋が取られて…。

「「「!!?」」」
箱の中身は数珠でした。水晶とかの石ではなくて渋い木製、紫の房が付いています。
「ぼくとハーレイの手作りなんだよ」
得意そうに胸を張るソルジャー。
「ハーレイは木彫りの趣味があるからね。珠は百八、ちゃんと数を調べて作ったさ。ハーレイが大まかな形を彫り上げて、ぼくがサイオンで綺麗な球体に整えて…。ついでに文字も入れたんだけど」
「「「…本当だ…」」」
数珠の珠には細かい文字が彫られていました。なんでも百八の煩悩とやらを一つの珠に一個ずつ刻んであるのだそうで。
「ぼくの世界にも資料は揃っているんだよ。だけど意外なヤツが煩悩なんだねえ、睡眠はともかく愛まで含まれてしまうなんてさ」
ぼくもハーレイも煩悩まみれってことじゃないか、とソルジャーは不満そうですけれど、何かと言えば大人の時間でバカップル三昧のくせに煩悩まみれじゃないとでも? でもまあ、キース君のために手作りの数珠というのは凄いです。水引だって直して来ましたし、大真面目なのは間違いなく…。
「親玉は水晶にしといたよ。そっちはハーレイの腕じゃ無理だし、ぼくがサイオンで加工した。ただ、最後に数珠に仕上げるのだけが、どうにもこうにもならなくて…。そこだけ、こっちの世界のプロにお任せしたんだけどね」
ソルジャーは念珠店……いわゆる数珠の専門店に出掛けて行ったみたいです。紫の房もお店のチョイスらしいのですけど、それ以外のパーツは全てソルジャーの世界のもので。
「木と水晶なら別の世界から来たヤツだって分からないだろ? 本当に使うかどうかはともかく、ぼくとハーレイからの気持ちをこめてプレゼントするよ。…高僧になれるように頑張って」
「あ、ああ…。有難く頂戴する」
キース君が数珠入りの箱を押し頂くと、ソルジャーは。
「本音を言えばね、思い出した時に使ってくれると嬉しいな。…ぼくの世界では大勢のミュウが殺されちゃったし、今この瞬間にも何処かの星や実験施設で抹殺されているかもしれない。弔ってくれる人が誰もいないのは悲しいからさ、別の世界とはいえ本職が祈ってくれるといいな、って」
「…そうだったのか…。だったらこれは使わないとな」
でなければ坊主失格だ、とキース君は数珠を箱から出すとスッと両手にかけ、慣れた手つきでジャラッと鳴らして。
「作りたての数珠というのは硬いんだ。糸が馴染んでいないんだな。何度も繰り返して使う間に柔らかくなっていくから使い込んだ数珠はすぐ分かる。…あんたとキャプテンが仲間を思って作った気持ちを疎かにすることは俺には出来ん。約束しよう、今日から一日に一度はこれを使うと」
親父に文句は言わせないさ、と数珠を再び箱に仕舞うキース君に、会長さんが。
「ぼくからのプレゼントだってことにしておけばいいよ。それなら堂々と使えるだろう?」
「それはそうだが…」
「大丈夫。君が普段に使ってる数珠よりも素材が劣る、と言いたいんだろうけど、銀青からのプレゼントだよ? お念仏を唱えれば人は等しく極楽に往生できるんだ。人間が皆、平等なのに、数珠の素材はそうではないと? 草木国土悉皆成仏…ってね」
最近は山川草木悉皆成仏と覚え間違えてる一般人も多いけど、と会長さん。
「「「ソウモクコクド…?」」」
「シッカイジョウブツ。存在する全ての物質は同じであり、全てに仏性が宿る。残念ながら仏典には載っていないんだよねえ、これ。この国の造語さ。…だけど考え方は正しいと思う。数珠の素材に優劣は無いよ。…キース、もしもアドス和尚が文句をつけたらそう言っておいて」
「分かった。…あんたの教えまで貰ってしまうと更に重みが増してくるな。サイオンを持った仲間の供養か…。なまじ世界が分かれている分、責任の方も倍増だ」
俺の力ではまだまだ届かん、とキース君は修行を積む決意を固めた様子。ソルジャーの世界を覗く力はタイプ・ブルーの会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」しか持っていません。それほど遠く離れた世界に向けて読経三昧とは、キース君、いつか会長さんと肩を並べる偉いお坊さんになれるかも…?

キース君に手作りの数珠を贈ったソルジャーは、毎日のお勤めに使って貰えるということに決まって喜んでいるみたいです。年に一度でも出して貰えれば充分だと思っていたようで…。
「悪いね、キース。…ぼくは嬉しいけど、君には押し付けがましいプレゼントって形になっちゃって」
でも折角の機会だし、とソルジャーは蓋が閉じられた数珠の箱を指差して。
「お坊さんには数珠だろう? 副住職就任の話は聞いていたから、お祝いついでにお願いしようと思ったんだ。…ブルーが前から色々やってくれているけど」
「「「えっ!?」」」
「あれっ、知らなかった? ブルーの正体はお坊さんだって分かった時から頼んであるんだ、個人的にね。春と秋のお彼岸と、夏のお盆と」
「…適当だけどね…」
あくまでぼくの生活優先、と会長さんは苦笑していますが、キース君ですら頑張ろうと思う役目です。高僧である会長さんが手抜きなんかをする筈もなく、私たちの知らない間に真剣に読経しているのでしょう。そこにキース君が加わるとなれば、別の世界で亡くなった人でも救われるかもというもので…。
「ぼくとハーレイの分も宜しく頼むよ、いずれはね」
まだ早いけど、と軽く片目を瞑るソルジャー。
「地球を見るまでは死ねないさ。…此処も地球だけど、ぼくの世界の本物の地球。地球に着いたらソルジャーもキャプテンもお役御免だ。そしたら結婚するんだよ」
何のしがらみも無くなるから、とソルジャーは綺麗に微笑みました。
「今はまだシャングリラの要職同士だ、結婚となると何かと面倒。ぼくはそれでもいいんだけれど、前にも言ったとおりハーレイが…ね。だから結婚は肩書きがスッパリ無くなってから! こっちの世界じゃ神様も認めるカップルだけどさ」
誓いを破ると地獄落ちになるブラウロニア誓紙が裏に貼られているのがソルジャーとキャプテンの結婚証明書というヤツです。つまりブラウロニアの神様が認めたカップルなわけで…。
「地球に着いたら何処で結婚しようかな? なにしろ地球の情報が無くて…」
座標も掴めていないんだよ、と苦労話を口にしつつも、ソルジャーの地球への憧れと夢は大きくて。
「こっちの世界と同じじゃなくても、再生は果たしているんだからね。やっぱり地球で結婚するなら海が見える所が最高かな、ってハーレイと何度も話してるんだ。なんと言っても水の星だし、こっちで結婚したのも海の別荘だったしさ…」
自分の世界の地球に着くまでブラウロニア誓紙は大切に仕舞っておくのだ、とソルジャーは幸せそうでした。青の間には掃除嫌いで片付けが苦手なソルジャー対策で掃除部隊が突入することが多いらしくて、下手に隠すと見つかってしまう可能性大。それでキャプテンに預けたらしく…。
「ハーレイの机の引き出しの底を二重底にして隠したんだよ。あれがある限りウッカリ死ねない。ぼくたち二人に何かあったら、ハーレイの部屋も片付けられて発見されちゃう」
そうなる前に地球に辿り着いて結婚しなくちゃ、とソルジャーは至って真剣です。ちょっと動機が不純ですけど、バカップルが円満なのは良いことですから手を取り合って地球を目指して貰わねば…。
「ぼくたちが地球に着くのが先か、キースが高僧になるのが先か。賭けはしないけど、お互い、夢は実現させなくっちゃね。でなければ夢で終わってしまうし」
頑張ろうよ、とキース君の肩をポンと叩いてソルジャーは帰ってゆきました。もちろんエクレアの残りを詰め込んだ箱を持って、です。代わりに残された数珠入りの箱はキース君の肩には重そうですけど、副住職になった以上はお勤めの方も頑張って~!



 

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