シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
副住職の就任祝いに、とソルジャーが持ってきたのは手作りの数珠。ソルジャーの世界の素材でキャプテンと一緒に作ったという数珠は、お坊さんへのプレゼントとしては良いチョイスです。しかし、数珠には弔う人も無いまま抹殺された『ミュウ』と呼ばれる人たちの供養を頼む、という意味も籠められていて…。
「どうだい、キース? お勤めの方は」
会長さんが質問したのは焼肉パーティーの真っ最中。三日間の中間試験が終わって、いつものお店で打ち上げをしているわけですが。
「…あの数珠か? それを焼肉の最中に訊くのか、あんたは」
もうちょっと場所を選べないのか、と露骨に顔を顰めるキース君に、会長さんは。
「選ぶも何も…。君の方こそ思い込みは捨てるべきだよ。三種の浄肉ってヤツがあるだろ、仏教の本場の思想には…ね。殺される所を見ていない、自分のために殺したと聞いていない、自分のために殺したと知らない肉なら食べてもオッケー」
「言い訳の王道だろうが、それは! あんたほどの高僧がそれを言うのか?」
「そう来たか…。だったら牛の供養をしてるってことで」
「「「は?」」」
キース君どころか私たちまで目が点でした。牛の供養って何でしょう? 炭火の上でジュウジュウと音を立てているのは最上級の牛肉ですけど…。
「分からないかな、今まさに食べている牛の供養だよ。食べてあげなきゃ殺されちゃった意味が無い。どうせだったら素人さんより、供養のプロに食べて貰った方がいいよね」
「…そういうものか?」
「普段は省略しちゃってるけど、本山とかでの修行中には食事の前に般若心経とお念仏。南無阿弥陀仏の心を持って食べているんだ、それは立派な供養なんだよ。南無阿弥陀仏と唱えることで極楽往生が叶うんだからさ」
だから全く無問題、と会長さんは笑顔です。
「ついでに言うなら、厳しい修行と座禅で有名な宗派があるだろ? あれの本山の修行僧なんかは頑張って托鉢しているけどさ、ここだけの話、アルテメシアの本山の一つの寒行の時のお接待がさ…」
「「「すき焼きパーティー!?」」」
「シッ、声が高い! 此処の店にはあそこの偉い連中も出入りするんだ、個室といえども静かにね」
大きな声では言えないんだから、と会長さんは声をひそめて。
「寒行というのは名前の通り、寒の最中にする托鉢だ。一年中で一番寒い時期だし、当然ながら身も凍る。そんな雲水……あの宗派の修行僧を雲水と呼ぶんだけどさ、お接待してあげようという奇特な家が幾つかあるわけ。中でも一番人気のお接待ってヤツがすき焼きパーティー」
その日の托鉢の最後に訪れた家に上げて貰って、すき焼きと熱燗でおもてなし。知る人ぞ知る有名なイベントらしいのですけど、すき焼きと熱燗って……牛肉とお酒…。そんな托鉢がアリなんですか?
「あるんだな、これが。…そんなわけだから、焼肉パーティーなんか可愛いものだよ。牛の供養に御布施してくれたハーレイも功徳を積めるんだし」
「「「………」」」
何処までこじつけるつもりなんだか、と溜息をつく私たち。打ち上げパーティーの費用は例によって会長さんが教頭先生から毟ったのですが、それを御布施と言われても…。けれど会長さんは気にしていません。
「で、どうなのさ、話はお数珠に戻るんだけど。…ちゃんと使ってあげてるかい?」
「もちろんだ。あいつが置いて行った日の夜のお勤めから使っているぞ」
「それは結構。アドス和尚は数珠に文句をつけたのかな?」
「いや、文句とは違ったな。いつもの数珠と違うようだが、と訊かれただけだ。新しい数珠はやはり何かと勝手が違う」
滑らかに動いてくれないのだ、とキース君。手に馴染むまでは暫くかかるのだそうで…。
「あんたから副住職の就任祝いにプレゼントされた、と答えておいた。そしたら「充分に使いこなせるよう修行に励め」と」
「良かったね。…あの数珠、多分、桜だよ。素材としては一番安い部類だけども、木の数珠は使えば使うほど色合いが深くなってゆくのが持ち味だ。刻まれた文字も読めなくなるほど使ってあげれば喜ばれるよ」
「そうだな。大切に使っていかなければ、と思っている。…大きな法要では表に出せんが、袂に入れて臨みたい」
お彼岸などの法要では格式の高さが求められるだけに、同じ木の数珠を使うとしても高価な数珠が要るのだそうです。最高級の菩提樹で作った数珠だと桜の数珠の五十倍の値段になる、と会長さん。
「でもね…。そんな数珠よりも凄いよ、あれは。お金で買えるものじゃない。託された願いが桁外れなんだ、一つの種族を背負っているから。…そして、それだけの願いを託して貰える僧侶ってヤツは滅多にいない。それこそ宗派の開祖くらいさ、そのレベルまで行けるのは」
「俺はそこまでの器じゃないような気がするが…」
「そういう器になればいい。頑張るんだろ、高僧目指して」
緋の衣を着て更に上まで進むんだね、と発破をかけられたキース君には努力あるのみ。とりあえず明日の土曜日は内輪でお祝いということに決まっています。元老寺での副住職就任披露の宴会料理は豪華でしたが、如何せん、ただの高校生の身では羽目を外すなど以ての外で…。
「かみお~ん♪ 頑張るキースにみんなでお祝い! ぼくもお料理、頑張るからね!」
みんなで楽しく食べなくちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も飛び跳ねてますし、会長さんの家でパーティーです。ジョミー君とサム君も今度は法衣じゃないのですから、気楽にワイワイ騒げますよね!
翌日、私たちはバス停で待ち合わせてから会長さんの家へと向かいました。マンションの入口を開けて貰って、エレベーターで最上階へ。玄関脇のチャイムを鳴らせば「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお出迎えです。
「かみお~ん♪ いらっしゃい!」
奥へどうぞ、と案内されたのはダイニング。まずは大きなテーブルで御馳走を、という流れでしたが…。
「こんにちは」
「「「!!?」」」
会長さんの隣に腰掛けたソルジャーに挨拶されて私たちはビックリ仰天。しっかり私服のソルジャーですけど、招待したとは聞いていません。さては宴会の匂いを嗅ぎつけて押し掛けてきましたか…?
「ブルーはぼくが呼んだんだよ」
間違えないように、と会長さん。
「今日のパーティーはキースの副住職就任祝いだろう? この間、立派な数珠を貰ったからには招待するのが筋ってヤツさ。…ハーレイも呼ぼうと思ったんだけど、仕事が忙しいらしくって」
「そうなんだよ。前から決まっていた用があってさ、どうにも抜けられないんだよね」
非常時ってわけではないんだけれど、とソルジャーは残念そうな顔。なまじ結婚しているバカップルなだけに、パーティーに一緒に出られないのは辛いでしょう。とはいえ、愚痴っていても解決するような問題ではなく、ソルジャーは切り替えの早いタイプで。
「まあ、ぼくがハーレイの分まで楽しんで帰ればいい話だし…。今日は盛大にお祝いしようよ。…そうそう、キース、早速あの数珠を使ってくれてありがとう」
「俺の方こそ礼を言う。…あれほどの数珠は金を出しても買えはしない、とブルーに言われた。あの数珠に相応しい器になれるよう精進するさ」
「それは嬉しいね。ぼくとハーレイのためにも頑張ってよ」
「分かっている。なんと言っても手作りだしな」
改めて頭を下げたキース君の副住職就任への決意表明の挨拶の後は賑やかな宴会の始まりでした。まずはシャンパンとジュースで乾杯。トリュフと鶏肉のラビオリにカボチャのスープ、鴨胸肉のオーブン焼きは薔薇風味です。凝った前菜やサラダなどなど「そるじゃぁ・ぶるぅ」も大張り切りで…。
「うん、美味しい! この間の料理も良かったけれど」
ハーレイも連れて来たかったなぁ、とソルジャーは料理を満喫中。たまに何処かへフッと消えているように見えたりするな、と思っていれば、本当に消えていたらしく。
「ハーレイも美味しいって喜んでるよ。隙を見て一口、送っているんだ。…ぶるぅにバレたら大変だからね、あっちには山ほど渡しておいたさ」
こっちで買ったスナック菓子を、とソルジャーはウインクしています。「ぶるぅ」は自分の部屋でスナック菓子の袋に埋もれ、キャプテンはソルジャーの合図と共に口の中に直接送られてくる試食サイズをあちこちで味見。ブリッジだとか会議室だとか、なかなかに忙しそうですが…。
「キャプテンってヤツは忙しいんだよ、何かとね。…早く地球に着いてのんびりしたいな、二人きりでさ」
「ぶるぅは?」
どうするんだい、と会長さんが尋ねると。
「さあねえ、そこまではまだ…。その頃には誰か遊び相手を見付けてくれてることを祈るよ、でないと最初から子持ちになっちゃう」
二人の時間を楽しめないよ、とソルジャーは溜息をつきました。
「ぼくは二人で過ごしたいんだ、それこそ朝から夜までね。もちろん夜はガッツリと! …あ、そうだ。キースに数珠を渡した後から急に気になってきたんだけどさ。…あっちの世界って夜はどういう仕組みなのかな?」
「あっちの世界って、何処のことさ?」
それじゃ分からないよ、と首を傾げる会長さんに、ソルジャーが。
「君がよく言うお浄土だよ。死んだ後に行くのは地獄か極楽浄土だろ? ぼくは信じていなかったけど、君に会ってから死後の世界もアリだよね、っていう気がしてきたんだ」
「あるんだってば、本当に! でなきゃ坊主をやっていないよ」
「君が言う以上は存在すると思っておくのが正しいだろうね。ハーレイも誓いを破れば地獄落ちの覚悟で結婚すると言ってくれたし、あの世ってヤツがあるとして…。そこだと夜はどうなんだい? 今と同じで楽しめるのかな? それとも今より凄いのかな?」
極楽と言えば天国だろう、とソルジャーの瞳が輝いています。
「もしかしてエネルギー切れなんか心配しないでヤリ放題? あのハーレイでもヘタレないとか?」
「「「!!!」」」
ソルジャーが何を言っているのか、ようやく理解出来ました。要は大人の時間の話。死後の世界に思い切り期待しているみたいですけど、極楽ってそういうシステムですか? だったら万年十八歳未満お断りの身にはキツイかもです。未成年向けと大人向けとに分かれているなら安心ですが…。
とんでもない話を始めたソルジャーのせいで、テーブルは軽く三分くらいは凍っていたと思います。大人の話はサッパリ分からない「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお皿を下げて、華やかなデザートを盛り合わせたプレートをワゴンで運んでくるまでは。
「………。まずは一蓮托生からだね」
努力したまえ、と口を開いたのは会長さん。
「君は勘違いしてそうだけど、この言葉、元は仏教用語だから! 死んだらお浄土の蓮の花の上に生まれるんだよ、人間は。その時に同じ蓮の花の上に生まれられなきゃ、ガッツリ以前の問題なわけ」
「ちょ、ちょっと…。それって同時に死ななきゃ無理なんじゃあ…。そりゃあ、シャングリラごと沈められたらバッチリだけど、そんなヘマをしたら地獄行きかも…」
「大丈夫。これに関しては日頃の行いがモノを言う。生前、如何に功徳を積んだかで蓮の花の場所が決まるから。善行を積めば積むほど阿弥陀様の居場所に近い所の蓮の花をゲット出来るんだ。そして一緒に生まれたいなら、そのように人生を送るんだね」
仲睦まじく暮らすのが吉だ、と会長さんは法話もどきを続けています。
「お浄土に行くにはお念仏を唱えるのが一番の早道だけれど、君は唱えそうなキャラではないし…。キースに期待しておきたまえ。あの数珠でお勤めしてくれるから、君の代わりに功徳を積んでくれるだろう。君のハーレイと一緒の蓮に生まれられるかどうかもキース次第だ。阿弥陀様に近い蓮の花だといいねえ」
「うーん、そういうシステムだったか…。じゃあ、キース」
ソルジャーはキース君の方へと向き直ると。
「ぼくとハーレイは同じ蓮の花の上で頼むよ、でもって阿弥陀様から遠いのを希望」
「「「遠い?」」」
それは何かが間違ってないか、と誰もが思ったのですが。
「うん、遠い蓮で。ブルーの話を聞いた感じじゃ、阿弥陀様は全てお見通しのようだしねえ? ぼくは見られていても平気だけれど、ハーレイは見られていると意気消沈! だから出来るだけ遠い所でお願いするよ」
蓮の花の色は選べるのかなぁ…、などと呟きながらソルジャーは楽しそうにデザートのお皿に飾られた薔薇の花びらをフォークでつついています。
「蓮の花って白とかピンクとか色々あるよね、ハーレイの肌の色が引き立つヤツがいいんだけれど…。やっぱりムードは大事じゃないかと思うんだ。花の色が嫌だからあっちがいい、って後から言ってもダメそうだしさ、何色にするのがベストだと思う? 選べるんなら選んでおきたい」
「蓮の花の色まで面倒みろって!? 阿弥陀様から遠い蓮を希望っていう段階で花の色なんかを選ぶ権利は無いんじゃないかと思うけど?」
蓮の花があっただけラッキーと思え、とブチ切れている会長さん。そもそも花の色がどうこう以前に、まずはソルジャーとキャプテンが同じ蓮の上に生まれられないとダメなんですけど…。思い切り離れた蓮の花だった場合、お引っ越しするしか無いのでしょうか。でもって、きっとそういう時には…。
「えっ、同じ蓮の花じゃなかった時? ハーレイが引越してくるしか無いだろ」
ぼくは面倒なことは嫌いなんだ、と言い放ったソルジャーはキャプテンを転居させる気満々でしたが、キャプテンの蓮の方が阿弥陀様に近い有難い場所にあったとしても…?
「決まってるだろう、阿弥陀様から遠い方がポイント高いんだよ! ずっと極楽で暮らすんだからね、ヘタレない場所が一番だってば、ヤリまくれないんじゃ意味ないし!」
たとえ極楽の端っこでも、と決めてかかっているソルジャーはキース君に次から次へと理想の蓮を注文中です。副住職になった途端にこの試練。キース君が最初にクリアすべきは一蓮托生のお願いなのか、キャプテンの肌の色が映える蓮なのか、阿弥陀様から一番遠い蓮の花なのか。門外漢にはもう分かりません~!
ひとしきり蓮のチョイスについて語りまくっていたソルジャーは、憧れの地球に辿り着いた後の暮らしも気になる模様。まずはキャプテンと結婚してから余生をのんびり過ごすのだそうで…。
「えっと、ブルーは三百歳を超えてるんだよね? だったら余裕で百年以上は寿命があるし、地球に着いたら海の見える家に住もうかなぁ…。庭には桜を植えるんだよ」
「「「桜?」」」
桜といえばキース君がソルジャーに貰った数珠の素材では、と会長さんが言っていた木です。ソルジャーは桜が好きなのでしょうか? 誰の思考が零れていたのか、ソルジャーは綺麗な笑みを浮かべて。
「うん、桜の花は大好きなんだ。ぼくのシャングリラの公園にはね、ブリッジからよく見える場所に大きな桜が植えてある。春になったら一晩だけゼルたちと貸し切って宴会なんかもしたりするしさ」
なんと、ソルジャーの世界にもお花見の習慣がありましたか! おまけにソルジャーは花の時期には深夜にキャプテンと二人きりで出掛けて眺めていたりもするそうで…。
「地球でハーレイと暮らす時には桜の苗を持って行くんだ。もちろんシャングリラで育てた桜さ。…桜ってヤツはデリケートだよね、種を撒いてもそう簡単には育たない。おまけに弱りやすいと言うから、代替わりに備えて常に何本か育苗中」
桜の花はソルジャーの世界のシャングリラ号でも人気だとか。花の季節は公園も賑わう、と話すソルジャーに会長さんが。
「…君がキースにプレゼントした数珠は桜で出来ていたのかい? ぼくもそれほど詳しくはないし、君の残留思念は読み取りにくい。だからあくまで勘なんだけどね、見た目が桜の数珠に似ていた」
「へえ…。凄いね、見ただけで種類が分かるんだ? あれはシャングリラの桜の先代なんだよ。先代と言ってもシャングリラに植えてたヤツじゃない。…仲間の救出でアルテメシアに降りた時に見付けた桜の木さ」
それは見事な桜だった、とソルジャーは懐かしそうな瞳をして。
「ぼくの世界のアルテメシアはテラフォーミングをして人間が住めるようにした惑星だけど、自然を大切にしてるんだ。山の部分には初期を除いて殆ど人の手が入っていない。あの桜は一番最初に植えられた木の一つじゃないかな、とても大きな木だったから」
ソルジャーが初めて見たのは満開の頃だったらしいです。救出作戦は毎日というわけでもないため、シャングリラを抜け出しては見に通う内に花は盛りを過ぎ、散ってしまって。
「次の年もまた見に行ったよ。…何年くらい通ったのかな、ぼく一人しか見られないのは残念だなって思ってさ。ハーレイの勤務が終わった後に二人で出掛けた。夜だったけど月が綺麗で、時々花びらが落ちてきて…。そしてハーレイが言ったんだ。みんなにも見せてやりたいですね、って」
それが公園に桜を植えることになった切っ掛けなのだ、とソルジャーは教えてくれました。桜の大木は大き過ぎて船には移せないため、キャプテンと二人で周囲を探して小さな桜の木を見付けて持ち帰って…。
「今じゃすっかり大きくなったよ、その木もね。…だけどアルテメシアの山にあった木は寿命が来たのか枯れてしまった。枯れる前の年には見たことも無いほど沢山の花が咲いたんだけれど…。桜ってヤツは命が尽きる前に最高の花を咲かせるんだってね、ライブラリーの古い本にそう書いてあった」
その頃にはシャングリラの公園の桜も立派に育っていたのですけど、枯れてしまった桜はソルジャーの心にしっかり残ったままで。伐採されずに立ち枯れた木をアルテメシアに降りる度に一人、訪ねて行っては幹に触れたり見上げたり。
「だけどいつかは朽ちるだろう? 雨が降ったり、風が吹いたりする内に…。そんな時にハーレイに聞かされたんだ。桜の木は彫刻に向くそうですよ、とね。…桜が枯れたって話はしたから、調べてくれていたんだと思う。それがハーレイの木彫りの始まり」
ぼくはそういう趣味は無いから、と微笑むソルジャー。桜の株を丸ごとシャングリラに運び込むのは流石に無理で、訪れた人に不自然に思われないよう、少しずつ枝を落としては持って帰って乾かして…。そこから幾つもの木彫りが生まれて、キース君の数珠もその一つ。
「ぼくにはミュウの研究施設に入れられる前の記憶が残っていない。…脱出してから初めて出会った綺麗な花の木があの桜だった。そのせいで桜が一番好きなんだろうね、他にも花は沢山あるのに」
同じ好きになるなら年中見られる花の方が良かったかな、とソルジャーは明るく笑っていますが、短い間しか咲かないからこそ心の琴線に触れたのでしょう。いつか地球で暮らす時にも庭で育てたいと願うくらいに。
「ぼくの大事な桜で作った数珠なんだ、あれは。そこまで話すと重すぎると思って黙っていたけど、訊かれたのも何かの縁だよね。…キース、ぼくの桜を大切にしてよ? 最後に見せてくれた花はこんなのだった」
ソルジャーが思念で送って寄越した桜は、神々しいほどに美しく枝一杯の花を咲かせて立っていました。これほどの桜は私たちの世界でもそうそうお目にかかれません。過去の記憶を全て失くしたソルジャーが魅せられたのも無理はなく…。
「あんたが惚れ込んだ桜の数珠か…。そして今でも育ててるんだな、跡継ぎを。…地球まで連れて行くつもりで」
キース君の言葉にソルジャーは「うん」と頷いて。
「地球の土に植えたらどんな花を咲かせてくれるんだろう、って楽しみにしてる。きっと今までに見たどの花よりも綺麗な桜が咲くと思うよ、ぼくたちの約束の場所なんだから……地球は」
まだまだ遠い星なんだけど、と言うソルジャーの赤い瞳には青い星が見えているのでしょう。キース君が貰った数珠は更に重さを増しましたけれど、その分、励みになりますよねえ…?
ソルジャーの桜に纏わる思い出話は、お花見と呼ぶには深すぎるもの。それでもソルジャーは桜と言えば公園で貸し切りの宴会だそうで。
「こればっかりは譲れないね。ソルジャーと長老の特権なんだよ、桜の下で飲み食い放題! 他の連中には許可していないさ、苦労した過去の慰労会だし」
アルタミラとやらの脱出組しか参加出来ない賑やかな宴会らしいのですが、会長さんの故郷のアルタミラとは違います。ソルジャーの世界のアルタミラはミュウの研究施設が置かれた惑星にあり、ミュウ殲滅のために星ごと焼き尽くされたという場所で…。
「キース、アルタミラで殺されたミュウたちの分もよろしく頼むよ、ぼくにとっては大事な仲間だ」
救い出せなかった命だけれど、と言った舌の根も乾かない内にソルジャーは。
「でも、一番はやっぱり蓮だね。ぼくとハーレイが一緒に楽しく暮らせる蓮の花ってヤツを、きちんとキープして貰わないと」
「あんたはそれが一番なのか!?」
仲間じゃなくて、とキース君が呆れ返れば、ソルジャーの方は涼しい顔で。
「死んだ後までソルジャーだなんて、やってられると思うかい? あの世とやらがあるんだったらソルジャーもキャプテンも必要ないだろ、救うのは阿弥陀様なんだから。…そうだよね、ブルー?」
「ま、まあ…。そういうことになる……のかな…?」
「お念仏を自分で唱えなくても、残された人が唱えてくれたら極楽往生! 君が日頃から言ってる話を要約すればそんな感じだ。ぼくが救い損ねた命は君とキースがお浄土に送ってくれるってことで万事解決」
そのために坊主がいるんだろう、とソルジャーは思い切り前向きでした。
「ぼくは後ろは振り向かない主義。今までは仕方ないかと切り捨てざるを得なかったけど、こっちの世界でブルーに出会って肩の荷がかなり軽くなったよ。仲間の無念は勿論、背負う。思いが残った形見の品も、生きてる間は手放さないし、一緒に地球まで連れて行く。…でもね、行きたい人はお浄土でいいよ」
辛かった思いに囚われたままで地球に行くより、阿弥陀様とは初対面でも極楽の方が良さそうだ、と笑うソルジャー。
「お浄土に行けば辛い思いも悲しい思いも消えるんだろう? 繊細なミュウに相応しいよね、ストレスも無くて正に天国! 問題があるなら蓮なんだよ。好みの蓮に当たればいいけど…」
そこが本当に重要だから、とソルジャーは強調しています。
「友達同士なら隣同士の蓮の花とか、自分が好きな色の蓮とか…。その辺はちゃんと気を配ってよ? ブルーもキースも」
「……頼まれた以上は全力で祈っておくけどね……」
「俺は正直、全く自信が無いんだが…」
会長さんとキース君は安請け合いはしませんでしたが、ソルジャーの方はすっかりその気。極楽の蓮の花を指定するためのノウハウなんてあるのでしょうか? お坊さんに御布施を積めばいい戒名が貰えるらしい、と聞いたことならありますけれど、それと蓮とは別物なんじゃあ…?
銀青の名を持つ高僧である会長さんと、副住職になったキース君。お浄土のプロを完全に無視してソルジャーは再び蓮談義へと。何が何でもキャプテンと一緒の蓮の花の上に行くのだそうで…。
「いいかい、二人一緒の蓮でなければ極楽の意味が無いんだよ! 地球で結婚出来たとしてもね、死んでから別の蓮に生まれちゃったら、どうにもこうにもならないし!」
「…君のハーレイに引っ越しさせるんだろう?」
会長さんが投げやりに言えば、ソルジャーは。
「そのつもりだけど、ハーレイは根がヘタレなんだ。阿弥陀様に近い蓮にでも生まれてごらんよ、ぼくの所へ引っ越す過程がバレバレだよ? おまけに引っ越した先で何をするのか丸分かりだし、そんな状態で引っ越してきて望み通りになるとでも?」
ヌカロクどころか勃たないかもね、と大袈裟に肩を竦めるソルジャー。
「せっかく極楽に行くんだよ? ヤリまくれなくちゃ意味が無い。ぼくは大いに期待してるから、蓮のキープはよろしくね。阿弥陀様から遠いヤツだよ、でもってハーレイの肌が映えるヤツ!」
地球に着いた後の楽しみが増えた、とソルジャーは至極御満悦です。会長さんの有難い法話はすっかり別モノと化していました。お念仏を唱えて功徳を積めば阿弥陀様がいらっしゃる極楽に行けて、蓮の花の上に生まれられるというお話だったと思うのですが…。
「ところで、蓮って寝心地の方はどうなんだい? 背中がやたらくすぐったいとか、クッションの方がイマイチだとか、そういうクレームは出てないのかな? 今からベッドに花を散らして慣れておくのがいいんだろうか…」
「知らないよ、もう! 自分でお経を読めばいいだろ、極楽についても書いてあるから!」
そこまで面倒見切れないよ、と会長さんがテーブルに突っ伏し、キース君はソルジャーに促されて経典の名前をメモに書き付けています。阿弥陀経に無量寿経、観無量寿経だそうですが…。
「えっと…これを読んだら分かるのかな? ライブラリーにあればいいんだけれど…」
「無かったら貸すぞ。数珠の御礼だ」
頑張ってくれ、とキース君が渡したメモを手にしてソルジャーは帰ってゆきました。直後に会長さんがボソッと一言。
「…極楽ではセックス禁止って説も一応あるんだけどねえ?」
「「「えっ!?」」」
それじゃソルジャーとキャプテンは、と真っ青になる私たちの横からキース君が。
「あいつらなら問題ないんじゃないか? 阿弥陀様から遠い蓮とか言っていたしな…」
御要望に応えて頑張るまでだ、と拳を握るキース君。桜の数珠を貰ったからには副住職のプライドにかけて根性で祈るらしいです。
ソルジャーの希望は阿弥陀様の目が届かないほど遠い所に咲いているらしい極楽の蓮。キャプテンの褐色の肌がよく映える色の花弁が最高、そしてキャプテンと一蓮托生。何処まで叶うか分かりませんけど、後でソルジャーに恨まれないよう、キース君、毎日のお勤め頑張って~!