シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
教頭先生のリフォームの夢が砕け散ってから数日後。シャングリラ学園に恒例の健康診断の日がやって来ました。二学期最初の行事と言えば水泳大会、それに備えて健康チェック! 例によって会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が1年A組に姿を現し、まりぃ先生は保健室で好き放題をやらかして…。ええ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお風呂に入れて洗いまくることと、会長さんを特別室に引っ張り込んで遊ぶことです。
「…ブルー、結局、また逃げたわけ?」
ジョミー君が昼休みの学食で冷やし中華を啜りながら言いました。
「あれっきり戻ってこないもんね。他のクラスの健康診断はちゃんと続いていたみたいだし…」
「ヒルマン先生の代理もとっくの昔に終わったようだな」
休み時間に廊下で見かけた、とキース君。
「今日は教頭先生の授業も無いし、ブルーには退屈なだけだろう。ぶるぅもとっくに部屋に戻ったし、二人で楽しく昼飯だろうさ」
「ぶるぅのご飯かぁ…。きっと御馳走なんだろうね」
絶対手抜きはしないから、と羨ましそうなジョミー君。私たちは会長さんたちの今日の昼食風景を想像しつつ賑やかにお昼御飯を食べて、それから午後の授業を終えて…。さて終礼、という頃になってやって来たのは会長さんです。
「やあ、退屈な授業は終わった? もうすぐグレイブが来る筈だよね」
会長さんは教室の一番後ろに増えている机まで行くと椅子にストンと座りました。
「帰ってくる予定は無かったんだけど、ハーレイからメールが来たんだよ。終礼にはきちんと出ておくように、って。まったく……終礼で何があるっていうのさ、特になんにも聞いてないのに」
「水泳大会のことじゃないか?」
多分、と廊下の方を眺めるキース君。
「あんた、去年は女子で登録しただろう? それも自分で言い出したんだ。その前の年はグレイブ先生が女子に強制登録したよな。…だから今年も女子か男子か決めておかないとダメなんだろう」
「…ぼくは今年は普通だってば! 健康診断も男子で受けたし…」
「それは毎年のことだろうが」
「………。まあね」
だけど今年は絶対、男子! と会長さんが主張している所へグレイブ先生が入って来て。
「静粛に! まったく、どうして毎日うるさいのか…。いい加減にしたまえ」
ギロリと睨まれ、クラスメイトはたちまち静かになりました。騒いでいたのは私たちだけではなかったのです。グレイブ先生は教室を見渡し、全員揃っているのを確認すると。
「それでは改めて水泳大会について告知しておく。開催は予定通りに来週だ。冷たいものの食べ過ぎで欠席などという情けない事態にならないように体調管理に注意したまえ。……それから、ブルー」
「えっ?」
ぼく? と首を傾げる会長さんに、グレイブ先生は出席簿の間から一枚の紙を取り出して。
「お前は今年はどっちなのだ? 女子か、男子か、どちらに登録すればいいのか確認するよう言われたのだが…。女子にするなら去年と同じく特例で男子用水着の着用を許可する。一応、これが許可証だ」
「………?」
会長さんは不思議そうな顔で教卓まで行き、許可証とやらを確認すると。
「どうやら本物みたいだね…。こんなのが用意してあるってことは女子での登録がお勧めなわけ? 体力不足で男子の部は無理とか?」
「私に訊かれても答えられんな。女子か男子か、それだけを確認してこいと指示された」
どっちだ? と尋ねられた会長さんは。
「ちょっとタイム! フィシスに占ってもらってくるから」
「それは禁止だ。お前の意思で決めるように、との通達だからな」
「…………」
『思念波でコンタクトを取ろうとしても無駄だぞ、ブルー。フィシスのクラスには連絡済みだ』
グレイブ先生の思念波が届き、それに続いてフィシスさんの軽やかな思念波が。
『一応、占ってみましたわ。どちらでも変わらないみたいですわよ』
お好きにどうぞ、とフィシスさん。会長さんは思わぬ事態に戸惑っていたようですけども…。
「分かった。ぼくも男だ、初志貫徹で男子の部で」
「では許可証は破棄していいのだな?」
「あっ!」
許可証を破り捨てようとしたグレイブ先生の手を会長さんが引っ掴みました。
「なんだ、やっぱり女子にするのか?」
「え、えっと…。どうしよう…。許可証が出てるってことは女子にした方が安全なのかな?」
「答えられんと言っている」
「…………」
会長さんは腕組みをして悩み、その果てに。
「…君子危うきに近寄らず。転ばぬ先の杖とも言うし、女子にしとくよ」
「決定だな? では、ぶるぅを男子で登録しておく。水泳大会では頑張るように」
カツンと踵を鳴らしたグレイブ先生が終礼を終えて立ち去った後の教室は上を下への大騒ぎでした。会長さんが女子で登録したんですから、そりゃ誰だって驚きますよねえ…。
好奇心旺盛なクラスメイトたちから解放されて「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に辿り着いたのはかなり時間が経ってから。今日のおやつはアイスカスタードとイチゴのミルフィーユ仕立てで、板状に凍らせたカスタードクリームにイチゴと生クリームが挟まっています。
「ねえねえ、ブルー、なんで女子の部にしちゃったの?」
今年は男子だって言ってたのに、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんは溜息をついて許可証の話を始めました。
「長老全員の署名がついていたんだよ。あんなのを用意してくるってことは、男子で登録したら後悔する羽目になるのかも…と思ってさ。だってハーレイの名前まで…。ぼくが復讐するとしたら矛先が向くのはハーレイだ。そうされないよう、逃げを打ったって気がしてならない」
「だったら男子でよかったんじゃないか?」
突っ込んだのはキース君です。
「とんでもない結果になったら復讐するだけのことだろう? わざわざ女子にしなくても…」
「復讐だけの問題ならね」
会長さんは「忘れたのかい?」と男子全員を見回して。
「去年は人魚リレーをやらされただろう? あんな格好は御免蒙る。シャングリラ・ジゴロ・ブルーの美意識が許さないんだ。あの手の種目で来られちゃったら目も当てられない」
だから女子、と会長さんはアイスティーをストローでかき混ぜながら。
「男子用の水着が許可されるんなら、ぼくは女子でも気にならない。女の子たちにも感謝されるし、見せ場もあるしね。…だけど……今年は女子の部も何か問題があるのかな?」
分からないや、と会長さんが首を傾げた所へ壁を通り抜けて入って来たのは…。
「お邪魔だったかしら?」
フィシスさんが柔らかく微笑んでいます。私たちは慌てて席を移動し、会長さんの隣を空けました。これはいつものお約束。フィシスさんは滅多に来ませんけれども、会長さんの女神なだけに隣に座るのは決まり事です。フィシスさんがソファに腰掛けると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がすぐにお菓子を運んで…。
「かみお~ん♪ ブルーとお約束?」
「いいえ、そうじゃないの。…ブルー、さっきの話だけれど…」
フィシスさんが鞄の中から取り出したのは小さな箱。愛用のタロットカードが入った箱です。白く華奢な手が箱の蓋を開けて…。
「占い禁止と聞かされたから、本格的には無理だったわ。だから1枚だけ引いてみたの。そしたら出たのがこのカードよ。…吊られた男」
「「「???」」」
木から逆さに吊り下げられた男が描かれたカードの意味は読めません。フィシスさんはそれをテーブルに置き、クルリと回転させました。
「タロットカードに正位置と逆位置があるのは知ってるでしょう? カードの上下が入れ換わるとカードの意味も変わるわ。そうなんだけれど……今回は少し問題があって」
慌てていたので正位置も逆位置も考える余裕が無かったのだ、とフィシスさん。箱から出したカードを手に持ったままシャッフルもせずに1枚引いて、結論を導き出そうとしたそうですが…。
「どちらが上だか分からないまま占うのは無責任かも、とは思ったのよ。…でも正位置でも逆位置でも意味は大して変わらないから、多分間違いない筈だわ」
「…フィシス」
会長さんがゴクリと唾を飲み込んで。
「これの意味は? カードには何通りもの意味がある筈だ。君はそれを読み取るのにも長けている。…どういう結果が出たと言うんだ?」
「…試練に耐える、よ。逆位置だったら不本意な仕事をさせられる」
「「「………」」」
確かに正位置でも逆位置でも意味は変わらないかもしれません。えっと…女子と男子と、どっちが試練でどっちが不本意な仕事なんでしょう? どう転んでもロクなことにはならないような…。それとも会長さん限定の占いであって、その他大勢には関係ないとか? 肘でつつき合う私たちの姿にフィシスさんはクスッと笑って。
「私が占ったのはブルーの運命。あなたたちとは関係ないわ」
安心してね、と微笑まれたものの、フィシスさんは水泳大会には毎年参加していません。虚弱体質だとかで見学専門、先生方と同じ特設席から応援するか、大会そのものを欠席か…の二者択一。つまり女子の部が試練であってもフィシスさんには無関係だということで…。
「そうね、自分が参加しない分、少し気の緩みがあったかも…。正位置なのか逆位置なのかが分からないなんて占い師として失格だわ。…それで謝っておこうと思って。ごめんなさい、ブルー…」
「気にすることはないさ。決めたのはぼくだ」
大丈夫、と会長さんがフィシスさんの肩を抱き寄せ、髪を優しく撫で始めます。こうなるとすぐに二人の世界に入ってしまって、私たちは放置されるのがいつものパターン。水泳大会、どうなるのかな…?
会長さん限定とはいえ嬉しくない予測が占いに出た水泳大会。私たちは毎日掲示板をチェックし、プールの実情を知る水泳部員からも情報収集していました。けれど何の手がかりも得られないまま当日になり、体育館のロッカー室で水着に着替えて会長さんと合流して…。
「水泳大会も学園一位を取らなきゃね」
頑張らなくちゃ、とウインクする会長さんに黄色い悲鳴を上げるクラスメイトたち。アルトちゃんとrちゃんも熱い視線で会長さんを見詰めています。二人は時々会長さんに連れられてフィットネスクラブのプールに行っているそうで…。
「ねえ、本当に占いに出たの?」
小声で囁くアルトちゃんに、スウェナちゃんが。
「出ちゃったのよ。カードも見せて貰ったわ」
「女子が試練じゃないといいなぁ…」
不本意も嫌だけど、とrちゃん。会長さんは二人にもしっかり話したみたいです。そりゃあ、寮のお部屋にコッソリ忍んで行くんですから、話したくなる気持ちは分かりますけど…。ヒソヒソ言葉を交わしている間にシャングリラ学園自慢の屋内プールがあるフロアに着き、入口の受付が目に入りました。
「ん?」
会長さんが受付係の先生方に目を止めて。
「個別に袋を渡してる…? ひょっとして凍結プールの登場かな?」
凍結プールとは一昨年の水泳大会の会場になった凍ったプール。もちろん会場も寒くなるので防寒着に、と入口でドテラなどが配布されたのでした。もしかして悪夢再びですか? でも、あの年はプールを凍らせるために水泳部とかもプールが使えず、掲示板には立入禁止の張り紙が…。
「掲示板に張り紙は無かったわよ?」
スウェナちゃんが言い、会長さんも首を捻っています。とにかく袋を受け取らなくちゃ、と行列に並んだのですが…。あれ? 男子は行列無しですか? 受付もしないようですけれど…?
「さあさあ、女子は並んだ、並んだ!」
景気のいい声はブラウ先生。
「受付でクラスと名前を名乗って袋を貰わないと参加できないよ? 袋を開けるのは競技の説明があってから! それまでに開けたら失格だからね」
サイオンで中身を見るのも禁止、と思念波での注意もついてきました。競技の説明があるまで開封不可で、男子は袋を貰っていない所をみると防寒具ではなさそうです。実際に袋を受け取ってみても中が何かは見当もつかず、会長さんも敢えてチェックはしていないようで…。
「なんだろうね、これ? 試練なのかな、不本意なのかな?」
袋を軽く揺すってみている会長さん。プールは凍結してはいなくて、ごくごく普通のプールでした。私たちはプールサイドの1年A組に割り当てられた場所に集結。ジョミー君たちも「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れてやって来て…。
「フィシスさん、今年は欠席ですか?」
シロエ君が特設席の方に目をやり、サム君が。
「…そうらしいぜ。俺さ、今朝もブルーの家まで朝のお勤めに行ったんだけどさ…。お勤めが終わって朝飯を食ってたらフィシスさんが来て、占いの結果が心配で…って」
サム君の話によると、フィシスさんはあれから何度も占いをしたらしいのです。すると決まったように『吊られた男』のカードが出てきて、正位置だったり逆位置だったり。気紛れに変わる結果をフィシスさんは気に病んでしまい、水泳大会を見届ける勇気が無くなったとかで…。
「流石ブルーは優しいよな。…フィシスさん、それでも頑張って登校するって言ってたんだけど、ブルーが休むようにって説き伏せてさ。気晴らしに、って高級スパの予約を入れてた。でもってタクシーを呼んで乗せてたぜ」
フィシスさんは今日は一日ホテルのスパでエステに食事、とリラックス出来るプランを組んでもらったようです。しかも仕事が休みだという仲間の女性とホテルで合流、女同士で楽しい休日。会長さんのフィシスさんへの気配りっぷりは半端ではありませんでした。
「自分が試練に不本意な日でも女神は別か…」
天晴れだな、とキース君。
「試練と不本意はブルー限定にして欲しいんだが、なにしろウチの学校だからな…」
「だよね、ぼくたちも試練に不本意だよね」
きっと、と続けるジョミー君の嘆きは私たち全員に共通です。水泳大会は女子の部が先にスタートですけど、試練と出るか不本意と出るか、もう心配でたまりません~!
水泳大会は校長先生の開会宣言で幕を開けました。ジャージ姿の教頭先生が心構えを説き、全校生徒と一緒に軽くストレッチ。それが終わるとブラウ先生がマイクを握って…。
「よーし、準備はオッケーだね? 水泳大会は今年も全学年でタイムを競う形式になった」
「「「えぇぇっ!?」」」
「男女別のリレーでタイムを比較し、学年一位と学園一位を決定する。だから決勝も準決勝もないわけさ。泳ぐのが一度で済むから助かるだろ?」
だから全力で泳ぐこと、とブラウ先生は楽しそうです。
「まずは女子の部のスタートだけど、ただ泳ぐってわけじゃない。日頃の生活に役立つように着衣水泳を取り入れてみることにした」
「「「着衣水泳?」」」
なんですか、それは? キョトンとしている全校生徒にブラウ先生は。
「こう暑いとね、水難事故が多いんだ。泳ぐつもりで海や湖に入ったんならマシだけれども、そうじゃないケースも少なくない。ボートから落ちたりすることもある。そういう時に邪魔になるのが服なのさ。身体に纏わりつくから上手く泳げず、最悪の場合は溺れてしまう」
「「「………」」」
「そんな事故を防ぐために着衣水泳……服を着たまま泳ぐ授業を取り入れる学校が増えている。我が校でも、着衣水泳を体験しといて貰おうかと…。女子には袋が渡してあるね? 開けてごらん」
私たちは急いで袋を開けてみました。出てきたものは……セーラー服の上下。上は長袖、スカートは膝下くらいのプリーツで……どういうセンスか、ブラウスどころかスカートまでが真っ白です。色があるのは襟のラインとスカーフの色の水色くらい。
「上下とも白っていうのは一応意味があるんだよ」
ブラウ先生が得意げに。
「海女っていうのを知ってるかい? 女のお坊さんじゃなくて海の女と書く。海に潜って貝や海藻を採るのが仕事さ。最近じゃウエットスーツが普通だけどね、昔は専用の着物があったんだ。つまり着衣水泳のプロってわけで、その着物の色が上下とも白! それに敬意を表してみた」
地方によっては白じゃない場所もあるんだけども、と付け加えてからブラウ先生は。
「女子は水着の上からその服を着て泳ぐこと! もちろん溺れちゃシャレにならないから浮き輪は用意してあるよ」
これ、と掲げられたアイテムを見て私たちは大ショック。あれの何処が浮き輪ですって…?
「おや、風呂桶だと思っているのかい? これは磯桶。海女さんが海で使う大事なアイテム。これを浮きにして漁をする場所まで泳ぐのさ。ついでに採った獲物も入れられる。海で失くさないよう命綱がついているんだよ。…みんなにはこの桶をリレーしてもらう」
桶を受け取ったら命綱を腰に結ぶこと、とブラウ先生は説明しました。
「それと浮き輪に頼っていたんじゃ泳ぐ練習にならないからね、磯桶を引っ張って泳ぐ形式になる。もう泳げない、という場合のみ磯桶に掴まって泳いでもいい。ただし磯桶に掴まって泳いだ時間はペナルティとして加算されるからね」
きちんと計測しているから、とブラウ先生が指差す先ではシド先生と職員さんたちがストップウォッチを握っていました。つまり磯桶とやらを利用して泳げば、いくら速く泳いでいけてもマイナスにしかならないのです。着衣水泳なんかしたことないのに、えらいことになってきましたよ…。しかも。
「せっかく磯桶を用意したんだ、やっぱり獲物も採らないと! 頼むよ、ゼル!」
「おう!」
ゼル先生が数人の職員さんを従えてプールサイドに走ってきます。全員の手には大きな籠。その中から次々と掴み出したのはどう見てもホタテ貝でした。それをポイポイとプールの中へと投げていますが、あれが獲物というヤツですか?
「適当に投げてるように見えるだろうけど、ちゃんと狙って投げているんだ。全部のコースに行き渡るようになっているから、自分のコースを泳ぐ途中で必ず1個拾うこと! ただし無理して溺れちゃいけないからね、拾えそうにない時は諦めてもいい」
その代わりにペナルティとしてタイムを加算、とブラウ先生。コースを一往復する間にホタテ貝を1個拾って磯桶に入れてくるのがリレーの基本みたいです。なんだかハードそうなんですけど、1年A組、大丈夫かな…?
「……試練と不本意がダブルで来たかも……」
会長さんが呟いたのは説明が終わった直後でした。リレーは1年生から順に泳ぐので、既に準備時間に入っています。会長さんは支給されたセーラー服を矯めつ眇めつしていました。
「ウェディングドレスとか花魁だったら楽しく着られるっていうものだけど、セーラー服は……。ぼくにこれを着ろと? 今から男子に変更っていうのは無理だろうねえ?」
「…多分な…」
無茶ってもんだろ、とキース君。
「そのセーラー服は体型に合わせて配られてるし、仮に変更できたとしてもだ…。ぶるぅに着られると思うのか、それが?」
「……ブカブカだろうね……」
「途中で脱げたら着衣水泳にならなくなるから、ペナルティを食らってしまうんじゃないか? あんたの勝手でクラスに迷惑をかけてもいいと?」
「…やっぱり試練と不本意のダブルか…」
ブツブツと不満を撒き散らしながらも会長さんはセーラー服を身に着けました。うわわ、けっこう似合ってるかも! 教頭先生が熱い視線を向けているのが分かります。ひょっとしてこれが見たくて特例の許可証にサインしたとか? 他の長老の先生方は悪戯心でのサインでしょうけど…。
「かみお~ん♪ ブルー、頑張ってね!」
無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の声援に送られ、私たちはスタート地点へと。会長さんは開き直ったらしく、セーラー服姿でクラスメイトに作戦の説明に回っています。
「いいかい、服が重いと感じるようでも焦らないこと! ぼくたちにはぶるぅの不思議パワーがついている。普通に泳げる腕があったら溺れないよ。磯桶に頼る必要はない。とにかく確実に貝を1個拾って磯桶に入れるのを忘れずに」
他はぶるぅがフォローする、と太鼓判を押した会長さんはアンカーで泳ぐみたいです。他の順番は普段の水泳のタイムで決めて、最初に泳ぐ子が磯桶に取り付けられたロープの端を腰に結んでプールの中へ。シド先生のホイッスルが鳴り、着衣水泳リレーがスタートしました。
「「「頑張れー!!!」」」
男の子たちと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が応援する声が聞こえてきます。セーラー服で泳ぐのはやはり難しいのか、普段のようにはいかない様子。それでも1年A組は確実に他のクラスを引き離し始めていました。
『サイオンで水の抵抗を減らしてる。ついでに浮力も補助しているのさ』
磯桶不要、と会長さんの思念が伝わってくるのと泳いでいた子がスイッと潜るのとは同時でした。
『いいタイミングで潜れるように意識の下に指示を出したんだ。…ほら、貝を持って上がってきたよ』
ホタテ貝をポイと磯桶に入れたトップバッターの子は、磯桶に縋ることなく戻ってきました。他のクラスは磯桶に掴まっていたり、遅れていたり。私たちのクラスは一人の脱落者もなく順調に進み、私の番が回ってきて…。泳ぎにくいな、と思った途端にフワリと感じるサイオンの補助。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が一緒にやっているようでした。
『はい、そこで潜って貝を拾って。…うん、その調子』
頑張って、と会長さんの思念に指示され、私も見事にホタテ貝ゲット! スウェナちゃんやアルトちゃん、rちゃんたちも無事に泳ぎ切り、最後に会長さんが泳ぎ始めて…。会長さんの速さは半端ではなく、セーラー服と早く縁を切りたい気持ちが切実に感じられました。プールから上がればセーラー服とはサヨナラなのです。濡れて重たいだけなんですから、さっさと脱いで所定の位置まで届けに行けばそれでおしまい。
「1位! 1年A組!」
シド先生のホイッスルが響き、ブラウ先生が宣言します。ゴールした会長さんは水の滴るセーラー服を邪魔そうに脱ぎ捨て、磯桶からホタテ貝を取り出しました。他のクラスは未だプールで悪戦苦闘中。ホタテ貝を拾えなかった子も多いらしくて、スタート地点に積み上げられたホタテ貝の数も圧倒的に1年A組の勝ち。
「ふふ、このタイムなら学園一位は間違いないね」
セーラー服を返しに行っていた会長さんが戻って来ました。私たちはブラウ先生がくれた袋にホタテ貝を詰め込み、意気揚々と男の子たちが待つプールサイドへ。着衣泳法はよほどハードルが高かったのか、1年生はおろか2年生も3年生もロクなタイムが出ませんでした。女子の部が終わったのはお昼前。そこまで時間がかかったのです。
「で、試練と不本意のダブルでいいのか?」
キース君が会長さんに確認したのはプールサイドでのお弁当タイム。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が腕を揮ったサンドイッチを頬張りながら会長さんが頷いて。
「…どう考えてもダブルだろ? セーラー服の何処が不本意じゃないと? それを着て泳げっていうのが試練以外の何だと言うのさ」
フィシスの占いはよく当たる、と会長さん。
「あんな姿をフィシスに見せずに済んで良かったよ。…とりあえずメールしておこうかな、ぼくは大丈夫だから楽しんでおいで…って」
えっと、携帯は…、とサイオンでロッカー室に置いた携帯を操作中らしい会長さん。カードが告げた試練と不本意は本当に会長さん限定イベントだったのでしょうか? それにしては着衣水泳、試練だった気がするんですけど…男の子たちには不本意なことが待っているとか、そういうオチではないんでしょうね?