シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
お弁当タイムが終わるといよいよ午後の部。男子リレーの時間です。今度はどんな種目が来るのか、誰もが戦々恐々ですが…。競技再開を告げるブラウ先生の声は軽快でした。
「さてと、食事と休憩でゆっくり時間を取ったことだし、ウォーミングアップは万全だね? まずは改めてストレッチだ。特に男子は充分身体をほぐしておくれ。足がつっても知らないよ」
ジャージ姿の教頭先生やシド先生たちと一緒にストレッチをして、それから始まる競技の説明。ブラウ先生はマイクを握って楽しそうに。
「午前中にも言ってたとおり、男子もタイムを競って貰う。全学年で一番いいタイムを出したクラスが学園一位だ。女子の部の学園一位は決定してるし、そっちのタイムを考慮した上で真の学園一位を選ぶってことになるんだけども…。男子のリレーは模範演技が必要だろうね」
「「「模範演技?」」」
なんですか、それは? 水泳に模範も何もあったものでは…、と首を傾げる全校生徒。もしかしてフォームも審査されるのでしょうか? 泳ぎ方がなっていないと減点とか?
「模範演技は文字通りだよ。よく見ておきな。頼むよ、ハーレイ!」
颯爽と登場したのは教頭先生。ジャージは脱いでしまったらしく、逞しい身体に赤い褌をキリリと締めています。ひぃぃっ、今年も褌ですか! マツカ君の海の別荘では普通の水着だったのに…。けれど女子には意外と人気。かっこいい、と叫んでいる子もチラホラと…。アルトちゃんは勿論見とれてますし! そんな中、教頭先生はプールにドボンと飛び込みました。
「さあ、ここからが肝心だ。男子リレーに必要なモノは…。シド!」
「「「???」」」
タッと駆け寄ったシド先生が教頭先生に手渡したのは奇妙なモノ。閉じた蛇の目傘のように見えるんですけど、気のせいかな…? けれど教頭先生がバッと開いたのは本物の蛇の目傘でした。紺の地色に白い蛇の目模様が鮮やかです。ブラウ先生はポカンとしている全校生徒に。
「今年の水泳大会のテーマは古式泳法だったのさ。女子の着衣水泳も古式泳法に含まれる。職員会議では甲冑を着て泳ぐって案も出てたんだけど、そうなると必然的に男子の競技だ。女子に相応しい競技がなくなるってことで普通の着衣水泳になった」
何処が普通だったんだ、と溜息を洩らす女子生徒。セーラー服に磯桶ですよ? そりゃあ…甲冑よりかはマシですけども! ん? だったら男子の蛇の目傘は何に使うの? フィシスさんの占いに出た「試練と不本意」がフッと頭を掠めました。もしかして男子、試練だか不本意だかが降りかかるとか…?
「古式泳法には色々あってね、開いた傘を濡らさないように掲げて泳ぐのもその一つ。ハーレイは古式泳法の達人だから、見本をしっかり見ておきな」
教頭先生は開いた傘を左手に持ってスイスイと泳ぎ出しました。右手で水を掻き、足も上手に使っています。傘は傾きもせずに見事に直立。
「おいおい、無茶だぜ、あんなの普通に出来るかよ!」
「無理! 俺には絶対無理!」
騒ぎ始める男子を他所に教頭先生はコースを泳ぎ切り、向こう側のプールサイドに軽くタッチして戻って来ます。もちろん傘を掲げたままで。ブラウ先生は可笑しそうに笑いながら。
「無理だって声が大多数だね。もちろん素人には難しいってことは承知の上さ。傘は濡れても大丈夫なように作ってあるし、畳んで泳いでも構わない。ただしペナルティーは取られるよ? 傘を掲げてコースを一往復ってのが一人分のノルマになるんだ。傘を掲げていられなかった時間は加算されるから気をつけるように」
「「「………」」」
やべえ、という声があちこちで。しかも模範演技はこれで終わりではなかったのです。教頭先生がスタート地点に戻った所でシド先生が何か差し出して…。
「アンカーにはもう一つ、やって貰うべきことがある。ハーレイ、アンカーの分の演技を!」
傘を掲げた教頭先生は右手にも何か握っていました。これは益々泳ぎにくそう! 向こう側まで行って戻って来る途中でブラウ先生が。
「右手まで塞がると困る、というなら口に咥える手もあるよ。そっちの方はペナルティーにはならないからね」
教頭先生が右手に持っていたモノを素早く口に咥えました。あの細い棒状のアイテムは何…? みんなも見当がつかないようです。スタート地点近くまで戻った教頭先生はアイテムを右手に握り直して、その右手が水中へ。傘は直立しています……って、えぇぇっ!?
「すげえ…」
「あれをやれってか!?」
右手だけで水を掻いている教頭先生の両足は金色の扇子を水面に掲げていたのでした。扇子は綺麗に広げられていて、ブラウ先生が。
「アンカーにはゴールの手前で足で扇子を掲げて貰う。扇子は足の指で開くのが理想だけれども、難しかったら手で補助してもいいからね。…ただし傘が水に浸かったらペナルティーだよ? そこの所を忘れないように! ご苦労様、ハーレイ」
教頭先生は扇子を支えていた足を水中に下ろし、プールの中にすっくと立って扇子と傘を畳みました。割れんばかりの拍手喝采が女子から贈られ、男子は既にお通夜ムード。
「…どうしろってんだ、あんなアンカー…」
「傘の段階でもうダメだって…」
ガックリと項垂れている男子たち。けれど無情にも1年生男子に呼び出しがかかり、競技スタートみたいです…。
「確かに不本意で試練だったよ。フィシスの占いは常に正しい」
うんうん、と頷いている会長さん。
「ぼくが男子に入っていたら間違いなくアンカーになっちゃうからねえ…。傘はともかく、足で扇子は御免蒙る。
あんな曲芸もどきじゃセーラー服といい勝負だ。男子でも女子でも今年は受難だったのか…」
シャングリラ・ジゴロ・ブルーのイメージを激しく損なう、と会長さんは嘆きつつも。
「だけど女子の部にしといてまだマシだった。うっかり女子の部を回避しといて曲芸が来たら大ショックだよ。ぶるぅ、アンカーは任せていいんだよね?」
「うん! 傘と扇子でしょ? 平気、平気♪」
他のみんなも補助しなくっちゃ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」はやる気満々。会長さんもジョミー君やキース君たちの肩を叩いて。
「君たちはハーレイに古式泳法を習ってたよね? 傘を掲げて泳ぐくらいは出来るだろう?」
「え? あんなのは習ってないけど!」
ジョミー君が即答し、キース君が。
「俺たちが教わったのは型だけなんだぞ? それがどうやったらあんな芸になると!?」
「うーん…。応用なんだと思うけど…何処がどうとは、ぼくにも説明できないなぁ…」
習ってないし、と会長さんは首を捻っていましたが。
『そうか、そういう時のサイオンか! ぶるぅ、ちょっとハーレイから泳ぎ方を盗んでおいで』
「泳ぎ方?」
『シッ、静かに! とにかくハーレイの所に行ってさっきの泳ぎのテクニックを…』
「かみお~ん♪」
それなら扇子も完璧だね、という思念を残して「そるじゃぁ・ぶるぅ」は教頭先生の方へと走って行きました。
「ねえねえ、さっきの凄かったね! やって見せてよ、足で扇子!」
「ん? そろそろリレーの開始時間だと思うのだが…」
実演タイムはおしまいだ、と返す教頭先生に「ハーレイのケチ!」と飛びかかった「そるじゃぁ・ぶるぅ」は軽く払いのけられて終わったものの。
『バッチリだよ! どうやって泳ぐのか盗んじゃったぁ!』
トコトコと戻ってきた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は得意顔でジョミー君たちの背中に次々とタッチ。
『これで完璧! サイオンがあるって便利だよね。他のみんなにも教えられたら楽なんだけど……サイオンが無いと伝わらないし…』
仕方ないから傘だけフォロー、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」はジョミー君たちに泳ぎのテクニックをサイオンで伝授したようでした。去年の水泳大会での人魚泳法と同じ理屈です。これでジョミー君やキース君たちは完璧に泳ぎ切れる筈! まあ、身体能力の問題もあるのでサム君あたりはヤバイかもですけど。そうこうする内にブラウ先生が。
「1年生男子、集合時間を過ぎてるよ! さっさと並ぶ!」
他のクラスも戦略を練るのに夢中になって集合が遅れたみたいです。1年A組はジョミー君たちが泳げるらしいと聞いて大喜び。アンカーまで上手く繋げるようにと順番を決めてスタート地点へ。シド先生のホイッスルが鳴り、最初に飛び込んだのはキース君でした。
「すげえ…」
「傘を持ってあのスピードかよ!」
紺の蛇の目傘を掲げたキース君は普通に泳ぐのと変わらない速度で進んでいきます。他のクラスはと言えば、傘を持て余して畳んでしまったり、開いた傘を引きずるようにして泳いでいたりとペナルティーがつくのは確定。キース君が次の生徒に傘を渡した時点で他のクラスとは既に間が開いていました。
「落とすなよー!」
「その調子、その調子!」
引き継いだのは普通の生徒でしたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」がサイオンで傘を支えているので、泳ぎの方さえ安定すれば特に問題ありません。開いた傘は濡れることもなく無事に次へと繋がれました。そしてジョミー君やシロエ君、マツカ君、サム君といったサイオンで泳ぎ方をマスターしたメンバーが更に他のクラスを引き離してゆき、ついにアンカーの「そるじゃぁ・ぶるぅ」の出番です。
「行ってくるねー♪」
小さな身体には大きすぎる傘を左手に持った「そるじゃぁ・ぶるぅ」は右手に扇子をしっかりと握り、足だけで水を掻いてスイスイと。教頭先生が見せた模範演技に負けていません。サイオンで技を盗むのは会長さんの得意技かと思ってましたが「そるじゃぁ・ぶるぅ」も得意なようです。コースを一往復して戻ってくると小さな足指に扇子を挟んで、両足だけで大きく広げて…。
「かみお~ん♪ いっちば~ん!」
金色の扇子が見事に掲げられ、ホイッスルが鳴りました。
「一位! 1年A組!」
他のクラスはまだ半分以上の生徒がスタートを切れていない状態。1年A組、一人勝ちです。これは学園一位の方もバッチリしっかり頂きですよね! それにしてもフィシスさんの占い、まさか的中しちゃうとは…。会長さんがアンカーで扇子を広げる係になっていた場合、不本意だの試練だのと文句を言うのは間違いなし。「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですから可愛いですけど、会長さんなら悲喜劇です…。
蛇の目傘を持っての水中リレーはとても時間がかかりました。おまけにアンカーに課せられた「足で扇子」のハードルが高く、男子の部は思い切り長引いて…。ええ、左手に傘を持ったままで両足で扇子を掲げるというのは難しいなんてレベルじゃないのでした。
「…あれって右手でしか水を掻けないってことだよな…」
「うん。古式泳法って物凄い技があるんだなぁ…」
悪戦苦闘する3年生のアンカーたちに1年A組の男子は同情しきり。そしてキース君たちに「あの技は可能か?」と尋ねています。傘を持っての泳ぎが教頭先生の披露した型にそっくりでしたから、出来ると思われたのでしょう。他の男子はクロールもどきに平泳ぎもどきと統一がとれていませんでしたし…。
「…傘はなんとか形になったが、扇子の方は分からんな」
キース君が答えました。
「片方の手が使えない状態でも泳げるように鍛練するのが古式泳法というヤツだ。両方の手を空けておくのもあるんだぞ。テレビとかで見たことはないか、泳ぎながら板に文字を書くのを? 俺たちは教頭先生に古式泳法を教わったからな、その応用で傘はいけたが…」
扇子はちょっと無理な気がする、とキース君。
「足まで封じる泳ぎ方は習ってないんだ。ぶるぅは両手両足が塞がっていても泳げるんじゃないかと思うんだがな。…どうなんだ、ぶるぅ?」
「んーと…。浮かんでいればいいんだよね? でもって進めばいいんでしょ? 両手に傘で両足に扇子でも大丈夫だよ!」
サイオンがあるもん、と口にしなかったのは流石です。小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」ですけど、サイオンという言葉を出してはいけない場所はきちんと心得ているのでした。サイオンを知らないクラスメイトたちは不思議パワーの凄さを改めて知らされ、いいクラスに入ったと大感激。やがて3年生の最後のアンカーが大量の水を飲んで咳込みながらもゴールインして…。
「競技終了!」
高らかにホイッスルが鳴り響きました。さあ、この後は表彰式です。学園一位は男女ともに1年A組で間違いなし。つまり1年A組が正真正銘の学園一位に決定でした。校長先生が再び現れ、挨拶があって、教頭先生が会長さんに表彰状を手渡して…。
「1年A組の諸君、学園一位おめでとう。健闘を称えて教師一同からプレゼントがある」
「「「プレゼント?」」」
そういえば学園一位には素敵な副賞があったのでした。先生方との対戦型だったり、指名制で何か出来たり色々と…。今年は何が出てくるのかな? 教頭先生はコホンと軽く咳払いをして。
「プレゼントの説明はブラウ先生がして下さる。後は諸君の運次第だな」
「「「…???」」」
運次第? それってどんなプレゼントなの? 当たり外れがあるってこと? それとも先生方との対戦型で、負け戦の場合は罰ゲームとか? 私たちは顔を見合わせ、どうしたものかと肘でつつき合いました。妙な副賞なら辞退した方がマシかもしれないと思ったからです。しかし…。
「それじゃ説明を始めるよ!」
ブラウ先生の陽気な声にゴクリと唾を飲む私たち。うん、辞退はいつでも出来ますよね。どんな中身か聞いてからでもきっと遅くはないでしょう。
「お楽しみの副賞だけど、女子のリレーでゲットしてきたホタテ貝はまだ持ってるね?」
「「「え?」」」
「そのホタテ貝が副賞なのさ。1年A組は沢山ゲット出来たようだし、それだけチャンスも多くなる。今年の副賞は借り物競走! ホタテ貝にお題が入っているんだ」
「「「えぇぇっ!?」」」
私たちの視線はプールサイドに放置していた布製の袋に釘付けでした。女子のみんなと会長さんが1個ずつ拾って磯桶に入れて運んだホタテ貝。記念品にくれたのだろう、と思ってましたし、持ち上げた時の重さからして生の貝ではなさそうだったので完璧に忘れていたんですけど…。
「合図があったらホタテ貝を1個ずつ開けていくのがルールだよ。ただし全部にお題が入っているとは限らない。ハズレの貝もけっこうあるんだ。そしてお題の入った貝があったら特別席まで持参すること!」
特別席とは先生方のいる場所のことです。お題はそこで読み上げられて、1年A組は一致団結してお題クリアに取り組むことに…、って、それの何処が副賞ですか? たちまち起こるブーイングの嵐にブラウ先生は。
「いいから話は最後まで聞きな! お題と言っても色々あるんだ。1年A組が拾った貝に当たりがあるかどうかは知らない。ただし当たりの貝があったら……学食で一週間、好きなメニューを食べ放題とか」
そういうお題も入っているのだ、とウインクしているブラウ先生。
「ちなみに今のお題は、こういう風に書かれている。…学食で一週間の間、好きなメニューを好きなだけ奢ってくれる校長先生を連れてくること、ってね」
おおっ、とどよめく全校生徒。
「もっとも校長先生が素直に借り物になってくれるかどうかは分からないわけだ。そんな感じでお題は様々。一つこなせば次の貝を開けてお題をゲットする権利が与えられる。いいお題が入った貝を持ってるかどうか、そこまで辿り着けるかどうかが運なんだよ」
頑張りな、とブラウ先生は発破をかけてきました。
「制限時間は三十分間! それだけあったら充分だろう? 作戦会議も必要ないね。開始と終了はホイッスルで合図する。さあ、スタンバイしな、1年A組!」
私たちはホタテ貝を詰めた袋を取り巻き、合図があったら袋の中身をブチまけられるようにスタンバイ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がついてるんですし、お題ゲットは楽勝ですよね!
『やばい…』
会長さんのそんな思念が流れてきたのはワクワクとホイッスルが鳴るのを待っていた時でした。
『え?』
思念を返したのはジョミー君。何がヤバイというんでしょう?
『ホタテ貝だよ。サイオンで中を覗こうとしたら叱られた。失格にするよ、とブラウの思念が思いっきり』
どうやら仕掛けがしてあるようだ、と会長さんは残念そうです。ホタテ貝にはサイオン検知システムが組み込まれているらしく、サイオンを使うと特別席でランプが点灯する仕組み。会長さん宛にブラウ先生が送って寄越したという思念によると、ランプが点いた後で持ち込んだお題はカンニング扱いで無効なのだそうです。
『『『…そんなぁ…』』』
殺生な、と私たちの思念がハモった所へブラウ先生の声が。
「そうそう、言い忘れてたけど、お題の中にはそれっぽく見えてもネタなのがある。ネタのお題を持ち込んだ時は無効だよ? 無効とされたらすぐに次のお題ゲットに取りかかること!」
うわー…。サイオンを公に出来ないからって、こういう封じ方がありましたか! ネタかどうかなんて一般の生徒には分からないのですから、会長さんがサイオンで真っ当なお題をゲットしてもランプ点灯でネタ扱いされて即、無効。これは真面目にホタテ貝と格闘するしかありません。お題、お題…。その前にお題が入った貝があるのかどうかが問題ですけど。
「準備はいいね? はじめっ!」
ブラウ先生の掛け声と共にシド先生のホイッスルが響き、会長さんがホタテ貝の詰まった袋を逆さにしました。バラバラと転がり出てきたホタテ貝を開ける係も、皆の期待を一身に背負った会長さんです。まさかサイオンが使えないなんてクラスメイトは気付きませんし、会長さんならきっと何かをやらかしてくれると瞳がキラキラ。
「え、えっと…。この貝は…、と…」
会長さんがパカッと開けた1個目の貝は空っぽでした。それでも誰もガッカリしないのが期待の大きさを示しています。2個目も空っぽ、3個目も空。けれどサクサク開けてますからクラスメイトは作業だと思っているわけで…。
『どうしよう、全部ハズレだったら…。ある意味、これも試練で不本意だよね?』
フィシスの占いは当たりすぎ、と会長さんの思念には泣きが入りつつありましたが…。
「出た!」
6個目のホタテ貝から折り畳まれた紙片が現れ、それを持った男子が特別席へとダッシュして。
「お題、出ました!」
早速ブラウ先生が紙片を開き、全校生徒の前で読み上げられた最初のお題は。
「ゼル先生と自転車に二人乗りしてプールサイドを一周すること!」
「「「えぇぇっ!?」」」
「えぇっ、じゃない! 制限時間内に幾つこなすかで運が決まると言ったろう! ここで終わりにしたくなければゼルの自転車を取ってきな!」
自転車置き場は校内のあちこちにありますけれど、ゼル先生が何処に自転車を置いているかはその日の気分。これはマズイな、と私たちは青ざめましたが。
「かみお~ん♪」
元気一杯の雄叫びと共にボワンとプールサイドに出現したのはゼル先生の自転車でした。あっ、そうか! お題ゲットはサイオン禁止でしたけれども、その後は…。
「ぶるぅ、上出来!」
会長さんに褒められた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は小さな身体で自転車を押して特別席の前まで行くと。
「乗せてよ、ゼル~! 乗せてくれないと走れないもん! ぼくじゃ自転車こげないもん!」
「そ、そうじゃな…。乗れ!」
颯爽と自転車に跨ったゼル先生の後ろに「そるじゃぁ・ぶるぅ」がチョコンと乗っかり、自転車は猛スピードで走り始めました。荒っぽい運転にも「そるじゃぁ・ぶるぅ」は全く動じず、手を離したり逆立ちしたり。ゼル先生の方も遠慮は無用とばかりに最後はウイリー、ゴールと共に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙返りを決めて…。1個目のお題は無事に終了。でも、こんな調子で美味しいお題は見つかるのでしょうか?
「「「お・だ・い! お・だ・い!」」」
ゼル先生のウイリーに興奮した全校生徒が熱狂のエールを送っています。どうせ自分たちが貰えないなら楽しめるお題が見たい気持ちは分かりますけど、副賞を貰った1年A組としては学食で食べ放題とかそういう方が…、って、またハズレですか、会長さん…。試練に不本意、お疲れ様です…。
ホタテ貝はハズレが続いていました。やっと当たったと思ったらお題は「グレイブ先生の結婚指輪」ときたものです。拳を握り締めて抜かせまいとするグレイブ先生との攻防の末、「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーならぬサイオンでゲットできましたけど、残り時間は十五分間に。私たちが得するお題は無いのでしょうか? 1年A組、運は全くゼロだとか…?
「出た!」
今度も変なお題で無ければいいけど、と会長さんが取り出した紙片を特別席に届ける男子生徒。ブラウ先生は紙片を開いて。
「職員専用食堂のステーキランチをクラス全員にプレゼント! 太っ腹なヒルマン先生を特別席まで連れてくること!」
わぁっ、と上がる大歓声。学食の食べ放題もいいですけども、ステーキランチも魅力です。しかも職員専用食堂! 一般生徒は立ち入り禁止の食堂ですから、これは出前のことでしょう。そして運のいいことにヒルマン先生は特別席からそう遠くない救護用のスペースに座っていました。数人の男子生徒が駆け出して行って、ヒルマン先生を強制連行。1年A組、ステーキランチをゲットです!
「やりましたね、会長!」
「ホタテ、残りは7個ですか…。ぶるぅパワーで凄いのが出るといいんですけど!」
期待してます、と頬を紅潮させるクラスの面々。会長さんは貝を次々に開け、残り2個になった時点でまたお題が。今度こそ学食で食べ放題、と特別席に走って行った男子生徒を前に読み上げられた文章は…。
「教頭先生とお姫様抱っこでプールサイドを一周すること!」
「「「!!!」」」
凄いお題もあったものです。ゼル先生と自転車に二人乗りの方がマシだと誰もが思いました。けれどここでお題を投げたら残り2個のホタテ貝が無駄に…。どうするんだ、と固まっているクラスメイトたちと、無責任に「お題」コールを繰り返している全校生徒。
「あ、あのぅ…」
小さな声はアルトちゃんでした。
「そのお題、私が行こうと思います…」
「待って、私が行く!」
絶対私、と割って入ったのはrちゃん。すっかり忘れていましたけれど、この二人、教頭先生のファンでしたっけ。二人の出現にクラスメイトは大喜びで、「ジャンケンで決めろ」となったのですが。
「駄目だ」
会長さんが進み出ました。
「冷静に状況を考えたまえ。アルトさんもrさんも水着なんだよ? ハーレイはジャージを着ているけれども、あの下はまだ赤褌だ。そんな輩に水着の女子をお姫様抱っこさせようだなんて、それが紳士のすることかい? 他の女子でも同じだよね」
「…あんた、男子に行けというのか?」
震える声はキース君。こんな展開になった場合に貧乏クジを引かされるのはキース君とかジョミー君になる可能性が高いのでした。けれど会長さんはニッコリ笑って。
「女の子に危険な真似をさせるくらいなら、ぼくが行く」
『「「えぇっ!?」」』
私たちの思念とクラスメイトの悲鳴が入り乱れる中、会長さんはスタスタと特別席の前まで行って。
「ご指名だよ、ハーレイ。ぼくとお姫様抱っこでプールサイドを一周して貰おうか」
「…お前と…か…?」
動揺している教頭先生の姿を全校生徒は「なんで男と?」と驚いている、と捉えたようです。まさか会長さんに惚れているとは知らないでしょうし、当然ですけど。しかし会長さん、試練と不本意の総仕上げにしてはあまりにも自虐的すぎる気が…。本当にそれでいいんですか?
「急ぐんだよ、ハーレイ。ぼくは時間が勿体無い」
「う、うむ…。確かにそうだな」
では行こう、と教頭先生が特別席から出てきた途端に。
「「「うわぁっ!?」」」
生徒はおろか、先生方の声まで引っくり返っていました。
「えっ、ハーレイとお姫様抱っこで一周だろ? 何か問題あるのかい?」
あろうことか、会長さんは教頭先生を軽々とお姫様抱っこで持ち上げているではありませんか! もちろんサイオンを使っているのでしょうけど、そんな気配は微塵も見せずに。
「ぶるぅパワーでハーレイも楽々運べます、ってね。ぼくも男だ、お姫様抱っこはされる方よりする方がいい。ゴツイ男は好みじゃないけど、残りのお題は捨て難いから。…ふふ、この格好は記念写真が欲しいかな」
カメラを構えた記録係に微笑みかけると、会長さんは教頭先生を抱えて早足で歩き始めました。再び沸き起こる「お題」コールに教頭先生は身も世も無さそうな顔で大きな身体を縮めています。そりゃそうでしょう、華奢な会長さんにお姫様抱っこされたのでは笑い物ですし、おまけに会長さんは三百年越しの片想いの相手なのですから。
「「「お・だ・い! お・だ・い!」」」
割れんばかりの拍手の中で会長さんはプールサイドを一周すると、教頭先生を特別席の前へと放り投げました。その投げっぷりがまた力士もかくやという豪快な投げで、記録係のカメラのフラッシュが光っています。あの投げに私怨が入っていたと思うのは私だけではないでしょう。
『あんた、けっこう無茶苦茶やるな』
キース君の思念に会長さんは。
『そうかな? 普段からこうだと思うけど? あのお題、どうやらハーレイが書いたようだし』
夢と妄想がてんこ盛り、と毒づきながら会長さんが開けた最後のホタテ貝から、学食で一週間食べ放題なお題が出たのは試練と不本意を見事に切り抜けた会長さんへの御褒美なのかもしれません。えっ、校長先生はちゃんと捕まえられたのか、って? お姫様抱っこと投げを見せられた後では先生方も逃げるなんて馬鹿はしませんとも! 会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーで1年A組、大勝利。打ち上げは職員専用食堂のステーキランチで決定です~!