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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

試験と対策と  第3話

シャングリラ学園での入試期間中、私たちはお休みでした。会長さんやフィシスさんが入試対策グッズを販売するのを手伝おうかと思ったのですが、人手は足りているのだそうです。あまり人数が多すぎても有難味が無いのでリオさんを含めて三人いれば十分だとか。試験問題も合格ストラップも飛ぶように売れた、と会長さんから聞かされたのは入試が済んだ後のこと。
「今年もストラップが人気だったよ。パンドラの箱もそこそこ売れたね」
格安だから、と会長さん。
「だけど箱から出てくる注文を全部こなそうって人はいなかった。そうだよね、ぶるぅ?」
「うん…。タコ焼きは貰えたんだけど、アイスキャンデーはダメだったんだ」
俯いている「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアイスキャンデーが大好きですが、いくら奇跡が起こる可能性があると言われても注文通りに全種類を買えば財布に優しくないわけで…。そう、『パンドラの箱』というのは私が入試でお世話になったグッズでした。中から出てくる注文メモに書かれたことを全てこなせば補欠合格できるという…。
「残念だったよ、色々と知恵を絞ったのにさ」
つまらない、と会長さんが指折り数えているのはパンドラの箱に入れようとしていた注文メモのアイデアでした。買った人には「そるじゃぁ・ぶるぅ」の欲望が詰まったメモが出てくると説明するんですけど、実の所は会長さんが指示して書かせているのです。悪戯心満載のメモに踊らされている挑戦者を見るのが楽しみだなんて悪趣味ですよね…。
「それじゃ今年もパンドラの箱の奇跡は該当者無しというわけか…」
キース君が溜息をつき、ジョミー君が。
「みゆはパンドラの箱で補欠合格したんだよね? 凄いや、それって勇者って言わない?」
「言わないでよう…。どっちかと言えば忘れておいて欲しいんだけど!」
「無理無理! 最後は男湯に突撃したって聞いたもんな」
凄すぎる、とサム君が笑いを堪えています。あーあ、もしかして一生言われるんでしょうか、あの話。「この箱を男湯の脱衣場に置いてね」というのが最後の注文メモでしたけど、パパのコートを借りて帽子とサングラス、マスクで顔を隠して男湯の暖簾をくぐった悲しい思い出…。でも。
「みゆは頑張ってくれたんだもん、苛めないでよ!」
笑いの連鎖を止めたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。
「考えたのはブルーだけれど、お風呂に行ったのはぼくだもん! あそこの銭湯、気に入ってるし!」
いろんなタイプのお風呂が沢山…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は楽しそうです。会長さんと一緒に時々通っているらしくって、アヒルちゃんのお風呂グッズも揃えていると自慢しました。
「それでね、今年もメモに書いたんだけど…誰も連れてってくれなかったんだ。仕方ないからブルーと行った。そうだよね?」
「まあね。合格グッズを売り捌くのはハードだからさ、疲れを取るにはお風呂が一番! エステなんかもいいんだけれど、今はハーレイを呼びたくないし…。フィシスと一緒にスパって気分でもなかったからね」
「…ああ……。教頭先生な…」
あれからどうなっているんだろう、と遠い目をするキース君。試験問題のコピーをゲットしようとしていた矢先にソルジャーが飛び込んできて妙な話になってしまったのが随分昔に思えました。教頭先生がバレンタインデーに会長さんを喜ばせることが出来たら、会長さんかソルジャーがバニーちゃんの衣装を着て見せる、という…。
「どうなってるかなんて知りたくもないよ」
会長さんはプイと顔を背けて。
「考えてみたら、バレンタインデーにハーレイに会いさえしなけりゃ済む話なんだ。会わなきゃプレゼントを貰うこともないし、ゴタゴタが起こることもない」
「宅配便って手もあるぞ?」
キース君の鋭い突っ込みにフンと鼻先で笑う会長さん。
「ハンコを押さなきゃいいんだよ。いわゆる受け取り拒否ってヤツ。…その前に家に帰らなければ不在扱いで済むかもね。バレンタインデーは夜まで此処にいるっていうのも一つの手だよ」
教師は此処に来ないから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋の安全性を説く会長さんは開き直ったようでした。確かに教頭先生と顔を合わさず、プレゼントも一切受け取らなければソルジャーの案は無効です。そういうわけでバレンタインデー当日は私たちも夜まで会長さんにお付き合いして立て籠もることになりました。
「日付が変わるまでは安心できないし、遅くなるからぼくの家に泊まってくれればいいよ。荷物は先に瞬間移動で運んであげよう」
「かみお~ん♪ お部屋も用意しとくね!」
お客様だあ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大喜びです。バレンタインデーさえ無事に過ぎればいつもの楽しいお泊まり会! 教頭先生が何を考えているのか分かりませんが、なんとか逃げ切れますように…。

温室の噴水がチョコレートの滝に変身を遂げ、休み時間には生徒が集まってミカンやバナナをコーティング。この風景もすっかりお馴染みになりました。バレンタインデーに向けて盛り上がる中、チョコを貰えないかもしれない男子生徒が義理チョコを確保するためにチョコレート保険の集金をするのも年中行事。なにしろチョコのやりとりをしない生徒は礼法室で説教ですから…。
そして迎えたバレンタインデー当日、会長さんはしごく当然のように「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れてチョコを貰いに学校中を回っています。授業が始まる前に特別に設けられた時間枠なので先生方は出て来ません。従って教頭先生に出くわす心配もなく、シャングリラ・ジゴロ・ブルーは悠々と全部のクラスを回って…。
「やあ。遅くなってごめん。やっぱり自分のクラスは一番長く時間を取りたいからね」
だから最後にしたんだよ、と1年A組に姿を現した会長さんにクラス中の女子が湧き立ちました。次々に差し出される本命チョコを「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持たせた袋に入れてゆく会長さん。今年は私とスウェナちゃん、アルトちゃん、rちゃんのチョコも鞄ではなくて袋の中へ…。これって特別扱いはやめましたって意味でしょうか?
『違うよ、中で仕分けしている。アルトさんたちも特別生になったことだし、堂々と特別扱いし続けるのもどうかと思って…』
愛人だという噂が立つと困るしね、との会長さんの思念にアルトちゃんたちが頬を赤らめています。そっか、今のはアルトちゃんたちにも届いたんだ…。
『ふふ、思念波はみんな平等に。…ジョミーたちにも聞こえた筈さ』
なるほど、ジョミー君たちが会長さんを睨んでいました。日頃の所業を責めているといった所でしょうが、会長さんは気にしていません。チョコを集め終わった会長さんは女子全員に笑顔を振り撒きながら平然と出て行ってしまいました。入れ替わりにグレイブ先生が来て、朝のホームルームが始まって…。退屈な一日の授業が済むと、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ一直線です。
「教頭先生は来たか!?」
飛び込むなりの第一声はキース君でした。会長さんはソファに腰掛け、のんびりと…。
「来るわけないだろ、ここはぶるぅの部屋なんだから。君たちも座ってお茶にしたまえ、ザッハトルテにガトー・ショコラに…。色々あるんだ、チョコレート尽くし」
飽きたら他のお菓子もあるよ、と会長さんは余裕綽々。ジョミー君たちが貰ったチョコを瞬間移動でそれぞれの家に送り届けたり気配り万全、立て籠もっているという事実を除けば普段と全く変わりません。
「君たちの荷物もぼくの家に運んでおいたから。今日は夜までここで過ごすし、夕食は軽く済ませて、ぼくの家で夜食も兼ねてしっかり食べるということでいい?」
「うん、いいけど」
ジョミー君が即答し、私たちも頷きました。軽くと言っても「そるじゃぁ・ぶるぅ」がいるのですからオムライスくらいは出てくるのでしょう。しかし…この部屋で日付が変わるまでとは、私たちだって初めてです。ちょっとドキドキしてるかも…? とはいえ、平和な時間が流れる間にそんな気持ちはすっかり忘れて、ふと気が付けば下校時刻はとっくに過ぎてしまっています。
「えっと…。まだ六時間以上あるんだよね?」
ジョミー君が壁の時計を眺めました。
「そうなるね。…そろそろお腹が空いてきたかな? ぶるぅ、パスタの用意を…」
そこまで言って会長さんが言葉を飲み込み、赤い瞳を見開いて…。
「嘘だろう!?」
「「「えっ?」」」
なんのこと、と問い返す前に壁を叩く音がコツコツと。
「…ブルー…? そこにいるんだろう? プレゼントを持って来たんだが…」
「「「!!!」」」
それは紛れもなく教頭先生の声でした。プレゼントって……プレゼントって、本気で用意してたんですか~! いえ、品物とは限りませんけど、ここまで押しかけてくるなんて…。
「まずい。逃げるよ、みんな! ぶるぅ、手伝って!」
「かみお~ん♪」
パァァッと青い光が走って私たちは宙に浮き、瞬間移動をしていました。下り立った先は会長さんの家のリビングです。なんで…なんで教頭先生が? でも、わざわざ逃亡するまでもなく、シールドを張れば逃げ切れるのでは…?

「……びっくりした……」
リビングのソファに腰を下ろした会長さんは心底驚いているようでした。
「なんでハーレイが押し掛けてくるのさ、ぼくが来るまで待ってりゃいいのに…」
「だから痺れを切らしたんだろ? あんたが姿を現さないから」
そうに決まっている、とキース君が指摘しました。
「教頭室でじっと待っている間に帰られてしまったら元も子も無い。それで様子を見に来たんだろう。特にシールドもしていなかったし、あんたがいるのは分かった筈だ」
「そりゃあ…シールドはしなかったけど、ぶるぅの部屋に来るなんて…。あのまま部屋ごとシールドするより逃げ出した方が安全だよね。まさか家までは来られないさ。前から散々脅してあるし、ゼルのバイクは懲り懲りだろう」
そっか、ここまで逃げてきたのは家の方が安心だからですか…。確かに「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋よりかは心のハードルが高そうです。なんと言っても会長さんのプライベートな場所なのですし、つまみ出されてゼル先生に通報されれば教頭先生にとっては大打撃。謹慎処分に市中引き回しと悲惨な末路は確実でした。
「教頭先生、プレゼントって何を届けに来たのかなぁ?」
緊張感の無いことを口にしたのはジョミー君です。
「手作りチョコかな、それとも買ったチョコレートとか? なんだか気になってしまうんだけど…。何だったの、ブルー?」
「知らないよ。見てもいないし、知るわけがない。…サイオンで知ろうって気にもならない」
「……それは残念」
冷たいねえ、という声が聞こえて紫のマントが翻りました。
「「「!!!」」」
「こんばんは。…お客様をお連れしたんだけども?」
ソルジャーの隣に立っているのはプレゼントの包みを抱えた教頭先生。いきなりリビングに飛び込まれたのでは安全地帯も意味無しです。なんだってこんな余計な事を…。いえ、だからこそのソルジャー、だからこそのトラブルメーカー…? ソルジャーはクスクスと笑い、教頭先生の肩を軽く叩いて。
「ほら、連れて来てあげたよ、ブルーに挨拶しなくっちゃ」
「あ、ああ…。ありがとうございます」
「どういたしまして。ぼくとしても自分の提案が無視されるのは悲しいからね、きちんとフォローしたまでさ。で、プレゼントは何なのかな?」
教頭先生が持っている包みにソルジャーは興味津々でした。
「君が何を用意するのか楽しみだったし、覗き見は一切していないんだよ。何が出てくるのかワクワクする」
「だからといって!」
なんでハーレイを連れてくるのさ、と柳眉を吊り上げる会長さん。けれどソルジャーは聞く耳を持たず、教頭先生を煽っています。
「ぼくがブルーは逃げ帰ったよ、って言ったら凄くしょげてたじゃないか。受け取ってくれるだけでも良かったのに…って。勇気を出して渡したまえ。…ブルーが満足するかはともかく、渡さなくっちゃ話にならない」
「…そ、そうですね…。そのぅ…なんだ、ブルー……これを受け取って貰えるだろうか?」
大きな身体を気の毒なほど縮こまらせて教頭先生が差し出した包みは、淡いブルーの紙に覆われ青いリボンがかかっていました。ロゴが見当たらない所をみると手作り品をラッピング? チョコにしては箱が嵩張り過ぎてる気もしますけど、焼き菓子とかならこんなものかな? 会長さんは手を出しもせず、シロエ君が。
「受け取ったら負けですよ、会長! 貰わないのが一番です!」
「そうだ、そうだ! 貰わなかったら気に入るも何もないんだもんな。やめとけよ、ブルー!」
サム君が止め、キース君も。
「突き返すんだ! …教頭先生には申し訳ないが、貰う筋合いはないってことで!」
「そうだよね…。というわけで、このプレゼントは受け取れないよ」
持って帰って、と会長さんは首を左右に振ったのですが、ソルジャーが。
「それは賛成できないな。ハーレイの心がこもったプレゼントなのに、開けもしないで返すって? 気に入るかどうか、中身だけでも見てあげた方がいいと思うけど? せっかくここまで連れて来たのに、ぼくの好意を無にする気かい?」
「無にするも何も、最初から君が勝手に決めたんじゃないか! ぼくはハーレイからのプレゼントなんて欲しくないのに、ぼくを満足させられたら…って!」
「うん、言った。…でもさ、ぼくはプレゼントが形のあるものかどうかは限定しないで言ったんだよね。極端な話、君をベッドで満足させてもオッケーじゃないかと思うんだけど? そこを普通のプレゼントで済ませてくれるだなんて、感謝しなくちゃ」
「…な…何を……君はいったい何を考えて…」
ワナワナと震える会長さんをソルジャーは涼しい顔で眺めて。
「別に? 君たちを見てると飽きないんだよね、つい、ちょっかいを出したくなる。…ちょっかいと言うよりおせっかいかな、少しでも進展するように…ってさ。さてと、ハーレイ。…君のプレゼントは何なんだい? チョコにしては箱が大きいけれど、どうやら手作りみたいだね」
「え、ええ…。そのぅ……頑張ったのですが……」
「ほらね、頑張って作ったらしいよ。気持ちだけでも受け取りたまえ、開けてあげるだけでいいんだからさ」
「…………」
ソルジャーはこうと決めたら譲らないのが分かっています。会長さんは深い溜息をつくと教頭先生が差し出す包みを受け取り、テーブルに置いて渋々リボンを解き始めました。
「…気に入ってくれるといいのだが…」
もじもじしている教頭先生。心なしか頬も赤いような…。プレゼントって何なのでしょう? 会長さんが包装紙を剥がし、箱の蓋を取った次の瞬間。
「「「!!!」」」
全員が石化しそうになりました。教頭先生、本当にこれを作ったんですか~!?

「…どうだろう、ブルー? お前の好みに合っていればいいのだが…」
「えっと…。頑張ったって聞こえたような気がするんだけど、ひょっとして、これをハーレイが…?」
信じられない、という面持ちで箱の中を指差す会長さん。教頭先生は「うむ」と頷き、恥ずかしそうに小さな声で。
「チョコレートを…とも思ったのだが、どうもありきたりな気がしてな…。私なりに色々調べたのだ。そしたら心のこもったプレゼントにはこういう物が一番だ…と」
「………。それって何処の情報なのさ? 自分でやってて馬鹿じゃないかと思わなかった?」
「いや。心をこめるとは正にこういう作業なのだな、と不思議なほどに納得したが。…お前が満足するかはともかく、私自身に悔いは無い」
「悔いは無いって言われてもねえ…」
会長さんが呆れたように箱の中身を取り出しました。それは手編みのアランセーター。生成りで素朴な仕上がりです。会長さんなら着こなせそうな品ですけれど、問題は似合うかどうかではなく、気に入るかどうかの次元も既に飛び越えてしまったような…? ソルジャーもポカンとしています。
「まさかと思うけど、それ、ハーレイが編んだのかい…?」
ソルジャーの問いに「はい」と答える教頭先生。
「実は編み物は初めてでして…。そのぅ、こちらの世界のエラに教えてもらったのです」
げげっ。エラ先生の指導でしたか! それは上達も早いでしょうが、会長さんに手編みのセーター…。誰もが絶句している中で「そるじゃぁ・ぶるぅ」がセーターを調べ、「凄いや」と感激しています。
「ハーレイ、とっても器用なんだね! ぼくも編み物することあるけど、セーターは大きすぎるから…マフラーとか靴下の方が得意なんだ。これだけ編むのは大変でしょ?」
「まあな。…教頭室に仮眠室があって助かった。仕事の合間にこっそり編めるし、家でも夜遅くまで頑張ったんだぞ。どうだ、ブルーに似合いそうか?」
「うん! ブルー、こんなセーターも大好きだよ? ね、ブルー?」
無邪気な「そるじゃぁ・ぶるぅ」の言葉に会長さんは顔を引き攣らせて。
「…アランセーターは嫌いじゃないけど、それはちょっと…。着たらなんだか呪われそうだ。ハーレイの髪の毛が編み込んであるとか、そういうオチがありそうでさ」
「「「………」」」
有り得ない話ではない、と私たちの背筋が寒くなります。アルテメシア中に絵馬を奉納していた教頭先生、おまじないにも凝りそうな気が…。と、ソルジャーの瞳がキラリと光って。
「ふうん? こっちの世界じゃ呪いのセーターなんかがあるわけ? だったら試着してみなくちゃね、それが呪いのセーターかどうか」
「え? ええっ!?」
キラリと光った青いサイオン。それが会長さんを貫いた…と思った時には会長さんの制服の上着が消え失せ、代わりに例のセーターが。似合ってますけど…似合わないわけではありませんけど、試着なんかして大丈夫ですか…? 教頭先生は感無量です。
「ああ、似合うな…。気に入ってくれると嬉しいのだが」
「気に入るわけがないだろう! こんなもの…!」
教頭先生からのプレゼントに満足したら最後、待っているのはバニーちゃんの衣装。会長さんは大慌てでセーターを脱ぎ捨てようとしたのですが…。
「あれ? こ、これっていったいどうなって…」
セーターは会長さんの身体に纏わりついて離れません。腕を抜くことも出来ないようです。静電気で貼り付くにしてもあそこまで酷くはならないんじゃあ…? 悪戦苦闘する会長さんを横目で見ながらソルジャーが。
「呪いのセーターだなんて言うから閃いたんだよ、呪いのアイテム。バレンタインデーのプレゼントには最高だろうと思うんだよね」
「「「え?」」」
脱げないセーターの何処が最高? 会長さんが教頭先生の愛のこもったセーターを着て一日過ごす羽目になったら教頭先生は満足でしょうが、プレゼントを貰ったのは会長さんです。会長さんが満足できなきゃバニーちゃんの衣装は無かったことになるんですけど…?
「ふふ、分かってないねえ、君たちは。…さっきまではバニーの方で考えてたけど、ぼくは遊べるなら何でもいいんだ。今年のバレンタインデーもプレゼントするのはブルーの方から! あ、違うか…。もうセーターを貰ったんだし、ブルーからもプレゼントのお返しってことになるのかな?」
クスクスと笑うソルジャーを会長さんがキッと睨んで。
「どうでもいいからこれを外して! 君のサイオンが絡みついてるのは分かってるんだ。さあ、早く!」
「…言ったろ、呪いのアイテムだって。脱げないよ、それは」
「なんだって!?」
「夜の12時になったら脱げる…と言ったらどうする? バレンタインデーの間は君のハーレイの愛を身体に纏って過ごすんだ。…残念ながら12時になっても脱げないけどね、呪いだから」
ソルジャーは教頭先生の方を振り向き、意外な展開に声も出せない教頭先生の腕を掴むと。
「愛をこめてセーターを編んだ君の想いに応えてあげた。…あのセーターを脱がせられるのは君だけだ。素敵だろう? その手でブルーを脱がせるんだよ」
「「「えぇぇっ!?」」」
悲鳴と怒号が渦巻く中で教頭先生は見事に硬直していました。
「わ、私が……ブルーを…?」
「そう。サイオンでそういう仕掛けがしてある。ぼくはブルーやぶるぅと違って場数を踏んでいるからね…。あの二人でもどうすることも出来ないさ。脱がせてあげてよ、前からそうしたかったんだろう?」
「い、いえ……私はそんな…!」
「遠慮しないで。そうそう、セーターの下は素肌なんだよ、その方が君が喜びそうだし」
さあ早く、とソルジャーは教頭先生の腕を引っ張り、背中を押して会長さんの方へと突き飛ばしたからたまりません。教頭先生は会長さんにドスンとぶつかり、はずみでセーターをグイと掴んでしまって…。

「……情けない……」
床に伸びている教頭先生をソルジャーが冷たい瞳で見下ろしています。教頭先生の横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」がちょこんと座って懸命にワイシャツの染みを落としていました。言うまでもなく鼻血の跡で、教頭先生の鼻の穴には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が詰めたティッシュが…。
「落ちないよ、これ…。クリーニングに出すしかなさそう」
セーターの方はどうしよう? と「そるじゃぁ・ぶるぅ」がシャツを着込んだ会長さんに尋ねます。呪いのセーターは脱ぎ捨てられて絨毯の上に落ちていますが、それにもベッタリ鼻血の跡。
「ゴミ箱行き! あんなのはそれで十分なんだ! まったく、ブルーのお蔭で酷い目に…」
「遭ってないじゃないか。脱がされたんじゃなくて自分で脱いだし、問題ないと思うけど?」
「ハーレイが失神しちゃって面白くないからサイオンで縛るのをやめたってだけの話だろう! 脱がせるつもりで仕掛けたくせに!」
「まあね。…君とハーレイの距離が縮まればいいな、と思ったけれど、ハーレイの限界が早すぎたか…」
せっかくバレンタインデーなのに、とソルジャーは不満げに呟いてから。
「こんなのを見ちゃうとマンネリの日々でも文句を言ったらバチが当たりそうな気がしてくるよ。ぼくのハーレイはヘタレだけれど、ちゃんとすることはしてくれるし……ぼくを途中で放っておいて勝手に昇天しちゃうような真似は滅多にしないね。…遅くなったけど帰ろうかな? 特別休暇を取ったというのにぼくが留守だから、青の間で一人ションボリしてる」
「だったら、さっさと帰ればいいだろ!」
「そうなんだけど…。あのさ、これって貰って帰っていいのかな?」
置いといたらゴミに出すんだよね、とソルジャーはセーターを拾い上げました。
「好きにすれば? そんな鼻血アイテム、何に使うのか知らないけれど」
「ありがとう。ぶるぅ、悪いけど手形を押してくれないかな? この染み、とっても目立つからね」
「えっ、手形? 試験合格の?」
キョトンとしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」にセーターを手渡し、微笑むソルジャー。
「うん。ぼくのハーレイが最高点で試験に受かりますように…って、染みの上から押しといて」
「分かった! こないだと同じ感じでいいよね、よいしょ…っと」
ペッタリと押された赤い手形を私たちは呆然と見守るばかり。ソルジャーの辞書に懲りるという言葉は無いようです。紅白縞の次は教頭先生の手編みのセーター。…これって効果があるのでしょうか?
「どうだろうね? 少なくとも、ぼくのハーレイは頑張ってくれると思うけど? 紅白縞の効果が何だったのかは気付いているし、それとおんなじ手形が押されたセーターを見れば意味する所は一目瞭然! しかもこっちの世界のハーレイが愛をこめて編んだセーターだよ? 負けてたまるかと発奮するのが男ってものさ」
着るかどうかはともかくとして…、とソルジャーはパチンとウインクしました。
「ぼくの今年のバレンタインデーのプレゼントはこれにしておくよ、ハーレイもチョコを作ったようだしね。…そうだ、こっちのハーレイの力作を貰って帰るのに御礼をしないのはあんまりかな? ブルーは満足しなかったから、この程度にしておけばいいんじゃないかと…」
青いサイオンに包まれたソルジャーの衣装がバニーちゃんスタイルに変わっていました。
「ブルー、耳かきを貸してくれるかな? それと写真をお願いするよ」
ハーレイの憧れの衣装で耳掃除、とソルジャーは失神している教頭先生に膝枕をして耳かき片手にニッコリ笑顔。その光景を撮影させられたのはジャンケンで負けたキース君です。何枚も撮って、ソルジャーが納得の数枚をプリントアウトし、封筒に入れて教頭先生の懐に。
「これで良し…と。御礼もしたし、ぼくは帰るよ。ハーレイが待ちくたびれているからね」
じゃあね、とソルジャーは手形が押されたセーターを大切そうに抱えてフッと姿を消しました。教頭先生は会長さんが瞬間移動で家へと送り届けたようです。えっ、あの写真はどうなったかって? それはもちろん…。
「バニーちゃんスタイルで耳掃除。ハーレイの夢は叶えてあげたし、ちゃんと証拠の写真もあるし…。これで文句はないだろう。二度と手編みのセーターなんかは御免だよ、うん」
やっぱりバレンタインデーは貰うのではなく贈るに限る、と会長さんは吐き捨てるように言いました。教頭先生、手編みのスキルまで身に付けたのに、想いは通じませんでしたか…。
「やれやれ、とんでもない日になっちゃったよ…。もうすぐ日付が変わっちゃうけど、パーッといこうか、賑やかにさ」
バレンタインデーが無事に済んだお祝い、と会長さんの音頭でお泊まり会が始まりました。バレンタインデーを祝うならともかく、無事に済んだことのお祝いなんて間違ってるんじゃないかって? 常識なんかじゃ量れないのがシャングリラ学園、しかも私たちは特別生。こんなバレンタインデーもアリですってば! でも来年はもっと普通のバレンタインデーがいいな、と心の底から思ってます…。



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