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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

諸人こぞりて  第2話

ヤドリギのリースの意味を知らなかった教頭先生は、ソルジャーの瞳の不穏な光にも全く気付かなかったようです。テーブルに並んだ御馳走を美味しそうに食べ、「サンタさんだぁ!」と喜ぶ「ぶるぅ」と一緒に記念写真に納まって…。もちろん白いお髭を付けて、です。
「その格好をして此処までおいでになったんですか?」
尋ねたのはマツカ君でした。それは私も大いに気になるところです。教頭先生は車を持っていますし、それに乗ってくれば多少は人目を避けられますけど…それでも「サンタクロースが運転中」なのは対向車とかに丸見えですよね。宅配ピザのお兄さんまでがサンタの扮装をする日なだけに、サンタが運転する車も存在してはいるのでしょうが…。
「サンタクロースの格好のことか?」
とんでもない、と教頭先生は苦笑して。
「そういうリクエストではなかったからな。管理人室で着替えさせて貰ったんだ」
「流石に家からその格好で…とは言わないよ。いくらぼくでも」
会長さんが微笑みましたが、キース君が。
「本当か? あんたなら言い出しかねない気がするぞ」
「やっぱり? 考えないでもなかったんだけど、運転中のハーレイの姿を中継するのも面倒だしね。目撃者の反応とかも中継しないと楽しくないし、パーティーの最中に余計なサイオンは使いたくなくて」
だから管理人さんに頼んでおいた、と会長さん。このマンションに住んでいる人は全員がサイオンを持った仲間たちです。もちろん管理人さんも。ですからソルジャーである会長さんに協力するのは至極当然、教頭先生に更衣室を提供するくらい大したことではありません。
「ここで着替えで助かった。…サンタの格好で運転するのは恥ずかしいしな…」
教頭先生がホッとした様子で語ります。プレゼントの袋も管理人室に置いてあったということでした。ソルジャーが「ふうん…」と首を傾げて。
「ぼくはサンタの格好をするのが好きなんだけど? 今年はこっちに来てしまったから出来ないけれど、こういうイベントは大好きでね。君には遊び心が足りないんじゃないかと時々思うよ」
「…遊び心…ですか?」
「そう、遊び心。この間、ブルーに坊主頭にされたんだって? その時、お坊さんの服を着てみたかい?」
「…い、いえ…」
坊主頭の件がバレていたと知り、冷や汗を垂らす教頭先生。
「それだから遊び心が足りていないって言うんだよ。坊主頭になったんだったら、服装の方もキメなくちゃ。…そうだよね、ブルー?」
「そこまで考えていなかったよ。だけどなんだか…面白そうだね」
「だろう? ハーレイにも着られそうなお坊さんの服はないのかい?」
「…服じゃなくって衣だってば。…えっと…」
ちょっと待ってて、と言うなり会長さんの姿が消え失せました。教頭先生の顔が青ざめています。この流れではサンタさんどころか、お坊さんの仮装をしろとか言われそうですし! 私たちの方は期待に胸がワクワクと…。

「…ただいま」
会長さんが戻って来たのは十分ほど経ってからでした。紺色の風呂敷包みを手にしています。
「璃慕恩院で借りて来たよ、ハーレイと同じサイズの墨染の衣。クリスマス・パーティーにお坊さんっていうのも素敵だよね」
「…ブルー!?」
教頭先生の顔が引き攣り、椅子から腰を浮かせました。
「そ、それだけは勘弁してくれ! 約束が違う!」
「サンタと余興しか頼まれてないって言うのかい? サービス精神を発揮してほしいな」
「そうそう、遊び心は大切だよ」
会長さんとソルジャーが教頭先生を両脇から捕え、「ぶるぅ」が瞳を輝かせて。
「またハゲ頭が見られるの? 今度はハーレイの頭がツルツル?」
「うん。これはブルーも見てないからね…。期待してて」
それじゃいくよ、と会長さんが指先にサイオンを集めた時。
「待った!」
ストップをかけたのはソルジャーでした。煽っておいて今更何を…?
「大事なことを忘れてた。ハーレイ、ぼくと来てくれるかな?」
こっち、とソルジャーが向かった先にはヤドリギのリース……キッシング・ボウが下がっています。
「メリー・クリスマス、ハーレイ。はい、ぼくからのクリスマス・プレゼント」
ソルジャーは教頭先生の首に両腕を回すと、唇を重ねて…。
「「「!!!」」」
あちゃー…。どう見てもアレは大人のキスです。真っ赤になった教頭先生から離れたソルジャーは背伸びしてヤドリギの実を一個、毟りました。
「ふふ、ハーレイのキス、ゲット。…みんなも誰かのキスを狙うといい」
「……い、今のは……?」
混乱している教頭先生にソルジャーはウインクしてみせて。
「無礼講だって言っただろう? このヤドリギの飾り、知らなかった? キッシング・ボウって言うんだって。この下にいる女性にはキスしてもいいという習慣らしい。どうせなら男女関係なく、って提案したんだ。それが無礼講の正体だけど」
「……無礼講……」
「もちろん君がブルーにキスしてもいい。キッシング・ボウの下ではブルーはキスを断れないんだ。…お坊さんになっちゃう前にそれを教えておこうと思って」
もういいよ、と会長さんにゴー・サインを出すソルジャーでしたが、会長さんは不機嫌でした。
「余計なことは教えなくてもいいんだよ! ハーレイのキスなんか御免だからね!」
「心配しなくても大丈夫。ハーレイはお坊さんの仮装をするんだろ? お坊さんって禁欲生活が基本じゃないか」
さっき聞いた五戒だか邪淫戒だか…、とソルジャーは仕入れたての知識を披露して。
「だからハーレイは蚊帳の外さ。こんな展開にならなかったら、君のキスを独占しちゃって悔しがらせようと思ったんだけど…その必要は無いようだ。お坊さんの格好をしてちゃ、キスなんかしに行けないもんねえ」
スキャンダルだよ、とソルジャーは楽しげに笑います。
「そうか、おあずけ一直線だね。指をくわえて見てるしかないっていうのは最高かも…。いくよ、ハーレイ」
キラッと青いサイオンが走った次の瞬間。
「「「わははははは!!!」」」
教頭先生はサンタさんからツルツル頭のお坊さんに変身しました。サンタ服の代わりに墨染の衣、黄色い袈裟。クリスマス・パーティーの場にはミスマッチです。呆然と数珠を握り締めている教頭先生に向かって会長さんが。
「ハーレイ、お念仏を唱えてくれないのかい? お坊さんには必須だよね」
「…わ、私は……そういう心得は……」
「そうなんだ。南無阿弥陀仏、って唱えるだけでいいのにねえ…。まあ、嫌でも唱えたい気持ちになるだろうけど」
ニッコリ笑うと、会長さんはキッシング・ボウの真下に立って。
「おいで、フィシス。…この実の数だけキスをしよう」
「あら…他の皆さんに悪いですわ」
「いいんだってば。君がぼくの女神だってことは全員が知っているんだからさ。…あ、キッシング・ボウを使いたい人は、言ってくれれば場所を譲るよ」
会長さんはフィシスさんの唇にキスをし、赤い実を一個、毟り取ると。
「キスをする度に実を一つ。…実がなくなったらキスもおしまい。…ハーレイ、お念仏を唱えたくなってきたかい?
 ぼくが此処に立ってる限りは誰にでもキスのチャンスはあるんだけれど、生臭坊主はお断りだね」
「ブルー…!」
泣きそうな顔の教頭先生の横をソルジャーがすり抜け、会長さんに素早くキスをして。
「ごめんね、フィシス。…せっかくのチャンスだし、一回だけ」
「私は気にしたりしませんわ。ブルー同士って絵になりますのね」
「……フィシス……」
頭を抱える会長さんに、フィシスさんがそっとキスを。会長さんの御機嫌はたちまち直って、「そるじゃぁ・ぶるぅ」や「ぶるぅ」にもキスのおこぼれを振り撒きながら、ヤドリギの実がなくなるまでフィシスさんとイチャつき続けました。…えっ、サム君はどうなったかって? 会長さんにキスする度胸は出てこなかったみたいですよ…。

キッシング・ボウで遊んだ後は、再び御馳走三昧です。教頭先生はお坊さんの仮装をしたまま、悄然と食事をしていました。会長さんに堂々とキス出来るチャンスだったというのに、村八分にされたのが悲しいのでしょう。
「どう、ハーレイ? お念仏を唱えたい気持ちになったかい? 南無三だとは思ったかな?」
「………」
無言で頷く教頭先生。会長さんはクスッと笑って実がなくなったキッシング・ボウを眺めました。
「南無三っていう言葉の由来を知っている? しまった、という時に使われるけど、南無三宝の略なんだ。南無は『信じて縋る』の意味で、三宝は仏教の三つの宝の仏法僧さ。つまり仏、法、僧の救いを請うってこと。仏様の救いを請うにはお念仏が一番なのに、とうとう一度も唱えなかったね」
「…唱えたからといってどうなるわけでも…」
「さあ? 唱えてたら、ぼくが仏心を出したかも。お坊さんの仮装を解いて、キッシング・ボウの下へ呼んであげたかもしれないよ」
無礼講だったんだし、と悪戯っぽい笑みを浮かべる会長さん。
「一回くらい唱えてくれればよかったのにねえ、お念仏。…今となっては手遅れだけどさ」
「うん、もうヤドリギの実は残ってないし」
時間切れだよ、とソルジャーが相槌を打ちます。
「君は遊び心が足りなさすぎる。…何度もそう言ってあげたのに…。遊び心のある人間なら、お念仏も唱えられたと思うんだ。そしたらブルーがキスしてくれたかもしれないものを…」
「君だってそう思うよねえ? ハーレイは本当に馬鹿正直で困っちゃうよ。まあ、その方がからかい甲斐があっていいんだけれど」
「からかい甲斐か…。ぼくのハーレイも同じだな。ぼくに何かとからかわれては、陰でこっそり胃薬飲んでる」
クスクスと顔を見合せる二人は、まるで双子のようでした。教頭先生は諦めの境地に至ったらしく、黙々とナイフとフォークを動かしています。クリスマスの食卓にお坊さんというのは、滅多に見られない光景かも…。
「さてと。…そろそろ余興を始めようか」
会長さんがそう言ったのはクリスマス・プディングを食べ終えた頃。まだまだ御馳走は残っていますが、ちょっと休憩ということでしょう。余興は教頭先生がしてくれる筈ですけれど、お坊さん姿でマジックとか…?
「まずはハーレイを元の姿に戻さないと…。衣も返した方がいいしね」
青いサイオンの光が閃き、教頭先生はサンタクロースに戻りました。赤い帽子と白髪のカツラの下には髪の毛も戻っている筈です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が墨染の衣や袈裟を手際よく畳み、風呂敷できちんと包んでしまうと、包みはフッと消え失せて…。
「璃慕恩院に返しておいたよ。こういう時にコネっていうのは有難いよね」
どうやら一番偉いお坊さんに事情を話して拝借してきたみたいです。夏休みにお寿司を食べさせてくれた老師の顔を思い浮かべて、会長さんの罰当たりっぷりに溜息をつく私たち。もっとも、老師も今夜はクリスマス・ケーキやチキン・ナゲットを買ってこさせて楽しんでいたようですが…。
「ハーレイ、着替えはあっちの部屋で。その間に用意を済ませておくから」
「かみお~ん♪ お部屋に案内するね!」
トコトコと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が教頭先生を何処かに連れて行きました。会長さんは広いリビングの隅にサイオンで畳を運んできます。
「おい」
声をかけたのはキース君でした。
「余興っていうのは柔道なのか? あんたが教頭先生と勝負するとか?」
「えっ? 柔道って…。ああ、そういえば柔道の練習には畳を使うんだったっけね」
そうじゃないよ、と会長さんは苦笑して。
「ほら、柔道に使う畳とは見た目が全然違うだろう? これを並べて、次にこれを…」
畳の端に金の屏風が置かれました。いったい何が始まるのでしょう? やがてリビングの扉が開き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に先導されて現れたのは…。
「「「!!!」」」
「皆様、お待たせいたしました。ハーレイ太夫のお点前タイムの始まり、はじまり~」
会長さんが軽やかな声で告げ、白塗りメイクの花魁になった教頭先生がソロリソロリと入ってきます。重そうなカツラと豪華な衣装は学園祭で見た花魁道中そのままで…。お坊さんの次は花魁ですか~!!!

「…本物はやっぱり迫力だね…」
ソルジャーが呟き、「ぶるぅ」が目を丸くして見ている前を教頭先生はゆっくり横切り、畳の上に座りました。教頭先生、お点前なんて出来るのでしょうか? 学園祭では会長さんしか披露しなかったと思うのですが…。
「ハーレイ太夫のお点前なんかに需要があると思うかい?」
私たちの疑問を読み取ったらしい会長さんが言いました。
「ぼくみたいな美形が点てるお茶なら、正体が男だと分かっていてもお客さんは沢山来るけどさ。ハーレイの方じゃ絶対無理だね、美しさの欠片も無いんだから。…だけど何かの役に立つかと思って、お点前も仕込んでおいたんだ。パーティーの余興には最高だろ?」
「「「………」」」
それは確かに余興としか呼べない代物でした。教頭先生は流れるような所作でお茶を点てていますし、仕草は艶めかしい女形そのものですが…見てくれの悪さが致命的です。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお抹茶を順番に運んできてくれますけども、飲んだら最後、食中毒でも起こしそうな気がするというか…。お抹茶椀を手に取る人は誰もいません。
「警戒しなくても平気だよ。見た目はゴツイ花魁だけど、お茶は上手に点てるんだ」
会長さんがソルジャーに作法を教えながらお抹茶椀を口に運ぶのを見て、私たちもおっかなびっくり、教頭先生が点ててくれたお茶を飲んでみると…。
「美味しいですね」
マツカ君が感心したように言いました。
「相当に練習しないとここまでは…。これもやっぱりサイオンですか?」
御曹司のマツカ君だけに、お茶の心得もあるようです。素人の私たちにはサッパリですけど…。会長さんは「流石だね」と微笑んで。
「お点前もサイオンで教えたんだよ。ベースにしたのはぼくの知識。…高僧ともなれば茶道と無縁じゃいられないんだ。自分で点てることも、招かれることもよくあるし」
「…ぼくは練習したくもないな」
礼儀作法の類は苦手なんだ、と肩を竦めているソルジャー。
「でも、あの格好は面白そうだね。…ハーレイでもそれなりに女に見えないこともない。ゴツすぎるのが難だけどさ」
「メイクでかなり誤魔化せるんだよ。ほら、手まで真っ白に塗っちゃうし…立ち居振る舞いにさえ気を付けていれば、あとは衣装がカバーしてくれる。ぼくはメイクは口紅だけで済ませたけどね」
「ふうん…。だったら、ぼくでも出来るかな?」
「試してみる? ぼくの衣装とカツラならあるよ」
会長さんに誘われたソルジャーは、その気になってしまいました。教頭先生と記念撮影をするのだと言い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に着付けてもらって…。
「……重い……」
カツラも衣装も重すぎる、と文句たらたらで現れたソルジャーは…教頭先生とはまた別の意味で花魁の魅力ゼロでした。女形の演技を知らないせいで、歩き方も仕草も男そのもの。着物の裾をさも邪魔そうに蹴飛ばしながらの登場です。
「ブルー、君が学園祭で着ているところを見てたけど…なんでこんなに重いのさ!」
「それはそういうモノなんだよ」
「…私の衣装も決して軽くはありませんよ」
花魁の扮装のままの教頭先生が言い、ソルジャーは溜息をつきました。
「サイオンで重さを軽減してるようには見えないし…。残念だけど、いくらぼくがイベント好きの仮装好きでも、これはちょっと…」
向いてないや、と言っている割にソルジャーは嬉々として教頭先生と写真を撮ったり、お点前の真似ごとをしてみたり。余興の時間は楽しく過ぎて、元のセーターに着替えたソルジャーはサンタに戻った教頭先生に肩凝りをほぐすマッサージをして貰っていました。クリスマス・パーティーは夜更けまで続き、教頭先生が帰って行ったのは日付がすっかり変わってから。それを見送った後、会長さんが。
「普段だったら徹夜もいいけど、今日は寝ないといけないよ」
「あっ、忘れてたぁ! サンタさんが来なくなっちゃう」
そう叫んだのは「ぶるぅ」です。
「ねぇねぇ、地球にもサンタさん、いるよね? サンタさん、ちゃんと来てくれる?」
「いい子の所には来てくれるよ。君の世界と変わらないさ」
「よかったぁ…」
良い子は早く寝なくっちゃ、と「ぶるぅ」はゲストルームに走って行ってしまいました。でも「そるじゃぁ・ぶるぅ」はリビングでせっせと後片付けをしています。いくら家事万能で家事好きとはいえ、クリスマス・イブの晩に小さな子供に丸投げというのはマズイでしょう。私たちは洗い物を手伝い、リビングを綺麗に掃除して…。
「「「おやすみなさ~い!」」」
また明日、と手を振りながら割り当てられた部屋に戻って行ったのでした。

クリスマスの朝、スウェナちゃんと私の眠りを破ったのは誰かの思念。とてもはしゃいでいるようです。この思念は…「ぶるぅ」? それとも「そるじゃぁ・ぶるぅ」でしょうか?
『かみお~ん♪』
踊り出しそうな思念の主が廊下をピョンピョン行ったり来たりしているみたい。急いで顔を洗い、身支度をして出てみると…。
「「かみお~ん♪」」
廊下で跳ねていたのは「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」でした。仲良く手を繋いで十八番の『かみほー♪』を歌いながら元気にステップを踏んでいます。
「あのね、サンタさん、来てくれたんだよ!」
嬉しそうに「ぶるぅ」が叫ぶと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「うん、サンタさんも来たし、今日はぼくたちの誕生日だから…。お誕生日、お誕生日!」
わぁーい! と大喜びの二人の姿に、スウェナちゃんと私は思わず息を飲みました。どうして気付かなかったのでしょうか、「ぶるぅ」の誕生日もクリスマスなのだということに…。いえ、一度も尋ねたことがないのですから、知らなくても仕方ないのですけど…。ゲストに呼ばれているのも知りませんでしたし、今更どうしようもないのですけど…!
『ぶるぅのバースデー・プレゼント…』
『…用意してない…』
思念で会話し、慌ててジョミー君たちに呼びかけようとした時です。
『大丈夫。ぶるぅの分なら心配ない』
会長さんの思念が届きました。
『君たちがぼくのぶるぅに用意してくれたのと同じパジャマを買っておいたよ。サムのバッグに入れてあるから、それぞれに渡してくれればいい。ラッピングもお揃いにしてあるしね』
ゲストを呼んだのはぼくだから、と伝わってきた思念は全員に届いたようでした。ジョミー君たちがホッとした顔でゲストルームから出てきます。プレゼントさえ用意されているなら何も心配はありません。でも…「ぶるぅ」にもアヒルちゃんの趣味があったみたいですね。だって二人はお揃いの…。
「サンタさんもアヒルちゃんを持ってきたの…?」
「そうだったみたい…」
廊下で飛び跳ねる「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の首には、可愛いアヒルちゃんが下がっていました。黄色いアヒルのペンダント…にしては大きすぎるモノが揺れています。クリンとした目玉にオレンジの嘴、丸っこい胴体に幾つか小さな穴が。あれはいったい何でしょう?
「ピーッ!!!」
不意に空気を鋭い音が切り裂きました。アヒルちゃんの足の部分を「ぶるぅ」が口にくわえています。
「ピューッ!」
今度はさっきより少し低い音。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が自分のアヒルちゃんの身体を手に持ち、足をくわえて頬っぺたを膨らませると…。
「ピィーッ!!」
音の出どころはアヒルちゃんでした。アヒルちゃんの身体が笛になっているのです。二人の子供は代わる代わるアヒルちゃんに息を吹き込んで…。
「まあ、オカリナを貰ったのですね」
フィシスさんが廊下の奥の方からやって来ました。そっちにあるのは会長さんの寝室ですし、フィシスさんはそこに泊まっていたのでしょう。すぐ後ろから会長さんが出てきます。
「おやおや、サンタさんからのプレゼントかな? 二人とも、いい子にしていたんだね。…ふうん、オカリナか…。説明書がついていなかったかい?」
「「説明書?」」
キョトンとする二人に会長さんはオカリナの箱を持ってくるように言い、中から紙を取り出して。
「ご覧、ここに音符が書いてあるだろ? どの穴を押さえて吹くかで音が変わってくるんだよ。覚えれば色々な曲が吹けるようになるし、ドレミから練習するといい」
「そっか! じゃ、『かみほー♪』も吹ける?」
「どうだろう? 出せる音に限りがあるからね…。一曲まるごと吹くのは無理でも「かみほー♪」の部分だけなら吹けると思うよ。音を変えれば」
「「音を変える…?」」
首を傾げる二人の頭を会長さんがクシャッと撫でました。
「えっと…元の曲で使ってた音を他の音に置き換えるって言えばいいかな。アヒルちゃんオカリナで出せる範囲の音に変えればいいってことさ。ドレミを覚えたら教えてあげよう」
「「わーい!!」」
歓声を上げた二人はアヒルちゃんを吹き鳴らします。全然ドレミになってませんけど、その内なんとかなるんでしょうか…?

朝食は昨夜の御馳走の残りと、焼きたてパンにパンケーキ。アヒルちゃんオカリナを手放したくない「ぶるぅ」は食事中に何度も鳴らしてソルジャーに「うるさい!」と叱られましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は食事のお世話に燃えていたのでそれどころではありませんでした。でも朝食が終わった後は…。
「ね、ね、ブルー。『かみほー♪』の吹き方、教えてよ!」
「まずはドレミを覚えなきゃ。…できるようになったのかい?」
「えっと、えっと…」
こうだったかな、と練習を始める横で「ぶるぅ」が出鱈目に吹き鳴らします。
「ピューッ! ピィーッ!」
「ぶるぅ…。それはドレミになってない…」
頭に響く、とソルジャーがブツブツ文句をつけると「ぶるぅ」はアッカンベーをして。
「ドレミなんて要らないもん! ぶるぅが『かみほー♪』吹けるようになったらサイオンで教えて貰うんだもん!」
練習なんて面倒だ、と「ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナの足をくわえて好き放題。調子っぱずれな音が鳴る中、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」に懇願しました。
「お願い、早くドレミを覚えて!」
「それより先に『かみほー♪』でなきゃダメですよ! ああっ、どう教えればいいんでしょう…」
口々に言う私たちの姿に「そるじゃぁ・ぶるぅ」はアヒルちゃんオカリナをキュッと握って。
「ごめんね、頑張る! ぼく頑張るから、もうちょっとだけ待っててね」
次はどうするの、と会長さんに教えを請いながら『かみほー♪』の部分を吹けるようになったのはお昼前のことでした。すぐに「ぶるぅ」がそれをサイオンで教えて貰い、二つのアヒルちゃんオカリナが見事な合奏を始めます。
「…長かった…。ブルー、君のプレゼントには恐れ入るよ。吹き方もサイオンで教えればいいのに」
「シッ! サンタさんからだと信じてるんだ」
言わないように、と唇に人指し指を当てる会長さん。ソルジャーは首を竦めて小さく笑い、リビングには『かみほー♪』のメロディが何度も何度も楽しげに響いていたのでした。




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