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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

諸人こぞりて  第3話

昼食は今年もケータリングでした。お誕生日の主役に料理をさせるというのは間違っている、という会長さんの意向です。ローストビーフにオマール海老のショーフロア、色とりどりのカナッペなどなど…。食事が済むと大きなバースデー・ケーキが二個も運ばれてきました。
「ぶるぅ、誕生日おめでとう。蝋燭は今年も一本だったね」
会長さんが片方のケーキに蝋燭を立て、もう片方には「ぶるぅ」が蝋燭をズラリと並べています。そういえば「ぶるぅ」が何歳なのかは聞いたことがありません。かなりの数の蝋燭ですが…。
「ぼくも忘れてしまったんだよ、ぶるぅが何年前に生まれたのか」
ハーレイなら覚えているだろうけど、とソルジャーが「ぶるぅ」と顔を見合せて笑いました。
「だから蝋燭の数は適当。ぶるぅが多い方がいいって言うからケーキのサイズに合わせて頼んだ。…いいんだよ、そもそも誕生日が適当なんだし」
「「「は?」」」
誕生日が適当ってどういう意味? 今日が誕生日ではないのでしょうか?
「ぼく、クリスマスがお誕生日の筈だったんだ。…だけどブルーに放っておかれたんだよ」
プゥッと頬を膨らませて「ぶるぅ」がケーキを見つめています。
「クリスマスに卵から生まれる予定で、サンタさんが服をプレゼントしてくれたのに…。ブルーったら二日も服に気が付かなくて、気付いた後もそのままで! お正月が済んでお掃除しなきゃ、って時にハーレイが来てサンタさんのカードを見付けて、やっと二人が揃ったんだ」
カードには「よろしく」とだけ書いてあり、プレゼントの服というのは「ぶるぅ」が着ているのとそっくりなソルジャー服のミニチュアだったそうです。でもソルジャーとキャプテンが揃わないと「ぶるぅ」が生まれてこられないって…。何故に?
「だって。卵を温めてくれた人が揃っていないとダメなんだもん」
「「「えぇっ!?」」」
卵は温めて孵化させるのが基本ですけど「そるじゃぁ・ぶるぅ」は違います。だから「ぶるぅ」も同じだと思っていたのですけど…温める必要があったんですか! しかもソルジャーとキャプテンが…って、それじゃ「ぶるぅ」の卵は二人のベッドに…?
「ぼくのベッドと言ってほしいな」
かさばって大変だった、とソルジャーが両手で大きな丸を作りました。
「最初は指先くらいの小さな石で、それからどんどん大きくなって…最後は抱えるほどになっちゃった。ぼくとハーレイで温めたんだよ、卵だしね。どうやら両親が揃った時に生まれる仕様になってたらしい」
「「「両親!?」」」
「うん。ぶるぅが最初に言った言葉は「初めまして、パパ、ママ」だった」
「「「!!!」」」
パパ…。ママ…。ソルジャーとキャプテンがパパとママ…!?
「どっちがパパかで悩んだらしいね。でもハーレイをパパと呼んだ。…ついでに、ぼくをママとは呼ばなかった」
「ブルーも男だったんだもん…。ぼく、ママはどこかに行っちゃったのかと思ったんだ」
そしたらパパが二人だった、と「ぶるぅ」はニッコリ笑います。
「でもね、二人ともパパって呼んだら怒るんだ。子持ちになった覚えはない、って。予定してた日には生まれられないし、パパって呼ぶこともできないし…。グレちゃったって仕方ないよね。だから悪戯が大好きなんだ」
うーん、どこまで本当でしょう? ソルジャーは笑いを堪えていますし、「ぶるぅ」も幸せそうですし…話半分に聞いておくのが一番かな?

バースデーケーキの蝋燭を「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が揃って吹き消し、「おめでとう」の声と拍手が響きます。大きなケーキが二個もあってもスイーツ大好きソルジャーと大食漢の「ぶるぅ」がいては一切れも残らず、次はプレゼントの出番でした。私たちが用意したアヒルちゃん模様のパジャマ――片方は会長さんが買い足してくれたものですが――はウケたようです。
「可愛いね! アヒルちゃんと一緒に寝られるよ」
「うん、ぼくたちパジャマもお揃いだね」
御機嫌の二人の前にフィシスさんが差し出したのは小さなクッションと大きなクッション。
「小さい方はいつものですわ。これはぶるぅに。…大きい方は、そちらのぶるぅに。卵には戻らないのでしょ? 普通のクッションでないと使えませんし」
「えっ? 卵って…」
キョトンとする「ぶるぅ」は「そるじゃぁ・ぶるぅ」が六年ごとに卵に戻るのを知りませんでした。卵に戻っている間、フィシスさんの手作りクッションが敷かれた籠に入ることも。
「そうなんだ…。ぼくたち、そっくりだけど違うんだね。じゃあ、ぶるぅはパパもママもいないわけ?」
「いないよ。ブルーはお兄ちゃんみたいなものだもん」
「そっか。その方が気楽でいいよね。パパたちがいると気を遣うんだよ、大人の時間は一人で寝なくちゃいけないし…」
無邪気に語る「ぶるぅ」ですけど、おませさんな理由が分かったような気がしました。卵を温めていたという一年の間、ソルジャーが大人の時間を控えていたとは思えません。「ぶるぅ」は容赦ない胎教を受け、生まれてからも色々と無駄な知識を仕入れたのでしょう。そんな「ぶるぅ」の頭をソルジャーがコツンと軽く叩いて。
「喋りすぎ! で、ぼくからのプレゼントは…これ」
ヘソクリ菓子のお裾分けだよ、とソルジャーはキャンディーやチョコレートが詰まった小さな箱を一個ずつ二人の前に置きました。
「二人分にしようと思うと少ししかなくてね。ゼルに作らせようとしたのに、捕まらなかった」
それでも二人のぶるぅは嬉しいようで、箱の中身をテーブルに並べて数えています。ヘソクリ菓子というのはソルジャーが青の間に隠し持っているお菓子のことで、厨房からくすねてくるのだとか。本当にお菓子が好きなんですねえ…。さて、会長さんは何をプレゼントするのでしょうか?
「ほら、ぼくのプレゼントもお揃いだよ。開けてみて」
手渡されたのはリボンがかかった四角い箱。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が丁寧にリボンを解いている横で「ぶるぅ」がバリバリと包みを破り、箱の蓋をパカッと開けると…。
「わあ、マントだぁ!」
箱の中身は新品の紫のマントでした。なんの捻りもないですけれど、子供って新しい服が好きですし…。包装紙をきちんと畳んだ「そるじゃぁ・ぶるぅ」も急いで箱を開けています。ソルジャーが「ふん」と鼻を鳴らして。
「なんだ、マントか。…ヘソクリ菓子の方が心がこもっているよ。ぼくの大事なとっておきだ」
「そうかな? ぶるぅ、箱から出して着てごらん」
会長さんに促された「そるじゃぁ・ぶるぅ」がマントを取り出し、羽織ろうとして広げてみると…。
「わあっ、アヒルちゃんだあ!」
「えっ、どれどれ!?」
慌てて「ぶるぅ」もマントを広げ、私たちが見たものは……マントの裏に一面に描かれた黄色いアヒルの群れでした。昨日、ここへ来る途中でジョミー君が「マントの裏にアヒルちゃんとか…」なんて言ってましたが、もしかしてあれは予知能力!?
「すげえな、ジョミー! お前ってこれが分かってたんだ?」
サム君が言い、キース君が。
「タイプ・ブルーはダテじゃないな。…すまん、馬鹿にして悪かった。センスが悪いわけじゃなかったのか」
このとおりだ、と謝るキース君でしたが、ジョミー君は困ったように頭を掻きました。
「違うよ、偶然の一致ってヤツ。ぼく、こんなビジュアル見てなかったし」
「おやおや…ジョミーが予知をしたのかい?」
詳しく話を聞かせてほしい、と会長さんが割り込みます。その結果、導き出された結論は…。
「やっぱり一種の予知だろうね。フィシス、君もそうだと思うだろう?」
「ええ。ジョミーはタイプ・ブルーですもの」
「ほらね、フィシスもこう言っている。ジョミー、君の能力は活かすべきだよ。出家して仏の道を目指そう」
「なんでそういうことになるのさ!!」
お断りだ、と髪の毛を押さえるジョミー君。アヒルちゃんマントは予知なのでしょうか? それとも会長さんがジョミー君を陥れるために意識の下に情報を…? 真相は多分、永遠に藪の中ではないかと思いますけど。

ジョミー君が騒いでいる間に二人のぶるぅはアヒルちゃんマントに着替えました。普通に立っていれば分かりませんけど、飛んだり跳ねたりすればアヒルちゃんが覗きます。オカリナで『かみほー♪』を吹きながら踊り始めるとアヒルちゃんの裏地がよく見えて…。
「ふうん、なかなか可愛いね」
ソルジャーが感心したように言いました。
「裏地にアヒルちゃんをプリントするなんて、考えたこともなかったよ。…マントは実用的な面でしか見ていなかったし」
「ぼくにとっては飾りだからね。防御性には優れてるけど、戦ったことは一度もないから…。ごめん、気を悪くしちゃったかな?」
心配顔の会長さんにソルジャーは「全然」と微笑んで。
「君の世界が平和だからこそ、こうして遊びに来られるんじゃないか。…ひょっとして君もマントの裏に何かを描かせたことがあるとか?」
「………」
「やっちゃったんだ?」
「一度だけね」
本当に一回だけなんだよ、と会長さんは苦笑しました。
「それ、今もある?」
「えっ? う、うん…。持ってるけど…?」
「ぜひ見たいな。ちょっと見せてよ」
「で、でも…」
ふざけ過ぎてるし、と渋る会長さんですが、ソルジャーは引き下がるような人じゃありません。根負けした会長さんは寝室に行き、大きな箱を抱えてきました。マントにしては大きすぎるような…?
「話すと長くなりそうだから、先にこれを見てよ。学ランっていうヤツなんだ」
箱から出て来たのは応援団の人などが着る丈の長い黒い制服の上着。会長さんったら、応援団もやってたんですか?
「何年か前の学園祭で着たんだよ。制服の上着みたいなものでね、裏地に凝るのがオシャレでさ。…こんな風に」
「「「!!!」」」
リビングの絨毯の上に広げて置かれた学ランの裏地は、それはとんでもないモノでした。赤や紫ではないんですけど、ある意味、それより派手というか…。裏地の黒を夜空に見立てて見事な枝垂桜の木と舞い散る花びら、淡い月。あまつさえ桜の木は裏地の下半分に描かれ、上半分には『応援歌』の文字とシャングリラ学園応援歌の歌詞が書かれているではありませんか!
「なんというか…。凄いね、これ。桜なんだ?」
ぼくのシャングリラにも桜があるよ、とソルジャーは学ランを眺めました。
「ぼくが植えたのは普通の桜だったんだけど、枝垂桜も綺麗かも。いや、あの公園には似合わないか…。それで、この学ランとマントは同じ桜の模様なのかい?」
「ちょっと違う。…こっちがマント。学ランで裏地の粋に目覚めて作らせたんだ」
バサッと箱から出されたマントの裏地は学ランと同じ黒でした。けれどマントに応援歌は無く、桜も枝垂桜ではなくて満開の枝が幾重にも重なり、花びらが舞い、ぼんやり霞んだ十五夜の月が。会長さんはセーターの上からマントを羽織り、背筋を伸ばしてピシッと立つと。
「ね、見た目には分からないだろう? どこから見ても普通のマントだ」
「確かに…」
ソルジャーが頷くのを見た会長さんは、いきなり右手を高く上げて。
「シャングリラ、発進!」
翻ったマントの裏で桜の花が咲き誇りました。つ、つまり…このマントを着てシャングリラ号で指揮を執ったら、もれなく桜吹雪が舞うと…。ソルジャーも唖然としています。
「ブルー。そこでシャングリラの名前が出るってことは、もしかして本当に着たのかい? それ…」
「もちろん。たった一回だけだったけどね。あ、でも…滞在中はずっと着てたし、三日間か」
「士気が下がったりすることは…?」
「むしろその逆。ソルジャーが身近に感じられる、と評判良かった」
なのにハーレイと長老たちには不評だったんだ、と唇を尖らせる会長さん。
「ブリッジで発進命令を出すまで全く気付いてなかったくせにさ。ぼくが青の間に引っ込んだらすぐに追いかけてきて、ソルジャーの品格が下がるから普通のマントに取り替えろ…って。せっかく誂えたマントだったのに、頭ごなしにダメはないよね」
「それで三日間、着続けたんだ? ハーレイはともかく、よくエラたちが引き下がったね」
私たちの世界の先生たちとソルジャーの世界の長老たちは性格もそっくりだと聞いています。エラ先生は風紀にうるさいですし、ソルジャーの世界でも多分似たようなものなのでしょう。会長さんはニヤリと笑い、マントの裏地を見せびらかして。
「脅しをかけてやったんだよ。…裏地は目立つって言うんだったら、見えない場所ならいいんだね…って。たとえば肌とか」
「「「肌!?」」」
「うん。マントの模様を却下するなら代わりに背中一面に…と脅してやったらおとなしくなった。おかげで三日間、裏地のオシャレを楽しめたよ」
こんな風に、とマントを翻してみせて会長さんは上機嫌です。そりゃあ…背中に模様を背負うなんて言われちゃったら、長老の先生方全員、沈黙するしかないですよね…。

会長さんが学ランとマントを片付けた後も「そるじゃぁ・ぶるぅ」たちはアヒルちゃんマント姿ではしゃいでいました。あれくらいなら可愛いですけど、会長さんの夜桜マントは可愛いなんてものじゃありません。遊び心にもほどがある…、と私たちは思ったのですが。
「裏地に絵柄か…。いいかもね」
遊び心を理解したのは、よりにもよってソルジャーでした。
「普通にしてれば分からないのが素敵だな。ぼくも桜の花は好きだし、君の学ランみたいに文字というのも面白そうだ。ハーレイの名前を書いておいたら、ハーレイが挙動不審になると思うよ。誰かに見られたらどうしよう…って」
あちらのキャプテンは、ソルジャーとの仲がバレバレな事実に全く気付いてないのだそうです。
「ぼくもマントの裏地で遊んでみたいけど…君以上に顰蹙を買いそうだ。うっかりゼルを怒らせちゃったら、お菓子を作ってくれなくなるし」
ゼルのお菓子は絶品なんだ、と自慢してからソルジャーは会長さんに向き直って。
「ところで、君が長老たちを脅した時の話だけれど。…肌にっていうのは刺青のこと?」
「そうだけど? 君の世界にもやっぱりあるんだ」
「あるよ。海賊のホーム……拠点みたいな場所なんだけどね、そこで実物も幾つか見てる。でも背中一面っていうのが分からない。それってどういうものなんだい?」
「「「は?」」」
今度は私たちが首を傾げる番でした。刺青といえば背中一面の龍や唐獅子牡丹が真っ先に思い浮かびます。手首や二の腕にワンポイントっていう控えめなのもありますけども、刺青の定番は背中でしょう。ソルジャーは更に言葉を続けて…。
「海賊たちが彫ってたヤツは腕に名前とか、碇のマーク。あとは肩甲骨の辺りに翼とかを彫ってる人もいたっけ。ぼくが知ってるのはそれくらいかな。…だから背中一面なんて想像できない。君は桜が好きみたいだけど、あんな桜も彫れるんだ?」
「え? えっと…。桜はもちろん彫れるけれども、背景が真っ黒なのはどうだろう? ぼくも刺青にはそんなに詳しくないんだよね」
ちょっと待って、と会長さんはパソコンを起動し、何度かキーを叩いてから。
「背中一面の刺青っていうと、この辺りかな。ここは刺青専門の店で、注文に応じて彫るんだよ」
なんと刺青専門サイト!? ソルジャーの後ろから私たちも画面を覗き込みます。お決まりの龍や牡丹の他に昇り鯉とか般若とか…。そこはディープな世界でした。ソルジャーは興味津々であちこちクリックしていましたが。
「ふうん…。消える刺青っていうのもあるんだ?」
「ああ、フェイクタトゥーは一週間もすれば消えちゃうよ。早ければ三日ほどで消えるって書いてあるだろう?」
会長さんが指差す部分を読んだソルジャーは更に数回クリックして。
「マントの裏に模様を入れても、刺青をしても思い切り文句が出そうだけれど…。このフェイクなら楽しめそうだね、それもハーレイ限定で」
「え?」
思わず聞き返した会長さんにソルジャーはパチンとウインクしました。
「発見したのも何かの縁だと思うんだ。マントの裏地で遊ぶ代わりにフェイクタトゥーをやってみたいな。ほら、ここに自分で描けるキットもあるし…。見た目は本物そっくりなんだろ? ぼくが刺青を入れたと思い込んで腰を抜かすハーレイを見てみたい」
悪戯心と遊び心に燃えるソルジャーを止められる人は誰もいません。数分後には会長さんがフェイクタトゥーのキットを扱う店に瞬間移動で行かされることになったのでした。

「ただいま、ブルー。…買ってきたよ、注文のヤツ」
ソルジャーが欲しがった模様は蝶と薔薇。どちらもステンシルのシートになっていて、薔薇は真っ赤な花に葉っぱが一枚と短い茎。蝶は一枚に一匹ずつです。…そう、ソルジャーは複数を注文したのでした。会長さんからシートと染料、筆が入った袋を受け取ったソルジャーは中身を確かめて…。
「確かに誰でもできそうだけど、自分の背中に描くのは難しそうだね」
「普通ならね」
描いてくれ、と言われてはたまらないと思ったのでしょう。会長さんは素っ気なく答えました。
「サイオンを使えばいいじゃないか。背後に意識を集中するのは面倒だって言うんだったら、合わせ鏡で楽勝だ」
「ぼくはとことん不器用なんだよ。君に描いてもらうつもりで沢山注文したのにさ」
「だったら背中にこだわならくても! 足とかに描くって手もあるし」
「嫌だ。背中っていうのがポイントなんだよ。ハーレイの意識をなんとか背中に…って、そうか!」
その手があった、と言い終わらない内に青いサイオンがリビングに走って…。
「「「!!!」」」
教頭先生が呆然とした顔で立っています。ソルジャーったら、また教頭先生を呼び出しましたか…。
「こんにちは、ハーレイ。昨日は色々とありがとう」
ニコニコ顔のソルジャーに、教頭先生は明らかに警戒した顔で。
「あなたがお呼びになったのですか。…ご用件は?」
「お願いしたいことがあってね。フェイクタトゥーって知ってるかい?」
「聞いたことならありますが…」
「それをね、君に頼みたかったんだ。プロ顔負けのエステティシャンだし、身体のことならプロ級だろ?」
ここにキットが、と差し出された袋を手にした教頭先生は説明書を読んで頷きました。
「描きたい部分にシートを貼って、筆で染料を塗るだけ…ですね。しかし誰でも出来そうですが、何故私に?」
「君が一番適役なんだよ。とにかくやって貰おうかな」
ソルジャーは床にクッションを並べ、セーターとシャツを脱いで上半身はすっかり裸に。教頭先生の頬が微かに染まるのを無視して、うつぶせになって寝そべると…。
「描いて欲しいのは背中なんだ。でも具体的な場所は決めてない。マッサージの要領でこう…手を滑らせてくれないかな?」
「はあ…。こう…ですか?」
「そう、そんな感じ。…ぼくが「そこだ」って言ったら、そこにタトゥーをお願いするよ」
「分かりました」
エステティシャン魂に目覚めた教頭先生は真剣な表情でソルジャーの背をマッサージして、指示された場所にステンシルのシートを貼っては蝶や薔薇の花を描いていきます。うわぁ…本物の刺青みたい…。でも、どうして教頭先生が呼ばれたのでしょう? 手先の器用さなら「そるじゃぁ・ぶるぅ」だって負けてはいない筈なのに…。
「それがラストの一枚か。どこにしようかな…」
もう少しマッサージを念入りに、と注文をつけたソルジャーはうっとりと目を閉じ、気持ちよさそうにしていましたが…不意にピクンと背を震わせて。
「あ、そこ! そこにしておいて」
「ここですか?」
「うん。…そこが一番いいみたいだ」
「は?」
怪訝そうな教頭先生に「なんでもないよ」と返すソルジャー。教頭先生は言われた場所に丁寧に真っ赤な薔薇の花を描き、フェイクタトゥーが完成しました。

ソルジャーの背中のあちこちに咲いた真紅の薔薇と、気紛れに飛び交う鮮やかな蝶。合わせ鏡で眺めたソルジャーは満足そうな笑みを浮かべてセーターを着ると、教頭先生に向き直ります。
「ありがとう、ハーレイ。君のお蔭で綺麗に出来た。…そう、君でなくっちゃ駄目だったんだ。ぼくのハーレイとそっくり同じな手指でやってもらわないと…ね」
「「「え?」」」
会長さんも私たちも…教頭先生も意味が分かりませんでした。ソルジャーはクスッと小さく笑って。
「ぼくのハーレイはヘタレだって言っているだろう? マンネリコースが精一杯で、背中までは滅多に愛してもらえない。だから目印。…フェイクタトゥーを入れてある場所は、ぼくが感じる所なんだよ」
「「「!!!」」」
ウッと短い呻き声を上げて教頭先生が鼻を押さえます。けれどソルジャーは平然として。
「ぼくが感じる場所は何処なのか、感じやすい部分はどこか。それを確かめるには君の手で探るのが一番だろう? いつも触れてくる手と同じだから。他の誰かじゃ駄目なんだよね。…そう、君の手は最高だった」
マッサージだけでゾクゾクしたよ、と唇を舐めてみせるソルジャー。
「そうだ、お礼をしなくっちゃ。ぼくだけ気持ちよくなるっていうのはずるいもんね。…脱いで、ハーレイ」
「い、いえ…。け、けっこうです…!」
アタフタとする教頭先生の胸にソルジャーが身体を擦り寄せます。
「遠慮するのはよくないよ。ぼくは舐めるの得意なんだ。…ぼくのハーレイなんか胸の辺りまで舐められただけでイッちゃったこともあるんだけれど、体験したいと思わないかい?」
「…そ、それは…」
チラ、と会長さんを見る教頭先生。会長さんは柳眉を吊り上げ、不快感を露わにしていました。教頭先生がウッカリ頷いたりしたら、血の雨が降るかもしれません。もちろんソルジャーもそれは承知で…。
「なるほど、君のブルーが怒るってわけか。もったいないね、チャンスなのにさ。…ぼくだって君にお礼をしたいし、他に何か…。あ、そうだ!」
ソルジャーはフェイクタトゥーに使った染料の瓶を手に取り、軽く揺すって。
「まだ染料が残ってる。これで印をつけてあげるよ、ぼくのハーレイが感じてくれるのと同じ所に。それをどうするかは君次第かな。ブルーに舐めてもらうのも良し、自分で触ってドキドキも良し。…ふふ、脱がないんなら脱がせちゃおう。ぶるぅ!」
「かみお~ん♪」
青いサイオンを迸らせたのは「ぶるぅ」でした。教頭先生の上半身から服がすっかり消え失せています。脱がされた服は絨毯の上。我に返った教頭先生が大きな身体を縮める前に、ソルジャーが懐に入り込んで…。
「まず、鎖骨。…確かこの辺」
「ひっ!」
情けない悲鳴を上げた教頭先生の肌に赤い印がつきました。ソルジャーが手にした筆に染料を含ませ、先端で軽く触れたのです。
「筆で触れても感じるんだ? それともぼくを意識しちゃった? 次は…」
チョンチョンと筆が触れていく内に教頭先生の顔は真っ赤に染まり、鼻からツーッと赤い血が流れて……ドッターン! と激しい震動が床に。
「あ、倒れた」
事も無げに言うソルジャーの足許で教頭先生は見事に失神しています。
「うーん、やっぱり胸まで保たなかったか…。まあいいや。ハーレイが感じる場所はね、ここと、ここと…」
ソルジャーは教頭先生の裸の上半身に印を付け終え、背中の方をどうするか少し悩んでいましたが…。
「どうせ自分では見えないんだから無駄だよね。ブルーは舐めてあげないだろうし」
「当然だろう!」
「じゃ、一人で盛り上がって貰おうか。…消えかかってくる頃にキスマークみたいに見えたら極楽だよ。気持ちだけで昇天できるさ、なんといってもハーレイだもの。ぼくのハーレイもね、身体より先に気持ちがイッちゃったことがあったんだ」
自信満々のソルジャーは教頭先生を服ごと家に送り返して、それからソルジャーの衣装を着けて。
「ありがとう、素敵なクリスマスだった。今夜はフェイクタトゥーで楽しむよ。本物の刺青だって騙して驚かせてから、ゆっくりじっくり愛してもらって…。ぶるぅ、お前は土鍋だからね。ほら、帰る前にみんなに御礼は?」
アヒルちゃんマントの「ぶるぅ」がピョコンと頭を下げます。
「プレゼントいっぱい、ありがとう! また来るね」
「それじゃ帰るよ。ブルー、気が向いたらハーレイにつけた印で遊んであげて」
会長さんが「お断りだ!」と絶叫する前に二人は姿を消しました。お騒がせな二日間でしたけれども、とっても充実していたような…。「そるじゃぁ・ぶるぅ」がオカリナで『かみほー♪』を奏で始めます。一年前の私たちはシャングリラ号の存在すらも知らなかったのに、今はソルジャーや「ぶるぅ」まで。万年十八歳未満お断りでも、人生バラ色ってヤツですよね…?

 

 

 

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