シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
それから間もなくキース君の道場入りの日がやって来ました。朝早くに璃慕恩院へ出発だったので私たちは見送りに行っていません。でも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はまだ暗い内に元老寺に行き、キース君が出発するのを見届けてきたそうで…。放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋はキース君の話題で持ちきりでした。
「サイオニック・ドリームは完璧だったよ。何処から見ても立派な坊主頭さ」
会長さんが褒めています。
「道場は三週間もあるからねえ…。その間には髪も伸びるし、頭を剃る日も決まっている。でもキースは上手くやると思うよ、なにしろ人生が懸かってるから」
「キース先輩、とうとう本物のお坊さんになるわけですか…」
シロエ君が感慨深げに。
「お寺だけは絶対継がないって言っていたのに、こうですもんねえ…。もしも会長に出会わなかったら、先輩、どうなっていたんでしょう? 今頃は法律家目指して猛勉強でもしてたでしょうか?」
「いや。…ぼくはキースの背中を押したに過ぎないよ。キースは責任感が強いだろう? 元老寺と檀家さんを見捨てるなんて出来っこないさ。別の道に進んでいても方向転換してたと思う。どう転んでも坊主だよ」
それがお似合い、と会長さんは微笑んでいます。
「さてと、キースは今日から修行三昧! 一に勤行、二に勤行、三に講義の日々なわけ。サムとジョミーが行った修行体験ツアーと同じ建物での寝起きになるけど、条件は遙かに厳しいよ。この寒いのに暖房は無いし、外部との接触は一切禁止。テレビも新聞もダメなんだ。帰って来る頃には浦島だね」
「「「………」」」
会長さんの説明に私たちは声を失いました。どんな重大ニュースがあっても道場には決して伝わらないとか。もちろん携帯電話もネットも禁止。それでも私たちには思念波という連絡手段がありますけれど、キース君は思念波を拒否したそうで…。
「修行に専念したいんだってさ。ぼくの時はぶるぅが寂しがるから少しは使っていたんだけどね…。そういうわけでキースとは三週間の間、お別れだ。カタブツのことは忘れて楽しくいこうよ。まずは期末試験の打ち上げからかな?」
会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が差し出すグルメマップを手に取り、「何処へ行きたい?」と尋ねてきます。キース君がいない間に期末試験があるのでした。特別生は出席義務が無く、成績も一切問われないので、キース君が追試を受けたりすることはありません。ついでに打ち上げパーティーは試験を受けた者の特権です。
「えっと…。何にしようかな?」
ジョミー君が呟くと、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が最近行ったお店の話を次々と…。何処も美味しそうで目移りしますが、冬はやっぱりお鍋でしょうか? 寒い道場で修行しているキース君には悪いですけど…。
「ふうん? キースに遠慮しないって意味ではフォンデュなんかもオススメかもね」
これ、と会長さんが指差したのはチーズフォンデュのお店でした。
「修行僧にはチーズなんかはもっての他! 匂いがキツイし、精進料理にチーズは無いし…。なによりカロリーの高さが魅力だ。キースは三食、粗食なんだし」
「かみお~ん♪ 此処のお店は美味しいよ! フォンデュの他にもメニューが色々揃ってるしね」
みんなで食べに行きたいなぁ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」も乗り気です。お値段がちょっと張りますけども、打ち上げパーティーの費用は会長さんが教頭先生から毟り取るのが定番で…。よーし、期末試験の最終日にはチーズフォンデュを食べに行こうっと!
キース君不在の期末試験は1年A組の教室に会長さんを迎えて何事もなく終了しました。五日間の試験期間中、会長さんはクラスメイトの試験をサポート。全員満点間違いなしとあって、誰もが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に大感謝です。会長さんの能力は今も秘密になってますから、満点は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の不思議パワーのお蔭と言われているのでした。
「会長、ありがとうございました!」
「そるじゃぁ・ぶるぅに宜しく伝えて下さいね!」
御礼です、とお菓子を渡す女子なんかもいて、会長さんは大人気。みんなでワイワイ騒いでいると教室の扉がガラリと開いて…。
「諸君、静粛に!」
カツカツと靴音も高くグレイブ先生が入って来ました。
「試験が終わって羽根を伸ばしたい気分は分かるが、ほどほどにな。…今日は放課後のパトロール隊も出るのだぞ。調子に乗りすぎて生徒手帳を没収されないよう、気をつけたまえ」
グレイブ先生はツイと眼鏡を押し上げて。
「二学期はまだ終わっていない。終業式の前日までは授業が続く。授業内容は三学期の試験で問われるのだから、祭り気分は早めに抜いておくのだな」
「「「……はーい……」」」
シャングリラ学園では期末試験が終わった後も数日間の授業がありました。でもそんなことは特別生には関係なし! 終礼が済むと会長さんを先頭に教頭室まで押し掛けて行き、お馴染みになった熨斗袋を受け取って…。
「ありがとう、ハーレイ。いつも悪いね」
会長さんの言葉に、教頭先生が穏やかな笑みで。
「それだけあれば足りるだろう? 足りなかったら私の名前でツケにしておけばいいからな。…ところでキースは元気なのか?」
「さあ? 思念波も拒否すると言っていたから放置してある。昨日は雪が積もったからねえ、霜焼けが出来ていたりするかも…。ぼくたちは今日はチーズフォンデュで温まるんだ」
じゃあね、と手を振る会長さん。以前は打ち上げパーティーの費用を毟り取るのにひと騒ぎあったものですけれど、最近は至極平和です。どういう心境の変化でしょうか?
「えっ、特にこれといって理由はないけど…」
打ち上げパーティーのお店に行ってからジョミー君に尋ねられた会長さんはブロッコリーをフォークに刺しながら。
「あえて言うなら、刺激は充分に足りてるから…って所かな。ほら、ブルーが来たりするだろう? ハーレイを巻き込むことも多いもんねえ…。あのドタバタを上回る悪戯は簡単には思い付かないよ。パーティーの費用を毟り取れればそれで満足」
なるほど。確かにソルジャーが出入りするようになってから、教頭先生は受難続きです。先日だってキャプテンが弟子入りしてきて大変でしたし、「ぶるぅ」のママを決める騒ぎに巻き込まれたりもしましたし…。どれも会長さん単独では成し遂げられない悪戯だけに、満足感も大きいのかもしれません。とは言うものの…。
「あ、これも追加にしようかな? 予算オーバーだけど構わないよね」
会長さんはワインリストを手にしていました。目をつけたのは一番高いワインです。私たちはチーズフォンデュの特上コースを注文した上、男の子たちが骨付きステーキとかまで食べているのに、この上、ワイン。悪戯しなくても会長さんは教頭先生の財布に大ダメージを食らわせずにはいられませんか、そうですか…。
「キースは今頃、布団の中かな」
食べて騒いで盛り上がった後、会長さんが腕の時計を眺めています。時間は九時半を回った所でした。道場では五時半起床で九時半就寝。キース君は外界との境は障子一枚という寒いお堂でガタガタ震えているのかも…。
「多分ね。さっきから雪になってるようだし、明日もたっぷり積もりそうだ」
サイオンで外を探っていたらしい会長さん。
「せっかくフォンデュで温まったのに、身体が冷えては元も子もない。タクシーを呼んで貰おうよ。大丈夫、現金は残しておいて足りない分はツケにするから」
うひゃあ、タクシー代まで教頭先生の負担ですか! それでも教頭先生は会長さんにベタ惚れですから、「仕方ないな」と苦笑しながら喜んで払ってしまうんでしょうねえ…。
道場で寒さと戦うキース君の努力を嘲笑うように雪の舞う日が続きました。この分ではホワイト・クリスマスかもしれません。キース君の様子も分からないまま、今日はいよいよ終業式です。講堂で校長先生の長い挨拶を聞き、教頭先生から冬休みの生活の注意があって…。
「クリスマスに正月と楽しい行事が目白押しだが、シャングリラ学園の生徒として節度ある生活をするように。校則もきちんと順守すること。私からの注意は以上だ。…ブラウ先生、続きをよろしく」
「あいよ」
代わってマイクの前に進み出たのはブラウ先生。
「さて。1年生は知らない子たちも多いだろうけど、シャングリラ学園には数年前から恒例の行事があるんだよ。名付けて『先生からのお歳暮』だ」
ワッと歓声が上がりました。初めてお歳暮が出たのは私たちが普通の1年生だった年のこと。その時は「先生が一日みっちり勉強をみてくれる」のが売りの『お手伝い券』というものでしたが、会長さんが逆手に取って教頭先生を「お手伝いさん扱い」にしてしまい…。その結果、お歳暮は翌年から生徒が喜ぶ内容のものに変わったのです。
「今年のお歳暮は貰って嬉しい『お願いチケット』ということになった。大晦日とクリスマス、三が日を除く冬休み期間中に使用可能だ」
「「「お願いチケット…?」」」
「その名の通りさ。貰った生徒は好きな先生を指名して午前十時から午後三時まで、何でもお願いを聞いて貰える。勉強を教えて貰うのも良し、大掃除を手伝って貰うのも良し。…チケット1枚で一名から十名まで利用できるよ。ただし! チケットは男女別に各1枚だけだ」
「「「えぇっ!?」」」
「ええっ、じゃないっ! このチケットは特別なんだ。一名でも利用できると言っただろう? 憧れの先生とデートするのに使ってもいい」
「「「!!!」」」
この一言の効果は絶大でした。ブーイングは瞬時に収まり、みんなの瞳が輝いています。女子に人気のシド先生や、男子に人気のミシェル先生、まりぃ先生。そんな名前が囁き交わされ、ブラウ先生は「正直だねぇ」と呆れた顔で。
「一応、注意しておこう。一名での利用で相手の先生が異性の場合は、支障の出ない範囲で監視要員がつくからね。だけど、それでも充分だろ?」
「「「充分でーす!!!」」」
全校生徒が元気よく答え、私たち七人グループの視線は会長さんの方へ。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」は朝から1年A組に来ていたのです。もちろんお歳暮目当てだったに決まってますよね、この展開じゃあ…。
『まあね。だけど独占する気は無いよ。ぶるぅを使えば女子のチケットも手に入るけど、どうせグループ利用だしねえ? 女子のチケットは女子に譲るさ』
どんなお歳暮か分からないから二人で来たのだ、と会長さん。すると今年も争奪戦にサイオンは関係ないのかな? サイオン使用禁止な場合は「そるじゃぁ・ぶるぅ」はお留守番になる筈ですし…。
『それも知らない。あ、争奪方法の発表かな?』
シド先生が長さ二十センチほどの棒を持ってきてブラウ先生に渡しました。ブラウ先生はそれを頭上に掲げてみせて。
「いいかい、今年はこの棒をゲットした生徒が勝者になる。争奪戦の会場はこの講堂だ。後ろを仕切って椅子を撤去し、真っ暗にしてから棒を投げ込む」
「「「???」」」
「準備があるから後ろ半分の生徒は前に出な。さあさあ、さっさと立った、立った!」
職員さんが講堂を仕切る作業を始め、椅子の撤去が始まります。前半分に全校生徒が集まった状態は窮屈でしたが、ブラウ先生は気にしていません。
「この程度で狭いなんて言っていたんじゃ、始める前から負け戦だよ? 後ろ半分のスペース全部を使おうってわけじゃないからね。もう半分に仕切るんだ。つまりスペースは講堂全体の四分の一さ」
げ。四分の一って、今いるスペースの半分ですか? そこに全校生徒を詰め込むですって…? ざわめいている会場に向かってブラウ先生は。
「落ち着きな! 真っ暗にすると言っただろう? そんな所へ男子と女子を一緒に詰めるような真似はしないよ。男子と女子は入れ替え制だ。そして、真っ暗な中で棒を探すのは嗅覚だけが頼りなのさ。これは見本だけど、本物の棒には思い切り香が焚きしめてある。匂いを頼りに探すんだね」
ゲットした生徒は講堂を出て、入口の横で待機している先生に棒を渡せばいいそうです。しかし…。
「棒は1本だけしか無い。ゲットした生徒の手から奪い取るのも争奪戦の醍醐味さ。無事に講堂の外に出るまで、棒が自分のものになる保証は無いんだ。見つける方も奪い取る方も頑張るんだね」
健闘を祈る、とブラウ先生がマイクから離れると同時に響いてきたのはサイオンを持つ仲間だけに聞こえるブラウ先生の思念。
『特別生のみんなに注意しとこう。争奪戦でサイオンを使うと反則だよ? 棒にはサイオンの検知装置を仕込んでおいた。誰のサイオンが関与したかも瞬時に分かる。反則技でゲットしたってバレるんだから、正々堂々と勝ち抜きな!』
あちゃ~…。これはマズイです。会長さんなら真っ暗な中でも楽勝だろうと思ってたのに…。案の定、会長さんは「やられた…」と額を押さえていました。
『仕方ない。幸か不幸か女子の部が先になるようだから、ぶるぅに様子を探らせてみよう。どんな感じか見極めてから作戦を練るさ』
会長さんの思念の通り、争奪戦は女子が先だとブラウ先生からの発表が…。困惑しているスウェナちゃんと私に、会長さんは。
「大丈夫だよ、棒をゲットしてこいとは言わないからさ。ぶるぅ、二人をガードしてあげて。押し潰されたりしないようにね」
「かみお~ん♪ 任せといて!」
そっちにはサイオンを使えるよね、と思念で確認している「そるじゃぁ・ぶるぅ」。棒にサイオンを向けることがなければいいのですから、シールドは多分大丈夫でしょう。でも…押し潰されるって、そんなにハードな争奪戦に…? 女子の団体だけに平気じゃないかと思いますけど、どうなのかな…?
女子の部を控え、スウェナちゃんと一緒に「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて移動した争奪戦の専用スペースは思った以上に狭い空間でした。講堂の後ろ半分の、そのまた半分。女子全員がそこに入るとギュウギュウ詰めに近いものがあります。そんな中で交わされている会話は…。
「やっぱりシド先生を一人占めがいいなぁ…」
「何言ってるのよ、協力しなくちゃ無理だって! それにさ、一対一のデートでなければ監視の先生、来ないんでしょ? そっちの方が絶対お得!」
「そっかぁ、その方が気楽かなぁ?」
「決まってるじゃないの! ここは組むのよ、団結力で勝ち抜くのよ!」
そう来ましたか! あちこちで即席のグループが幾つも組まれているようです。スウェナちゃんが私の方を見て。
「どうするの? 会長さんは様子を見るだけでいいって言っていたけど、一か八かやってみる?」
「うーん…。やってみないと分からないしね? 頑張ってみよう!」
二人で頷き合った所で会場の灯りが消されました。うわっ、真っ暗闇ですよ! 自分の手も見えていないんですけど、出口は何処? あ、非常灯が見えています。棒をゲットしたらあそこに走ればいいんですね…って、真っ暗な中を? 他の生徒も「暗い」「見えない」と騒いでいる中、突然に。
「いくよ!」
ブラウ先生の声が聞こえて天井に近い窓が一瞬だけ開き、何かが落ちてくる気配。そして強烈なお香の匂いが…。キャーッと黄色い悲鳴が上がって、誰かが棒を手にしたようです。途端に周囲の空気がザワッと動いて。
「あっち、あっちよ!」
「向こうよね!?」
最初に声が聞こえた方へと人が殺到し始めました。スウェナちゃんも私も巻き込まれるように押されています。大変、小さな「そるじゃぁ・ぶるぅ」は踏み潰されていないでしょうか?
『大丈夫だよ、ちゃんとシールド張ってるから! みゆとスウェナもシールド要る?』
え、えっと。どうしようかな、と思うよりも先に圧迫感が消え失せて。
『危なそうだし、張っちゃった。ブルーがそうしてあげなさいって。だって…』
凄いことになってるみたい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が思念で送ってくれたのは暗闇の中で争奪戦を繰り広げている女子生徒たちの映像でした。棒の奪い合いをしているようですが、棒を持っているのは一人しかいない筈なのに……なんで数ヶ所で激しい争奪戦が?
『移り香ってヤツの仕業だね』
会長さんの思念が流れてきました。
『相当に強烈な香を焚きしめたらしい。一度でも手にしたら最後、匂いが取れないみたいだよ。匂いだけを頼りに探しているから、一度掴んだら目標にされて人が殺到するってわけ。災難だよね』
君たちはやめておきたまえ、と会長さんはスウェナちゃんと私に退避命令を出し、壁際の安全地帯に避難させると。
『ぶるぅに付き添いをさせて良かった。でないと確実に潰されていたよ、棒を取りに行こうと思ってただろう? 棒は男子の部でぼくが頂く。…大体の作戦は立てられたしね。身体を張っての偵察、お疲れ様』
後は任せて、と会長さんは言ってますけど、サイオン禁止なのに果たして勝ち目はあるのでしょうか? あっ、非常口の扉が開きました。女子生徒が一人走り出てゆき、会場に満ちる大きな溜息。歓声を上げる一部の生徒は勝者の生徒と同じグループなのでしょう。『お願いチケット』、どの先生に使うのかな? アルトちゃんでもrちゃんでもなかったですから、教頭先生ではないのでしょうねえ…。
会場から出た女子生徒たちは髪はクシャクシャ、制服も皺くちゃ。けっこう悲惨な姿ですけど、そこで出たのはシャングリラ学園ならではの救済策。ブラウ先生がマイクを握って…。
「ありゃりゃ、やっぱりズタボロだねえ…。ちょうどいいや、ぶるぅが来てるし頼んであげよう。ぶるぅ、直してあげられるね?」
「かみお~ん♪」
パアァッと青い光が走って、女子の制服の皺はたちまち綺麗になりました。スウェナちゃんと私の分も。髪の毛の方は自分で直すしかないようですけど、それくらいは体育の時にもやっていますし…。さて、この後は男子の部。会場の空気を入れ替える間の待ち時間に会長さんたちの所へ行くと、作戦会議の真っ最中です。
「とにかく棒を掴むしかない。そこが肝心」
会長さんは真剣な顔で車座になったジョミー君たちに。
「さっきの女子の部をぶるぅの中継で見ただろう? 頭の中に流したとはいえ、映像は鮮明だったと思うよ。一度でも棒を掴むと匂いが移ってしまうから……その移り香を囮に仕立てる」
「「「え?」」」
「とにかく一度は掴むんだ。それから四方に散ればいい。本物が何処にあるのか悟られないようにして、本物を持った一人を逃がす。適任なのは…」
ジョミーかな、と会長さんは思念で呟き、ジョミー君の驚きの声をサイオンで見事に隠蔽すると。
『いいね、棒を握った状態じゃ思念波は一切使えない。棒を掴めた人は声で味方を探すこと! 応援頼む、と叫ぶんだ。ジョミーはその声を頼りに棒を貰って逃げるんだよ。でも、棒を受け取りに来たのがジョミーかどうかが真っ暗な中では分からないしね…。ジョミー、棒を貰う時は「キースの分も頑張ろう!」と叫びたまえ』
そう叫んだら一直線に扉へ走れ、と会長さんは命じました。それ以外の人は囮になるために「応援頼む」と叫んでいる人に近付き、棒を握って香りを移して好きな方向に逃げるのだそうです。言い出しっぺの会長さんもそれは同じで…。
『本当はぼくが華麗に駆け抜けたいけど、万一のことを考えると足の速さでジョミーなんだよね。大丈夫だとは思うけどさ、もしもジョミーが棒を誰かに奪われた時は「かみお~ん♪」と叫んでくれるかな?』
それを合図に作戦を最初から仕切り直し、と会長さん。うーん、「かみお~ん♪」と来ましたか! その合図なら間違えようもありませんけど、叫ばされる立場のジョミー君にしてみれば恥ずかしいのでは…。
『やだよ、そんなの叫びたくないよ! 意地でも逃げ切る!』
ああ、やっぱり。ジョミー君の闘志に火が点きました。この勢いならいけそうです。やがて男子が会場の中へ誘導されて、スウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな手を片方ずつ握って中継待ち。一般生徒が大勢いますから、中継画面は出せません。意識に直接、映像を流してくれるのだとか。ドキドキしているとブラウ先生が。
「いくよ!」
棒が真っ暗な会場に投げられ、争奪戦が始まりました。会長さんやジョミー君たちは一ヶ所に固まらずに散っていたので、棒が投げ込まれた場所に近かったサム君が群がる男子生徒を押し退け、かき分け、見事にゲット。
「応援頼む!」
サム君の声で集まった会長さんたちの中からジョミー君の「キースの分も頑張ろう!」の声が響いて、その頃には囮になった会長さんやマツカ君たちが他の場所で揉みくちゃにされていて…。ジョミー君は棒を掴んで懸命に走り出しました。サム君が反対の方向へと逃げ、みんなの注意を引きつけています。仕切り直しにならないように、と懸命に祈るスウェナちゃんと私と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「もらったー!」
バァン! と非常口の扉を押し開け、ジョミー君が飛び出してゆき、『お願いチケット』をゲットする権利は私たちのものになりました。それから「そるじゃぁ・ぶるぅ」がヨレヨレになった男子生徒の制服をサイオンで元通りの状態に直して…。
「おめでとう、諸君」
教頭先生が『お願いチケット』を五人組の女子生徒の代表一人と、ジョミー君とに手渡します。
「有効期限は冬休み中だ。頑張って入手したチケットなのだし、よく考えて使いなさい。…それでは、みんなも良い冬休みを過ごすように」
これで二学期はおしまいでした。教室に戻って終礼をして、後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へと…。チケットはジョミー君がしっかり握っています。
「えっと…。これってブルーが使うんだよね?」
テーブルの上にチケットを置くジョミー君。
「チケットを貰う時に全員の名前を書いてきたけど、ホントはブルーが使うものでしょ? どう使う気かは知らないけどさ」
「分かってるじゃないか、ジョミー」
ニッコリ笑う会長さん。
「使う相手もとっくに分かっているんだろう? でもね、チケットはまだ使えない。キースの分も頑張ろう、って叫ばせたのは合図じゃなくて本心なんだよ。キースがいたら全力で戦ってくれたと思う。…そのキースがお歳暮ゲットも何も知らずに修行中なのに使えるとでも?」
使えないよ、と会長さんは繰り返しました。
「チケットは大事に残しておこう。それよりもキースを気にかけてあげなくちゃね。クリスマスの日には道場が終わる。…チケットを使うのはそれからだよ。このお香だってお寺と無縁じゃないわけだしさ」
まだ部屋の中に漂っている棒の残り香は、会長さんの解説によると龍脳香という香にズコウ…『塗香』と書くお寺で使うお香をブレンドしたものらしいです。そういえば校外学習で行った恵須出井寺で写経をする前に、お清めのために手に摺り込んだ粉のお香と何処か香りが似ているような…?
「さっきの棒の争奪戦はね、とあるお寺でやってる行事にヒントを得ていたみたいだよ。もっとも本物は男子限定、冬の最中に褌一丁でやるから裸祭りと呼ばれてるけど」
男子の部が褌でなくて良かったよね、と会長さんは伸びをしています。もしも褌だと言われていたら会長さんは逃げたのでしょうか? 絶対そうに決まっている、と私たちは肘でつつき合い。その場合はジョミー君たちが頑張らされて、会長さんにチケットを巻き上げられて…。ともあれ、今年もお歳暮ゲットです。使い道に不安が残りますけど、貰い損ねるよりマシですよね…?