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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

足りない面子・第3話

先生からのお歳暮の『お願いチケット』をゲットして迎えた冬休み。けれどキース君はまだ道場から帰っては来ず、私たちは会長さんの家に招かれました。クリスマス・パーティーの前倒しというわけでもないだろうに、と出掛けてゆくと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔で。
「かみお~ん♪ ちょっと早いけど、お昼御飯が出来てるよ! 熱い内に食べてね」
ダイニングのテーブルに並んでいたのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」お得意のハヤシオムライス。トロトロの半熟卵がたまりません。みんなで早速パクついていると、会長さんが。
「美味しいよねえ、炊きたて御飯ってさ。…キースは毎日、御飯の温かさに感謝する日々」
「「「は?」」」
「道場には暖房が一切無いって言ってるだろう? 貼るカイロだって使えない。今年は何度も雪が降ってるし、璃慕恩院の寒さは半端じゃないよ。そんな中での修行道場で温かいものは食事だけ! だけど精進料理のおかずは冷めてる。お味噌汁だって冷めやすいしね…。御飯の温かさが身にしみるのさ」
それは厳しい、と私たちは自分のお皿を眺めました。ハヤシオムライスは焼き立ての卵にふんわり包まれ、中の御飯も熱々です。部屋には暖房が効いていますし、おしゃべりしながら食べていたって簡単に冷めはしませんけれど……もしも暖房が無かったら? 出来たてのヤツじゃなかったら…?
「キースってさあ…」
ジョミー君がスプーンでソースと半熟卵を混ぜながら。
「精進料理しか食べていないんだよね? もしかしなくても痩せてたりする? 冷めたおかずじゃ食事もイマイチ進まないよね」
「……ジョミー……」
会長さんが呆れたように。
「道場の食事にお代わりがあると思うのかい? 今の言い方だとそう聞こえるけど?」
「えっ、無いの!? ぼくとサムとが行ったヤツだとお代わりするのは自由だったよ、薄味で美味しくなかったけどさ。…そうだよね、サム?」
「うん。飯でも何でも好きに食わせて貰えたよな」
お腹が空くし、とサム君が応じましたが、会長さんは。
「それは修行体験ツアーだからだよ。高校生までの子供向けだし、育ち盛りに食事の量を制限するのは可哀想だろ? だけどキースの道場は違う。食事も修行の内なんだ。お代わり出来るのは御飯だけさ。自分を律することを覚えないとね」
「「「………」」」
「だから道場は当たり外れが大きいんだよ。食事内容は寒い年でも暖かい年でも変わらない。つまりカロリーを多めに摂るには御飯しか無いってわけなんだけど、今年みたいな寒波ではねえ…。エネルギーの消費量がグンと上がると思わないかい? おかずの量が増えない以上、御飯を詰め込むにも限度があるし」
えっと。それってキース君が激ヤセしてるって意味なんでしょうか? いくら柔道で鍛えていたって、食事の量が足りないのならマズイかも…? 私たちが顔を見合わせていると、会長さんがクッと笑って。
「体重はそんなに減らないんだよ、必要最低限の栄養は取れるようになっているからね。…ただ、カロリー不足は血行不良を招くんだ。手足の末端にモロに出る。つまり霜焼け。キースも苦労しているようだよ」
あちゃ~。キース君、霜焼けになりましたか! ん? 会長さんが知ってるってことは、道場を覗き見してるとか? それとも璃慕恩院の老師とのコネで情報が逐一入ってくるとか…? 会長さんは悪戯っ子の笑みを浮かべて。
「覗き見してるに決まってるだろう? キースは思念波も拒否してるけど、ぼくには関係ないことだしね。…それでさ、今度の日曜日がクリスマス! 道場が終わる日なんだよ。みんなで璃慕恩院まで出迎えに行ってあげたいな。そしたら元老寺での祝賀会にも混ぜて貰える」
「「「祝賀会?」」」
「そう。アドス和尚が色々と計画してるってキースが言っていたじゃないか。…お迎えに出掛ける交渉をしに、食事が終わったら元老寺! きっと喜んで貰えるさ」
「「「えぇっ!?」」」
私たちの悲鳴は綺麗にスルーされました。クリスマス・パーティーと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお誕生日パーティーの仕切り直しを相談するのだと信じていたのに、元老寺? クリスマスにはキース君を迎えに璃慕恩院まで出掛けるだなんて、絶対何かが間違っていると思うんですけど~!

元老寺はアルテメシア郊外の山麓にあるお寺でした。そこから更に山奥へ行くと璃慕恩院に辿り着きます。この好立地のお蔭で元老寺の除夜の鐘撞きは人気らしいのですが、まだ大晦日ではありません。それに今はキース君も留守で、なんだか敷居が高いような…。けれど会長さんは遠慮などとは無関係。
「敷居が高い? ぼくを誰だと思っているのさ」
分乗してきたタクシーから元老寺の山門前に降り立った会長さんは石段をスタスタ上ってゆきます。早くおいで、と手招きされては逆らえる筈もないわけで…。一直線に庫裏に向かった会長さんはインターフォンを押しました。間もなくドスドスと足音が聞こえ、庫裏の扉がガラリと開いて…。
「これはこれは…。ようこそお越し下さいました」
墨染めの衣のアドス和尚が会長さんに深々と頭を下げます。
「昨夜お電話を頂戴しまして、イライザとお待ちしておったのですが…。もしや倅が御迷惑でも?」
「まさか。キースはよくやってるよ、霜焼けに悩まされてるみたいだけれど。…今日はそのことで相談に」
「は? 霜焼けが酷いのですか?」
「いくらぼくでも霜焼けまではフォローしないよ。…それより此処も寒いんだけど」
さっきから雪がチラチラ舞っています。アドス和尚は「失礼しました」と謝りながら私たちを奥へ案内しました。広いお座敷は暖房が心地よく、イライザさんが熱いお茶とお菓子を運んできます。会長さんは畏まっているアドス和尚とイライザさんに。
「そんなに恐縮されてもねえ…。今日は銀青として来たわけじゃないし、もちろんソルジャーの方でもない。キースの友人として扱ってくれると嬉しいな。実はね、道場の終わる日に皆で迎えに行きたいんだよ」
「迎え…と仰いますと?」
キョトンとしているアドス和尚に、会長さんは可笑しそうに。
「決まってるじゃないか、文字通りさ。元老寺からは檀家さんも迎えに出るんだろう? それとは別にシャングリラ学園の生徒会長として迎えてやりたい。一応、長老たちにも打診はしたよ。学校行事とは関係ないけど名前を出しても構わないか、って」
「名前…ですか?」
「そう。せっかくだから幟を持って行きたいしね。…元老寺からの許可が下りたら作れるようにお願いしてある。それで、どうかな? ぼくたちも迎えに行ってもいいのかい? 祝賀会の手配は済んでるみたいだけれど」
「あ…! こ、これは大変な失礼を…」
アドス和尚の額に大量の汗が噴き出しました。
「ぎ、銀青様には倅がお世話になっているというのに、お招きするのを忘れるとは…。これ、イライザ! 大至急、追加の手配をするんじゃ! 皆さんでお迎えに行って下さるのじゃから、八人分でな」
「はい!」
慌てて立ち上がるイライザさんに、会長さんが。
「ちょっと待って。…ここの近くにケーキ屋さんはあるのかな?」
「ケーキ屋さん…ですか?」
「うん。その日はぶるぅの誕生日でね、パーティーをする予定だったんだ。だけどキースが出掛けてるから中止になった。…別の日に仕切り直しをするつもりだけど、小さな子供にお預けっていうのは酷じゃないか。ケーキだけでも用意したくて…。もちろんお金はぼくが払うよ」
「いえ、そんな…! お誕生日とは存じ上げなくて…。ケーキは用意させて頂きますわ。大きい方がよろしいですわね?」
特注します、とイライザさんはお座敷を出てゆきました。会長さんったら、祝賀会にこの人数を押し込んだ上にケーキまで…。どうせ最初から自分でお金を払うつもりはないのでしょうけど。
『決まってるじゃないか。特別扱いは大いに活用しないとね。…ぶるぅのバースデーケーキも確保できたし、目標達成!』
そんな思念を送って寄越した会長さんはアドス和尚と打ち合わせをして…。
「じゃあ、当日は璃慕恩院で合流って形でいいね。ぼくはもちろん衣で行くけど、サムとジョミーはどうしよう? 二人とも得度してるんだ。輪袈裟だけでも着けさせようか?」
「な、なんと…。お二人とも得度なさいましたか! では、いずれは倅を助けて頂けるので…?」
「それもいいかもしれないね。だったら輪袈裟は装備ってことで」
ジョミー君が抗議の声を上げかけましたが、会長さんはサクッと無視。クリスマスの日は璃慕恩院までキース君を迎えに行くことが決定しました。アドス和尚とイライザさんは緋の衣の会長さんが来てくれるとあって大感激です。今年のクリスマスは抹香臭くなりそうですけど、キース君にとってはお目出度い日ですし、仕方ないかな…。

キース君の祝賀会への出席権を勝ち取った会長さんは御機嫌でした。御自慢の緋の衣だって披露出来ますし、璃慕恩院でも目立てます。そんなことになっているとはキース君は夢にも思わないでしょうが、会長さん曰く、私たちの出迎え部隊は非常に値打ちがあるのだそうで…。
「考えてもごらんよ、緋の衣だよ? 高僧が出迎えに来ることは普通は無いんだ。孫が可愛いお爺さんが頑張る程度で、そういうケースは滅多に無い。おまけにぼくは見た目がコレ。この若さで緋の衣とくれば、お坊さんならピンと来るさ。あれが伝説の…って」
言われてみれば会長さんは存在自体が伝説です。年を取らない高僧として璃慕恩院では有名で…。特別生になってすぐに出掛けたキース君の大学でも噂を知っている学生さんがいましたし、本職のお坊さんなら尚更でしょう。その伝説の高僧がキース君の出迎え部隊。これは注目されそうですよ~!
「だろう?」
会長さんは得意そうです。私たちは元老寺から引き揚げ、会長さんの家のリビングでティータイム中。ケーキに焼き菓子、クッキーなどはイライザさんが持たせてくれたもので、「そるじゃぁ・ぶるぅ」のバースデーケーキを特注したケーキ屋さんが元老寺に届けにきたのでした。
「キースにとって道場が終わる日は晴れ舞台! 盛大に迎えてあげなくちゃ。間違っても坊主頭を笑ったりしちゃいけないよ。…元老寺の跡取りとして丁重にお迎えするのが筋さ。サムとジョミーは輪袈裟を忘れずに持ってくること!」
「…どうしても着けなきゃダメなわけ?」
ジョミー君は心底嫌そうですけど、会長さんは事も無げに。
「得度したんだから、それくらいは…ね。得度なんかしてない人でも、お寺の仕事を引き受けたりすると輪袈裟を着けるよ? そうそう、わざと忘れて来たって無駄だから! 瞬間移動で取り寄せるまでだ」
「…分かったよ…」
気の毒なジョミー君はクリスマスの日に輪袈裟姿を披露することになってしまいました。学園祭でやってた坊主カフェでのお坊さん姿に比べれば輪袈裟くらいは可愛いものだと思うのですけど、お寺の行事に巻き込まれるのは御免みたいです。けれど…。
「ジョミー、元老寺での祝賀会では君のお披露目もするからね。まだ見習いだけど将来的にはキースの力になるってことで」
「えぇっ!?」
「アドス和尚が期待していたのを忘れたのかい? キースを助けてくれるのか、って訊いてたじゃないか。君もサムもお寺の息子じゃないから、元老寺にコネをつけておくのも良さそうだ。うん、我ながら名案だよ」
これで二人の未来は安泰、と会長さん。
「普通の家に生まれた人がお坊さんになった時に何が困るって、就職先さ。もちろん普通の仕事ならある。会社員でも先生でもね。…だけどお寺の求人はとても少ない。見つかっても檀家さんもいない小さなお寺の住職だったり、苦労することが多いのさ。その点、元老寺となれば安心だ」
宿坊もやってるくらいの安定経営、と会長さんは微笑んで。
「それにキースもアドス和尚も年を取らない。…ジョミーもサムも同じだよね? 年を取らないお坊さんが四人もいるってことになったら評判も高くなると思うよ。新しい檀家さんだって増えそうじゃないか。元老寺は今より栄えるさ」
「ぼくはお坊さんになる気はないんだってば!」
ジョミー君が叫びましたが、会長さんはジロリと睨み付けて。
「その台詞、元老寺の檀家さんたちの前で言ったら許さないよ。キースのお祝いの席が白けるだろう? 大人しく黙って聞いていれば良し、そうでなければ…。ぼくがその気になったら君を本物のお寺に放り込むくらいは朝飯前だ。シャングリラ学園は休学だね」
住み込みの修行と伝宗伝戒道場を終えるまで戻って来るな、と言われてジョミー君は震え上がりました。会長さんに逆らったら最後、お坊さんコース一直線になるのですから。
「わ、分かったよ…。大人しくするよ」
「分かればいい。まあ、百年後くらいには立派なお坊さんになっててくれると嬉しいけども。…サムと一緒に修行するのが一番だろうと思うんだけどねえ…。どう思う、サム?」
「えっ? そりゃ俺だってジョミーが同期だと何かと心強いけど…。でもジョミーだしなぁ…」
そう簡単には修行を始めそうにない、とサム君は諦め口調です。そりゃそうでしょう、ジョミー君ときたら、強制的に得度させられてから未だに一度も会長さんの家での朝のお勤めに出ないのですから。そんなジョミー君まで輪袈裟を着けてのキース君のお出迎えとは、本当にハレの日なんですねえ…。

道場が終わる前日はクリスマス・イブ。会長さんの家ではフィシスさんを招いてのクリスマス・パーティーが開かれたものと思われます。招かれなかった私たちはファミレスで食事をしてからカラオケに繰り出し、楽しく騒いでいましたけれど。
『いい加減に家に帰らないと明日は早いよ?』
会長さんからの思念波が届き、カラオケは早々にお開きになってしまいました。道場での最後の儀式が始まるのは午前九時半。お迎え部隊はそれまでに璃慕恩院に着かないといけないのです。ですから会長さんのマンション前に朝の八時に集合で…。クリスマスのイルミネーションが輝く街に名残は尽きませんでしたけど、遅刻なんかをしようものなら大惨事。
「あーあ、明日になったらお坊さんだってバレるのかぁ…」
悲しげに呟くジョミー君に、シロエ君が。
「大丈夫ですよ、そのくらい! キース先輩だって逆らい続けて長かったですし、ジョミー先輩はお寺の跡取りじゃないわけですし…。お坊さんなんて名前だけだって開き直ればいいんですよ」
「そっか。キースでも反抗してたんだもんね、ぼくにも逆らう権利はあるよね!」
ジョミー君は勢いづきましたが、マツカ君が遠慮がちな声で。
「でも……明日は逆らわない方がいいですよ? 元老寺の檀家さんの前でそれを言ったら会長が…」
「そ、そうだっけ…。お寺に放り込むって言われたんだっけ…」
ヤバイ、と肩を竦めるジョミー君の背中をサム君がバン! と叩きました。
「いいじゃねえかよ、お寺でもさ。俺は全然気にしてないから、年明け早々に修行に出されてもかまわないぜ? 一緒に行ってやるよ」
「…ふうん? サムはブルーに会えなくなっても平気なんだ…」
ジョミー君の言葉にウッと詰まるサム君。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ! そ、そうだよな、修行に行ったらブルーとお別れなんだよな…。お、俺、まだそこまで決心できてないし! ジョミー、明日は余計なことを言うんじゃないぞ!」
分かったな、と念を押すサム君は、ジョミー君よりは仏道修行に熱心でしたが、どうやら下心の方が大きいようです。会長さんと公認カップルを名乗るようになって三年近く、デートの代わりに朝のお勤めに行くのですから健全なのか健気なのか…。サム君もジョミー君も住職の資格をゲットするまでの道は遠そうでした。でも…。
「キースのヤツ、ついに取っちまうんだなぁ…。住職の資格」
サム君が夜空から落ちてくる雪を感慨深げに見上げます。
「毎日九時半就寝だっけ? もう寝る準備をしてるよなぁ…。明日はお勤めと秘密の教えを伝授される儀式だけだってブルーが言ってたし、修行は全部済んだってことか。あいつ、すげえよ」
「…そうだね。自分で選んだ道だもんね…」
やり遂げたよね、とジョミー君。私たちは特別生を三年近くやってきたというだけですけど、同じ三年の間にキース君は大学に行って、明日には一人前のお坊さんになるのでした。そう考えると出迎えに行くのが当然だという気がしてくるから不思議です。クリスマス・イブもパーティーも無しで頑張っているキース君の道場、今夜は冷え込みが厳しくならないといいな…。

翌朝、アルテメシアの街は雪にすっぽり覆われました。璃慕恩院のある山の方角も真っ白です。そんな中、会長さんのマンションに行くと、駐車場で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が嬉しそうに跳ねていて…。
「かみお~ん♪ 見て、見て!」
サンタさんに貰ったんだ、と顔を輝かせる「そるじゃぁ・ぶるぅ」の胸元で揺れているのはアヒルちゃんのペンダント。小さな両手では包み込めないサイズですからペンダントにしては大きめかも? 朝日と雪の光を反射してキラキラ、ピカピカ光っています。
「これね、動くとピカピカ光るんだって! ほら、ピョーンって跳ねるとよく光るでしょ?」
あ、確かに。それでさっきから跳ねていたのか、と私たちは素直に納得です。元気一杯の子供にピッタリのプレゼントでした。それを用意したらしい会長さんは八時ちょうどに緋の衣を着て駐車場に姿を現し、隅の方で時間待ちをしていたタクシーが脇に停まります。
「やあ、おはよう。みんな時間どおりだね。サムとジョミーは輪袈裟は持ってる?」
「おう!」
「う、うん…」
「よろしい。それじゃタクシーに分かれて乗って。璃慕恩院は寒そうだよねえ。世間じゃホワイト・クリスマスだけど、キースの霜焼けには酷だったろうな」
会長さんはクスクスクス…と笑いながら貼るカイロを配ってくれました。璃慕恩院の辺りは昼間でも予想気温が2℃なのだそうです。タクシーに乗り込み、元老寺の近くを通って山に入ると雪は一層深くなって…。
「うわぁ~、寒っ!」
耳が千切れそう、とジョミー君が悲鳴を上げたのは璃慕恩院の山門前。会長さんが山門を見上げ、周囲の様子を見回しながら。
「この寒さだと境内で待つというのは厳しいかな? とりあえず最後の儀式に行くのを見送ってから、あっちの会館に避難しようか」
参拝者用の広い駐車場の隣に鉄筋の三階建ての建物が。宿坊だそうで、出迎え部隊も何組も泊まっているようです。アドス和尚や檀家の人たちは既に本堂前でキース君の登場を待っているとか。
「こっち、こっち。うわぁ…。けっこう人が来てるね」
雪景色の中、大きな本堂の前に大勢の人が集まっています。墨染めの衣のお坊さんや輪袈裟を着けた人が何人もいて、アドス和尚らしき後ろ姿も最前列に。サム君とジョミー君が慌てて輪袈裟を着けた所へ…。
「どうぞ、こちらへ」
何処からか現れた若いお坊さんが会長さんに声を掛けました。
「老師が中へどうぞと申しております。…暖房も用意してございますので」
うわぁ、出た! 出ましたよ、会長さんの緋の衣の威力ってヤツが! 暖房つきとはラッキーな…。私たちは関係者以外立ち入り禁止な雰囲気の入口から奥へ通され、暖かい部屋に案内されて。
「そこの窓から本堂へ向かう列が見られます。…ごゆっくりどうぞ。お帰りはお好きに、と老師から仰せつかっております」
「すまないね。…じゃあ、帰りは勝手に帰るから」
ありがとう、と会長さんが言うと、お坊さんは心得たように姿を消しました。暖房が効いた和室の机にはポットが置かれ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が早速お茶を淹れ始めます。お饅頭も用意されていて至れり尽くせり。会長さんは満足そうに…。
「来るとは言っておかなかったけど、キースが道場に入ったことを老師は知っているからねえ…。ぼくが来るかも、と用意してたか。…持つべきものは友達だよね」
以心伝心、と会長さんはお茶を啜って。
「うん、美味しい。温かいお茶は嬉しいよね。…さてと、そろそろキースが来るかな」
廊下の彼方からお念仏の唱和が聞こえてきます。会長さんに手招きされて廊下を覗ける窓の方へ行くと、お坊さんの行列がやって来るのが見えました。墨染めの衣に茶色の袈裟。きちんと合掌して姿勢よく歩くお坊さんたちの中にキース君も混じっているのでしょうけど、この距離ではちょっと分からないかも…。
「分からないかな? 先頭から二人目がキースだよ。まあ、あの頭だと無理もないか…」
「「「えぇっ!?」」」
あのツルツル頭がキース君? 前から二人目って言われても…。本当かな、と疑っていた私たちですが、近付いてくるとそれは確かにキース君。真剣そのものの表情は普段とはまるで違っていました。一人前のお坊さんになろうというのですから、そうでないと有難味が無いですけれど。
「本堂で秘密の教えを伝授されれば、お坊さんとして一人立ちできる。…アドス和尚たちは本堂の前でそれを見守ってるってわけ。この寒い中をご苦労様だね、霜焼けキースには負けるけれども」
あの足袋の下は真っ赤だよ、と会長さんがキース君の足許を指差します。そんな気配を微塵も見せないキース君は流石でした。今だって雪がちらついてるのに、手を真っ赤にして合掌して…。行列が本堂の方に消えると会長さんは大きく伸びをし、お饅頭に手を伸ばしました。璃慕恩院御用達のお菓子で、一般販売は無いのだとか。そういうことなら食べなきゃ損、損。うん、皮と粒餡が絶品です~!

本堂での儀式を終えたキース君は再び行列をして部屋の横を通ってゆきました。この後、開祖様の像がある御影堂にお参りをして、解散になるらしいです。会長さんによるとアドス和尚たちも境内を歩いて御影堂の方に移動したとか。
「ぼくたちの出番は解散式の後なのさ。ぶるぅ、幟の用意はいいかい?」
「うん! ぼくが持つのがいいのかなぁ?」
よいしょ、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が宙に取り出した紺の幟には『シャングリラ学園』の文字が大きく染め抜かれています。元老寺の檀家さんたちは同じく紺地に『元老寺檀信徒一同』と染め抜いた幟を用意したそうで、キース君が解散式を終えて寝泊りしていた建物を出る時、二つの幟が掲げられる予定。
「幟はシロエに頼もうかな? サムとジョミーは横で合掌」
会長さんの鶴の一声で幟はシロエ君の手に。私たちは時間を見計らって暖かい部屋を出、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の案内で迷うことなく元の入口に戻りました。それから雪が融けない境内を移動し、アドス和尚や檀家さんたちと合流して…。
「そろそろ出てくるようですぞ」
アドス和尚の声で檀家さんが幟を掲げました。シロエ君も『シャングリラ学園』の幟を掲げ、やがて建物の扉が開いて…。
「あっ、キースだ! かみお~ん♪ こっち、こっち!」
小さな子供の「そるじゃぁ・ぶるぅ」が飛び跳ねていても叱る人は誰もありません。胸元のアヒルちゃんを揺らして駆けてゆく先には坊主頭で墨染めの衣のキース君が…。無事に修行を終え、住職の資格を手にしたキース君に会長さんが静かに歩み寄りました。
「おめでとう、キース。…よくやったね。みんなで迎えに来たんだよ」
祝賀会が目当てだったなんて匂わせもしない会長さんに、キース君の目尻に光るものが。
「来てくれたのか…。色々あったが、あんたのお蔭で俺は此処まで頑張れた。…感謝している。ありがとう」
深く頭を下げるキース君を檀家さんたちが取り巻いて。
「キース坊ちゃん、おめでとうございます!」
「おめでとうございます、若和尚。よく頑張って下さいました」
口々にお祝いを述べながら檀家さんたちは幟を掲げ、山門の方へと向かいます。他にも出迎え部隊はいましたけれど、緋の衣のお坊さんが混じったグループは皆無でした。どのグループの主役のお坊さんもキース君を羨ましそうに眺めていたり…。
『ほらね、言ってたとおりだろう? 出迎えに来ただけの値打はあるのさ、今日の主役はキースだよ』
会長さんの思念波で初めて気が付きましたが、璃慕恩院の広報役のお坊さんたちが私たちを撮影しています。全国のお寺に配る広報誌に写真が載るのだそうで、サム君とジョミー君の輪袈裟姿も全国区。これで二人もお坊さんデビューを果たしたことになるのでしょうか?
『まだまだだね。輪袈裟だけなら檀家さんだって着けてるじゃないか』
あ、そうか。幟を持ったおじさんだって輪袈裟だし…。
『二人のデビューはキースの祝賀会場さ。まあ、ジョミーがバーストしても困るし、いずれは…って話をしておくだけにするけれど』
それに主役はあくまでキース、と会長さんは謙虚でした。祝賀会の御馳走と「そるじゃぁ・ぶるぅ」のバースデーケーキをゲットしただけで充分だということなのかな? えっ、なんですって?
「今の、聞こえなかったかな? ぶるぅのケーキはイライザさんが特注してくれてウェディングケーキ並みのサイズになったし、御馳走の方は…」
会長さんが口にした店の名前に私たちは目が点でした。アルテメシアでも指折りの高級料亭ですけど、其処の仕出しを八人分も追加させたんですか? おまけに「そるじゃぁ・ぶるぅ」の誕生日を祝うケーキまで…。これで主役がキース君だなんて、舌先三寸としか思えませんが…?
『心外な。…キースにはこれから出世街道を走って貰う。広報誌に写真が載るのは最初の一歩という所かな。璃慕恩院でのお役が付いたら元老寺の方も忙しくなるし、そこをジョミーとサムとでサポート。色々と気配りしてあげるんだ、御馳走くらいは安いものだよ』
目指せエリート! と会長さんはブチ上げています。檀家さんに囲まれているキース君には聞こえていないようですけども、本当に出世できるのでしょうか? でも、とりあえず住職の資格ゲットです。キース君、未来の高僧目指して頑張って~!



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