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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

農場夢草子  第2話

いきなり降ってきたテラズ様と呼ばれる謎の物体。キース君の読経は木魚を交えて続いています。二人の女性職員さんの内、テラズ様を握った人が天井を指差しながらおもむろに口を開きました。
「君たち、何か悪戯したの? これが勝手に落ちてくる筈はないんだけれど」
「してないよ!」
ジョミー君が叫びます。一番近い場所に落ちてきただけに、最悪にマズイ立場でした。
「ぼくがココアを飲もうとしたら、上からゴトッと落ちて来たんだ。もうちょっと横に落ちてたらカップが割れてしまったかも…」
「ぼくも見ていた。ジョミーは何もしていない」
会長さんがスプーンでココアをかき混ぜます。
「そしてぼくたちも無関係だ。…だいたい、テラズ様っていうのは何なんだい? 初めて見ると思うんだけど」
「…えっと…」
職員さんたちは顔を見合わせ、それから会長さんを見て。
「ソルジャー、ご存じなかったんですか? ここの古顔は全員知ってることなんですが」
「そう言われても…。ぼくは農場には滅多に来ないし」
「この建物と深い関係があるんですけど、ご存じないということでしたら農場長を呼びましょうか?」
「それじゃ、お願いしようかな。もうすぐキースのお経も終わる」
分かりました、と手が空いている職員さんが管理棟に内線電話をかけ始めます。キース君はキンキンと甲高い音がする叩き鉦を派手に打ち鳴らし、やおら姿勢を正してお念仏を朗々と唱え、数珠をジャラジャラ擦り合わせると深く一礼して私たちの方に向き直りました。
「…なんだ、早速ティータイムか? 雑音がするとは思っていたが、お念仏を唱えるヤツが一人もいないとは嘆かわしいな」
「雑音? そんなのを感じてる間はまだまだダメだね。無我の境地で読経しないと」
緋の衣までの道は遠いよ、と会長さん。キース君は「違いない」と苦笑してテーブルの方にやって来ましたが、そこへ農場長さんが駆け込んできて…。
「テラズ様が落ちて来たって!?」
「は?」
さっきからの騒動を知らないキース君は怪訝な顔。女性職員さんと私たちは、農場長さんとキース君に謎の物体が落ちてきた経過を改めて説明し、誓って何もやってはいないと身の潔白を主張しました。代表は無論、会長さんです。
「本当だよ。キースのお勤めが終わるまでお茶でも飲んで待っていよう、って…。ぶるぅがココアを入れたんだ。お菓子はテーブルの上に置いてあったし、ココアとカップも出ていたし…。その他の物は触っていない。もちろんサイオンも使ってないさ」
冷蔵庫にケーキが入っているのも知らなかったよ、と会長さん。
「で、その物体の正体は何? テラズ様なんて初耳だ」
「…そうですか…」
農場長さんはフウと溜息をつき、女性職員さんが手渡した謎の物体をテーブルの真ん中に丁重に安置しました。
「では、最初からお話し致しましょう。百年以上も昔のことなのですが…」
チラリと会長さんを眺め、農場長さんは椅子に腰掛けます。キース君も女性職員さんたちもテーブルを囲み、思わぬところでマザー農場の昔話が語られ始めたのでした。

マザー農場が出来たのはシャングリラ学園の創立と同じ頃。最初は学園の食堂に農作物や牛乳などを納入していたそうです。やがてシャングリラ号の建造が始まり、それに合わせて農場の規模も大きくなって、シャングリラ号の完成記念に一般の人も泊まれる施設を作ろうという話になって…。
「そして出来たのが、この建物というわけです。改装したりはしていますけど、基本は建てられた頃と殆ど変わっていませんよ。…ブルー、まさかお忘れになってしまわれたとか?」
「言われてみればそうだったかなぁ…」
「…あなたは船の方に夢中でらっしゃいましたからね。あちらには専用のお部屋もありますし」
「うん、青の間は大好きだよ」
マンションの寝室も似た雰囲気にしてあるんだ、と会長さんは微笑みます。
「それで、この建物とテラズ様とやらは何か関係があるのかい?」
「大ありです! でなきゃ走って来ませんよ。テラズ様は棟上げの時に屋根裏に納めたヤツなんですから」
「「「えっ?」」」
会長さんも私たちも目を丸くして謎の物体を見詰めました。しばらくしてから会長さんが。
「これを棟上げの時に屋根裏に…? 普通は御幣じゃないのかい? 扇なんかの飾りがついた…」
「そうです。もちろん御幣がメインなのですが、テラズ様は棟梁のこだわりでして…」
「こだわり?」
「ええ。ご相談させて頂きましたよ、あなたには。ブルーではなくソルジャーとして」
聞いてらっしゃらなかったようですね、と農場長さんは額を押さえます。
「最後まで話を聞かない内からオッケーだなんて仰って…。本当の本当にいいんですか、と何度も念を押しましたのに」
「ぼくは上棟式には出ていないから、細かい話は知らないよ。要するにテラズ様っていうのは、御幣のオマケみたいな物なんだろう」
「まあそうです。上棟式では御幣の他に鏡や櫛といった女性の七つ道具を入れた袋を納めたりするのはご存じですね? 地方によって色々と違うようですが、この建物を建てた棟梁の出身地では女性の人形を納める習慣があったそうでして…」
「ふうん、女性の人形ねえ…」
それでテラズ様を納めたのか、と会長さん。
「かなりユニークな造形だけど、女性の姿には違いない。郷土人形か何かかな?」
「違います! 本当に右から左へ聞き流してしまわれたのですね、あれほど真面目に相談したのに…。テラズ様は郷土人形なんかじゃなくて趣味ですよ。棟梁の趣味の手作り人形ですよ!」
「「「手作り人形?」」」
センス悪っ! と誰かが呟きます。そうですよねぇ…上棟式で納めるんなら、もっと綺麗なお人形とか…可愛いのとか…。棟梁になれるくらいの人なんですから、大工の腕は確かでしょう。それなら手先も器用でしょうし、その気さえあればもっとマトモな人形だって…。
「センスの問題じゃありません。テラズ様は棟梁の芸術が爆発しているだけで、それ自体は別にいいんです。問題はモデルが実在の人物だったということで…」
だからあれほど言ったのに…、と農場長さんは派手な溜息を吐き出しました。
「その人形には棟梁のファン魂が籠もっているんです。当時、絶大な人気を誇ったダンスユニットがありましてね。お寺の跡を継ぐ立場の女性ばかりで結成したから、名前がテラズ。九人のメンバーは名前を隠してナンバーで呼ばれ、棟梁はそれのナンバー・ファイブ……五番の女性が好きだったそうで」
ほら、ここに、と農場長さんがテラズ様とやらの顔のすぐ下を指差します。そこには赤で『5』という数字が。
「棟梁は自分が建てた建物にファン魂を籠めた人形を納めてみたかったんです。けれど、承知してくれる御施主様が出て来なくって…。まあ、普通は誰でも断るでしょうね。承知したのはウチだけですよ。棟梁が引退した後、そう言って御礼に来ましたから!」
あなたが適当に返事をするからこうなるんです、と嘆く農場長さんでしたが、会長さんはクスッと笑って。
「いいじゃないか、結果的に人助けになったわけだろう? テラズ様の意味はそれで分かった。正確にはテラズ・ナンバー・ファイブ様なんだね」
「ああっ、フルネームで呼ぶのはおやめ下さい! みんなテラズ様としか言わないんですよ」
人形を納めるのを見ていた仲間たちは複雑な心境だったのですから、と農場長さん。そりゃあ…棟梁のファン魂が籠もった人形なんて、誰だって遠慮したいですもんねぇ…。

テラズ様という名前の謎は解けました。けれど屋根裏に納められた人形が何故ここに? 農場長さんは会長さんの顔を窺い、天井を見て。
「何もしていないのに落ちてきたとは…。どこにも穴は見当たりませんし、建物に何か問題が起こるかもしれないという警告でしょうか?」
「そうかもしれない。基礎とかにガタが来てるとか…。業者に点検を頼むべきだろうな」
「すぐに電話をいたしましょう。テラズ様は屋根裏に戻しておきます」
よいしょ、と立ち上がった農場長さんは、テラズ様を大切そうに両手で持って出て行きました。ファン魂の発露とはいえ、今となっては上棟式に納められたお人形です。粗略には扱えないということでしょう。女性職員さんたちも昼食の用意をしてくるから、と厨房の方へ。
「…知らなかったよ、あんなのが屋根裏にあっただなんて。シャングリラ号にも何か乗っかってるかもしれないな」
誰かの趣味の人形とかが、と会長さん。
「船霊様はどうしましょう、と真面目な顔で言った仲間がいたんだよね」
「「「ふなだま…さま?」」」
「そう、船霊様。航海の安全を願ってお祀りする神様さ。どう返事したのか覚えていない。…ぼくが知らないだけでシャングリラ号にも人形が乗っているのかも…。船霊様は柱の下とか機関室に置く人形や御札のことだと聞いてるから、今度ハーレイに訊こうかな」
キャプテンだしね、と会長さんは笑っています。シャングリラ号にまで変な人形があったとしたら、それも会長さんの責任ってことでいいのでしょうか。まあ、ファン魂を籠めたがる人がそうそういるとも思えませんが…。
「ところで、キース」
さっきから黙ったままのキース君に会長さんが水を向けました。
「いつもの元気はどうしたんだい? ぼくの適当な返事のせいで妙な人形を奉納されて、シャングリラ号にまで似たようなものが乗っているかもしれないんだよ? よくソルジャーが務まるもんだ、とか突っ込んでくれなきゃ面白くない。それとも何か気になることでも…?」
ああ、と手を打つ会長さん。
「思い出したよ、テラズのこと! ずいぶん昔で忘れてたけど、ナンバー・ファイブって凄い美人で…」
「待て!」
キース君が血相を変えて会長さんを遮りましたが…。
「そう、君のお母さんにそっくりなんだ。出身地は確かアルテメシアの…」
「わーっ!!!」
言うなぁぁぁ、という叫びを他所に会長さんは続きを思念波に乗せて。
『璃募恩院と関係のあるお寺。そこまでしか聞いていなかったけど、キースの慌てっぷりから推測するに…多分、乃阿山・元老寺だね』
「「「えぇぇっ!?」」」
「うわぁーっ!!」
頭を抱えるキース君。どうやら図星だったみたいです。会長さんはクックッと必死に笑いを堪えながら。
「テラズ様が落っこちてきた理由が分かったよ。孫…じゃなくて、曾孫? 玄孫? それとも玄孫の孫くらいかな? とにかく自分の子孫の子供が来てくれたのが嬉しかった、と。お経を唱える声で気付いて、姿を見たくて落ちて来たんだ」
「そ…そうなの?」
ジョミー君が目を丸くしている間に、会長さんは内線電話で農場長さんを呼び出して。
「あのね、さっきのテラズ様の話なんだけど…」
落っこちてきた理由は別の所にあるようだ、と説明すると受話器をカチャリと置きました。
「ふふ、すごくビックリしていたよ。でも業者さんの点検はいい機会だから、近い内にお願いするってさ。で、どうする、キース? これからテラズ様を屋根裏に戻すらしいんだけど、その前に会いに行ってくる?」
「…………」
「素直じゃないね。君の御先祖様なんだよ? ほら、もう戻しに来たから行ってきたまえ」
梯子を担いだ若い男性が農場長さんと一緒に階段の方へ行くのが見えます。キース君は無言で立ち上がり、農場長さんたちを追って駆け出しました。テラズ様がキース君の御先祖様の女性だったとは…。お母さんにそっくりってことは、キース君のパパはもしかして…?
「そう、キースのお父さんは婿養子なんだ。テラズを結成していた御先祖様もお坊さんと結婚した。いずれ婿養子を迎えて寺を継がなきゃ、っていう立場の女性がストレス解消のために踊っていたのがテラズなんだよ」
美人揃いでダンスもプロ級だったけどね、と会長さん。
「テラズのナンバー・ファイブっていえば、一番ファンが多かったかな。キースのお母さんも美人だろう? あの人にそっくりの美人だったのに、それを人形にしたのがテラズ様とは…。芸術ってサッパリ分からないや」
あんな不細工な顔じゃないよ、と会長さんは不満そうです。妙な人形が屋根裏に納められている件については、特に気にしてないみたい。それくらいのことで文句を言ってちゃソルジャーは務まらないのかもしれませんけど、納められたことにも気付いてなかったソルジャーというのは問題有りかも…。

昼食はカレーライスでした。農場長さんたちと一緒に屋根裏に登らせてもらったというキース君も帰ってきて、みんなで食事。屋根裏には太い立派な梁が何本も通っていたそうです。そこの太い柱の一つに御幣が祀られ、テラズ様は隣に置かれた木箱の中に入れてきたとか…。
「えっ、あれって箱に入ってたわけ?」
ジョミー君がスプーンで天井を指しました。
「すり抜けてきたのは天井だけかと思ってたけど、箱まで抜けてきちゃったんだ…。よっぽどキースを見たかったんだね」
「…そうらしいな…」
非常識な、とキース君。
「俺の声が聞こえたからって、納められた場所を抜けてくるのはどうかと思うぞ。それじゃ守護神失格だ」
建物を守る目的以外で持ち場を離れるべきではない、と苦い顔のキース君に会長さんが。
「御先祖様を悪く言うものじゃないよ。それよりも出会えた御縁を喜びたまえ。…君のお母さんを見た時、誰かに似てると思ったけれど…テラズのナンバー・ファイブとはね。とてもダンスが上手だったよ。ね、ぶるぅ?」
「えっと…そうだっけ? ぼく、テラズのダンスは覚えてないや。だって、つまらなかったんだもん」
着ぐるみショーの方がいい、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は子供らしいことを言っています。でもテラズの舞台は百年も昔。うっかり忘れてしまいがちですけど、「そるじゃぁ・ぶるぅ」は会長さんより十数年後に卵から生まれ、三百年以上も子供の姿で生き続けているんでしたっけ。六年ごとに卵に戻って、孵化し直して、また六年…。そんな「そるじゃぁ・ぶるぅ」を見守ってきたのがマザー農場の仲間たちです。
「カレーライスのおかわりはいかが?」
女性職員さんがニコニコ顔で男の子たちのお皿にカレーを盛り付け、スウェナちゃんと私にはデザートのプリン。
「テラズ様にはビックリしたわ。…あなたのお祖母様がテラズ・ナンバー・ファイブですって?」
「…祖母じゃなくって曾祖母です」
「あら、ごめんなさい! そうねぇ、百年も前ですものね」
農場暮らしは時間の感覚が鈍ってダメね、と自分の頭をコツンと叩く職員さん。見た目は三十代ですけれど、管理棟の平均年齢は二百歳を超えると会長さんが言ってましたし、二百歳くらいかもしれません。もう一人の職員さんも似たり寄ったりの外見です。二人ともテラズをよく覚えていて、夕食の時には管理棟のコレクションから選んだという音楽を聴かせてくれました。
「これこれ、この曲がテラズの十八番よ!」
「息がピタリと合ってたのよねぇ。惚れ惚れするようなダンスだったわ」
ライブラリーに映像も残ってる筈よ、と職員さんたち。明日は一緒に探しましょう、と熱意溢れる瞳です。でもキース君は…。
「…探さなくていいです。俺の決意が鈍りますから」
「「決意?」」
なあに、それ? と職員さん。
「俺、実は坊主になりたくなくて…両親に反抗してたんです。その頃、両親に何か言われる度に曾祖母とテラズのことを引き合いに出して、俺もやりたいようにやる、って…」
「あら。今は仏様まで持って来るほど熱心に修行してるのに…。分かったわ、テラズの話は終わりにしましょう」
テラズ様のお蔭で懐かしい話が出来て楽しかった、と職員さんたちは笑顔でした。キース君の御先祖様の意外な過去は私たちにとっても格好のネタで、シロエ君なんかは…。
「先輩も大学でバンドを組んだらどうですか? お坊さんですし、ボーズとか。音響機器メーカーの名前みたいでカッコいいですよ」
「その名のバンドは俺の先輩がやっている。…あと、ライバルのソーズもな」
「「「そうず???」」」
「坊主の位だ。僧の都と書いてソウズと読むんだ」
両方ともライブハウスで派手にやってるらしいです。そのライブハウスの名前が祇園精舎で、ライブとセットで説法会もあるのだとか。お坊さんの世界って意外に奥が深いんですねぇ…。

夕食が済むとキース君は夜のお勤めを始めました。またテラズ様が落っこちてきたらどうしよう、と私たちはドキドキです。けれど何事も起こらないまま読経は終わり、それから後はお風呂に入って、また食堂に集まってワイワイと…。ふと窓の向こうの管理棟を見ると、灯りが消えて真っ暗でした。
「農場は朝が早いからね」
就寝時間も早いんだ、と会長さんが窓のカーテンを閉めに行きます。
「ぼくたちも規則正しい生活とやらをしてみようか。たまには早く寝るのもいいだろ?」
いつもなら起きている時間でしたが、郷に入りては郷に従え。私たちは二階の部屋に帰っておとなしく寝ることにしました。灯りを消してスウェナちゃんとしばらく話していたものの、引き込まれるように夢の中。そこへコトリ、と微かな音が…。
(???)
また何処かでコトン、と小さな音。耳を澄ますと、また…コトン。階段の方から聞こえてきますが、これってやっぱり夢なのかなぁ? あ、また…コトン。音はだんだん近づいてきます。まるで階段を上ってるみたい…。コトン、コトリ、コトン。トン、トン…。階段を上り切って、今度は廊下? コトリ、コトリ…。
(止まった…)
カチャ、カチャ、と金属が触れ合う音がします。あの音はひょっとして鍵穴の…? と、キィィッと扉が軋んで……コトン、コトリ、コトン。音が部屋の中に入って来ました。これって夢? それとも現実? 恐る恐る目を開けて床の方を見ると光が一筋。廊下の光が差し込んでいるってことは、扉が開いているわけで…。扉は寝る前に確かに鍵をかけてた筈で…。
(夢だ、夢に決まってる! テラズ様が落ちてきたりしたから、興奮しちゃって変な夢を…)
コトン、コトリ、トン、コトリ…。奇妙な音は部屋をぐるりと一周すると、扉の向こうに消えました。キィッと音がして部屋は再び真っ暗に。コトン、コトン、コトン……カチャ、カチャ。キィィッ。隣の部屋の扉でしょうか? 隣は誰の部屋だったかな、と考えながら眠りに落ちていって…。
「うわぁぁぁっ!!!」
凄まじい悲鳴が響き渡ったのは太陽が燦々と輝く朝でした。ドタドタドタ…と廊下を走る足音が二人分。
「なんだよ、これ!」
「待てよ、ジョミー! 落ち着けってば!」
バン、バン、と扉を激しく叩く音が聞こえて、怒鳴り声が。
「開けろ! 開けろよ、キース!」
いったい何の騒ぎでしょう? スウェナちゃんも眠そうに目を擦っています。二人で扉から廊下を覗くと、ジョミー君がパジャマのままでキース君たちの部屋の扉を叩いていました。その横ではサム君が同じくパジャマ姿でオロオロと…。
「開けろってば!」
ドンッ! とジョミー君が扉を蹴飛ばし、扉がキィッと中から開いて。
「……朝っぱらからうるさいヤツだ」
身支度を整えたキース君が不機嫌そうな顔を覗かせます。
「着替えもせずに何をやってる? どけ、俺は朝のお勤めがあるんだからな」
「お勤めが何さ!」
ジョミー君が声を張り上げました。
「迷子になった御先祖様も探せないくせに、ろくな坊主になれっこないよ! これってキースの曾祖母さんだろ!」
グイ、とジョミー君が突き出した手に握られたものはテラズ様。夜明けと共にまた出ましたか…?

「…それで喧嘩になったってわけだ」
会長さんの前にバツが悪そうに座っているのはキース君とジョミー君でした。廊下で取っ組み合いをしそうになった二人をサム君とマツカ君が止め、シロエ君は会長さんを呼びに走ったというわけです。会長さんはとっくに起きていたらしく、キース君に朝のお勤めをさせて、ジョミー君には着替えをさせて…今は食堂で事情聴取の真っ最中。
「要するに、テラズ様が何故かジョミーの部屋にあった…と」
「部屋じゃなくって枕元だよ。おまけに声が聞こえたんだ」
「声?」
「うん。夢だったかもしれないけれど、見つけた…って」
その前にコトン、コトンと何かが近付いてくる音を確かに聞いた、とジョミー君は言いました。
「あの音はきっとテラズ様だよ。テラズ様がキースを探してたんだ。で、真っ暗だったから、ぼくとキースを間違えて…」
「その音ならぼくも聞きましたよ」
手を挙げたのはシロエ君。
「夜中に入ってきたみたいです。扉がキィッと開く音がして、それから部屋中をコトリ、コトリと…。夢だと思ってたんですけども」
「そういえば…」
ぼくも聞きました、とマツカ君が頷きます。続いてスウェナちゃんが手を挙げ、そして私とサム君も…。
「なんだ、殆ど全員じゃないか」
会長さんが呆れた様子でキース君を眺め、「君は?」と訊くと。
「…ネズミかな、と…。よく考えたら、ネズミにしては妙に硬そうな足音だったが」
「なるほどね。ぼくとぶるぅも変な音を聞いた。ついでに音の正体も見た。そうだね、ぶるぅ?」
「うん! ジョミーの部屋で止まっちゃったから、ぼくのお部屋には来てないけれど…テラズ様が跳ねてたよ。コトン、コトン、って一生懸命」
「「「ひぃぃっ!!」」」
思わず絶叫しちゃったものの、テラズ様はキース君の曾お祖母様です。しまった…と思った瞬間、シロエ君がパッと頭を下げて。
「すみません! つい、動転しちゃって…。先輩の曾お祖母様なのに失礼しました!」
「い、いや…。謝ってもらうようなことでは…。しかし、何故…」
どうして歩き回るんだ、とキース君が呻くように言った時。
「それはキースのせいではないよ」
会長さんがテーブルに置かれたテラズ様を指先で弾きました。
「ついでに言うなら、キースの曾お祖母様とテラズ様とは別物だ。テラズ様はテラズ様。早い話が付喪神さ」
「「「つくもがみ…?」」」
「そう。歳月を経た道具なんかが化けるヤツ。…ぼくは昨日から気付いてたけど、テラズ様の由来が傑作すぎて愉快だったから黙っていることに決めたんだ」
「なんだって…?」
キース君が眉を寄せ、拳をグッと握り締めて。
「…あんたってヤツは…! 俺は本当に曾お祖母様だと思ったんだぞ! 俺だけじゃない、農場長さんも職員さんも、みんなコロッと騙されて…」
「騙されたねえ」
のんびりと答える会長さん。
「でも、バレたんだからいいじゃないか。これから後が問題だけど」
「後…?」
「うん。実に困った話だけれど、テラズ様はジョミーに一目惚れらしい」
「「「ええぇっ!?」」」
全員の声が見事に揃って裏返りました。一目惚れ…。テラズ様がジョミー君に一目惚れ…。それって、どういう意味なんですか~!?




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