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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

農場夢草子  第3話

屋根裏の箱に戻されたのに、脱出してきたテラズ様。キース君の曾お祖母様の魂が宿っているのだと思っていたら、そうではなくて付喪神…。しかもジョミー君に一目惚れだなんて、本当でしょうか? 疑わしそうな目で会長さんを見る私たち。日頃の行いが行いだけに、簡単には信じられません。
「…疑われてるみたいだね。でもテラズ様は付喪神だし、ジョミーに一目惚れっていうのも本当のことさ」
「なんで…ぼく?」
ジョミー君の問いに、会長さんは肩を竦めて。
「さあね? 多分、好みに合ったんだろう。最初にジョミーの前に落ちてきたのはそのせいなんだ。存在をアピールするには、まずお近づきにならないと」
「…………」
言葉が出てこないジョミー君。私たちはテーブルに置かれたテラズ様とジョミー君を交互に見つめ、顔を見合わせては肘でつつき合っていましたが、そこへ職員さんたちがヒョッコリ顔を覗かせました。
「朝御飯の支度が出来てるけれど、もう持ってきてもいいのかしら?」
朝一番の騒ぎを聞き付けて階段を上って来た職員さんたちを「なんでもないから」と下がらせたのは会長さんです。朝食の用意が出来たら声をかけて、と頼んでましたし、様子を見にきてくれたのでしょう。
「ああ、さっきはごめん。キースの朝のお勤めも済んだし、お願いするよ」
会長さんが笑顔で応え、職員さんたちは厨房からハムや卵料理、サラダなどを運んで来ました。テーブルにお皿を置こうとすると、嫌でもテラズ様が目に入ります。配膳の手がピタリと止まって、職員さんたちは…。
「…テラズ様…?」
「もしかしてさっきの凄い騒ぎは…」
ジョミー君の顔が引き攣り、会長さんは軽くウインクしました。
「分かってくれた? またテラズ様が出たんだよ。ジョミーのことが好きなんだってさ」
「「ええっ!?」」
「ああ、勘違いしないようにね。実はテラズ様に宿ってるのはキースの曾お祖母様じゃない。古い道具とかに魂が宿る付喪神っていうヤツだけど、どうやらジョミーに惚れたらしくて…。天井裏に戻された後も諦めきれずに、夜中に頑張って出てきたみたいだ」
「…付喪神ですか…」
「放っておいてもいいんですか?」
職員さんたちは心配そうにテラズ様を眺めています。この建物の上棟式に納められた人形だけに、それが付喪神になって出歩くとなれば、気になるなんてものじゃないでしょう。
「大丈夫だと思うけどね。建物そのものの霊っていうわけじゃないし、座敷童子に近いかな。座敷童子は悪戯好きだと聞いているから、出歩くくらいは平気だろう」
それより早く食べたいんだけど、と催促をする会長さん。職員さんたちが搾りたての牛乳と焼きたてパンを配ってくれて、テラズ様を囲んでの朝の食事が始まりました。

朝食の材料はマザー農場で生産されたものばかりです。お料理が大好きな「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、これが楽しみだったようでした。
「産みたての卵って美味しいよね。時々、分けて貰うんだ。日曜日とかに」
会長さんが起き出す前に農場に来て、卵とかを貰って帰るのだとか。もちろんそれは会長さんの食卓に…。
「自分でお料理するのもいいけど、お客さんになるのも楽しいや。ブルーは滅多にお料理しないし」
「ぶるぅの方が上手だからね」
クスクスと笑う会長さんに、サム君が意外そうな表情で。
「えっ、ブルーが料理を?」
「そうだよ。いつも言ってるじゃないか、大抵のことは出来る、って。ハーレイがギックリ腰で寝込んでた時は、ぶるぅを手伝いにやらせたからね。…掃除も洗濯も全部自分でしてたけど?」
「じゃ、じゃあ…。あの時にブルーの家で出して貰った朝御飯って…」
「ぼくの手料理に決まってるだろ。ふふ、朝のお勤めに必死で気付かなかった?」
サム君は会長さんの家へ阿弥陀様を拝みに通っています。お勤めに出かけた日は御褒美に会長さんと朝御飯を食べ、一緒に登校してくるのですが…なんと手料理を御馳走になっていましたか! でもサム君は手料理だったとは気付かずに今日まで来たようで…。
「そうか…。ブルーが作ってくれてたんだ…。駄目だよな、俺…」
恋人候補も失格かも、と嘆くサム君。会長さんの手料理だったと気付かなかったショックもさることながら、大好きな会長さんが初めて作ってくれた記念すべき料理を、じっくりと味わいもせずに食べた自分が許せないということらしいです。
「あの時、何を食べたっけ? オムレツだっけ、それともスクランブルエッグ…? えっと、えっと…」
「ぶるぅ直伝のオムレツとトースト、サラダにフルーツ。…細かい所はぼくも忘れた」
「オムレツ!?」
うわぁぁ、とサム君は頭を抱えました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作るオムレツはふんわりしていて絶品です。それと変わらないレベルのオムレツを会長さんが作ってくれたというのに、記憶に無いのは無念でしょう。スクランブルエッグか目玉焼きなら少しは救われたのでしょうが…。
「せっかく…せっかくブルーが作ってくれたのに…。俺って馬鹿だ…。ぶるぅが留守にしてるんだから、朝飯が出るってことはブルーが作ったってことなんだよな…」
「何もそんなに気にしなくても…。また機会があったら作ってあげるよ」
だから頑張って朝のお勤めに通っておいで、と会長さんに優しく微笑みかけられ、サム君の頬が染まります。会長さんとの朝食の他に手料理という御褒美が加わった以上、サム君は更に気合いを入れて朝のお勤めに通うでしょう。幸せそうなサム君をキース君がジロリと睨んで。
「…朝のお勤めはとても大事なものなんだぞ。デート気分でやられたんでは…」
「いいじゃないか、キース」
会長さんが割って入りました。
「動機は何であれ、お勤めをしようと思う心が大切なんだ。テラズ様のことで騙した件は謝るよ。だからサムを苛めないでやってくれないかな」
「…テラズ様、か…。あんた、付喪神だと言っていたな。俺にはサッパリ分からないんだが、本当にこいつが動いてたのか? おまけにジョミーに惚れただなんて…」
動かないぞ、とテラズ様を指先で弾くキース君。会長さんはニッコリと笑い、サラダを頬張っているジョミー君に。
「ミルクをおかわりしないかい? それともジュースがいいのかな」
「…えっと…。オレンジジュース! こっちに回して」
「了解」
会長さんのすぐ横に牛乳やジュースを入れた容器が並んだワゴンがあります。会長さんは新しいコップを手に取り、オレンジジュースを注ぎ入れて…。
「はい」
コトン、と置いたのはテーブルの上。隣のサム君が運ぼうとして伸ばした手を遮ると、会長さんはテラズ様をトントン、と軽く叩きました。
「聞こえたかい? ジョミーはオレンジジュースが欲しいらしいよ。運んであげたら喜ぶだろうね」
「「「ええぇっ!?」」」
ピョコン、と跳ね起きたテラズ様。まさか本当に動けるんですか!?

「び、びっくりした…」
ゼイゼイと肩で息をしているジョミー君。私たちは宿泊棟が遠くに見える牧草地の端に来ていました。乳牛を飼っている牛舎があって、その隣の作業員用らしき小屋の扉を会長さんが押し開けます。
「入って。…まさかここまでは来ないだろう」
我先に中に入ると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が扉を閉めて、中から鍵をかけました。会長さんは宿泊棟の方を思念で探っているようでしたが…。
「うん、大丈夫みたいだよ。どうやら宿泊棟の外に出ることはできないらしい。…この先はどうなるか分からないけど」
「わ、分からないって…」
ジョミー君の声が震えています。
「ぼくを追っかけてくるってこと? こんな所まで?」
「…力が大きく伸びるようなら、農場だけでは済まないだろうね。いずれ学校やジョミーの家まで…」
「……そ、そんな……」
ジョミー君は真っ青でした。追いかけてくる、というのはテラズ様です。朝食のテーブルで起き上がったテラズ様は、オレンジジュースが入ったコップの周りをコトンコトンと跳ね回ったものの、手足が無いためにコップを運ぶことができません。そこでジョミー君の前まで跳ねて行くと謝るようにペコペコ身体を傾け始め、我に返ったジョミー君の悲鳴が響き渡って…。
「なんで人形が動くのさ! おまけに追っかけてくるなんて…」
朝食を放り出して逃げたジョミー君と、それを追ってきた私たち。テラズ様もジョミー君を追ってテーブルから飛び降りたのは知っていますが、その後のことは謎でした。会長さんの話では宿泊棟の玄関から外に出ることが出来ず、力尽きて床に転がっているのを職員さんが拾ったようです。
「屋根裏に戻そうか、と思念波で連絡が来たけど、どうする? 戻してもジョミーの滞在中は確実に落ちてくるだろうね。で、ジョミーを探して歩き回る、と。…それくらいなら戻さない方が平和じゃないかな」
「……そうだね……」
悔しいけれど仕方がない、とジョミー君は同意しました。会長さんは職員さんたちと思念で連絡を取り合い、テラズ様は食堂に置いておくことに決まった様子。でも、テラズ様に追いかけられるジョミー君の運命は…?
「ぼく、これからどうなっちゃうんだろう…? 付喪神だか何だか知らないけれど、ずっと追いかけ回されちゃうの? 一目惚れだなんて聞かされたって、ぼくには何にも分からないよ!」
「…まあ、今のジョミーには無理だろうね」
会長さんが小屋の中の椅子に腰かけ、私たちも他の椅子に座りました。手作りらしい木製の頑丈な椅子です。おそらく休憩用の小屋なのでしょう。会長さんはジョミー君を見つめ、腕組みをして。
「テラズ様の思考はサイオンの力では読み取れない。ベクトルがちょっと違うんだ。ぼくは高僧としての力があるから付喪神だとすぐ気付いたし、ジョミーに一目惚れをしていることにも気付いたわけさ。君はテラズ様の声を聞いたそうだけど、見つけた…っていう声だけだよね。テラズ様の心の声は聞こえない」
「聞きたくもないよ、そんなもの!」
「…聞きたくないのはかまわないけどね。相手の声が聞こえないってことは、対処の仕方が無いってことさ」
「えっ…」
息を飲んだジョミー君に、会長さんは畳みかけるように。
「君にはテラズ様の心が分からない。つまり気持ちが通じ合わない。通じない以上、迷惑だ、って叫んだところでテラズ様は分かってくれないよ。…テラズ様は君に惚れたんだ。きっと健気に追いかけてきてくれるだろうねぇ」
「で、でも…」
「今はまだ宿泊棟から出られないけど、力がついたら知らないよ。何処へだって行けるようになったら、君は立派な付喪神憑きだ。テラズ様が身の回りのことをしてくれる日も遠くはないかもしれないね」
そういう例を知っている、と会長さんは言いました。とある高僧の持ち物だった人形に魂が入り、書の手伝いをしたり、お寺の夜回りをしたりして仕えたとか。
「君もテラズ様を便利に使ってみたらどうだい? 手足が無いのが難点だけど、恋する一念でカバーするさ」
「やだよ、あんなの! 第一、ぼくの好みじゃないし…」
「好みじゃなくても一緒にいるしかないと思うよ。気持ちを伝える方法が無けりゃ、喧嘩することも出来ないしね。一方的に惚れられたまま、有意義な日々を過ごしたまえ。…大丈夫、ぼくもハーレイとは三百年以上の付き合いだ」
それじゃ、と出て行こうとする会長さんを止めたのはキース君でした。
「ちょっと待て! あんたの話を聞いた感じじゃ、テラズ様を止めるには…調伏するしかないってことか?」
「そうなるね。調伏するか、魂を抜くか。…どっちにしても坊主の出番さ」
でも、と会長さんはニヤリと笑って。
「ぼくは手を貸すつもりはないよ。ジョミーは仏の道への誘いを断ったからね、阿弥陀様を拝みに来ないか…って言ったのに。だから坊主の力を借りずに自力でなんとかしてみたまえ。…ぶるぅ、行こうか」
おやつのケーキが焼けたみたいだ、と会長さんは「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて小屋を出て行ってしまいました。
開け放された扉から覗くと、宿泊棟の前で職員さんが手を振っています。美味しいケーキは魅力的ですが、あそこに帰るとテラズ様が…。私たち、いったいどうしたら…?

その日からテラズ様はジョミー君にベッタリでした。何をするわけでもないんですけど、ジョミー君の行く先々にコトンコトンと付いていきます。行動範囲は日増しに広がり、今は農場の中なら何処でもオッケー。バスルームまでくっついてきて、トイレ以外は常に視線を感じるのだとか…。同室のサム君は「音と姿くらいしか気にならない」と言っていますし、私たちもそれは同じです。
「うん、馴れてくると可愛いものだね」
健気なペットみたいに見える、と会長さんが微笑んだのは収穫祭の日の朝食の席。もうすぐシャングリラ学園の生徒たちが来て、農場体験とジンギスカン・パーティーのお祭り騒ぎが始まります。つまり私たちの宿泊体験は明日まで。それまでの間にジョミー君からテラズ様が離れなかったら、その時は…。
「いい雰囲気になったことだし、テラズ様とジョミーも今や公認カップルかな。ジョミーは明日には家に戻らなくっちゃいけないけれど、この調子なら一緒に暮らせるようになる日も近そうだ」
テラズ様が農場を出られないならジョミーがマザー農場に就職すればいいんだし、とニコニコ笑う会長さん。本気で言っているのでしょうか? 朝食が終わると会長さんはシャングリラ学園の生徒たちを乗せたバスを出迎えに行ってしまって、それっきりでした。
「アルトとrが目当てだろうさ。フィシスさんも来るしな」
女好きめ、とキース君が毒づきます。キース君はあれから色々な手を試したのですが、テラズ様を封じる方法はついに見付かりませんでした。
「…すまん、ジョミー…。俺にもっと力があれば、そいつをなんとか出来たんだがな」
「仕方ないよ。キースのお父さんでもお手上げだって言ったんだろう? きっと究極の秘法なんだ。…それを知ってるブルーに頼めば、坊主になれって言われちゃうんだ」
もう諦めることにした、とジョミー君は溜息をつきました。
「テラズ様がぼくの家に来たらパパもママも腰を抜かすだろうけど、ぼくがツルツル頭のお坊さんになって帰るよりかはビックリしないと思うんだよね。…ほら、夏休みに璃慕恩院の修行体験に行ったじゃないか。あの時、ママがお坊さんになるのかって心配そうにしていてさ…」
「まあ、普通はそうかもしれないな。俺の場合は坊主頭を大いに期待されてるようだが」
似合わないと思うんだがな、と呟くキース君。テラズ様はジョミー君のカップの横で楽しそうに跳ねていました。やがて農場長さんがシャングリラ学園のみんなと遊ばないのか、と聞きに来ましたが…。
「行きたいのは山々ですけど、テラズ様がくっついて来るのは確実ですし…」
マツカ君がテーブルの上を指差し、私たちは一斉に頷きます。
「うーん、すっかり懐かれてしまったねえ。うちは構わないから連れて帰ってくれてもいいよ」
「…ありがとうございます…」
力無い声のジョミー君。テラズ様はジョミー君にくっついて回り、私たちはシャングリラ学園のみんなの楽しそうな声を遠くに聞きながら宿泊棟で過ごしたのでした。

収穫祭が終わり、生徒たちを乗せたバスも帰って日が暮れてきた頃、賑やかな笑い声と共に現れたのは…。
「「「教頭先生!?」」」
農場長さんや会長さんと一緒に教頭先生が立っていました。左手にボストンバッグを提げています。
「みんな元気にやってたようだな。今夜は私も世話になるんだ」
特別生の宿泊体験最後の夜は、教頭先生がシャングリラ号のキャプテンとして泊まる慣例があるのだそうです。マザー農場とシャングリラ号が密接な関係にあるからでしょう。教頭先生は職員さんに案内されて二階へ荷物を置きに行き、すぐに私たちのいる食堂へやって来ましたが…。
「そこで跳ねてる妙なのはなんだ?」
ジョミー君が座っている椅子の周りでテラズ様が跳ねていました。さっきは視界に入ってなかったみたいです。会長さんがクスクスと笑い、ジョミー君を指差して。
「紹介するよ。彼女はジョミーの恋人なんだ。テラズ様って名前でね、この建物の上棟式で屋根裏に納められた人形が本体の付喪神。名前の由来は…」
一部始終を聞いた教頭先生はしばらくの間、笑っていました。
「テラズのナンバー・ファイブがモデルだなんて、言われなければ分からんな。私もたまに木彫りをするが、ここまで凄いものはなかなか…」
「テラズ様に失礼だよ、ハーレイ。女性の心は繊細で傷付きやすいってこと、分かってる? まあ、あんな不細工な木彫りが作れる君には言うだけ無駄だと思うけど。…ほら、これがハーレイの作品の一つ。ぶるぅを彫ろうとしたらしいんだ」
「「「ぶぶっ!!」」」
会長さんが宙に取り出したのは鏡餅のような物体でした。丸まった「そるじゃぁ・ぶるぅ」の姿を彫ったのでしょうが、どう見ても鏡餅もどきです。教頭先生がアタフタする中、彫刻はフッと消え失せました。
「ところで、ハーレイ。…シャングリラ号に人形は乗っていないだろうね? 船霊様がどうとかって言った仲間がいたのを思い出したら心配になって…。あるとしたら機関室の中か、ブリッジの近くだと思うんだけど」
「船霊様…? 人形は乗っていないと思うぞ。だが、船霊様なら機関室に」
「あるのか!?」
「いや。…祀ろうとした仲間がいたが、ゼルと喧嘩になったんだ。機関室はゼルの管轄だからな、センスが無いとかなんとか言って怒って御札を撤去していた」
その後は知らない、と教頭先生。もしかしたらゼル先生のお好みに合った御札か何かが祀られてる…のかも知れません。会長さんは頭を抱え、教頭先生に機関室のチェックを命令しました。
「いいかい、妙な人形とかがあったとしても、迂闊に近寄らないように。でないとジョミーの二の舞になる。こうなりたくはないだろう?」
「…うむ。私が付喪神を持ち帰ったら、お前に散々笑われそうだ」
「お祓いするのも高くつくよ。ぼくはタダ働きって好きじゃないんだ」
そうだろうな、と苦笑いする教頭先生。食事の用意をしてくれていた職員さんたちも笑っています。テーブルにはビーフシチューや新鮮な野菜のサラダが並び、マザー農場最後の夕食が始まりました。テラズ様はジョミー君のお皿の横でクルリクルリと回転中。明日、ジョミー君が家に帰ってしまったら…テラズ様はどうするんでしょうねえ?

夕食が済んでお風呂に入り、スウェナちゃんと一緒に片付けられた食堂に行くと教頭先生と農場長さん、二人の女性職員さんがキース君の夜のお勤めを見ていました。マツカ君にシロエ君、会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいます。キース君のお勤めは管理棟の人たちの名物になり、朝のお勤めの時はいつも複数の人が見に来ていたり…。
「お念仏って効かないんだよね…」
罰当たりな言葉と共に現れたのはジョミー君でした。肩にテラズ様が乗っかっています。
「おい、ジョミー! 阿弥陀様に聞こえるぞ」
サム君が指を唇に当てましたけど、ジョミー君は更に唇を尖らせて。
「お念仏を唱えれば救われる、って璃慕恩院で教わったのに、嘘ばかりだよ。テラズ様にくっつかれてから、キースに言われて何度お念仏を唱えたと思う? だけど全然ダメじゃないか」
キース君が叩き鉦をキーンと打ち鳴らしました。ここから先はお念仏の繰り返しです。会長さんがジョミー君の方を振り向き、思念波に乗せて。
『ジョミー、お念仏を唱えたまえ。阿弥陀様に失礼なことを言っただろう』
「失礼ってなんだよ!」
ついにブチ切れたジョミー君。
「阿弥陀様が何なのさ! ぼくのお願いも聞けないくせに、偉そうな顔して大っ嫌いだよ! お念仏なんて絶対嫌だ! 阿弥陀様なんて大っ嫌いだーっ!!」
絶叫と共にジョミー君の身体が淡い光に包まれました。あの青い光は…サイオン…? キース君は全く気付かず、お念仏を唱えています。朗々と響く南無阿弥陀仏の声と叩き鉦。鉦がキィンと鳴った瞬間、食堂の床からポウッと無数の花の蕾が現れ、たちまち開いて美しい蓮が部屋一杯に。
「「「えぇっ!?」」」
しかしサイオンに包まれたジョミー君は何も見ておらず、キース君も無我の境地でした。打ち鳴らされる鉦の音とお念仏の中、紫の雲が棚引いて…御厨子に納まった阿弥陀様の手から五色の糸がスルスルと伸び、ジョミー君の左手首にクルリと巻き付き、目の眩むような金色の光がジョミー君を覆ったと思ったら…。
「…南無阿弥陀仏」
チーン、と鐘が鳴り、お勤めが終わりました。金色の光も蓮の花も見る間に消え失せ、キース君がジャラジャラと数珠を擦り合わせています。ジョミー君がハッと我に返って。
「あれ? ぼく、今…」
「おめでとう、ジョミー」
満面の笑みでやって来たのは会長さん。
「阿弥陀様に選ばれるなんて、君の素質も大したものだ。みんなの目にも見えただろう? 蓮の花が咲いて、五色の糸が阿弥陀様とジョミーを結んだ。ジョミーは阿弥陀様にお仕えする人になるんだよ。…テラズ様、残念だけど君はジョミーの修行の邪魔になる。ジョミーを思うなら身を引きたまえ」
いいね、という会長さんの声が終わらない内にゴトンと鈍い音がして…テラズ様は床に落ちていました。
「えっ?」
驚いたジョミー君が拾い上げてもテラズ様は二度と動かず、会長さんが水晶の数珠を取り出してテラズ様を撫で、口の中で何かを唱えて農場長さんを手招きすると。
「…終わったよ。もうテラズ様は動かない。元通り、ただの人形さ。明日、屋根裏に戻してくれ」
「はあ…。いったい何をなさったのです?」
「ぼくが発動させるつもりで仕掛けを撒いておいたんだけどね。まさかジョミーが自分でやるとは…。仏弟子として目覚めたらしい」
会長さんは御機嫌でした。蓮の花も五色の糸もサイオニック・ドリームの一種で、テラズ様にジョミー君を諦めさせるために仕掛けておいたみたいです。何が起きたのかを聞いたジョミー君とキース君の反応は…。
「嫌だよ、なんで阿弥陀様にお仕えしなくちゃいけないのさ!」
「そんな凄いことが起こっていたのか…。ジョミー、お前の力で仕掛けが発動したというなら、それは立派な御仏縁だ。仏の道に入るべきだぞ」
「嫌だーっ! テラズ様の方がまだマシだーっ!!!」
泣き出しそうなジョミー君でしたが、テラズ様に憑かれるよりは修行の方がマシなのでは…。そして翌朝、テラズ様は屋根裏に戻され、阿弥陀様は瞬間移動で会長さんの家に送られました。

「いやあ、昨夜の光景は本当に有難いものでしたよ」
どうぞ精進して下さい、と農場長さんがジョミー君の手を握ります。
「あなたがタイプ・ブルーだったとは…。テラズ様に惚れられたのは災難でしたが、これに懲りずにまた遊びに来て下さいね。シャングリラ号の乗員を兼ねている者も多いですから、ソルジャー候補は大歓迎です」
「ソルジャーはぼくだ。当分、譲るつもりはない」
会長さんが偉そうに言い放ちました。
「ジョミーはソルジャー候補じゃなくて、大事な高僧候補なんだよ。これからじっくり仕込みたいから、シャングリラ号には乗せたくないな。サイオンの訓練よりも今は修行を先行させる」
「…修行って…」
不安そうなジョミー君の声に、会長さんはニッコリ微笑んで。
「まずは朝のお勤めから始めようか。君が立派な高僧になればテラズ様の魂も喜ぶだろう。一目惚れした君の将来のために、テラズ様は身を引いたんだから。…そうだろう、キース?」
「一理あるな。付喪神だか何だか知らんが、お前に惚れ抜いて側にいたいのに涙を飲んで消えたんだ。生涯をかけて供養するのが正しい道だと俺は思うぞ」
会長さんとキース君。二人がかりで畳みかけられ、進退極まったジョミー君は屋根裏に向かって大声で。
「テラズさまーっ! 帰ってきてよ、テラズ様ってばーっ!!」
けれど血を吐く叫びも空しく、テラズ様は落ちてきませんでした。迎えのマイクロバスが横付けされて、私たちと教頭先生を乗せて走り出します。マザー農場での日々はテラズ様を巡る民話のような不思議体験。シャングリラ号を陰で支える仲間たちとの交流という目的からは大きく外れていたような…。まあ、ソルジャーである会長さんが満足ならば、それでいいのかもしれません。ジョミー君には気の毒ですが、ここは諦めて貰いましょうか…。




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