シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
坊主頭になった自分を鏡で見せられ、その状態をキープする方法をマスターすれば剃髪コースを逃れられると会長さんに教えて貰ったキース君とジョミー君は翌日から練習を始めました。会長さんがサイオニック・ドリームで二人の頭を丸坊主にし、それを自力で維持することが二人の当面の目標ですが…。
「全然ダメだね、二人とも。…ぼくが力を抜いた途端に元通りだよ」
一秒くらい保たせられないのかい、と会長さんが呆れます。
「そんなこと言ったって! どうすればいいのか分からないよ」
ジョミー君が嘆き、キース君が。
「俺は集中しているつもりなんだが…。やはりサイオンの扱い方が身についていないということか…」
「平たく言えばそういうことかな。そんな状態で来年の秋に間に合うかどうか…。まあ、練習はいつでもしてあげるから頑張りたまえ」
そういう会話が三日に一度は繰り返される内に時は流れて、学園祭での坊主頭もクラスメイトの話題から消えてしまったある日のこと。週末の金曜日でキース君たち柔道部三人組は部活に出かけ、ジョミー君や私たちは一足お先に「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋でパウンドケーキを食べていました。キャラメルリボンが練り込まれ、甘さの中にちょっぴり塩味。美味しいね、とフォークを動かしていると…。
「ブルーはいるか!?」
いきなり部屋に入ってきたのはキース君。マツカ君とシロエ君も一緒です。今は部活の真っ最中では…? 会長さんが不審そうな目を向け、素っ気なく。
「来てないよ。…見れば一発で分かるだろう?」
ソルジャーは大のデザート好きで、お菓子があれば必ず食べます。テーブルにお菓子が載っている限り、ソルジャーが来ていれば姿が見えないわけはなく…。それにしてもソルジャーに何の用事が?
「違う、ブルーのことじゃない! いや、ソルジャーと言えばいいのか…。とにかく、あいつのことではなくて! 用があるのは、あんたの方だ」
「………ぼく?」
自分を指差す会長さんに、キース君は「ああ」と頷いて。
「柔道部の部活は中止になった。アルテメシア大学の柔道部から連絡があって、トンズランスが出たんだそうだ」
「「「トンズランス?」」」
馴染みのない単語に私たちは首を捻りました。怪獣ってことはないでしょうけど、柔道部員だけを攻撃してくる生き物だったりするのでしょうか? しかし会長さんは正体を知っていたらしく。
「…ついに出たんだ? で、うちの学校にもトンズランスが…?」
「まだ分からん。しかし、アルテメシア大学の柔道部には練習とかで世話になっているし、大いに危険だということで…。とにかく今日の部活は中止、部員は検査に行くことになった」
「「「検査?」」」
それって何、とジョミー君が言い、会長さんが深い溜息をつきました。
「トンズランスは外国から来た白癬菌だよ。つまり水虫。…ただ、足に出るんじゃないんだよね。主に上半身、特に頭がマズイんだ。放っておくと禿げたりする。接触感染するヤツだから、格闘技の選手に流行ってるって噂は耳にしてたけど…」
来ちゃったのか、と憂鬱そうです。
「柔道部員がヤバイってことは、指導しているハーレイもヤバい。そのハーレイと接触のあるぼくも検査が要るってことだね」
「話が早くて有難い。教頭先生からの伝言だ。…今日にでも検査を受けてくれ。迷惑をかけてすまない、と」
「………。学園祭前にエステ三昧していた以上、ハーレイが保菌者だったら危ないか…。あれって無症状の人も多いと聞くし。で、ハーレイは?」
「部員を引率して検査に行った。ついでに自分も検査するとかで、行先は…」
キース君が口にしたのはドクター・ノルディが経営している病院でした。アルテメシアでも指折りの大きな総合病院ですから不思議は全くありませんけど、会長さんは顔を顰めます。
「…やっぱりノルディの病院なのか…。それって、ぼくも同じ道を辿れって意味だよね」
「ああ。あんたは三百年以上も生きてきた特殊なタイプの人間なんだし、仲間がやっている病院の方がいいだろうと教頭先生が…。安心しろ、俺たち三人も一緒に検査を受けるから」
ドクター・ノルディの自宅に併設された診療所の方に行くことになった、とキース君は言いました。なんだか雲行きが怪しいですけど、トンズランスとやらも怖そうですよね…。
診療所が開くのは夕方の六時ということで、会長さんとキース君たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で日暮れを待つことになったのですが、会長さんは浮かない顔です。
「うーん…。ぼくが感染してたら困るんだよね。フィシスに迷惑がかかってしまう」
接触感染なんだから、と嘆いているのは大人の関係だからでしょうけど…そうなるとアルトちゃんたちも? 尋ねるまでもなく会長さんはアルトちゃんたちの名前を挙げました。
「ぶるぅはいいとして、女の子にトンズランスなんかを移しちゃったらシャングリラ・ジゴロ・ブルーもカタ無しだよ。悟られないように検査と治療って…できるかな? 出来たとしてもハーレイには責任を取って貰わないと」
自分でエステに呼び付けておいて「責任を取れ」とは酷いかもですが、会長さんの気持ちも分からないではありません。上半身に出る水虫なんて、女の子なら誰でも幻滅モノです。どんな検査をするのでしょう? ジョミー君とスウェナちゃん、それに私は好奇心から…サム君は「ブルーが心配だから」と付いて行くことに決めていました。そこへ突然、キース君が。
「ブルー。…厚かましい頼みなんだが、今晩、泊めてくれないか?」
「は?」
「頼む、今晩だけでいいんだ。…家に帰ると危なそうで…」
キース君は鞄から一枚の紙を取り出し、驚いている会長さんを縋るような目で見詰めながら。
「トンズランスが発生したという知らせを受けて、これが柔道部員の家に送られたらしい。FAXとメールの両方でだ。…絶対、親父の目に入ってる」
紙には『御家族の方へ』と書かれていました。会長さんは中身を読むなり「なるほど」と納得した風で。
「色々と注意が書いてあるけど、頭と身体を清潔に…、の頭の部分がマズイってわけだ」
「その通りだ。親父は前から「柔道に長髪は似合わないから短く刈れ」っていうのが持論だからな。こんな注意とトンズランスのことを知ったら、ここぞとばかりにスポーツ刈りに…。普段だったら逃げられるんだが、今日は親父が浄髪する日で…」
「「「ジョウハツ?」」」
ジョウハツって何でしょう? 家出とかの意味の蒸発かな? だったらお父さんは留守なんですし、問題は無いと思うんですけど…。会長さんが「違うよ」と苦笑して意味を教えてくれました。
「お坊さんが髪を剃ることさ。一応、日にちが決まっていてね。運悪くそれが今日だった、と。…だからキースがうっかり帰ると、お父さんの浄髪ついでに自慢の髪を刈られちゃうかもしれないんだよ。清潔にするにはスポーツ刈りが一番だとか何とか言って」
「察しが良くて嬉しいが…。どうだろう、泊めて貰えるだろうか?」
駄目なら他の誰かの家に、とシロエ君とマツカ君に視線を向けるキース君。会長さんはクックッと笑い、「いいよ」と気前よく頷きました。
「どうせなら皆で泊まりに来るかい? 明日は土曜で休みなんだし」
「いいの?」
ジョミー君が尋ね、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「わーい、お客様だあ! 久しぶりだし、とっても楽しみ! 晩御飯、何を作ろうかなぁ?」
お鍋とかでも楽しいね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は大はしゃぎです。私たちは早速家に電話をかけて了解を取り、キース君だけがコソコソとメール。お泊まり用の荷物は瞬間移動で取りに帰らせて貰い、再び「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋へ運んで貰って…。みんなの荷物が揃った所でキース君の顔にやっと笑顔が戻りました。
「…親父に見つかる前にトンズラできて助かった。キースは何処だ、ってドカドカ歩いてきたからな。FAXを読んで俺を探していたらしい」
危なかった、と髪を撫でているキース君によると…。
「親父は寺の三男坊で、坊主になる必要は無かったんだ。なのに坊主の学校に行って、スッパリ剃って婿養子に…っていう潔さだから、俺が髪の毛に未練を持つのが全く理解できないらしい。坊主の家に生まれたからには剃って当然だと信じているんだ。おふくろが俺に甘いお蔭で、なんとか逃げてはいるんだがな」
キース君、苦労しているようです。確かにそんなお父さんなら、トンズランスを口実にしてスポーツ刈りを強要するかも…。会長さんの家に避難というのはきっと正しい選択でしょう。
青天の霹靂なトンズランス。検査に行くのは面倒だから瞬間移動で、と会長さんが言い出したので私たちは診療所が開く時間をのんびり待っていたのですけど。
「あっ! まずい」
会長さんが声を上げました。
「ハーレイがヤバイってことは、ブルーも危ない。一緒にベッドに行ったんだっけ…」
忘れたかったから綺麗さっぱり忘れてた、と頭を抱える会長さん。ソルジャーが教頭先生にスッポン入りの薬を飲ませ、ベッドに引っ張り込んだことがありましたっけ。あの後は教頭先生の裸エプロンという凄いオマケがついてきて…。教頭先生がヘタレなせいでソルジャーとの間には何も無かったと聞いていますが、接触したのは確かです。
「すると、あっちのぶるぅも検査した方がいいのかな…」
ブツブツと呟く会長さんの身体が青い光を帯びたと思うと、間もなく部屋の空気が揺れて。
「かみお~ん♪」
「来たよ。いきなり何の用なんだい?」
ソルジャーと「ぶるぅ」がパッと姿を現しました。おやつの時間じゃないようだけど、と見回しているソルジャーに
「そるじゃぁ・ぶるぅ」が素早くキッチンに走り、パウンドケーキの残りを持ってきます。二人は早速食べ始めましたが、すぐにソルジャーが顔を上げて。
「ブルー、用事って何なのさ。急ぎだって言うから来たんだよ。…食べ終わる前に言ってくれるかな」
「それが…。話すと長くなりそうだから…」
キラッとサイオンの光が走ってソルジャーと「ぶるぅ」の額に吸い込まれました。たちまちソルジャーの顔が引き攣り、ポカンとしている「ぶるぅ」の頭をグシャグシャと撫でて。
「ほら、このとおり禿げてないし! もちろんぼくだって禿げちゃいないよ!」
「…だから、無症状の人も多いんだってば。でも保菌者だったら他人にうつしてしまうんだ。たとえば君のハーレイとか。…それにシャングリラ中に蔓延したら困るだろう?」
「………」
ソルジャーは不機嫌そうにパウンドケーキを黙々と食べ、食べ終わると乱暴にフォークを置きます。ガチャンという音に私たちは首を竦めました。ソルジャー、頭に来ているみたい…。
「せっかく休暇を取ったのにさ!」
本当に久しぶりなんだ、とソルジャーは腹立たしげでした。
「今夜から明後日の朝までハーレイと二人きりの筈だったのに…。薬も飲んでもらう予定で、凄く楽しみにしてたのに!」
「……ごめん」
頭を下げる会長さんに、ソルジャーは怒りが収まらないといった様子で。
「ハーレイ、あれから一度も薬を飲んでくれないんだよ! ヌカロクをやってしまった自分が恥ずかしいのが本音のくせに、ぼくの身体が大切だからとか何とか言ってノラリクラリと…。休暇中なら無理をしたって問題ないし、今夜は飲ませる気でいたのに!」
…薬にヌカロク。ヌカロクの意味は今も謎ですが、薬というのは例のスッポン入りのヤツでしょう。要するにソルジャーはキャプテンと大人の時間を過ごすつもりで休暇を取っていたのです。そこへ呼び出しを食らったわけで…。ひとしきり文句を浴びせたソルジャーは一息ついて尋ねました。
「で? その検査とやらはすぐ済むのかい?」
「…えっと…。結果が出るのに丸一日ほどかかると思う。多分、培養検査になるから」
「丸一日!?」
ソルジャーはブチ切れ、「やってられない」と立ち上がりかけましたが。
「ダメだってば! もしも君が保菌者だったら、治療しないとマズイんだよ。君のハーレイはまだ無事かもしれない。でも今夜一緒に過ごしたばかりに感染するってことも有り得るわけで…」
「………」
苦虫を噛み潰したような顔でソルジャーはドスンとソファに腰掛けました。
「分かったよ。ぼくだって妙なシロモノをシャングリラで流行させたくはないさ。…丸一日、ハーレイと接触禁止ってわけか…。休暇の半分以上がパアだ」
「本当にごめん。でも、ぼくの世界のハーレイだって好きで仕込んだわけではないしね、トンズランス」
「不幸な事故だというのは分かる。だけど、よりにもよってこんな時に…」
腹が立つ、と繰り返していたソルジャーでしたが、ふと私たちの荷物が置かれているのに目を留めて。
「…そうか、みんなブルーの家に泊まるんだ? ぼくも一緒に泊まろうかな。どうせハーレイとは寝られないんだし、こっちの世界で遊ぶのもいいね。…どう思う、ぶるぅ?」
「うん! ぼくもお泊まりしたい!」
ソルジャーと「ぶるぅ」は会長さんの家に泊まると決めてしまいました。状況が状況だけに会長さんも拒否はできません。二人は早速荷物を取り寄せ、「ぶるぅ」は無邪気に喜んでいます。トンズランスのせいで今夜は賑やかなことになりそうですねぇ…。
時計の針が六時を指すと同時に、私たちは診療所の表へ瞬間移動しました。もちろん人通りがないのは確認済みです。荷物は先に会長さんのマンションへ送りましたし、検査が終わればみんなでお泊まり。高級住宅街にあるドクター・ノルディの診療所と豪邸はしんと静まり返っています。先頭に立って二階建ての診療所に入ってゆくのは柔道部三人組で、私たちは続いてゾロゾロと…。
「こんばんは。トンズランスの検査に来ました」
キース君が無人の受付に向かって叫ぶと、白衣のドクター・ノルディが現れて。
「こんばんは。ハーレイから連絡は貰っていますよ。…おや、人数が多いようですが…?」
ブルーが二人も、と楽しげに言ってニヤリと笑うエロドクター。ソルジャーは制服に着替えていました。
「そちらのブルーは…。ずいぶん久しぶりですね。スクール水着はお役に立っておりますか?」
「おかげさまで」
ソルジャーが笑みを浮かべます。
「気分を変えたい時に使っているよ。あれはなかなか楽しいものだね」
げげっ。そういえばソルジャーはエロドクターにスクール水着を買わせたとか言ってましたっけ。ついでに水着姿で写真を沢山撮らせて遊んでましたっけ…。ドクターは満足そうに笑ってソルジャーの手の甲に口付けました。
「お越し下さって嬉しいですよ。…あなたまでおいでになったということは…誰かと濃厚な接触がおありだったようですね。ハーレイですか、それともブルー?」
「…残念ながら、ぶるぅだよ」
クスクスと小さく笑うソルジャー。
「ぶるぅ同士で仲がいいんだ。どっちのぶるぅも、ぼくたちのベッドに潜り込むのが大好きでね」
「そうですか…。まあ、ハーレイの線だけは無いと思っておりましたが。あなたを抱くには百年早い」
ヘタレな上に経験値がまるで足りませんから、とドクターは勝手に納得しています。ソルジャーの世界に乗り込んで行ったこともあるドクターだけに、ソルジャーは事実を伏せたのでしょう。ドクターは私たちを診察室へ案内すると、人数確認を始めました。
「柔道部員が三人と…ブルーが二人に、ぶるぅが二人。柔道部での感染が疑われるのは三人ですね。他はブルーが原因、と。…どうせハーレイに何かを仕掛けて濃厚に接触したのでしょうが」
「人聞きの悪いことを言われたくないな。全身エステを何度か受けただけなのに…。実に迷惑な話なんだ」
不満そうな会長さんに、ドクターは喉の奥で笑います。
「私だと健康診断ですら嫌がるくせに、ハーレイにはエステをさせるというのが羨ましい。私は鍼も打てるのですが、一度体験なさいませんか? 身体が軽くなりますよ」
「遠慮しておく。それよりも検査を早く済ませて欲しいんだけど」
「…いいでしょう。その素っ気なさもそそられますね」
ドクターは円形をしたヘアブラシのようなモノを運んでくると、柔道部三人組と会長さんたちに手渡しました。
「これで頭を強くブラッシングして貰えますか? そう、頭皮を擦るような感じでゴシゴシと…。このブラシを培地に接触させて、トンズランスの検査をします。一日ほどで結果が出ますよ」
ブラシ培養検査と呼ぶらしい検査法は無症状の人にも有効だそうで、ドクターは会長さんたちの名前を書いたシャーレにブラシを押し付けます。
「培養結果は明日の今頃には出ていますから、必要ならば治療しましょう。有効なのは飲み薬ですが、ブルー…あなたが感染していた場合は…」
名を呼ばれたのはソルジャーでした。
「あなたの世界のハーレイにも検査が必要ですよ。その時は連れて来て頂けますね? 場合によってはシャングリラ中を調べなくてはなりません」
「…分かっている。出来ればシロと出て欲しいものだが」
面倒事は嫌いなんだ、と眉を顰めているソルジャー。シャングリラ中で検査なんていう事態になったら大変そうです。こちらの世界に来ていることは誤魔化せたとしても、きっと色々問題が…。エロドクターも事情が事情だけに不埒な会話は自粛すべきだと思ったらしく、私たちは「明日また結果を聞きに来るように」と言われただけでアッサリ解放されたのでした。
診療所から会長さんのマンションに瞬間移動で移った後は、真っ赤な激辛スープとコクのある白いスープの二色に分かれた専用鍋で火鍋パーティー。ソルジャーと「ぶるぅ」は珍しさに興味津々です。食事が済むとリンゴに飴をからめたものやタピオカ入りのココナッツミルクなんかが出てきて、ソルジャーも大いに満足で…。
「休暇が吹っ飛んだのは癪だけれども、こっちは食事が美味しいからね。ハーレイに帰れなくなったと連絡したら、ごゆっくりどうぞと言われたよ。明らかにホッとしている思念だった。薬を飲むのが嫌だったのかな」
本当にヘタレなんだから、とソルジャーはスッポン入りの薬の効果を御機嫌で話し始めました。ヌカロクとかいうのを何度も自慢しますが、今一つ意味が分かりません。多分、絶倫ってことを指すのでしょうけど。
「…でね、今夜こそヌカロクでいこうと思ってたのに…。この怒りを何処にぶつけたらいいんだろう?」
「自業自得って言うんだよ」
会長さんが冷たい口調で言いました。
「ハーレイにちょっかいなんか出すから、こんな結果になったんだ。あの時ベッドに行かなかったら、トンズランスに感染するようなリスクは負わなかったと思うな。可哀想に、ぶるぅまで感染したかもしれないじゃないか」
「…やっぱりハーレイのせいってことだね。ハーレイが感染してるかもしれないから、って検査させられてるわけだろう? ぼくも、君も」
諸悪の根源は教頭先生に違いない、とソルジャーは開き直っています。自分から近付いておいて、この言い草。流石は会長さんと瓜二つだと私たちは呆れていましたが…。
「そうだ、君のハーレイが悪いんだ。ぼくの休暇を台無しにして…。直接文句を言ってやる!」
「ブルー!?」
会長さんが次の言葉を口に出す前に青いサイオンが光りました。
「「「教頭先生!?」」」
みんなで集まっていたリビングの真ん中に出現したのは教頭先生。寛いでいる所だったのでしょう、ラフな格好をしています。教頭先生は驚いた顔で会長さんの服を纏ったソルジャーを見詰め、視線を会長さんの方に移して。
「…何の用だ、ブルー? それとも呼んだのはブルーなのか?」
「呼んだのはぼくだよ、教頭先生。…君が柔道をやってるせいで、ぼくの休暇が吹っ飛んだんだ」
赤い瞳に睨み付けられて、教頭先生の身体が硬直しました。
「ま、まさか…。トンズランスの検査を受けろとブルーに言ったのは私ですが…」
「ふうん? ぼくの存在は忘れてたんだ? あんなにサービスしてあげたのに、ブルーにはハゲの心配をして、ぼくはどうでもいいんだね?」
「い、いえ……。どうでもいいというわけではなく…」
「綺麗サッパリ忘れてた、と。猛烈に腹が立ってきたよ。休暇を台無しにしただけじゃなくって、ぼくなら禿げてもいいってトコが!」
縮み上がっている教頭先生にソルジャーは罵詈雑言を浴びせまくって激しく怒っていたのですが…。
「なんだか空しくなってきた。あまりにもハーレイそっくりだから、頭の中がゴチャゴチャだ。誰に対して怒ってるのか、自分で自分が分からないや。…もういい、怒るのは諦めよう。もっと前向きに考えないと」
「…申し訳ありません…」
心の底からお詫びします、と頭を下げる教頭先生。ソルジャーが楽しみにしていた休暇というのが何だったのか、教頭先生にも嫌というほど分かった筈です。会長さんと結婚したいと大それた夢を見ているだけに、申し訳なさも一入でしょう。ソルジャーは大きな溜息をついて。
「いいよ、許すのが最善みたいだ。…その代わり、ぼくに付き合ってくれるかな。休暇の埋め合わせをしたいんだけど」
「埋め合わせ?」
「うん。…ぼくは最高の夜を楽しみたくって休暇を取った。でも台無しになったよね? 君に多くは求めないから、ただ付き合って欲しいんだ。それだけで欲情できると思う」
「「「は?」」」
全員の声が重なりました。欲情できるって…欲情って……もしかしなくても大人の時間? ソルジャーは妖しい笑みを浮かべて。
「ぶるぅ、前にライブラリで調べてたっけね。教頭先生をヘタレ直しの修行に連れて来た時、お前はなんて言ったっけ?」
「え?」
急に話を振られた「ぶるぅ」は丸い目をして暫く考え、それからエヘンと胸を張って。
「思い出したぁ! 見られていると燃えるんだ、ってデータを見たからそうしたのに…。ブルーの場合は違うんだよね。確かブルーは見られても平気。ハーレイは見られると意気消沈!」
「よくできました」
偉かったね、と「ぶるぅ」の頭を撫でるソルジャー。目を細めている「ぶるぅ」は嬉しそうです。けれど話題は明らかに変。見られていると燃えるだなんて…。そもそもヘタレ直しの修行だなんて…。私たちの顔が不安に曇るのを見て、ソルジャーはクッと笑いました。
「ぶるぅの言葉を訂正するよ。…ハーレイは覚えているかもしれないけれど…ぼくは見られていると欲情する。それもハーレイに見られていると特別に」
言い終えるなり、ソルジャーは教頭先生の腕をガシッと掴んで青いサイオンに包まれると…。
「だからハーレイを借りていくね。朝になったら家に帰すから、君たちはゆっくり休んでて。ぶるぅ、いい子にしてるんだよ。それじゃ、おやすみ」
「おやすみなさぁ~い♪」
元気に「ぶるぅ」が手を振った後、ソルジャーと教頭先生の姿は何処にもありませんでした。会長さんがヘタリと床に座り込みます。見られているとか、欲情するとか…。ソルジャーは教頭先生をどうするつもりなのでしょう? 『御休憩』とか『御宿泊』とか、頭の中でロクでもない単語が渦巻いてますが、やっぱりそういうことなんですか~?