シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
シャングリラ号の居住区の個室はバス・トイレつきの立派なもの。宇宙船の中とは思えません。寝心地のいいベッドで眠って一夜明けると餅つき大会の日になっていました。朝食を食べに行った食堂は既に噂でもちきりです。先に来ていたソルジャーの衣装の会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」はクルーの人たちに取り囲まれていましたが…。
「やあ、おはよう。君たちの席は取っておいたよ」
こっちこっち、と会長さんが手招きすると周囲の人が散っていきます。
「いいんですか? お話の途中だったみたいですけど…」
シロエ君の問いに会長さんは「かまわないよ」と答えました。
「みんな野次馬根性なのさ。ハーレイの人魚姫絵本、全員に回ってしまったらしい。で、あれは本当に撮影された写真だったのか、それともぼくの悪戯なのか…と直接尋ねに来てたってわけ」
「…どう答えたんだ?」
聞きたくもないが、と顔をしかめるキース君。会長さんはさも愉快そうに人差し指をピンと立ててみせて…。
「ぼくがハーレイを庇うとでも? 本物だって言っておいたよ、撮影するのは苦労した…って。みんな撮影風景を知りたがったけど、もったいないから教えなかった。紫のTバック姿とかは門外不出にしなくっちゃ」
「「「………」」」
思念波を使えば一瞬で情報を伝えられるのが私たちの仲間の特徴です。会長さんがその気になれば人魚姫写真の撮影風景は筒抜けになってしまうのでした。教頭先生の名誉のためにもTバックだけは伏せなくては、と気を引き締める私たち。そう、私たちの頭の中にも情報は入っているのですから。
「難しい顔をしなくても大丈夫だよ。ぼくたちの仲間は無断で心を読んだりしないし、君たちがバラそうと思わない限りはバレやしないさ。それよりも今日は餅つき大会! 柏餅と粽も美味しい内に食べてほしいし、お昼前からやろうと思って」
お昼御飯は豪華ちらし寿司、と会長さんは微笑んでいます。
「公園に全員集合なんだ。ちらし寿司で腹ごしらえをして餅つき大会。…それが終わったら福引だよ」
「「「福引?」」」
「シッ! 昨日言っただろう、景品もつけて派手にやりたいって。まだ内緒だから大声は禁止」
「…景品って…みんなに内緒で調達できたの? 船の中なのに」
ジョミー君が首を傾げると、会長さんはウインクして。
「ぼくはこれでもソルジャーだよ? シャングリラ号での地位はハーレイより上。仲間たちの中でも実は一番偉いんだけど、そのぼくに不可能があるとでも?」
「…えっと……ない……のかな…?」
「あるわけがない。景品はきっとウケると思うよ、君たちも頑張って挑戦したまえ。当たるかどうかは知らないけどね」
福引だから、と会長さん。景品の中にアヤシイ物が混ざってなければいいんですけど…。まっとうな品物が当たるんだったら一等賞を目指したいかも?
話し込んでいる間に餅つき大会の準備は着々と進み、お料理大好き「そるじゃぁ・ぶるぅ」は厨房に行ってお手伝い。もち米を蒸したり、ちらし寿司を一人前ずつお弁当箱に詰め込んだり…と忙しくしていたようですが…。
「かみお~ん♪ ブルー、用意できたよ! あとはヨモギを茹でるだけ!」
予定通りにいったよね、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねてきます。
「ご苦労さま。それじゃ行こうか、餅つき大会」
会長さんが立ち上がるのと艦内放送が流れたのとは同時でした。餅つき大会を開催するので公園に集合するように…との内容です。公園に行くと大勢のクルーが集まってきていて、中央には大きな臼と杵が何組か。
「二百人分の餅をつくんだからね、数が要るんだ」
そう言った会長さんは公園を見回し、皆が揃うのを待っています。シャングリラ号はオート・パイロットで航行中なので、クルー全員が持ち場を離れても全く問題ないのだとか。やがてブリッジから長老の先生方と教頭先生がやって来て…。
「よし、これで全員揃ったね。…みんな、いつもシャングリラ号を維持してくれてありがとう。端午の節句には少し早いけど、柏餅と粽を買ってきたんだ。みんなも知ってるアルテメシアの…」
会長さんが口にした老舗の名前に大歓声が上がりました。地球だと本店やデパ地下のお店で買えるのですが、宇宙では手に入りません。クリスマスとバレンタインデーは会長さんがフォローしていますけど、それ以外の行事のお菓子はシャングリラ号の中で準備するので老舗の味は無理なのだそうです。
「喜んで貰えて嬉しいよ。餅つき大会も楽しんでほしい。でも、その前に柏餅と粽と昼御飯だよね。…お昼は豪華ちらし寿司。ぼくが届けた海の幸入り、じっくり味わってくれたまえ」
ワッと再び歓喜の声。シャングリラ号では魚も養殖しているのですが、地球の海で育ったものより味が落ちると言われています。ゲストで乗り込んだ私たちには違いがサッパリ分からないのに…。
「心理的なものじゃないかと思うんだけどねえ」
お弁当箱を持った会長さんが芝生に座って言いました。
「お刺身にして天然物の魚と食べ比べたら差が出ちゃうけど、養殖物だと味は同じさ。これはぶるぅの保証つき。天然物に敵わないのは当然だろう?」
「確かにな…」
キース君が頷きます。
「天然物と比べる方が間違っている。やはり気分の問題だろうな」
「賛同してくれて嬉しいよ。まあ、ずっと宇宙で暮していれば地球の味が恋しくなるだろうけど…。でもクルーをもっと頻繁に入れ替えようかと提案したら、今のままでいいと言われちゃうんだ」
けっこう癖になるらしいよ、と周囲を見渡す会長さん。
「自分の持ち場さえ守っていれば基本的に生活は自由だし……乗船中は特別手当もついちゃうし。同じクルーでも地球勤務だとデスクワークでつまらないらしい」
なるほど。マザー農場にいたクルー出身の人はデスクワークが嫌で転職したとか? それとも実は現役クルー? ジョミー君たちと話していると、会長さんが。
「クルーにも色々あるんだよ。マザー農場には兼務してる人が数人いるね。…細かいことはクルーになれば分かるんだけど、君たちの場合はちょっと無理かな。外見も中身も子供のままではクルーには不向き」
「「「………」」」
本当のことでもズバリ言われるとショックかも。私たちはクルーの制服を羨ましげに眺め、柏餅と粽を頬張りました。空になったお弁当箱に柏と笹の葉を入れて返しに行くと、係の人が手際よく積み上げて運び去ります。お弁当の後は茹でたヨモギが運び込まれて、いよいよ餅つき大会ですよ~!
まずはヨモギを細かく潰す所から。臼に入れて杵でゴリゴリと潰し、お次は餅つき。幾つもの臼でペッタンペッタンついていくのは壮観です。程よい所でヨモギを混ぜて…最後は総出で草餅を丸めて餡入りに。あ、総出ではないですね。会長さんは見物だけで一切作業をしてませんから。
「だって、ほら。…ソルジャーの正装は手袋だよ? こういう作業は向かないんだ」
本当かな? と疑わしげな私たち。同じ衣装のミニチュア版の「そるじゃぁ・ぶるぅ」はよく手袋を外しています。会長さんが餅つき大会のために手袋を外しても特に問題なさそうな気が…。
『ばれちゃったか。…単なるサボリさ、面倒だから』
私たちにだけ届く思念波を送って寄越した会長さんは、草餅が出来上がった途端に手袋を外すと美味しそうに手掴みで食べ始めました。これでソルジャーだと偉そうにされても困るのですが…。説得力に欠けるのですが…。
『平気、平気。…すぐに納得することになる』
会長さんはクルーたちの間を縫って白い円柱に囲まれた東屋に行くと、スッと右手を上げました。その手は手袋に包まれています。
「餅つき大会と草餅、楽しんで貰えて嬉しいよ。お楽しみついでに、これから福引をしようと思う」
「「「福引!?」」」
「そう、素敵な景品が当たる福引大会。…ぶるぅ、用意を!」
「かみお~ん♪」
飛び出して行った「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパパッと東屋に設置したのはテーブルと福引に使うガラガラでした。ハンドルを回すとコロンと玉が出てくるアレです。あんな物をいつの間に…と思ったのですが、クルーの人たちの会話によるとシャングリラ号の備品の一つ。たまにあるようです、福引大会。
「今日の福引はシャングリラ号に乗り込んだ後で思い付いたから、景品は現物じゃないんだよ。ぼくの署名入りでチケットを出す。…有効期限は設けない。地球に帰って気が向いた時に引き換えて使ってくれたまえ。五等賞はペアの食事券。金額は…」
たちまち始まる「ソルジャー万歳!」の連呼。一等賞の旅行券が発表される頃にはその熱狂は最高潮に…。ガラガラの横には「そるじゃぁ・ぶるぅ」が鐘を握って立っています。当たりが出たら鳴らすのでしょう。食事券に金券、旅行券……どれも嬉しいものばかり。そんなチケットを署名一つで用意できちゃう会長さんは、やはり腐ってもソルジャーなわけで…。
『一言多いよ? ぼくは本当にソルジャーなんだし』
余計なことを考えているとハズレばかりにしちゃうからね、と届いた思念に私たちは首を竦めました。ガラガラにサイオンで細工するのは不可能なのだとクルーの人たちは言っていますが、ケタ外れのサイオンを持つ会長さんなら細工できるかもしれません。でも会長さんは澄ました顔で…。
「みんなも既に知っているように、福引にサイオンは通用しない。運次第だ。…そしてもう一つ、特別賞を用意した。これだけは現物を引き渡せるけど、気に入るかなぁ?」
「「「???」」」
私たちもクルーの人も、誰もが首を捻っています。長老の先生方も同じでした。会長さんはスウッと息を飲むと…。
「特別賞は抱き枕だ。ぼくの写真が印刷された…というわけじゃなくて、この抱き枕はぼく自身。今夜0時から朝の4時まで、ぼくの時間を独占できる」
「「「えぇぇっ!?」」」
公園はたちまち上を下への大騒ぎ。女性クルーの黄色い悲鳴も…。
「ぼくの抱き枕をどう使うかは当たった人の好みに任せる。…抱いて寝るも良し、話し相手にするも良し。それでは諸君の健闘を祈る。チャンスは一人一回きりだ。…福引開始!」
ワッと東屋に駆け寄って行くクルーたち。長老の先生方は思念波で会長さんに文句を言っているようです。恐らく抱き枕の件なのでしょうが、会長さんは知らんぷり。さて、真剣な表情でガラガラを回す人たちの狙いは、一等賞なのか特別賞か…。
『ほら、君たちも並んで、並んで。…旅行券が当たるかもしれないよ?』
会長さんからの思念に、私たちは慌てて列に並びました。特別賞は要りませんけど、食事券とかは魅力的。私たちの後ろには渋い顔をしつつも長老の先生方が続きます。…ん? 教頭先生だけは頬の筋肉、緩んでるかも…。きっと目当ては特別賞。長老の先生方が危惧しているのは教頭先生が特別賞を引き当てちゃった場合でしょうね。
カランカラン…と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大きな鐘を振り回す度に漏れる溜息と羨望の思念。五等どころか二等、三等も順調に出て、ついに一等の旅行券も…。
「ソルジャー、ありがとうございます!」
封筒を手にして感無量のクルーに皆の視線が突き刺さりました。ペアどころかグループで外国旅行に行けそうな額の一等賞。いいなぁ…。あの券、欲しかったなぁ…。残ってるのは何等だっけ、とガラガラの横に掲示された紙を見つめる間に列は進んで…。
「おい、まずいぞ」
私たち七人グループの先頭にいたキース君が後ろを振り向きました。
「四等の金券は残っているが、特別賞が出ていない。…下手すると俺たちに当たるんじゃないか?」
「いいんじゃないの? 当たってもさ」
問題ないよ、とジョミー君。
「ブルーが部屋に来るだけなんだし、困るようなことないと思うな。…サムは当たって欲しいよね?」
「おう! 俺が当てたら部屋でブルーと二人きり…。考えただけでドキドキするぜ」
サム君は頬を赤らめています。当選したら会長さんに尽くしまくって過ごすのでしょうが、抱き枕ってそういうモノでしたっけ? 寝具店で癒しグッズとして売られていますし、快眠用のアイテムなのでは…。でもサム君にとっては尽くすもの。オーダーしようとした教頭先生の場合はもっと不純な目的かもです。
「…そうか、お前たちは平気なのか…。なら、頑張って当ててくれ。俺は絶対御免蒙る」
「キースの方が先に並んでるけど?」
ジョミー君の鋭い指摘にキース君の顔色が変わりました。
「そ、そういえば…俺が先だな。くそっ、俺は一番最後でいいんだ!」
あんなものを当ててたまるか、と七人の中の最後尾だったマツカ君の後ろに割り込むキース君。よほど当たりたくないのでしょうが、そこまで会長さんを嫌う理由は何でしょう? 福引の列は順調に進み、ハズレの玉が続いています。残るは四等が一枚と特別賞。
「う~ん、残念…」
コロン、と転がった白い玉にジョミー君が肩を落としました。サム君も外れ、スウェナちゃんと私も外れ…。
「くそっ、シロエ、俺と代われ!」
ガラガラのハンドルに手をかけようとしたシロエ君を止めたのはキース君でした。
「…キース先輩…?」
「いいから代われ、代わってくれ! 今の方がまだ確率が…」
「………確率が?」
地を這うような声で問い返したのはシロエ君ならぬ会長さん。赤い瞳が深く濃い色に染まっています。
「何の確率がどうしたって? ここで見てたら君が自分でその順番を選んだように見えたけど? 急に順番を変えたがる理由を知りたいな。さっき入れ替わった理由も一緒に」
「…い、いや…。そ、その…四等を是非当てたいな、と…。さっきは未練を感じなかったが、ハズレが続くと惜しくなって…」
「ふうん? まあ、そういうこともあるかもね。でもシロエもハズレを引くかもしれない。ついでにマツカも。…そしたら玉は2個減るわけだし、四等が当たる確率は上がるよ、飛躍的にね。君たちの後にはもうゼルたちしかいないんだからさ」
会長さんの言葉は正論でした。シロエ君たちの後ろにいるのは長老の先生方と教頭先生の五人だけ。シド先生はとっくの昔にクルーに混じってハズレを引いていましたし…。
「ね、キース。ガタガタ言わずに自分の運を信じたまえ。…シロエ、君の番だ」
「はいっ!」
気合をこめてハンドルを回したシロエ君でしたが、転がり出たのは白い玉。四等の緑ではありません。
『……やばい……』
キース君の心の声が響いてきました。それと同時に伝わったのは確率を巡る問題で…。
『また確率が上がってしまった。…どうするんだ、アレが当たったら!』
アレとは何を指しているのか、私たちには丸分かりです。恐れ慄くキース君の前でマツカ君がハズレを引いて、またまた上がる嫌な確率。お通夜のような顔でガラガラのハンドルを握るキース君に会長さんが爽やか笑顔で。
「よかったね、キース。その順番で正解だったよ、四等の確率は六分の一に上昇したし…。当たるといいよね、当たりますように」
頑張って、と肩を叩かれ、キース君がエイッとハンドルを回した次の瞬間。
「かみお~ん♪ 大当たり~!」
カランカランカラン…と鐘が鳴り渡り、転がったのは青く輝く綺麗な玉。
「…残念だったね、四等じゃなくて」
顔面蒼白のキース君に会長さんが微笑みかけました。
「でもレアものの特別賞だ。ごらん、悔しがってる人があんなに沢山」
悲鳴を上げる女性クルーと舌打ちをする男性クルー。…憧れのソルジャーと過ごす時間は思いのほか人気があったようです。サム君と教頭先生の落胆ぶりはもう言うまでもありません。けれど当たったキース君は…。
『……終わった……。俺の人生……』
なんとも哀れな思念を残してスゴスゴと立ち去る後ろ姿。まだ草餅も山ほどあるのに、いったい何処へ行くんでしょうか?
『…昼寝してくる。悪夢だったと思いたい…』
晩飯までには起きるから、とキース君は居住区に帰ってしまいました。
「なんじゃ、あやつは!」
ソルジャーがそんなに気に入らんのか、とゼル先生が髭を引っ張っています。
「わしが当てたら久しぶりに一局と思うておったのに…。まあいい、ハーレイが当てるよりマシじゃて」
囲碁か将棋をやりたかったらしいゼル先生が四等を引き当て、福引大会はそこで終了。みんなで草餅を味わいながら和気あいあいと過ごしましたが、キース君はついに戻って来ませんでした。
シャングリラ号で過ごす二日目の夜。明日は再び長距離ワープで一気に地球へ帰還です。夕食を終えた私たちは展望室で星座もどきを眺めていました。キース君は夕食の席には出て来たものの口数が少なく、今も沈黙しています。
「…本当によく似ているわよね。白鳥座なんかそっくりだわ」
「ですよねえ…。アルビレオが二重星だったら完璧ですよ」
星座談義をするスウェナちゃんとマツカ君の後ろで、キース君が何度目かの深い溜息をついて。
「…何人くらい入れるもんかな…」
「「「は?」」」
まるで意味不明な呟きでしたが、キース君は続けました。
「いや、クローゼットに何人くらい入れるものかと思ってな…。このままではブルーが来てしまう」
「もうすぐだよね。で、なんで人生終わってるわけ?」
サムなら人生バラ色なのに、とジョミー君が笑顔で訊くと。
「あいつと二人きりなんだぞ! それも夜中に! いや、宇宙はいつでも夜中なのかも知れないが…とにかく深夜に来られるとマズイ。…滔々と仏の道を説かれて、ふと気付いたら丸めこまれていそうでな…。いろんな意味で」
「頭も丸められちゃうってこと?」
「言うなぁぁぁ!!!」
不吉な事を、と髪を押さえるキース君。…なるほど、それは怖いかも。悪戯好きの会長さんならやりかねません。なにしろ伝説の高僧だけに、四時間もあればキース君をその気にさせて綺麗サッパリ坊主頭に…。
「頼む、クローゼットに隠れててくれ! 俺が雰囲気に飲まれていたら乱入してきて助けてくれ!」
この通りだ、とキース君は両手を合わせて拝んでいます。私たちは顔を見合わせ、どうしたものかと考えましたが……坊主頭の危機と知っては見捨てることも出来ません。ここは一肌脱いでやるか、とゾロゾロ連なってキース君の部屋へ。
「すまん、狭い場所だがよろしく頼む」
「いいって、いいって。…でもブルーにはバレバレなんじゃないのかなぁ…」
最後に潜り込んできたジョミー君がクローゼットを内側から閉めようとしていると。
「かみお~ん♪ かくれんぼ?」
「「「うわぁぁぁっ!?」」」
「なんだか賑やかだったから…。もうすぐブルーが来るんだよね?」
ぼくも混ぜて、と出現したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」。クローゼットは既にギュウギュウでしたが、仲間はずれは可哀想かも…。
「そうだ、ぶるぅだ!」
キース君がポンと手を打ち、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、こいつらにシールドを頼む。お前ならブルーにバレないように隠れられるな?」
「えっ、本当にかくれんぼなの? んーと……どうかな? 大丈夫…かな? あ、ブルーが…」
ピンポーンとチャイムの音が響いて、キース君はクローゼットの扉をピシャリと閉めました。私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」が大急ぎで張ったシールドに包まれ暗闇の中。後は野となれ山となれ…かな?
「こんばんは。特別賞のお届けに来たよ」
自称抱き枕な会長さんはソルジャーの正装をしていましたが…。
「おや、この格好じゃ不満かい? 君の望みはこっちの方?」
パアッと青い光が走ると会長さんの衣装は緋色の法衣と立派な袈裟に早変わり。そんな物までシャングリラ号に置いていたとは驚きです。…ん? クローゼットの扉は閉まってるのに、どうして外が見えるんでしょう?
『サイオン中継してるんだ。ブルーとキースが気になるんでしょ?』
わぁ、ナイスです、「そるじゃぁ・ぶるぅ」! 私たちだけで隠れたのでは乱入のタイミングも掴めないまま終わってたかも…。思念波でコッソリお礼を言うと嬉しそうな思念が返ってきました。
『混ぜてもらったお礼だよ。かくれんぼって楽しいもんね♪』
一方、伝説の高僧・銀青様の訪問を受けたキース君は…。
「抱き枕なら間に合っている! 俺は特別賞なんか…」
「要らないって? でも抱き枕は見当たらないよ? 君にピッタリだと思うんだけどな、抱き枕。なんといっても癒しグッズだ。カリカリしてると自分自身を見失うしね、心を静かに保たないと…。君は何かと悩みが多い。一番の悩みは髪の毛だろう? その髪が道を妨げている」
「いや、髪は俺の心の拠り所で…」
「それが良くない。自分をきちんと見つめるようにと鏡も作ってあげたのに…。最近あまり見てないようだね」
会長さんが作った鏡というのは、キース君が覗くと坊主頭の自分が映るコンパクト。反論できないキース君を会長さんは理詰めで追い詰め、道を説いたり諭したり。キース君が聞き入る内に会長さんは鋏とバリカン、剃刀などを取り出した上にシェービングクリームと石鹸まで…。
「今日は五月の四日だよね。四と九のつく日に髪を剃る人も多いことだし、剃髪するにはいい日だと思う。…そこに座って合掌したまえ」
「「「!!!」」」
キース君はきちんと正座し、逃亡の意思は無さそうです。これは大変、乱入せねば…と身構えた所へチャイムの音が。
「…誰だい? 助っ人はクローゼットの中だと思ったけどな」
あらら、やっぱりバレバレでしたか。会長さんは舌打ちをしてキース君にドアを開けるよう命じました。すると凄い勢いで飛び込んで来た人がガバッとその場に土下座して…。
「頼む、一生のお願いだ! キース、権利を譲ってくれ!」
「「「………」」」
額を床に擦り付けたのは船長服の教頭先生でした。会長さんの抱き枕が欲しくて欲しくてたまらないのに、勇気不足でオーダーできない教頭先生。そこへ本物の会長さんが抱き枕になると言ったのですから、一生のお願いをしたい気持ちは分かります。でも…お願いの前に状況を確かめた方が良かったのでは…?
「聞いたかい、キース? 権利を譲って欲しいそうだ。…仏の道は厳しいねえ…。せっかく君が決心したのに」
教頭先生の乱入で驚いたせいか、キース君は正気に返っていました。危機一髪だったことを悟って顔色の方は冴えませんけど、剃髪用具と教頭先生をじっと見詰めて頷くと…。
「…これも御仏縁というものでしょう。喜んでお譲りさせて頂きます」
「いいのか、キース? ありがとう、心から感謝する」
土下座したまま感涙に咽ぶ教頭先生の側に忍び寄ったのは会長さん。
「…譲られちゃったみたいだね、ぼくは。それじゃ早速、剃髪しようか」
教頭先生の髪にたっぷりとシャボンの泡が載せられ、続いて響いた野太い悲鳴。今頃気付くとは教頭先生も間抜けですけど、それだけ必死だったのでしょう。…だからといって抱き枕に頭を剃られたのでは、一生のお願いどころではなく…。
「やめてくれ、ブルー! 頼む、私が悪かった! キース、ブルーを止めてくれ!」
「甘い!」
会長さんは逃げようとした教頭先生に足払いをかけ、倒れた所へ馬乗りになって右手に鋏を持ちました。
「ハーレイ、君がいけないんだよ。キースからぼくを譲り受けたら、何をするつもりだったんだい? ぼくの抱き枕を作ろうとしたのはバレているんだ。…白状しないと本当に全部剃っちゃうからね」
まずは短くカットから…と鋏を鳴らす会長さん。泣きの涙の教頭先生はキース君がいるのも忘れて抱き枕に懸けた夢を語りましたが、分からない単語も数多く…。要するに普段から妄想しているあれやこれやを実現させたかったみたいです。
「そういうことか…。残念だけど、今夜のぼくは銀青でね。剃髪が嫌なら法話を聞いて帰りたまえ。キースから権利を貰ったんだろ?」
「……うむ……」
気の毒な教頭先生は午前4時まで正座させられて法話を聞かされ、キース君と会長さんに何度もペコペコ頭を下げて恥ずかしそうに帰っていきました。会長さんはフンと鼻で笑って…。
「…馬鹿だよね、ホント。一生のお願いに来たはいいけど、本当にぼくを譲り受けても何も出来ないヘタレのくせにさ。坊主にしちゃえば良かったかなぁ、ブリッジに立ったら笑えたかも…。もう出てもいいよ、クローゼットの中の助っ人たち」
「「「は~い…」」」
一部始終を「そるじゃぁ・ぶるぅ」の中継で見た私たちですが、緋色の法衣の会長さんは間近で会うとド迫力です。会長さんは一瞬でソルジャーの正装に戻り、剃髪用具を「そるじゃぁ・ぶるぅ」に手渡すと。
「ハーレイが来るなんてビックリだよねえ。…キースを坊主にしたかったのにさ」
「本当か? 計算ずくに思えるが…。だが教頭先生が来ていなかったら、俺が坊主にされてたわけで…。それを思うと肝が冷えるな」
教頭先生、感謝します…とブリッジの方角へ頭を下げるキース君。私たちがシャングリラ号に乗りたいなんて言い出さなければ、教頭先生の出張は何ごともなく無事に終わっていたのでしょうか? でもシャングリラ号での宇宙の旅は良い思い出になりました。地球に向けての長距離ワープは5時間後。教頭先生、剃られずに済んだ髪をビシッとキメてワープと叫んで下さいね~!