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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

達人を目指せ・第2話

オムレツ作りのコンテストらしきものが開催される、と聞いて特訓しようと決意を固めた私たち。けれどオムレツに欠かせない卵が見当たらないという想定外の出来事が…。キース君とジョミー君が代わる代わる冷蔵庫を覗き込み、奥の奥まで探ってみて。
「ダメだ、やっぱり入っていない」
「ケーキとかプリンはあるんだけども…」
何処にもないよ、とジョミー君が嘆きました。
「それにご飯も入ってないし! 炒飯だって無理だってば!」
「…本当に卵はないようだな…」
キッチンをチェックし終えたキース君も困惑顔。フライパンだけは人数分揃っているのですけど、食材がなくては使えません。オムレツも炒飯も出来ないとなると、いったい何を練習すれば…?
「まさかと思うが揚げ物なのか…?」
キース君が冷蔵庫からチーズの塊を取り出しました。
「フライパンなら少しの油で揚げられる。チーズのフライは美味いんだぞ」
「それにしたって卵が要るわよ?」
パン粉だって、とスウェナちゃんが指摘し、フライの線はあえなく消滅。他にフライパンを使う料理って何でしょう? みんなで頭を悩ませていると、背後で扉がシュンと開いて…。
「やあ。頑張ってる?」
入って来たのはソルジャーの正装の会長さんでした。こうして見ると別の世界のソルジャーと全く区別がつきません。記憶装置まで着けてますから! 会長さんはツカツカと近付いて来て、テーブルの上に並べてあったフライパンを一つ、手に取ると。
「なんだ、練習してないじゃないか。全然使った気配がない」
「当たり前だろう、卵が1個もないんだぞ!」
食ってかかったキース君でしたが、その表情がハッと変わって。
「おい、手にしただけで分かるのか? 俺たちがそれを使ったかどうか?」
「まあね。ついでに誰がどれを持っていたかも見当がつくよ。残留思念とでも言うのかな? 普通に料理をした程度なら残らないけど、これを渡されて戸惑った気持ちが残っているんだ」
「「「………」」」
「真剣に練習していたんなら、その時の気持ちも残ってくる。だけどこれには…戸惑いだけだね。ジョミーのフライパンだろう?」
「え? え、えっと…。多分そうかも…」
自信なさげなジョミー君に会長さんは苦笑しながら。
「何処に置いたかも自分で覚えてないんだね? どれを使っても問題ないから構わないけど、もっと真剣に取り組まなくちゃ。フライパンは貴重なんだってこと、しっかり思い知っただろうに」
「うん…」
ジョミー君が項垂れ、私たちも食堂で見たフライパン待ちの列を思い返して身震いしました。今、シャングリラ号で熱い話題はフライパンです。おまけに、とっても貴重品。それを一つずつ持っていながら何も出来ない私たちって最悪認定ですか? ソルジャーのお友達から左遷で降格という恐ろしい言葉が浮かびますよう~!

「左遷で降格? なんだい、それは?」
不思議そうな顔をした会長さんは次の瞬間、おかしそうに笑い出しました。
「そうか、左遷で降格ねえ…。それが本当ならフライパンなんて渡さないよ。特別に用意した気持ちを汲み取って欲しいんだけど? 存分に練習できるようにね」
「…さっきから練習、練習と言っているがな…」
切り返したのはキース君です。
「俺たちにはサッパリ分からないんだ! これで練習して何をしろと? オムレツ作りのコンテストと聞いたが、単にフライパン料理だという話もあった。現に炒飯を作っている人もいたし…。とにかく何かを作るんだろうと戻ってみれば食材がない」
「それで練習していないんだ?」
「当たり前だろう! 卵もなければ飯もない。これでオムレツだの炒飯だのを作れるヤツがいるもんか!」
「…焦がしちゃったら勿体無いしね」
フライパンを眺める会長さん。
「食堂でちゃんと見てきただろう? 作ったものは必ず食べる! ぶるぅの美味しいオムレツや炒飯を食べ慣れた君たちに焦げた料理は食べさせたくない。だからさ、練習は基礎の基礎から」
「「「基礎…?」」」
いったい何をどうやって、と首を傾げる私たちに会長さんは一旦フライパンを置き、キッチンの方へ向かいました。少しして戻って来た会長さんの手にはお皿を拭くのに使う布巾が…。
「はい、これ」
「「「???」」」
一枚ずつ布巾を手渡された私たちがキョトンとしていると、会長さんは残った一枚の布巾をフライパンにポンと放り込み、そのフライパンを右手で握って。
「いいかい、よく見ているんだよ? これがフライパン料理のお手本。ぼくもオムレツは得意なんだ」
会長さんの右手が軽やかに動き、フライパンの上で布巾がクルクル宙返り。それを何度も繰り返してから「やってみて」と言われ、私たちは慌ててフライパンを握りました。えっと、布巾を上に乗っけて…。あれ?
「…ほらね、やっぱり基礎がない」
誰も布巾を上手に引っくり返せません。端に寄ったり勢い余って飛び出したりと、宙返りには程遠く…。
「布巾も上手に返せないんじゃあ、オムレツなんて全然無理だね。当分それで練習したまえ。卵を渡さなかったのは正解だったよ」
呆れ顔の会長さんにキース君が。
「待ってくれ、本当にオムレツなのか? 炒飯ではなく?」
「さあね。でも、フライパンを操れない人に勝ち目がないのは間違いない。練習しといて損はしないと思うけど?」
布巾が終われば次はこれだ、と宙に取り出されたのは塩がドッサリ入った袋。
「これも食品に違いないけど、使い回しがきくからねえ。使った後はこっちの袋に入れてくれれば、厨房の方できちんと処理して普通に料理に使うから」
「塩…?」
どうするの、とジョミー君が尋ね、会長さんはジョミー君からフライパンを受け取って…。
「布巾は重さが足りないんだよ。あれでコツを掴んだ後は重さも加えて練習しないと。そこで塩の出番になるのさ。これはこうして…」
会長さんはフライパンに塩をたっぷりと入れ、布巾を引っくり返すのと同じ要領で鮮やかに上下を入れ替え始めました。その手つきは実に見事です。なるほど、いつも「そるじゃぁ・ぶるぅ」のフライパン捌きを何も考えずに見てましたけど、あんな感じでやってますよね。
「分かったかい? まずは布巾で、次が塩。塩をマスターすれば一人前だと言いたいけれど、そこまで辿り着けるかどうか…。実質残り半日だ」
そろそろ夕食の時間だよ、と会長さん。残り半日ってことは、コンテストとやらは明日の午後?
「そうなるね。別に明後日でも良かったんだけど、フィシスがゆっくり楽しみたいって言うものだから…。最終日だと下船準備でバタバタするし、明日にするのが一番かなあ、って」
「「「………」」」
残り半日でフライパンを操る達人になれと言われても…。けれど会長さんはクスッと笑っただけでした。
「負けたくなければ頑張りたまえ。そうそう、布巾と塩で練習するのは本物の料理人でも同じだよ。最近は流行らないかもしれないけれど、昔は定番だったんだ。食材を無駄にしないためにね」
健闘を祈る、と軽く手を振り、部屋を出て行く会長さん。ソルジャー自らフライパン料理の基礎を教えに来てくれた以上、これはやるしかないんですよね…?

夕食のために食堂へ行った私たちが見たのは更に長くなったフライパン待ちの列。食堂の中では定食よりもオムレツや炒飯が大人気……と言うより、自分で作ったヤツなんでしょうね。自前のフライパンがあるのを今ほど有難く思ったことはありません。
「みんな真剣にやってるよねえ…」
凄いや、と感心するのはジョミー君。
「だってさ、たかがフライパン料理のコンテストだよ? ぼくたちみたいにフライパンを押し付けられたら特訓するしか道はないけど、自発的に練習するなんてさ」
「…それなんだがな…」
キース君が焼肉定食を頬張りながら。
「思い出したんだ、去年のことを。ほら、福引があっただろう? 俺がブルーを引き当ててしまって酷い目に遭った…」
「そういえば…」
綺麗サッパリ忘れてましたが、去年は草餅を作った後で福引大会があったのでした。特別賞は会長さんと一晩一緒に過ごす権利で、それを当てたキース君が危うく坊主頭にされそうになったという大惨事。結局、教頭先生が乱入してきて、キース君は助かったのですけれど。
「去年が福引大会だ。そして今度がフライパン料理コンテスト。今回も豪華賞品が出ると誰もが思っているんじゃないか?」
「あれは凄かったですもんねえ…」
相槌を打ったのはシロエ君です。
「地球で使える有効期限無しの食事券に金券、旅行券! あんなのが出ると言うんだったらフライパン修行も人気なわけですよ。…あれ? じゃあ、別に真剣に練習しなくったって、罰ゲームとかは無いですよねえ?」
「分からんぞ。なにしろアイツがフライパンを用意した上に極意を伝授しに来たんだからな、練習不足で最下位にでもなろうもんなら何が起こるか…」
考えただけでも恐ろしい、とキース君は髪を押さえています。坊主頭はキース君限定の罰ゲームでしょうけど、確かに真面目に取り組まなければ大変なことになるのかも…。
「後悔先に立たずって言うぜ」
サム君が拳を握りました。
「ブルーの期待も裏切れないし、俺、頑張る! もしかしたら特別賞は今年もブルーかもしれないし!」
「俺はブルーは要らないんだが…」
キース君がぼやきましたが、練習の必要性は嫌と言うほど分かっています。シャングリラ号のクルー全員が燃えているらしいコンテストでソルジャーである会長さんのお友達が悪い成績を取ったりしたら、会長さんは赤っ恥。そうならないためにフライパンが用意されたのですし。
「仕方ない、とにかく練習するか」
溜息をつくキース君に、私たちも揃って頷きました。あ、サム君は例外です。とっくの昔にやる気満々、特別賞を思い描いて瞳がキラキラしていますから! そうと決まれば惜しいのは時間。私たちは大急ぎで夕食を食べ終え、トレイを返して会議室へと。しかし…。
「なんか……腕が重いんだけど…」
ちょっと痛いし、とジョミー君が腕をさすっています。言われてみれば私も筋肉が張っているような…。昼間の「そるじゃぁ・ぶるぅ」とのハードな鬼ごっこのツケが今頃出てきてしまったのでした。筋肉痛というヤツです。逃げ回る「そるじゃぁ・ぶるぅ」を追い掛けるのに身体を目いっぱい使った結果がこの痛み。
「これじゃフライパンが上手く振れないよ。誰か薬とか持ってきてない?」
ジョミー君が見回しましたが、二泊三日の宇宙の旅に筋肉痛の薬を持参するわけがありません。けれど普段から鍛えている柔道部三人組以外は全員、腕も脚もしっかり筋肉痛。これでフライパンを器用に操るなんて、どう考えても無理ですってば~!
「メディカル・ルームに行ってみるか?」
キース君の提案に私たちは飛び付きました。今までは縁の無かった所ですけど、初めてシャングリラ号に乗り込んだ時に見学に行った覚えがあります。最新鋭の設備を揃えたあそこだったら、きっと湿布も置いてるでしょう。塗り薬も充実していそうです。まずはコンディションから整えないといけませんよね。

「いたたた…」
サッカー部でたまに遊んでいるくせに、ジョミー君も足まで筋肉痛でした。サム君とスウェナちゃん、私なんかは言わずもがなです。柔道部三人組も普段使わない筋肉を使ったらしくて心なしか肩が重いとか。
「教頭先生はやっぱり凄いな。ぶるぅをあれだけ遊んでやれるんだからな」
改めて感動しているキース君を先頭にして、私たちはメディカル・ルームに向かいました。途中で通った食堂の前には未だに長い行列が。そしてメディカル・ルームには…。
「あれ? ここも行列?」
ジョミー君が見つけたのは扉の前に出来た列。ここも順番待ちなんですか? みんな手首や腕をさすってますけど?
 と、扉が開いて看護師さんが。
「次の方、どうぞ! あら? あなたたちも筋を傷めたの?」
「「「は?」」」
「フライパンでしょう? 夕方からずっと行列なのよ。ちょっと待ってね」
看護師さんが奥に消え、私たちは行列をよく見てみました。フライパンだの筋を傷めるのって、もしかしてフライパンの振りすぎですか? シロエ君が最後尾の男性クルーに話しかけると。
「うん、ちょっと張り切りすぎたかもなぁ。20分でやめときゃよかった。俺、4回も並んだんだよ」
「俺、5回!」
「へえ~。俺なんて6回だぜ?」
たちまち始まる回数自慢。私たちもトレーニングの時間を訊かれ、全くやっていない事実をどうしたものかと窮したのですが。
「ソルジャーのお友達だから優先しますって。どうぞ!」
さっきの看護師さんが呼びに来てくれ、羨ましそうなクルーたちの視線を浴びつつ部屋の中へ。入ってすぐの処置室では数人のクルーが看護師さんの手当てを受けていました。手首に湿布と包帯が王道ですけど、塗り薬の類もあるようです。これならきっと筋肉痛も…。
「どうなさいました?」
「「「!!!」」」
奥の診察室から聞こえた声で背筋にゾクッと走った悪寒。こ、この声は、もしかして…。
「どうなさったのですか、と訊いているのですが?」
顔を覗かせたのは白衣を纏ったエロドクター。なんでドクターがシャングリラ号に!?
「おやおや、そんなに驚かなくても…。ドクターたる者、ソルジャーがシャングリラ号に乗られる時にはお供するのが常識です」
「あんた、去年はいなかったろうが!」
キース君の叫びに眉を顰める看護師さんたち。キース君は慌てて言葉を切り替えました。
「し、失礼しました。…確か去年は乗っておいでにならなかったと…」
「ええ、そうです。正確に言えばお供する義務があるのは春休みだけです。あの時期は必ず乗っていますよ、年に一度はきちんと視察をしませんとね」
「でも…。俺、いえ、ぼくたちが初めて乗った時にはお会いしなかったように思うのですが」
「おや、そうでしたか? あの時もいたのですけどねえ…」
この部屋に、とエロドクターは悠然としています。
「皆さんが見学にいらした時には休憩時間だったのでしょう。今回は去年の福引大会の噂を耳にして乗り込むことにしたのですがね」
「「「………」」」
やっぱりそうか、と頭痛を覚える私たち。福引大会の特別賞は会長さんだったのですから、エロドクターが二匹目のドジョウを狙わないわけがないのです。ということは、ドクターも…? 視線を奥にやると案の定、机の上にフライパンが。
「いいでしょう、あのフライパン。ここには当直のメンバー用にキッチンがありますし、もちろんフライパンもあるわけです。もっとも私は練習するまでもないのですが…。オムレツは得意料理です」
できる男とはそういうものです、と得意満面のエロドクターは軽くフライパンを振ってみせました。会長さんに負けず劣らず、見事なフライパン捌きです。私たちがポカンとしていると…。
「で、どうなさいました? フライパンの振りすぎで筋を傷めたクチですか?」
まだ若いのに、と小馬鹿にした調子で言われてジョミー君が。
「違うよ、筋肉痛だってば! ぶるぅと鬼ごっこしたら手も足も…」
「ぶるぅですか…。筋肉痛なら特に手当ては要りませんね。これでもつけておきなさい」
渡されたのは噴きつけるタイプの筋肉痛の薬でした。
「私は忙しいのです。次の人、どうぞ」
出て行けとばかりにシッシッと手で追い払われて、私たちは処置室を通って再び通路へ。フライパンで筋を傷めた人はまだ行列をしています。ここまでクルーが熱くなるフライパン料理だかオムレツだかのコンテストとは、いったいどんなものなのでしょう? おまけにエロドクターまで来ているとなれば、このコンテストは荒れそうですよ~。

元の会議室に戻った私たちは筋肉痛の薬をスプレーしてからフライパンを握り、布巾を引っくり返す練習を始めました。これがなかなか難しくって、ちっとも上手くいきません。
「よーし、休憩!」
キース君の号令でフライパンを置き、メディカル・ルームのお世話にならなくて済むようストレッチ。そこまで頑張らなくてもいいのでは、と言う人は誰もいませんでした。オムレツは得意だというエロドクターが参戦する以上、私たちがボロ負けしたら会長さんに思い切り皺寄せが行きそうです。ここは根性を見せないと! …でも。
「ねえ、ゼル先生ならいい線いくんじゃないのかな?」
ドクターよりも、とジョミー君。
「機関部に専用キッチンがあったでしょ? あそこで特訓していそうだよ」
「船霊様の所ですよね」
覚えています、とシロエ君が言い、私たちの脳裏に浮かぶ船霊様の記憶。このシャングリラ号を守っている船霊様は黒い招き猫の像なのでした。福猫だとか人を招くとか、ゼル先生は色々蘊蓄を垂れてましたが、愛用の黒いライダースーツとフルフェイスのヘルメットを見てしまった今となっては、黒は単なる好みだという気がします。もっともペットが二匹の大型犬でしたから、招き猫は本当に縁起物かもしれませんけど。
「ゼル先生が本気を出したらドクターに軽く勝てるって! そう思わない?」
「しかしだな、ジョミー」
難しい顔で腕組みをするキース君。
「ブルーがわざわざフライパンを寄越したからには、何かある。俺たちに期待を寄せているんだ。無様な負けっぷりは見せられないぞ。そこそこ腕を磨かないことには…。よし、休憩終わり!」
私たちは10分フライパンを振り、5分休憩という形で特訓中でした。そろそろ日付が変わる頃です。これを最後の練習にして、続きは明日の朝一番からと予定を決めていたのですが。
「かみお~ん♪」
いきなり扉が開いて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が入ってきました。
「頑張ってる? ブルー、寝ちゃったからこっちに来たの! 青の間は立入禁止なんだよ」
「「「立入禁止?」」」
「うん。だってフィシスが一緒だもん! 子供はいい子で一人で寝るの!」
「「「………」」」
あまりにも無邪気な言葉に私たちは絶句するばかり。いつも良い子の「そるじゃぁ・ぶるぅ」は普段からこんな調子で放り出されているのでしょう。で、会長さんがフィシスさんとどうしているかは聞くだけ野暮というもので…。
「そうか、ぶるぅは一人で寝るのか…」
いい子だな、とキース君が小さな銀色の頭を撫でて。
「俺たちの練習ももう終わりだが、見て行くか? 直せそうな所があったら直してくれ」
「オッケー!」
元気一杯に答えた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は私たちの最後の練習に付き合ってくれ、一人一人のフォームをチェックし、コツを教えてくれました。お蔭で全員が布巾を三回くらいは上手に引っくり返せるようになり、ひたすら感謝、感謝です。その上に…。
「せっかくだから夜食も作るね! みんな遅くまで頑張ったもんね。あのね、フライパン、ここまで出来れば最高だよってブルーが言ってた!」
見てて、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が瞬間移動で取り寄せた食材で作り始めたのは炒飯です。しかもキッチンに大音量でお気に入りの『かみほー♪』を流し、曲に合わせて踊りながら炒めるという凄い技。いくらなんでも私たちには真似のできない芸当でした。たかがフライパン、されどフライパン。まだまだ奥が深そうです…。

その晩、私たちは全員フライパンの夢を見ました。山ほどのフライパンに追われた人やら、巨大なフライパンに潰された人やら。私が見たのはフライパン片手に細い吊り橋を渡る夢です。必死にバランスを取りながらフライパンの上の布巾を引っくり返し、目の眩むような谷に架かった吊り橋を…。
「あ~あ、夢の中までフライパンだよ」
泣きそうだった、と言うジョミー君は夢の中では小学生で、宿題に使うフライパンを学校に忘れてしまって必死に取りに戻ったのだとか。いくら走ってもスピードが出ないというのが夢ならではのお約束です。
「俺なんか木魚の代わりにフライパンを叩いていたんだぞ? それで親父に音が悪いと怒鳴られるんだ」
理不尽な、とキース君もゲッソリした顔。けれどフライパン修行を投げ出すわけにはいきません。食堂で揃って朝食の後は会議室に戻ってひたすら練習。会長さんが用意してくれた塩の袋には辿り着けそうもなく、ひたすら布巾を引っくり返して頑張って…。
「シャングリラの諸君!」
全艦放送で教頭先生……いえ、キャプテンの声が流れたのは昼食を終えて再び練習していた最中でした。
「今日はソルジャー主催のイベントがある。色々と噂があったと思うが、参加したい者は一時間後に公園に集合するように。準備のために公園は今から閉鎖する」
「「「公園?」」」
意外な場所に私たちは首を捻りました。フライパンなだけに厨房のある食堂だろうと見当をつけていたのですけど…。
「準備のために閉鎖するって言ってましたよ」
きっとコンロの準備ですよ、とシロエ君がフライパンを軽く振ります。
「シャングリラ号にどれだけの設備があるのか知りませんけど、炒飯は火力が要りますからね…。公園に持ち出せる程度のコンロじゃ難しいでしょう。やっぱりオムレツなんですよ」
「…それって、ぼくたちヤバイんじゃない?」
ジョミー君が声を潜めました。
「フライパンの特訓はやっていたけど、本物のオムレツは一度も作ってないんだよ! ドクターは自信ありそうだったし、ぼくたち全員、予選落ちとか…」
「「「………」」」
それはマズイ、と私たちの背中に冷たいものが流れました。けれど会長さんから渡されたものはフライパンと布巾と塩だけでしたし…。
「塩をクリアしたら卵が届くんだったんじゃないの?」
恐ろしい読みをするジョミー君。でも……それって有り得るかも…。
「だとすると…。塩にも手が届かなかった俺たちはブルーに見捨てられたということか?」
「きっと卵が来なかった段階で降格決定で左遷なんだよ! イベントに出ても席が無いとか、参加もさせて貰えないとか…」
ジョミー君は次々と最悪の事態を口にしてきます。どうしましょう、本当に公園に入れて貰えなかったら? 入り口で追い返されたら、悲しいなんてものではなくて…。
「落ち着け、ここで愚痴っていても始まらないぞ」
とにかく行くだけ行ってみよう、とキース君が檄を飛ばしました。
「その前に最後の練習だ。ベストを尽くしておかないとな」
私たちはフライパンを構え、真剣に布巾を引っくり返して頑張ったものの、やはり本物のオムレツが作れそうな手ごたえはありません。ぶっつけ本番で成功したらいいですけども、失敗したら…?
「失敗以前の問題として、会場に入れるかどうかだな。まあ、ブルーのことだし、少々汚い手を使っても入れてくれそうな気はするが…。左遷で降格というのでなければ」
行くぞ、と扉に向かうキース君の右手にはフライパンが握られていました。あのぅ…。それって持って行くの?
「ぶるぅに用意させたと言ってたんだし、他のクルーも知っていたしな。やはり馴染んだ道具を使うのが一番有利だ。お前たちも自分のフライパンを持って行った方がいいだろう」
「そっか、スポーツ選手のラケットとかと同じ理屈だね!」
確かに良さそう、とジョミー君が歓声を上げ、私たちはフライパン持参で行くことに。果たしてどんなイベントになるのか、私たちに参加資格はあるのか否か。いろんな意味でドキドキです~!




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