シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
練習で使ったフライパンをしっかり握って公園へ向かった私たち。コンテストの正体は分かりませんけど、まずは参加資格を得なくては…。門前払いを食わされたのではたまりません。公園の入り口には既に行列が出来ていました。何人かのクルーが受付係をしているようです。最後尾に並ぶと、すぐに男性クルーがやって来て。
「こちらへどうぞ。優先的に受付するよう、ソルジャーから仰せつかっております」
「えっ。ホント!?」
喜んだのはジョミー君。左遷だの降格だのと暗い予想をしていただけに、特別待遇と聞いて舞い上がるのは無理ないかも。私たちも参加できそうなことにホッとしながら受付へ向かったのですが…。
「こちらにサインをお願いします。それと、フライパンをお渡し頂けますか?」
「「「え?」」」
わざわざ持ってきたフライパンを渡せと言われて面食らっていると、受付係の後ろに突然ヒョコッと小さな影が。
「かみお~ん♪ みんな、練習できた?」
「「「「ぶるぅ!?」」」
私たちは一斉に練習用のフライパンの必要性と相性について「そるじゃぁ・ぶるぅ」に説明しました。自前のフライパンでないと好成績が出せそうにない、と。けれど…。
「ごめんね、みんな同じ条件で戦わないとダメなんだって。だからフライパンも決まっているの! でもね、このフライパンと同じサイズだから安心してて」
大丈夫、とニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」にキース君が。
「そうなのか? 俺たちは塩にも辿り着けなかったんだが…」
「平気だってば! フライパンを上手く使えるかどうかで決まる勝負だと思うから!」
自信持ってね、と言って「そるじゃぁ・ぶるぅ」はフッと姿を消しました。もちろん瞬間移動で、です。私たちは受付係にフライパンを渡し、代わりに受け取ったものは紙袋。
「これを持ってお入り下さい。ただし、ソルジャーからの合図があるまで開封禁止となっております」
「「「???」」」
「あ、サイオンで透視するのも無理ですから! 本日の競技に必要なアイテムとだけ申し上げておきます」
「「「………」」」
紙袋は大きさの割に重さはなくて、かさばるものでもないようです。とにかくこれで参加資格はゲットしました。公園の中に入っていくと、先に受付を終えたクルーの人たちが紙袋を抱えてあちらこちらに…。
「これって何が入ってるのかな?」
ジョミー君が紙袋を軽く振ってみて。
「えっと…。なんだか布っぽい? タオルとかかな?」
「ああ、タオルかもしれないな」
キース君が頷きました。
「俺たちも布巾で練習したし、ぶるぅが言ったとおりにフライパンが使えるかどうかのコンテストなら本物の卵でなくてもいいわけだ。布巾の代わりにタオルというなら、俺たちは有利になるかもしれないぞ」
「そうですね!」
拳を握るシロエ君。
「食堂で練習していた人たち、みんな料理に夢中でしたし! 料理勝負なら危ないですけど、タオルを引っくり返す競技だったら負けませんとも!」
シロエ君が勢い込んだ所で公園にワッと歓声が。特設されたステージの上に会長さんが現れたのです。ソルジャーの正装をして、同じくシャングリラ号での正装を纏ったフィシスさんを伴い、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて。
「みんな、受付は終わったようだね」
会長さんは公園をグルリと見渡しました。
「今からお楽しみのコンテストを開催しようと思う。紙袋を開けてくれたまえ。参加者は必ずそれを使うこと!」
ガサガサと紙袋を開ける音がし、私たちも開けてみました。袋の中から出てきたものは…。
「「「!!?」」」
「それがコンテストの制服だ。着用しないと失格だからね」
クスクスクス…と会長さんが笑っています。袋の中身はエプロンでした。それも真っ白でフリルひらひらの女性用です。スウェナちゃんと私や女性クルーは平気でしょうけど、男性陣は…?
「なんなんだ、これは…」
額を押さえるキース君の隣でジョミー君がエプロンを呆然と見詰めています。男性クルーもざわついていますが、会長さんは平然と。
「棄権する人以外は制服着用! 敗退したら脱いでいいけど、勝ち進んでる間は外せないから。いいね、これはソルジャーとしての命令だ」
「「「!!!」」」
反射的に敬礼をしたクルーたちは素早くエプロンを着けました。男性クルーの制服にエプロンは全く似合わないのですが、棄権する人は無いようです。ブリッジに近い辺りでは教頭先生やゼル先生たちまでがエプロンを…。エロドクターも白衣の上にしっかりエプロン着用ですし。
「…仕方ない、俺たちも着るしかないか…」
キース君がフリルひらひらのエプロンを着け、ジョミー君たちも続きました。スウェナちゃんと私はいいですけども、やっぱり男子はお笑いですよね…。
みんながエプロンを着け終えると、会長さんは満足そうに微笑んで。
「棄権する人は無いようだね。まあ、前評判が高かったんだから当然かな? まずは競技を説明しよう。オムレツ作りコンテストだとか言われていたけど、本当は…。シド、用意はいいかい?」
「はい!」
エプロン姿のシド先生が数人の男性クルーを連れて進み出、公園の芝生にラインを引いていきます。競技用のトラックみたいに見えますけれども、あれって何? んーと…やっぱりトラックですよね、ぐるっと一周の長円形ですし、コースも6つありますし…。
「ちょ、ちょっと…。走りながらオムレツ作るの?」
有り得ない、とジョミー君が叫び、マツカ君が。
「ど、どうなんでしょう…。昨夜ぶるぅが踊りながら炒飯作ってましたし、ひょっとすると…」
「まさかカセットコンロまで抱えて走れとか?」
無理だ、と呻くキース君。フライパンだけでも精一杯なのに、カセットコンロは持てません。シャングリラ号の最先端の技術からすればカセットコンロも軽量化されているかもですけど、オムレツを作りながら走るというのは無茶ですってば…。クルーの人たちも騒いでいます。その間にシド先生たちは手際よくラインを引き終えました。
「うん、コースはこれで完成したね」
ステージ上の会長さんがニッコリ笑ってコースの方を指差すと。
「出場者はあそこを走ってもらう」
「「「えぇっ!?」」」
フライパンはどうなるんですか、と悲鳴に似た声が飛び交う中で会長さんは。
「もちろんフライパンは競技に必要不可欠さ。これからやるのはパンケーキ・レース。…知ってる人もいると思うけど、本来はイースターの前の断食期間が始まる前日にやるものなのさ」
会長さんの説明によると、断食期間中は口に出来ない卵やバターを使い切るためにパンケーキを作る習慣があったのだとか。そのパンケーキを作っていた主婦が教会の礼拝に遅れそうになり、フライパンを持ったまま走ったのがパンケーキ・レースの始まりだそうで、なんと五百年もの伝統が…。
「パンケーキと言ってもホットケーキと違ってクレープみたいに薄いヤツだよ。コースを走る間に少なくとも3回、パンケーキを放り投げてフライパンで受けてもらう。落としたら失格、3回投げられなくても失格。あとは速さと放り投げた回数と高さで総合的に判定するから」
頑張って、と会長さんは楽しそうです。
「ついでにサイオンは使用不可だ。そのために競技用のフライパンを用意した。これを持っている間はサイオンが使えないよう仕掛けがしてある。みんな、フライパンで練習を積んできただろう? 大いに期待しているよ」
「「「………」」」
自信がありそうな人はいませんでした。コースを作ったシド先生でさえ競技の中身は初耳らしく、焦った様子で教頭先生たちと話しています。会長さんはそんなことにはおかまいなしに。
「エプロンは本場のパンケーキ・レースに敬意を表しているんだよ。一番伝統あるパンケーキ・レースは昔の主婦のコスチューム姿で走るんだ。エプロンだけで済んだ所を有難いと思って欲しいんだけどね? そうそう、賞品は豪華だから! 勝ち抜いていけばいくほどいいモノが出る」
6人で走って1位になった人に賞品が出るみたいです。一戦目は参加賞としてシャングリラ学園の紋章入りのティッシュですけど、勝ち進めば食事券や金券、宿泊券など。そして誰もがワクワクする中、発表された優勝者用の賞品は…。
「ぼくとフィシス、どちらかとのガーデン・ウェディングって決めてるんだけど、どうだろう? もちろん本物の結婚式とはいかないわけで、衣装とパーティーだけなんだけれどね、この公園で」
大歓声が上がりました。会長さんに熱を上げている女性クルーは大勢いますし、フィシスさんのファンもまた然り。しかも…。
「優勝がガーデン・ウェディングだから、それを目指して頑張る人にも御褒美を出したいと思うんだ。一戦目から、勝者にはもれなく勝利の女神のキスがつく。ぼくかフィシスか、好きな方を選んでくれれば賞品を渡す時に祝福のキスをプレゼントしよう」
おおっ、と会場が湧き立ちました。女性クルーは紅潮した顔で会長さんを見上げています。会長さんかフィシスさんか、どちらかからキスのプレゼント。確かに豪華賞品ですけど、欲しいかと聞かれると複雑なような…。これでも昔は会長さんに憧れてたのに…。と、私の心を読み取ったかのように会長さんが。
「キスのプレゼントは不要って人は、ぶるぅに賞品を貰いたまえ。キスの代わりに赤い手形の右手と握手だ。きっと幸運が来ると思うよ」
「かみお~ん♪ レースには勝てなくても、みんなにいいことありますように!」
笑顔で飛び跳ねている「そるじゃぁ・ぶるぅ」。赤い手形を貰ったとしても、レースは勝ち抜けないようです。それでも幸運が来るんだったら嬉しいですよね。よ~し、私が1位になったら「そるじゃぁ・ぶるぅ」と握手で決まり!
こうして公園を舞台にパンケーキ・レースが始まりました。パンケーキは会長さんが言っていたとおり、クレープに似た薄いもの。あらかじめ焼き上げてあり、フライパンに乗せて走るだけです。競技用のフライパンは私たちが練習に使っていたのと同サイズ。あれならいける、と思ったのですが…。
「キース、頑張れー!!」
ジョミー君の声援に私たちも続き、キース君が男性クルーに混じって走ります。フリルひらひらのエプロンを靡かせ、フライパンの上のパンケーキをヒョイと放り投げて受けて、1回目、クリア。運動神経は流石でした。2回目も軽々とクリアし、次は3回目…という時になって。
「「「おおーっ!!!」」」
公園に響く大歓声。男性クルーの一人がポーンとパンケーキを高く放り上げ、器用に受け止めて4回目、更に5回目。キース君は3回目を受け止めた時点でゴールしてしまい、タイムでは1位をゲットしたものの、放り投げた高さと回数で逆転負けになったのです。1位の男性クルーは意気揚々とシャングリラ号の紋章入りのティッシュを受け取り、フィシスさんから頬に祝福のキスが…。
「やっぱり回数で勝負だったか…。みんなペースが遅かったから、3回で楽勝だと踏んだんだがな」
もう1回投げておくべきだった、とキース君は悔しそう。とはいえ、4回目を成功させる自信は無かったそうで、5回も成功させたクルーは腕に覚えがあったのでしょう。
「よーし、キースの分も頑張ってくるぜ!」
サム君が会長さんからのキスとガーデン・ウェディングを夢見て挑みましたが、結果はあえなく敗退でした。ジョミー君もシロエ君もマツカ君もスウェナちゃんも、そして私も一戦目にして敗北です。せっかくフライパンを用意して貰って布巾で特訓してたのに…。
「どうしよう、今度こそ左遷だよ…。もう降格で決定だよ…」
敗者には不要なエプロンを外して弄びながらジョミー君が呟きました。
「ブルーが期待してくれてたのに、全員負けてしまったもんね。今度シャングリラ号に乗りたいって言っても、二度と乗れなくなっちゃったりして…」
「「「………」」」
それは困る、と思ったものの、巻き返しのチャンスはありません。順調に勝ち進むクルーの人たちを羨ましげに眺めていると。
『大丈夫だよ』
会長さんの思念が届き、私たちに微笑みかけてくれました。
『パンケーキ・レースをやるのは決めていたから、君たちにも出来れば勝ってほしくてフライパンを用意しただけさ。一勝くらいはしてくれるかな、と思ってたけどダメだったね』
『『『すみません…』』』
『気にしない、気にしない。それよりゆっくり見物しててよ』
ヒートアップしてくるからね、という会長さんの予告どおりにレースは白熱してゆきます。パンケーキを放り投げるのが5回、6回は当たり前。高さの方も競い合うように上がっていって、身長の倍以上まで舞い上がるのは基本でした。
「ゼル先生って凄いよね…」
最高記録、とジョミー君がフライパン捌きを褒め称える先で、ゼル先生がフィシスさんから賞品と頬へのキスを貰っています。フィシスさんのファンなゼル先生はキスを貰う度に頭のてっぺんまで真っ赤になって、とっても嬉しそうでした。
「同じファンでもあれならいいな」
あっちは少々困りものだが…、とキース君が顎で示すのはエロドクター。似合いもしないエプロンを着けて疾走中です。素晴らしいスピードと高さでパンケーキを放り投げ、受け止める腕はなかなかのもの。勝ちを上げると会長さんから賞品を貰い、キスを貰う代わりに会長さんの手に恭しくキスをしていくという…。
「あいつが優勝したとしてもだ…。ブルーはガーデン・ウェディングをすると思うか?」
キース君の問いに私たちは揃って首を左右に振りました。なにしろ相手は会長さんだけに、お遊びにしてもエロドクターとガーデン・ウェディングなんて有り得ません。姑息な手段で逃げようとするか、エロドクターの勝ちを阻むか、どちらかでしょう。
「教頭先生と真っ向勝負になるんじゃないかと思いますけど」
シロエ君が真剣な瞳でコースを見詰めて。
「ここまでの組み合わせからして、ドクターが勝ち進んだ場合は決勝で教頭先生と当たりますよ。教頭先生が敗退するとも思えませんし、会長は教頭先生の勝利に賭けているんじゃないですか?」
「…しかし…」
それも今一つ解せない話だ、とキース君が応じました。
「教頭先生が優勝したらどうなるんだ? あいつが教頭先生とガーデン・ウェディングだと? それこそ有り得ん。やはりゼル先生の優勝狙いだと思った方が当たりなのか…?」
「ブラウ先生もいい線、行ってるよ?」
シド先生も、とジョミー君。
「決勝は何人で走るんだろう? それによって答えが変わるんじゃない?」
「そうだな…。これだけ盛り上がっているレースなんだし、決勝戦の走者は多めの方が楽しいかもな」
二人くらいでは面白みがない、というキース君の意見に私たちも賛成でした。会長さんが何を企んでいるのか読めませんけど、教頭先生とエロドクターの頂上対決よりは人数多めの乱戦の方がいいですよね?
ついに迎えた決勝戦。勝ち抜いてきたシド先生とブラウ先生、ゼル先生に教頭先生とエロドクターが出場切符を手にしました。教頭先生とドクター以外は恐らく二人の優勝を阻もうという使命感で戦ってきたものと思われます。この二人のどちらが勝っても会長さんとのガーデン・ウェディングを希望なことは見えていますし、あまりに危険すぎますから。
「でもさあ…。ゼル先生は半分本気かもしれないよ?」
ジョミー君の言葉に「そうかも」と頷く私たち。フィシスさんの大ファンなのは本当ですし、教頭先生とエロドクターの野望を砕いて自分もついでに美味しい思いを…と願っていても不思議じゃありません。いずれにしても会長さんがどう動くかが気になります。…って、ええっ!?
「決勝戦は正統派のコスチュームでいこうと思うんだよね」
ステージ上の会長さんが綺麗な笑みを浮かべながら。
「パンケーキ・レースの由来は説明しただろう? それでエプロンを着けるんだ、って。せっかくだから決勝戦は昔の主婦のコスチューム! 服飾部に頼んで用意してある。出場者はあっちのテントで着替えを」
いつの間にやらテントが出現していました。脇で「そるじゃぁ・ぶるぅ」が跳ねてますから、サイオンで運んできたのでしょう。それにしても昔の主婦のコスチュームって…エプロンどころじゃないのでは?
「着替えなければ失格だからね?」
会長さんの冷たい声音に、シド先生とゼル先生とが首を竦めて。
「…諦めるしかないようですね…」
「そうじゃな。ヤツらを蹴落とすための戦じゃ、仕方あるまいて」
テントに向かって歩き出す二人の後ろにブラウ先生が軽い足取りで続きます。女性だけに主婦のコスチュームでも全く問題ないですし! その後ろからエロドクターと教頭先生が…。
「やられましたよ、女装とはね。このエプロンも大概でしたが、最後の最後で女装とは…。ハーレイ、あなたのせいですよ」
「…なんでそうなる?」
「なにしろ相手はブルーです。あなたをオモチャにするために他人を巻き込むくらいは平気でやってのけるでしょう。…違いますか?」
「………」
教頭先生は答えませんでした。押し黙ったままテントに消えてゆき、暫くしてから戻ってきた決勝戦の出場者たちは…。
「「「わはははははは!!!」」」
公園に渦巻く笑い声。昔の農家のおかみさん風の古めかしい衣装とエプロンを着けた教頭先生やドクターの姿は滑稽でした。シド先生も似合っていません。ゼル先生はちょっと可愛く見えるのですけど…。ブラウ先生は颯爽と着こなし、走りやすいようにスカートの裾をたくし上げています。
「…忌々しいですが、出来レースだという予感がしますね…」
エロドクターの呟きに反応したのはブラウ先生。
「どうしてだい? あたしが勝ちそうだって言うのかい? だったらあんたも裾をからげな、走りやすくなるのは間違いないさ。ただし毛脛が丸見えだけどね」
「恥さらしな真似はしたくないのですよ。…ハーレイならするかもしれませんが」
そこまで口にしてピキンと固まるエロドクター。教頭先生がスカートをたくし上げにかかっていたからです。キャプテンの威厳も何もあったものではないんですけど、クルーの人たちは口々に…。
「あーあ、やっぱりキャプテンだよなあ…」
「勝ちたいと思っているだろうしなあ…。なんたってソルジャーとガーデン・ウェディングだ」
知ってるか? と囁き交わされるのは会長さんのマンションの庭一面に真紅の薔薇を並べた事件。そしてクルーたちはソルジャーである会長さんの性格の方もとっくの昔にお見通しでした。
「このレース、キャプテンが勝つんだぜ。そうに決まってる!」
「だよな、ここまで周到に準備してるんだもんな…。まあいいか、俺たちもおこぼれにありつけるんだし! 賞品は貰いそびれたけども、この後はきっと御馳走なんだぜ」
朝から厨房が大忙しだった、との証言が相次ぎ、期待はガーデン・ウェディングに出されるであろう御馳走の方へ。フライパン修行で筋を傷めたりしたクルーたちですが、会長さんに片想い歴三百年な教頭先生への信頼も半端ではありません。キャプテンとして尊敬されている教頭先生、大声援を受けて走り始めて…。
「おめでとう、ハーレイ」
会長さんが毛脛を丸出しにしてゴールインした教頭先生に向かって微笑みかけます。
「タイムもパンケーキを放り投げた回数も高さも、文句なしで君が一位だ。優勝の賞品を渡さなくっちゃね。…フィシス、着替えを」
「ええ、ソルジャー」
頷くフィシスさんの姿に仰天したのは教頭先生。
「な、なんだと!? フィシス? どういうことだ?」
「だって、ガーデン・ウェディングだよ? 花嫁はフィシスに決まってるだろう。…それとも何か間違ってる?」
どう聞いてもわざと間違えている会長さんの台詞に、私たちは深い溜息をつきました。もちろんクルーの人たちもです。教頭先生、女装までして頑張ったのに、会長さんとのガーデン・ウェディングは無しですか?
「…ブルー…。いえ、ソルジャー。…そのぅ、私がお願いしたいのは…」
「ぼくとのガーデン・ウェディングだって!?」
信じられない、と大袈裟に驚いてみせる会長さん。ゼル先生とシド先生、ブラウ先生は嘆かわしそうに眉を顰めていますし、エロドクターは仏頂面。けれど会長さんはフウと吐息を吐き出して。
「…仕方ない、ぼくかフィシスか、どちらかと言ったのは本当だしね。それじゃ着替えに行くのはぼくか…。ハーレイ、君の着替えはぶるぅに頼んで。あっちのテントに用意させるから」
他のみんなも着替えてきてよ、と農家のおかみさんなドクターたちに会長さんは軽く手を振って。
「着替えが済んだらガーデン・ウェディングを始めよう。係の人は支度を頼むよ」
会長さんの姿が消えると公園にテーブルが並べられ、飾り付けが始まりました。美味しそうな御馳走やドリンクなんかも運ばれてきます。これはガーデン・ウェディングと言うよりパーティーですよね!
「「「ソルジャー、ご結婚おめでとうございます!」」」
「ありがとう。今日は楽しんでくれたまえ」
会長さんは御機嫌でした。
「どう? シャングリラ号の食堂のパーティー料理は口に合うかな?」
私たちのテーブルに回ってきてくれた会長さんに尋ねられ、「美味しいです!」と答えると極上の笑みが返ってきて。
「フライパン修行の疲れをしっかり癒すといいよ。筋肉痛が酷いようなら、ぼくのパートナーを貸すけれど?」
「「「………」」」
遠慮します、と言いたいのですが口には出せませんでした。そんな私たちに、会長さんは。
「照れちゃってるよ、可愛いねえ…。そう思わないかい、ハーレイ? 君はマッサージも得意だろう。この子たちから申し出があれば、筋肉痛の手当てを頼むよ」
「…はい、ソルジャー…」
消え入りそうな声の教頭先生は大きな身体に純白のウェディング・ドレスを纏っていました。お世辞にも似合うとは言えない乙女ちっくなフリルとリボンが満艦飾のドレスです。いったい何処から湧いたんだか…。頭には白い薔薇とリボンの飾りが載せられ、可愛いベールもくっついています。タキシード姿の会長さんは教頭先生を連れて他のテーブルへと移っていって…。
「ケーキ・カットもあるんだったか?」
キース君が呻き、ジョミー君が。
「あそこに大きなケーキが飾ってあるもんね…。やる気だよ、ブルー。ひょっとしなくてもフライパンを用意していた段階から計算ずくってヤツだよねえ?」
「…ええ、多分…」
シロエ君が応じました。
「ぼくたちがシャングリラ号に乗っていなくても、このパーティーは開かれていたんじゃないですか? クルーの人たちもノリがいいですし、フィシスさんだって…」
フィシスさんは嬉々として教頭先生の付き添い役をしていました。ドレスの裾を直したり、フリルやリボンを整えたり。どう考えてもウェディング・ドレスは急ごしらえではありません。教頭先生を優勝させて陥れた上で花嫁役にし、笑いものにするべく用意されていたジャストサイズの代物で…。
「かみお~ん♪ いいでしょ、あのドレス! ぼく、頑張って作ったんだよ! みんなにも見て貰えて嬉しいな♪」
力作なのだ、と言う「そるじゃぁ・ぶるぅ」に尋ねてみると、やはりドレスは私たちがシャングリラ号に乗り込むことを決める前から製作されていたのでした。つまり私たちがいようといまいと、教頭先生は会長さんのオモチャにされる運命で…。
「じゃあ、ドクターは貧乏クジ? ブルーを狙って乗ったんだよね?」
あそこでニヤニヤ笑ってるけど、とジョミー君が指差す先ではエロドクターがカクテル片手に教頭先生を眺めています。女装までしてパンケーキ・レースを頑張ったのに、会長さんを教頭先生に掻っ攫われたわけですが…。
「いや、貧乏クジではないと思うぞ。災い転じて福となす…ってヤツじゃないのか?」
優勝してたら花嫁役だ、とキース君が苦笑しています。確かに会長さんならエロドクターが優勝した場合も自分がタキシードを着たでしょう。でなければフィシスさんを花嫁役で押し付けるとか…。
「努力して掴み取った座で笑いものか…。俺が優勝しなくてよかった」
キース君の言葉に頷く私たち。教頭先生もきっとフライパンを手にして沢山練習したのでしょう。決勝で見せたフライパン捌きは見事でした。優勝したら会長さんとのガーデン・ウェディングだと信じて走って、見事賞品ゲットですけど、喜んでるのは教頭先生以外の人たち。それとも、これもキャプテンの務め…?
『そうだよ。キャプテンたる者、常にクルーの心を掴んでいなくちゃね』
喜ばれることを重ねてこそだ、と会長さんの思念が届きました。
『このパーティーもきっと語り草になるさ。シャングリラ号のクルーになると楽しいことが色々あります、ってアピールするのもキャプテンの仕事。宇宙での暮らしには娯楽が必須!』
そろそろケーキ・カットをするよ、と教頭先生をエスコートして会長さんが得意満面で歩いていきます。その後ろには「そるじゃぁ・ぶるぅ」がフライパンを持ってくっついていました。切り分けたケーキをフライパンに乗っけて踊りながら配り歩くそうですけども、今度の旅は最初から最後までフライパン…?
『いいだろ、フライパンなんていう日用品を使って非日常! そういう工夫も必要なんだよ、宇宙ではね』
会長さんの思念に私たちは頭を抱えました。どう考えてもこじつけです。悪戯目当てのフライパン修行にパンケーキ・レースだと思うんですけど、クルーの人たちが楽しんでるからいいのかな? とにかく私たちのせいではないし、と開き直るしかありません。こうなった以上、踊らにゃ損、損。フライパンとガーデン・ウェディングに乾杯です~!