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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

遙かな未来へ・第2話

会長さんの家でアルタミラ供養の法要を終えた直後に空間を越えて飛び込んで来たのは、もう長いこと会っていなかった「ぶるぅ」でした。その「ぶるぅ」に連れて行かれた会長さんが瀕死のソルジャーを抱えて戻り、私たちは上を下への大騒ぎに…。
幸いソルジャーは命を取り留め、ドクター・ノルディの病院の集中治療室で眠っていると聞かされています。けれどソルジャーが重傷を負った原因を知っている会長さんはサイオンの使い過ぎで倒れてしまい、もう一人の生き証人の「ぶるぅ」は泣き疲れたのと二度も続けて二つの世界を往復した疲れとで爆睡中で。
「俺たちが夜通し考えたって答えは絶対出ないだろうしな…」
寝た方がマシというものだ、というキース君の意見は正しく正論。私たちは会長さんの家に戻ってきた後、まずは和室を片付けました。法要に使った香炉などはともかく、問題は畳。灰は簡単に掃除出来ましたが、ソルジャーの血の痕が拭いても拭いても消えません。そこでキース君が提案したのが大根です。
「大根おろしを上に乗せておくと消えるらしいぞ、血の痕ってのは」
「「「大根おろし?」」」
「昔、先輩から聞いたんだ。修行中に鼻血を出したヤツがいて汚れた畳を大根おろしで掃除したとか」
なんとも奇妙な方法です。四百年以上も生きている家事万能の「そるじゃぁ・ぶるぅ」も知らないそうですが、試してみるだけの価値はあるかも…。早速大根おろしを作って畳に撒いて、一時間ほど経った頃。
「寝る前に畳を確認しておくか。効きそうだったら追加しておこう」
キース君がリビングのソファから立ち上がり、私たちも続いて和室へと。大根おろしは効果抜群、血痕は薄くなっていて。
「なるほど、大根おろしが血を吸い取るのか…。これを取り除いて代わりのを置けばバッチリだな」
明日の朝には消えるだろう、とキース君が畳を検分し、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が手早く新しい大根おろしを作って畳の方は一件落着。お泊まり用の荷物はカンタブリアに二泊三日の予定でしたから余裕があります。今夜は寝よう、と解散する間際にジョミー君が。
「そっか、フィシスさんの予言ってコレだったんだ…」
「「「あ…」」」
綺麗サッパリ忘れてましたよ、その予言! カンタブリアに行ってはダメで、昨日は家から一歩も出るなとフィシスさんが会長さんに連絡してきたため旅行が中止になったのです。もしも旅行に出掛けていたら、「ぶるぅ」は会長さんの所に来られたでしょうか? 来られなかったらソルジャーは…。
「危ない所だったんだな…」
ゾッとするぜ、とキース君。
「カンタブリアに出掛けていたって、ぶるぅは来ることは出来たかもしれん。だが、その後がどうだったか…。温泉街の真っ只中だと、いくらブルーでも咄嗟に瞬間移動は出来ないぞ」
「人が少ない所に行くまで待ってくれ、と言える状況なら問題は無いんですけどね」
シロエ君が首を捻って。
「ただ、そんな余裕があったのかどうか…。一刻を争う事態だったら、その一瞬が命取りですし」
「それはブルーに訊いてみないと分からんな。明日の昼までには分かるだろうさ」
ブルーが起きてくれさえすれば、とキース君の視線は家の奥へと。建て替えられたマンションでも会長さんの寝室は一番奥で、シャングリラ号の青の間に似せた雰囲気になっています。疲れ切って倒れた会長さんが回復するまで、大人しく待つとしましょうか…。

翌朝の朝食は卵料理と野菜サラダにパンケーキ。いつもなら朝から豪華メニューが並ぶのですけど、今日は誰もがそんな気分ではありません。腹が減っては戦が出来ぬ、というだけの理由で黙々と食べているのが実情です。昨日は結局、昼食も夕食も抜きでしたから。
「あいつの具合はどうなんだろうな?」
キース君が心配そうに口を開けば、サム君が。
「ドクターの腕を信じるしかねえだろう? よく見てないけど酷い怪我だったし、死にかけたなんて言ってたもんな…。でも絶対に治るって! ドクターもブルーに惚れてんだから!」
「そうだな、むざむざ死なせるような真似をするヤツじゃなかったな…」
根性で治療するだろう、とキース君が言った所へ低い声が。
「…誰がブルーに惚れてるんだって?」
「「「!!?」」」
いつの間にか会長さんがダイニングの扉の所に立っていました。そのままスタスタと自分の席に行き、「そるじゃぁ・ぶるぅ」にスクランブルエッグを注文すると。
「昨日の話をしていなかったよね、君たちには。…ブルーの傷は酷いものだよ、銃で何発も撃たれてる。その上、右の瞳も撃たれちゃってて…。ノルディが再生治療の手配をしてるけど、治るまでに時間がかかりそうなんだ。ブルーの身体も衰弱してるし」
「「「………」」」
「でも、なんでブルーが撃たれたのかが分からない。ぼくが飛び込んで行った時には撃った相手の姿は無かった。あれは何処だったんだろう? 青い光が溢れた場所でさ、ブルーはサイオン・バーストを起こしていたんだ。力は殆ど尽きていたけど」
だから空間を越える途中で意識不明になったのだ、と説明しながらも会長さんは腑に落ちない様子。ソルジャーが戦いに出ることは昔から多かったですが、別の世界の住人である会長さんの力が無ければ死んでしまうような無茶な戦い方はしなかった筈で…。
「ブルー、死ぬつもりだったんだよ」
唐突に割って入った声は「ぶるぅ」でした。ダイニングを横切り、空いていた席にチョコンと座ると。
「えっとね…。ぼくもブルーも、長い間ずっと寝てたんだ。ジョミーがソルジャー候補になって、アルテメシアから宇宙に出て…。ジョミーがソルジャーになってからすぐに寝ちゃったんだよね、ぼくもブルーも。ぼくの方が先に眠たくなったんだけど、ブルー、ハーレイにおやすみのキスを頼んでいたよ」
とっても幸せそうだった、と「ぶるぅ」は渡されたパンケーキのお皿を受け取って。
「次に目が覚めた時には地球だよね、ってブルー、言ってた。それなのに…。ぼくが目を覚ましたらブルーはシャングリラの何処にもいなくて、他のみんなに生きろって…。ぼくがメギドを止めるから、って」
「「「メギド?」」」
私たちの世界ではメギドと言えばメギド教会なんですけれど、「ぶるぅ」の世界ではミュウの虐殺に使われた惑星破壊兵器らしいのです。それに狙われたシャングリラを守るためにソルジャーが一人で飛び出して行ったのが惨劇の始まり。命と引き換えに破壊する、というソルジャーの思いを受け取った「ぶるぅ」は大慌てで救助を求めに来たわけで…。
「それじゃ、あそこがメギドなのかい? ぼくが見た場所が?」
会長さんの問いに「ぶるぅ」はコクリと頷きました。
「でも、ぼくもそれしか知らないよ。ブルーが撃たれたのは見つかっちゃったからじゃないかな、警備係もいたと思うし…。ありがとう、ブルー、助けに行ってくれて。ブルーが生きてるのは分かるんだ、ぼく」
分からなかったら泣いちゃってるよ、と「ぶるぅ」はニッコリ笑ってみせて。
「まだ会いに行ったらダメなんでしょ? いつかブルーが元気になったら連れて行ってね、絶対だよ!」
それまでいい子にしてるから、と「ぶるぅ」は会長さんと指切りをしています。その日から会長さんはソルジャーの容体を聞きに病院を訪ねるのが日課になって、キース君たちは例年どおりお盆の準備や棚経などに走り回って、夏休みも残り僅かになった頃。ソルジャーの面会謝絶がようやく解かれ、私たちは揃ってお見舞いに出掛けたのでした。

ソルジャーの病室はエロドクターの好意で最上階の特別室。会長さんは「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」を連れて何度かお見舞いに行っていたため、ソルジャーからの御礼の言葉はとっくの昔に貰った筈。ですから今日は私たちとの十数年ぶりの再会の場になるのだろう、と扉を開けて入ってゆけば。
「やあ、来たね。ぼくを撃った男の少年時代」
「「「は?」」」
あまりにも想定外なソルジャーの台詞に全員がポカンと口を開けました。会長さんは…、と見れば必死に笑いを堪えています。その隣では「ぶるぅ」と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「怖いよね」「人って見かけによらないもんね」とキャイキャイと…。なんですか、これは? どういう趣向?
「ごめん、ごめん。君たちに会ったら最初の言葉は絶対コレ、って考えていたものだから…」
命がけのジョークなんだよ、とソルジャーは包帯が巻かれたままの右の瞳を指差して。
「この目だけどね、もうすぐ移植手術をする予定。そしたら傷痕は全部無くなっちゃうから、今しか言えないジョークなんだ。無傷の身体で撃たれた文句をグダグダ言っても全く意味が無いだろう?」
ソルジャーが何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。右目の再生手術が済んだら傷痕が皆無になるってことは、エロドクターの腕が抜群なのだという証明ではありますが…。
「ふふふ、やっぱり理解不能? それじゃ教えてあげようか。ぼくがメギドに入り込んだ時に仕留めに来たのが地球の男さ、メンバーズ・エリートと呼ばれる精鋭だ。そいつの名前がキース・アニアン」
「「「えぇっ!?」」」
「ね、よく出来た冗談だろう? ところがコレが本当なんだな、そこのキースが十歳くらい年を取ったらああなると思う。ホントに遠慮なく撃ってくるから、どうにもこうにも…。まだシールドも張らない内からブチかますのは止めてほしいよ、年寄りに向かって」
実に野蛮な男だった、とソルジャーはキース・アニアンとやらとの出会いまで語り始めました。捕虜として閉じ込めてあったのに逃亡されて、ミュウたちの安らぎの地だったナスカという惑星ごと攻撃されたのがメギド事件の発端だとか。
「そういうわけで最後に一発ブチ込まれたのが右目なんだよ。おまけに道連れにしようとしたらさ、今度はマツカが現れちゃって、キースを抱えて瞬間移動でサクッと逃亡。ミュウの部下に助けられて逃げようだなんて、どれだけ命根性が汚いんだか…」
「す、すまん…」
「ぼくまで関係してたんですか? すみません…」
キース君とマツカ君が同時に謝り、ソルジャーはプッと吹き出して。
「冗談だってば、二人とも別人なのは分かってるしね。だけど命がけで取ったネタだし、披露しないと面白くない。そうそう、そっくりさんと言えばさ…。キースたちの他にもいたんだよ。スウェナとサムがジョミーの学校の同級生で、シロエは思い切り年下だったね」
みんなどうしているのかな、と懐かしそうに微笑むソルジャー。
「それにジョミーはどうしただろう? 無事に逃げたとは思うけれども、地球に着くのはいつになるかな…。ぼくが死んだと思ってるから凄い勢いで頑張ってるような気がするよ。ちゃんと形見も置いてきたしさ」
「「「形見?」」」
「うん。ぼくの記憶装置を兼ねてる補聴器。まさか生き残れるとは思わなかったし、フィシスに預けておいたんだ。こういうのはハーレイに頼んじゃダメなんだよねえ、渡す時に未練たらたらになってしまうから」
それじゃ値打ちが無くなっちゃうよ、とソルジャーは可笑しそうに笑っています。
「だけどハーレイもジョミーも驚くだろうな、死んだ筈のぼくが帰ってきたら…。こっちに来てから身体の調子がいいんだよ。右目が元に戻る頃には空間を越える力も戻りそうだし、早くあっちに帰りたくって」
でもってハーレイと十数年ぶりに大人の時間、と片方だけになった赤い瞳を輝かせて語るソルジャーは元の世界に戻る気でした。死ぬほどの目に遭ったというのに……会長さんと「ぶるぅ」の連係プレーが無かったならば確実に死んでいたというのに、それでも帰りたいのです。
再生手術が済んだら「ぶるぅ」と一緒に帰るんだよ、と話すソルジャーが見届けたいものは憧れの地球なのか、ミュウの未来か、人類との夢の共存か。それとも全てが終わった後にキャプテンと二人で暮らしたいのだと教えてくれた庭に桜のある家なのか…。
帰りたがっているソルジャーを引き止めることは出来ません。その日が来るまでに楽しい思い出を沢山作って貰わなくては、と語り合いながら私たちは病院を後にしました。もうすぐ二学期が始まりますけど、放課後は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋ではなく、ソルジャーの病室で過ごそうかな?

新学期の訪れと共に開く溜まり場が生徒会室の奥に隠された「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。私たちは特別生になる前の準備期間だった一年間を此処に通って過ごしましたが、それは特例であったと知ったのは何年も経った後のこと。
長老の先生方曰く、『ソルジャーの悪友』な私たち七人グループは会長さんの初めての友達で気の合う仲間だったらしくって。私たちよりも後に入学してきた特別生予備軍のサイオン因子を持った生徒はリオさんやフィシスさんと行動したり、数学同好会に入ったり。
サイオンのフォローをするのが会長さんである点に変わりは無くても「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に入れるのは年に数回、溜まり場にしている私たちとの合同お茶会の時くらいでした。それにシャングリラ・クラブが出来て仲間のフォローのためのマニュアルが確立した今、会長さんの出番は殆ど無くて…。
「かみお~ん♪ 準備オッケー?」
元気一杯な声は「そるじゃぁ・ぶるぅ」です。私たちは新学期恒例の行事としてまだ続いている教頭室詣でを終えて戻ってきた所。始業式の日に教頭先生に青月印の紅白縞のトランクスを五枚お届けするのが会長さんの娯楽の一つで…。
「オッケーだよ、ぶるぅ。みんなスタンバイ完了だし」
「じゃあ、しゅっぱぁ~つ!」
会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」の掛け合いを合図に青いサイオンがパァッと迸り、瞬間移動した先はソルジャーの病室。私たちは其処で食べるべく「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手作りパイやケーキ、タルトなんかをそれぞれ手にしていたのです。
「かみお~ん♪ 遊びに来たよ!」
「はい、退屈な病人に差し入れ色々。ぶるぅに食べられてしまわないようにね」
「嬉しいな。うーん、どれから食べようか…。どれがお勧め?」
迷っちゃうよ、と悩むソルジャーは十数年前の弱っていた時代が嘘だったように食欲旺盛。サイオンの方も順調に戻り、今日は紅白縞のお届けイベントを病室から覗き見していたそうで…。
「こっちのハーレイは何年経っても純情だよねえ、未だに童貞っていうのが凄いよ。いい加減、応えてあげればいいのに」
「お断りだってば、ぼくと君とは違うんだから!」
なんだってハーレイなんかと結婚しなくてはならないのだ、と不愉快そうな会長さん。けれどソルジャーはクスクス笑いながら。
「いいと思うけどなぁ、ハーレイってさ。一途で君を大切に思ってて…。君のためならお念仏だって喜んで唱えてくれそうじゃないか」
「…お念仏? なんだい、それは」
「忘れたのかい? 君が教えてくれたのに…。ぼくとハーレイが極楽で幸せになれるようにと唱え続けるのがお念仏! 同じ蓮の上に生まれてヤリまくるんだよ、阿弥陀様から遠く離れた蓮の上でさ。花びらはハーレイの肌が良く映える色でなくっちゃね。理想の蓮をゲットするにはお念仏だろ?」
あれ以来ハーレイは毎日きちんと唱えているよ、とソルジャーは胸を張りました。
「ぼくが絶対唱えやしないと分かってるから、ぼくの分まで頑張らないと…と唱え続けて百年かな? 航宙日誌を書き始める前に、まずお念仏。書き終えて閉じたらお念仏。これで二人分のお念仏…ってね」
だから二人で極楽往生間違いなし、と自信たっぷりなソルジャーに、会長さんは。
「やれやれ…。百年もそれをやらせたんなら、一回くらいは唱えてみようとか思わないわけ? そしたら更に理想の蓮に近付くだろうに」
「ポリシーなんだよ、ぼくなりの。元々あの世なんか信じて無かったし、ソルジャーとして殺してきた人間の数も半端じゃないし…。今更お念仏って柄じゃないんだ、ハーレイと極楽には行きたいけどね。その気持ちだけはハーレイの中に置いてきた」
「え?」
怪訝そうな顔をした会長さんですが、ソルジャーは「嘘じゃないよ」と微笑んで。
「最後にハーレイと話をしたのはブリッジなんだ。ぼくの隣にはジョミーがいたし、ブリッジクルーも揃ってた。そんな所で恋人同士の別れなんかが出来るかい? ハーレイの腕に触れて思念波を送るのが精一杯。ジョミーを支えてやってくれ…って。頼んだよ、ハーレイ、って伝えて手を離す間際に思念の欠片を」
「欠片?」
「うん。ぼくの心の一部分とでも言うのかな…。残留思念ってあるだろう? あれの応用。ハーレイが生きている限り、ぼくの一部がハーレイの心の中にあるんだよ。ちょっと捻っておいたけれどね」
だって遺言なんだから、とソルジャーが唇に乗せた言葉は。
「…先立たば遅るる人を待ちやせむ 花のうてなの半ば残して」
「ちょ、その歌は…!」
「死にに行くならピッタリだろう? 送り込んだ瞬間にハーレイの身体がビクッとしたけど、周りの目があるから何も言えずに終わってしまった。この歌をハーレイが思い返す度に、ぼくの思念が蘇る仕掛け。勿論ぼくの姿も心の中に。…より熱心にお念仏を唱えるようになったと思うよ」
二回どころか二十回、二十回どころか二百回かも、とソルジャーは夢見心地で語っています。お念仏を唱え続けているというキャプテン、死んだ筈のソルジャーが帰ってきたらどんなに驚くことでしょう。ソルジャーの右の瞳の移植手術は今月の半ば。視力などの検査が全て終わるのは今月末だと聞きましたから、悲嘆に暮れるキャプテンのお念仏ライフはあと一ヶ月ほどで終わりそうです…。

ソルジャーの手術はドクターの執刀で予定通りに行われ、数日間は目を休めるために面会禁止。包帯が取れるのを待って私たちは病室を訪ねたのですが。
「やあ。今日もおやつが一杯だね。ぶるぅが頑張って作っているのは見てたんだけど…。ぼくの目はどうなっちゃったんだろう?」
「「「えっ?」」」
まさか右目は見えてないとか? 以前と変わらない赤い瞳は宝石みたいに澄んでいるのに…。今の医学では事故などで失明した人だって再生手術で視力を取り戻せるのが当たり前なのに。愕然とする私たちに、ソルジャーは右目で軽くウインクして。
「見えてないってわけじゃないんだ、ノルディの腕は確かだよ。視力の戻りも予想以上に早いらしいし…。問題なのは右目じゃなくって両目なのさ。こっちの世界は自由自在に見通せるのに、ぼくの世界が見えないんだ」
「見えないって…。どういうことさ?」
会長さんの問いに、ソルジャーは視線をベッドに落とすと。
「そのままの意味だよ、シャングリラもハーレイも何も見えない。元々この目で見ていたものか、サイオンで見ていたのかは分からないけど、とにかく遠い世界だからね…。片目だけで見ようとすると負担がかかって回復が遅くなるかもしれない、と控えていたんだ」
覗き見は近距離で我慢してた、と話すソルジャーが自分の世界を見ようとしたのは包帯が取れた日の夜のこと。ぼんやりとなら見えるだろうと期待していたらしいのですけど、星の光一つ見えなくて…。
「まだ無理なのかと思ったよ。だけどこっちの世界を試しに見たら何処までも見えるし、これはおかしいと思ってさ。今朝、ぶるぅに頼んで見させてみたら、ぶるぅにも見えなかったんだ」
そうだよね、と訊かれた「ぶるぅ」は私たちが持ってきたアップルパイを齧りながら。
「うん。ブルーに心配かけないように、あっちの世界は一度も見ないでいたんだよ。ブルーも見なくていいって言ったし…。だから見ようとしたのは初めてなんだよね、こっちに来てから」
だけど全然見えないんだ、と「ぶるぅ」は宙に瞳を凝らして。
「…やっぱり今もダメみたい…。どうしよう、見えないと帰りの道が分からないのに」
それは衝撃的な言葉でした。右目が治ったばかりのソルジャーはともかく「ぶるぅ」にも帰るべき世界が見えないだなんて…。一時的な現象だったらいいんですけど、そうでなければソルジャーたちは…。
「お通夜みたいな顔をしないでよ。あっちの世界にも事情があるかも」
諦めるのは早すぎるさ、とソルジャーは持ち前の前向き思考。
「こんなことは一度も無かったけれど、空間が乱れているって可能性だってあるからね。大丈夫、退院の日までにはシャングリラの位置を掴んでみせるよ」
そして「ぶるぅ」と一緒に帰るんだ、と元通りになった一対の赤い瞳を嬉しそうに煌めかせ、明るく笑ってみせるソルジャー。
「お土産にはジョミーの好物のオレンジパイとフィシスが大好きなフランボワーズのシャルロット。たらこクリームのミルフィーユも是非お願いしたいな、ハーレイが気に入っていたからね」
「かみお~ん♪ 任せといてよ、出来たてを持って帰ってね!」
時間ぴったりに用意するから、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が張り切っています。ソルジャーが退院する日がお別れの日。その日は学校をサボッて名残を惜しもう、と私たちはとっくに決めていました。すっかり元気になったソルジャーはこれからも遊びに来るでしょうけど、長期滞在は無理ですもんね。

自分の世界に帰れる日が来るのを心待ちにしていたソルジャー。退院の許可が出て「そるじゃぁ・ぶるぅ」に頼んだお土産も出来たというのに、ソルジャーと「ぶるぅ」が帰った先は会長さんの家でした。ソルジャーの世界に通じる道は二度と開かなかったのです。
「まさか帰れなくなっちゃうなんて…。ハーレイもジョミーも喜んでくれる筈だったのに…」
どうして道が閉じたんだろう、とリビングのソファで俯くソルジャーの前のテーブルには渡せなかったオレンジパイなどのお土産が。食いしんぼうの「ぶるぅ」も流石にこれには手を出しません。
「…推測の域を出ないけれどね、そうなるような気はしていたよ」
会長さんがソルジャーや私たちに飲み物を勧め、深い溜息を吐き出して。
「君とぶるぅに向こうの世界が見えなくなった、と聞いた時から考えてたんだ。ぶるぅは元々元気だけれど、君は弱っていただろう? とっくの昔に死んでいた筈の身体なんだと話してたよね、ぼくたちに。君の世界のジョミーの力で生き延びただけで」
「そうだけど…。でも今はすっかり元通りだよ?」
「そこが問題なんだってば。ぼくは心臓が止まった君を生き返らせた。医療機器を使っても出来ただろうけど、生き返ったという所がポイント。…あっちの世界で生きていた君は死んでしまったんじゃないかと思うな、そしてこっちに生まれ変わった」
多分「ぶるぅ」もそうなんだよ、と会長さんは続けました。
「メギドから君を助けた時にね、ぶるぅは少し出遅れた。メギドの爆発からシールドを張って逃げて来たんだと言っていたけど、シールドとこっちへの空間移動が無ければ当然そこで死んでるわけで…。君もぶるぅも、あっちの世界では死んでしまった人間なんだよ。帰れる先が無いってことさ」
居場所が無ければ道も開かない、という会長さんの見解にソルジャーは目を瞠り、持って帰る筈だったお土産を見詰めていましたが…。
「君の言う通りかもしれないね…。生まれ変わったんなら納得がいく。ぼくの身体は健康そのもの、死にそうな気配の欠片も無いから」
だけど帰りたかったんだ、とソルジャーの瞳から零れ落ちたのは初めて目にした一粒の涙。私たちは無言でリビングを出てゆき、ソルジャーの深い悲しみだけが夜更けまで流れ続けたのでした…。



※完結編の全3話 『遙かな未来へ』 も残り1話となりました。
 今回、ちょっと心配な展開になっておりますが、そこは腐ってもシャン学です。
 救いようのない終わり方だけは致しませんので、ご安心下さいませ。
 でもって、完結後のシャングリラ学園シリーズですが…。
 完結した後、読み切り形式の後日談と余談が各1話ずつございます。
 シャングリラ学園はそこまでで一区切り、以後は月イチ更新になります。
 「毎月第3月曜」 更新で参りますので、どうぞ御贔屓にv





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