シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
帰るべき世界を失くしてしまったソルジャーと「ぶるぅ」は会長さんと同じマンションで暮らしてゆくことになりました。ちょうど下の階に住んでいた仲間が一戸建ての家に移ったばかりで、大きめの部屋が空いていたのです。会長さんの家には及びませんけど、フロアの半分を占める広さで。
「あーあ、ぼくには広すぎるよ、あれ。掃除はホントに嫌いなのにさ」
ソルジャーは見た目には明るさを取り戻しています。毎日のように「ぶるぅ」と二人で「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に押し掛けてきては、放課後は私たちとティータイム。今日も家の管理が大変だなどと言っていますが、実際の所は「そるじゃぁ・ぶるぅ」がお手伝いに出掛けて食事も作って…。
「掃除なんか一度もしてないくせに…。もう一年だよ、いい加減、自分で挑戦したら?」
やってやれなことはない、と会長さんが厳しい突っ込み。ずっと昔に「そるじゃぁ・ぶるぅ」が卵に戻ってしまった時に、ソルジャーと「ぶるぅ」に孵化させるための助力を仰いだことがありました。協力しに来てくれたソルジャーと「ぶるぅ」は自分たちでゲストルームを掃除していたのです。
「嫌だね、ぶるぅが手伝いに来られなくなったら助っ人を頼んだ方がマシ!」
此処に大勢揃っているし、と指差されたのは私たち。ソルジャーの我儘っぷりは相変わらずで絶好調。けれど本当は癒えない悲しみを心の奥底に抱えていることを私たちは知っています。たまにソルジャーは中庭や本館の近くに行って、教頭先生が通ってゆくのを寂しそうな瞳で見ているのでした。
「あ、そうだ。助っ人といえば…」
会長さんがポンと手を打って。
「秋のお彼岸なんだけどさ。お中日の法要、ぼくも出ようか? 春は毎年出られないしね」
シャングリラ号に乗る時期だから、と会長さんが尋ねた相手はキース君です。
「出てくれるのか? それは親父が喜びそうだ。本当なら去年に頼みたかったが、ブルーが入院してたしな…。ジョミーが緋色の衣になったし、緋色が五人でゴージャスになると親父は期待してたんだ」
「そうだったのかい? 申し訳ないことをしたなあ、だったら今年は出させてもらうよ。導師はアドス和尚でいいよね、なんと言っても最年長だ」
「見かけだけはな。しかしウチの寺もすっかり有名になったもんだぜ、親父以外は高校生の緋色の衣ってことで妙なファンまでついちまったし…。あんたが来ると黄色い悲鳴も倍増だ」
お蔭で宿坊も大繁盛だが、とキース君。アドス和尚が緋色の衣をゲットしたのは遙か昔ですが、キース君も被着許可が下りる七十歳になった途端に緋の衣。何十年も前の話です。なのに外見は高校生ですし、たまに美形の会長さんも現れるとあって噂が広まり、檀家さんでない若い女性が法要に参加するようになり…。
ジョミー君とサム君が住職の資格を取ってからは更にファンが増え、ジョミー君が遂に緋色の衣になった去年の秋のお彼岸から後は「次の法要はいつなのか」との問い合わせが引きも切らないとか。
「なるほど、賑やかな法要になりそうだ。ブルー、君も出席してみたら?」
お寺の行事は初めてだろう、と勧誘を始める会長さん。最初は渋っていたソルジャーでしたが…。
「キースは今でも君がプレゼントした桜の数珠を使ってるんだよ? 大きな法要では別の数珠を使う決まりだから袂に入れて出るんだけどね。…それに法要にはお念仏がつきものだ。君は未だに唱えないけど、君のハーレイは今も唱えているだろうから一度くらいは本物を聞けば?」
ミュウの供養の桜の数珠と、君とハーレイとの大事な約束、と畳みかけられたソルジャーは少し考え込んでから。
「…そういうことなら出てみようかな? でもさ…。ぼくとハーレイは同じ蓮の上に行けると思う? ぼくはあっちに帰れない身だし、ハーレイを呼ぶことも出来ないし…」
道は閉ざされてしまったから、と俯いたソルジャーに、会長さんは。
「大丈夫じゃないかな。阿弥陀様から見れば君の世界もぼくの世界も、ヒョイと指先で摘めるくらいの距離しか離れていないと思うんだ。きっと同じ蓮の上に生まれられるよ、君も約束してきたんだろう? 先に行って待ってるからね、って」
「そうなんだけど…。ぼくはこっちで生きているから、蓮の花はまだ何処にも無いよね。ハーレイが先に死んじゃうようなことになったらガッカリしそうだ、蓮の上で一人ぼっちでさ」
ぼくが嘘をついたと思われそうだ、と呟きつつもソルジャーは法要に出席すると言いました。そうなってくると巻き込まれるのが私たち。お坊さんなジョミー君たちはともかく、マツカ君やスウェナちゃんまで秋のお彼岸の法要に参列ですか、そうですか…。
シャングリラ学園の九月初めの恒例行事、水泳大会はソルジャーと「ぶるぅ」も見物に。会長さんがソルジャーを救出した日に全世界規模で送った思念の効果で、二人は不審がられることなく自由に出歩くことが出来ます。会長さんそっくりのソルジャーの方は女子に人気が高かったり…。
教頭先生への紅白縞のお届けイベントにも二人は当然くっついてきて、ソルジャーはいつも教頭先生に何かと悪戯を仕掛けたがるのが常でした。ソルジャーが帰れなくなったことを知っている教頭先生は苦笑しながらソルジャーの悪戯を見守り、穏やかな笑顔を絶やしません。
ただ、他の長老の先生方はソルジャーが救出されて間もない頃に会長さんに思い切り雷を落としたそうです。SD体制が敷かれた恐ろしい世界を知っていながら、どうして今まで黙っていたのか、と。もっともSD体制のことを会長さんが白状したのは長老の先生方だけで、他の人たちは今も知らないわけですが。
そんなゴタゴタや色々なイベントを経て、ソルジャーが帰還し損ねた日から一年が経とうとしています。今年の秋のお彼岸のお中日は秋分の九月二十二日。私たちは元老寺に集まり、アドス和尚をメインに会長さんやジョミー君たち、四人もの緋色の衣の高校生が勢揃いした法要は大入り満員で…。
「凄いんだねえ、お彼岸って。来てみた甲斐はあったかな」
散華の奪い合いが面白かった、と笑うソルジャーと「足が痺れた」と涙の「ぶるぅ」。私たちは法要の後、『寺院控室』と張り紙が出された庫裏のお座敷に来ていました。お彼岸はまだ続きますけど最大の法要は今日のヤツですから、お手伝いに来てくれたお坊さんや檀家さんのために打ち上げの宴会があるのです。
「もう着替えてもいいのかなぁ?」
ジョミー君が袈裟に手を掛けましたが、会長さんは。
「ダメだよ、後で記念写真を撮るそうだから。着替えはそれから」
高僧のくせに我慢が足りない、と会長さんがお説教を始めようとした時のこと。
「ハーレイ!?」
いきなり叫んだのはソルジャーでした。サイオンの青い光が溢れた途端にパァンと弾け飛び、ドサリと重い音がして。
「ハーレイ? ハーレイ!!!」
ソルジャーの絶叫が部屋を貫き、畳の上に胸から下が朱に染まったキャプテンが…。それを見るなり行動したのは会長さん。サッと駆け寄り、キャプテンを抱えて瞬間移動で部屋から消え失せ、続いて姿がかき消えたのはソルジャーで。
「おい、俺たちも行くぞ!」
キース君がドタドタと駆け出してゆき、すぐにダッシュで戻って来て。
「親父に後を頼んでおいた。ぶるぅ、俺たちを連れて飛べるか? 行き先は分かっているだろう?」
「「うん!」」
同時に返事した「そるじゃぁ・ぶるぅ」と「ぶるぅ」の瞬間移動で飛び込んだ先はエロドクターの病院です。キャプテンは既に手術室へと運ばれた後で、会長さんとソルジャーが手術室の前に立っていました。またしても緋色の法衣の団体様をやってしまった私たちは間もなく会議室へと押し込まれて…。
「…作業完了。二度目だし、ブルーも補助してくれたし、ちょっと疲れたくらいかな」
でも一休み、と会長さんがソファに横になると「そるじゃぁ・ぶるぅ」がスポーツドリンクを渡しています。会長さんはソルジャーを助けた時と同様、キャプテンに関する情報をサイオンで細工し終えたのでした。手伝ったというソルジャーの方は青ざめた顔で椅子に腰掛け、祈るように両手を組んでキャプテンの名を呼び続けるだけ。そこへ…。
「失礼します。御家族はこちらだと聞きましたので…。患者さんの服と持ち物です」
看護師さんが袋に入れて届けに来たのはキャプテンの制服とマントに靴。フラフラと立ち上がったソルジャーがそれを受け取り、辛そうに顔を歪めながらも中身を一つずつ確認して…。と、機械的に動いていただけの手がピタリと止まり、引っ張り出したのは薄い板のような小さなケース。IDカードか何かでしょうか?
「なんだろう? ハーレイ、こんなの持っていたかな…」
会長さんも起き上がってきて皆で手許を覗き込みましたが、ケースは血糊で汚れてしまって何なのか全く分かりません。首を捻るソルジャーに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が湿らせてきたティッシュを渡し、汚れが拭われた下から現れた文字は。
「開けずに捨ててしまって下さい…?」
そう言われると人は開けたくなるもの、とソルジャーは私たちが止めるのも聞かずにケースを調べ、中から小さく折り畳まれた紙を出そうとしたのですけれど。
「…ハーレイ……」
ソルジャーの瞳に涙が盛り上がり、そのままポロポロ零れ落ちて。
「…馬鹿だ、ハーレイ…。お前は本当に馬鹿だよ、ハーレイ…。こんなのを持っていたなんて…」
ぼくが死んだら焼いてしまえと言ったじゃないか、と泣きながらソルジャーが広げた紙には何羽ものカラスが躍っていました。それはソルジャーとキャプテンが私たちの世界で結婚した時、会長さんが半分悪戯心で作った結婚証明書。ブラウロニア誓紙と呼ばれるカラス模様の紙で裏打ちしたもので…。
「どうして焼かずにいたんだ、ハーレイ…。ぼくはとっくに死んだんだって分かってたくせに、どうして今まで…。結婚したことは誰にも言えない、って言ったのはお前だったのに…」
お前が死んだらバレるじゃないか、と涙が止まらないソルジャーの肩に、会長さんが手を置いて。
「それでも焼けると思うかい? 大切な思い出を君なら捨ててしまえるのかい、相手が死んでしまったからって…。余計に想いが募るものだよ、自分が死ぬまで持っていたいと」
「だからって…! こんな時にぼくに見せるだなんて…。ハーレイが……ハーレイがぼくを置いて行くかもしれない時に…!」
あんなに酷い怪我なのに、と泣き崩れたソルジャーはブラウロニア誓紙を握り締めたまま、キャプテンの名を呼び続けました。会長さんの説明によるとキャプテンは胸から下が押し潰された状態で、内臓も骨も滅茶苦茶で。ソルジャーの時とは比較にならない厳しい状況なのだそうです。
「…ぼくがサイオンでサポートしようか、と言ったんだけど、医療機器でもサイオンでも同じだそうだ。万一の時に備えて待機してくれ、と言われたんだよ、ぼくもブルーも」
「「「………」」」
万一の時というのはキャプテンの生命力が本当に尽きてしまった時。奇跡を祈るしか他にない時、未知の領域が多いサイオンを使うべきだという意味なのです。
ソルジャーは未だかつて見たことのない弱々しい肩を震わせて泣き続けていて、「ぶるぅ」はオロオロするばかり。いつドクターから会長さんやソルジャーへの呼び出しが入るか分からない今、病院からは離れられません。
キース君がアドス和尚に「悪いが明日は一人で頼む。俺もジョミーもサムも行けない」と連絡している声が酷く遠くに聞こえました。気付かない間に日が暮れていて窓の外はもう木々の暗い影と街灯などが見えるだけ。今夜は長い長い夜になりそうです。
キャプテン、どうかソルジャーを置いて行かないで。あの世に行っても一緒に暮らそうと約束したのなら、ソルジャーを置いて行かないで…!
腕利きの外科医のドクター・ノルディが何時間もかけて手術し、仮眠すらせずに手当てを続けて、キャプテンがようやく生命の危機を脱したのは三日後の朝のことでした。集中治療室で眠るキャプテンは面会謝絶ではありましたけれど、ソルジャーだけは短時間だけ足を踏み入れることを許されて。
「…もう心配は無いってさ。意識が戻るまでは当分かかるみたいだけれど」
みんなにも心配かけちゃってごめん、とソルジャーが頭を下げたのは会長さんの家のリビングです。私たちは涙ぐんでばかりいるソルジャーが気掛かりで学校をサボり、病院通いの毎日を過ごし、やっとソルジャーを連れてマンションに戻って来たわけで。
「良かったね、ブルー。でもさ…」
あの時、何があったんだい、と問い掛けたのは会長さん。
「いきなり君のハーレイが落ちて来るとは思わなかったよ。別の世界へ移動する力はタイプ・グリーンには無い筈だ。それに見えたサイオンは青かった。…君がハーレイを呼んだのかい?」
「どうなんだろう? ぼくにも分からないんだよ。ただ、ハーレイの声が聞こえた。ブルー、とぼくの名を呼ぶ声がね。それと一緒に流れ込んで来たのがぼくの遺言。先立ば遅るる人を待ちやせむ、って例の歌とさ、思念の欠片が。…だから世界が繋がったんだ、と思って飛ぼうとしたんだけれど…」
飛ぶ前に弾き返された、とソルジャーは自分がサイオンを発動させたことを認めて。
「弾き返される瞬間にハーレイの姿が見えたんだ。掴まえなきゃ、って思念を拡げた。此処で離れたら二度と会えないと思ったからね。…まさか大怪我をして死にかけてたとは知らなかったよ。だからハーレイに何があったのかは分からないや」
事故とかでなければいいんだけれど、と呟くソルジャー。キャプテンの居場所はブリッジだけに、そんな所で大怪我となればシャングリラも無事では済みません。ソルジャーと「ぶるぅ」が私たちの世界で暮らすようになってから、あちらの世界がどうなったのかは誰にも分からないことで…。
「人類軍からの攻撃だったら絶望的だよ、シャングリラもミュウもおしまいだ。それだけは無いと祈りたいけど、ハーレイが起きるまでは何も分からないよね…」
今は心も読めないから、とソルジャーは残してきた仲間たちを心配しています。昏睡状態のキャプテンの記憶を読み取れないことは無いそうですが、どうしても負担をかけてしまうため、それだけはしたくないのだとか。
「でもね、ハーレイはタフだから。話が出来るようになったら全員で事情を聞きに行こうよ、面会人が増えたくらいじゃ疲れないさ。…ううん、本当は一人で聞くのが怖いってだけのことなんだけど」
シャングリラ沈没とか、メギド再びとか…、と語るソルジャーの瞳は暗く沈んでいて、私たちは一緒に面会に出掛けることを約束せざるを得ませんでした。大勢が病室に押し掛けるのはまだ厳禁でしょうし、瞬間移動で忍び込むしかないんでしょうねえ…。
約束の日が訪れたのは三週間後の日曜日。私たちは会長さんの家に集まり、ソルジャーや「ぶるぅ」の力も交えて瞬間移動でキャプテンの病室へ飛びました。かつてソルジャーがいたのと同じ特別室で、大人数でお邪魔したって狭くは無いのですけれど…。
「やあ、ハーレイ。気分はどう? 今日は顔色もいいみたいだね」
にこやかに微笑むソルジャーに、キャプテンは頬を緩ませて。
「お蔭様で元気ですよ。…皆さんも久しぶりですね。ブルーを助けて下さったのだと聞いております」
有難うございました、とベッドから身体を起こそうとするキャプテンを会長さんが手で制して。
「気にしないでよ、ぼくもブルーを助けられたことは嬉しいし…。それよりも君に訊きたいんだ。ううん、知りたがっているのはブルーなんだけど、怖くて訊けないらしくってさ。…君はどうしてそんな怪我を?」
「…私…ですか? これは落ちて来た岩の下敷きに…。ああ、心配しないで下さい、ブルー。シャングリラは無事ですよ。人類との戦いも終わったのだ…と思います。長い話になりますが…」
あまりにも長い話なので、とキャプテンが思念で伝えてくれたソルジャーの世界での出来事は想像を絶するものでした。ミュウと人類との戦いだけでも驚きなのに、一番仰天したことは。
「…そうか、青い地球は幻だったのか…。この目で見たいと思っていたのが馬鹿みたいだ」
すっかり騙されてしまっていたよ、とソルジャーは自嘲の笑みを浮かべています。ソルジャーが憧れ続けた地球は再生しておらず、人の住めない荒廃した星で、青い海すら無かったのだとか。居住可能なのは深い地下のみ。そこに据えられたコンピューターがSD体制の要のグランド・マザーで。
「結局、ジョミーがどうなったのかはお前にも分からないんだね? シャングリラは無事だというだけで」
「はい…。ソルジャー……いえ、ジョミーを探して地下に向かいましたが、途中で道を阻まれて…。ですが、御安心下さい、ブルー。あなたが大切にしていらしたフィシスはシャングリラに送り届けました」
私たちの最後の力で、と力強く言ったキャプテンに、ソルジャーは。
「すまない、ハーレイ…。出来ることなら皆で生き残って欲しかった。ミュウの未来が開けていたのなら猶のことだ。…でも、ありがとう。フィシスを助けてくれたこともそうだけど、最後の最後にぼくを想ってくれたよね?」
「え、ええ…」
多すぎるギャラリーにキャプテンは目を白黒とさせたのですが、ソルジャーが気にする筈もなく。
「お前が持っていた宝物も見せて貰ったよ。ぼくが死んだら焼き捨てろ、って言っておいたのに肌身離さず大切に…ってね」
ほら、とソルジャーが服の下から取り出したのはキャプテンが身に着けていた結婚証明書入りのケースでした。きちんと折り畳まれたブラウロニア誓紙が元通りの形で入っています。キャプテンの頬が真っ赤に染まり、ソルジャーはクスクス笑いながら。
「…先立たば遅るる人を待ちやせむ 花のうてなの半ば残して。お前が最期に思い出してくれた、ぼくの遺言。ぼくが待つ蓮に行こうと思ってくれたんだろう? ちゃんと待っていたよ、蓮の花の上じゃないけれど」
ぼくたちは生まれ変わったみたいなものらしいよ、とソルジャーはキャプテンの手にブラウロニア誓紙が入ったケースをそっと握らせました。
「約束したよね、いつか地球に辿り着いたら結婚しよう…って。ぼくはもうソルジャーなんかじゃないし、お前もシャングリラのキャプテンじゃない。そして地球に二人揃って生まれ変わった。…ああ、ぶるぅもいるから三人だけどさ。だから結婚出来るんだよ。…と言うより、これが有効になる時だよね」
元々こっちの世界で作った結婚証明書なんだから、と幸せそうに微笑むソルジャーの手をキャプテンが引き寄せ、その場で始まる熱烈なキス。そういえば遠い昔に二人はバカップルでした。ソルジャーの身体が弱り始めて以来、すっかり忘れ去っていましたけれど、もしかしなくてもバカップルまで復活ですか…?
重傷を負ったキャプテンの退院までには長い時間がかかりました。なにしろ足の骨まで砕けたのですし、車椅子で病室から出られるようになった頃には庭の散歩には不向きな季節。その代わりに、とソルジャーは何度かキャプテンを外泊させて。
「ふふ、あの部屋を貰った時にはさ…。ぼくとぶるぅが暮らすためには広すぎる、って思ったけれど、ハーレイも一緒だと丁度いいねえ。ぶるぅはゲストルームに追っ払えるし、寝室もうんと広いしさ」
ハーレイが治ったら一緒に家具を見に行くんだよ、とソルジャーが幸せ自慢をやっているのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。ラム酒が効いたサヴァランを頬張りながらニコニコと…。
「新婚用の家具っていうのも良さそうだから、こっちのハーレイに協力をお願いしてるんだよね。いわゆる新婚向けってヤツは男女のカップル向けだろう? それじゃイマイチ嬉しくないし、その道のプロの意見を聞くのが一番だって話になって。ぼくのハーレイも大賛成!」
だから昨日は下見にお出掛け、と言うソルジャーが一緒に家具を見に行ったのは教頭先生の方でした。
「ちょ、ちょっと…。なんてことをしてくれるのさ、もしもハーレイが血迷っちゃったら、ぼくが困るし! そうでなくても君たちが同居するっていうから羨ましそうにしてるのに…」
声を張り上げる会長さんに、ソルジャーは。
「いいじゃないか、こっちのハーレイが結婚に向かって大きな一歩を踏み出すかも…。君の家だって広すぎるんだ、同居人を入れるべきだと思うけどな」
「ハーレイなんかと結婚するならフィシスと結婚するってば! 人生、思い切り長いんだからさ」
「うん、本当に長そうだよね。君はとっくに四百歳を超えたんだろう? ぼくは三百年とちょっとで終わっちゃったというのにさ。しかも最後の十五年ほどは寝たきりだったし、その前から弱り始めたし…。君は全く変わらないけど、いったい何年生きられるわけ?」
「えっと…」
どうなんだろう、と会長さんは首を捻っています。ソルジャーの疑問は私たちの疑問でもありました。会長さんの寿命もさることながら、会長さんよりも年上だと聞く教頭先生たちも元気そのもの。教頭先生は柔道部の指導に燃えていますし、ゼル先生は剣道と居合に加えてバイクで爆走してますし…。
「もしかしたら何百年どころか何千年かもしれないな、って思わないでもないんだよね。ぼくたちの世界のサイオンを持った仲間で寿命が来た人は一人もいない。そして仲間は増え続けてる。おまけに年を取らないし…。ゼルとかヒルマンみたいな外見でもさ、中身は若いままっていうのが不思議な所」
外見年齢は個人の好みによるのではないか、というのが会長さんの意見です。
「本当に不老不死なのかどうか、現時点では分からない。だけど、ずっと昔に璃慕恩院で友達だった当時の老師が言ったんだ。お前さんたちは生きて極楽へ行ける種族かもしれないのう、って」
「「「極楽!?」」」
「そう、極楽。ぼくたちの宗派で極楽と言えば阿弥陀様だよね。でも、御釈迦様が亡くなられてから五十六億七千万年の後に弥勒菩薩という仏様が衆生を救いに下りてこられると言われてる。その時、この世はお浄土になるのさ、いわゆる極楽。阿弥陀様のお浄土とは違うものだと説かれてるけど、そこは謎だし…」
見て来た人は一人もいない遙か未来のことだから、と会長さんは笑みを浮かべて。
「その未来まで生きて地球をこの世の極楽にするための種族じゃないか、と老師に何度も言われたよ。地球を守りながら長生きするのも悪くはないと思わないかい? 五十六億七千万年! きっとブルーも長生きできるさ、この世界に生まれ変わったんだし…。ぼくたちと一緒に頑張ろうね」
君のハーレイが見て来たような無残な地球にさせないように、と微笑んでいる会長さんは私たちの長であるソルジャーのようにも、伝説の高僧である銀青様のようにも見えました。途方もない話に聞こえますけど、もしも真実だったなら……ソルジャーが夢見た理想の蓮は当分必要無いんですよね?
キャプテンの退院を祝うパーティーが開かれたのは十二月半ばの土曜日のこと。会長さんの家が会場になり、本調子ではないキャプテンのために「そるじゃぁ・ぶるぅ」が作った料理はコンソメスープやスモークサーモンのエクレア、仔羊の骨付き肉のへーゼルナッツ風味など。勿論お酒は厳禁で…。
「ハーレイ、今日からはずっと一緒だよ? いつか極楽へ行く日までね」
ぶるぅは放って大人の時間、と真昼間から惚気モードのソルジャーにキャプテンが熱いキスをして。
「五十六億七千万年でしたよね。晴れて結婚出来たからには、一生満足させてみせます」
「うん、極楽へ行った後もよろしく。生きて極楽へ行けるんだったら蓮の花も選び放題だろうし」
その前にまずは新居を整えなくちゃ、とソルジャーは家具を買いに行く相談を始めました。明日にでも出掛けるらしいのですけど、使い勝手の問題などがあるため、教頭先生に同行をお願いするそうで…。
「またハーレイを呼び出すのかい? やめてくれって言ったのに!」
会長さんの苦情はバカップルには全く届いていませんでした。二人は幸せそうに料理を食べさせ合っていて、ソルジャーが。
「結婚して地球で暮らす時には庭に桜を植えようね、って言ってただろう? ちょっと予定が狂ったけれど、このマンションの庭に大きな桜があるんだよ。とても綺麗な花が咲くんだ」
「そうなのですか。春になるのが楽しみですね」
「ぼくが一番好きな花だし、思い出も沢山あるからね。…キース、今でも祈ってくれてる?」
いきなり話を振られたキース君ですが、そこは緋色の衣の高僧。フォークをきちんとお皿に置いて…。
「ああ。供養するべき人も増えたし、ジョミーとサムも祈っているぞ。数珠を貰ったのは俺だけだがな」
「ゼルたちも地球で死んじゃったしね…。みんな極楽に行ってくれないと」
ぼくとハーレイだけが極楽に行くのは申し訳ない、と語るソルジャー。他にも大勢のミュウが亡くなり、ジョミー君のそっくりさんもキャプテンの話では生存の可能性は少ないそうで…。
「でも不思議ですね。こちらのジョミーもタイプ・ブルーなのに未だに力は無いのでしょう?」
首を傾げるキャプテンの言葉に、会長さんが。
「きっと必要ないんだよ。ジョミーの力が目覚めないのが平和の証拠さ、君が言ってたタイプ・ブルーの子供たちだっていないしね。この世界はいつか本当に極楽浄土になるんじゃないかな」
五十六億七千万年待ってみようよ、と笑みを湛える会長さんに、私たちは強く頷きました。気が遠くなるほど長い時間を生きてみるのも一興です。それまでにはきっとソルジャーの世界の荒れ果てた地球も…。
「そうだね、青い姿を取り戻すかもしれないね。ぼくもハーレイも、それにぶるぅも…この目で見ることは出来ないけどさ」
「俺の数珠の文字が読めなくなる日が再生の日かもしれないぞ。数百年単位で残りそうな文字だし、供養のために作られた数珠だしな」
あんたが百八の煩悩を刻んだ桜の数珠だ、とキース君が言えば、ソルジャーは。
「いいね、そう考えることにしておこう。その時が来たら盛大な法要をお願いしたいな、地球で死んだ仲間や辿り着けなかった仲間のために。みんなが夢見た青い地球でぼくは暮らしていくんだからさ」
そのくらいのことはやらないと、とウインクしてみせるソルジャーの手にキャプテンの手が重ねられて。
「ブルー、私は幸せ者です。あなたも……そして青い地球まで手に入れました。これ以上の幸せはありませんよ」
「甘いね、もっと幸せにならなくちゃ! 人生、ホントにこれからなんだよ。五十六億七千万年!」
じきにクリスマスで、お正月で…、とソルジャーは指折り数えています。ソルジャーが庭に植えたいと願っていた桜の季節までにはイベントが沢山てんこ盛り。バレンタインデーにホワイトデーに…。
「かみお~ん♪ ぼくのお誕生日も忘れないでね、今年はとっても賑やかになりそう! ハーレイもフィシスもみんな呼ぼうよ、ゼルたちも」
内緒にしなくていいんだもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」は満面の笑顔で、会長さんが。
「そういえばそうだね、ブルーもハーレイも、それにぶるぅも今はこっちの人間だものね。こっちのハーレイがバカップルを見て泣くかもだけど、そこはパーティーの余興ってことで…。ブラウたちも大いに笑ってくれるさ、四百年越しの片想い!」
今後も恋愛成就の見込みはゼロ、と会長さんは宣言しています。教頭先生の片想い人生は五十六億七千万年の彼方まで続きそうでした。そこでこの世が極楽になっても片想いのまま、ソルジャーとキャプテン夫妻を指を咥えて見ているのかも…。それも良きかな、と私たちは揃って笑い転げて。
「シャングリラ学園はどうなってるのかな、その頃にはさ」
ジョミー君が投げかけた疑問に、私たちの答えが一斉に。
「「「絶対あるに決まってる!」」」
「だよね、サイオンの始まりはシャングリラ学園みたいなものなんだから」
会長さんがそう言ってニッコリ微笑んで。
「五十六億七千万年後が楽しみだなぁ、どんな学校になってるだろう? 校舎とか凄いことになりそう」
「分校が出来ているかもしれないよ。他の星にさ」
ぼくたちの世界のアルテメシアみたいにね、とソルジャーが返し、隣でキャプテンが頷いています。シャングリラ学園に宇宙の分校は出来るでしょうか? きっとそうなっても会長さんは生徒会長で、「そるじゃぁ・ぶるぅ」はシャングリラ学園のマスコットで…。
ソルジャーとキャプテン、「ぶるぅ」を迎えた私たちの世界を待っているのは、間近に迫ったクリスマス。春になったらソルジャーの好きな桜が咲いて、その内に海へ山へと遊びに出掛ける夏が来て。楽しい思い出を積み重ねながら、五十六億七千万年後の遠い遙かな未来まで…。
その日まで私たちをよろしくお願いしますね、シャングリラ学園、万歳!
遥かな未来へ・了
※完結編の全3話 『遙かな未来へ』 、これで結びとなりました。
「どうしても完結させたかった深い理由」 は、お分かり頂けたことと思います。
ソルジャーことアルト様ブルーの未来を描くのが完結を目指した目的でした。
蛇足ながら、ソルジャーとキャプテン、それぞれの救出の日はアニテラの放映日に
合わせてあります。ソルジャーは17話、キャプテンは最終話でございます。
どちらも法要まみれでしたが、救出作戦は完了しました。
シャングリラ学園の面々は遠い遙かな未来の世界まで、幸せに生きてゆくのです。
次回は、そんな彼らの後日談を読み切り形式でお届けさせて頂きます。
その次には余談として「そるじゃぁ・ぶるぅ」と土鍋のお話を1話。
シャングリラ学園はそこまでで一区切り、以後は月イチ更新になります。
季節の流れや時系列とは全く無関係に思い付くまま、気の向くまま。
夏真っ盛りに冬のお話とか、その逆とかも気にせずに書いていくつもりです。
2月以降は 「毎月第3月曜」 更新で参りますので、どうぞ御贔屓にv
場外編の方は引き続き 「毎日更新」 ですから、よろしくお願いいたします。
←場外編「シャングリラ学園生徒会室」は、こちらからv