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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

金色の夏  第2話

仏道修行を体験中のジョミー君とサム君を見物しようと本山にやって来た私たち。大きな建物を繋ぐ回廊や廊下でお坊さんたちと擦れ違いますが、緋の衣を着ていない会長さんに挨拶する人はいませんでした。お寿司を御馳走になった客間に案内してくれた若いお坊さんも、会長さんの正体を知らないのかもしれません。今も偉そうなお坊さんがお供を連れて通りましたが、全く無反応ですし…。
「ぼくは伝説の高僧なんだ。顔馴染みの人の方が少ない。でも本山に長くいる人は噂を知っているからね…。銀の髪で赤い瞳の、年を取らない高僧の話。法衣で来たらバレてしまって気楽に見学できないんだよ。この格好なら平気だけれど」
どう見ても普通の高校生だろ、と会長さん。お寺には観光の人も来ていますから、私たちは目立つことなく目標の建物に辿り着きました。障子と板戸で閉ざされた向こう側から読経の声が響いてきます。調子っぱずれな子供の声で、おまけに全く揃ってなくて…木魚を叩く音までバラバラ。
「ふふ。やってる、やってる」
会長さんが障子に近付くと、すかさず見張りのお坊さんが。
「子供たちが修行中です。中の見学は御遠慮下さい」
「そうなんだ。…ここで聞いてるのは構わないのかな?」
「構いませんが、修行の邪魔になりますので、私語は慎んで下さいますよう」
あらら、本当に会長さんの権威が通用しません。会長さんはクスッと笑うと廊下の端に移動して腰を下ろしました。
私たちも並んで座ったものの、お経のことはサッパリです。
「今やってるヤツ、覚えてないかな? 去年、キースの家で唱えた筈だと思うんだけど」
「「…………」」
「二人とも忘れちゃったんだ。アドス和尚も片手落ちだね。お土産に勤行集を渡しておけば良かったのに。…あれだと全部書いてあるから」
ジョミー君たちは去年やらされた毎日のお勤めを練習させられているみたい。言われてみれば聞き覚えがあるような気がしないでもありません。それにしても小学生の団体様は迫力たっぷり。ジョミー君とサム君の声は子供の声に圧倒されて全く聞こえてきませんでした。やがて鉦が何回か鳴って、読経は終わったようですが…。
「これからは筋トレの時間なんだよ」
「「筋トレ!?」」
思わず叫んでしまったスウェナちゃんと私をジロリと睨むお坊さん。いけない、いけない、私語厳禁です。でも筋トレって何でしょう?
「説明するより見るのが早い。…ぶるぅ、始まったら一緒にやってあげてよ」
「うん!」
コクリと頷いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」が板敷の廊下に正座します。間もなく障子越しに聞こえてきたのはお念仏。なんだか独特の節回しですが、それに合わせて「そるじゃぁ・ぶるぅ」が合掌したまま立ち上がりました。ピンと背筋を伸ばしたかと思うと、またお念仏に合わせて座って頭を床につけ、両手を前に伸ばして土下座の変形みたいなポーズ。三度目のお念仏で正座に戻って、次のお念仏でまた立って…。
「ぶるぅ、もういい。…今ので分かった?」
スウェナちゃんと私は首を左右に振りました。今の動作っていったい何?
「五体投地って言葉を知っているかい?」
膝を抱えてニコニコしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」の頭を撫でながら会長さんが尋ねました。さっきのパフォーマンスが気になったのか、監督役のお坊さんがチラチラこっちを見ています。
「知らないかな。両手、両膝、額という身体の五部分を地面に付けて、平伏して礼拝することさ。外国で聖地を巡礼する人がこれを繰り返して進む話が有名だけど、ぼくたちの国でも修行僧には必須なんだ。ぶるぅのポーズを思い出してごらん。両手と両膝、額が床についてただろう」
「はい」
「ジョミーたちはそれの練習中。お念仏を3回唱える間に1回の五体投地ができる。今夜は御本尊様の前で本番だから、みっちり叩き込まれるってわけ。なかなかハードな筋トレだよ。本物の修行だと1日に千回やることもある。お念仏を千回じゃなくて、五体投地が千回なんだ」
もちろん経験済みだけど、と余裕の笑みの会長さん。修行体験だと何回させられる羽目になるのか分からないまま、私たちは会長さんが呼んだタクシーでアルテメシアへ帰ることに。ジョミー君たち、大丈夫かなぁ…。

それから日が経ち、2泊3日の修行を終えたジョミー君たちと、柔道部の強化合宿を終えた三人組。今日は会長さん主催の慰労会です。マンションの最上階に行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が迎えてくれて、何種類ものカレーがズラリと並んだダイニングに案内されました。
「かみお~ん♪ 夏のカレーは美味しいよ。身体にいいスパイスを沢山使ったんだ! 好きなだけ食べてね」
お皿の上には山盛りのナン。飲み物はマンゴー・ラッシーにパパイヤ・ラッシー、もちろん普通のラッシーも…。会長さんが微笑みながらサム君を隣に座らせて。
「お疲れ様、修行はどうだった? 勝手に申し込んじゃったから、ぼくが嫌いになったかな」
「そ、そんなこと…! いい勉強になった…と思う…。ブルーもこんなのやったんだよな、って思ってた」
「それは良かった。さすがサムだね」
嬉しいよ、とニッコリされてサム君は頬を染めました。会長さんったら、教頭先生やエロドクターから逃げているくせにサム君はお気に入りなんです。ペット感覚かもしれませんけど。私たちは早速カレーを食べ始め、会長さんがナンを頬張るジョミー君に。
「君は叱られたそうじゃないか。本山の人から聞いてるよ。食べ物を盗みに忍び込んだ…って」
「「「えぇっ!?」」」
ジョミー君がコソ泥をやっていたとは驚きです。キース君が額に手を当て、呆れ果てた声で。
「お前、どこまで度胸があるんだ…。完全に目をつけられてるぞ」
「だって! あんな食事じゃ足りないよ。お腹が空いて眠れなくって、没収されたお菓子のことを考えていたら、フッと頭に道が浮かんで…。その通りに歩いて行ったら没収品が置いてある部屋を見付けたんだ。ケータイとかを一人分ずつ纏めて袋に入れてあってさ、その中にぼくの分の袋も…」
だから袋を開けてポテトチップスを食べたのだ、とジョミー君は開き直りました。
「元々ぼくのお菓子なんだし、盗んだわけじゃないんだってば。そりゃ…没収された物には違いないけど…。消灯後はトイレ以外は行っちゃいけないとも言われてたけど…」
「それでアッサリ見つかったのか?」
「…見回りのお坊さんがガラッと障子を開けたんだ…。真っ暗な部屋で音がするから鼠だと思ったんだって」
「「「真っ暗!?」」」
明かりも点けずにポテトチップスを齧るだなんて、よっぽど飢えていたんでしょうか。部屋に持って帰って食べればバレなかったかもしれないのに…。と、会長さんがクスクスと笑い出しました。
「ジョミーは真っ暗だとは思ってなかった。自分の荷物を入れた袋も探し出したし、そこまでの道順も何故か知っていた。…修行三昧と空腹の極限状態でサイオンが活性化したんだろうね。大いに期待しているよ」
「ええっ!? あれってそういうことだったの!?」
「仏様のお導きだとでも思ったのかい?…それならそれで素晴らしいことだ。君もサムも筋がいいっていう報告が来たし、これからも機会を見つけて仏道に精進して貰おうかな。出家するかどうかは別としてね」
「…そんなぁ…」
ジョミー君はガックリと肩を落としましたが、サム君は。
「そうか、すぐに出家しなくても構わないんだ。だったら凄く気持ちが楽だし、ブルーの世界に近づけるし…。ジョミー、一緒に頑張ろうぜ!」
すっかりやる気満々です。ジョミー君とサム君はは幼馴染ですし、ジョミー君だけ逃走するのは恐らく不可能なんでしょうねえ…。

柔道部の強化合宿の方はこれというネタは無かったようです。でもキース君とシロエ君には手応え十分だったとか。
「教頭先生がアルテメシア大学の柔道部を呼んできて下さったんだ。強豪揃いの大学なんだぞ」
「一日中、稽古をつけて頂きました。練習試合もしましたし…。ぼく、一回だけ勝てたんですよ。キース先輩は凄かったですけど」
「連戦連勝でしたからね。キースが一度も勝てないのって教頭先生くらいじゃないですか?」
柔道部三人組は教頭先生を褒め始めました。私たちは柔道十段としか知りませんけど、柔道をやる人の間ではとても有名らしいんです。年齢という問題さえ無ければ、どんな大会でもオリンピックでも向かうところ敵無しだろうと言われているとか…。
「だけど結局、ヘタレなんだよね」
感心して聞いていた私たちに水を浴びせたのは会長さん。
「柔道は心技体を鍛えるだとか言ってるけれど、どうなんだか。サムの方がよほどしっかりしてるよ」
「「「えっ?」」」
ヘタレはともかく、何故にサム君?
「ぼくが勝手に申し込んだ修行ツアーに喜んで行ったし、これからも修行をすると言ってるし。…出家も考えていたんだろう? ハーレイよりもずっと立派だ」
「え、えっと…出家はまだ…どうかなぁ、って…」
「決心はともかく、考えてみたってだけでいいんだってば」
会長さんはホウレン草とチーズのカレーをお皿に取り分け、ナンをちぎって。
「ぼくが出家したのはハーレイと出会った後なんだよ。ハーレイがぼくに一目惚れしたっていうのは知ってるよね?
…片想いとはいえ、ベタ惚れなのにさ。ぼくが出家して修行に行くと決めた時、ハーレイはなんて言ったと思う? お気をつけて、って言ったんだよ。一緒に行くとは言わなかった」
「それは…色々と考えていたんじゃないか?」
キース君が口を挟みました。
「出家ともなれば深い理由があるかもしれんし、ついて行くとは言えんだろう。教頭先生も悩んだと思うぜ」
「普通ならそうかもしれないね。だけど、ぼくは行かないかって誘ったんだ。そしたら学校を放っておけないからとか、散々言い訳を並べてくれたよ。必死に本音を隠してたけど、ぼくには分かった。剃髪するのが嫌だったんだ」
ツルツルだもんね、とゼスチャーをする会長さん。
「坊主頭になるのが嫌で逃げ出したんだよ、ハーレイは。ぼくを好きだと言っておきながら、ぼくより髪の毛を取ったのさ。本気で好きなら髪の毛くらい捨てればいいのに。…それも出来なかったヘタレのくせに、ぼくと結婚したいだなんてバカバカしくて怒る気もしない」
「…俺には教頭先生を笑う資格は全く無いな。寺の後継ぎに生まれたくせに、今も剃髪には抵抗が…。あんたが出家した頃の教頭先生はかなり若かったんじゃないかと思うが」
「そりゃね。…でも、好きなら一緒に来るべきだろう!そしたら奥の手を教えないでもなかったのに…。サイオンで誤魔化して剃髪したように見せる方法をさ」
君には教えてあげないけれど、と笑う会長さんをキース君が拝み倒しにかかります。話題はジョミー君たちの修行体験ツアーに戻って派手に盛り上がり、笑い声が何度もダイニングに響き渡りました。カレーを食べ終え、デザートのココナッツアイスやフルーツが出てきた所で会長さんが。
「みんなの合宿も無事に終わったし、埋蔵金を探しに行こうと思うんだけど。…今週末の出発でいいかな? どのくらい日数がかかるか分からないから、帰って来る日は未定ってことで」
「「「さんせーい!!」」」
「じゃあ、荷物は各自で必要なものを。マツカはマイクロバスの手配を頼むよ」
「分かりました。別荘の用意は整ってますし、明日からだって大丈夫です」
こうして次の予定が決まりました。土曜日の朝、会長さんのマンション前に集合です。マツカ君が言っている村に埋蔵金はあるのでしょうか? まあ、無かった時には海の別荘へ行くだけですが。

出発の日は朝からいい天気でした。みんなでマイクロバスに乗り込み、アルテメシアの北に広がる山地を抜けて、そこから更に田舎へと…。コンビニどころか郵便局さえ見当たりません。とびっきりのド田舎です。こんな所に埋蔵金があったとしても、そりゃ噂にはならないでしょう。マイクロバスが止まった場所は茅葺き屋根の大きな民家の前でした。
「これが祖父の別荘です。…本当に手伝いの人は要らないんですか?」
今なら手配が間に合いますよ、とマツカ君。えっと、えっと…。今からでもお願いしたいかも…って、会長さん?
「要らないよ、マツカ。宝探しに苦労はつきもの。この家、住み心地の方は良さそうだしね。見てごらん」
会長さんが指差した先にエアコンの室外機が隠れていました。
「台所の設備も整ってるし、お風呂だって立派なものさ。…秘密基地だと思えばいいよ」
「秘密基地!」
ジョミー君の瞳が輝いています。埋蔵金探しの言いだしっぺだけに、秘密基地という言葉にときめくのでしょう。マイクロバスが走り去ると、ジョミー君は一番に飛び込んで行って全部の部屋を見て回って。
「凄いや、畳まで替えてくれたんだ! 部屋も沢山あるし、部屋割とかはどうしよう?」
「女の子の部屋は少し離しておくのが礼儀。…それから、ぼくとぶるぅで一部屋かな。他は好きに決めたまえ。そうそう、ぼくは時々夜中に姿を消すと思うけれども、探すなんて野暮は御免だよ」
「「「野暮!?」」」
叫んでしまった私たちに苦笑しながら、会長さんはエアコンのスイッチを入れました。
「とりあえず、この部屋を集会と食事に使おうか。…野暮な君たちに説明しとくと、ぼくが消えると予告したのはフィシスが寂しがるからさ。アルトさんたちの所に夜這いに行こうってわけじゃないから、邪推しないようお願いしたいね。用があったら、ぶるぅに言って」
「「「…………」」」
去年の夏の旅行と違って埋蔵金探しは長期間です。フィシスさんを大事にしている会長さんが帰りたくなるのは仕方ないことだと思うんですが、なんだか複雑な気分がするのは私だけではないようでした。
「ほらほら、ボーッとしてないで部屋を決める! 昼御飯が済んだら下見に行くよ。昼御飯は誰が作るんだい?」
「材料は色々揃えておきました。補充は電話でお願いできます」
「うん。…で、昼御飯は?」
私たちは顔を見合わせ、それから視線が下の方に行って…。
「ぼく、作ってくる!」
台所へ走る「そるじゃぁ・ぶるぅ」。小さな子供に頼るしかないとは、情けないトレジャー・ハンターです。部屋割が済んで食事用の部屋に戻ってくると、冷やし中華が出来ていました。
「早く食べたいだろうし、簡単なのにしてみたよ。晩御飯は鮎の塩焼きと野菜の天麩羅でいい? 足りないと困るから冷しゃぶも作るね」
「「「ありがとう、ぶるぅ!!」」」
私たちは感謝しながら昼御飯を食べ、お皿を洗って…いよいよ埋蔵金探しに出発です。マツカ君を先頭にして、いざ夢とロマンの伝説の地へ…!

「前に話した落ち武者の伝説ですけどね」
セミがうるさい田舎道を歩く間にマツカ君が教えてくれました。
「お姫様を連れて逃げて来たらしいんです。2頭の馬の片方にお姫様、もう1頭に黄金を積んでいたのが、片方の馬が潰れてしまって…。お姫様だけは逃がさなければ、と黄金を隠していったんですよ」
「ふうん…。で、それっきり戻って来なかったわけ?」
死んじゃったのかなぁ、とジョミー君。
「その辺のことは分かりません。落ち延びたものの、ここから遥か遠い所で戻れなかったのかもしれませんし…。落ち武者狩りは厳しいですから」
「そうなんだ。でも、こんな小さな村なのに…誰も掘り出さなかっただなんて、いい人が住んでいるんだね」
「ああ、それは言い伝えのせいですよ。七百年経っても子孫が取りに戻らなかったら、黄金は好きにしてもいい。それよりも前に掘ろうとしたら、七代祟ると言い残したとか」
「「「七代っ!?」」」
七代と言えば私たちの孫の、そのまた孫の…えっと、えっと…。そんなに長く祟られたのでは堪りません。いい人ばかりじゃなかったとしても、これでは掘り出せないでしょう。私たちも逃げ帰った方がいいんじゃあ…。
「おい。俺たちも祟られるんじゃないだろうな」
キース君が左手首の数珠レットを外して握り締めました。
「ブルーの力があるといっても、君子危うきに近寄らずだ。…ジョミー、埋蔵金は諦めろ」
「そ、そうだね…。祟られるのは困るもんね」
「大丈夫ですよ、ぼくたちは。時効になっていますから」
クスッと笑うマツカ君。
「危ないものなら御案内しません。約束の七百年目は百年ほど前に来たんだそうです。村のお寺で毎年供養をしているとかで、それは間違いないんですよ」
「掘ってもいいのに誰も掘ろうとしなかったの?」
疑わしげなジョミー君の問いに、マツカ君は頷いて。
「ええ。言い伝えがあるんですから掘りたい人はいたんでしょうが、七百年経ってますからね。場所があやふやになってしまって、おまけに元が伝説ですし…。祖父が別荘を構えた時に問題の土地を真っ先に売りに来たのだと聞いています。黄金が埋まっていますから、って」
「じゃあ、掘り出していないんだね!」
「祖父が騙されていなければ…ですよ。それに、伝説自体がでっち上げっていう可能性だってあるんですから」
淡々と話すマツカ君ですが、ジョミー君は全く聞いていませんでした。黄金の輝きで頭が一杯なのでしょう。
「ねえ、埋まってる場所はまだ遠いの? 場所があやふやになったって言うけど、その中の何処かに…って分かっているから土地を売り込みに来たんだよね。それだけで手がかりバッチリだよ!」
頑張るぞ、と燃えるジョミー君の足取りはマツカ君を追い抜きそうな勢いです。案内人より先に行っちゃったら案内する意味が無いのでは…。と、マツカ君が立ち止まって。
「あそこです。埋蔵金はあの池の底に…」
「「「池!!?」」」
そこには周囲が1キロ以上ありそうな大きな池が広がっていました。水面は蓮の花と大きな葉っぱで一杯です。こ、この広大な池を相手にどうしろと…?

埋蔵金という言葉で連想するのは山の中とか、洞窟とか。池は想定外でした。ジョミー君も呆然としています。が、立ち直るのも早くって…。
「この池だって分かってるのに、場所があやふやって言ったよね。何か言い伝えがあるんじゃないの?」
「それは…確かにあるんですけど…。聞かない方がマシなくらいな話ですよ」
「いいから、いいから!埋蔵金を探す時には小さな手がかりも見逃すな、って書いてあったし」
「…そうでしょうか…。本当に役に立たないんですが…」
マツカ君は溜息をつくと、池の向こう側にある杉の巨木を指差しました。
「あの木の影が落ちる所にあるそうです。でも太陽と一緒に影も動いていきますからね…。言い伝えでは辰の刻とも、申の刻とも…午の刻だっていう話も」
「何それ?馬とか猿とか、何の話?」
「時刻だよ、ジョミー」
おかしそうに笑い出したのは会長さん。時間というのは知ってますけど、私もよくは分かりません。
「辰の刻というのは朝の8時で、申の刻なら午後4時だ。午は正午だからいいとして…朝の8時から夕方4時までに影が移動する範囲となると厳しいよ。今はあそこに映ってるから、下手をすればこの池全部ってことになるかな」
「そうなんです」
マツカ君が即答しました。
「殆どこの池全部だそうです。それを掘り返す根性のある人が村にいたのかいなかったのか、伝説は事実だったのか。雲を掴むような話ですから、ジョミーが埋蔵金って言わなかったら、ぼくも探しには来なかったでしょう」
「おいおい、マジかよ…」
「無茶ですよ、こんな広い池!それに蓮だらけでボートも無理そうじゃないですか」
「話が旨すぎると思ってたんだ。俺は降りるぞ」
サム君もシロエ君も、キース君も回れ右しようとしましたが。
「みんな、待ってよ!埋蔵金があるかどうかをブルーに見てもらって、それから決めても…」
沢山あるかもしれないし、というジョミー君の言葉にキース君たちは蓮池を眺め、それから会長さんを見詰めます。
「ジョミーが言うのも一理あるな」
キース君が腕組みをして頷きました。
「ブルー、埋蔵金は簡単に見つけ出せると言ってたが…。この池の底にありそうか? あるなら量も知りたいが」
「量まで知りたいって言うのかい? まあ、不確実な賭けをしたくない気持ちは分かるけどさ。…でも、その前に…ジョミー、君にも素質はあるんだよ。真っ暗な本山の中でポテトチップスを見付けた根性。それと同じで埋蔵金が何処にあるのか分からないかな?」
「ええっ、そんなの分かるわけないよ!ぼくには蓮しか見えないや」
だからお願い、と頼むジョミー君に会長さんは肩をすくめて微笑んでから、蓮池に目を凝らしました。
「…ふぅん…。凄く一途な残留思念だ。黄金を隠していった落ち武者はお姫様のことが好きだったんだね。これはとっても分かり易いな」
「「「ええっ!?」」
「うん、黄金は確かにあるよ。キースの質問に答えるならば、このくらいの大きさの箱に2箱分だ」
会長さんが両手で示したサイズはミカンとかが入ってくる段ボール箱より大きそうです。キース君が唾を飲み込み、ジョミー君は大歓声。埋蔵金は伝説ではなく、まさに目の前にあるのでした。
「さて、ぼくは所在を確かめたけど…。どうする? 回れ右をする? それとも頑張って掘り出してみる?」
「「「掘る!!!」」」
蓮池の上にジョミー君たちの声が響き渡りました。帰ろうとしていた筈のキース君たちも目の色が完全に変わっています。私も胸がドキドキしますし、スウェナちゃんだって瞳がキラキラ…。
「それじゃ明日から取り掛かろうか。今日は今後のプランを練ろう。ただし、ぼくが黄金を見付けた場所を教えるわけにはいかないよ。反則は認めない主義なんだ。頑張って自力で掘り出したまえ」
会長さんの言葉に素直に頷くジョミー君たち。埋蔵金探しにやって来た以上、探索するのも重要です。ここ掘れワンワンとばかりに一直線より、紆余曲折も味わいがあっていいのでしょう。
「いいかい、宝探しは体力勝負。ぼくは肉体労働はお断りだけど、君たちは若いんだから平気だよね。ああ、それから…女の子たちを酷使するのも感心しない。埋蔵金探しは男のロマンだ。肉体労働は男だけだよ。…返事は?」
「「「はいっ!!!」」」
威勢良く答えるジョミー君たち。埋蔵金の魅力に惹き付けられて男のロマンが燃え上がったというわけですが、なんといっても相手は蓮池。なんだか嫌な予感がするのはお盆の季節なせいなのかな…?




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