シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
埋蔵金伝説に釣られてやって来たド田舎の村。会長さんが黄金の存在を確かめてくれた蓮池からマツカ君のお祖父さんの別荘に戻った私たちは作戦会議を始めました。クーラーが効いた畳敷きの部屋で座敷机を囲んで座ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」が冷たい麦茶と水羊羹を運んできてくれます。
「あのね、水羊羹は冷蔵庫に入っていたんだよ。いろんなものが揃っているし、晩御飯に焼こうと思ってる鮎はちゃんと活簀に泳いでるんだ! ぼく、ここのお台所が気に入っちゃった。ご飯はぼくに任せてね!」
「やったぁ!」
ジョミー君が歓声を上げ、スウェナちゃんと私は安堵の溜息。肉体労働は男の子だけ、と会長さんが宣言したので食事係が回ってくるかと実はビクビクしてたのです。9人分の食事だなんて大変そうですし、お料理が得意なわけでもないし…。会長さんがクスッと小さく笑いました。
「食事係は決まったね。で、埋蔵金はどうやって探すんだい?」
「…えっと…池の水を抜いて、乾かして…」
「それじゃ何日かかるか分からないよ、ジョミー」
呆れた顔の会長さん。
「池の水を完全に抜こうとしたら1ヶ月くらいかかるだろう。おまけに泥を乾かすとなると、夏休みくらいじゃとても足りない」
「そんなにかかるの?」
「堤防を壊すっていうならともかく、自然に抜くならそれくらいはね。…マツカ、池の水は抜いても大丈夫かい?」
「え、えっと…。大丈夫だとは思いますけど、確認しますか?」
マツカ君は何処かへ電話をかけて話を始め、やがてこちらを振り向いて。
「抜いても問題ないそうです。…えっと、水門を開けておこうかって言ってくれてますが、どうしますか?」
「お願いしよう」
会長さんが言い、マツカ君は「よろしく」と頼んで受話器を置きました。
「今から開けに行ってくれるそうです。水門を『ヒ』と呼ぶみたいですね」
「樋という漢字を書くんだよ。昔の工法で造ったものだし、君たちには扱えないだろう。お願い出来て良かったじゃないか。でも、水位は急には下がらないから」
目に見える速さでは減らないよ、と会長さんは念を押しました。
「水を抜いてから掘るのは無理だ。抜きながら掘るしかないだろう」
「潜らなきゃダメ…?」
困惑しているジョミー君。
「いいや、そんなに深くはないし、ダイビングの器材は必要ないさ。道具を借りるなら農家かな」
「「「農家!?」」」
埋蔵金の発掘に何故に農家?…鍬とかを借りに行くんですか…?
「マツカ。あの池の蓮にも由来があるのかい?」
会長さんが唐突に話を変えました。
「ええ。お姫様たちが戻らないまま一年経ったので、死んでしまったかもしれないからと供養に植えたと聞いています。それが増えて一面の蓮池に…」
「やっぱりね。そういうことなら大事にしないと。蓮は極楽浄土の花だし、頑張って出荷しながら埋蔵金に挑みたまえ」
「「「出荷!?」」」
そういえばお盆のお供え物に蓮の花とか葉っぱがあります。埋蔵金探しは蓮を刈らないと出来ませんけど、刈った蓮を出荷するんですか?
「使えるものを捨てるなんて罰当たりなことをしちゃいけないよ。開く前の蕾を夜明け前に切って出荷する。小さめの葉っぱと蓮の実も需要があるから、それもだね。朝一番に農作物の出荷に出かける家があるなら、ついでにお願いすればいい。…マツカ、そういうのも分かるかい?」
「はい。探してみます」
早速電話したマツカ君のおかげで農家が一軒見つかりました。花を栽培している家で、自分の所の花と一緒に蓮の蕾や葉っぱを市場へ運んでくれるとか。でも…。
「「「6時!?」」」
「ええ、6時に村を出るんだそうです。池まで取りに来て下さるんですし、その前に作業を終えないと…」
「マジで? 何時に起きなきゃいけないんだ…」
げんなりするサム君に会長さんが。
「とりあえず明日は5時起床。それで作業が順調だったら毎朝5時で、ダメなら次はもっと早く。君たちは素人だから、明日の朝はぼくも行って手順を教えるよ。まず花を切る鋏を借りなくちゃ」
なるほど、農家から鋏を借りるんですね。早起きは苦手なんですけれど、蓮の花を採るのは見てみたいかも。…あ、でも…もしかして私も手伝わなくちゃいけないのかな?
「そうそう、相手が花だからって女の子を巻き添えにしないようにね。立派な肉体労働だから」
会長さんの言葉でスウェナちゃんと私は安心したものの、ジョミー君たちの顔は引き攣っています。埋蔵金を掘りに来て蓮の花の出荷だなんて、思いもよらない事態ですもの。ところが会長さんは更に重ねて…。
「蓮の花と葉っぱくらいで音を上げていてどうするのさ。埋蔵金を掘るんだろう?…その前に掘らなきゃいけないモノが池一杯にあるんだから」
「ま、まさか…」
キース君の顔が青ざめ、会長さんがニッコリ笑って。
「ふふ、その考えで正解だよ。君たちの相手はレンコンだ。埋蔵金はレンコンの下だし、掘らない限り出てこない。レンコンも当然、出荷してもらう。…作業用の服や道具が要るし、今から借りに行かないと。マツカ、済まないけど車の手配を…」
「分かりました」
マツカ君が手配してくれたのは村の所有のマイクロバス。運転手さんは農家のおじさんです。男の子たちと会長さんが乗ると、バスは勢いよく走り去りました。スウェナちゃんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」、それに私はお留守番です。バスが見えなくなると「そるじゃぁ・ぶるぅ」が。
「隣町まで行ったんだよね。レンコン生産組合って、なぁに?」
「んーと…レンコンを作っている農家の団体?」
「そういうものじゃないかしら。隣町がレンコンの産地だなんて、思い切り運が悪かったわね」
そんな所が無ければレンコン掘りはせずに済んだと思う、とスウェナちゃん。
「どうかなぁ…。会長さんがいるんだもん。隣町がダメでも、何処かで道具を借りると思う」
借りに行ったのは作業道具一式です。出荷用ルートも手配するでしょうし、ジョミー君たち、明日からレンコン農家の仲間入りですよ…。
レンコン生産組合に出かけた会長さんたちが帰ってきたのは暗くなってからでした。荷物をバスから降ろしていたようですが、スウェナちゃんと私は「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお手伝いで夕食を机に並べていたので見ていません。夕食が済むとジョミー君たちは早々にお風呂に入って部屋へ引き上げ、会長さんも。
「明日は早いし、ぼくも寝るよ。君たちは好きにしていいからね。女の子に肉体労働はさせられないし、朝御飯は花の出荷の後だから」
ぶるぅと留守番しておいで、と微笑んで部屋に向かう会長さんを「そるじゃぁ・ぶるぅ」が追いかけます。
「おやすみ~!」
元気に叫んで小さな姿が行ってしまうと、残ったのはスウェナちゃんと私だけ。ガランとした部屋に二人でいてもつまらないので割り当てられた部屋に戻って布団を敷いて…。潜り込んだら疲れていたのかすぐに眠ってしまいました。目が覚めた時はすっかり朝。着替えを済ませて集会室に行くと「そるじゃぁ・ぶるぅ」がパタパタと朝御飯の支度をしています。
「かみお~ん♪あ、もう8時だ!みんなを起こしてこなくっちゃ。御飯できたよ~!」
やがてジョミー君たちが目をこすりながら出てきました。会長さんだけが爽やかな顔をしています。
「やあ、おはよう。花の出荷は間に合ったよ。だけど時間に余裕が無くってね。…明日は4時半起床にしなくちゃ。広い範囲を片付けるには5時起床では遅すぎるんだ。みんな、いいね?」
「「「ふわぁ~い…」」」
半分眠った声で返事している男の子たち。でも朝御飯は黙々と食べてますから、よほどお腹が空いたのでしょう。お代わりだってしてますし…。
「食べ終わったらレンコン掘りだ。今日、花と葉っぱを採った範囲を全部掘るのが目標だからね。レンコンを掘らないと埋蔵金も出てこない。根性に期待しているよ」
追い立てられるように食事を終えたジョミー君たちは、大きな荷物をリヤカーに乗せて蓮池の方へ出発しました。花の出荷は見そびれましたし、早く後片付けをして見に行かなくちゃ、と慌てていると…。
「ぼく、お片付けしておくよ! ブルーが面白いから見においで、って」
ニコニコ笑顔の「そるじゃぁ・ぶるぅ」。スウェナちゃんと私はお礼を言ってジョミー君たちを追い、池まで行くと荷物を解いている所でした。池のほとりには小さなゴムボートが2つあります。花を採るのに使ったらしく、あちこちに泥がついていました。池の水は…全然減ってないみたい…。
「1ヶ月はかかるって言っただろう? 幸いそれほど深くないから、早速レンコンが掘れるんだけどね」
木陰に座った会長さんが手招きしてくれ、レジャーシートを広げてくれます。ありがたく腰を下ろしましたが、ジョミー君たちはそれどころではありませんでした。爪先からずーっと胸まで繋がり、幅広の肩紐がついたゴム製の服に必死に身体を押し込んでいます。
「胴付長靴、通称、胴長。レンコン掘りの必須アイテム。ゴワゴワして動きにくいんだけど、浸水の心配が無いんだよ。あれも組合で借りたんだ。着るのに苦労している間はヒヨコかな。手袋もはめなきゃいけないし」
やっとのことで胴長を着た男の子たちは二の腕まである長いゴム手袋をはめ、岸辺に置いてあった機械のエンジンをかけました。ホースがくっついているようですけど、何をするのに使うんでしょう?
「水を汲み上げてホースから噴出させるのさ。その水圧で泥の中を探ってレンコンを掘る。口で言うのは簡単だけど、物凄く苦労すると思うよ」
最初に池に踏み込んだのはマツカ君とサム君でした。蕾などを収穫した後に残った蓮をマツカ君が刈り取り、サム君が岸へ運び上げます。蓮が無くなった場所を目指してジョミー君たちがホースを構えて踏み込みますが…。
「うわぁっ!」
いきなり膝まで沈み込む泥に足を取られるジョミー君。キース君が慌てて支えて…。
「馬鹿っ! 転ぶんだったら前に転べ、って組合の人に言われただろう! 後ろに倒れると溺れるんだぞ!」
「ご、ごめん…」
「気を付けて下さいよ。まだまだ深くなるんですからね」
シロエ君が慎重に前進していき、蓮があった辺りでホースを抱えて腕を泥の中に突っ込みました。キース君とジョミー君もやり始めたものの、レンコンは見つからないみたい。
「無理だよ、ブルー! 泥を触ってるのかレンコンなのか、全然区別がつかないよ~!」
ジョミー君の泣き言を会長さんはサックリ無視して、宙にサンドイッチが入った箱を取り出します。
「ぶるぅが十時のおやつを作ってくれたよ。レンコン掘りを見ながら食べよう」
「大丈夫かしら、放っておいて…」
「いいんだってば。馴れれば上手に掘れるようになるさ。ほら、キースが1本見付けたみたいだ」
ジョミー君とシロエ君が覗き込む中、キース君がホースを動かして…手を突っ込んで折り取ったのは1メートルほどの立派なレンコン。その頃にはサム君とマツカ君も蓮の刈り取り作業を終わってレンコン掘りを始めていました。一日分の作業区画が決まっていても、炎天下でゴムの作業着を着てレンコン掘りとは、どう考えても地獄ですよねぇ。
ジョミー君たちは頑張りました。来る日も来る日も夜明けと共に池に出かけて蓮の蕾や葉っぱの出荷。それから朝御飯まで少し眠って、昼間は胴長を着込んでレンコン掘り。着替えがとても面倒だから、と昼食は二日目からお弁当になり、掘ったレンコンは夕方に隣町のレンコン生産組合からトラックが来て集荷していきます。ですが…。
「ぼく、レンコン掘りは上手くなったと思うんだ。でもさ、埋蔵金ってどの辺にあるの?」
ジョミー君が日焼けした顔でそう言ったのは2週間が経った日の夜でした。
「毎日毎日掘っているけど、レンコンしか出てこないじゃないか! ここだっていう場所、ブルーは分かってるんだよね。もしかして、ぼくたちが全然違う所を掘っているのを笑いを堪えて見てるんじゃ…」
「笑ってなんかいやしないさ。まだ遠いな、とは思うけれども」
「やっぱりまだまだ遠いんだ…」
項垂れているジョミー君。池の水と蓮はかなり減りましたけど、今も全体の半分近くがピンク色の花と葉っぱで覆われています。夏休みの残りは2週間ちょっと。今のペースで掘り続ければ埋蔵金に辿り着くことは出来そうですが、発掘ならぬレンコン掘りでは文句も言いたくなるでしょう。
「いいじゃないか、健康的な夏休みで。みんな日に焼けて逞しくなったし」
「顔だけね。ブルーは真っ白で変わらないけど」
「ぼくの肌は生まれつきだから」
しれっと言う会長さんは一度もレンコン掘りをしていません。蓮の花だって採ってませんし、朝はスウェナちゃんや私と同じ時間まで寝ています。夜中にフィシスさんの所へ帰っているのかどうかはともかく、ジョミー君たちが重労働をしている間にグータラしてるのは間違いなくて…。
「ブルー、何かヒントを教えてよ。もうちょっと東とか、そこを西とか」
「それじゃ宝探しにならないじゃないか。本物のトレジャー・ハンターは人生をかけて掘ってるよ。夏休みくらいレンコン掘りに捧げたまえ。埋蔵金があるのは本当だから」
グダグダ言わずにさっさと寝る、と冷たく言われてジョミー君たちは部屋に引き上げました。その夜のことです。
「やだやだ、ブルーに叱られちゃうよう!」
ぐっすり寝ていたスウェナちゃんと私を叩き起したのは「そるじゃぁ・ぶるぅ」の悲鳴でした。
「頼む、俺たちはもう限界なんだ!」
「でもでも、ブルー、今、いないもん!!」
「だから頼んでるんですよ!」
言い争う声が会長さんの部屋の方から聞こえてきます。私たちは顔を見合わせ、急いで着替えて様子を見に。襖をカラリと開けた所で「そるじゃぁ・ぶるぅ」を小脇に抱えたキース君と出くわしました。
「すまん、起こしてしまったか? ちょっと宝探しに行ってくる」
キース君の後ろには男の子が全員続いています。
「こんな夜中に?」
「夜中だからだよ。ブルー、今夜はいないんだ」
ジョミー君が声を潜めて。
「教えてくれないならブルーの留守を狙えばいい、ってキースが思い付いたんだよね。ほら、いなくなるかもって言ってたし。ぼくたち、毎晩疲れてたから気付きもしないで眠ってたけど、今夜から交代で張り番をすることになったんだ。そしたら早速消えたってわけ」
「ぶるぅをどうするの?」
「こいつだってタイプ・ブルーだ。埋蔵金の場所を教えてもらうのさ」
さぁ行くぞ、とキース君は暴れる「そるじゃぁ・ぶるぅ」を引っ抱え、ジョミー君たちと共に真っ暗な外へ出てゆきました。埋蔵金が見つからない状況に耐え切れなくて暴挙に走ったみたいです。スウェナちゃんと私は「見なかったことにしよう」と決めて部屋に引っ込み、布団を被って寝てしまいました。
翌朝、いつもの時間に起きて集会室へ行くと、ジョミー君たちが眠そうな顔で食事中。お給仕をしている「そるじゃぁ・ぶるぅ」も元気がありませんでした。
「ぶるぅ、昨夜は眠れなかったのかい?」
会長さんの言葉にジョミー君がビクッとしてお箸を取り落としたのを、キース君たちが必死に誤魔化します。
「なんだ、ジョミーも寝不足なのか? 熱中症に気を付けろよ」
「今日は朝から暑かったですし、仮眠できなかったんじゃないですか?」
それを聞いていた会長さんが。
「寝不足か…。それはよくないね。今日の作業は休んだ方がいいんじゃないかな」
「ううん、大丈夫! ちょっとボーッとしちゃっただけで」
「ちょっと、というのが危ないんだよ。ヒヤリ・ハットって知ってるかい? ヒヤリとした、ハッとしたの意味で、重大な災害や事故には至らないものの、直結してもおかしくない一歩手前の事を言うんだ。レンコン掘りは泥の中での作業だし…溺れたりしたら大変じゃないか。今日はジョミーは休みたまえ」
「えぇっ、全然平気なのに…」
ジョミー君は必死でしたが、会長さんは許しません。
「事故に遭ってからでは遅いんだ。でも、そうだね…。見学くらいは構わないかな。ぼくも久しぶりに現場の気分を味わいたいし、ぶるぅにお弁当を作ってもらってみんなで見物しに行こうか」
鶴の一声でジョミー君はレンコン掘りから外され、残る4人がリヤカーを引いて出発です。お出かけと聞いた「そるじゃぁ・ぶるぅ」は、キース君たちのドカ弁の他に見学者用の素敵なお弁当を作ってくれました。ジョミー君が4人分のドカ弁と自分のお弁当を持ち、私たちは自分の分を持ってレンコン掘りを見に蓮池へ…。
「あれ? 変な所を掘っているけど、夢のお告げでもあったのかい?」
池が見える所まで来た会長さんが怪訝そうに首を傾げます。底が見えてきた池の蓮は半分ほどが綺麗に刈られていますが、今日の現場はその続きではなく、そこから通路のように刈り取って奥に入った所でした。茂った蓮の中にミステリー・サークルみたいにポッカリ開けた空間なんて、どう考えても怪しすぎです。昨夜「そるじゃぁ・ぶるぅ」から聞き出したのに違いありません。
「ジョミー。…夢のお告げかい、と聞いてるんだけど」
「えっ?…あっ、ああ…。夢じゃなくって、なんていうか…。今朝、蓮の蕾を切り取りに来たらあの辺が光ってるような気がしたんだよね」
「なるほど。それで掘ろうと思ったわけか。タイプ・ブルーの君のカンなら、試すだけの価値はあるだろう。当たっていたら英雄だよ」
バレバレな嘘を見抜いているのか、いないのか。会長さんは木陰に座って楽しそうに見学し始めました。ジョミー君の方は明らかに焦っているのが分かります。自分が言い出した埋蔵金探しのクライマックスの日に現場を外され、他の誰かが掘り当てようとしているのですから。キース君たちは胸まで泥水に浸かり、ホース片手にレンコンを掘って…。
「あったーっっっ!!!」
サム君が歓声と共に右手を高く差し上げました。夏の日差しに金色の光が反射します。遠目にはレンコンのように見えますけれど、それは明らかに黄金で…。
「流石だね、ジョミー。見つかったようだよ、埋蔵金が」
「…ぼくが見つけたかったのに…」
「それは残念。下手に誤魔化したりしなかったなら、君にもチャンスはあったのにさ」
クックッと笑う会長さん。やはり全てをお見通しでしたか…。キース君たちは残りの黄金を探し出そうと戦っています。サム君も見付けた黄金をレンコンを運ぶプラスチックの箱に入れ、更に頑張ったのですが…。お昼になって一度休憩し、夕方近くまで掘り返しても黄金は二度と出ませんでした。
「ブルーの嘘つき!」
レンコンを積んだトラックを見送った後、疲れ果てて座り込んでいるキース君たちの横で怒り出したのはジョミー君。サム君が見付けた黄金を右手にしっかり握っています。
「箱2杯分って言ったじゃないか。でも、出てきたのはこれだけだよ!」
それは三十センチくらいの仏像でした。黄金で出来ているのでしょうけど、埋蔵金と呼ぶには少なすぎです。
「嘘をついたのは君たちだろう? 昨夜ぶるぅを連れ出したね。無理やり埋蔵金を探させて、その場所を掘った。君のカンだなんて大嘘をついて。…あのまま真面目に掘っていたなら、ぼくも協力してあげたのに…。罰だ、黄金はぼくが貰っておく」
「「「えぇっ!?」」」
「こんな時のために用意しておいたんだよね」
頑丈そうな木箱が2つ、宙に現れて地面の上へ。会長さんは箱の蓋を開け、池の方へ両手を差し出しました。サム君が仏像を見付けた辺りから青い霧のようなものが湧き出し、キラキラと輝きながら流れてきます。漂ってきた霧が箱の中にどんどん溜まり始めて、青い光が煌いて…。
「砂金だ!」
キース君が叫びました。
「「「砂金!?」」」
箱の周りに集まる私たち。2つの箱に流れ込んでいるのは金色の粒。みるみる箱に一杯になり、サイオンの青い光が消えて…会長さんは微笑んで蓋を閉めました。
「埋蔵金は砂金だったんだ。八百年の間に箱が腐って泥の中に沈んでいたんだよ。相手が砂金じゃレンコンみたいには掘り出せない。だから仏像を掘り当てた時に、砂金だってことと掘り方を教えようと思っていたのにさ。…慌てる乞食は貰いが少ないって言うだろう? 仏像で我慢するんだね」
2つの箱がフッと消え失せ、ジョミー君は泣きそうな顔。会長さんは呆然とする男の子たちに片付けを命じ、ホースつきの機械や胴長を積んだリヤカーを引かせて、別荘に戻っていったのでした。晩御飯の席はお通夜のようで…。
「どうしたんだい、せっかく埋蔵金を見付けたのにさ」
カレーライスを頬張りながら会長さんが言いました。
「明日は此処を引き上げるんだし、もっと賑やかにパーッといこうよ。そうだ、ラムネがあるからシャンパンシャワーの代わりにしようか」
「…全部ブルーが持ってったくせに…」
恨めしそうに呟くジョミー君。会長さんはクスッと笑うと、床の間に置いた黄金の仏像を指差して…。
「馬鹿だね、いい仏様を見付けたじゃないか。ジョミーが言い出した埋蔵金探しで、掘り当てたのはサムっていうのも御仏縁かな。阿弥陀様だし、念持仏にはちょうどいい」
「「「ねんじぶつ?」」」
「個人的に拝む仏像さ。お姫様の家に伝わる仏様だったみたいだけれど、ジョミーとサムを導く為にいらしたのかもしれないね。本山で修行体験してきたんだから、念持仏にするのもいいと思うよ。二人で分けるのは難しいから、ぼくが預かってあげようか? お厨子を作ってお収めするとか」
上機嫌で言う会長さんに逆らえる人はいませんでした。埋蔵金は会長さんに持っていかれて、残ったのは黄金の阿弥陀様。働かなかった私でもガッカリするんですから、ジョミー君たちのショックは大きいでしょう。みんな泣き寝入り同様に眠ってしまい、翌日はもう撤収でした。レンコン掘りの道具の返却はマツカ君が農家の人に頼んでくれて、私たちは迎えのマイクロバスに乗り込むだけ。
「集合写真を撮っておこうよ。別荘の前と…そうだ、池でも撮りたいな」
会長さんがカメラを出して運転手さんに渡します。何枚か撮って、蓮池へ移動という時に…。
「ぼく、胴長の写真も撮る! もう記念だからヤケクソだよ!」
ジョミー君が作業着を手に取り、キース君たちが。
「どうせなら池に入ろうぜ。レンコン掘りの雄姿を残すぞ!」
「おーし、ホースも持っていくか!」
再びリヤカーが引っ張り出され、みんなで蓮池を目指します。夢とロマンを掘りまくった池で運転手さんに記念写真を写して貰うジョミー君たちの笑顔は最高でした。別荘に戻ってマイクロバスに乗ると、蓮池も村もアッという間に見えなくなって…。
「いい村だったね」
後ろを振り返るジョミー君の言葉に私たちはコクリと頷きました。蓮池の底に埋蔵金を秘めていた伝説の村。夏休みは2週間ほど残っていますが、ここで過ごした期間ほど充実した日々はもう無いでしょう。レンコンの夏、黄金の夏。…もしも真面目に掘っていたなら、どのくらいの砂金が貰えたかなぁ…。コップ一杯、それとも二杯? 正直者が大金持ちになるっていうのは昔話の王道です。先人に学ぶべきでした。うわぁ~ん、黄金、欲しかったよう~!