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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

門出を祝って  第3話

打ち上げパーティーの数日後に期末試験の結果発表がありました。1年A組は今回も見事に学園一位。グレイブ先生も大満足です。恒例の繰り上げホワイトデーも教頭先生が言っていたとおり卒業式の三日前と決まり、バレンタインデーにチョコレートを受け取った男子は返礼をするよう通達が…。
「あーあ、やっぱりお返ししなくちゃいけないのか…」
会長さんが忌々しげに呟いたのは放課後の「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋です。
「あのセーターのせいで迷惑したのに、お返しなんて変だよね? しかも本人が欲しいと言ってくるなんて…。厚かましいったらありゃしない」
「またゼル先生に頼むとか?」
この前みたいに、とジョミー君が提案しました。
「ブルーの味方をしてくれるんでしょ? 今度は手編みのセーターを押しつけられたって言ったらどう?」
「…考えないでもなかったんだけど、それじゃシャングリラに相応しくない。サイドカーに乗せられて暴走されたら失神しちゃうし、どっちかと言えば地獄だよ」
「なるほどな…」
キース君が頷いています。
「あんたはシャングリラにこだわりたいのか。しかし理想郷っぽいお返しとなると…」
「一応、考えてはみたんだけどね。…こんなのをさ」
声を潜めて語られたアイデアに私たちは目を丸くして。
「アレですか!?」
シロエ君が叫び、マツカ君が。
「あれって大事なものなんじゃあ…。渡しちゃってもいいんですか?」
「持ち主はぼくだし、問題ないさ。ただ、学校では渡せないよね」
人目につくから、と会長さん。
「ハーレイの家まで届けに行くか、ぼくの家に取りに来させるか。…取りに来させる方がいいかな、と思うんだけど…。君たちにも同席して貰ってね」
「「「………」」」
やはり巻き込まれる方向でしたか! 私たちは頭を抱えましたが、「そるじゃぁ・ぶるぅ」がニコニコ笑顔で。
「あのね、みんなが来てくれるんなら頑張るよ! 晩御飯とデザート、何がいい?」
「そうそう、ぶるぅの言うとおりさ。美味しい食事とおやつを用意するから来てくれるよね?」
「……念のために聞いておきたいんだが……」
そう切り出したのはキース君でした。
「今回は泊まりは無しだろうな? あんたの家に泊まりに行くのは楽しいんだが、教頭先生絡みとなると…。それも繰り上げホワイトデーで、プレゼントするのがアレとなると…」
「心配性だね。…細かいことを気にしていると、そのうちハゲるよ」
「ハゲは余計だ!!!」
心の傷を抉りやがって、と毒づいているキース君を会長さんはサラッと無視して。
「今回はお泊まり会とは違って夕食だけのつもりだけれど? ハーレイもその方が嬉しいだろう。ぼくとの時間がたっぷり取れるし」
「「「は?」」」
「だからさ、プレゼントの受け渡しを見届けるのが君たちの役目。その後はハーレイ次第って所かな。君たちが泊まるって決まっていたんじゃ寛げないしね、ハーレイも」
「…あんたってヤツは…」
結局やる気満々じゃないか、と溜息をつくキース君。ホワイトデーにお返しをするのは嫌みたいなことを言っていたくせに会長さんは乗り気です。繰り上げホワイトデーが来るのが恐ろしくなってきましたよ…。

会長さんのトンデモ企画に付き合わされることが決まってからも、時間の流れは順調でした。シロエ君は卒業式に備えて校長先生の銅像を変身させるアイテム作りに励んでいます。モビルスーツの形はすっかり出来上がっていて、今はビームサーベルを製作中だとか。
「外見はこんな感じになってます。会長に借りた人形に着せてみたんですけど…」
シロエ君が写真をテーブルに並べました。会長さん作のはりぼての像が白いガンダムに変身してます。あちこちの角度から撮られていますが、もう凄いとしか言いようがなく…。
「ありがとう、シロエ。最高だよ。…目からビームもオッケーだよね?」
「そっちの方は完璧です。あとはビームサーベルに花火を仕込めば完成ってことになりますが…。どうします?」
色々選べるんですよ、とカタログを広げるシロエ君。
「市販の花火を調べてきました。音が優先か、色で選ぶか。昼間ですから煙玉しか見えませんし…」
「ああ、そうか。…パスカルのは花火じゃなくって紙吹雪だっけ。特注は……今からじゃもう間に合わないか…」
時間的に、と会長さんは残念そう。花火作りはけっこう手間がかかるのだそうで、特注品は早めの注文が必須だとか。
「どうせなら花火も凝りたかったな…。ん? 待てよ、サイオンで細工をすれば可能かも…。シロエ、これとこれとはセットで打ち上げ可能かい?」
「え? えっと…。これですね? 煙玉の黄色と赤と…。連続で上げろってことですか?」
「そうだけど…。連発でお願いしたいんだ」
「じゃあ、そういう仕掛けにしておきますよ。でも、そんなの何にするんです?」
シロエ君が首を捻り、私たちも首を傾げました。会長さんの注文は煙玉の黄色と赤を何発か連続で上げるというもの。サイオンで細工をすると聞きましたけど、いったい何がしたいんでしょう?
「それは当日のお楽しみ。シロエは花火の打ち上げが成功するよう頑張ってくれればいいんだよ。…そうだ、ぶるぅも手伝ってくれるかな?」
会長さんが思念波で「そるじゃぁ・ぶるぅ」にだけ何かを伝達しています。「そるじゃぁ・ぶるぅ」はコクリと頷き、なんだかとっても嬉しそう。校長先生の銅像の変身計画、今年は気合が入ってますねえ…。
「え、だってさ…」
当然だろう、と私たちを見回す会長さん。
「今年の卒業生は君たちの最初の同級生だよ? ぼくとぶるぅを受け入れてくれた記念すべき学年だ。去年までとはわけが違う。盛大に門出を祝ってあげたいと思わないかい?」
「「「あ…」」」
言われてみればそうでした。私たち七人グループが普通の生徒だった時の同級生が今度卒業していくのです。会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」にとっては『一番最初のクラスメイトがいる学年』。それまで所属するクラスが無かった会長さんが初めて一般生徒に混ざる気になった学年で…。
「分かってくれた? ぼくにとっては思い入れのある学年なんだ。校長先生の銅像を変身させるだけではなくて、喜んで貰えることをやりたい。シャングリラ学園とぼくたちのことを覚えておいて欲しいんだよ。…シャングリラ・プロジェクトも大事だけれど、普通の人の記憶に残るってことも大切だからね」
ぼくたちと仲間の未来のために、と会長さんは微笑みました。こういう時の会長さんはソルジャーの貌をしています。サイオンを持つ仲間を導くソルジャーとしての会長さんと、悪戯好きの会長さん。どちらが本当の姿なのかは多分永遠に謎なんでしょうね…。

そして繰り上げホワイトデーがやって来ました。バレンタインデーと同じで授業開始前に特別な時間枠が設けられ、男の子たちがお返しの品を渡しに回っています。義理チョコであっても当然、お返し。そんな中でも目立つのはやはり会長さんで、「そるじゃぁ・ぶるぅ」をお供に連れて甘い言葉を振り撒きながら校舎の中をゆったりと…。
「遅くなってごめん。自分のクラスはたっぷり時間を取りたいからね」
今度も一番最後にしたよ、と会長さんが現れるなり1年A組は女の子たちの黄色い悲鳴が渦巻きました。会長さんは一人一人と握手しながら小さな包みを渡しています。
「はい、ぼくの手作りのビーズの指輪。ぶるぅに教えてもらって編んだんだ。サイズはピッタリ合う筈だよ。バレンタインデーにチョコをくれた時に握手しただろう? 握手した子の手は忘れないさ」
げっ。シャングリラ・ジゴロ・ブルーがまた派手なことをやってますよ~。男の子たちが歯ぎしりしながら会長さんを見ています。
「くっそぉ…。同じ男でこうも違うかな、俺がビーズの指輪なんかを作った日には…」
「うんうん、変人確定ってな! 畜生、やっぱり男は顔かよ…」
会長さんは愚痴っている男の子たちを歯牙にもかけず、壁際にいたスウェナちゃんと私とアルトちゃん、rちゃんの所まで来ると…。
「待たせちゃったね。ほら、受け取って。君たちの分だ」
渡されたのは他の子たちと同じ包みで「そるじゃぁ・ぶるぅ」が持った袋から出てきたもの。アルトちゃんとrちゃんには去年同様、寮の方に特別なプレゼントを送ったそうです。私たち四人は「そるじゃぁ・ぶるぅ」にもチョコをプレゼントしていましたから、もちろん「そるじゃぁ・ぶるぅ」からも…。
「これ、ぼくが作ったビーズの小物入れなんだ♪ ブルーの指輪を入れておくのに使ってね!」
指輪と色を合わせてあるから、とラッピングされた袋をくれる「そるじゃぁ・ぶるぅ」。会長さんも「そるじゃぁ・ぶるぅ」も気持ちはとっても嬉しいですけど、えっと…指輪の方は……ちょっと出番が無さそうです。会長さんに憧れていた時代だったら大感激のプレゼントだったでしょうけど、今となっては勘ぐることが多すぎて…。
えっ、勘ぐるって何を、って…ですか? それは教室では言えません。放課後まで待って「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋で会長さんを問い詰めないと…。

「おい」
キース君が私たちを代表して突っ込んだのは至極自然な成り行きでした。繰り上げホワイトデーは無事に終わって、私たちは「そるじゃぁ・ぶるぅ」のお部屋に集まっています。ティータイムが済んだら会長さんのマンションに瞬間移動をする予定。
「あんたが配ったビーズの指輪なんだがな…。教頭先生の手編みセーターに対抗したのか? 手作りだなんて」
「決まってるじゃないか」
しれっとした顔で答える会長さん。
「ハーレイが手編みのセーターだったら、ぼくはもっと細かい作業をしなくちゃ。負けるのはプライドが許さないんだ、ああいうヘタレなんかにさ。…ああ、もちろん全部きちんと手作りだよ? ぶるぅに手伝わせるなんてズルはしてない」
「「「………」」」
ああ、やっぱり…。負けず嫌いの会長さんだけに、そうじゃないかと思ったんです。教頭先生に対抗心を燃やしてビーズの指輪を作る姿は鬼気迫るものがありそうでした。そんな指輪を嵌めて歩くのは遠慮したいな、とスウェナちゃんと私は顔を見合わせて苦笑しましたが、会長さんは。
「みゆとスウェナに引かれちゃったか…。心配しなくても悪戯心は入ってないから! それに本当に手作りしたのはアルトさんとrさんの分で、他は量産品なんだ」
「「「量産品?」」」
なんですか、それは? 机の上にズラッと並べて流れ作業で組み上げたとか? まるで想像出来ません。会長さんはクスッと笑って。
「ふふ、サイオンで一気に作ったんだよ。材料を個別に並べておいて、頭の中で製作過程をイメージしてからパパッとね。サイズが違ってもイメージさえきちんと固まっていれば簡単なんだ。君たちも努力を重ねれば作れるようになる……かもしれない」
こんな感じ、と思念で送られてきた指輪作りは実に器用なものでした。リビング中に浮かんだビーズが勝手に絡まり、みるみる内に円を描いて指輪の形に…。これを真似るにはどうすればいいのか、誰もヒントが掴めません。サイオンの扱いがヒヨコなレベルの私たちでは、何年経っても無理だったりして…。
「ぼくもダテに三百年以上生きてはいないし、ソルジャーだしね。これくらいのことが出来ないようではタイプ・ブルーの力が泣くさ。ぶるぅだって出来るよ、ね、ぶるぅ?」
「うん! あ、でも…。でもね、みゆとスウェナにあげた小物入れは、ちゃんと手作りしたんだから! ブルーみたいにサイオン使って済ませたりなんかしてないから!」
頑張ったもん、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。…と、会長さんが壁の時計に目をやって。
「そろそろいいかな。…ハーレイが教頭室で待ちくたびれてる。招待状をあげなくっちゃね」
取り出された封筒を会長さんの青いサイオンが包み、封筒はフッと消え失せました。もしかして今の封筒、教頭室に…?
「ご名答。ホワイトデーのプレゼントを渡したいから家に来て、って書いてある。ぼくたちは先に戻っていようか、時間指定はしてあるけれども食事はゆっくり食べたいだろう?」
行くよ、と会長さんがソファから立ち上がりました。私たちの鞄が瞬間移動で家に送られ、私たちも会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」のサイオンの光に包み込まれてフワッと浮いて…。あぁぁ、ついに来ちゃいましたよ、教頭先生にシャングリラなプレゼントを贈るホワイトデー! 逃げたいですけど、無理みたいです…。

ローストビーフに伊勢エビのポワレ、キノコのスープのカプチーノ仕立て。「そるじゃぁ・ぶるぅ」が次々と運んでくれる料理は教頭先生のことを忘れさせるには十分でした。気付けば普段と変わりない調子でおしゃべりが弾み、デザートのお皿が片付く頃にはワイワイ賑やかに盛り上がっていて…。
「そっか、ガンダム、完成したんだ?」
ジョミー君がシロエ君に興味津々で尋ねています。
「ええ。卒業式の前の晩に取り付け作業をやりますからね、ジョミー先輩にもお手伝いをお願いしますよ」
「もちろん! 早く見たいな、ビームサーベル」
ワクワクするよ、とジョミー君。私たちも大いに興味がありました。ビジュアルは完璧なのだと会長さんが褒めてましたし、花火の件もありますし…。卒業式まであと二日ちょっと。明後日の夜には銅像をガンダムに変身させる作業が待っているのです。シロエ君はビームサーベルなどをコントロールする携帯電話も用意済みとか。
「シロエは実に頑張ってくれたよ」
満足そうな会長さんが私たちに視線を向けて。
「だから君たちにも頑張ってほしい。ハーレイがプレゼントを受け取る所を見届けるのが仕事だろう? あれは大事なものなんだから」
「「「………」」」
忘れてた、と思う暇もなくチャイムが鳴って「そるじゃぁ・ぶるぅ」が玄関の方へと駆けてゆきます。
「かみお~ん♪ いらっしゃい! ブルーが待ってるよ!」
こっち、こっち…と飛び跳ねる軽い足音が聞こえ、リビングのドアがカチャリと開いて。
「な、なんだ!? なんでお前たちまで…」
教頭先生が顔を引き攣らせて立っていました。仕事帰りに真っ直ぐ来たのか、きちんとスーツを身につけています。
「ぼくが呼んだんだよ、ホワイトデーの証人に…ね。シャングリラなプレゼントが欲しいだなんて言われちゃったから用意したけど、とても大切なものだから…」
「???」
キョトンとしている教頭先生。会長さんは軽く咳払いをして。
「だからさ、本当に凄く大事なアイテムなんだ。どういう過程で誰に渡したか、生き証人が必要なんだよ。…はい、これ。…ぼくからのプレゼント」
会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に取ってこさせたのは水色のリボンで飾られた四角い箱。「開けてみて」と促された教頭先生はリボンを解いて包装紙を剥がし、箱の蓋を取って…。
「これは…!」
「見た目そのままの物だよ、ハーレイ」
知ってるだろう、と会長さんは箱の中身を指差しました。それは会長さんがソルジャーとしてシャングリラ号に乗り込む時にたまに着けているヘッドホン型の記憶装置。別の世界から遊びに来ているソルジャーの場合は補聴器も兼ねているそうですが、会長さんのは純粋に記憶装置です。
「君がシャングリラがどうのこうのって言っていたから用意した。…キャプテンとして知ってのとおり、ぼくの記憶が入ってる。この際だから君に預けておこうかな…って」
「し、しかし……」
「キャプテンたる者、ソルジャーの補佐をしてしかるべきだろう? これの保管は気を遣うんだ。普段は君に任せておくのも気楽でいいな、と思ったんだよ。もちろん、ぼくの記憶を見るのもアリだ」
教頭先生の喉がゴクリと鳴るのを私たちは見逃しませんでした。会長さんはクスクスと笑い、箱の中から記憶装置を取り出すと…。
「試しにぼくの記憶を見てみる? 一番最後に記録したのは昨日だから……そうか、寝る前にシャワーを浴びた辺りまでかな? 運が良ければバスルームでの記憶もあるかもしれない」
「…み、見ても…いい…のか…?」
「もちろん。君に預けるって言っただろう? シャングリラって言えばシャングリラ号だ。そこでのぼくはソルジャーなんだし、ソルジャーと記憶装置はセットものだろ? これを使えばぼくの記憶が見放題! 実にシャングリラなプレゼントじゃないかと思うけどねえ?」
遠慮しないで、と会長さんは教頭先生の頭にポスッと記憶装置を被せました。
「そのまま心を空っぽにして。ぼくの記憶が流れ込むから」
「…こうか?」
「心を空にするんだよ。…ほら、もうぼくの声しか聞こえないだろ?」
記憶装置を装着された教頭先生は暫く目を閉じていましたが…。
「な、なんなのだ、これは!?」
悲鳴にも似た叫びが上がって頭を抱え、リビングの床に突っ伏す教頭先生。会長さんは勝ち誇ったような笑みを浮かべて立っていました。
「何なのかって言われても…。ぼくの記憶を記録したものさ。ぼくを継いでソルジャーになる人に譲り渡すために記録してるって知ってるだろう?」
「だからと言って…こんな記憶を…」
教頭先生は記憶装置を頭から毟り取り、呻きながらそれを見詰めています。
「大切なんだよ、その記憶もね。ぼくがどう生きたかの大事な証だ。…分かったら是非受け取って欲しい。君にならそれを託すことが出来る。…いや、君以外には託せないかな、恥ずかしすぎて」
「…恥ずかしい…?」
「そう。ぼくがじゃなくって、君が…だけどね」
受け取って、と会長さんが教頭先生の手に記憶装置を押し付けようとした次の瞬間、教頭先生は消えていました。いえ、瞬間移動をしたのではなく、物凄い勢いで身を翻して脱兎の如くリビングを飛び出し、玄関へと…。バアン! とドアが開く音が聞こえ、バタバタと走り去る足音が…。
「あーあ、逃げちゃったよ。せっかくのプレゼントなのに要らないのかな?」
ねえ? と記憶装置を持ち上げてみせる会長さんに、キース君が低く唸って…。
「…あんたの計画どおりだったら欲しがる方が変だと思うぞ」
「まったく…。ハーレイも間抜けだよねえ、キャプテンのくせに。これの仕様を理解していないなら仕方ないけど、長老は全員知ってる筈だよ。記録した記憶は必要に応じてブロック出来るし、解除も出来る。もちろん消去することも…ね。つまり一時的に不必要な記憶を入れて、それを優先的に再生させるのも簡単なのにさ」
こんな風に、と会長さんが記憶装置を被せたのはジョミー君の頭でした。
「ちょ、これって…」
プッと吹き出すなり笑い始めたジョミー君が見ている記憶を会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」が私たちにも中継してくれて…。
「「「わはははははは!!!」」」
私たちは床を叩いて涙が出るまで笑い転げました。ソルジャーの象徴でもある記憶装置に入っていたのは、教頭先生の武勇伝の詰め合わせセット。人魚姿でのシンクロやら裸エプロン、マツカ君の別荘でやったストリーキングに『ぶるぅズ腰蓑』、つい最近では二人羽織で鼻からうどんを啜る姿が…。
こんな記憶が公式記録として残るとなれば悲劇です。教頭先生、早く冷静になって真相に気付けばいいんですけど…。
「多分、明日には気付くと思うよ。いくらなんでも気付かないようじゃキャプテンとして失格だってば」
心配ない、ない、と会長さんは上機嫌。シャングリラっぽいホワイトデーのプレゼントを受け取らされかけた教頭先生、今頃は泣きの涙でしょうねえ…。会長さんがブロックしていた本物の記憶を垣間見たのなら幸せだったと思うのですけど。

教頭先生にとって悲劇に終わった繰り上げホワイトデーから二日後の夜、私たちはシャングリラ学園の校長先生像の前に集合しました。夜の冷え込みはまだ厳しいです。会長さんがスウェナちゃんと私の周りにシールドを張って暖めてくれる中、男の子たちは大きな像に梯子を架けて肉体労働。
「ジョミー先輩、もう少し引き上げてくれますか? サム先輩は右の固定をお願いします!」
シロエ君の指揮で校長先生像は順調に白いモビルスーツ……いわゆる初代ガンダムに変身を遂げ、右手にビームサーベルが取り付けられて。
「これでいいのか、シロエ? 配線したが」
「はい、オッケーです、キース先輩!」
シロエ君自慢の小型発電機が台座の陰に置かれています。目からビームは電池でいけるらしいのですが、ビームサーベルは電池ではちょっと無理なのだとか。シロエ君は配線などを再度きちんと確認してから会長さんに声を掛けました。
「これで一応、完成です。花火とビームはテストしますか?」
「君の家でチェック済みなんだろう? せっかくのサプライズなんだし、テストはいいよ。それに暗いと煙玉は見えにくいから…。サイオンで煙玉に細工する方は、出たとこ勝負でも失敗しない自信があるしね」
大丈夫、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」と顔を見合わせて頷いています。何をするのかは私たちにも全く知らされていませんでした。シロエ君もまるで知らないそうで…。
「じゃあ、会長、明日はよろしくお願いします。ぼくは単なるスイッチ係に徹しますよ」
「ありがとう。君のお蔭でいい演出が出来そうだ。みんなも遅くまで御苦労さま」
全員家まで送ってあげるよ、との声が終わらない内に青いサイオンに包まれて…アッと思えば自分の家の玄関でした。靴を脱いで部屋に入って、ベッドにゴソゴソ潜り込んで……目が覚めたのは卒業式の日の朝で。
「おはよう!」
「わあ、みんな早いね~!」
寝坊しちゃった、とジョミー君が走ってきます。ガンダムになった校長先生の像はビームサーベルを掲げてスックと立っていて、記念撮影目当ての生徒で大人気。私たちも卒業生でもないのに記念撮影してしまいました。自分たちで完成させた像なんですからいいですよね? 卒業式は恙なく終わり、私たちの一番最初の同級生だった三年生が講堂を出て校長先生像の辺りに差し掛かった時。
「シロエ!」
会長さんの合図でシロエ君がリモコン代わりの携帯を操作し、像の瞳がキラッと光って…校舎の壁に『卒業おめでとう』という文字が浮かび上がりました。ここまでは去年と同じ展開。続いて次のボタンが押され、ビームサーベルから花火が景気よく打ち上げられて。
「「「わあっ!」」」
卒業生も在校生も、保護者も、先生や職員さんも…黄色と赤の煙で空に描かれたシャングリラ学園の紋章に大歓声。これがサイオンの仕掛けですか! 会長さんが黄色と赤の煙玉にこだわったのはこれでしたか!…と、空からフワフワと小さな塊が沢山、光を受けて煌めきながら降りてくるではありませんか。

「なんだ、あれ?」
「落下傘?」
なんだろう、と見上げる卒業生たちの方へと落下傘はゆっくり舞い降りてきて…。
「かみお~ん♪ 卒業するみんなにプレゼント!」
元気一杯の「そるじゃぁ・ぶるぅ」の叫び声と共に、卒業生全員の手に落下傘が収まりました。先にキラキラと輝く物がくっついています。あれって…もしかして合格グッズのストラップ? みんながそれを見ている中で、会長さんが良く通る声で。
「みんな、卒業おめでとう! 君たちと出会えて嬉しかったよ、ぼくもぶるぅも。これからもシャングリラ学園を思い出してほしいし、いつでも遊びに来てほしい。そのストラップは君たちへの卒業プレゼントだ。ぶるぅの手形パワーが三回分だけ入ってる」
「「「えぇっ!?」」」
手形パワーを知らない生徒は一人もいません。会長さんはニッコリ笑って続けました。
「ぶるぅの手形は合格パワーを秘めているって言ったよね。三回分をどう使うかは君たち次第って所かな。大学の試験で使うのも良し、就職活動で使っても良し。…もっと大切に残しておいて資格試験や昇進試験で使うのもいいね。…ただし、ぶるぅの手形は合格パワーがあるだけだ。ここが肝心だから覚えておいて」
忘れないで、と会長さんは言葉を切って。
「手形ストラップで合格しても実力が伴うわけじゃない。だから自分が合格するのに相応しい力を身に付けた、と思った時に使いたまえ。…でなければ合格してから死に物狂いで頑張るか、だね。どっちにしても三回限り。ぼくもぶるぅも、君たちの幸運を祈っているよ。またシャングリラ学園で会おう!」
おおっ、と湧き上がった歓声の後に次々と続く感謝の叫び。
「ありがとうございまーす!」
「会長、同窓会にも来て下さいね!」
待ってますから、と何度も振り返りながら卒業生となった以前の同級生たちは校門を出て行きました。…本当だったら私たちもあの中にいたのです。不思議な御縁でみんなより二年も早く卒業を迎え、特別生として再び校門をくぐり、みんなが卒業した今もシャングリラ学園の生徒のままで…。
「…もしもサイオンが無かったら…」
呟いたのはジョミー君でした。
「ぼくたちも今日で卒業だったんだね。…ブルーやぶるぅにも会えずに終わっていたのかな?」
「そうなるね。ぼくはサイオンを持つ仲間を見つけて導くことが仕事だから。…ずっとそうやって生きてきたけど、君たちに会えて良かったと思う。普通の生徒と一緒に試験や行事に参加できるのは楽しいよ。これからも1年A組でお願いしたいな」
「かみお~ん♪ ぼくも1年A組!」
よろしくね、と右手を差し出す会長さんと「そるじゃぁ・ぶるぅ」。私たちはガッチリ握手しました。「そるじゃぁ・ぶるぅ」の小さな右手で仲間になったキース君たちも交えた七人組はこれからもずっと一緒です。もうすぐ私たちのパパやママも「そるじゃぁ・ぶるぅ」の手形の力でサイオンを持つようになりますし…。
シャングリラ学園にシャングリラ号、そしてシャングリラ・プロジェクト。不思議一杯の世界に繋がっている言葉、シャングリラ。まだまだ謎が沢山ありそうですけど、シャングリラ学園特別生を極めてみたいと思います~!



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