シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
預けて爽やか
※シャングリラ学園シリーズには本編があり、番外編はその続編です。
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
元老寺の除夜の鐘で古い年を送って迎えた新年。初詣と冬休みが済んだら三学期スタート、シャングリラ学園はイベントが幾つもあります。お雑煮大食い大会に水中かるた大会、それが終われば入試前の下見シーズンやら、バレンタインデーに向けてのカウントダウンやら。
何かと賑やか、外の寒さも吹っ飛びそうな勢いですけど、その学校も土日はお休み。今日は朝から会長さんのマンションにお邪魔してるんですけれど…。
「…いよいよ暑苦しくなってきた…」
会長さんの呟きに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「暑すぎた?」とエアコンのリモコンを。
「みんな寒い中を歩いて来たから、これくらいでいいかと思ったんだけど…」
「すまんな、俺たちが寒い、寒いと連発したから…」
少し下げてくれ、とキース君が。
「もう充分に暖かくなったし、俺たちの方は大丈夫だ」
「ですよね、来た時には震えていましたけどね…」
今日は北風が強かったですし、とシロエ君も。
「バス停から此処まで歩く間に冷えちゃいましたけど、今はポカポカですから」
「分かった! えーっと…」
2℃ほど下げればいいのかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が設定を変えようとした所へ。
「いいんだよ、部屋はこのままで。…暑苦しいのは別件だから」
「「「は?」」」
「暑いと思っているのは、ぼくだけってこと!」
ぼく一人だけ、と自分を指差す会長さんに、キース君が呆れた顔つきで。
「あんた…。無精していないで着替えれば済む問題だろう! そのセーターとか!」
「ホントだよ…。サイオンを使えば一瞬じゃないの?」
何処かの誰かがいつもやってる、とジョミー君だって。私も全く同感です。暑苦しいなんて言うほどだったら、着替えればいいと思いますけど…?
「会長、今日の服には何かこだわりでもあるんですか?」
それで着替えたくないんでしょうか、とシロエ君。そっちだったら分かりますよね、今日はコレだと思った服なら、気合で着ようってこともありますから…。
暑苦しいと漏らした会長さん。その実態はシャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれるくらいの女たらしで、モテるのが自慢の超絶美形というヤツです。ファッションセンスにも自信アリでしょうし、モテるためなら暑い真夏でも毛皮のコートを着そうなタイプ。
とはいえ、今は自分の家にいるわけで、周りは私たち七人だけ。あっ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいますけど。つまりは身内も同然な面子、カッコよくキメる意味は何処にもありません。フィシスさんでも来るというなら別なんですが…。
「フィシスは来ないよ、今日はお出掛けしちゃったからね」
ブラウたちと一泊二日で旅行、と会長さんはフィシスさんの予定もしっかり把握。今がシーズンのカニと温泉の旅だそうです、豪華なホテルにお泊まりして。
「カニですか…。それはとっても羨ましいんですが…って、だったら、なんでその服なんです?」
ぼくたちにモテても意味が無いですよ、とシロエ君。
「サム先輩は会長にぞっこんですけど、わざわざ服までキメなくっても…。サム先輩なら、会長がジャージを着ていたとしても幻滅しないと思いますが」
「当然だぜ! 俺はブルーに惚れてるんだし、服じゃねえから!」
勢いよく答えたサム君ですけど、会長さんは「そうじゃなくって…」とフウと溜息。
「ぼくが暑苦しいって言ってる方もさ、ジャージだろうが、ツナギだろうが気にしないってね」
「…ツナギですか…」
それはまた凄いツワモノですね、とシロエ君。
「それって、コスプレとかではなくって、いわゆる現場なツナギですよね?」
「うん。油だらけでも、泥だらけでも、現場の匂いがしみついていようと無関係!」
どんな服でも気にしないであろう、と言うんだったら、なおのこと着替えれば済む話では…って、ちょっと待って下さい、会長さんの服装とモテが関連してるってことは…。
「おい、誰か来るのか、これから此処に?」
ツナギでも気にしない誰かが来るのか、とキース君。
「そしてだ、そいつ用にとキメているのが今の服だという勘定か?」
「…まさか。君の理論は破綻してるよ」
どんな服でも気にしない相手が来るなら、それこそ服はどうでもいい、と会長さん。だったら、暑苦しいと言っていないで着替えればいいと思うんですけど…?
会長さんの「暑苦しい」発言、でも着替えるという選択肢は無し。ついでにツナギも気にしないという凄い女性とお付き合いしているらしいです。ウチの学校の生徒でしょうか?
「うーん…。当たらずとも遠からずってトコかな、それは」
会長さんの台詞に、ジョミー君が。
「生徒じゃないなら、職員さんとか? …先生ってことはないもんね」
「ブラウ先生は旅行中だと言うからな…」
ツワモノと言ったらブラウ先生くらいだろう、とキース君。
「それに、ブルーが付き合っているという話も聞かんし、職員さんだな。…あんた、誰を毒牙にかけたんだ!」
「失礼な! ぼくは被害者の方だから!」
毒牙にかかってしまった方だ、と会長さんがまさかの被害者。
「会長がハメられたんですか!?」
シロエ君の声が裏返って、キース君も。
「…甘い台詞でたらし込んだつもりが、逆に捕まったというオチか? それはマズイぞ」
ちゃんと清算しておけよ、と大学を卒業したキース君ならではのアドバイスが。
「後でモメるぞ、放っておくと」
「もう充分にモメてるってば、三百年以上」
「「「三百年!?」」」
その数字でピンと来た人物。もしや、会長さんが暑苦しいと言ってる相手は教頭先生?
「そうだけど? 他にどういう人間がいると!」
ぼくは女で失敗はしない、と自信に溢れた会長さんの言葉。
「でもねえ、男の方だと何かと勝手が違うものだから…。ハーレイだとか、ノルディだとか」
「「「あー…」」」
教頭先生とエロドクターは会長さんを狙う双璧、現時点では実害があるような無いような…。
「そのハーレイがさ、暑苦しくて…。どんどん暑苦しさを増しつつあって!」
冬は人肌恋しい季節だから、と会長さんは、またまた溜息。
「電話はかかるし、バッタリ会ったら熱い視線で見詰められるし…」
なんとかならないものだろうか、とブツブツと。いつものことだと思いますけど、今年は寒さが厳しいだけに余計に癇に障りますかねえ…?
会長さん一筋、三百年以上な教頭先生。けれど会長さんは女性一筋、まるで噛み合わない二人の嗜好。気の毒な教頭先生は片想いの日々、それを逆手に取られてしまって会長さんのオモチャにされている人生です。
教頭先生で遊ぶ時にはきわどい悪戯もやっているくせに、邪魔な時には電話だけでも気に障るタイプが会長さんで…。
「あんた、またしても悪い癖が出たな。教頭先生には普通のことだと思うが」
モテ期が来たなら話は別だが、とキース君。
教頭先生のモテ期なるもの、世間で言われるモテ期とは中身が別物です。自分はモテると何かのはずみに思い込んでしまい、会長さんにプレゼントやラブレターを贈りまくるという一種の発作。それが来たなら、暑苦しいのも分かりますけど…。
「違うね、モテ期じゃないんだけれど…。いつものパターンだと分かっちゃいるけど…」
暑苦しくて、と会長さんはぼやいています。
「これが服なら、脱いで着替えれば済むんだけどさ…。生憎とハーレイは服じゃないから」
「違いますねえ、教頭先生は人間ですから」
脱いだり着替えたりは出来ませんね、とシロエ君。
「教頭先生の服が見た目に暑苦しいと言うんだったら、着替えて貰えばいいんですけど…」
「そうだな、服ならそれでいけるが…」
中身の方ではどうにもならんな、とキース君も。
「諦めて我慢するんだな。…でなければ、あんたが薄着するかだ」
冬の最中に半袖を着れば暑苦しさも減るであろう、とキース君からのアドバイス。
「身体が冷えれば頭も冷える。…そうやってクールダウンするのが俺のお勧めコースだが」
「冗談じゃないよ、修行中なら真冬に滝行もアリだけど!」
なんでハーレイのために寒い思いを、と会長さんの文句が炸裂。
「ハーレイが滝に打たれに行くなら分かるけどねえ、なんでぼくが!」
「俺は滝行とまでは言っていないが?」
「似たようなモノだよ、真冬の半袖!」
そしてハーレイの方は真冬に半袖でも平気なタイプ、と顔を顰める会長さん。柔道で鍛えていらっしゃる上に、古式泳法の名手でもある教頭先生、氷が張る日に半袖を着ていても平気らしいです。そう聞いちゃったら、会長さんの方が薄着するなんて理不尽ですよね…。
教頭先生が暑苦しくても、薄着はしない会長さん。教頭先生の方は冬の寒さで人肌恋しく、会長さんに電話で熱い視線と来たものです。頭を冷やしてどうなるものでもなさそうですし…。
「そこなんだよねえ、滝行をしろと放り出しても、ぼくの命令ってだけで喜ぶ相手だし!」
大喜びで滝に打たれる姿が見えるようだ、と会長さんの嘆き。
「滝行と言えば、煩悩や穢れを洗い流しに行くと相場が決まっているのに…」
「そう聞くな。俺たちの宗派は滝行は無しだが、あんたの場合は…」
「恵須出井寺の方だとアリだったからね」
サイオンでシールドしていたけれども経験はある、と会長さん。
「あんな具合にハーレイの煩悩も綺麗サッパリ洗い流せるなら、滝行だって…。ん…?」
待てよ、と会長さんは顎に手をやって。
「暑苦しいなら服を着替えで、服というのは洗うものだし…」
「かみお~ん♪ お洋服を着替えて片付ける前には、お洗濯だよ!」
でないと服が傷んじゃうもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「放っておいたら駄目になるから、きちんと洗って片付けないと!」
「そう、それ! …ハーレイも洗って片付けられればいいんだけどねえ…」
「「「はあ?」」」
「クリーニングだよ、ぼくの家ではクリーニングに出したら返って来るけれど…」
洗い終わったら届くんだけど、と会長さんが視線を窓にチラリと。
「保管しておくスペースが足りない家の場合は、お預かりサービスっていうのがあるよね?」
「らしいね、ぼくの家でも頼んでないけど…。毛布とかだっけ?」
使うシーズンまで預けておくんだっけ、とジョミー君が言うと、スウェナちゃんが。
「そうらしいわよ? 毛布だけじゃなくて、服もオッケーだったと思うわ」
「ええ、クローゼット代わりにしている人もあるみたいですね」
たまにトラブルになっていますよ、とシロエ君。預けておいたクリーニング屋さんが知らない間に閉店しちゃって、服とかが消えてしまうトラブル。連絡先を言わない方が悪いんですけど。
「そのシステムが魅力的だと思えてねえ…。今のぼくには」
誰かハーレイの煩悩を洗い流して、ついでに預かってくれないだろうか、と会長さん。
「クリーニングに出しても、落ちない汚れはありがちだから…。綺麗に洗う方は無理でも…」
せめてお預かりサービスの方を、と無茶な発言。服ならともかく、相手は教頭先生です。人間を洗ってお預かりする洗濯屋さんなんか、存在しないと思いますけど…?
暑苦しく感じる教頭先生をクリーニングに出したいと言う会長さん。あまりにも凄すぎる発想な上に、お目当てはお預かりサービスの方。洗うだけなら、エステサロンとかで文字通りツルツルにしてくれますけど、お預かりサービスは有り得ませんよ…?
「それは分かっちゃいるんだけれど…。冬だっていうのに暑苦しいから…」
ちょっと預けてしまいたい気分、と会長さんが零した所へ。
「こんにちはーっ!」
ぼくに御用は? とフワリと翻った紫のマント。別の世界からのお客様です。ソルジャーは空いていたソファにストンと座ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつをお願い! それと紅茶も!」
「オッケー! 今日はね、オレンジのキャラメルケーキなの!」
はい、どうぞ! とサッと出て来たケーキと熱い紅茶と。ソルジャーはケーキを頬張りながら。
「ハーレイをクリーニングに出したいんだって?」
「…聞いていたわけ?」
「暇だったからね!」
本当は会議中だったけど、とソルジャーはサボッていた様子。多分、適当に返事しながら座っていたというだけでしょう。こっちの世界を覗き見しながら。
「そうだよ、議題が退屈すぎてさ…。救出作戦の計画だったら楽しいけれども、メンテナンスの日程なんかは別にどうでもいいんだよ!」
ハーレイが聞いておけば充分! と流石の無責任ぶり。もっとも、ソルジャーがメンテナンスについて聞いても、何の役にも立たないんでしょうけど。
「その通り! 下手に弄れば壊すだけだし、ぼくは現場はノータッチ!」
「はいはい、分かった。…それで悪趣味にも盗み聞きを、と」
ぼくたちが此処で喋っていたことを…、と会長さんが軽く睨むと。
「失礼だねえ! ぼくが話を聞いていたから、君にとっても悪くない話を持って来たのに!」
「…どんな話を?」
「クリーニングだよ、こっちのハーレイの!」
洗ってもいいし、お預かりサービスも出来るんだけど、とソルジャーは胸を張りました。ソルジャーの世界はSD体制とやらで、全くの別世界だと聞いています。私たちの世界では考えられない人間相手のクリーニング屋さん、もしかして存在してますか…?
会長さんが希望していた教頭先生のクリーニングとお預かりサービス。どう考えても無理だとばかり思っていたのに、ソルジャー曰く、どちらも可能。SD体制の世界だったら、当たり前のようにあるのが人間相手のクリーニングですか?
「うーん…。クリーニングだけなら、当たり前だね! ぼくの世界じゃ!」
店があるわけじゃないんだけれど、と言うソルジャー。
「だけど、ブルーの望み通りのクリーニングってヤツではあるかな、うん」
「暑苦しいのを洗ってくれるのかい?」
そのクリーニング、と会長さんが尋ねると。
「他にも色々、綺麗サッパリ! 機械にお任せ、どんな危険な思考でも!」
たまにトラブルが起こるんだけど、とソルジャーは自分の顔に向かって人差し指を。
「洗い損なったら、こんな風にミュウになっちゃうから! もう大失敗!」
捕獲するとか、処分するとか、どちらにしたって大騒ぎだから、ということは…。そのクリーニングって、ソルジャーがたまに喋っている成人検査ってヤツですか?
「成人検査が一番有名だけどね、その時々で記憶を処理していくのがマザー・システムだね!」
ちょっと呼び出して記憶を綺麗にクリーニング、と怖い話が。
「別にお店に行かなくっても、人類の家は何処でも監視用の端末ってヤツがあるからねえ…。それの前に呼ばれて光がチカチカ、アッと言う間に洗い上がるよ!」
不都合な記憶くらいなら、と恐ろしすぎる世界が語られました。SD体制を批判するような危険な思考を持っていた場合は、専門の車がやって来るとか。車の中には頭の中身を調べて記憶を書き換える装置、それで駄目なら施設に送られてクリーニングで。
「大抵は上手くいくみたいだけど、失敗しちゃうと、ぼくみたいになるか、発狂するか…」
「「「うわー…」」」
怖いどころのレベルではありませんでした。教頭先生がいくら暑苦しい思考の持ち主なのかは知りませんけど、そこまでして洗って貰わなくっても…!
会長さんもそう考えたようで、慌てて断りにかかりました。
「そのクリーニングは要らないから! ぼくはそこまで求めてないから!」
「誰が機械に頼むと言った? 第一、ミュウが頼みに行っても、機械の方が断るから!」
ミュウはマザー・システムと相性最悪、と言われてみれば、その通り。ソルジャーはマザー・システムを相手に戦う日々なんですから、クリーニングは頼めませんねえ…。
会長さんの希望通りのクリーニングが出来るシステムはあっても、ミュウの場合は使えないらしいソルジャーの世界。なのに、ソルジャーは「洗ってもいいし、お預かりも」と提案して来た辺りが謎です。機械に頼らず、独自の方法でも編み出しましたか、クリーニングの?
「それはまあ…。ぼくはミュウだし、ミュウならではの方法だったら幾らでも!」
記憶をチョチョイと弄ってるヤツがクリーニング、とソルジャーが言う記憶の操作。それなら何度も見ています。ソルジャーの存在自体を誤魔化してこっちで遊び歩いたり、ソルジャーにとっては都合の悪い記憶を自分の世界で消したり。…時間外労働をさせた仲間の記憶とかを。
「…ハーレイにそれを応用すると?」
そして暑苦しさを消してくれると、と会長さんが質問すると、ソルジャーは。
「それは駄目だね、ぼくはハーレイと君との結婚を目標にしているから!」
暑苦しさはキープしないと、とソルジャーに教頭先生の記憶をクリーニングする気は無い様子。それなら何を洗うんですか?
「文字通りだよ、ぼくが背中を流すとか! もっとデリケートな場所だって!」
「却下!」
そんなクリーニングは必要無い、と会長さんは眉を吊り上げました。
「ますます暑苦しくなっちゃうじゃないか、君がハーレイを洗ったら!」
「うーん…。だったら、洗う方はセルフでお願いするとか、でなきゃ、ぶるぅかハーレイに洗って貰うか…」
とにかく洗ってお預かり、とソルジャーは指を一本立てて。
「君が求めるサービスってヤツはそれなんだろう? 暑苦しいハーレイをお預かり!」
「…そうだけど…。そう言ってたけど、君が預かってくれるとか?」
「喜んで! ぼくの青の間はスペースが余っているからね!」
ハーレイの二人や三人くらいはお安い御用、とソルジャー、ニコニコ。
「預かってる間は、ハーレイは自由に過ごしてくれれば…。寝ていてもいいし、覗いてもいいし」
「覗く?」
「青の間に来たら、覗かない手は無いってね! ぶるぅも覗きは大好きなんだし!」
ぼくとハーレイの熱い時間を是非! と言ってますけど。それって、ソルジャーとキャプテンの大人の時間の覗きですよね、教頭先生、余計に暑苦しい人間になってしまいませんか…?
ソルジャーが持ち出した、覗きとセットの教頭先生お預かりサービス。会長さんが求めるものとは正反対な結果になりそうですから、これは駄目だと思いましたが。
「…そのサービス。ハーレイが鼻血でダウンした時はどうなるんだい?」
フォローの方は、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「放置に決まっているじゃないか! ぼくもハーレイも忙しいんだから!」
途中で手当てに行くわけがない、とキッパリと。
「それにね、ダウンしていることにも気付くかどうか…。真っ最中だけに!」
「なるほどね…。それじゃ、ぶるぅが手当てをしない限りは…」
「もう間違いなく、朝まで倒れているしかないね!」
それに、ぶるぅは手当てをしない、とソルジャー、断言。
「なにしろ、ぶるぅの頭の中には、食べ物のことと悪戯だけしか詰まってないし…。手当てをしようと思うよりも先に悪戯だろうね!」
身ぐるみ剥いで落書きするとか、ハーレイの苦手な甘い物を口に詰め込むだとか、と「ぶるぅ」のやりそうな悪戯がズラズラ羅列されて。
「悪戯は駄目だと言っておいたら、やらないだろうと思うけど…。手当てをするってことだけは無いね、ぼくも頼もうとは思わないから!」
ぶるぅに何かを頼む時には食べ物で釣るしかないものだから、と言うソルジャー。
「こっちのハーレイを預かるだけだし、余計な手間は御免だよ。鼻血でダウンしてても放置!」
「ふうん…。それなら預けてみようかな?」
いい感じに頭が冷えそうだから、と会長さんはニヤニヤと。
「夢と現実は違うものだ、と痛感する羽目になりそうだしねえ? …隣の芝生は青いと言うけど、どんなに涎を垂らしていたって、何も起こりはしないんだよね?」
「うん、今回のお預かりサービスに関してはね!」
ぼくのベッドに誘いはしない、とソルジャーが挙げた大事なポイント。教頭先生は覗きをしてもいいというだけ、美味しい思いはそれで全部で。
「鼻血を噴いてダウンするまでは、好きなだけ覗いてくれていいけど…。他には一切、サービスなんかは付かないってね!」
あくまでお預かりサービスだから、とソルジャーは会長さんに約束しました。クリーニング屋さんが預かり中の服を勝手に着たら駄目なのと同じで、お預かりサービスで預かった教頭先生に手出しは一切しない、と。
ソルジャーにしては珍しい申し出もあったものだ、と誰もが思いましたが、ソルジャーが言うには商売だとか。会長さんから毟れるチャンスで、たまには自力で稼ぎたいそうで。
「お小遣いなら、ノルディがたっぷりくれるんだけど…。たまには自分でアルバイト!」
今はアルバイトのチャンスが無くて、と頭を振っているソルジャー。
「こっちの世界でアルバイトしたことは無いんだけどさ…。ぼくの世界だと、時々ね」
「「「え?」」」
「何度も言ったと思うけど? 人類がやってる研究所とかに潜り込むんだよ!」
研究者のふりをして入った以上は、当然、給料も出るものだから、というのがソルジャーがやったアルバイト。貰ったお給料で外食をしたりしていたそうです。
「…ぼくの世界じゃ、それほど食べたい物もないしね…。お菓子ばっかり食べていたけど!」
「「「うーん…」」」
確かにそういう人だった、と溜息しか出ないソルジャー好みの食生活。私たちの世界に来ている時には、「地球の食事は何でも美味しい」とグルメ三昧していますけれど、自分の世界だとお菓子以外は食べるのが面倒なんでしたっけ…。
「そうだよ、栄養剤で充分だって言っているのにさ…。ぼくの世界のノルディが文句を言うんだよねえ、それにハーレイも」
「それが普通だと思うけど?」
食事くらいは食べたまえ、と会長さん。
「こっちの世界で食べてもいいから、とにかく普通に食事をね! お菓子だけじゃなくて!」
「言われなくても、こっちだったら食べるけど…。先立つものが必要だから、アルバイト!」
今はアルバイトをしたい気分、と言うソルジャーには、自分の世界でアルバイトするチャンスが無いのだそうです。そういったわけで趣味と実益を兼ねて、こっちの世界でお小遣い稼ぎ。教頭先生のお預かりサービスを始めて儲けたいとかで…。
「…こんな所でどうかな、料金。ハーレイには仕事もあるってことだし、土日は一日預かるってことで、このお値段で…。平日は夜だけ、その分、値段はお得になるよ」
ソルジャーがサラサラと紙に書き付けた値段は強烈なものでした。会長さんが御布施と称して踏んだくる金額と張り合える価格、それだけに…。
「とりあえず、お試しってことで、今日から預かって明日の夜に返すコースだと…」
このお値段! と破格に安い金額が書かれ、会長さんは「乗った!」と即答で。ソルジャーはウキウキと瞬間移動で消えてしまいました、早速お預かりサービスですか…!
寒い季節だけに、お昼は豪華にフカヒレラーメン。会長さんはもう暑苦しいとは言っていなくて、熱々のラーメンに舌鼓。そこへソルジャーがヒョイと戻って来て…。
「ぶるぅ、ぼくにもフカヒレラーメン!」
「えとえと…。ラーメンはいいけど、ハーレイは?」
どうなっちゃったの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が急いで作って来たフカヒレラーメン。教頭先生の行方は私たちも気になる所です。お預かり中か、それともこっちの世界にいらっしゃるのか。
「ハーレイかい? お昼御飯を食べてる筈だよ、青の間で!」
ちゃんとコンビニ弁当を渡して来たから、というソルジャーの答え。お預かりサービス、もう始まっているわけですね?
「お試しでどうぞ、と言ったからには迅速に! それにハーレイも納得してるし!」
もちろん、こっちのハーレイだよ、という補足。
「ぼくのハーレイにも言っておいたし、明日の夜までお預かり! 青の間には誰も訪ねて来ないのが基本だからねえ、ハーレイが増えてもバレやしないって!」
お掃除部隊が突入するまでは余裕が充分、と威張るソルジャー。片付けるのが苦手なソルジャーの青の間は足の踏み場も無くなるくらいに散らかるのが常で、酷くなったらお掃除部隊の出番です。でも、ニューイヤーのパーティーが終わった直後に突入されてしまったそうで…。
「次に来るまで、一ヶ月くらいは大丈夫! 来るとしたって、土日さえ避けて貰えれば!」
ハーレイを夜しか預からない日は問題無し! という話。ソルジャーがお小遣いを稼ぎたい間は、教頭先生は預かられたままになるようです。食事はコンビニ弁当ですね?
「一応、希望は聞くけどね…。コンビニ弁当か、カップ麺がいいか、その程度には!」
預かった以上は多少の責任というものが…、と言ってますけど、コンビニ弁当かカップ麺かを選べる程度の生活ですか、教頭先生…。
「その生活に何か問題でも? ハーレイは喜んでたけどねえ?」
夜の生活、覗き放題! と満面の笑顔。教頭先生、お預かりサービスと聞くなり嬉々として荷造りなさったそうです、ソルジャーの世界へ旅立つために。
「ボディーソープとかは好きに使っていいよ、と言ってあげたら、感激してたねえ…」
「…そうだろうねえ…」
青の間のバスルームを使えるだけでもハーレイにはポイント高いだろうから、と会長さん。そこへソルジャーと同じボディーソープとかを使えるとなれば、大満足の御滞在かな…?
こうして預かられてしまった教頭先生は、翌日の夜に戻って来ました。私たちは会ってはいませんけれど。会長さんの家でやった寄せ鍋、それを食べに来たソルジャーから話を聞いただけ。
「ちょっと早いけど、返しておいても問題ないかと…。明日も寝込んでいるだろうから」
学校の方は休みじゃないかな、と寄せ鍋の席に混ざったソルジャー。
「「「休み?」」」
「うん。…あれも知恵熱って言うのかな? それともオーバーヒートの方かな…?」
熱を出しちゃって寝込んでいるからベッドにお届け、という報告。会長さんは「ふうん?」とサイオンで教頭先生の家を覗き見してから。
「…脳味噌がパンクしたって感じだねえ? うわ言の中身が下品だからね」
「「「下品?」」」
「君たちが聞いても意味が不明で、ぼくやブルーにしか分からない中身!」
もう最高に下品だから、と会長さんは吐き捨てるように。
「まったく、どれだけ欲張ったんだか…。昨日の夜の覗きの時間!」
「欲張るも何も、一瞬で沈んだらしいけど?」
ぶるぅが証言してたから、とソルジャーは大きな溜息を。
「ほら、せっかくのお客様だしね? ぶるぅも張り切って案内したわけ、よく見える場所に!」
「「「………」」」
おませな悪戯小僧の「ぶるぅ」。大人の時間の覗きが大好き、そのせいでキャプテンがヘタレる話は有名です。「ぶるぅがあそこで…」とソルジャーに泣き付くとか、そういうの。言わば覗きのプロが「ぶるぅ」で、覗きに適したスポットにも詳しいことでしょう。
「それはもちろん! でもって、ぼくのハーレイに気付かれないよう、シールドもきちんと張ったんだけど…。ハーレイの分も、しっかりと!」
そして覗きのプロならではの解説もしようとしたのだそうです。プロ野球とかの解説よろしく、ソルジャー夫妻の大人の時間を実況中継。けれど、相手はヘタレな教頭先生だっただけに…。
「なんだったかなあ、「ハーレイ、構えました! これは大きい!」って言ったんだっけか、そこでブワッと鼻血だったとかで…」
「「「…???」」」
「おおっと、入った! ハーレイ、頑張れ、頑張れ、もっと奥まで! って解説しながら横を見た時は既に意識が無かったらしいね」
そのまま朝まで轟沈で…、と言われても謎な、その状況。大人の時間は謎だらけです…。
お預かりサービスで覗きのプロな「ぶるぅ」に出会った教頭先生、鼻血なコースを走ってダウン。会長さんに言わせれば脳味噌がパンク、下品なうわ言を連発しながら寝込んでしまって…。
「お試しコースはこういう感じ! どうする、明日からも続けて預かる?」
平日は夜だけ、土日は丸ごと、というソルジャーの申し出に、会長さんは飛び付きました。冬の最中でも暑苦しいらしい教頭先生のお預かりサービス、どうやらとても美味しいらしく…。
「それで頼むよ、あの調子だったら、当分、平和になりそうだから!」
清々しい毎日を過ごせそうだし、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持って来させた札束。現金払いがお得な所も多いらしくて、金庫に入れてあるのだそうです。
「お試しコースの分と、一週間分と…。これで次の土日までいけるよね?」
とりあえず一週間でよろしく、と札束を差し出した会長さんに、ソルジャーは。
「一週間でもいいんだけれど…。当分の間、預かるんなら、お得なコースも用意したけど?」
クリーニング屋のお預かりサービスだと、次に使う時まで預かるそうだし…、とソルジャーが出した料金表。一ヶ月コースだとこのお値段で、二ヶ月だと…、という説明。教頭先生の暑苦しさが倍増するだろう夏も含めたコースになったら、割引はドカンと三割だとかで。
「断然、こっちがお勧めだけどね? 一年コースだと五割引きっていうのもね!」
三割引きは大きいよ、と会長さんの顔を見詰めるソルジャー。
「元の値段が高いからねえ、三割引きで浮く金額がこれだけで…。五割引きだと、もっとお得で」
「五割引きねえ…。魅力的ではあるかな、それは」
「いいと思うけどね? 気が変わった時は解約できるし、長期コースがぼくのお勧め」
三割引きとか、五割引きとか…、とソルジャーは長期コースを勧めて、会長さんも。
「悪くないねえ、これだけ値引きをして貰えるなら…」
やっぱり五割引きだろうか、と大きく頷き、「一年コースで!」と札束をドンと。
「これで一年分だよね? お預かりサービス」
「五割引きだから、合ってるね。…君は賢い選択をしたよ、一ヶ月ずつ払っていたんじゃ、この倍になってしまうんだからね!」
お預かりサービス、一年コースで引き受けるから、とソルジャーが手にした札束の数に、私たちは唖然とするばかり。あれだけの現金が会長さんの家にあったというのも驚きですけど、あの金額なら家が一軒買えそうです。それも庭付き、立派な注文住宅が…。
会長さんが大金を支払った、教頭先生のお預かりサービスは順調でした。ソルジャーは約束通りに毎晩、教頭先生を回収して行き、朝に戻すという毎日。週末は終日お預かりですし、会長さんの口から「暑苦しい」という苦情はもう聞かなくて済みそうです。
「大金を払った甲斐があったよ、ハーレイが暑苦しかった頃が嘘のようだよ」
電話もかかって来ないから、と会長さんは至極ご機嫌。それはそうでしょう、夜になったら回収ですから、教頭先生はソルジャーの世界へ移動です。電話なんかは出来ません。
「あんたも思い切った選択をしたな、まさかあれだけの金を出すとは…」
そうそう出来んぞ、とキース君が言い、ジョミー君も。
「普段はケチケチしてるのに…。出す時にはドンと出すんだね、ブルー」
「快適な生活のためとなったら、あれくらいはね!」
またハーレイから毟ってやったら取り返せるし、と凄すぎる台詞。預けてあるほど暑苦しいのに、毟るためなら接近すると…?
「当然じゃないか、毟ってなんぼ! でも、その前に入試があるから」
「「「は?」」」
「シャングリラ学園の入試だってば、試験問題をハーレイから毟って来ないとね!」
「「「あー…」」」
アレか、と思い出しました。教頭先生にベッドの上で耳掃除のサービス、それをする代わりに試験問題のコピーを横流しして貰うヤツ。そんな面倒なことをしなくても、試験問題は瞬間移動で盗み放題なのが会長さんなのに。
「ぼくの娯楽の一つだしねえ、まずはアレから!」
それが済んだら、ブルーに支払ったお預かりサービスの代金を何回かに分けて毟ることにする、と会長さんは鬼でした。教頭先生をソルジャーの世界に捨てているくせに、捨てるために払った代金を捨てられた人から毟ろうだなんて…。
「いいんだってば、ハーレイの生き甲斐は貢ぐことだから!」
このぼくに、と自信たっぷりな会長さんだったのですけれど…。
「…違約金?」
そんなのは聞いていないんだけど、と青ざめている会長さん。その向かい側では、ソルジャーが。
「言わなかったかな、長期コースは割引率が大きくなる分、ぼくだって損をするわけで…」
だから途中で解約するなら、倍の値段を支払って貰わないと、と言うソルジャー。
「ぼくはきちんと仕事をしたのに、君の都合で解約なんだよ? しかも一ヶ月も経たないのに!」
支払わないなら、お預かりサービスを継続するから、とキッチリと釘が刺されました。
「君にどういうリスクがあろうと、ぼくは仕事をするだけだってね!」
「ちょ、ちょっと…! これを一年も続けられたら…!」
ハーレイがもっとエライことに、と会長さんはアタフタと。
「君も覗き見してたんだろう? 試験問題を貰いに行ったぼくが、どうなったかは!」
「見てたけど? 耳掃除の後は熱い抱擁、いつものハーレイと同じだけどねえ?」
毎年、毎年、それでおしまい、と言うソルジャーですけど。
「今年は違っていたんだってば、ぼくはお尻を撫でられたんだよ! サワサワと!」
「…いいじゃないか、別に減るものじゃないし」
「ううん、ぼくは身の危険を感じたわけで! このままハーレイを放っておいたら大惨事だと!」
覗きで耐性がついて来たのに違いない、と会長さんは震え上がったのでした。教頭先生に限ってそれは無さそうだと誰もが思っているわけですけど、会長さんはとうに冷静さを失っていて…。
「だから、解約! お預かりサービスは今日限りで!」
もうハーレイを預からないでくれ、と大パニックな会長さんには、後ろめたさでもあったのでしょうか。教頭先生を別の世界へ放り出してしまった例のサービス。暑苦しいとは言っていたものの、三百年以上も片想いされているわけですし…。
「それだけは無い! 後ろめたいなんて思ってないけど!」
でも、本当に怖かったんだ、と会長さんは解約をするつもりでいて、ソルジャーの方は。
「じゃあ、違約金。…払わない間は、ぼくは仕事を続けるだけ!」
「暴利だってば、せめて半額に負けてくれるとか!」
「どうせハーレイから毟る気なんだろ、もっと貰ってもいいくらいだよ、違約金!」
「そのハーレイから毟れないんだよ、今の状態だとリスクが高くて…!」
毟りに行ったら押し倒されそう、と会長さんは怯えまくりで、違約金の値引きに必死です。身から出た錆だと思いますけど、自分が蒔いた種なんですから…。
「…キース先輩、こういう場合は会長が払うしかないんですよね?」
違約金を、とシロエ君が訊いて、キース君が。
「契約書があったら、文句の言いようもあるんだろうが…。口約束だからな…」
「でも、口約束には法律上の効果は無かったように思うわよ?」
払わなくても良さそうだけど、とスウェナちゃんが言っていますけど。
「甘いな、あいつに法律なんぞが通用すると思うのか? 別の世界から来てやがるんだぞ」
裁判所に訴えることも出来ないんだが、とキース君がサラッと告げた現実。
「それじゃ、ブルーは払うしかないわけ?」
あのとんでもない値段の倍も、とジョミー君が呆然、サム君も。
「…払えなかったら、例のサービスがこれからも続くっていうのかよ?」
「そうなるな。…ブルーが諦めて払う気にならない限りはな」
だが、支払った金を教頭先生から毟るコースは無理そうだし…、と合掌しているキース君。教頭先生が覗きの日々で鍛えられたと思い込んでいる会長さんには、毟りに行くことが出来ませんから、物凄い額の違約金を払うか、一年コースを継続するか。
「…タダほど高いものはねえ、って言うけどよ…」
高く出してもああなるのかよ、とサム君が呻いて、シロエ君が。
「相手が悪すぎたんですよ。美味い話には罠がある、とも言いますからね…」
「「「うわー…」」」
会長さんとソルジャーは、まだギャーギャーと騒いでいます。けれど勝てない相手がソルジャー、会長さんは凄い金額を違約金として支払う羽目になるのでしょう。払ったお金を教頭先生から毟り取れる日は遠そうです。教頭先生をカモにし続けた罰が、とうとう当たっちゃったかな…?
預けて爽やか・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生をソルジャーの世界で預かって貰って、大満足な日々を過ごしていた生徒会長。
ところが身の危険を感じたわけで、解約しようと思ったら…。美味い話には気を付けないと。
次回は 「第3月曜」 10月17日の更新となります、よろしくです~!
※毎日更新な 『シャングリラ学園生徒会室』 はスマホ・携帯にも対応しております。
こちらでの場外編、9月のイベントと言えばお彼岸。今年は23日がお中日で…。
←シャングリラ学園生徒会室は、こちらからv
バックナンバーはこちらの 「本編」 「番外編」 から御覧になれます。
元老寺の除夜の鐘で古い年を送って迎えた新年。初詣と冬休みが済んだら三学期スタート、シャングリラ学園はイベントが幾つもあります。お雑煮大食い大会に水中かるた大会、それが終われば入試前の下見シーズンやら、バレンタインデーに向けてのカウントダウンやら。
何かと賑やか、外の寒さも吹っ飛びそうな勢いですけど、その学校も土日はお休み。今日は朝から会長さんのマンションにお邪魔してるんですけれど…。
「…いよいよ暑苦しくなってきた…」
会長さんの呟きに「そるじゃぁ・ぶるぅ」が「暑すぎた?」とエアコンのリモコンを。
「みんな寒い中を歩いて来たから、これくらいでいいかと思ったんだけど…」
「すまんな、俺たちが寒い、寒いと連発したから…」
少し下げてくれ、とキース君が。
「もう充分に暖かくなったし、俺たちの方は大丈夫だ」
「ですよね、来た時には震えていましたけどね…」
今日は北風が強かったですし、とシロエ君も。
「バス停から此処まで歩く間に冷えちゃいましたけど、今はポカポカですから」
「分かった! えーっと…」
2℃ほど下げればいいのかな、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が設定を変えようとした所へ。
「いいんだよ、部屋はこのままで。…暑苦しいのは別件だから」
「「「は?」」」
「暑いと思っているのは、ぼくだけってこと!」
ぼく一人だけ、と自分を指差す会長さんに、キース君が呆れた顔つきで。
「あんた…。無精していないで着替えれば済む問題だろう! そのセーターとか!」
「ホントだよ…。サイオンを使えば一瞬じゃないの?」
何処かの誰かがいつもやってる、とジョミー君だって。私も全く同感です。暑苦しいなんて言うほどだったら、着替えればいいと思いますけど…?
「会長、今日の服には何かこだわりでもあるんですか?」
それで着替えたくないんでしょうか、とシロエ君。そっちだったら分かりますよね、今日はコレだと思った服なら、気合で着ようってこともありますから…。
暑苦しいと漏らした会長さん。その実態はシャングリラ・ジゴロ・ブルーと呼ばれるくらいの女たらしで、モテるのが自慢の超絶美形というヤツです。ファッションセンスにも自信アリでしょうし、モテるためなら暑い真夏でも毛皮のコートを着そうなタイプ。
とはいえ、今は自分の家にいるわけで、周りは私たち七人だけ。あっ、「そるじゃぁ・ぶるぅ」もいますけど。つまりは身内も同然な面子、カッコよくキメる意味は何処にもありません。フィシスさんでも来るというなら別なんですが…。
「フィシスは来ないよ、今日はお出掛けしちゃったからね」
ブラウたちと一泊二日で旅行、と会長さんはフィシスさんの予定もしっかり把握。今がシーズンのカニと温泉の旅だそうです、豪華なホテルにお泊まりして。
「カニですか…。それはとっても羨ましいんですが…って、だったら、なんでその服なんです?」
ぼくたちにモテても意味が無いですよ、とシロエ君。
「サム先輩は会長にぞっこんですけど、わざわざ服までキメなくっても…。サム先輩なら、会長がジャージを着ていたとしても幻滅しないと思いますが」
「当然だぜ! 俺はブルーに惚れてるんだし、服じゃねえから!」
勢いよく答えたサム君ですけど、会長さんは「そうじゃなくって…」とフウと溜息。
「ぼくが暑苦しいって言ってる方もさ、ジャージだろうが、ツナギだろうが気にしないってね」
「…ツナギですか…」
それはまた凄いツワモノですね、とシロエ君。
「それって、コスプレとかではなくって、いわゆる現場なツナギですよね?」
「うん。油だらけでも、泥だらけでも、現場の匂いがしみついていようと無関係!」
どんな服でも気にしないであろう、と言うんだったら、なおのこと着替えれば済む話では…って、ちょっと待って下さい、会長さんの服装とモテが関連してるってことは…。
「おい、誰か来るのか、これから此処に?」
ツナギでも気にしない誰かが来るのか、とキース君。
「そしてだ、そいつ用にとキメているのが今の服だという勘定か?」
「…まさか。君の理論は破綻してるよ」
どんな服でも気にしない相手が来るなら、それこそ服はどうでもいい、と会長さん。だったら、暑苦しいと言っていないで着替えればいいと思うんですけど…?
会長さんの「暑苦しい」発言、でも着替えるという選択肢は無し。ついでにツナギも気にしないという凄い女性とお付き合いしているらしいです。ウチの学校の生徒でしょうか?
「うーん…。当たらずとも遠からずってトコかな、それは」
会長さんの台詞に、ジョミー君が。
「生徒じゃないなら、職員さんとか? …先生ってことはないもんね」
「ブラウ先生は旅行中だと言うからな…」
ツワモノと言ったらブラウ先生くらいだろう、とキース君。
「それに、ブルーが付き合っているという話も聞かんし、職員さんだな。…あんた、誰を毒牙にかけたんだ!」
「失礼な! ぼくは被害者の方だから!」
毒牙にかかってしまった方だ、と会長さんがまさかの被害者。
「会長がハメられたんですか!?」
シロエ君の声が裏返って、キース君も。
「…甘い台詞でたらし込んだつもりが、逆に捕まったというオチか? それはマズイぞ」
ちゃんと清算しておけよ、と大学を卒業したキース君ならではのアドバイスが。
「後でモメるぞ、放っておくと」
「もう充分にモメてるってば、三百年以上」
「「「三百年!?」」」
その数字でピンと来た人物。もしや、会長さんが暑苦しいと言ってる相手は教頭先生?
「そうだけど? 他にどういう人間がいると!」
ぼくは女で失敗はしない、と自信に溢れた会長さんの言葉。
「でもねえ、男の方だと何かと勝手が違うものだから…。ハーレイだとか、ノルディだとか」
「「「あー…」」」
教頭先生とエロドクターは会長さんを狙う双璧、現時点では実害があるような無いような…。
「そのハーレイがさ、暑苦しくて…。どんどん暑苦しさを増しつつあって!」
冬は人肌恋しい季節だから、と会長さんは、またまた溜息。
「電話はかかるし、バッタリ会ったら熱い視線で見詰められるし…」
なんとかならないものだろうか、とブツブツと。いつものことだと思いますけど、今年は寒さが厳しいだけに余計に癇に障りますかねえ…?
会長さん一筋、三百年以上な教頭先生。けれど会長さんは女性一筋、まるで噛み合わない二人の嗜好。気の毒な教頭先生は片想いの日々、それを逆手に取られてしまって会長さんのオモチャにされている人生です。
教頭先生で遊ぶ時にはきわどい悪戯もやっているくせに、邪魔な時には電話だけでも気に障るタイプが会長さんで…。
「あんた、またしても悪い癖が出たな。教頭先生には普通のことだと思うが」
モテ期が来たなら話は別だが、とキース君。
教頭先生のモテ期なるもの、世間で言われるモテ期とは中身が別物です。自分はモテると何かのはずみに思い込んでしまい、会長さんにプレゼントやラブレターを贈りまくるという一種の発作。それが来たなら、暑苦しいのも分かりますけど…。
「違うね、モテ期じゃないんだけれど…。いつものパターンだと分かっちゃいるけど…」
暑苦しくて、と会長さんはぼやいています。
「これが服なら、脱いで着替えれば済むんだけどさ…。生憎とハーレイは服じゃないから」
「違いますねえ、教頭先生は人間ですから」
脱いだり着替えたりは出来ませんね、とシロエ君。
「教頭先生の服が見た目に暑苦しいと言うんだったら、着替えて貰えばいいんですけど…」
「そうだな、服ならそれでいけるが…」
中身の方ではどうにもならんな、とキース君も。
「諦めて我慢するんだな。…でなければ、あんたが薄着するかだ」
冬の最中に半袖を着れば暑苦しさも減るであろう、とキース君からのアドバイス。
「身体が冷えれば頭も冷える。…そうやってクールダウンするのが俺のお勧めコースだが」
「冗談じゃないよ、修行中なら真冬に滝行もアリだけど!」
なんでハーレイのために寒い思いを、と会長さんの文句が炸裂。
「ハーレイが滝に打たれに行くなら分かるけどねえ、なんでぼくが!」
「俺は滝行とまでは言っていないが?」
「似たようなモノだよ、真冬の半袖!」
そしてハーレイの方は真冬に半袖でも平気なタイプ、と顔を顰める会長さん。柔道で鍛えていらっしゃる上に、古式泳法の名手でもある教頭先生、氷が張る日に半袖を着ていても平気らしいです。そう聞いちゃったら、会長さんの方が薄着するなんて理不尽ですよね…。
教頭先生が暑苦しくても、薄着はしない会長さん。教頭先生の方は冬の寒さで人肌恋しく、会長さんに電話で熱い視線と来たものです。頭を冷やしてどうなるものでもなさそうですし…。
「そこなんだよねえ、滝行をしろと放り出しても、ぼくの命令ってだけで喜ぶ相手だし!」
大喜びで滝に打たれる姿が見えるようだ、と会長さんの嘆き。
「滝行と言えば、煩悩や穢れを洗い流しに行くと相場が決まっているのに…」
「そう聞くな。俺たちの宗派は滝行は無しだが、あんたの場合は…」
「恵須出井寺の方だとアリだったからね」
サイオンでシールドしていたけれども経験はある、と会長さん。
「あんな具合にハーレイの煩悩も綺麗サッパリ洗い流せるなら、滝行だって…。ん…?」
待てよ、と会長さんは顎に手をやって。
「暑苦しいなら服を着替えで、服というのは洗うものだし…」
「かみお~ん♪ お洋服を着替えて片付ける前には、お洗濯だよ!」
でないと服が傷んじゃうもん! と「そるじゃぁ・ぶるぅ」。
「放っておいたら駄目になるから、きちんと洗って片付けないと!」
「そう、それ! …ハーレイも洗って片付けられればいいんだけどねえ…」
「「「はあ?」」」
「クリーニングだよ、ぼくの家ではクリーニングに出したら返って来るけれど…」
洗い終わったら届くんだけど、と会長さんが視線を窓にチラリと。
「保管しておくスペースが足りない家の場合は、お預かりサービスっていうのがあるよね?」
「らしいね、ぼくの家でも頼んでないけど…。毛布とかだっけ?」
使うシーズンまで預けておくんだっけ、とジョミー君が言うと、スウェナちゃんが。
「そうらしいわよ? 毛布だけじゃなくて、服もオッケーだったと思うわ」
「ええ、クローゼット代わりにしている人もあるみたいですね」
たまにトラブルになっていますよ、とシロエ君。預けておいたクリーニング屋さんが知らない間に閉店しちゃって、服とかが消えてしまうトラブル。連絡先を言わない方が悪いんですけど。
「そのシステムが魅力的だと思えてねえ…。今のぼくには」
誰かハーレイの煩悩を洗い流して、ついでに預かってくれないだろうか、と会長さん。
「クリーニングに出しても、落ちない汚れはありがちだから…。綺麗に洗う方は無理でも…」
せめてお預かりサービスの方を、と無茶な発言。服ならともかく、相手は教頭先生です。人間を洗ってお預かりする洗濯屋さんなんか、存在しないと思いますけど…?
暑苦しく感じる教頭先生をクリーニングに出したいと言う会長さん。あまりにも凄すぎる発想な上に、お目当てはお預かりサービスの方。洗うだけなら、エステサロンとかで文字通りツルツルにしてくれますけど、お預かりサービスは有り得ませんよ…?
「それは分かっちゃいるんだけれど…。冬だっていうのに暑苦しいから…」
ちょっと預けてしまいたい気分、と会長さんが零した所へ。
「こんにちはーっ!」
ぼくに御用は? とフワリと翻った紫のマント。別の世界からのお客様です。ソルジャーは空いていたソファにストンと座ると、「そるじゃぁ・ぶるぅ」に。
「ぶるぅ、ぼくにもおやつをお願い! それと紅茶も!」
「オッケー! 今日はね、オレンジのキャラメルケーキなの!」
はい、どうぞ! とサッと出て来たケーキと熱い紅茶と。ソルジャーはケーキを頬張りながら。
「ハーレイをクリーニングに出したいんだって?」
「…聞いていたわけ?」
「暇だったからね!」
本当は会議中だったけど、とソルジャーはサボッていた様子。多分、適当に返事しながら座っていたというだけでしょう。こっちの世界を覗き見しながら。
「そうだよ、議題が退屈すぎてさ…。救出作戦の計画だったら楽しいけれども、メンテナンスの日程なんかは別にどうでもいいんだよ!」
ハーレイが聞いておけば充分! と流石の無責任ぶり。もっとも、ソルジャーがメンテナンスについて聞いても、何の役にも立たないんでしょうけど。
「その通り! 下手に弄れば壊すだけだし、ぼくは現場はノータッチ!」
「はいはい、分かった。…それで悪趣味にも盗み聞きを、と」
ぼくたちが此処で喋っていたことを…、と会長さんが軽く睨むと。
「失礼だねえ! ぼくが話を聞いていたから、君にとっても悪くない話を持って来たのに!」
「…どんな話を?」
「クリーニングだよ、こっちのハーレイの!」
洗ってもいいし、お預かりサービスも出来るんだけど、とソルジャーは胸を張りました。ソルジャーの世界はSD体制とやらで、全くの別世界だと聞いています。私たちの世界では考えられない人間相手のクリーニング屋さん、もしかして存在してますか…?
会長さんが希望していた教頭先生のクリーニングとお預かりサービス。どう考えても無理だとばかり思っていたのに、ソルジャー曰く、どちらも可能。SD体制の世界だったら、当たり前のようにあるのが人間相手のクリーニングですか?
「うーん…。クリーニングだけなら、当たり前だね! ぼくの世界じゃ!」
店があるわけじゃないんだけれど、と言うソルジャー。
「だけど、ブルーの望み通りのクリーニングってヤツではあるかな、うん」
「暑苦しいのを洗ってくれるのかい?」
そのクリーニング、と会長さんが尋ねると。
「他にも色々、綺麗サッパリ! 機械にお任せ、どんな危険な思考でも!」
たまにトラブルが起こるんだけど、とソルジャーは自分の顔に向かって人差し指を。
「洗い損なったら、こんな風にミュウになっちゃうから! もう大失敗!」
捕獲するとか、処分するとか、どちらにしたって大騒ぎだから、ということは…。そのクリーニングって、ソルジャーがたまに喋っている成人検査ってヤツですか?
「成人検査が一番有名だけどね、その時々で記憶を処理していくのがマザー・システムだね!」
ちょっと呼び出して記憶を綺麗にクリーニング、と怖い話が。
「別にお店に行かなくっても、人類の家は何処でも監視用の端末ってヤツがあるからねえ…。それの前に呼ばれて光がチカチカ、アッと言う間に洗い上がるよ!」
不都合な記憶くらいなら、と恐ろしすぎる世界が語られました。SD体制を批判するような危険な思考を持っていた場合は、専門の車がやって来るとか。車の中には頭の中身を調べて記憶を書き換える装置、それで駄目なら施設に送られてクリーニングで。
「大抵は上手くいくみたいだけど、失敗しちゃうと、ぼくみたいになるか、発狂するか…」
「「「うわー…」」」
怖いどころのレベルではありませんでした。教頭先生がいくら暑苦しい思考の持ち主なのかは知りませんけど、そこまでして洗って貰わなくっても…!
会長さんもそう考えたようで、慌てて断りにかかりました。
「そのクリーニングは要らないから! ぼくはそこまで求めてないから!」
「誰が機械に頼むと言った? 第一、ミュウが頼みに行っても、機械の方が断るから!」
ミュウはマザー・システムと相性最悪、と言われてみれば、その通り。ソルジャーはマザー・システムを相手に戦う日々なんですから、クリーニングは頼めませんねえ…。
会長さんの希望通りのクリーニングが出来るシステムはあっても、ミュウの場合は使えないらしいソルジャーの世界。なのに、ソルジャーは「洗ってもいいし、お預かりも」と提案して来た辺りが謎です。機械に頼らず、独自の方法でも編み出しましたか、クリーニングの?
「それはまあ…。ぼくはミュウだし、ミュウならではの方法だったら幾らでも!」
記憶をチョチョイと弄ってるヤツがクリーニング、とソルジャーが言う記憶の操作。それなら何度も見ています。ソルジャーの存在自体を誤魔化してこっちで遊び歩いたり、ソルジャーにとっては都合の悪い記憶を自分の世界で消したり。…時間外労働をさせた仲間の記憶とかを。
「…ハーレイにそれを応用すると?」
そして暑苦しさを消してくれると、と会長さんが質問すると、ソルジャーは。
「それは駄目だね、ぼくはハーレイと君との結婚を目標にしているから!」
暑苦しさはキープしないと、とソルジャーに教頭先生の記憶をクリーニングする気は無い様子。それなら何を洗うんですか?
「文字通りだよ、ぼくが背中を流すとか! もっとデリケートな場所だって!」
「却下!」
そんなクリーニングは必要無い、と会長さんは眉を吊り上げました。
「ますます暑苦しくなっちゃうじゃないか、君がハーレイを洗ったら!」
「うーん…。だったら、洗う方はセルフでお願いするとか、でなきゃ、ぶるぅかハーレイに洗って貰うか…」
とにかく洗ってお預かり、とソルジャーは指を一本立てて。
「君が求めるサービスってヤツはそれなんだろう? 暑苦しいハーレイをお預かり!」
「…そうだけど…。そう言ってたけど、君が預かってくれるとか?」
「喜んで! ぼくの青の間はスペースが余っているからね!」
ハーレイの二人や三人くらいはお安い御用、とソルジャー、ニコニコ。
「預かってる間は、ハーレイは自由に過ごしてくれれば…。寝ていてもいいし、覗いてもいいし」
「覗く?」
「青の間に来たら、覗かない手は無いってね! ぶるぅも覗きは大好きなんだし!」
ぼくとハーレイの熱い時間を是非! と言ってますけど。それって、ソルジャーとキャプテンの大人の時間の覗きですよね、教頭先生、余計に暑苦しい人間になってしまいませんか…?
ソルジャーが持ち出した、覗きとセットの教頭先生お預かりサービス。会長さんが求めるものとは正反対な結果になりそうですから、これは駄目だと思いましたが。
「…そのサービス。ハーレイが鼻血でダウンした時はどうなるんだい?」
フォローの方は、と会長さんが訊くと、ソルジャーは。
「放置に決まっているじゃないか! ぼくもハーレイも忙しいんだから!」
途中で手当てに行くわけがない、とキッパリと。
「それにね、ダウンしていることにも気付くかどうか…。真っ最中だけに!」
「なるほどね…。それじゃ、ぶるぅが手当てをしない限りは…」
「もう間違いなく、朝まで倒れているしかないね!」
それに、ぶるぅは手当てをしない、とソルジャー、断言。
「なにしろ、ぶるぅの頭の中には、食べ物のことと悪戯だけしか詰まってないし…。手当てをしようと思うよりも先に悪戯だろうね!」
身ぐるみ剥いで落書きするとか、ハーレイの苦手な甘い物を口に詰め込むだとか、と「ぶるぅ」のやりそうな悪戯がズラズラ羅列されて。
「悪戯は駄目だと言っておいたら、やらないだろうと思うけど…。手当てをするってことだけは無いね、ぼくも頼もうとは思わないから!」
ぶるぅに何かを頼む時には食べ物で釣るしかないものだから、と言うソルジャー。
「こっちのハーレイを預かるだけだし、余計な手間は御免だよ。鼻血でダウンしてても放置!」
「ふうん…。それなら預けてみようかな?」
いい感じに頭が冷えそうだから、と会長さんはニヤニヤと。
「夢と現実は違うものだ、と痛感する羽目になりそうだしねえ? …隣の芝生は青いと言うけど、どんなに涎を垂らしていたって、何も起こりはしないんだよね?」
「うん、今回のお預かりサービスに関してはね!」
ぼくのベッドに誘いはしない、とソルジャーが挙げた大事なポイント。教頭先生は覗きをしてもいいというだけ、美味しい思いはそれで全部で。
「鼻血を噴いてダウンするまでは、好きなだけ覗いてくれていいけど…。他には一切、サービスなんかは付かないってね!」
あくまでお預かりサービスだから、とソルジャーは会長さんに約束しました。クリーニング屋さんが預かり中の服を勝手に着たら駄目なのと同じで、お預かりサービスで預かった教頭先生に手出しは一切しない、と。
ソルジャーにしては珍しい申し出もあったものだ、と誰もが思いましたが、ソルジャーが言うには商売だとか。会長さんから毟れるチャンスで、たまには自力で稼ぎたいそうで。
「お小遣いなら、ノルディがたっぷりくれるんだけど…。たまには自分でアルバイト!」
今はアルバイトのチャンスが無くて、と頭を振っているソルジャー。
「こっちの世界でアルバイトしたことは無いんだけどさ…。ぼくの世界だと、時々ね」
「「「え?」」」
「何度も言ったと思うけど? 人類がやってる研究所とかに潜り込むんだよ!」
研究者のふりをして入った以上は、当然、給料も出るものだから、というのがソルジャーがやったアルバイト。貰ったお給料で外食をしたりしていたそうです。
「…ぼくの世界じゃ、それほど食べたい物もないしね…。お菓子ばっかり食べていたけど!」
「「「うーん…」」」
確かにそういう人だった、と溜息しか出ないソルジャー好みの食生活。私たちの世界に来ている時には、「地球の食事は何でも美味しい」とグルメ三昧していますけれど、自分の世界だとお菓子以外は食べるのが面倒なんでしたっけ…。
「そうだよ、栄養剤で充分だって言っているのにさ…。ぼくの世界のノルディが文句を言うんだよねえ、それにハーレイも」
「それが普通だと思うけど?」
食事くらいは食べたまえ、と会長さん。
「こっちの世界で食べてもいいから、とにかく普通に食事をね! お菓子だけじゃなくて!」
「言われなくても、こっちだったら食べるけど…。先立つものが必要だから、アルバイト!」
今はアルバイトをしたい気分、と言うソルジャーには、自分の世界でアルバイトするチャンスが無いのだそうです。そういったわけで趣味と実益を兼ねて、こっちの世界でお小遣い稼ぎ。教頭先生のお預かりサービスを始めて儲けたいとかで…。
「…こんな所でどうかな、料金。ハーレイには仕事もあるってことだし、土日は一日預かるってことで、このお値段で…。平日は夜だけ、その分、値段はお得になるよ」
ソルジャーがサラサラと紙に書き付けた値段は強烈なものでした。会長さんが御布施と称して踏んだくる金額と張り合える価格、それだけに…。
「とりあえず、お試しってことで、今日から預かって明日の夜に返すコースだと…」
このお値段! と破格に安い金額が書かれ、会長さんは「乗った!」と即答で。ソルジャーはウキウキと瞬間移動で消えてしまいました、早速お預かりサービスですか…!
寒い季節だけに、お昼は豪華にフカヒレラーメン。会長さんはもう暑苦しいとは言っていなくて、熱々のラーメンに舌鼓。そこへソルジャーがヒョイと戻って来て…。
「ぶるぅ、ぼくにもフカヒレラーメン!」
「えとえと…。ラーメンはいいけど、ハーレイは?」
どうなっちゃったの、と「そるじゃぁ・ぶるぅ」が急いで作って来たフカヒレラーメン。教頭先生の行方は私たちも気になる所です。お預かり中か、それともこっちの世界にいらっしゃるのか。
「ハーレイかい? お昼御飯を食べてる筈だよ、青の間で!」
ちゃんとコンビニ弁当を渡して来たから、というソルジャーの答え。お預かりサービス、もう始まっているわけですね?
「お試しでどうぞ、と言ったからには迅速に! それにハーレイも納得してるし!」
もちろん、こっちのハーレイだよ、という補足。
「ぼくのハーレイにも言っておいたし、明日の夜までお預かり! 青の間には誰も訪ねて来ないのが基本だからねえ、ハーレイが増えてもバレやしないって!」
お掃除部隊が突入するまでは余裕が充分、と威張るソルジャー。片付けるのが苦手なソルジャーの青の間は足の踏み場も無くなるくらいに散らかるのが常で、酷くなったらお掃除部隊の出番です。でも、ニューイヤーのパーティーが終わった直後に突入されてしまったそうで…。
「次に来るまで、一ヶ月くらいは大丈夫! 来るとしたって、土日さえ避けて貰えれば!」
ハーレイを夜しか預からない日は問題無し! という話。ソルジャーがお小遣いを稼ぎたい間は、教頭先生は預かられたままになるようです。食事はコンビニ弁当ですね?
「一応、希望は聞くけどね…。コンビニ弁当か、カップ麺がいいか、その程度には!」
預かった以上は多少の責任というものが…、と言ってますけど、コンビニ弁当かカップ麺かを選べる程度の生活ですか、教頭先生…。
「その生活に何か問題でも? ハーレイは喜んでたけどねえ?」
夜の生活、覗き放題! と満面の笑顔。教頭先生、お預かりサービスと聞くなり嬉々として荷造りなさったそうです、ソルジャーの世界へ旅立つために。
「ボディーソープとかは好きに使っていいよ、と言ってあげたら、感激してたねえ…」
「…そうだろうねえ…」
青の間のバスルームを使えるだけでもハーレイにはポイント高いだろうから、と会長さん。そこへソルジャーと同じボディーソープとかを使えるとなれば、大満足の御滞在かな…?
こうして預かられてしまった教頭先生は、翌日の夜に戻って来ました。私たちは会ってはいませんけれど。会長さんの家でやった寄せ鍋、それを食べに来たソルジャーから話を聞いただけ。
「ちょっと早いけど、返しておいても問題ないかと…。明日も寝込んでいるだろうから」
学校の方は休みじゃないかな、と寄せ鍋の席に混ざったソルジャー。
「「「休み?」」」
「うん。…あれも知恵熱って言うのかな? それともオーバーヒートの方かな…?」
熱を出しちゃって寝込んでいるからベッドにお届け、という報告。会長さんは「ふうん?」とサイオンで教頭先生の家を覗き見してから。
「…脳味噌がパンクしたって感じだねえ? うわ言の中身が下品だからね」
「「「下品?」」」
「君たちが聞いても意味が不明で、ぼくやブルーにしか分からない中身!」
もう最高に下品だから、と会長さんは吐き捨てるように。
「まったく、どれだけ欲張ったんだか…。昨日の夜の覗きの時間!」
「欲張るも何も、一瞬で沈んだらしいけど?」
ぶるぅが証言してたから、とソルジャーは大きな溜息を。
「ほら、せっかくのお客様だしね? ぶるぅも張り切って案内したわけ、よく見える場所に!」
「「「………」」」
おませな悪戯小僧の「ぶるぅ」。大人の時間の覗きが大好き、そのせいでキャプテンがヘタレる話は有名です。「ぶるぅがあそこで…」とソルジャーに泣き付くとか、そういうの。言わば覗きのプロが「ぶるぅ」で、覗きに適したスポットにも詳しいことでしょう。
「それはもちろん! でもって、ぼくのハーレイに気付かれないよう、シールドもきちんと張ったんだけど…。ハーレイの分も、しっかりと!」
そして覗きのプロならではの解説もしようとしたのだそうです。プロ野球とかの解説よろしく、ソルジャー夫妻の大人の時間を実況中継。けれど、相手はヘタレな教頭先生だっただけに…。
「なんだったかなあ、「ハーレイ、構えました! これは大きい!」って言ったんだっけか、そこでブワッと鼻血だったとかで…」
「「「…???」」」
「おおっと、入った! ハーレイ、頑張れ、頑張れ、もっと奥まで! って解説しながら横を見た時は既に意識が無かったらしいね」
そのまま朝まで轟沈で…、と言われても謎な、その状況。大人の時間は謎だらけです…。
お預かりサービスで覗きのプロな「ぶるぅ」に出会った教頭先生、鼻血なコースを走ってダウン。会長さんに言わせれば脳味噌がパンク、下品なうわ言を連発しながら寝込んでしまって…。
「お試しコースはこういう感じ! どうする、明日からも続けて預かる?」
平日は夜だけ、土日は丸ごと、というソルジャーの申し出に、会長さんは飛び付きました。冬の最中でも暑苦しいらしい教頭先生のお預かりサービス、どうやらとても美味しいらしく…。
「それで頼むよ、あの調子だったら、当分、平和になりそうだから!」
清々しい毎日を過ごせそうだし、と会長さんが「そるじゃぁ・ぶるぅ」に持って来させた札束。現金払いがお得な所も多いらしくて、金庫に入れてあるのだそうです。
「お試しコースの分と、一週間分と…。これで次の土日までいけるよね?」
とりあえず一週間でよろしく、と札束を差し出した会長さんに、ソルジャーは。
「一週間でもいいんだけれど…。当分の間、預かるんなら、お得なコースも用意したけど?」
クリーニング屋のお預かりサービスだと、次に使う時まで預かるそうだし…、とソルジャーが出した料金表。一ヶ月コースだとこのお値段で、二ヶ月だと…、という説明。教頭先生の暑苦しさが倍増するだろう夏も含めたコースになったら、割引はドカンと三割だとかで。
「断然、こっちがお勧めだけどね? 一年コースだと五割引きっていうのもね!」
三割引きは大きいよ、と会長さんの顔を見詰めるソルジャー。
「元の値段が高いからねえ、三割引きで浮く金額がこれだけで…。五割引きだと、もっとお得で」
「五割引きねえ…。魅力的ではあるかな、それは」
「いいと思うけどね? 気が変わった時は解約できるし、長期コースがぼくのお勧め」
三割引きとか、五割引きとか…、とソルジャーは長期コースを勧めて、会長さんも。
「悪くないねえ、これだけ値引きをして貰えるなら…」
やっぱり五割引きだろうか、と大きく頷き、「一年コースで!」と札束をドンと。
「これで一年分だよね? お預かりサービス」
「五割引きだから、合ってるね。…君は賢い選択をしたよ、一ヶ月ずつ払っていたんじゃ、この倍になってしまうんだからね!」
お預かりサービス、一年コースで引き受けるから、とソルジャーが手にした札束の数に、私たちは唖然とするばかり。あれだけの現金が会長さんの家にあったというのも驚きですけど、あの金額なら家が一軒買えそうです。それも庭付き、立派な注文住宅が…。
会長さんが大金を支払った、教頭先生のお預かりサービスは順調でした。ソルジャーは約束通りに毎晩、教頭先生を回収して行き、朝に戻すという毎日。週末は終日お預かりですし、会長さんの口から「暑苦しい」という苦情はもう聞かなくて済みそうです。
「大金を払った甲斐があったよ、ハーレイが暑苦しかった頃が嘘のようだよ」
電話もかかって来ないから、と会長さんは至極ご機嫌。それはそうでしょう、夜になったら回収ですから、教頭先生はソルジャーの世界へ移動です。電話なんかは出来ません。
「あんたも思い切った選択をしたな、まさかあれだけの金を出すとは…」
そうそう出来んぞ、とキース君が言い、ジョミー君も。
「普段はケチケチしてるのに…。出す時にはドンと出すんだね、ブルー」
「快適な生活のためとなったら、あれくらいはね!」
またハーレイから毟ってやったら取り返せるし、と凄すぎる台詞。預けてあるほど暑苦しいのに、毟るためなら接近すると…?
「当然じゃないか、毟ってなんぼ! でも、その前に入試があるから」
「「「は?」」」
「シャングリラ学園の入試だってば、試験問題をハーレイから毟って来ないとね!」
「「「あー…」」」
アレか、と思い出しました。教頭先生にベッドの上で耳掃除のサービス、それをする代わりに試験問題のコピーを横流しして貰うヤツ。そんな面倒なことをしなくても、試験問題は瞬間移動で盗み放題なのが会長さんなのに。
「ぼくの娯楽の一つだしねえ、まずはアレから!」
それが済んだら、ブルーに支払ったお預かりサービスの代金を何回かに分けて毟ることにする、と会長さんは鬼でした。教頭先生をソルジャーの世界に捨てているくせに、捨てるために払った代金を捨てられた人から毟ろうだなんて…。
「いいんだってば、ハーレイの生き甲斐は貢ぐことだから!」
このぼくに、と自信たっぷりな会長さんだったのですけれど…。
「…違約金?」
そんなのは聞いていないんだけど、と青ざめている会長さん。その向かい側では、ソルジャーが。
「言わなかったかな、長期コースは割引率が大きくなる分、ぼくだって損をするわけで…」
だから途中で解約するなら、倍の値段を支払って貰わないと、と言うソルジャー。
「ぼくはきちんと仕事をしたのに、君の都合で解約なんだよ? しかも一ヶ月も経たないのに!」
支払わないなら、お預かりサービスを継続するから、とキッチリと釘が刺されました。
「君にどういうリスクがあろうと、ぼくは仕事をするだけだってね!」
「ちょ、ちょっと…! これを一年も続けられたら…!」
ハーレイがもっとエライことに、と会長さんはアタフタと。
「君も覗き見してたんだろう? 試験問題を貰いに行ったぼくが、どうなったかは!」
「見てたけど? 耳掃除の後は熱い抱擁、いつものハーレイと同じだけどねえ?」
毎年、毎年、それでおしまい、と言うソルジャーですけど。
「今年は違っていたんだってば、ぼくはお尻を撫でられたんだよ! サワサワと!」
「…いいじゃないか、別に減るものじゃないし」
「ううん、ぼくは身の危険を感じたわけで! このままハーレイを放っておいたら大惨事だと!」
覗きで耐性がついて来たのに違いない、と会長さんは震え上がったのでした。教頭先生に限ってそれは無さそうだと誰もが思っているわけですけど、会長さんはとうに冷静さを失っていて…。
「だから、解約! お預かりサービスは今日限りで!」
もうハーレイを預からないでくれ、と大パニックな会長さんには、後ろめたさでもあったのでしょうか。教頭先生を別の世界へ放り出してしまった例のサービス。暑苦しいとは言っていたものの、三百年以上も片想いされているわけですし…。
「それだけは無い! 後ろめたいなんて思ってないけど!」
でも、本当に怖かったんだ、と会長さんは解約をするつもりでいて、ソルジャーの方は。
「じゃあ、違約金。…払わない間は、ぼくは仕事を続けるだけ!」
「暴利だってば、せめて半額に負けてくれるとか!」
「どうせハーレイから毟る気なんだろ、もっと貰ってもいいくらいだよ、違約金!」
「そのハーレイから毟れないんだよ、今の状態だとリスクが高くて…!」
毟りに行ったら押し倒されそう、と会長さんは怯えまくりで、違約金の値引きに必死です。身から出た錆だと思いますけど、自分が蒔いた種なんですから…。
「…キース先輩、こういう場合は会長が払うしかないんですよね?」
違約金を、とシロエ君が訊いて、キース君が。
「契約書があったら、文句の言いようもあるんだろうが…。口約束だからな…」
「でも、口約束には法律上の効果は無かったように思うわよ?」
払わなくても良さそうだけど、とスウェナちゃんが言っていますけど。
「甘いな、あいつに法律なんぞが通用すると思うのか? 別の世界から来てやがるんだぞ」
裁判所に訴えることも出来ないんだが、とキース君がサラッと告げた現実。
「それじゃ、ブルーは払うしかないわけ?」
あのとんでもない値段の倍も、とジョミー君が呆然、サム君も。
「…払えなかったら、例のサービスがこれからも続くっていうのかよ?」
「そうなるな。…ブルーが諦めて払う気にならない限りはな」
だが、支払った金を教頭先生から毟るコースは無理そうだし…、と合掌しているキース君。教頭先生が覗きの日々で鍛えられたと思い込んでいる会長さんには、毟りに行くことが出来ませんから、物凄い額の違約金を払うか、一年コースを継続するか。
「…タダほど高いものはねえ、って言うけどよ…」
高く出してもああなるのかよ、とサム君が呻いて、シロエ君が。
「相手が悪すぎたんですよ。美味い話には罠がある、とも言いますからね…」
「「「うわー…」」」
会長さんとソルジャーは、まだギャーギャーと騒いでいます。けれど勝てない相手がソルジャー、会長さんは凄い金額を違約金として支払う羽目になるのでしょう。払ったお金を教頭先生から毟り取れる日は遠そうです。教頭先生をカモにし続けた罰が、とうとう当たっちゃったかな…?
預けて爽やか・了
※いつもシャングリラ学園を御贔屓下さってありがとうございます。
教頭先生をソルジャーの世界で預かって貰って、大満足な日々を過ごしていた生徒会長。
ところが身の危険を感じたわけで、解約しようと思ったら…。美味い話には気を付けないと。
次回は 「第3月曜」 10月17日の更新となります、よろしくです~!
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こちらでの場外編、9月のイベントと言えばお彼岸。今年は23日がお中日で…。
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