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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ナキネズミ

(ふうん…)
 学校から帰って、おやつの時間。広げた新聞に大きく載ってるオモチャの広告。ぼくより小さな子供向けだから、ぬいぐるみも沢山あるんだけれど。一番人気はナキネズミだって。
 青い毛皮のナキネズミ。本物そっくり、可愛く出来てるぬいぐるみ。
(喋るんだ…)
 思念波じゃなくて、普通の音声。「こんにちは」とか、買った子供に付けて貰った名前とかを。本当の会話は出来なくっても、ナキネズミを飼っているような気分になれるだろう。
 そういう仕組みのぬいぐるみ。可愛がってね、って書かれた広告。幼稚園くらいの年の男の子が肩に乗っけた写真もセット。なんとジョミーの格好で。幼稚園児のソルジャー・シン。
(広告に載るだけあって似てるよ)
 まさかジョミーの生まれ変わりじゃないだろうけど、よく似てる。金髪に緑の瞳の子供。明るい笑顔もジョミーみたいで、子供用サイズのソルジャーの衣装も肩のナキネズミも似合ってる。そのナキネズミはぬいぐるみだけど、生きたナキネズミじゃないんだけれど。



(やっぱりジョミーのイメージなんだ…)
 ぬいぐるみと一緒にチビっ子のジョミーなモデルを載せてあるくらい、ナキネズミのイメージはジョミーと繋がる。ナキネズミと言えばソルジャー・シンだと、ジョミーなのだと。
(レインだものね…)
 ジョミーの肩に乗ってたレインは、人類の世界に出てった最初のナキネズミだから。前のぼくが指示して地上に降ろして、アタラクシアの動物園に送り込んだから。
 情報操作をしてレインを送り込むまでは、人類の世界にナキネズミなんかはいなかった。
(宇宙の珍獣って言われてたっけね)
 動物園でも人気を集めたレインだったけど、今でも一番有名なナキネズミはあのレイン。
 ジョミーとトォニィ、二代のソルジャーがペットにしていた。ジョミーが地球で死んだ後にも、トォニィに可愛がられて長生きしたって伝えられてる。



(…でも、ナキネズミはもういないんだよ…)
 ナキネズミは絶滅してしまった。今のぼくが生まれて来るよりも前に、ずっと昔に。繁殖能力が衰えていって、宇宙から静かに姿を消した。
 地球が蘇るのと引き換えみたいに滅びてしまったナキネズミ。
 最後の一匹だったオスが死んじゃって、それっきり二度と生きたナキネズミは見られなかった。
 だけど今でも人気が高いナキネズミ。
 本物を見た人はもういないのに。データだけしか残ってないのに。
(見た目が可愛らしいしね?)
 それにジョミーとトォニィのペット。英雄だったジョミーと、その後継者のトォニィのペット。人気を呼ぶには充分な要素で、おまけに唯一、思念波が使えた動物だった。
(人間と自由に喋れる動物なんて、今でも存在しないんだし…)
 サイオンを使っても、機嫌の良し悪しが分かる程度で、会話なんかは全く不可能。それが現状。
 だから人間と話が出来たっていうナキネズミは人気者なんだ。
 前のぼくたちが創り出した動物だけれど、ジョミーに渡そうと人類の世界に降ろしたけれど。
 でも、元々は…。



(ジョミーに渡すつもりじゃなかった…)
 部屋に戻ってから、またナキネズミのことを思い出す。勉強机の前に座って。
 ジョミーのためにとナキネズミが存在したってわけじゃなかった。
 そうしようと思って創り出した動物なんかじゃなかった。人類の世界に降ろす予定も無かった。
 ナキネズミは元々、ミュウのためにと創った生き物。
 思念波を使ったコミュニケーションが苦手なタイプの、ミュウの能力を補助するために。
(…もしかして、それって今のぼく?)
 サイオンの扱いがとことん不器用なぼく。タイプ・ブルーのくせに、ぶきっちょなぼく。
 思念波が基本じゃない世界だから、何も困っていないけど。会話は言葉で、っていう世界だから助かってるけど、もしも思念波での会話が必須だったら、たちまち困ってしまうぼく。
 意思の疎通が出来やしないし、身振り手振りで話すしかない。
(そんなことになったら、ナキネズミがいないと喋れないよ…)
 前のぼくは思念波を自由自在に扱えたけれど、一度だけレインにお世話になった。ナスカ上空でキースがフィシスを人質に取って逃げて行った時。トォニィが仮死状態になっていた時。
 ぼくは長い眠りから覚めたばかりで、キースと対峙するのが精一杯で。
(キースが投げたトォニィを受け止めちゃったら、もう体力が残ってなかった…)
 トォニィを抱えて倒れてたぼくに駆け寄って来たレイン。「ブルー、大丈夫?」って。
 あの時の有難さは今でもハッキリ覚えてる。
 思念波さえ送れない状態だったぼくを、レインがサポートしてくれたから。ぼくの思念波を遠いブリッジまで送り届けてくれたから。
(…あの時は考えてる余裕も無かったけれど…)
 今なら分かる。ナキネズミの凄さと、その有難さ。
 ナキネズミを貰ったミュウの子供たちが、どれほど嬉しかったのかが。



 前のぼくたちがアルテメシアを隠れ場所に選んで、ミュウの子たちを保護するようになって。
 ユニバーサルに目を付けられたり、追われたりした子をシャングリラに連れて来たんだけれど。
 言葉での会話は問題無いのに、上手く喋れない子供たちがいた。
 思念を上手に紡げない子たち。ミュウの特徴で便利な思念波を扱い切れない子供たち。思念波が使えれば一瞬の内に伝達可能な様々なことを、そう簡単には伝えられない子供たち。
 もちろん言葉で会話することが基本だったから、それでもかまわないんだけれど。
 上手く伝わらないばかりに喧嘩になったり泣き出しちゃったり、そういうことがよくあった。



 ある日、ブラウが言い出したこと。
「別に困りはしないんだけどねえ、あたしたちは。言葉があれば充分なんだし」
 時間をかけて気長に付き合ってやれば、言いたいこともちゃんと分かるんだからね。
 だけど、あの子たちが可哀相じゃないか。
 相手が大人なら辛抱強く話を聞いてくれても、子供同士じゃそうなる前に我慢の限界だよ?
 思念波さえ使えりゃ、そういった喧嘩も無くなるのにさ。
「うむ。せっかくミュウに生まれたのにのう…」
 大いに損をしておるな、とゼルが頷いて、エラも気にしていたみたいで。
「導き手があれば上手く伝達出来るのですが…。私も何度かそういう場面に出会いましたし」
 手伝って思念を伝えてやって。それで喧嘩が直ぐに終わるとか、泣き止むだとか…。
「しかし、四六時中、誰かが付くというわけにもいかないものだし…」
 それは無理だ、と髭を引っ張って考え込んだヒルマン。
 長老たちが集まる会議の席で交わされた話。
 思念で上手く話せない子供たちを補助する中継係がいればいいのに、と。



「思念波の増幅装置はどうだろうか?」
 ハーレイの提案に、たちまちブラウが噛み付いた。
「あんた、機械をつけられたいのかい? どんな形にせよ、自分の身体に機械ってヤツを?」
 そいつは賛成できないね。あたしだったら御免蒙るよ。補聴器くらいだったらともかく。
「子供たちには心の傷でもあるだろうしね、機械というものは」
 機械に追われて来たのだから、とヒルマンも言った。
 ユニバーサルに発見されて怖い思いをした子供たちには、いくら便利でも機械は駄目だと。
「人間がついてやるのが一番なんじゃが…」
 わしが機関長でなければ、纏めて面倒を見てやるんじゃがのう…。
「私もついていてやりたいのですが、常についてはいられないのが実情ですし…」
 けれど増幅装置には賛成出来ません、とエラもハーレイの案を否定した。
 子供たちには機械ではなく、もっと温かみのあるものを。
 思念波を増幅できる仕組みで、親しみやすいものを与えたいのだ、と。



 人間が常につくのではなく、増幅装置をつけるわけでもなく。
 ならば何だ、ということになって、エラの口から控えめに零れ出た言葉。
「…ペットが使えればいいのですが…」
「ペットじゃと?」
 それはいわゆる犬とか猫とか、そういった類の動物かのう?
「ええ、ペットです。人に寄り添い、人の心を癒す生き物。そういうペットを使えれば、と」
「シャングリラにおらんぞ、そんなものは」
 犬も猫も乗っておらんわい。第一、動物に思念波なんぞは無いじゃろうが。
「…ですから、そんな能力を持ったペットを作れませんか?」
 どうでしょう、ヒルマン。可能性は全く無いのでしょうか?
「ふうむ…。生き物を一から作るのか…」
「それは無理というものじゃろう。皆目見当もつかんわい」
「手を加えたらどうなんだい?」
 元からいる動物をちょいと弄れば出来ないのかい、と前向きだったブラウ。
「わしらが動物実験をか?」
 アルタミラで散々、えらい目に遭ったわしらが動物相手に似たようなことをするのはのう…。
「あたしもそうは思うんだけどさ、人間様の方が優先だよ」
 こっちも生きるか死ぬかって身だし、神様も許して下さるさ。どうだい、ヒルマン?
「…そうかもしれんな…」
 我々の特徴はサイオンだ。
 思念波を上手く操れるかどうかは、種の存続に関わるものかもしれないし…。
 綺麗ごとを言うより、やるべきなのかもしれないな。そういう動物を創り出すことを。



 おおよその意見が纏まった所で、ハーレイがぼくに訊いて来た。
「ソルジャーはどう思われますか?」
 思念波の中継が可能な生き物を作る。それをペットとして子供たちに与えるという件について。
 開発の過程で死んでしまう動物も必然的に出て来るだろうと思われますが…。
「必要ならば、それも仕方のないことだろう。ぼくたちが受けた人体実験とは目的が違う」
 殺すためではなくて、生かすための力を生み出す過程での死であれば。
 ただし、回避出来るに越したことはないし、細心の注意を払って扱ってやって欲しいけど…。
 やってみよう、と決断した、ぼく。
 思念波の中継が出来る動物の開発を進めてみよう、と。
 ミュウの子供はミュウらしく。
 思念波を使うための手助けをしてくれるペットがつくなら心強い、と。



 そうして始まったペットにするための動物の選定。
 何をベースに開発するかを会議の時に聞かされたぼくは驚いた。
「ネズミだって?」
 それがベースになるのかい?
 ペットにするなら犬か猫だと思っていたのに、どうしてネズミを選んだんだい?
「ネズミは船が沈む時には逃げると言われているらしくてね」
 ヒルマンがネズミを選んだ理由を話した。
 遠い昔に人が地球の海を船で航海していた時代。ネズミは沈没しそうな船から逃げてしまうと、沈む船にはネズミがいないと船乗りたちが語り伝えていたらしい。
 実際、そうしたケースも多くて、ネズミは船の沈没を予知できるのだと信じられていた、と。
「なるほど…。ネズミには予知能力があるかもしれない、と…」
「そうさ、サイオンが期待出来そうじゃないか」
 言い伝えになるほどなんだから、とブラウがパチンと片目を瞑った。
「だけど外見ってヤツがちょいとね。ネズミじゃ誰が見たって可愛いってわけにも…」
「そこでリスなんじゃ、同じネズミの仲間じゃからな」
 見た目は全く別物なんじゃが、まるで縁が無いわけでもないからのう…。
 ネズミにリスの要素を付け加えるんじゃ、とゼルが言うから。
「掛け合わせるのかい、リスとネズミを?」
「遺伝子レベルで触ることになるね」
 そのままでは交配出来ないから、とヒルマンが説明してくれた。
 ネズミとリスとの遺伝子を弄って、交配可能な状態にして。それを掛け合わせてベースの動物を創り上げると、その過程で思念波を使えそうな個体が出来たら能力を伸ばす方へと進むと。



 新しい動物を創り出すなんて、ぼくは門外漢だから。
 どうやってそれを実現するのか、細かいことはヒルマンたちに任せておいたんだけれど。
 人間さえも人工子宮で育てていた時代はダテじゃなかった。
 データベースにあった膨大な情報を元に、出来上がってしまったナキネズミたち。
 そういう名前じゃなかったけれど。名前はついていなかったけれど、後のナキネズミ。
 耳が大きくて、ふさふさの尻尾のシャングリラ生まれの新しい生き物。
 アルテメシアから潜入班が調達して来た、ネズミやリスをベースに創り上げられたナキネズミ。



 ある日、ハーレイが青の間へ定時報告にやって来て。
「ソルジャー。例の動物ですが、ほぼ出来ました。後は血統を選ぶだけだと」
 並行して何匹も育てましたので、見た目は実に様々です。基本の姿は同じですが。
「ふうん…?」
「ヒルマンたちが明日、見に来て頂きたいと言っております」
 今はまだ実験室で育てておりますが…。
 どの血統を選ぶかが決まれば、それ以外の個体は希望者に配るということです。



 ハーレイの案内で、次の日に出掛けた実験室。其処は立派な飼育用の部屋になっていた。
 広いケージに一匹ずつ入った、色々な色や模様の毛皮を纏ったリスみたいな動物。
 リスよりは大きくて小さめの猫と言うべきだろうか、そういう生き物。
 ヒルマンに全部同じだと説明された。毛皮の色や模様が違っているだけで、どれも同じだと。
 この中から一つの血統を選んで、それを育てると。
 集まっていた長老たち。ブラウがぼくに視線を向けて。
「これはソルジャーが選ぶべきだよ、どれにするのか」
「いいのかい?」
 ぼくの独断なんかで決めてもかまわないのかい、苦労して開発した生き物なのに。
「ソルジャーがお決めになるべきです。ミュウの未来を担う生き物になるのですから」
 選んで下さい、とエラに背中を押された。ソルジャーのぼくが選ぶべきだ、と。
「じゃあ…」
 どれにしようかと見回したケージ。その中に見付けた、青い色の毛皮。
(青い鳥…!)
 飼いたいと願って「役に立たない」と却下されてしまった青い鳥。飼えなかった幸せの青い鳥。幸せを運ぶ青い鳥と同じ青い色をしたその艶やかな毛皮に惹かれた。
 それに、いつか行きたい青い水の星。地球もまた青い星だから。
「この子にしよう」
 青い毛皮の、この子を育てていくことにしよう。
 対になる子は…。ああ、向こうのケージにいる子かな?
 同じ青だね、青い毛皮の子を育てたい。地球と同じ青を纏った子をね…。



 ぼくが選んだ、青い毛皮のナキネズミ。
 他のナキネズミは希望者に配られ、ペットになった。
 まだ思念波は弱かったから、子供たちの補助には使えない。だからペットが欲しいと名乗り出た大人の希望者たちに。いろんな色や模様のナキネズミたちは、其処で一代限りで終わった。寿命もまだまだ短かったし、そんなに長くはいなかった。
 青い毛皮のナキネズミの方は繁殖用に回され、最初のつがいが産んだ子供たちは遺伝子レベルで操作をされて、それから交配。近親交配で血が濃くなってしまわないように。
 そうやって何度も交配されて思念波もどんどん強くなっていって、ついに完成したんだけれど。
 青い毛皮の、思念波で人間と会話が出来たり、中継出来たりするナキネズミが完成したけど。



(…ナキネズミって名前、何処でついたっけ?)
 ヒルマンたちは何と呼んでいたのか、それも忘れてしまった、ぼく。
 だけど最初から
ナキネズミだった筈が無い。ネズミとリスとを掛け合わせて出来たわけだから。実験段階からナキネズミなんて呼ばないだろうし、そもそも最初はネズミとリス。
(どの辺からナキネズミになったのかな…?)
 ぼくは実験室には行かなかったから、ヒルマンたちが名付けていたんだろうか?
 どれにしますか、と訊かれた時にはナキネズミって名前だっただろうか…?
(…どうだったんだろう…)
 思い出せない、と考えていたら、ハーレイが仕事帰りに寄ってくれたから。
 ぼくは早速、訊くことにした。ナキネズミは誰が名付けたのかを。



「…ナキネズミだと?」
 ぼくの部屋で二人、テーブルを挟んで向かい合わせ。ハーレイは怪訝そうな顔をした。
「ナキネズミがどうかしたのか、今日は?」
「えっと…。ぬいぐるみの広告に載っていたから、色々と思い出したんだけど…」
 あの名前、誰が付けたっけ?
 レインじゃなくって、ナキネズミ。ナキネズミっていう名前は誰が付けたか覚えてる?
「お前なあ…。忘れちまったのか、あれは投票で決まったろうが」
「そうだった?」
 投票なんかで決めたっけ?
「シャングリラじゃ基本は投票だぞ」
 船の名前も、前のお前のソルジャーっていう呼び名にしても。
 ナキネズミだって投票だ。記念すべき新しい生き物なんだぞ、誰かが勝手に決めてどうする。
「そうだったっけ…」
 思い出して来たよ、その投票。
 飼育室に投票箱が置いてあったね、投票用紙は一人に一枚ずつ配られて。



 お披露目されたナキネズミ。完成品の青い毛皮のナキネズミ。
 船のみんなが飼育室まで足を運んで、じっくり考えて投票をした。もちろん、ぼくも。
 だけど自分がなんて書いたか思い出せない。
 もしかしたら白紙を入れていたかもしれない。船のみんなに任せよう、って。
 あの時点ではまだ名前が無かったナキネズミたち。青い毛皮のナキネズミたち。
 ペットになって可愛がられてた、違う毛皮のナキネズミたちはとうに名前があったんだけど…。飼い主が好きに名付けた名前で呼ばれて、船の中を走っていたんだけれど。
 お披露目されたナキネズミたちは先入観が入らないよう、「ネズミ」という名で呼ばれてた。
 シャングリラで創り出された新しいネズミだと、外にはいない生き物なのだと。
 飼育係が「ネズミ」と呼ぶから、みんなネズミだと考える。ネズミなんだと思い込む。
 それでキューキュー鳴いていたから、付いた名前がナキネズミだった。
 圧倒的多数でナキネズミ。
 ケージには思念波シールドが施されていたから、キューキューとしか聞こえなかったんだ。
 もしも思念波を交わせていたなら、もっと別の名前が付いていたかも…。
 それとも思念波で語り合う内容は人それぞれだから、てんでばらばらで纏まらなかった?
 自分にはこう思えるんです、って船のみんなが自己主張。
 それこそペットに名付けるみたいに、人間並みの名前ばかりが出揃ってたかも…。



(思念波シールドとネズミって呼び名のお蔭なんだね、ナキネズミの名前…)
 もめずに決まって良かったけれども、ネズミって名前。
 何処から見てもネズミの姿じゃないのに、飼育係が呼んでいた「ネズミ」。それも謎だ、と気になって来たからハーレイに疑問をぶつけてみた。
「ナキネズミの名前が決まる前だけど…。あれって、どうしてネズミだっけ?」
 なんでネズミって呼ばれてたのかな、飼育係に。ヒルマンたちもそう呼んでいた?
「うむ。実験に関わっていたヤツらはもれなくネズミだったな、あれの呼び方」
 俺も途中から不思議に思って、一度訊いてみたことがあるんだ。
 どう見てもリスのように見えるが、どうしてネズミと呼ぶんだ、ってな。
「それで教えて貰えたの?」
「ああ。実験動物の基本はネズミだ、と大真面目な顔で返されたぞ」
 リスを使った実験は無いが、ネズミの方ならごくごく普通にあるものだから、と。
 それでネズミと呼び始めたから、外見がすっかり別物になってもネズミなんだと言われたな。
「じゃあ、実験動物の基本がネズミじゃなくってリスの方だったら…」
「当然、リスと呼んでただろうな」
「そしたら、投票…。ナキネズミって名前にならなかった?」
「俺が思うに、ナキリスってトコか」
 キューキュー鳴くのは同じなんだし、リスかネズミかの違いだけだ。ナキリスだな。
「ナキリスって…。なんだか語呂が悪くない?」
「そいつに慣れれば、どうとでもなっていたんじゃないか?」
 俺たちはナキネズミだと思っているから語呂が悪いと感じるだけで。
 最初からナキリスって名前だったら、それに馴染んで呼んでいただろうと思うがな…?



 そうやって出来た、ナキネズミ。
 ナキリスって名前にならずに済んだナキネズミたち。
 今のぼくみたいにサイオンが不器用な子供が来たなら、サポートについた。
 「好きな名前を付ければいい」と渡されたけれど、けっこう寿命が長いから。ベテランになると「自分の名前はこれなんだ」って主張するのもいたりした。この名前で呼べと、他のは嫌だと。
 それを思うと、ジョミーに渡したナキネズミ。「お前」なんて名前で納得したのが可笑しすぎ。若い子を選んで送り出したから当然名前は無かったけれども、「お前」だなんて。
 ナスカで「レイン」って名前が付くまで、トォニィよりも後に名付けられるまで「お前」という名前で過ごしてたなんて、のんびりと言うか大物と言うか…。
 ともあれ、ナキネズミの仕事は不器用な子供のサポート係。思念波を中継する係。
 自分がサポートすることに決まった子供が、思念波の扱いが上手になるまで。
 上手になったらお役御免で、家畜飼育部でのびのびと暮らす。
 次の仕事がやって来るまで、ナキネズミ専用の快適な小屋を拠点にして。



「ねえ、ハーレイ。ナキネズミ、普段は普通の動物だったよね…?」
 思念波でプカルの実を強請ったりはしていたけれども、人間よりも動物に近かったよね?
「文字通りネズミみたいなヤツらだったな、牛の背中を駆け回っていたり」
 でかい動物が好きだったんだろうな、牛とは仲が良かったぞ。
「自分の小屋に帰る代わりに、牛小屋の中で寝てたりね…」
「それで踏まれたりもしないんだからな、友好関係を築いていたってわけだ」
 牛には思念波は通じないんだし、そこは動物同士だろう。
 思念波で人間と自由に話せるにしても、やはり動物には違いない。家畜飼育部の方がヤツらには向いていたかもしれんな、気を遣わなくていいってな。
「あははっ、そうかもしれないね」
 人間と一緒だったら、好きな時間に好きな所へは行けないし…。
 レインみたいなのが例外なんだね、トォニィの代までソルジャーのペットだったんだから。



 シャングリラの中で創り出して育てたナキネズミだけれど。
 外へ出すつもりは全く無くって、シャングリラに来た不器用な子たちのサポートをして貰おうと育てていたんだけれど。
 ジョミーのサイオンが潜在していて表に出ないから、引き出すためにと地上に降ろした。情報を操作し、新種の動物、宇宙の珍獣という謳い文句で。
 ジョミーをシャングリラに迎えた後は、お決まりのコースの筈だったのに。ジョミーが思念波を操れるようになったら、お役御免で家畜飼育部の小屋に帰ってゆく筈だったのに。
 そのままジョミーのペットになってしまって、トォニィに継がれて、うんと有名なナキネズミになってしまったレイン。
 今でもジョミーの格好をした子の肩に乗っけたぬいぐるみの広告が刷られるほどに。
 喋るぬいぐるみが一番人気になるほどに。
 あそこまでナキネズミを有名にするつもりは全く無かったんだけど…。
 シャングリラの中だけで終わる生き物の筈だったんだけど…。



 ナキネズミという生き物を作ろうと思った時には夢にも思わなかった展開。
 死の星だった地球が蘇るほどの時が流れても、未だに人気のナキネズミ。
「ナキネズミって、今でもぬいぐるみの定番だよね」
 やっぱり可愛く作ったからかな、ネズミだけじゃ駄目だって、リスまで入れて。
 あの時にネズミだけにしてたら、此処まで人気にならなかったかな?
 いくらジョミーが肩に乗せてても、ジョミーとトォニィのペットになっても。
「うむ。やはり見た目は大切だろう。ナキネズミは元々、ペットなんだしな」
 ついでに、レインよりももっと有名なナキネズミってヤツもいるんだが…。宇宙遺産の。
「あれはウサギだと思われてるでしょ!」
 前のハーレイの下手くそな木彫り。宇宙遺産はナキネズミじゃなくってウサギなんだからね!
 ハーレイが訂正しない限りはウサギで、一番有名なナキネズミはレインなんだってば!



 誰も知らない、宇宙遺産のナキネズミ。
 キャプテン・ハーレイが彫った木彫りのウサギだと信じられているナキネズミ。
 博物館の収蔵庫の奥に仕舞われ、百年に一度しか本物を見られるチャンスは無いんだ。
 百年に一度の特別公開、行列が博物館を取り巻くと噂の宇宙遺産の木彫りのウサギ。
 だけどホントは、レインよりももっと有名になったナキネズミ。
 ウサギってことになっているけど、あれが宇宙で一番有名。
 今の所はぼくとハーレイ、二人だけが知ってる、宇宙で一番、有名になったナキネズミ。
 五十年後の特別公開の時は、ハーレイと一緒に見に行くんだよ。
 手を繋いで二人、展示ケースの直ぐ前に立って。
 そうして二人で喧嘩するんだ、「ウサギだ」「いやいや、ナキネズミだ」って、傍から見てたら馬鹿みたいなことで。
 もちろんホントの喧嘩じゃなくって、そういうお遊び。
 「ウサギだ」「いやいや、ナキネズミだ」って…。




          ナキネズミ・了

※思念波が上手く使えないミュウの子供のために、と開発されたのがナキネズミ。
 前のブルーの好みで「青い毛皮」になり、名前は投票で決まったのです。今の時代も人気者。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv









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