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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

ハイボール

(よし、と…)
 やるとするか、とハーレイが覗き込んだメモ。夕食後のひと時、ダイニングで。ブルーの家には寄れなかった日、試してみるなら今日が吉日、と。
 氷ギッシリがコツ、ウイスキーを一にソーダが四。そっと一回し、たったそれだけ。
 新聞に載っていたハイボールの作り方、それをメモしてあったもの。「美味そうだな」とピンと来たから、目にした時に書き抜いた。失くさないよう、酒類を入れてある棚に仕舞って。
 作りたい気分になった時が飲み時、ウイスキーと一緒に出して来たメモ。まずは氷、とグラスにギッシリ、もう文字通りに縁まで幾つも。
(こう、ギッシリと…)
 かき氷やフラッペを作ろうというわけではないから、ウイスキー用のスペースは空けておかねばならないけれど。すっかり氷で埋めてしまっては駄目なのだけれど。
 冷凍庫で作った大小の氷、それを工夫して詰めてゆく。氷でギッシリ埋まるようにと、グラスの縁まで届く高さに、と。
 ギュウギュウ詰めにはしなかったけれど、丁度いい感じに詰まった氷。グラスが冷えてゆくのが分かる。氷の冷たさで白く曇って、その内に露もつくことだろう。
(その前に、だ…)
 ウイスキーを一、と計っておいた秘蔵のウイスキー。それを注いで、お次はソーダ。
(こいつもコツの内なんだろうな)
 今までの自分のやり方だったら、ウイスキーを入れた所で混ぜていた。氷と一緒にしっかりと。当然、氷は溶けて減るから、減った分だけ足していた氷。またギッシリと。
 その後に入れていたソーダ。そこで一回混ぜて出来上がり、そういうものだと思っていた。酒を好むようになった頃から、家でも飲むようになってから。



 ところが出会った、このレシピ。ウイスキーを入れても混ぜてはならない、ソーダを入れてから一度混ぜるだけ。自分が知っている方法とは違った、まるで別物のハイボールのレシピ。
 提案していたのがバーテンダーだの、通を気取った輩だのなら、気にしないけれど。「こいつはこういうやり方なんだな」と考えるだけで、メモに残そうとも思わないけれど。
(…なにしろウイスキー作りのだな…)
 プロが紹介していたのだった、それも有名なウイスキー会社の。自分も愛飲している銘柄を作る会社が載っていた記事、其処に書かれていたレシピ。
 試すだけの価値は充分にある、と酒好きの血が反応した。きっと美味いに違いないと。
(ソーダを入れて、と…)
 これも分量通りに計っておいたソーダ、入れたらマドラーでそっと一回し。今までに作って来たハイボールとは違うやり方、たった一回混ぜるだけ。
(出来上がり、ってな!)
 表面に露が浮かんだグラスに、弾ける気泡。水割りではなくてソーダだから。ウイスキーの色も美味しそうだし、なかなかに期待出来そうではある。
 飲むなら書斎だ、と足取りも軽く運んで行った。本に囲まれた部屋は落ち着くし、ハイボールの味も引き立ちそうだから。一人暮らしで言うのもおかしいけれども、隠れ家といった趣きだから。



 ゆったりと寛げる気に入りの空間、それが書斎で、机も椅子も好きだけれども。腰を落ち着けてハイボールを飲もうとしたのだけれども、その机の上。
(…すまん)
 お前は飲めなかったんだっけな、と小さなブルーに謝った。優しい飴色のフォトフレームの中、小さなブルーと写した写真。夏休みの一番最後の日に。
 ブルーの家の庭で一番大きな木の下、小さなブルーがギュッと自分の左腕に抱き付いて、笑顔。それは嬉しそうに輝いている顔、幸せ一杯のブルーの笑顔。
 そういう笑みを向けてくれているブルーには飲めないハイボール。わざわざレシピをメモして、作って、さて味わおうと持って来たのに、ブルーは飲めない。
 写真のブルーが飲めるわけがない、という意味ではなくて。
(本物のあいつが此処にいたって、飲めないんだ…)
 まだ十四歳にしかならないブルーは未成年。今の時代は酒を飲むなら二十歳から、そういう風に決められている。前の自分が生きた頃には、十四歳なら…。
(よくは知らんが、飲んでは駄目だとは言われなかっただろうな)
 なんと言っても、十四歳の誕生日が成人検査の日だった時代。成人検査と銘打つからには、その日を境に大人の仲間入りだったろう。前の自分は検査をパスしなかったけれども。
(…落っこちちまって、後はミュウへとまっしぐらでだ…)
 実験動物として檻に放り込まれた、餌と水しか無い生活へと。実験動物に酒は振舞われないし、酒の美味さを知ったのはアルタミラを脱出した後だから。
(とうに二十歳にはなってた筈だな)
 だから知らない、前の自分が生きた時代の酒事情。シャングリラは人類の世界のルールなどとは無縁だった船だし、ヒルマンの方針で子供たちの飲酒は禁止でもあった。身体に悪い、と。
(今から思えば、先見の明…)
 あれから遥かな時が流れた今、未成年には酒は駄目だと二十歳までは禁止なのだから。ブルーのような十四歳の子供が酒と知らずに飲もうとしたなら、周りが慌てて止めるのだから。



 そういった理由で、ハイボールは飲めない小さなブルー。
 自分が美味しそうに飲み始めたなら、「いいな…」と零すことだろう。美味しそうだよ、と。
 だから写真といえども詫びたのだけれど、そのブルー。前と同じに大きく育って、二十歳になる日を迎えたとしても…。
(やっぱり飲めない気がするなあ…)
 ハイボールも、他の色々な酒も。
 育った所で、ブルーはブルーなのだから。前のブルーは酒に弱くて、全く飲めなかったから。
 生まれ変わった身体だとはいえ、劇的に変わりはしないだろう。二日酔いに苦しんでいたようなブルーが酒豪になるなど、まず有り得ない。きっと同じに弱い筈の酒。
(あいつ、今度は頑張るんだと言ってはいるが…)
 どうなんだか、と浮かべた苦笑い。
 ブルーの家に行くと、たまに「一杯どうです?」とブルーの父が出してくれる酒。いける口だと知られているから、美味しい酒が手に入ったら勧めてくれるブルーの父。
 そんな時には酌み交わす酒、ブルーの父は今や飲み友達の一人で、楽しい時間になるけれど。
 チーズやナッツや、ブルーの母が作ってくれるつまみをお供に過ごすけれども、小さなブルーは必然的に仲間外れで、酒を飲ませては貰えない。会話に混ざることは出来ても、違う飲み物。
 話題が酒へと行ってしまえば、置き去りにされる小さなブルー。大抵そうなる、ブルーの父との酒宴の流れ。
 たとえシャングリラの酒について自分が語ったとしても、ブルーはついては来られないから。
 合成の酒と本物の酒との味の違いも分かっていないし、酒は一括りに「不味かった」だけ。前のブルーにとってはそれだけ、それでは話が弾まない。「不味かったよ」だけで終わるのでは。
 「ハーレイをパパに盗られちゃった」とブルーは何度も膨れて、今度は酒を飲めるように努力をするつもり。父に自分を盗られないよう、二人で酒を楽しめるよう。



(はてさて、どうなることやらなあ…)
 いずれブルーが挑戦する酒、自分を鍛えるつもりの酒。前のブルーだった頃の苦手を克服したい気持ちは、分からないでもないけれど…。
「どう思う、お前?」
 今度のお前が挑むそうだが、と引き出しから出したソルジャー・ブルーの写真集。前のブルーの一番有名な写真が表紙に刷られた『追憶』、真正面を向いたブルーに訊いてみる。
「酒だぞ、酒。俺の飲み友達の座を父親に持って行かれたくない、というのは分かるがなあ…」
 だからと言ってだ、酒が飲めるようになるかと言ったら、そいつは話が別ってもので…。
 お前とそっくり同じだったら、どう頑張っても酒は無理だぞ、現にお前がそうだったんだし…。
 何度も飲んでは文句を言ったろ、胸やけしただの、頭痛だのと。
 …やっぱりお前も、今度も駄目だと思うよなあ?
 あいつがどんなに努力したって、酒を美味しく飲めるようにはならないってな。
 だが、このハイボールはけっこういけるぞ、メモしておいた甲斐があったというもんだ。
 俺のやり方で作ったヤツより遥かに美味い。プロが勧めるだけのことはある。
 ん?
 ハイボールっていうのは何だ、ってか?
 そいつはだな…。



 ウイスキーの飲み方の一つでソーダ割りだ、と掲げたグラス。ソーダの泡が見えるだろう、と。
「ハイボールって名前がまた面白い。…ボールなんぞは何処にも無いだろ?」
 ボウルの中でかき混ぜて作っていたわけじゃないし、そもそも料理用のボウルじゃない。
 諸説あるがだ、ボールは玉の方のボールだ、ゴルフボールとかな。
 ゴルフってヤツは、前の俺たちはやっていないが、だ…。
 ずっと昔は紳士のスポーツの一つでだな…、と前のブルーの写真に向かって話していて。
(待てよ…?)
 前に誰かから聞かされた薀蓄。ハイボールの名前の由来を色々。
 同じゴルフでも、様々な説。自分の順番が回って来たから慌てて飲もうと、酒をソーダで割って飲んだら美味だったのが始まりだとか。ソーダ割りの酒を作って貰って「美味い」と喜んだ所へ、高く上がったゴルフボールが飛び込んで来たからハイボールだとか。
 他にも色々と語った誰か。ゴルフボールとはまるで関係ない、鉄道のボール信号機。それを見る駅員がボールが上がった時に飲んだからとか、滔々と。
(…誰だ?)
 あれは自分に披露していたのか、それとも他の飲み友達にか。
 自分が『追憶』の表紙のブルーに語り聞かせているのと同じに、ハイボールを語っていた誰か。
 話していたのは誰だったろう、と酒好きの友人たちを端から思い浮かべてみるけれど。学生時代からの友人や教師仲間や、柔道や水泳をやる仲間。次々に顔は浮かんでくるのに、「こいつだ」と思う顔が無い。こいつだった、と自分の記憶が反応しない。



(はて…?)
 楽しく薀蓄を聞いていたなら、きっと覚えているのだろうに。酒が入っても、一緒に飲んでいた友人の顔を忘れはしない。話の中身が今も記憶にあるというなら、なおのこと。
 なのに浮かんでこない顔。誰だったのかが思い出せない飲み友達。記憶が飛ぶほど酷い飲み方は決してしないし、酒に弱くもない筈なのに。
(まさか、前の俺の方だったってことは…)
 有り得ないんだが、と思った所で気が付いた。その考えは間違いだったと。
(そっちだ、そっち…!)
 前の俺だ、とコツンと叩いた頭。すっかり忘れてしまっていた、と。
「…すまん、せっかく教えてくれてたのにな…」
 生まれ変わってくる時に落としちまったってことで許してくれ、と詫びた昔の飲み友達。遥かな昔に白いシャングリラで一緒に飲んでいた仲間。今と同じにハイボールを。
 それの由来についての薀蓄はヒルマンが語ったのだった。ゴルフの話も、ボール信号についての話も。どれもシャングリラとは無縁のものだったけれど、ハイボールの名前の由来はこうだ、と。



 白い鯨に改造された後のシャングリラ。自給自足で暮らしてゆく船、人類の輸送船からブルーが物資を奪う時代はもう終わっていた。
(あの船では酒は合成だったし…)
 単なる嗜好品に過ぎない酒は、船では作っていなかった。葡萄から出来る赤ワインだけが例外、その赤ワインも本物はほんの少しだけ。新年を迎えるイベントで乾杯に使われた特別なワイン。
 本物の酒はたったそれだけ、他は全てが合成だった。ワインもウイスキーもブランデーも。
 そんな船でも美味しく飲もうと、あれこれ工夫を重ねていたのがゼルとヒルマン。酒好きだった前の自分の飲み友達。
 ゼルもヒルマンも酒好きだったし、ブルーが奪った本物の酒があった時代の味を再び、と手間を惜しみはしなかった。合成の酒でも工夫さえすれば、きっと美味しく飲めるだろうと。
(色々とやってたみたいだが…)
 詳しいことは知らないけれども、研究会だの、勉強会だのと称して飲んでいたゼルとヒルマン。互いの部屋を行き来しては「研究室だ」と笑い合っていた。研究会だか勉強会だか、それが始まる頃合いに通路でバッタリ会ったら「参加しないか」と誘われたものだ。
(…あれに捕まったら終わりだからなあ…)
 まず間違いなく、夜更けまで逃がして貰えない。前のブルーと過ごす筈の時間が見事に潰れて、自分はともかく、ブルーの方が…。
(…寂しかったと言われちまうか、御機嫌斜めか、そんなトコなんだ)
 次の日に会ったら、そういうブルー。皆の前ではソルジャーらしく振舞うけれども、前の自分と二人きりの時には寂しそうなブルーか、御機嫌斜めか。
 そうならないよう、勉強会への参加は出来るだけ遠慮しておいた。「仕事が残っているから」と嘘をついたり、「キャプテンはそうそう飲んでいられない」と生真面目な顔で返したり。



 前の自分も酒好きだったけれど、酒よりもブルーの方が大切だったから。
 ゼルとヒルマン主催の勉強会は極力避けて、研究にも協力しなかった。足を踏み入れたら二度と逃がして貰えはしなくて、研究者の仲間入りだから。
 そうした事情で、進み具合も知らないままだった酒の研究。ある日、「出来た」とゼルが呼びに来るまで。「これでいける」とヒルマンの部屋に招かれるまで。
 自信作だ、と二人が出して来たのがハイボールだった。
(…ヒルマンが用意をしていてだな…)
 合成のウイスキーが入ったボトルと、氷とソーダ。それからグラス。
 ゼルとヒルマンは得意げに披露してくれた。グラスに氷をギッシリと入れて、ウイスキーを注ぐ飲み方を。「これにソーダを入れるのが決め手だ」と、小さな気泡が立つハイボールを。
(美味かったんだ、あれが…)
 ソーダが合成品の味を誤魔化すのか、本物の酒のように思えた喉ごし。合成の酒だとは思えない味、ゼルもヒルマンも「これに限る」と飲んでいた。ハイボールという名前なのだ、と。
 「ハイボール?」とオウム返しに尋ねた自分にヒルマンが語ってくれた薀蓄。ゴルフだのボール信号だのと。由緒正しい飲み方らしいと、もっと早くに気付くべきだったと。
 要はソーダを入れるだけ。合成の酒が持つ独特の味を消すのがソーダ。
 グラスにギッシリ詰めた氷とソーダとがあれば、美味しく飲めるウイスキー。合成品でも本物のウイスキーに負けない喉ごし、満足の味になるハイボール。



 ゼルとヒルマンの勉強会だか研究会だかは、見事な成果を生み出した。
 そして二人に言われたのだった、「この味を守るためにも氷と炭酸水を決して切らすな」と。
 キャプテンならば心しておけと、シャングリラの美味しい酒のためには必須のものだ、と。
(…妙な注文ではあったがな)
 氷と炭酸水、いわゆるソーダ。どちらも大した材料も手間もかかりはしない。氷は厨房で大量に作られていたし、炭酸水の方も同じこと。ジュースなどには欠かせないから。
 そうそう切れるものでもなかろう、と考えつつも気は配ったのだった、と蘇って来た前の自分の記憶。キャプテン・ハーレイの任務の一つ。氷と炭酸水との確保。
 あまりに愉快な任務だったし、ハイボールも美味しかったから。
(前のあいつの前でウッカリ…)
 喋ったのだった、氷と炭酸水さえあったら酒は美味い、と。合成品のウイスキーが本物のように変身すると、合成の酒に特有の味が消えるのだと。
 ブルーの方は興味津々、研究会の存在も知っていたものだから。それに捕まったら、前の自分が青の間を訪ねることが出来なくなって、寂しい思いをしたり機嫌を損ねたりしていたから…。
(ハイボールを飲みたがったんだ…)
 研究が成功したのだったら、自分にもそれを飲ませて欲しいと。美味しい酒なら、此処で作って貰えないかと。



 断ることなど出来はしないし、ウイスキーと氷とソーダを用意した自分。次の日の夜、青の間を訪ねてゆく時に。
 ゼルとヒルマンに教わった通り、自分のグラスとブルーのグラスに氷をギッシリ。ウイスキーを注いで、よくかき混ぜてから氷を足して、それからソーダ。一回だけ混ぜて「どうぞ」と渡した。赤い瞳を輝かせていた、前のブルーに。
(ソーダがある分、あいつも多少は…)
 飲めたのだった、ウイスキーをそのまま飲もうとした時はいつも、顔を顰めていたくせに。水で割っても氷を入れても、「美味しくない」と言っていたくせに。
 けれども、酒は酒だったから。ソーダで味わいが変わっただけで、正体はウイスキーだから。
 結局、悪酔いしたブルー。頭痛に胸やけといった、お決まりのコース。
 翌日の朝には、大して美味しいとも思えない上に、酷い目に遭ったと怒っていた。ハイボールの美味しさとやらも謎だと、研究会は所詮、酒好きが集まる場所なのだと。
(…今度のあいつは…)
 どうなんだろうな、と『追憶』の表紙を飾るブルーに語り掛ける。
 「お前と同じでハイボールも駄目なヤツだと思うか?」と、「しかし挑戦するんだろうな」と。
 生まれ変わってもブルーはブルーで、頑固さは変わっていないから。まだ十四歳にしかならないブルーも、前と同じに頑固だから。
(…きっと飲むんだ、今のあいつも)
 ハイボールが美味しいと言ってやったら、きっと飲もうとするのだろう。今は無理でも、大きく育って酒が飲める年になったなら。二十歳の誕生日を迎えたならば。
(そうなってくると…)
 このハイボールのレシピを話してやるとしようか、明日は土曜日なのだから。
 ブルーの家を訪ねてゆく日なのだし、「氷ギッシリがコツなんだぞ」と。



 そうして土曜日、ブルーの家へと歩いて出掛けて。
 お茶とお菓子が置かれたテーブルを挟んで向かい合わせで、小さなブルーに訊いてみた。
「こんな飲み物をどう思う?」
 新聞に載ってて、俺がメモしておいたんだが。
「え? 飲み物って…」
 今日はお土産は持って来てないよね、何処かで売ってるジュースか何か?
「氷ギッシリがコツなんだそうだ」
 グラスに氷をギッシリ詰め込む。そいつがコツってことらしいぞ。
「ふうん…?」
 作り方なんだね、どういう飲み物?
「氷を入れたら、ウイスキーを一。それからソーダが四って所だ」
 そっと一回し、それで全部というわけなんだが…。お前にとっては、こいつはどうだ?
「えーっと…。ウイスキーはちょっと心配だけど…。お酒だから…」
 でも、そっと一回しって、面白そうだね。たった一回、混ぜておしまい?
 そんな作り方でも美味しいの、それは?
「美味かったぞ。どうやら、そこもポイントらしい」
 俺が知ってた作り方だと、ウイスキーを入れたらよく混ぜるんだが…。そこで氷も足すんだが。
 そうする代わりに一回だけしか混ぜないって所が美味さの秘訣の一つだろうな。
「じゃあ、作ってよ、それ!」
 今はまだお酒は飲めないけれども、ぼくが大きくなったら作って。美味しいのなら。
「いいのか、これはハイボールだが?」
「……ボール?」
 ボールって何なの、お料理に使うヤツのこと…?
「覚えていないか? 前のお前が酔っ払ったのも、こいつなんだが」
 ハイボールだったぞ、美味かったと話したら作ってくれと強請った挙句に二日酔いでな。



 シャングリラでは氷と炭酸水は切らしちゃ駄目なんだ、と真面目な顔を作ってやった。前の俺の重要な任務の一つだったと、ゼルとヒルマンから任されたのだと。
「あいつらの研究会の成果だ、勉強会とも言ってたが…」
 合成のウイスキーを美味しく飲むにはハイボールに限ると、氷とソーダだと言われたんだが?
「…アレなわけ?」
 思い出したよ、その話。…合成のウイスキーでも美味しく飲める、って前のハーレイが…。
 研究会のことは知っていたから、美味しいのなら、って作って貰って、酷い目に…。
「そいつなんだが…。あれもハイボールだったわけだが」
 俺が話した氷ギッシリも同じハイボールだ、作り方が違うというだけでな。
 そのハイボールを、お前、飲むのか?
「…飲んでみたいよ、今だと地球のお酒だし…。合成のウイスキーとは違うんだし…」
 それだけでもグンと美味しそうだし、それに、ぼくだって。
 今度はお酒に強くなってるかも、前のぼくとは違うんだから…!
「ふうむ…。今度のお前もハイボールに挑戦してみる、と」
 そう言うだろうとは思っていたがだ、宣言されると嬉しくなるな。
 今度はお前と楽しく酒を飲めるといいなあ、前の俺には叶わない夢で終わったからな。



 飲めるように是非頑張ってくれ、とブルーの肩をポンと叩いた。
 お前と二人で飲める日が来るのは、まだまだ先のことなんだが、と。
「結婚したって、十八歳では酒は飲めないしな?」
 酒を飲むなら二十歳からで、それまでは俺は一人で飲むか、お前のお父さんと一緒に飲むか…。
 当分は待っているしかないなあ、お前が二十歳になるまでは。
「そうだけど…!」
 ホントに飲むなら二十歳だけど、その前から練習しておくよ。
 お酒が飲めるようにちょっとずつ練習、毒と同じで少しずつだよ。
「毒…?」
 何の話だ、毒っていうのは毒薬とかの毒か?
「うん、耐性がつくんでしょ?」
 少しずつ毒を飲んでおいたら、ちょっとくらいの毒なら平気。そう言うじゃない。
 …前のぼくでは、やってなかったみたいだけれどね、そういう実験。
 毒にまで強くなってしまったら、手に負えないと思っていたのかなあ…。アルタミラの研究所にいた人間たちは。
「おいおいおい…。俺の愛する酒を毒扱いか?」
 毒と同じだと言いたいのか、お前。少しずつ飲んで耐性をつけておこうだなんて。
「前のぼくには、お酒は充分、毒だったよ…!」
 人体実験をされてた時でも、あんな薬は飲まされていないよ…!
 薬は治療をするためのもので、飲んで吐き気や頭痛がしたって、それは副作用の中の一つで…。
 最後は具合が良くなっていたよ、人類がぼくに飲ませた薬は…!
 飲んだら具合が悪くなるものなんかは飲んでいないよ、ハーレイの好きなお酒くらいしか…!



 人体実験と比べられてしまったほどだけれども、それでもブルーは努力をしたいらしいから。
 前の自分が苦手だった酒を克服すると言ってくれるから。
「そう来たか…。なら、ウイスキーボンボンくらいから始めてみるか」
 毒に耐性をつけると言うなら、まずはそういう所からだな。
「ウイスキーボンボンって…」
 なにそれ、ぼくが食べるわけ?
「そうなるな。ウイスキーボンボンはシャングリラには無かったが…。今はあるだろ?」
 チョコレートの中身がウイスキーなんだし、初心者向けではあるだろう。
 酒だけを飲むより遥かにマシだぞ、あれならばな。
「ウイスキーボンボンは知っているけど、食べたことがないよ」
 チョコレートなんだから、ちゃんと甘いの?
 ウイスキーの味しかしないんじゃなくて?
「うむ。チョコレートをつまみに飲むようなモンかな、ウイスキーをな」
 ただし、ちょっぴりだけの量だが…。あの中に入っているわけだしなあ、ほんの少しだ。
 だが、酒に弱いヤツだと一個食べただけでも酔っ払うそうだし、間違いなく中身は酒だってな。
 お前のお父さんたちは買わんだろうなあ、お前のおやつにするためには。
 酔っ払っちまったらエライことだし、お前はただでも身体が丈夫じゃないんだから。



 今はまだ早いが、結婚したならウイスキーボンボンを買ってみるか、と片目を瞑った。
 お前の言う毒が入っている菓子を少しずつ食べればいいだろう、と。
「そうやって耐性をつけていくんだな、最初は一個で酔っ払うかもしれないが」
 慣れて来たなら、二つ、三つと数を増やしていけばいい。
 酒が飲める年になった頃には、ハイボールだって飲めるお前が出来ているかもしれないぞ。
 二日酔いにならずに、ちゃんと美味さも分かるお前が。
 酒に強いお前を作るためには、ウイスキーボンボンもいいし、酒が入った菓子とかもいいな。
 たっぷりと酒が入っている菓子、探せばけっこうあるもんだ。
「…アルコールが飛んでしまっているでしょ、お菓子なら?」
 ウイスキーボンボンはウイスキーが入っているんだろうけど、他のお菓子は…。
 ママが焼いてるフルーツケーキもウイスキーを沢山使うけれども、ぼく、酔っ払わないよ?
「いや、酒をそのまま入れちまうパフェもあったりするしな」
 チョコレートパフェだと思って食ったら、チョコレートリキュール入りだったりする。
 もちろん、少ししか入っていないが…。あれでもお前は酔っ払えそうだ。
 それからサバラン、あれもラム酒がたっぷりだからな、お前は酔っ払うだろう。
 そんな具合で幾つもあるのさ、お前にとっては毒入りの菓子。
「じゃあ、そういうので練習する…!」
 ウイスキーボンボンも頑張るけれども、パフェもサバランも頑張って食べるよ。
 幾つも食べたら耐性がついて、きっと平気になるんだろうし…。
 ハーレイ、そういうお菓子を食べられる所に連れて行ってよ、ぼくとデートに行く時は。
 そしたら早く慣れると思うよ、デートのお菓子がいつもお酒のばかりだったら。



 健気なブルーは、デートの時まで自分にとっては毒入りの菓子を食べて頑張るらしいから。
 酒に耐性をつけられるように、努力を重ねるらしいから。
「そうか、せっせと食うのか、お前。そういうことなら…」
 俺も頑張って作らないとな、酒が入った菓子ってヤツを。
 ウイスキーボンボンは店で買って来るとしても、パフェだのラム酒たっぷりのサバランだのは。
 他にも色々調べないとな、酒が入った美味い菓子をな。
「…ハーレイが作るの、お店に食べに行くんじゃないの?」
 ぼくはデートで酔っ払っても、かまわないんだけど…。
 次の日に頭が痛くなっても、お酒を飲むための練習なんだし、ハーレイに文句は言わないよ?
 ちゃんと大人しくベッドで寝てるよ、気分が良くなって起きられるまで。
「…お前はそれでいいかもしれんが、俺の方の気分が問題なんだ」
 酔っ払ったお前を他のヤツには見せたくないと、前にも言ったと思うがな?
 お前は酔ったら美人になるんだ、ただでも綺麗な顔をしてるのに、もっと綺麗に色っぽくな。
 頬がほんのり染まっちまって、目元も赤くて瞳なんかは潤んじまって…。
 美人を芙蓉の花に例えるが、酔っ払ったお前は酔芙蓉なんだ。白から赤へと変わる芙蓉だ、花の色がな。そいつと同じで、白い顔がそりゃあ色気のある顔になる。
 …あの顔は絶対、誰にも見せん。
 誰かが見たって減るわけじゃないが、酔芙蓉なお前を他のヤツらにも見せてやるほど、俺は心が広くないんだ。独占したいし、俺一人だけのものにしておきたいからな。



 酒に強くなろうと努力する過程で酔っ払ってしまって、酔芙蓉になったブルーの顔。
 それは一人で眺めたいから、ウイスキーボンボンも、酒入りの菓子も、家でだけ。
「いいな、酒の量も俺がきちんと加減するから、俺が作る菓子だけにしておいてくれ」
 ウイスキーボンボンはともかく、その他の菓子。
 店で美味そうなヤツを見掛けても、外で練習するのは駄目だ。帰ったら俺が作ってやるから。
「そっか…。ハーレイが作ってくれる分だけなんだね、食べていいのは」
 でも、ハーレイなら色々なお菓子を作ってくれるんだろうし、ぼく、頑張るよ。
 お酒入りでも酔っ払ってしまわないように、少しずつ量を増やしていって。
「頑張れよ。そしていつかはハイボールだな?」
 俺と一緒に飲むってわけだな、前のお前には無理だったヤツを。
 ハイボールの美味さが分かるお前が出来るってことか、前のお前とは一味違った。
「うんっ!」
 今度は美味しく飲めるようになるよ、酔っ払わないで。
 ウイスキーボンボンを一個から始めて、お酒の量を少しずつ増やしていくんだから。
 毒と同じできっと強くなるよ、頑張って色々と食べていったら。
 だからハーレイと二人でお酒を飲めるよ、今度のぼくは。二十歳になった頃には、きっと。
 それまでの間は、ハーレイと一緒にお酒を飲むのはパパだけど…。
 ぼくが二十歳になったら、ぼくの番。ぼくがハーレイと一緒に飲むんだから…!



 ハーレイをパパには盗られないよ、とブルーは自信満々だけれど。
 前の自分が苦手だった酒を克服しようと、その日に向かって顔を輝かせているけれど。
 きっと今度も酔芙蓉だろう、ハイボールを飲めはしないだろう。
 ウイスキーボンボンを一個で酔っ払うとか、サバランで酔ってぐっすり眠ってしまうとか。
 ブルーと二人で飲むハイボールは夢に終わって、きっと叶いはしないだろう。
 それでも嬉しい、ハイボールが駄目なブルーでも。
 前のブルーと全く同じに、二人で酒を酌み交わすことが出来なくても。
(…なんたって、結婚出来るんだしな?)
 酒が飲めるように努力をする、と言ってくれるブルーと二人で生きてゆけるのだから。
 何度ブルーが酔っ払っても、ソルジャーの務めを心配しなくていいのだから。
 二日酔いになってしまった時には、好きなだけ寝かせてやることが出来る。
 休日だったら添い寝してやれる、ブルーの気分が良くなるまで。
 だからブルーは酔芙蓉でいい、ハイボールを飲めないままでいい。
 酔っ払っても、何の心配も要らない世界。ソルジャーの務めが無い世界。
 其処へ二人で来たのだから。
 青い地球の上で、いつまでも、何処までも、手を繋ぎ合って歩いてゆけるのだから…。




          ハイボール・了

※白いシャングリラでも楽しまれていた、ハイボール。前のブルーの耳にも入った代物。
 前のブルーは酔っ払ったのに、今のブルーは苦手を克服するそうです。酔っ払わないように。
 ←拍手して下さる方は、こちらからv
 ←聖痕シリーズの書き下ろしショートは、こちらv












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