シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
ぼくの勉強机の上。ハーレイとお揃いのフォトフレーム。ハーレイのと、ぼくのとを交換して、ハーレイの手が写真を入れていたフォトフレームがぼくのものになった。ぼくが写真を入れた分はハーレイの家の何処かにある。
飴色をした木枠のフォトフレームの中、笑顔で写ったハーレイとぼく。ハーレイの左腕に両腕でギュッと抱き付いた、ぼく。夏休み最後の日に庭で写した記念写真。
眺めるだけで幸せな気持ちが溢れて来るから、毎晩こうして机の前に座る。ハーレイとぼくとが同じ写真の中に居るなんて…。
(…また撮りたいなあ、ハーレイと二人一緒の写真…)
次の機会はいつになるかも分からないのに、もう欲張りになっているぼく。
前はハーレイのカラー写真さえも持っていなくて、学校便りの五月号を宝物にしていたくせに。転任教師の着任を知らせる小さなモノクロのハーレイの写真。スーツ姿の生真面目な顔。それでも唯一のハーレイの写真だったから、何度も何度も取り出して見ていた。
その状態から一足飛びに笑顔のハーレイのカラー写真で、ぼくも一緒に写っている。もう最高の宝物なのに、次の写真が欲しくなる。
なんて欲張りなんだろう。ずっと長いこと、学校便りしか持っていなかったくせに…。
(…そういえば…)
自分の欲深さに呆れ果てていたら、ふと懐かしく思い出した。欲張りなぼくの一学期の夢。
(ハーレイの似顔絵が欲しかった頃があったんだよね…)
夏休みに入る前、まだ学校便りの五月号しかハーレイの写真が無かった頃。欲しくて欲しくて、なんとか手に入れる方法は無いかと頑張り続けたハーレイの似顔絵。
そう、似顔絵でいいから欲しかった。ハーレイの姿に繋がるものが。
(…似顔絵でもいいって思ってたくせに、写真を撮ったらもう次が欲しくなるなんて…)
本当に欲張りで欲深いぼく。
ハーレイの顔を、姿を見られるものなら何でも欲しくなる欲張りなぼく。
もっとも、前のハーレイの写真だけは、ちょっと…。
(いい顔をしているハーレイの隣には必ず前のぼくがいたんだもの!)
本屋さんでソルジャー・ブルーの写真集を何冊も積み上げて探してみたのに、腹が立っただけ。前のぼくが独占していたハーレイの写真なんかは要らない。
(…だからハーレイなら何でもいいってわけじゃないけど…)
何でもかんでも見境なしに欲しいわけではないんだから。
酷い欲張りじゃないと思いたい。欲が深くても、底無しじゃないと思いたい。
だけど似顔絵でも欲しかった頃があったんだ。ハーレイの姿を見られるのなら…。
年度初めに少し遅れて赴任してきた古典の教師。ぼくとは五月三日に出会った。ハーレイの姿を見るなり、ぼくは右の瞳や両肩とかから大量出血を起こしてしまって、それが切っ掛けで二人とも前世の記憶が戻った。
聖痕現象と診断された謎の出血。ソルジャー・ブルーが最期にメギドで負った傷痕からの出血。二度と同じことが起こらないよう、ハーレイはぼくの守り役になった。出来る限りぼくの側に居ることがハーレイの役目。
お蔭で前世で恋人同士だったぼくたちは頻繁に会えて、ぼくの家で会う時は甘え放題だけど…。学校ではあくまで教師と生徒。其処はどうしても崩せない。学校ではハーレイを独占できない。
ハーレイは滅多に怒らない上、雑談を上手く交えて授業を楽しく進めてゆくから、絶大な人気を誇っていた。授業が終わった後も追い掛けて行って、話しながら廊下を歩く生徒も多くって…。
男子にも女子にも人気のハーレイ。嫌いだと言う生徒などいないハーレイ。
そんなハーレイの似顔絵を授業中に描く子たちがいた。男子も女子も、よく描いていた。
特徴を掴んでデフォルメするのが上手いのが男子。格好良く描くのが上手いのが女子。
授業が終わって休み時間になると話題になるそれは、どれもハーレイを巧みに捉えていて。
ぼくは欲しくてたまらなかった。似顔絵だけれど、ちゃんとハーレイに見えるから。
(…みんなホントに上手かったしね)
なのに描いてある場所がとても問題。
ノートだの教科書だのに描かれたハーレイ。その箇所を破って譲ってくれなんて絶対言えない。ノートも教科書も破り取るなんて論外だったし、第一、ぼくがハーレイを好きなことがバレる。
(ホントのホントに欲しかったんだけどな…)
特に上手に描いていた子の作品は今でも鮮やかに思い出せる。
喉から手が出そうな思いで覗き込んでいたノートや教科書。ハーレイが描かれた素敵なページ。
譲って貰うことが不可能ならば自分で描こう、と決意した。
何人もがサラサラと描いているのだし、自分にだって描ける筈。幸い美術の成績はトップ。コツさえ掴めば簡単だろう、とチャレンジしたのに、いくら頑張っても似てくれなかった。ハーレイの姿を捉えるどころか、誰を描いたのかも謎の落書き。似顔絵を描くのと美術の成績は別物らしい。
(頑張ったんだけどなあ、ハーレイの似顔絵…)
ノートと教科書に描き込んでみては溜息な日々。家に帰って改めて眺めても、ハーレイの顔には見えない似顔絵。
そして教室の前に立つハーレイは授業中に生徒が何をしているか、神様よろしくお見通しで。
ある日、唐突に言われてしまった。
平日の夕方、仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれた時に、部屋で向かい合って座った途端に。
「おい、ブルー。お前、古典の教科書とノートを此処に出してみろ」
ハーレイがテーブルを指差した。夕食前だから紅茶と僅かなクッキーが置かれたテーブル。
「えっ…」
古典の教科書とノートだなんて。今日もハーレイの似顔絵を描いて、今までの作品も消さないで残してある教科書とノート。とても見せられる状態じゃない。
けれどハーレイはぼくを見詰めて。
「どうした、後ろめたいことが無ければ見せられる筈だが?」
今すぐ出せ、と腕組みをして睨まれると、ぼくも否とは言えない。仕方なく鞄から取り出して、あえて開かずにテーブルに置いた。それをハーレイの褐色の手が開いてパラリと捲って…。
(…ダメダメダメ~~~っ!)
捲らないで、という願いも空しく、教科書もノートも見られてしまった。ハーレイの似ていない似顔絵で埋まった、ぼくのとんでもない作品集を。
(…………)
もう駄目だ、と項垂れるぼくにハーレイの言葉。
「…これは俺か?」
今日描いたばかりの下手くそな似顔絵を褐色の指がトントンと叩く。
これは何かの嫌がらせか、とハーレイの眉間に皺が寄るほどに似ていない似顔絵。
どうすればいいと言うんだろう。
嫌がらせじゃなくて精魂こめて描いた似顔絵で、だけど下手くそな失敗作だなんて…。
黙り込んでしまったぼくの姿に、ハーレイは怖い顔をした。
「俺の授業はそんなに退屈だったのか? かなり前から描いているようだが」
「……そうじゃなくって……」
これ以上、誤解されてはたまらないから、覚悟を決めて口を開いた。
「…みんな似顔絵が上手いんだよ。ぼくよりもずっと…」
「それで毎回、練習なのか? お前な…。いったい俺をどうしたいんだ」
こういう顔になれと言うのか、と似ていない作品を指差された。変な顔になったハーレイなんか要らない。今のハーレイの顔がいい。ぼくの下手くそな似顔絵そっくりな顔のハーレイは嫌だ。
でも、ハーレイの似顔絵が欲しいんだけど、と白状する勇気なんかとても無くって。
似顔絵が上手くなりたいと言った。他の子たちみたいに上手に描いてみたいのだ、と。
「…お前なあ…。教師の似顔絵が上手く描けても成績は上がらないんだぞ?」
「……分かってるけど……」
だけどハーレイを上手く描きたい。
誰を描いたのか一目で分かる、ハーレイの似顔絵をぼくも描きたい…。
嫌がらせかとまで言われてしまった、ぼくの下手すぎるハーレイの似顔絵。
それを描かれた気の毒なモデルは「うーむ…」と低く一声唸って。
「生憎と俺も、そっち方面の才能ってヤツはサッパリでな…」
しかしだ、特徴を上手く掴んで描けば似てくると昔、上手いヤツらが言ってたな。
俺がお前くらいの年の頃かな、今のお前たちみたいに似顔絵を落書きしていたもんだ。
「ハーレイも?」
「まあな。皆がやっているとやりたくなるだろ、ガキってヤツは」
夢中になり過ぎて先生に見付かったこともあったな、とハーレイが笑う。「そこの馬鹿者!」とボードに書くためのペンが机に飛んで来たらしい。それは素晴らしいコントロールで、狙い違わず目標にヒット。只者ではない、と投げられたハーレイも周りの友達も驚いていたら。
「往年の名投手だったんだそうだ、その先生は。いやもう、あの時は散々だったな」
お前も将来苦労するぞ、と叱られたんだが、まさか本当にそうなるとは俺も思わなかった。
教師になった上に、こんな酷い出来の似顔絵を描かれてしまうとはなあ…。
「…ごめん。ホントにわざとじゃないんだってば…」
「そうらしいな? それでだ、お前、俺の顔だと、何が特徴だと思うんだ?」
まずは其処だ、とハーレイがポイントを指導してきた。
特徴を掴んでしっかりと描く。それが似顔絵のコツなのだ、と。
「えーっと…」
ハーレイの特徴と言われても咄嗟に思い付かない。
褐色の肌……は特徴だけれど、似顔絵を描くのに肌の色は関係無いだろう。色つきの似顔絵など誰も描いていないし、それでもハーレイを描いた似顔絵なのだと分かるのだから。
「髪型…とか? 前のハーレイとおんなじだけど…」
「ああ、まあ…。教師になって暫くしてからはずっとこうだし、特徴の一つではあるだろうな」
最初の間は違ったんだぞ、とハーレイは思わぬ昔話をしてくれた。今よりもずっと若い頃には、今みたいなオールバックと違って、髪の長さも少し長めで。ハーレイ自身にも不思議らしいけど、アルタミラを脱出した頃の髪型にそっくりだったという話。
「自分じゃ似合うと思ってたんだが、まさか前の俺とそっくり同じにしていたとはな」
「なんでだろうね? ぼくも前のぼくとそっくりおんなじだよ?」
ママが選んでくれた髪型。パパも「似合うぞ」と言ってくれた髪型。ソルジャー・ブルーだった頃と少しも変わらず、物心ついた時にはとっくに今の髪型。
ハーレイもぼくも本当に不思議でたまらない。二人とも前世の記憶が戻るまではどんな髪型でも出来た筈なのに、前と同じになっていたことが。
「俺は断じてキャプテン・ハーレイの髪型を真似ていたわけではないぞ」
こんな風にして下さい、と写真を持って行って理容師に頼んだことはない、と話すハーレイ。
キャプテン・ハーレイは知っていたけれど、好んで真似たわけではないと。
「仕事柄、こういうのがスーツに似合うかと思ったんだが…」
「ぼくのはママが決めてくれたよ、こんな風にするのが似合いそうね、って」
「なるほどなあ…。お前の場合はまるっきりソルジャー・ブルーだしな?」
生まれた時からアルビノだろう、と指摘されて「それでこの髪型になったのかな?」と考えた。ぼくの名前はソルジャー・ブルーから取ったものだし、髪型も同じにしたかもしれない。
小さかった頃は「あらまあ、可愛いソルジャー・ブルーね」って色々な人からよく言われたし、ぼくも悪い気はしなかった。ソルジャー・ブルーは英雄だから。
もっとも、ぼくに「可愛い」と言ってくれた人の半分以上は女の子と間違えていたんだけれど。
いけない、昔話の時間じゃなかった。ハーレイの特徴を見付けないと…。
「鳶色の瞳!」
ハーレイの瞳は優しいから好きだ。厳しい時でも、何処か優しい。
「おいおい、そこは目の形だとか…。似顔絵に目の色は関係無いぞ」
「でも……」
ハーレイの大きな鼻も好きだよ、それに大きな唇も。
前のぼくだった頃から好きだった。ソルジャー・ブルーだった頃から…。
(…キスの時とかね)
鼻が軽く触れ合って、それから唇。温かくて意外に柔らかいハーレイの大きな唇。
そう思ったらもう、たまらなくなって。
「ねえ、ハーレイ…」
「なんだ?」
「…ちょっとだけ、キス…」
お願い、と椅子から立ってハーレイが座っている椅子に近付き、膝の上へと腰掛けた。
「こらっ! 誰がキスの話をしている!」
「だから、ちょっとだけ…。頬っぺたか、額でかまわないから」
「そこしか駄目だと言ってるだろうが!」
苦い顔をしながらも、ハーレイは頬っぺたにキスしてくれた。
うん、この唇の感触が好き。
ぼくの大好きなハーレイの唇…。
もっと、と強請ろうとハーレイの胸にすり寄った途端に、階段を上ってくる足音。ぼくは慌てて自分の椅子に戻り、ママが扉をノックした。開けはしないで、声だけ掛かった。
「ブルー、もうすぐ御飯が出来るわよ? 出来たら呼ぶからハーレイ先生と降りていらっしゃい」
「はーい!」
元気よく返事を返したぼく。ママの足音が階段の下に消えたらハーレイに睨まれた。
「それで、似顔絵はどうなったんだ。俺の特徴ってヤツはどうした?」
ハーレイの眉間に寄せられた皺。この皺はいつもあるんだけれども、睨んだりすると深くなる。
「…その皺かな?」
「分かった、晩飯の後でチャンスをやろう。特別にモデルになってやる」
ただし、だ。…上手く描けたら、授業中には二度とやるなよ?
お前が俺を熱心に描いているかと思うと、どうにも気分が落ち着かんからな。
ぼくはハーレイにチャンスを貰った。堂々と似顔絵を描いていい時間。盗み見しながらの授業中じゃなくて、似顔絵を描くためにある時間。
(頑張らなくっちゃ…)
高鳴る胸を抑えて、平静なふりを装って。
パパとママも一緒の夕食を終えて、ハーレイと一緒に二階に戻った。ママが食後の紅茶を持って来てくれて、テーブルの上にティーカップが二つとおかわり用の紅茶が入ったポット。
明日も学校があるから、ハーレイは遅い時間まで居られない。だけど自分の車で来たってことは帰り道に余計な時間は不要。九時頃くらいまでは居てくれる筈。
(一時間ほどあるもんね?)
よく観察して、しっかり特徴を掴んで描こう。せっかくだからスケッチブックに大きめに。
でも、いざハーレイと向き合ってスケッチブックを広げてみたら。
(…なんだか凄く恥ずかしいんだけど……)
下手くそなぼくの絵を見られることも恥ずかしいけれど、ハーレイがモデル。
テーブルを挟んで向かい側に座ったモデルがハーレイ。
大好きな瞳に、鼻に、唇…。
特徴を捉える前に心臓がドキドキ脈打ち始める。ぼくの大好きなハーレイがモデル。
いっそ似顔絵じゃなくて、肖像画に挑戦しちゃおうか?
スケッチブックに大きくハーレイの肖像画。
(……いいかも……)
似顔絵なんかより肖像画。
石膏デッサンは得意なんだし、きっと素敵な絵が描ける。
もっと微笑んでくれるといいな。ぼくの大好きな笑顔がいいな……。
とにかくデッサン、とハーレイの大まかな輪郭を描こうとスケッチブックに向かったけれど。
真っ白な紙があるだけのスケッチブックよりもモデルの顔に惹き付けられる。
デッサンするような暇があったら、もっとハーレイを見ていたい。
いつもは甘えたりお喋りしたりと忙しいから、顔をゆっくり見るどころじゃない。それが今なら好きなだけ観察していられるし、しげしげ見たってモデルだから別に問題無いし…。
(…ふふっ、顎とか…。ちゃんと剃ってるけど、ハーレイの髭って伸びてきた時に触るとチクチクするんだよね)
今のハーレイの顎のチクチクをぼくは知らない。
あれは朝までハーレイと一緒に過ごした、前のぼくだけが知っている手触り。
手触りと言うより肌触りだろうか、よく頬っぺたを擦り寄せていた。自分の頬でチクチクとする髭の感触を楽しんでいた。
前のぼくには生えなかった髭。きっと今のぼくも髭は生えない。大きくなっても髭なんか無くて子供みたいな手触りのまま。
(…前のハーレイ、よくぼくの頬っぺたとか顎とかを撫でていたっけ…)
ぼくがハーレイの顎や頬のチクチクを触りたがる度に「あなたの頬は滑らかですから」と大きな褐色の手で撫でられた。「この滑らかさが好きなのですよ」と、何度も何度もそうっと優しく。
大好きでたまらないハーレイ。
前も今も誰よりもハーレイが好きで、いつまでだって見ていたい。
ぼくの大好きな鳶色の瞳。
大きな鼻に大きな唇、眉間に刻まれた癖になった皺も、何もかもが好きでたまらない…。
「おい、手がお留守になってるぞ」
似顔絵はどうした、とハーレイが白紙のままのスケッチブックを鼻で笑った。
「これだけの時間をかけても線の一本も描けんのか…。駄目だな、お前は似顔絵どころか画家にも向かん。どっちも諦めて勉強の方に専念しろ」
上手い生徒はササッと描くぞ、とハーレイが挙げるクラスメイトの名前。ぼくが似顔絵を譲って欲しいと秘かに思った男子や女子の名が次々と挙がる。
授業中のハーレイはたまに机の間の通路を歩いてゆくけど、基本は教室の一番前。ボードに字を書きながらの説明だとか、教科書片手の解説だとか。
一番前から殆ど動くことが無いのに、似顔絵の上手下手まで知っているなんて、いつの間に?
流石は教師で、生徒のやることは何もかも全部お見通しだ。ぼくがハーレイの似顔絵を描こうと頑張っていたのがバレていたように。
「ふむ。残念だが、もう時間切れだな。そろそろ家に帰らねばならん」
時計を眺めたハーレイが立ち上がろうとするから、引き止めてみた。
「まだ描けてないよ!」
上手く描けるとは思わないけれど、もっとハーレイを見ていたい。
あと五分だけ、ううん、三分でも一分でもかまわないから、ハーレイを観察していたい…。
「時間切れと言ったら時間切れだ」
俺は帰る、とハーレイはカップに残った紅茶を綺麗に飲み干して椅子から立った。
「スケッチブックが白紙のままとは恐れ入った。これからも授業中に描くつもりなんだな、お前というヤツは」
「……だって……」
欲しいんだもの、とは言えなかった。欲しくてたまらない似顔絵だけれど。
「だっても何も、お前の場合は描きまくっても致命的に似ないと思うがな?」
俺とも思えん絵が出来るだけだ、とクックッと喉の奥で笑ってハーレイは家に帰ってしまった。
残されたものは白紙のスケッチブック。
ハーレイの肖像画に挑戦どころか、似顔絵すらも描けずに終わった。
でも……。
「…今は写真を持っているから、もう似顔絵は要らないものね」
ハーレイと二人で写した写真。夏休みの記念に写した写真。笑顔で写ったハーレイと、ぼく。
その写真をうんと堪能してから、古典の教科書とノートを取り出して開いてみた。
写真を撮る前の一学期。
ハーレイと再会してから夏休みまでの間の授業中に描いた似顔絵。
ぼくが必死で描いた似顔絵。
ハーレイの似顔絵欲しさに描いていたものの、あまりの似ていなさに自分で吹き出す。
(…ハーレイが眉間に皺を寄せたの、無理ないかも…)
嫌がらせか、と尋ねられたほどの悲惨な出来栄え。
とてもハーレイには見えないどころか、顔を歪める呪いをかけているのかと誤解されそうな酷い似顔絵。それでもぼくは頑張ったんだ。
時間切れだな、と告げられたあの日から後も積み重ねられた、ぼくの空しい努力の跡。
まるっきり似ていないハーレイの似顔絵が鏤められた教科書とノート。
そうやって奮闘したぼくだけれど、二学期に入ってからのノートと教科書にハーレイの似顔絵は一つも無い。似顔絵つきのページ作りは一学期だけで卒業した。
何故って、ぼくは最高のハーレイの写真を手に入れたから。
ハーレイの左腕にぼくが両腕で抱き付いていて、おまけにフォトフレームはハーレイのもの。
もう似顔絵は要らないんだ。
他の子たちが描く上手い似顔絵も、もう欲しいとは思わない。
学校便りの五月号は今でも宝物にしているけれど…。
だって、あれが一番最初のハーレイの写真。生真面目な顔の小さなモノクロの写真だけれども、最初に貰ったハーレイの写真。
学校で配られたプリントだけど。ハーレイに貰った写真じゃないけど…。
それでもハーレイが写った最初の写真。ぼくが手に入れた一番最初のハーレイの写真。
きっといつまでも宝物だよ、学校便りの五月号。
五月の三日から始まった、ぼくとハーレイとの青い地球での新しい生。
それを運んで来てくれた五月に貰った、学校便りの五月号。
あの日の朝のホームルームで配られた学校便りの小さな写真。
其処にハーレイが載っていることに気付いたのはずっと後だったけれど、大切な宝物なんだ…。
似顔絵・了
※美術の成績はトップだというのに、似顔絵の腕前は破壊的だったらしいブルーです。
それでも頑張って描きたかった気持ち、いじらさを分かってあげて下さい。
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