シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。
海を渡る蝶
(アサギマダラ…)
知らなかった、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
印象的な蝶の写真が載っている。前の翅は黒地に白い模様で、後ろの翅は褐色の地に白い模様。もっとも記事の説明によると、黒と茶色の方が翅脈、そちらが模様らしいのだけど。
アサギマダラという名前。大型の蝶で、鮮やかな模様だけでも目を引いたのに…。
この蝶は海を渡るという。渡り鳥が海を渡ってゆくのと同じに。
遠い昔に在った小さな島国、日本を名乗る地域の中では、渡りをしてゆく唯一の蝶。
夏の間は此処で過ごして、寒い季節は南の方へと移動する。海を渡って、南の地域に向かって。冬の間を其処で過ごして、暖かくなったら、また戻ってくる。まるでツバメのような蝶。
(渡る前には、ちゃんと集合して…)
群れを作って、皆で南を目指す。陸がある間は、陸を伝って。
この地域の中には、渡ってゆく前のアサギマダラの群れに出会える所も多いという。その季節に其処へ出掛けて行ったら、群れているアサギマダラたち。好物の花の蜜を吸おうと。
一番南の場所を離れたら、海の上を飛んでゆく蝶たち。海の上に花は、もう無いのに。
遥か南へと飛ぶアサギマダラは、凄い距離を移動するらしい。場合によっては二千キロも。
鳥ではなくて蝶なのに。
いくら大型の蝶だと言っても、蝶の翅には違いないのに。
風切り羽根も持っていなければ、逞しい翼も持ってはいない。人の指が触れれば剥がれる鱗粉、それが模様を描いているだけの薄い翅。骨さえも中に入ってはいない。
(雨とか風に弱そうだよ…)
アサギマダラが持つ翅は。
雨が降る日は、蝶は飛ばない。鳥たちだったら飛びもするけれど、蝶は姿を潜めるもの。雨粒に翅を打たれないよう、大きな木の葉の裏に隠れて。…雨粒を防ぐ木などを隠れ家にして。
雨の中を飛ぶ蝶は、まずいない。降り始めたなら、直ぐに隠れるから。
風が強い日も、やはり蝶たちは飛んだりしない。
鳥の翼とは違った翅は、風に煽られるだけだから。まるで木の葉が舞い散るみたいに、吹く風に巻かれて飛ばされるだけ。
強い風には逆らえなくて、翻弄されてしまうのが蝶。鳥とは違った生き物だから。
雨にも風にも弱い蝶たち。普段だったら、姿を隠す。雨や風を避けて、安全な場所へ。
そういう翅を持っているのに、海を渡ってゆくアサギマダラたち。寒くなる前には南へ渡って、暖かくなれば戻ってくる。他の蝶よりも丈夫な翅を、持っているわけではないというのに。
(そう簡単には破れないとか、鱗粉が剥がれないだとか…)
とても強くて特別な翅を持つのだったら、渡りをしても不思議ではない。渡りに向くよう、進化している蝶だから。他の蝶とは違うのだから。
(でも、そうじゃなくて…)
アサギマダラが持っている翅は、他の蝶たちと変わらない。乱暴に捕まえようとしたなら、呆気なく破れてしまう翅。時には折れてしまったりもして、海を越えてはゆけなくなる。
これが鳥なら、網でバサリと捕らえられても、羽は折れたりしないのに。
(そんな翅でも飛んで行くんだ…)
二千キロも離れた所まで。
鳥よりもずっと小さな身体で、儚く脆くて薄い翅で。
地球が滅びてしまう頃には、もう無くなっていたアサギマダラの「渡り」。汚染されてしまった大気の中では、蝶たちも生きてゆけなかったから。
全て滅びてしまう前にと、人間が保護したアサギマダラ。他の動物たちを、そうしたように。
いつか青い地球が蘇ったならば、その上に再び戻してやろうと。
人間たちが地球を離れて、SD体制が敷かれた時代。機械が統治していた時代も、動植物たちは保護されていた。いつの日か地球に戻すためにと。
(SD体制が終わって、地球が燃え上がって…)
何もかもが壊れて、青い水の星が宇宙に戻った。炎の中から再生してくる不死鳥のように。
アサギマダラは地球に戻され、昔と同じに海を渡ってゆくようになった。個体数が増えて充分な数になった後には、前のように群れを組むようになって。
他の地域にも、アサギマダラのように渡りをする蝶がいるらしい。季節が移れば、凄い距離を。
(再生した地球に戻した後でも、渡りをするなら…)
渡り鳥たちと同じで、まさしく本能。「この季節には渡ってゆかなければ」と飛んでゆく蝶。
夜も眠らず、暗い海の上を飛ぶのだろう。
風に乗ってか、翅を使うのか、どちらにしても、眠れば海に落ちてしまうから。
なんという強い蝶なのだろう、と感心させられたアサギマダラ。雨にも風にも弱いだろう翅で、遥か南まで渡りをする蝶。
渡り鳥でも大変な旅を、鳥よりも弱い蝶の身体でするだなんて、と。
(渡り鳥かあ…)
そういえば、と思い出したこと。おやつを食べ終えて、二階の部屋に戻った後で。勉強机の前に座って、アサギマダラの渡りを考えていたら。
海を越えてゆく渡り鳥たち。
今のハーレイと、何度も話した。夜も眠らず、休憩する場所も無い海の上を、懸命に飛んでゆく鳥たちのことを。
(もしも、ぼくたちが鳥だったなら…)
渡りをする鳥に生まれたのなら、もちろんハーレイと一緒に飛ぶ。渡りの季節が訪れたならば、他の鳥たちと群れを作って。
そうして渡ってゆくのだけれども、眠くなったり、翼が疲れてしまった時には…。
(ハーレイが支えて飛んでくれるって…)
落っこちないよう、寄り添って。逞しい翼で横から支えて、群れから離れないように。遥か下に広がる大海原へと、真っ直ぐに落ちてゆかないように。
(渡り鳥なら、ちゃんと支えてくれるんだから…)
アサギマダラに生まれたとしても、きっとハーレイが守ってくれる。渡りの旅に出る時は。
他の地域の渡りをする蝶、それに生まれても同じこと。
ハーレイと二人で飛んでゆくなら、隣を飛んで支えてくれる。眠りそうになった時にも、海へと落っこちないように。
(鳥だったら、海に落っこちたって…)
羽根が濡れるだけで、塩辛い水を振り払いながら、また飛び立ってゆけばいい。
海に落ちたら目だって覚めるし、「落っこちちゃった」と大慌てで。沈んでしまう前に、力強く翼を羽ばたかせて。
けれど、蝶だとそうはいかない。
雨にも弱い蝶の翅だと、海に落ちたらそれでおしまい。水面に翅ごと縫い付けられて、どんなにもがいても、翅は自由にならないから。…水面に落ちた虫の末路は、そうなるだけ。
幼かった頃から、何度も虫を助けてやった。水たまりなどに落ちてしまって、自由を失くした虫たちを。水面に翅がペタリと貼り付き、逃れられない可哀相な虫を。
だからこそ分かる、海に落っこちたアサギマダラの行く末。もう一度空へと飛び立ちたくても、塩辛い水に捕まった翅はもう剥がせない。もがくほどに鱗粉が剥がれていって。
そうする間に波に飲まれて、命は消えてしまうのだろう。水の下へと引き込まれて。波を被って海の底へと、ゆっくり沈んでいってしまって。
(そうなっちゃったら、おしまいだから…)
ハーレイが支えて飛び続けてくれる。眠りそうになっても、落っこちそうになった時にも。
横に並んで、自分の翅で支えてくれて。「落っこちるなよ?」と呼び掛けてくれて。
(頼もしいよね…)
ぼくだけだったら落っこちちゃうよ、と分かっているから、渡ってゆくならハーレイと一緒。
蝶でも鳥でも、ハーレイと二人で飛んでゆけたら、無事に渡りを終えられる。休憩できる場所が無くても、何日も飲まず食わずでも。…気が遠くなるような長い距離でも。
ハーレイと一緒なら安心だよね、とアサギマダラの写真を思い浮かべたけれど。蝶になっても、きっと頼りになるんだから、と考えたけれど。
(えっと…?)
渡り鳥の方ならともかく、ハーレイには蝶は似合わないかも、と頭を掠めた考え。
ハーレイの姿に、蝶の姿が上手く重ならない。イメージが合わないとでも言うのだろうか。渡り鳥なら、綺麗に重なってくれたのに。
羽ばたく姿も、大海原の上を何処までも飛んでゆくのも。隣に並んだ鳥を支えて、落ちないよう守り続ける姿も。
(なんで蝶だと重ならないわけ…?)
蝶の姿は、儚く頼りないからだろうか。雨にも風にも弱いのが蝶で、そんな日は姿を隠すから。
それとも甘い蜜を吸うのが、ハーレイには似合わないのだろうか?
(パウンドケーキは、甘くても似合っているけれど…)
今のハーレイの「おふくろの味」だという、大好物のパウンドケーキ。母が焼いたら、見ている方まで嬉しくなるような笑顔で食べる。「俺はこいつが大好きなんだ」と。
幸せそうにパウンドケーキを頬張る姿は、何処もおかしいとは思わない。むしろ良く似合う。
パウンドケーキが似合っているなら、甘い蜜のせいではないだろう。蝶と重ならない原因は。
(…蜜じゃなくって、花の方かな?)
蝶が吸うのは花たちの蜜。人間が食べる、砂糖や蜂蜜などではなくて。
長い管のようなものを伸ばして、ストローみたいに吸い上げてゆく花の中の蜜。その辺りが駄目なのかもしれない。
瓶詰の蜂蜜をハーレイがスプーンで掬っていたって、ごくありふれた日常の光景。きっと瓶から掬い上げては、色々なことに使うのだろう。菓子の材料にしたり、果物の上に振りかけたりと。
そういう姿は普通だけれども、蜂蜜の元になる花たちの蜜。それを花から直接吸うのが蝶たち、同じことをハーレイがストローでやっていたならば…。
(…薔薇が似合わない、って言われてたのが前のハーレイだしね?)
白いシャングリラで囁かれた噂。「キャプテンに薔薇は似合わない」などと、女性たちの間で。
薔薇が似合わないキャプテンだから、薔薇の花びらのジャムも貰えなかった。希少なジャムは、いつもクジ引きで分けられたけれど、ハーレイの前だけはクジ引きの箱が素通りしたくらい。
(薔薇の花もジャムも似合わないなら、花の蜜だって駄目なのかも…)
ストローで蜜を吸おうとしていたならば、誰もが笑い出すかもしれない。あまりにも似合わない姿だからと、それは可笑しそうに。
(ぼくが見たって、笑わないけど…)
そういうハーレイも微笑ましい。ストローで花の蜜を吸っても。
ジュースをストローで飲んでいるのと、何処も変わりはしないから。透き通ったガラスで出来た器が、生きている花になるというだけ。
(変じゃないよね…?)
おかしくないよ、と思うけれども、それは自分が「ハーレイのことを好き」だから、そのように感じるだけかもしれない。「コップか、花かの違いだけだよ」と、単純に。
(…他の人たちが見たんなら…)
白いシャングリラの頃と同じに、今のハーレイでも「似合わない」と噂が立つのだろうか。
蜂蜜を食べているならともかく、花から直接、蜜を吸ったら。
花たちに集まる蝶さながらに、ハーレイがストローで吸っていたなら。蝶はそうして、花たちの蜜を吸って生きるもの。花の蜜を吸って、それを食事にしているのだから。
原因は其処にあるのだろうか、と考え込む。ハーレイの姿に、蝶が重ならない理由。
(渡り鳥なら、餌は虫とか…)
花の蜜が好きな鳥もいるけれど、そういった鳥は少数派。大抵の鳥の餌は虫や、木の実や穀物。魚を捕まえて食べる鳥も多いし、蝶よりは逞しいイメージがある。花の蜜で命を繋ぐ蝶より。
(やっぱり花の蜜を吸うせいかな…?)
それでハーレイには蝶が重なってくれないのかな、と思っていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「あのね、ハーレイ…。ちょっと訊きたいんだけど…」
花の蜜を吸うのが似合わない人って、あるのかな?
イメージしようと思ってみたって、ちっとも頭に浮かばないほど。
「はあ? 花の蜜を吸うのが似合わないって…。なんの話だ?」
どういったヤツに似合わないんだ、とハーレイは怪訝そうな顔。「心当たりがあるのか?」と。
「…ハーレイのことなんだけど…。似合わないかな、花の蜜…」
蜂蜜だったら似合うだろうけど、花から直接吸おうとしてたら駄目なのかな、って…。
前のハーレイ、薔薇の花もジャムも似合っていない、ってシャングリラで言われていたものね。
薔薇の花びらのジャムのクジ引きだって出来なかったし…、と挙げた例。
他の様々な花たちのことは知らないけれども、薔薇の花だけは「似合わない」と噂だったから。
「…失礼なヤツだな、お前ってヤツは。花の蜜なら吸ってたぞ」
「ええっ!?」
いつの間に、と目を丸くした。
白いシャングリラに幾つも設けられた公園。ブリッジが見える一番大きな公園の他に、居住区の中に憩いの空間。色々な花が植えられていたし、蜜を吸うのは自由だけれど…。
(…前のハーレイが花の蜜って…)
そんなの知らない、と前の自分の記憶を手繰る。
キャプテンとしての視察の合間に、公園で吸っていたのだろうか。一息つこうと入った時には、花の蜜で英気を養ったとか…?
「勘違いするなよ、前の俺だと思ったな、お前?」
前の俺じゃなくて、今の俺の方だ。…シャングリラじゃ、花の蜜なんか吸っていないしな。
第一、それを知らなかった、とハーレイが浮かべた苦笑い。
白いシャングリラの公園で咲いた花たち、その蜜はミツバチたちのもの。どの公園にも、巣箱が置かれていたものだった。ミツバチはせっせと蜜を集めて、その蜜を人間たちが集める。
そういう決まりで、約束事。あの船で人間が食べていたのは蜂蜜だけ。
「俺が思うに、子供たちだって吸っていなかっただろう。花たちを駄目にしちまうからな」
人間様が蜜を吸うには、花を毟らないと無理だから。…花は小さいのに、人間の身体は、ずっと大きく出来てるだろうが。幼稚園に通う子供にしたって、花たちから見ればデカすぎだ。
その子供たちの遊びだな、と教えて貰った、花を毟って蜜を吸うこと。
花の形が筒に似ていると、たっぷりと蜜が吸えるという。ツツジやサルビア、スイカズラなど。小さくてもかまわないのだったら、レンゲの蜜も美味らしい。
遠い昔は、おやつになった花たちの蜜。人間が地球しか知らなかった時代は、子供たちが遊びのついでに食べた。花を毟って、中に溜まっている蜜を。
「そうなんだ…。花の蜜なら、甘いだろうしね…」
ミツバチが集める蜂蜜の元で、それを直接食べるんだから。…味は薄いかもしれないけれど。
「蜂蜜に比べりゃ、味は薄いな。しかし、甘さは充分あるぞ」
だからこそ、おやつ代わりになっていたんだ。咲いてれば、ヒョイと毟って、吸って。
俺は親父に色々教えて貰ったなあ…。蜜がある花も、どうやって蜜を吸うのかも。
つまりだ、俺の親父も花の蜜を美味しく吸っていたわけで…。ガキだった俺の目の前で。
今でも釣りに出掛けた時には、吸ってるんだと思うがな?
俺の親父だし、俺とは全く似ていないってわけじゃない。今の時代は本物の親子で、親父の顔は俺にも似てる。…ついでに俺より年を食ってる爺さんで…。
その親父にも、花の蜜を吸うのは似合わないってことになるんだが…。
お前が言ってる、「前の俺には似合いそうにない」って理屈だと。親父は俺の親父なんだから。
「ごめんなさい…。ハーレイのお父さんの悪口を言う気は無かったんだよ」
花の蜜の吸い方、詳しいなんて知らなかったから…。
きっと似合っているんだろうね、釣りの合間に花を毟って蜜を吸っていたら。
側で見てても、のんびりしていて素敵な景色。
きっと真似する人もいるよね、「この花の蜜は美味しいらしい」って。
ハーレイの父には似合うのだろう、花を毟って蜜を吸うこと。今のハーレイがそれをやっても、充分、絵になりそうな光景。
(学校の花壇のを、ちょっと毟って…)
吸っていたなら、たちまち生徒が集まるだろう。「先生、何をしてるんですか?」と、好奇心に瞳を輝かせて。
そうなったならば、ハーレイは余裕たっぷりに…。
(こうやって中の蜜を吸うんだ、って…)
手本を見せつつ、「だが、学校の花でやるなよ?」と釘を刺すのに違いない。寄って来た生徒が花を毟ったら、花壇の花はすっかり消えてしまうから。次から次へと毟り取られて。
(一人や二人じゃないもんね?)
ハーレイを真似て、蜜を吸おうとする生徒たち。それに情報は直ぐに伝わり、其処にいなかった生徒たちまでが花壇を目指す。「あそこに咲いてる、この花の蜜が美味しいらしい」と。
そんな具合だから、誰もハーレイを笑いはしない。「似合わない」とも言ったりはしない。
でも…。
「…ハーレイには、やっぱり似合わないように思うんだけど…」
ちょっと無理そう、と頭の中にアサギマダラを描く。花の蜜を吸うハーレイだったら、ごくごく自然に浮かんでくるのに、アサギマダラは重ならない。…ハーレイの姿に似合いはしない。
「似合わないって…。俺に、花の蜜がか?」
ガキの頃には吸っていたって、今はデカすぎて似合っていないと言いたいのか、お前…?
まあ、昔ほどには似合わんだろうが…、とハーレイは勘違いをした。花の蜜を吸う姿だったら、今でも似合っているというのに。
「ううん、そうじゃなくて…。それかと思っていたんだけれど…」
花の蜜を直接吸っているのが、似合わないのかと思ったんだけど…。
蜂蜜だったら、ハーレイでもちゃんと似合いそうだから。
蜂蜜の瓶からスプーン掬って、お菓子の材料に混ぜていくとか、果物にかけて食べるとか。
そっちだったら似合うけれども、花から直接は駄目なのかな、って…。
「なんだ、どうした?」
俺と花の蜜がどうかしたのか、直接吸ったら何か問題でもありそうなのか…?
花の蜜は美味いものなんだがな、とハーレイは蜜にこだわるけれど。花の蜜の話だと思い込んでいるのだけれども、そうではない。
事の起こりはアサギマダラで、それがハーレイと重ならないこと。同じように海を渡る鳥なら、自然にピタリと重なるのに。
だから…。
「似合わないのは花の蜜じゃなくて、アサギマダラが似合わないんだよ」
蝶の名前だけど、それがハーレイと重ならなくて…。ハーレイには似合っていないよね、って。
そう思うんだけど、と打ち明けた。自分の頭を悩ませている原因を。
「アサギマダラだと? そいつなら俺も知ってるが…」
有名な蝶だし、本物を見掛けたこともある。親父と一緒に出掛けた先の山の中でな。
だが、あれが俺に似合わないとは…。何処からそういうことになるんだ、他の蝶より俺向けだ。
蝶の中ではデカイ方だし、華奢な印象ではないからな。蝶の世界では、デカブツだから。
色合いだって俺に似てるぞ、黒と茶色がよく目立つんだ。白い部分のせいで、引き立って。
俺の色に似ているだろうが、とハーレイが指差す自分の顔。褐色の肌と鳶色の瞳は、黒と茶色の蝶に似ていないこともない。アサギマダラが持っている色に。
「そうなのかも…。大きな蝶だって書いてあったし、色もハーレイに似ているかも…」
でもね、あの蝶は海を渡るでしょ?
アサギマダラは、渡り鳥みたいに渡りをするって、新聞に載っていたんだよ。寒くなってしまう前に、南の地域へ。…群れを作って、海を渡って。
暖かくなったら、それとは逆に戻って来るって…。もう一度、海の上を越えてね。
「渡りの話は有名だよな。…それのお蔭で名前が知られているんだから」
この地域では、渡りをする蝶はアサギマダラしかいないんだ。それこそ、ずっと昔から。人間が地球しか知らなかった頃から、あの蝶は渡りを続けていた。
今の時代も、記録を取っている愛好家たちが多いよな。何処まで飛んだか、調べてるんだ。翅に記号を書き込んだりして、移動してゆく距離やルートを。
アサギマダラと言えば渡りだが、渡ってゆく話がどうだと言うんだ?
俺に似合わないと言うんだったら、それも大いに心外だな。
アサギマダラほどの距離は無理だが、長距離を走るのも、泳ぐのも俺は得意なんだし。
俺に似合いの蝶だと思うが、とハーレイが言うアサギマダラ。共通点は確かに多い。
けれど、重ならないのも事実。これだけ色々と並べられても、ハーレイの姿とアサギマダラは、やはり重なってはくれないから。
「えっとね…。渡りをするのが問題なんだよ、飛んでゆく距離とかは別にして」
ハーレイと何度も渡り鳥の話をしたでしょ、海を越えて飛んでゆく鳥たち。…夜も寝ないで。
ぼくとハーレイが渡り鳥だったら、渡りの時には、ハーレイがぼくを守ってくれるって…。
疲れちゃったり、眠くなったりしちゃった時でも、落ちないように支えてくれるって。
ハーレイが一緒に飛んでくれるから、とても頼もしいんだけど…。
うんと遠くまで飛ばなくちゃ駄目で、休む場所なんか何処にも無くても、ハーレイとだったら、きっと落ちずに飛んでゆけるから。
渡り鳥なら、そうなるんだし…。アサギマダラでも大丈夫だよね、って思っていたら…。
ぼくとハーレイがアサギマダラに生まれていたなら、一緒に飛べると思っていたんだけれど…。
ハーレイと上手く重ならないんだよ、アサギマダラが。…ぼくの頭の中で、ちっとも。
今もやっぱり重ならないよ、と瞳を瞬かせた。渡り鳥なら、無理なく重なるのに。
「アサギマダラが俺と重ならないって…。色なら俺とよく似ているが?」
さっきも言ったが、黒と茶色で、俺の色に似てると思うがな?
蝶の中ではデカブツってトコも、俺に似てると言えるだろう。…他所の地域には、もっとデカイ蝶もいるんだが…。この地域なら、あれでも充分デカイんだし。
俺に似てるぞ、とハーレイは繰り返した。「アサギマダラは、蝶の中では俺に似てるな」と。
「そうかもだけど…。似てる所はあるんだけれど…」
それよりも前に、蝶そのものだよ。…色だけじゃなくて、大きさの方も問題じゃなくて。
渡り鳥なら、どんな鳥でも、ハーレイを重ねられるんだけど…。
ハーレイ、自分にアサギマダラが似合うと思う?
アサギマダラになって、飛ぶこと。
あの蝶になって、海を渡って、ずうっと南の遠い所まで飛んでゆくことが…?
「なんだって…?」
色や大きさは問題じゃなくて、この俺が蝶になることだってか?
アサギマダラになって飛んで行く姿が問題なんだな、海の上を越えて渡りをして…?
俺が蝶か、とハーレイは腕組みをして考え込んだ。「アサギマダラが、俺そのものか」と。
それからフウとついた溜息。「似合わんな」と、呆れた風に。
「俺らしい色だし、蝶の中ではデカブツなんだが…。似合っていないな、お前が言う通り」
確かに俺には似合わないようだ、アサギマダラというヤツは。
俺がそっくりアレになるなど、自分でも全く想像がつかん。「あれが俺だ」と思ってみたって、まるで重なってはくれないな。…共通点なら幾つもあるのに。
「でしょ? ハーレイとアサギマダラは、ちっとも重ならないんだよ」
ぼくが一人で考えてた時は、共通点には気付いていなかったけど…。色も、大きさも。
共通点を教えて貰った後でも、やっぱり重ならないけどね。
…それでね、ぼくが考えていた重ならない原因、花の蜜を吸ってることだったんだよ。花の蜜を吸って生きてる所が、ハーレイらしくないのかな、って。
前のハーレイには薔薇が似合わないって話があったし、花の蜜を吸うのが駄目なのかも、って。
渡り鳥なら、食べ物は花の蜜じゃないから…。虫とか木の実で、蝶とは全く違うもの。
しっかり食べているんだものね、と渡り鳥の食べ物を持ち出した。花の蜜だけで生きる蝶より、遥かに「生き物」らしい生き方。その辺りで違いが出るのだろうか、と。
「花の蜜なあ…。それだけで生きているとなったら、まるで精霊みたいだが…」
アサギマダラと俺が重ならない原因ってヤツは、花の蜜を吸うせいじゃないだろう。
それはどうやら、蝶そのものが駄目なんだ。…俺には全く似合わなくて。
「蝶そのものが駄目って…。どういう意味?」
ハーレイ、自分で言ってたじゃない。…アサギマダラはハーレイの色に似てる、って。
蝶の中では大きい所も、ハーレイにとても良く似てて…。
渡りで長い距離を飛ぶのも、今のハーレイなら同じようなことをしてるんだから。ジョギングで長い距離を走るし、遠泳だって得意なんでしょ…?
似ているじゃない、と改めて数えた、ハーレイとアサギマダラの共通点。…それだけあっても、今も重なってはくれないけれど。
ハーレイはハーレイで、アサギマダラの姿は重なって来ない。
渡り鳥なら、本当に無理なく重なるのに。
身体の小さなツバメだろうと、「あれがハーレイだよ」と、頭の中に浮かぶのに。
どうしてだろう、と首を傾げることしか出来ない。何故、ハーレイと重ならないのか、と。
「ねえ、ハーレイ…。蝶だと、何がいけないの?」
アサギマダラとハーレイだったら、似ている所も多いのに…。何処が駄目なの?
分からないよ、と鳶色の瞳を見詰めて尋ねた。ハーレイは「簡単だがな?」と自分の肩を指先でトンと叩いて、「答えは此処だ」と肩の後ろを指しながら…。
「一つ訊くがな…。俺の背中に、蝶の翅ってヤツは似合いそうか?」
どう思う、と投げられた問い。背後を指で示したままで。
「…背中?」
「ああ。俺の背中だ、今は後ろに壁くらいしか無いんだが…。想像力を働かせてくれ」
俺の背中に、天使の翼みたいな具合に、蝶の翅っていうヤツをくっつけてみろ。…頭の中で。
アサギマダラでも何でもいいから、蝶の翅だ。どういう感じになりそうなのか。
翅を広げたら、こうなるよな、とハーレイの指が描いた線。何もない空間に、スイと左に、次は右にと。見えない翅があるかのように。
線を描いたら、ハーレイは手をテーブルの上に戻して笑んだ。「想像力の出番だぞ?」と。
「えーっと…? 蝶の翅だよね…?」
アサギマダラでもいいし、他の蝶でもよくて…。ハーレイの背中に、蝶の翅…。
頭の中でくっつけなくちゃ、とハーレイを前にして、イメージしてみた蝶の翅。ハーレイの指がさっき描いていたように、まずは透明な翅の形から。
(右と左に、おんなじ翅…)
蝶の翅だとこんな感じ、と描こうとしても、翅の形が浮かんでこない。蝶の翅なら、いくらでも頭の中にあるのに。…アサギマダラの写真だったら、今日、新聞で見たばかりなのに。
(…蝶の翅…)
くっつかないよ、と何度もパチパチ瞬き。天使の羽なら、ちゃんとイメージ出来るのに。純白の翼も、ハーレイらしい茶色の羽根が生えた翼も。
なのに浮かばない、蝶の翅の方。どう頑張っても、天使の翼と置き換えたくても。
(全然駄目…)
まるで想像できない姿。蝶の翅を背中に持ったハーレイ。それが少しも浮かんでくれない。
色合いだったら似合いそうな筈のアサギマダラも、ただ透明なだけの蝶の翅さえ。
じっとハーレイの後ろを眺めて、くっつけようと試みた翅。蝶の翅なら片方に二枚、大きな翅と少し小ぶりの翅と。それを左右につけるだけのことが、少しも出来ない。
天使の翼はくっついたのに。…ハーレイらしい茶色の翼を、アサギマダラの翅にしたいのに。
(…ホントに翅がくっつかない…)
透明な翅さえ描けないなら、それは「似合っていない」ということ。ハーレイに似合いの天使の翼は、ちゃんと描けているのだから。真っ白な翼も、茶色の羽根に覆われた翼も。
悪戦苦闘している所へ、ハーレイの愉快そうな声。
「どうだった、おい?」
俺の背中に、蝶の翅を見事にくっつけられたのか?
アサギマダラでも何でもいいがだ、その翅、俺に似合っているか…?
どうなんだ、とハーレイには答えが見えているよう。蝶の翅など描けないまま、似合いそうにもないと思っていることが。
きっと隠しても無駄だろうから、素直に答えた。「くっつかないよ」と。
「うんと頑張ってみたんだけれど…。ハーレイの背中に、蝶の翅、くっつけられないんだよ」
天使の翼はくっついたけれど、蝶の翅は駄目。…アサギマダラも、透明なだけの翅だって。
ハーレイには似合わないみたい…。天使の翼はくっつくけれども、蝶の翅だと駄目なんだもの。
もしもピッタリ似合うんだったら、蝶の翅、くっついてくれそうでしょ…?
ハーレイに似合っている翅が、と天使の翼のことを話した。白い翼もくっつけられるし、茶色の羽根の翼も直ぐに浮かんでくるよ、と。「でも、蝶の翅は無理みたい」とも。
「そうか、頑張っても無理だったか。…そうなるだろうとは思ってたがな」
それだ、アサギマダラと俺が重ならない原因は。
俺の背中に、蝶の翅ってヤツは似合わない。…俺には似合いの色を持ってるアサギマダラでも。
どうやっても俺には似合わないのが蝶の翅でだ、だから蝶とも重ならない。
アサギマダラと共通点はあっても、俺は蝶にはなれないんだな。
なれないのならば、重なるわけがないだろう?
俺の姿と重ねたくても、アサギマダラは重なりはしない。…俺は蝶にはなれないから。
どんなに色合いが俺に似ていようと、デカブツな所がそっくりだろうと、無理な相談というヤツだな。アサギマダラを俺と重ねるのは。
努力するだけ無駄ってことだ、とハーレイは可笑しそうな顔。「蝶だしな?」と。
「お前、妖精、知ってるだろう?」
花の妖精とか、いろんなヤツがいるんだが…。妖精くらいは知っているよな?
「うん。見たことは一度も無いけどね」
今の地球なら、妖精だって戻って来ていそう。花が咲いてる野原に行ったら、きっといるよね。人間の目には見えなくっても、輪になって踊っていたりもして。
「フェアリーリングなあ…。そういう話も前にしたっけな、妖精が踊った後に出来る輪」
その妖精だが、あれには蝶の翅が似合いだ。そういう絵、幾つも描かれているだろ?
だがな、どの絵も女ばかりだ。…男の妖精に蝶の翅ってヤツはくっついてるか…?
背中に蝶の翅を背負った、男の妖精を知っているか、と問い掛けられて首を捻った。知っている知識を総動員して、妖精たちの姿を思い浮かべて。
「んーと…? 男の妖精だよね? それで背中に蝶の翅があって…」
どうだろう、と懸命に探すけれども、出て来ない。背中に蝶の翅を持っている、男の妖精。女の姿の妖精だったら、いくらでも頭に浮かぶのに。挿絵や絵画や、様々なものが。
けれど、男の妖精はいない。蝶の翅を持った妖精どころか、背中に翅が無いかもしれない。翅を持った妖精がいるとしたって、咄嗟には何も出て来てくれない。
(…男の妖精は、蝶の翅を持っていないわけ…?)
あれは女の妖精だけなの、と高い壁にぶつかってしまった思考。妖精といえば、背中にあるのが蝶などの翅。そうだと思い込んでいたのに、男の妖精は、それを持ってはいないようだから。
「どうだ、ブルー? …浮かばんだろうが、蝶の翅を持った男の妖精は」
女の妖精なら山といるがな、とハーレイは今度も先回りした。答えは知っているとばかりに。
「…そうみたいだけど…。いくら考えても、出て来ないけど…」
蝶の翅がある男の妖精、いないものなの?
誰も出会ったことがなくって、絵を描いた人もいなかったりする…?
「どうなんだかなあ…。俺も詳しくはないんだが…。妖精は日本のものじゃないから」
しかしだ、人魚なんかだと、男の人魚は醜いそうだぞ。女の人魚は、それは綺麗なのに。
それと同じで、男の妖精も醜いヤツが多いんだ。
妖精の世界じゃ、女は綺麗で、男は醜いのが普通なのかもな。
醜い姿の者が多いのが、妖精の男。よく知られているドワーフも、姿は醜いという。もちろん、背中に蝶の翅は無い。ただの小人で、とても醜く描かれたりもして。
「醜い姿に、蝶の翅なんぞは似合わんだろう? 蝶は綺麗なものなんだから」
そのせいなのか、蝶の翅をくっつけた男の妖精ってヤツは、俺だって思い浮かばんな。幾つもの資料を当たっていったら、何処かにいるかもしれないが。
だが、有名じゃないってことはだ、男には似合わないってこった。…蝶の翅がな。それは美しい姿をしてても、駄目なんだろう。そいつが男である限りは。
だから俺にも似合わないわけだ。お前がいくら頑張ってみても、蝶の翅は俺にはくっつかない。俺も男には違いないから、駄目ってことだな。
「…そうなっちゃうわけ?」
蝶の翅、男には似合わないから、ハーレイにも似合ってくれないの…?
それでハーレイとアサギマダラは、どうしてもイメージが重ならないわけ…?
「結論から言えば、それに尽きるな。どう転がっても、俺には蝶の翅は似合わん」
アサギマダラだろうが、真っ黒なカラスアゲハだろうが。…どれも俺には似合わないわけだ。
お前のイメージは間違っちゃいない、と言われたけれど。ハーレイと蝶は、重ならなくても何も不思議は無いらしいけれど、それならば鳥はどうなるのだろう?
渡り鳥の話で出て来たツバメは、鳥の中では可憐な方。けれどハーレイを重ねられるから。
「…ハーレイの話も分かるけど…。でも…。渡り鳥なら、ハーレイに似合っていたよ?」
ツバメは変だと思わなかったし、渡り鳥じゃないけど、鶴だって…。
ぼくたちを鶴に重ねて話してた時も、少しもおかしくなかったのに…。鶴とハーレイ、頭の中でピタリと重なってたのに…。
「そいつは、どれも鳥だからだろ」
うんと可憐な鳥も多いが、逞しい鳥も多いから…。翼を広げりゃ、鶴だってとてもデカイんだ。
だからだろうなあ、天使でなくても、翼のついてる男は昔からいるもんだ。
神話の中にも、伝説の中にも。
作り物の翼で空に舞い上がったイカロスにしても、鳥の翼で飛んだだろうが。
しかし、蝶の翅を持った男の話は、俺の知る中には無いからなあ…。
男にはよっぽど似合わないんだな、妖精だろうが、神話や伝説の人物だろうが。
致命的に似合わないんだろう、とハーレイは笑う。「俺でなくても駄目なようだ」と。
「其処へ持って来て、俺だしな? いかつい身体に蝶の翅はなあ…」
似合わないのが当然だろうし、アサギマダラの翅でも無理だ。あれだって蝶の翅なんだから。
もう絶対に無理ってもんだ、とハーレイが否定する蝶の翅。「俺には無理だ」と、手を広げて。
「それって、イメージの問題なの?」
ハーレイに蝶の翅が似合わないから、アサギマダラの姿と重ならないの…?
共通点が幾つもあっても、ハーレイの上にアサギマダラを重ねることは出来ないわけ…?
「そうなるんだろうな、相手が蝶の翅だけに。…女の妖精しか持っていないような翅」
前のお前でも無理だと思うぞ、蝶の翅を持つというのはな。…ソルジャー・ブルーでも。
どう思う、前のお前に蝶の翅は似合いそうなのか…?
そっちも、ちょいと考えてみろ、と促されなくても、答えは直ぐに弾き出された。今の時代も、人気を誇るソルジャー・ブルー。王子様扱いされるくらいなのだし、美しい容姿には違いない。
けれど、その背に蝶の翅をつけることが出来るかと問われたら…。
「前のぼくでも、駄目だと思う…」
なんだか変だよ、蝶の翅なんて。…アサギマダラでも、モンシロチョウでも、どんな蝶でも。
「ほら見ろ。…天使みたいだった前のお前にしたって、蝶の翅を持つのは無理なんだ」
それが男の限界ってヤツだな、どう頑張っても蝶の翅など持てやしない。…俺でなくても。
蝶の姿が重ならないのも仕方ないだろ、最初から違いすぎるんだから。
俺とアサギマダラじゃ月とスッポンどころじゃないぞ、とハーレイが指摘する両者の違い。幾つ共通点があっても、ハーレイの姿にアサギマダラは重ならないらしい。
「…じゃあ、アサギマダラになって、海を越えて飛んで行くっていうのは…」
ぼくとハーレイとでやるのは無理なの、二人で海は越えて行けない…?
「いや、その点なら大丈夫だろう。アサギマダラの世界にもオスはいるんだから…」
お互い、蝶になっちまったなら、姿のことは気にならんだろう。蝶の翅が普通なんだしな?
だが、今の俺の姿に、蝶の翅はどうにも似合わんぞ。アサギマダラの翅にしたって。
「…蝶の翅…。チビのぼくでも難しいよね…」
今の間なら似合うのか、って尋ねられても、似合わないと思う…。
子供のぼくでも似合わないなら、男の人には、本当に似合わないんだね…。蝶の翅って。
なるほど、と納得させられた。蝶の翅が似合わない、男性という種類の人間について。
そのせいで海を渡る蝶のアサギマダラは、ハーレイの姿に重ならなかったのか、と。
蝶の翅自体が似合わないなら、蝶が重なる筈もない。
もっとも、蝶の翅が全く似合わないのは、ハーレイだけではなくて、自分もだけれど。今よりも遥かに美しかった、ソルジャー・ブルーでも似合わないのだけれど。
そうは言っても、ハーレイと二人で海を渡って飛んでゆくことには憧れる。渡り鳥はもちろん、渡り鳥のように海を渡ってゆく蝶だって。
だから強請らずにはいられない。…蝶の翅が似合わない、褐色の肌の恋人に。
「ハーレイの背中に、蝶の翅は似合わないらしいけど…。でも…」
ぼくたちがアサギマダラになっちゃった時は、ハーレイ、一緒に海を渡ってくれるよね?
南まで飛んで行く旅の途中で、ぼくが落っこちちゃわないように。
眠りそうになったら、ちゃんと隣で支えてくれて…?
「もちろんだ。…その時はきっと、お前の目には俺が頼もしく見えるだろうさ」
翼の代わりに、蝶の翅を持った姿の俺でも。ひらひらと飛んでいるだけでも。
お前だってきっと綺麗に見えるぞ、他の誰よりも。
蝶の翅の模様はどれも同じにしたって、お前は、群れの中の誰よりも綺麗な蝶なんだろうな。
俺がすっかり参っちまうほど…、とハーレイが褒めてくれるから。
「そうだといいな…」
誰よりも綺麗だと思って貰えるアサギマダラになれたら、嬉しいんだけど…。
そして誰よりも強いハーレイと一緒に飛んでゆけたら、もう本当に最高だけど…。
二人一緒に飛んでゆこうね、と頼もうとしたら、「気が早いヤツだな」と返った返事。
「おいおい、アサギマダラになって二人で飛ぶのもいいが、だ…。蝶になるより前にだな…」
今の人生を楽しまないと、と諭された。「まずは二人で、其処からだろう?」と。
それは確かに間違っていないし、二人で今を生きてゆく。青い地球の上に生まれ変わった今を。
そうして、忘れないでいたなら、いつかハーレイとアサギマダラを見に行きたい。
雨にも風にも弱い筈の翅で、海を渡るという逞しい蝶を。
「あんな風にハーレイと飛んでみたいよ」と、今の自分にさえも似合わない翅を持つ蝶を。
きっとハーレイとなら、蝶になっても飛べるから。長い渡りも、二人なら飛べる。
弱い翅でも、海を渡って二人で飛んでゆける筈だから、海を渡る蝶をハーレイと見よう。
アサギマダラが海を渡る前に、群れを作るという場所に行って。
これから海を越えてゆく群れを、ハーレイと二人で見送ろう。
「元気に飛んで、帰って来てね」と。
長い旅でも、海に落ちずに、みんな揃って春に戻って来て欲しいから。
ハーレイの色を持ったアサギマダラの群れに向かって、懸命に手を振ってやりたい。
「行ってらっしゃい」と、「海の上でも頑張ってね」と…。
海を渡る蝶・了
※海を渡る蝶、アサギマダラ。渡り鳥のような長旅も、ハーレイならブルーを支えそう。
けれど、ブルーには想像出来なかった、蝶のハーレイ。蝶の翅は、男性には似合わないもの。
ハレブル別館ですが、年度末で終了することに決めました。
例年だったら訪問者がある年末年始も、pixiv に来た人はゼロのまま。
「その後の二人」を書くかどうかは、気分次第でしょう。
おバカなシャングリラ学園生徒会室の方は、今年も今まで通りです。
他の二つのサイトについては、続けられる間は、書き続けると思います。
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知らなかった、とブルーが眺めた新聞記事。学校から帰って、おやつの時間に。
印象的な蝶の写真が載っている。前の翅は黒地に白い模様で、後ろの翅は褐色の地に白い模様。もっとも記事の説明によると、黒と茶色の方が翅脈、そちらが模様らしいのだけど。
アサギマダラという名前。大型の蝶で、鮮やかな模様だけでも目を引いたのに…。
この蝶は海を渡るという。渡り鳥が海を渡ってゆくのと同じに。
遠い昔に在った小さな島国、日本を名乗る地域の中では、渡りをしてゆく唯一の蝶。
夏の間は此処で過ごして、寒い季節は南の方へと移動する。海を渡って、南の地域に向かって。冬の間を其処で過ごして、暖かくなったら、また戻ってくる。まるでツバメのような蝶。
(渡る前には、ちゃんと集合して…)
群れを作って、皆で南を目指す。陸がある間は、陸を伝って。
この地域の中には、渡ってゆく前のアサギマダラの群れに出会える所も多いという。その季節に其処へ出掛けて行ったら、群れているアサギマダラたち。好物の花の蜜を吸おうと。
一番南の場所を離れたら、海の上を飛んでゆく蝶たち。海の上に花は、もう無いのに。
遥か南へと飛ぶアサギマダラは、凄い距離を移動するらしい。場合によっては二千キロも。
鳥ではなくて蝶なのに。
いくら大型の蝶だと言っても、蝶の翅には違いないのに。
風切り羽根も持っていなければ、逞しい翼も持ってはいない。人の指が触れれば剥がれる鱗粉、それが模様を描いているだけの薄い翅。骨さえも中に入ってはいない。
(雨とか風に弱そうだよ…)
アサギマダラが持つ翅は。
雨が降る日は、蝶は飛ばない。鳥たちだったら飛びもするけれど、蝶は姿を潜めるもの。雨粒に翅を打たれないよう、大きな木の葉の裏に隠れて。…雨粒を防ぐ木などを隠れ家にして。
雨の中を飛ぶ蝶は、まずいない。降り始めたなら、直ぐに隠れるから。
風が強い日も、やはり蝶たちは飛んだりしない。
鳥の翼とは違った翅は、風に煽られるだけだから。まるで木の葉が舞い散るみたいに、吹く風に巻かれて飛ばされるだけ。
強い風には逆らえなくて、翻弄されてしまうのが蝶。鳥とは違った生き物だから。
雨にも風にも弱い蝶たち。普段だったら、姿を隠す。雨や風を避けて、安全な場所へ。
そういう翅を持っているのに、海を渡ってゆくアサギマダラたち。寒くなる前には南へ渡って、暖かくなれば戻ってくる。他の蝶よりも丈夫な翅を、持っているわけではないというのに。
(そう簡単には破れないとか、鱗粉が剥がれないだとか…)
とても強くて特別な翅を持つのだったら、渡りをしても不思議ではない。渡りに向くよう、進化している蝶だから。他の蝶とは違うのだから。
(でも、そうじゃなくて…)
アサギマダラが持っている翅は、他の蝶たちと変わらない。乱暴に捕まえようとしたなら、呆気なく破れてしまう翅。時には折れてしまったりもして、海を越えてはゆけなくなる。
これが鳥なら、網でバサリと捕らえられても、羽は折れたりしないのに。
(そんな翅でも飛んで行くんだ…)
二千キロも離れた所まで。
鳥よりもずっと小さな身体で、儚く脆くて薄い翅で。
地球が滅びてしまう頃には、もう無くなっていたアサギマダラの「渡り」。汚染されてしまった大気の中では、蝶たちも生きてゆけなかったから。
全て滅びてしまう前にと、人間が保護したアサギマダラ。他の動物たちを、そうしたように。
いつか青い地球が蘇ったならば、その上に再び戻してやろうと。
人間たちが地球を離れて、SD体制が敷かれた時代。機械が統治していた時代も、動植物たちは保護されていた。いつの日か地球に戻すためにと。
(SD体制が終わって、地球が燃え上がって…)
何もかもが壊れて、青い水の星が宇宙に戻った。炎の中から再生してくる不死鳥のように。
アサギマダラは地球に戻され、昔と同じに海を渡ってゆくようになった。個体数が増えて充分な数になった後には、前のように群れを組むようになって。
他の地域にも、アサギマダラのように渡りをする蝶がいるらしい。季節が移れば、凄い距離を。
(再生した地球に戻した後でも、渡りをするなら…)
渡り鳥たちと同じで、まさしく本能。「この季節には渡ってゆかなければ」と飛んでゆく蝶。
夜も眠らず、暗い海の上を飛ぶのだろう。
風に乗ってか、翅を使うのか、どちらにしても、眠れば海に落ちてしまうから。
なんという強い蝶なのだろう、と感心させられたアサギマダラ。雨にも風にも弱いだろう翅で、遥か南まで渡りをする蝶。
渡り鳥でも大変な旅を、鳥よりも弱い蝶の身体でするだなんて、と。
(渡り鳥かあ…)
そういえば、と思い出したこと。おやつを食べ終えて、二階の部屋に戻った後で。勉強机の前に座って、アサギマダラの渡りを考えていたら。
海を越えてゆく渡り鳥たち。
今のハーレイと、何度も話した。夜も眠らず、休憩する場所も無い海の上を、懸命に飛んでゆく鳥たちのことを。
(もしも、ぼくたちが鳥だったなら…)
渡りをする鳥に生まれたのなら、もちろんハーレイと一緒に飛ぶ。渡りの季節が訪れたならば、他の鳥たちと群れを作って。
そうして渡ってゆくのだけれども、眠くなったり、翼が疲れてしまった時には…。
(ハーレイが支えて飛んでくれるって…)
落っこちないよう、寄り添って。逞しい翼で横から支えて、群れから離れないように。遥か下に広がる大海原へと、真っ直ぐに落ちてゆかないように。
(渡り鳥なら、ちゃんと支えてくれるんだから…)
アサギマダラに生まれたとしても、きっとハーレイが守ってくれる。渡りの旅に出る時は。
他の地域の渡りをする蝶、それに生まれても同じこと。
ハーレイと二人で飛んでゆくなら、隣を飛んで支えてくれる。眠りそうになった時にも、海へと落っこちないように。
(鳥だったら、海に落っこちたって…)
羽根が濡れるだけで、塩辛い水を振り払いながら、また飛び立ってゆけばいい。
海に落ちたら目だって覚めるし、「落っこちちゃった」と大慌てで。沈んでしまう前に、力強く翼を羽ばたかせて。
けれど、蝶だとそうはいかない。
雨にも弱い蝶の翅だと、海に落ちたらそれでおしまい。水面に翅ごと縫い付けられて、どんなにもがいても、翅は自由にならないから。…水面に落ちた虫の末路は、そうなるだけ。
幼かった頃から、何度も虫を助けてやった。水たまりなどに落ちてしまって、自由を失くした虫たちを。水面に翅がペタリと貼り付き、逃れられない可哀相な虫を。
だからこそ分かる、海に落っこちたアサギマダラの行く末。もう一度空へと飛び立ちたくても、塩辛い水に捕まった翅はもう剥がせない。もがくほどに鱗粉が剥がれていって。
そうする間に波に飲まれて、命は消えてしまうのだろう。水の下へと引き込まれて。波を被って海の底へと、ゆっくり沈んでいってしまって。
(そうなっちゃったら、おしまいだから…)
ハーレイが支えて飛び続けてくれる。眠りそうになっても、落っこちそうになった時にも。
横に並んで、自分の翅で支えてくれて。「落っこちるなよ?」と呼び掛けてくれて。
(頼もしいよね…)
ぼくだけだったら落っこちちゃうよ、と分かっているから、渡ってゆくならハーレイと一緒。
蝶でも鳥でも、ハーレイと二人で飛んでゆけたら、無事に渡りを終えられる。休憩できる場所が無くても、何日も飲まず食わずでも。…気が遠くなるような長い距離でも。
ハーレイと一緒なら安心だよね、とアサギマダラの写真を思い浮かべたけれど。蝶になっても、きっと頼りになるんだから、と考えたけれど。
(えっと…?)
渡り鳥の方ならともかく、ハーレイには蝶は似合わないかも、と頭を掠めた考え。
ハーレイの姿に、蝶の姿が上手く重ならない。イメージが合わないとでも言うのだろうか。渡り鳥なら、綺麗に重なってくれたのに。
羽ばたく姿も、大海原の上を何処までも飛んでゆくのも。隣に並んだ鳥を支えて、落ちないよう守り続ける姿も。
(なんで蝶だと重ならないわけ…?)
蝶の姿は、儚く頼りないからだろうか。雨にも風にも弱いのが蝶で、そんな日は姿を隠すから。
それとも甘い蜜を吸うのが、ハーレイには似合わないのだろうか?
(パウンドケーキは、甘くても似合っているけれど…)
今のハーレイの「おふくろの味」だという、大好物のパウンドケーキ。母が焼いたら、見ている方まで嬉しくなるような笑顔で食べる。「俺はこいつが大好きなんだ」と。
幸せそうにパウンドケーキを頬張る姿は、何処もおかしいとは思わない。むしろ良く似合う。
パウンドケーキが似合っているなら、甘い蜜のせいではないだろう。蝶と重ならない原因は。
(…蜜じゃなくって、花の方かな?)
蝶が吸うのは花たちの蜜。人間が食べる、砂糖や蜂蜜などではなくて。
長い管のようなものを伸ばして、ストローみたいに吸い上げてゆく花の中の蜜。その辺りが駄目なのかもしれない。
瓶詰の蜂蜜をハーレイがスプーンで掬っていたって、ごくありふれた日常の光景。きっと瓶から掬い上げては、色々なことに使うのだろう。菓子の材料にしたり、果物の上に振りかけたりと。
そういう姿は普通だけれども、蜂蜜の元になる花たちの蜜。それを花から直接吸うのが蝶たち、同じことをハーレイがストローでやっていたならば…。
(…薔薇が似合わない、って言われてたのが前のハーレイだしね?)
白いシャングリラで囁かれた噂。「キャプテンに薔薇は似合わない」などと、女性たちの間で。
薔薇が似合わないキャプテンだから、薔薇の花びらのジャムも貰えなかった。希少なジャムは、いつもクジ引きで分けられたけれど、ハーレイの前だけはクジ引きの箱が素通りしたくらい。
(薔薇の花もジャムも似合わないなら、花の蜜だって駄目なのかも…)
ストローで蜜を吸おうとしていたならば、誰もが笑い出すかもしれない。あまりにも似合わない姿だからと、それは可笑しそうに。
(ぼくが見たって、笑わないけど…)
そういうハーレイも微笑ましい。ストローで花の蜜を吸っても。
ジュースをストローで飲んでいるのと、何処も変わりはしないから。透き通ったガラスで出来た器が、生きている花になるというだけ。
(変じゃないよね…?)
おかしくないよ、と思うけれども、それは自分が「ハーレイのことを好き」だから、そのように感じるだけかもしれない。「コップか、花かの違いだけだよ」と、単純に。
(…他の人たちが見たんなら…)
白いシャングリラの頃と同じに、今のハーレイでも「似合わない」と噂が立つのだろうか。
蜂蜜を食べているならともかく、花から直接、蜜を吸ったら。
花たちに集まる蝶さながらに、ハーレイがストローで吸っていたなら。蝶はそうして、花たちの蜜を吸って生きるもの。花の蜜を吸って、それを食事にしているのだから。
原因は其処にあるのだろうか、と考え込む。ハーレイの姿に、蝶が重ならない理由。
(渡り鳥なら、餌は虫とか…)
花の蜜が好きな鳥もいるけれど、そういった鳥は少数派。大抵の鳥の餌は虫や、木の実や穀物。魚を捕まえて食べる鳥も多いし、蝶よりは逞しいイメージがある。花の蜜で命を繋ぐ蝶より。
(やっぱり花の蜜を吸うせいかな…?)
それでハーレイには蝶が重なってくれないのかな、と思っていたら、チャイムの音。仕事帰りのハーレイが訪ねて来てくれたから、テーブルを挟んで向かい合わせで訊いてみた。
「あのね、ハーレイ…。ちょっと訊きたいんだけど…」
花の蜜を吸うのが似合わない人って、あるのかな?
イメージしようと思ってみたって、ちっとも頭に浮かばないほど。
「はあ? 花の蜜を吸うのが似合わないって…。なんの話だ?」
どういったヤツに似合わないんだ、とハーレイは怪訝そうな顔。「心当たりがあるのか?」と。
「…ハーレイのことなんだけど…。似合わないかな、花の蜜…」
蜂蜜だったら似合うだろうけど、花から直接吸おうとしてたら駄目なのかな、って…。
前のハーレイ、薔薇の花もジャムも似合っていない、ってシャングリラで言われていたものね。
薔薇の花びらのジャムのクジ引きだって出来なかったし…、と挙げた例。
他の様々な花たちのことは知らないけれども、薔薇の花だけは「似合わない」と噂だったから。
「…失礼なヤツだな、お前ってヤツは。花の蜜なら吸ってたぞ」
「ええっ!?」
いつの間に、と目を丸くした。
白いシャングリラに幾つも設けられた公園。ブリッジが見える一番大きな公園の他に、居住区の中に憩いの空間。色々な花が植えられていたし、蜜を吸うのは自由だけれど…。
(…前のハーレイが花の蜜って…)
そんなの知らない、と前の自分の記憶を手繰る。
キャプテンとしての視察の合間に、公園で吸っていたのだろうか。一息つこうと入った時には、花の蜜で英気を養ったとか…?
「勘違いするなよ、前の俺だと思ったな、お前?」
前の俺じゃなくて、今の俺の方だ。…シャングリラじゃ、花の蜜なんか吸っていないしな。
第一、それを知らなかった、とハーレイが浮かべた苦笑い。
白いシャングリラの公園で咲いた花たち、その蜜はミツバチたちのもの。どの公園にも、巣箱が置かれていたものだった。ミツバチはせっせと蜜を集めて、その蜜を人間たちが集める。
そういう決まりで、約束事。あの船で人間が食べていたのは蜂蜜だけ。
「俺が思うに、子供たちだって吸っていなかっただろう。花たちを駄目にしちまうからな」
人間様が蜜を吸うには、花を毟らないと無理だから。…花は小さいのに、人間の身体は、ずっと大きく出来てるだろうが。幼稚園に通う子供にしたって、花たちから見ればデカすぎだ。
その子供たちの遊びだな、と教えて貰った、花を毟って蜜を吸うこと。
花の形が筒に似ていると、たっぷりと蜜が吸えるという。ツツジやサルビア、スイカズラなど。小さくてもかまわないのだったら、レンゲの蜜も美味らしい。
遠い昔は、おやつになった花たちの蜜。人間が地球しか知らなかった時代は、子供たちが遊びのついでに食べた。花を毟って、中に溜まっている蜜を。
「そうなんだ…。花の蜜なら、甘いだろうしね…」
ミツバチが集める蜂蜜の元で、それを直接食べるんだから。…味は薄いかもしれないけれど。
「蜂蜜に比べりゃ、味は薄いな。しかし、甘さは充分あるぞ」
だからこそ、おやつ代わりになっていたんだ。咲いてれば、ヒョイと毟って、吸って。
俺は親父に色々教えて貰ったなあ…。蜜がある花も、どうやって蜜を吸うのかも。
つまりだ、俺の親父も花の蜜を美味しく吸っていたわけで…。ガキだった俺の目の前で。
今でも釣りに出掛けた時には、吸ってるんだと思うがな?
俺の親父だし、俺とは全く似ていないってわけじゃない。今の時代は本物の親子で、親父の顔は俺にも似てる。…ついでに俺より年を食ってる爺さんで…。
その親父にも、花の蜜を吸うのは似合わないってことになるんだが…。
お前が言ってる、「前の俺には似合いそうにない」って理屈だと。親父は俺の親父なんだから。
「ごめんなさい…。ハーレイのお父さんの悪口を言う気は無かったんだよ」
花の蜜の吸い方、詳しいなんて知らなかったから…。
きっと似合っているんだろうね、釣りの合間に花を毟って蜜を吸っていたら。
側で見てても、のんびりしていて素敵な景色。
きっと真似する人もいるよね、「この花の蜜は美味しいらしい」って。
ハーレイの父には似合うのだろう、花を毟って蜜を吸うこと。今のハーレイがそれをやっても、充分、絵になりそうな光景。
(学校の花壇のを、ちょっと毟って…)
吸っていたなら、たちまち生徒が集まるだろう。「先生、何をしてるんですか?」と、好奇心に瞳を輝かせて。
そうなったならば、ハーレイは余裕たっぷりに…。
(こうやって中の蜜を吸うんだ、って…)
手本を見せつつ、「だが、学校の花でやるなよ?」と釘を刺すのに違いない。寄って来た生徒が花を毟ったら、花壇の花はすっかり消えてしまうから。次から次へと毟り取られて。
(一人や二人じゃないもんね?)
ハーレイを真似て、蜜を吸おうとする生徒たち。それに情報は直ぐに伝わり、其処にいなかった生徒たちまでが花壇を目指す。「あそこに咲いてる、この花の蜜が美味しいらしい」と。
そんな具合だから、誰もハーレイを笑いはしない。「似合わない」とも言ったりはしない。
でも…。
「…ハーレイには、やっぱり似合わないように思うんだけど…」
ちょっと無理そう、と頭の中にアサギマダラを描く。花の蜜を吸うハーレイだったら、ごくごく自然に浮かんでくるのに、アサギマダラは重ならない。…ハーレイの姿に似合いはしない。
「似合わないって…。俺に、花の蜜がか?」
ガキの頃には吸っていたって、今はデカすぎて似合っていないと言いたいのか、お前…?
まあ、昔ほどには似合わんだろうが…、とハーレイは勘違いをした。花の蜜を吸う姿だったら、今でも似合っているというのに。
「ううん、そうじゃなくて…。それかと思っていたんだけれど…」
花の蜜を直接吸っているのが、似合わないのかと思ったんだけど…。
蜂蜜だったら、ハーレイでもちゃんと似合いそうだから。
蜂蜜の瓶からスプーン掬って、お菓子の材料に混ぜていくとか、果物にかけて食べるとか。
そっちだったら似合うけれども、花から直接は駄目なのかな、って…。
「なんだ、どうした?」
俺と花の蜜がどうかしたのか、直接吸ったら何か問題でもありそうなのか…?
花の蜜は美味いものなんだがな、とハーレイは蜜にこだわるけれど。花の蜜の話だと思い込んでいるのだけれども、そうではない。
事の起こりはアサギマダラで、それがハーレイと重ならないこと。同じように海を渡る鳥なら、自然にピタリと重なるのに。
だから…。
「似合わないのは花の蜜じゃなくて、アサギマダラが似合わないんだよ」
蝶の名前だけど、それがハーレイと重ならなくて…。ハーレイには似合っていないよね、って。
そう思うんだけど、と打ち明けた。自分の頭を悩ませている原因を。
「アサギマダラだと? そいつなら俺も知ってるが…」
有名な蝶だし、本物を見掛けたこともある。親父と一緒に出掛けた先の山の中でな。
だが、あれが俺に似合わないとは…。何処からそういうことになるんだ、他の蝶より俺向けだ。
蝶の中ではデカイ方だし、華奢な印象ではないからな。蝶の世界では、デカブツだから。
色合いだって俺に似てるぞ、黒と茶色がよく目立つんだ。白い部分のせいで、引き立って。
俺の色に似ているだろうが、とハーレイが指差す自分の顔。褐色の肌と鳶色の瞳は、黒と茶色の蝶に似ていないこともない。アサギマダラが持っている色に。
「そうなのかも…。大きな蝶だって書いてあったし、色もハーレイに似ているかも…」
でもね、あの蝶は海を渡るでしょ?
アサギマダラは、渡り鳥みたいに渡りをするって、新聞に載っていたんだよ。寒くなってしまう前に、南の地域へ。…群れを作って、海を渡って。
暖かくなったら、それとは逆に戻って来るって…。もう一度、海の上を越えてね。
「渡りの話は有名だよな。…それのお蔭で名前が知られているんだから」
この地域では、渡りをする蝶はアサギマダラしかいないんだ。それこそ、ずっと昔から。人間が地球しか知らなかった頃から、あの蝶は渡りを続けていた。
今の時代も、記録を取っている愛好家たちが多いよな。何処まで飛んだか、調べてるんだ。翅に記号を書き込んだりして、移動してゆく距離やルートを。
アサギマダラと言えば渡りだが、渡ってゆく話がどうだと言うんだ?
俺に似合わないと言うんだったら、それも大いに心外だな。
アサギマダラほどの距離は無理だが、長距離を走るのも、泳ぐのも俺は得意なんだし。
俺に似合いの蝶だと思うが、とハーレイが言うアサギマダラ。共通点は確かに多い。
けれど、重ならないのも事実。これだけ色々と並べられても、ハーレイの姿とアサギマダラは、やはり重なってはくれないから。
「えっとね…。渡りをするのが問題なんだよ、飛んでゆく距離とかは別にして」
ハーレイと何度も渡り鳥の話をしたでしょ、海を越えて飛んでゆく鳥たち。…夜も寝ないで。
ぼくとハーレイが渡り鳥だったら、渡りの時には、ハーレイがぼくを守ってくれるって…。
疲れちゃったり、眠くなったりしちゃった時でも、落ちないように支えてくれるって。
ハーレイが一緒に飛んでくれるから、とても頼もしいんだけど…。
うんと遠くまで飛ばなくちゃ駄目で、休む場所なんか何処にも無くても、ハーレイとだったら、きっと落ちずに飛んでゆけるから。
渡り鳥なら、そうなるんだし…。アサギマダラでも大丈夫だよね、って思っていたら…。
ぼくとハーレイがアサギマダラに生まれていたなら、一緒に飛べると思っていたんだけれど…。
ハーレイと上手く重ならないんだよ、アサギマダラが。…ぼくの頭の中で、ちっとも。
今もやっぱり重ならないよ、と瞳を瞬かせた。渡り鳥なら、無理なく重なるのに。
「アサギマダラが俺と重ならないって…。色なら俺とよく似ているが?」
さっきも言ったが、黒と茶色で、俺の色に似てると思うがな?
蝶の中ではデカブツってトコも、俺に似てると言えるだろう。…他所の地域には、もっとデカイ蝶もいるんだが…。この地域なら、あれでも充分デカイんだし。
俺に似てるぞ、とハーレイは繰り返した。「アサギマダラは、蝶の中では俺に似てるな」と。
「そうかもだけど…。似てる所はあるんだけれど…」
それよりも前に、蝶そのものだよ。…色だけじゃなくて、大きさの方も問題じゃなくて。
渡り鳥なら、どんな鳥でも、ハーレイを重ねられるんだけど…。
ハーレイ、自分にアサギマダラが似合うと思う?
アサギマダラになって、飛ぶこと。
あの蝶になって、海を渡って、ずうっと南の遠い所まで飛んでゆくことが…?
「なんだって…?」
色や大きさは問題じゃなくて、この俺が蝶になることだってか?
アサギマダラになって飛んで行く姿が問題なんだな、海の上を越えて渡りをして…?
俺が蝶か、とハーレイは腕組みをして考え込んだ。「アサギマダラが、俺そのものか」と。
それからフウとついた溜息。「似合わんな」と、呆れた風に。
「俺らしい色だし、蝶の中ではデカブツなんだが…。似合っていないな、お前が言う通り」
確かに俺には似合わないようだ、アサギマダラというヤツは。
俺がそっくりアレになるなど、自分でも全く想像がつかん。「あれが俺だ」と思ってみたって、まるで重なってはくれないな。…共通点なら幾つもあるのに。
「でしょ? ハーレイとアサギマダラは、ちっとも重ならないんだよ」
ぼくが一人で考えてた時は、共通点には気付いていなかったけど…。色も、大きさも。
共通点を教えて貰った後でも、やっぱり重ならないけどね。
…それでね、ぼくが考えていた重ならない原因、花の蜜を吸ってることだったんだよ。花の蜜を吸って生きてる所が、ハーレイらしくないのかな、って。
前のハーレイには薔薇が似合わないって話があったし、花の蜜を吸うのが駄目なのかも、って。
渡り鳥なら、食べ物は花の蜜じゃないから…。虫とか木の実で、蝶とは全く違うもの。
しっかり食べているんだものね、と渡り鳥の食べ物を持ち出した。花の蜜だけで生きる蝶より、遥かに「生き物」らしい生き方。その辺りで違いが出るのだろうか、と。
「花の蜜なあ…。それだけで生きているとなったら、まるで精霊みたいだが…」
アサギマダラと俺が重ならない原因ってヤツは、花の蜜を吸うせいじゃないだろう。
それはどうやら、蝶そのものが駄目なんだ。…俺には全く似合わなくて。
「蝶そのものが駄目って…。どういう意味?」
ハーレイ、自分で言ってたじゃない。…アサギマダラはハーレイの色に似てる、って。
蝶の中では大きい所も、ハーレイにとても良く似てて…。
渡りで長い距離を飛ぶのも、今のハーレイなら同じようなことをしてるんだから。ジョギングで長い距離を走るし、遠泳だって得意なんでしょ…?
似ているじゃない、と改めて数えた、ハーレイとアサギマダラの共通点。…それだけあっても、今も重なってはくれないけれど。
ハーレイはハーレイで、アサギマダラの姿は重なって来ない。
渡り鳥なら、本当に無理なく重なるのに。
身体の小さなツバメだろうと、「あれがハーレイだよ」と、頭の中に浮かぶのに。
どうしてだろう、と首を傾げることしか出来ない。何故、ハーレイと重ならないのか、と。
「ねえ、ハーレイ…。蝶だと、何がいけないの?」
アサギマダラとハーレイだったら、似ている所も多いのに…。何処が駄目なの?
分からないよ、と鳶色の瞳を見詰めて尋ねた。ハーレイは「簡単だがな?」と自分の肩を指先でトンと叩いて、「答えは此処だ」と肩の後ろを指しながら…。
「一つ訊くがな…。俺の背中に、蝶の翅ってヤツは似合いそうか?」
どう思う、と投げられた問い。背後を指で示したままで。
「…背中?」
「ああ。俺の背中だ、今は後ろに壁くらいしか無いんだが…。想像力を働かせてくれ」
俺の背中に、天使の翼みたいな具合に、蝶の翅っていうヤツをくっつけてみろ。…頭の中で。
アサギマダラでも何でもいいから、蝶の翅だ。どういう感じになりそうなのか。
翅を広げたら、こうなるよな、とハーレイの指が描いた線。何もない空間に、スイと左に、次は右にと。見えない翅があるかのように。
線を描いたら、ハーレイは手をテーブルの上に戻して笑んだ。「想像力の出番だぞ?」と。
「えーっと…? 蝶の翅だよね…?」
アサギマダラでもいいし、他の蝶でもよくて…。ハーレイの背中に、蝶の翅…。
頭の中でくっつけなくちゃ、とハーレイを前にして、イメージしてみた蝶の翅。ハーレイの指がさっき描いていたように、まずは透明な翅の形から。
(右と左に、おんなじ翅…)
蝶の翅だとこんな感じ、と描こうとしても、翅の形が浮かんでこない。蝶の翅なら、いくらでも頭の中にあるのに。…アサギマダラの写真だったら、今日、新聞で見たばかりなのに。
(…蝶の翅…)
くっつかないよ、と何度もパチパチ瞬き。天使の羽なら、ちゃんとイメージ出来るのに。純白の翼も、ハーレイらしい茶色の羽根が生えた翼も。
なのに浮かばない、蝶の翅の方。どう頑張っても、天使の翼と置き換えたくても。
(全然駄目…)
まるで想像できない姿。蝶の翅を背中に持ったハーレイ。それが少しも浮かんでくれない。
色合いだったら似合いそうな筈のアサギマダラも、ただ透明なだけの蝶の翅さえ。
じっとハーレイの後ろを眺めて、くっつけようと試みた翅。蝶の翅なら片方に二枚、大きな翅と少し小ぶりの翅と。それを左右につけるだけのことが、少しも出来ない。
天使の翼はくっついたのに。…ハーレイらしい茶色の翼を、アサギマダラの翅にしたいのに。
(…ホントに翅がくっつかない…)
透明な翅さえ描けないなら、それは「似合っていない」ということ。ハーレイに似合いの天使の翼は、ちゃんと描けているのだから。真っ白な翼も、茶色の羽根に覆われた翼も。
悪戦苦闘している所へ、ハーレイの愉快そうな声。
「どうだった、おい?」
俺の背中に、蝶の翅を見事にくっつけられたのか?
アサギマダラでも何でもいいがだ、その翅、俺に似合っているか…?
どうなんだ、とハーレイには答えが見えているよう。蝶の翅など描けないまま、似合いそうにもないと思っていることが。
きっと隠しても無駄だろうから、素直に答えた。「くっつかないよ」と。
「うんと頑張ってみたんだけれど…。ハーレイの背中に、蝶の翅、くっつけられないんだよ」
天使の翼はくっついたけれど、蝶の翅は駄目。…アサギマダラも、透明なだけの翅だって。
ハーレイには似合わないみたい…。天使の翼はくっつくけれども、蝶の翅だと駄目なんだもの。
もしもピッタリ似合うんだったら、蝶の翅、くっついてくれそうでしょ…?
ハーレイに似合っている翅が、と天使の翼のことを話した。白い翼もくっつけられるし、茶色の羽根の翼も直ぐに浮かんでくるよ、と。「でも、蝶の翅は無理みたい」とも。
「そうか、頑張っても無理だったか。…そうなるだろうとは思ってたがな」
それだ、アサギマダラと俺が重ならない原因は。
俺の背中に、蝶の翅ってヤツは似合わない。…俺には似合いの色を持ってるアサギマダラでも。
どうやっても俺には似合わないのが蝶の翅でだ、だから蝶とも重ならない。
アサギマダラと共通点はあっても、俺は蝶にはなれないんだな。
なれないのならば、重なるわけがないだろう?
俺の姿と重ねたくても、アサギマダラは重なりはしない。…俺は蝶にはなれないから。
どんなに色合いが俺に似ていようと、デカブツな所がそっくりだろうと、無理な相談というヤツだな。アサギマダラを俺と重ねるのは。
努力するだけ無駄ってことだ、とハーレイは可笑しそうな顔。「蝶だしな?」と。
「お前、妖精、知ってるだろう?」
花の妖精とか、いろんなヤツがいるんだが…。妖精くらいは知っているよな?
「うん。見たことは一度も無いけどね」
今の地球なら、妖精だって戻って来ていそう。花が咲いてる野原に行ったら、きっといるよね。人間の目には見えなくっても、輪になって踊っていたりもして。
「フェアリーリングなあ…。そういう話も前にしたっけな、妖精が踊った後に出来る輪」
その妖精だが、あれには蝶の翅が似合いだ。そういう絵、幾つも描かれているだろ?
だがな、どの絵も女ばかりだ。…男の妖精に蝶の翅ってヤツはくっついてるか…?
背中に蝶の翅を背負った、男の妖精を知っているか、と問い掛けられて首を捻った。知っている知識を総動員して、妖精たちの姿を思い浮かべて。
「んーと…? 男の妖精だよね? それで背中に蝶の翅があって…」
どうだろう、と懸命に探すけれども、出て来ない。背中に蝶の翅を持っている、男の妖精。女の姿の妖精だったら、いくらでも頭に浮かぶのに。挿絵や絵画や、様々なものが。
けれど、男の妖精はいない。蝶の翅を持った妖精どころか、背中に翅が無いかもしれない。翅を持った妖精がいるとしたって、咄嗟には何も出て来てくれない。
(…男の妖精は、蝶の翅を持っていないわけ…?)
あれは女の妖精だけなの、と高い壁にぶつかってしまった思考。妖精といえば、背中にあるのが蝶などの翅。そうだと思い込んでいたのに、男の妖精は、それを持ってはいないようだから。
「どうだ、ブルー? …浮かばんだろうが、蝶の翅を持った男の妖精は」
女の妖精なら山といるがな、とハーレイは今度も先回りした。答えは知っているとばかりに。
「…そうみたいだけど…。いくら考えても、出て来ないけど…」
蝶の翅がある男の妖精、いないものなの?
誰も出会ったことがなくって、絵を描いた人もいなかったりする…?
「どうなんだかなあ…。俺も詳しくはないんだが…。妖精は日本のものじゃないから」
しかしだ、人魚なんかだと、男の人魚は醜いそうだぞ。女の人魚は、それは綺麗なのに。
それと同じで、男の妖精も醜いヤツが多いんだ。
妖精の世界じゃ、女は綺麗で、男は醜いのが普通なのかもな。
醜い姿の者が多いのが、妖精の男。よく知られているドワーフも、姿は醜いという。もちろん、背中に蝶の翅は無い。ただの小人で、とても醜く描かれたりもして。
「醜い姿に、蝶の翅なんぞは似合わんだろう? 蝶は綺麗なものなんだから」
そのせいなのか、蝶の翅をくっつけた男の妖精ってヤツは、俺だって思い浮かばんな。幾つもの資料を当たっていったら、何処かにいるかもしれないが。
だが、有名じゃないってことはだ、男には似合わないってこった。…蝶の翅がな。それは美しい姿をしてても、駄目なんだろう。そいつが男である限りは。
だから俺にも似合わないわけだ。お前がいくら頑張ってみても、蝶の翅は俺にはくっつかない。俺も男には違いないから、駄目ってことだな。
「…そうなっちゃうわけ?」
蝶の翅、男には似合わないから、ハーレイにも似合ってくれないの…?
それでハーレイとアサギマダラは、どうしてもイメージが重ならないわけ…?
「結論から言えば、それに尽きるな。どう転がっても、俺には蝶の翅は似合わん」
アサギマダラだろうが、真っ黒なカラスアゲハだろうが。…どれも俺には似合わないわけだ。
お前のイメージは間違っちゃいない、と言われたけれど。ハーレイと蝶は、重ならなくても何も不思議は無いらしいけれど、それならば鳥はどうなるのだろう?
渡り鳥の話で出て来たツバメは、鳥の中では可憐な方。けれどハーレイを重ねられるから。
「…ハーレイの話も分かるけど…。でも…。渡り鳥なら、ハーレイに似合っていたよ?」
ツバメは変だと思わなかったし、渡り鳥じゃないけど、鶴だって…。
ぼくたちを鶴に重ねて話してた時も、少しもおかしくなかったのに…。鶴とハーレイ、頭の中でピタリと重なってたのに…。
「そいつは、どれも鳥だからだろ」
うんと可憐な鳥も多いが、逞しい鳥も多いから…。翼を広げりゃ、鶴だってとてもデカイんだ。
だからだろうなあ、天使でなくても、翼のついてる男は昔からいるもんだ。
神話の中にも、伝説の中にも。
作り物の翼で空に舞い上がったイカロスにしても、鳥の翼で飛んだだろうが。
しかし、蝶の翅を持った男の話は、俺の知る中には無いからなあ…。
男にはよっぽど似合わないんだな、妖精だろうが、神話や伝説の人物だろうが。
致命的に似合わないんだろう、とハーレイは笑う。「俺でなくても駄目なようだ」と。
「其処へ持って来て、俺だしな? いかつい身体に蝶の翅はなあ…」
似合わないのが当然だろうし、アサギマダラの翅でも無理だ。あれだって蝶の翅なんだから。
もう絶対に無理ってもんだ、とハーレイが否定する蝶の翅。「俺には無理だ」と、手を広げて。
「それって、イメージの問題なの?」
ハーレイに蝶の翅が似合わないから、アサギマダラの姿と重ならないの…?
共通点が幾つもあっても、ハーレイの上にアサギマダラを重ねることは出来ないわけ…?
「そうなるんだろうな、相手が蝶の翅だけに。…女の妖精しか持っていないような翅」
前のお前でも無理だと思うぞ、蝶の翅を持つというのはな。…ソルジャー・ブルーでも。
どう思う、前のお前に蝶の翅は似合いそうなのか…?
そっちも、ちょいと考えてみろ、と促されなくても、答えは直ぐに弾き出された。今の時代も、人気を誇るソルジャー・ブルー。王子様扱いされるくらいなのだし、美しい容姿には違いない。
けれど、その背に蝶の翅をつけることが出来るかと問われたら…。
「前のぼくでも、駄目だと思う…」
なんだか変だよ、蝶の翅なんて。…アサギマダラでも、モンシロチョウでも、どんな蝶でも。
「ほら見ろ。…天使みたいだった前のお前にしたって、蝶の翅を持つのは無理なんだ」
それが男の限界ってヤツだな、どう頑張っても蝶の翅など持てやしない。…俺でなくても。
蝶の姿が重ならないのも仕方ないだろ、最初から違いすぎるんだから。
俺とアサギマダラじゃ月とスッポンどころじゃないぞ、とハーレイが指摘する両者の違い。幾つ共通点があっても、ハーレイの姿にアサギマダラは重ならないらしい。
「…じゃあ、アサギマダラになって、海を越えて飛んで行くっていうのは…」
ぼくとハーレイとでやるのは無理なの、二人で海は越えて行けない…?
「いや、その点なら大丈夫だろう。アサギマダラの世界にもオスはいるんだから…」
お互い、蝶になっちまったなら、姿のことは気にならんだろう。蝶の翅が普通なんだしな?
だが、今の俺の姿に、蝶の翅はどうにも似合わんぞ。アサギマダラの翅にしたって。
「…蝶の翅…。チビのぼくでも難しいよね…」
今の間なら似合うのか、って尋ねられても、似合わないと思う…。
子供のぼくでも似合わないなら、男の人には、本当に似合わないんだね…。蝶の翅って。
なるほど、と納得させられた。蝶の翅が似合わない、男性という種類の人間について。
そのせいで海を渡る蝶のアサギマダラは、ハーレイの姿に重ならなかったのか、と。
蝶の翅自体が似合わないなら、蝶が重なる筈もない。
もっとも、蝶の翅が全く似合わないのは、ハーレイだけではなくて、自分もだけれど。今よりも遥かに美しかった、ソルジャー・ブルーでも似合わないのだけれど。
そうは言っても、ハーレイと二人で海を渡って飛んでゆくことには憧れる。渡り鳥はもちろん、渡り鳥のように海を渡ってゆく蝶だって。
だから強請らずにはいられない。…蝶の翅が似合わない、褐色の肌の恋人に。
「ハーレイの背中に、蝶の翅は似合わないらしいけど…。でも…」
ぼくたちがアサギマダラになっちゃった時は、ハーレイ、一緒に海を渡ってくれるよね?
南まで飛んで行く旅の途中で、ぼくが落っこちちゃわないように。
眠りそうになったら、ちゃんと隣で支えてくれて…?
「もちろんだ。…その時はきっと、お前の目には俺が頼もしく見えるだろうさ」
翼の代わりに、蝶の翅を持った姿の俺でも。ひらひらと飛んでいるだけでも。
お前だってきっと綺麗に見えるぞ、他の誰よりも。
蝶の翅の模様はどれも同じにしたって、お前は、群れの中の誰よりも綺麗な蝶なんだろうな。
俺がすっかり参っちまうほど…、とハーレイが褒めてくれるから。
「そうだといいな…」
誰よりも綺麗だと思って貰えるアサギマダラになれたら、嬉しいんだけど…。
そして誰よりも強いハーレイと一緒に飛んでゆけたら、もう本当に最高だけど…。
二人一緒に飛んでゆこうね、と頼もうとしたら、「気が早いヤツだな」と返った返事。
「おいおい、アサギマダラになって二人で飛ぶのもいいが、だ…。蝶になるより前にだな…」
今の人生を楽しまないと、と諭された。「まずは二人で、其処からだろう?」と。
それは確かに間違っていないし、二人で今を生きてゆく。青い地球の上に生まれ変わった今を。
そうして、忘れないでいたなら、いつかハーレイとアサギマダラを見に行きたい。
雨にも風にも弱い筈の翅で、海を渡るという逞しい蝶を。
「あんな風にハーレイと飛んでみたいよ」と、今の自分にさえも似合わない翅を持つ蝶を。
きっとハーレイとなら、蝶になっても飛べるから。長い渡りも、二人なら飛べる。
弱い翅でも、海を渡って二人で飛んでゆける筈だから、海を渡る蝶をハーレイと見よう。
アサギマダラが海を渡る前に、群れを作るという場所に行って。
これから海を越えてゆく群れを、ハーレイと二人で見送ろう。
「元気に飛んで、帰って来てね」と。
長い旅でも、海に落ちずに、みんな揃って春に戻って来て欲しいから。
ハーレイの色を持ったアサギマダラの群れに向かって、懸命に手を振ってやりたい。
「行ってらっしゃい」と、「海の上でも頑張ってね」と…。
海を渡る蝶・了
※海を渡る蝶、アサギマダラ。渡り鳥のような長旅も、ハーレイならブルーを支えそう。
けれど、ブルーには想像出来なかった、蝶のハーレイ。蝶の翅は、男性には似合わないもの。
ハレブル別館ですが、年度末で終了することに決めました。
例年だったら訪問者がある年末年始も、pixiv に来た人はゼロのまま。
「その後の二人」を書くかどうかは、気分次第でしょう。
おバカなシャングリラ学園生徒会室の方は、今年も今まで通りです。
他の二つのサイトについては、続けられる間は、書き続けると思います。
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