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シャングリラ学園シリーズのアーカイブです。 ハレブル別館も併設しております。

夢だった救命艇

 ぱらり。
 シャングリラの写真集のページをめくる。前はハーレイとのたった一つのお揃いだった写真集。ハーレイが見付けて先に買って来て、教えてくれた。
 ぼくのお小遣いでは買えない値段の豪華版。パパに強請って買って貰った。シャングリラの姿も懐かしかったけれど、ハーレイと同じ写真集を持っていることが嬉しかった。
 お揃いの持ち物は夏休みの一番最後の日に増えて、机の上にフォトフレーム。飴色をした木製のそれに入った、ぼくとハーレイとの記念写真。眺めるだけで幸せになれるハーレイの笑顔と、隣で嬉しそうに笑っているぼく。ハーレイの左腕にギュッと両腕で抱き付いたぼく。
 写真の中のハーレイに見守られながら勉強をしたり、本を読んだり。なんて幸せなんだろうかと胸が温かくなる時間。その机でシャングリラの写真集の世界に入り込んでゆく。



 白い大きな鯨のようだったシャングリラ。
 ぼくが守った白い船。ハーレイが舵を握っていた船。
 楽園の名をつけたその船は役目を終えて時の彼方に消えたけれども、今でも一番有名な宇宙船。こうして写真集が売られているほど、人気の高いシャングリラ。
 地球が燃えてトォニィがソルジャーを引き継いだ時には、人類とミュウは歩み寄り始めていた。十年と経たずに完全な共存状態になって、ミュウの母船は要らなくなった。トォニィも船を降り、シャングリラは見学用に公開されたり、時には記念飛行をしたり。
 その頃に撮られた写真を編んで作られた写真集。宇宙空間を飛ぶシャングリラや、人の住む星を背景に浮かぶシャングリラも何枚も収まっている。
 最後のソルジャーとなったトォニィは地球で命尽きたジョミーたちの思い出を大切に守り、皆の生きた証をそのままに残しておいてくれた。手を触れないで、皆が離れたその時のままで。
 だから此処には青の間も、キャプテンの部屋も、ぼくが見ていた頃と全く変わらず写っている。ハーレイの机に置かれた白い羽根ペンも、棚に並んだ航宙日誌も。
 懐かしい部屋を順に巡って、それから公園の奥に見えるブリッジ。展望室も天体の間も、ぼくが暮らしていた頃のまま。
 何もかもが時を止めたかのように写真集の中に在るのだけれど、ぼくが居た頃と決定的に異なるものが一つだけ。写真集には写ってはおらず、説明すらも無いのだけれど…。



 写真集に載っているシャングリラの広い格納庫。一機のギブリに焦点を当てて撮ってあるから、他のシャトルや小型船の姿は分からない。シルエットか、もしくはフレームの外か。
 船体の改造を終える前から広かったシャングリラの格納庫。改造する時には「もっと大きく」と注文をつけた。皆は其処に人類側から奪った機体がズラリと並ぶと思ったようだ。戦闘機を揃えて万一の時に備えるのだ、と。
 既にソルジャーだった、ぼく。唯一の戦力だったぼくの指示だから、広い格納庫が完成した。
 シャングリラの前身だった船に在ったシャトルを数機備えただけの、ガランとした広い格納庫。
 ぼくは其処に一つの夢を託した。
 皆が期待した戦闘機などではなくて、ミュウの命を守ってゆくために必要な船。
 いつの日か、此処に救命艇を置く。シャングリラに居るミュウたち全員を乗せても充分な数の。
 そう言ったら、案の定、厳しい意見が幾つも出て来た。直ぐに怒り出すゼルはもちろん、大勢の他のミュウたちからも。「そんな余裕が何処にあるか」だの「誰が助けてくれるんだ」だのと。
 救命艇を建造できる技術はあっても資材など無いし、たとえ作れても救助は来ない。救難信号を発信したって、仲間の船は何処からも来ない。人類側に発見されて捕まるのが目に見えている。
 皆の主張は正しかったから、これはあくまで夢だと言った。
 今は救命艇を作れはしないし、作っても救助に来る船は無い。ミュウを乗せた船はシャングリラだけで、それを失った時は終わりの時。
 でも、いつか。
 ミュウを乗せた船が宇宙を行き交い、救難信号を出せば救助される時代が来るだろう。そういう時代が必ず来る。ミュウの船でも救命艇を積んであるのが当たり前の時代がやって来る。
 シャングリラみたいに大きな船なら、救命艇は沢山要る。それを積み込む時に備えて、格納庫は広く作っておこう、と。後で広げるのは難しいから、今から広くしておくのだと。



 改造前の船の救命艇は作り替えられてシャトルになった。そうせざるを得ない時代だった。
 必要のない救命艇より、使える船がある方がいい。
 資材が手に入るようになっても、シャトルやミュウの救出に使う小型船を建造するのが最優先。格納庫に船は増えていったけれど、ぼくが夢見た救命艇は誰も作りはしなかった。
 それでもいつか、と夢を見ながら長い眠りに就き、目覚めた時にはナスカに居た。十五年ぶりに見た格納庫。ミュウに仇なす地球の男を其処で倒すべく、先回りをして辿り着いた。
 ギブリの車輪に背中を預けて座って待つ間に、ぼくは周りを見回した。広い格納庫を作り上げた時代の何倍もに増えた幾つもの機体。それでも救命艇は無かった。
 ナスカに基地を作ったとはいえ、ミュウの居場所はナスカの他には無かったから。この宇宙にはシャングリラの他にミュウの船は無く、救命艇で脱出したって助けてくれる仲間の船など何処にも存在しなかったから…。



 そう、あの時には救命艇は載っていなかった。けれど、前のぼくが死んでから後に夢は叶って、地球に辿り着いた頃には救命艇が在ったという。当時の資料で確かに見付けた。
 ただ、救命艇がいつ出来たのかが分からない。資料を見付けたデータベースに建造した日などは記されておらず、シャングリラに居たミュウ全員が乗れるだけの数が在ったことしか分からない。
 ハーレイの航宙日誌を扱うデータベースも見てみたけれども、中身が多すぎてお手上げだった。この辺りかと見当をつけて探してみても、どうにもならない。
 いつの間にか備え付けられていた救命艇。
 ソルジャー・ブルーだった前の生のぼくが最後まで欲しかった救命艇。
 キースとの戦いを控えた時でさえ、格納庫の中を見ていたほどに。
 ぼくの夢だった救命艇。いつ出来たのかを知りたくなったら止まらない。
 ハーレイに訊いてみようと思った。覚えていない筈が無いから。
 きっとハーレイが指揮して作らせた船。何故ならハーレイはキャプテンだから。シャングリラに居るミュウたちの命を預かる立場のキャプテンだから…。



 週末の土曜日、訪ねて来てくれたハーレイに尋ねてみた。ぼくの部屋で向かい合わせに座って、二人でお茶を飲んでいる時に。
「ねえ、ハーレイ。…シャングリラに在った救命艇って、いつ作ったの?」
「知っていたのか? 作ったことを」
 ハーレイが目を丸くするから、「うん」と頷く。
「気になったから調べてみたんだ。…地球に行った後には出来ただろうと思ったんだけど、もっと前に出来ていたんだね」
「ああ。アルテメシアを落として直ぐに作ったな」
「そんなに早く?」
 予想外の答えに驚いた。そこまで早いとは思わなかったし、ハーレイの航宙日誌もアルテメシア陥落の辺りは調べていない。ハーレイは「早いだろう?」と笑みを浮かべた。
「救命艇はお前の夢だったからな。…ジョミーに言ったさ、そのとおりに。アルテメシアを味方に付けたからには、其処から救助船が来る。それに備えて作るべきだ、と」
「…それで?」
「その場で作ると言ってくれたぞ。思い付かなかった、と苦笑いしながら指図してたな。行動力は充分なソルジャーだったが、勢いで進むだけではなあ…」
 生き残る手段も講じてこそだ、とハーレイが笑う。
「俺たちを助けに来てくれる船が出来たからには、そいつが来るまで生きていないとな? お前が救命艇をいつか作ると言わなかったら、俺もそこまで気が回ったかは自信が無いが」
「ハーレイならきっと思い付いたよ、キャプテンだもの」
 いつだって船の仲間の安全を考えていたキャプテン・ハーレイだもの…。
「お前に言われると嬉しくなるな。俺たちが作った救命艇だが、地球でも役立った筈なんだ。近い星に降りて救助を待てる仕様に作っておいたし、短距離なら自力で航行可能だからな」
「そっか…。良かった。役に立ったなら、作っておいてホントに良かった」
 …ぼくが作ったわけじゃないけど。
 ハーレイが言って、ジョミーが作らせた船なんだけど…。



「いや、お前だ」
 救命艇を作らせたのはお前の言葉だ、とハーレイの鳶色の瞳がぼくを真っ直ぐに見た。
「お前が何度も言っていたからこそ、後回しにせずに取り掛かれた。…あのタイミングだったから作れたんだ。本格的な戦闘に入ってからだと、まず無理だったな」
 人類軍との戦いは熾烈を極めた、とハーレイは語る。ぼくも前世の記憶を取り戻してから自分で調べて知っていた。あの強かったナスカの子でさえ失ったほどの激しい戦い。人類軍の全てを敵に回しての戦いの火蓋が切って落とされた後は、救命艇どころじゃなかっただろう。
「…そうだね、作ってる暇は無かっただろうね」
「いつ攻撃が来るか分からないしな? しかしだ、お前の言葉のお蔭で俺たちは救命艇ってヤツを持っていたんだ。それがどれだけ心強かったか、お前なら直ぐに分かるだろう?」
 戦闘の真っ最中には救命艇は意味が無いかもしれない。
 しかし、戦いに勝っても船体に傷を負い、船内に留まれなくなる可能性もある。そうなった時に助けに来てくれる船があっても、救命艇が無ければ全員が逃げることは出来ない。
「まずは全員が無事に脱出出来んとな? それが出来るのが有難かったさ、救命艇に乗れれば皆が安全に生き延びられるんだ」
 もしも無かったら、一部の者しか助からない。せっかく助けが来るというのに。
「シャングリラが沈んだとしても、生き残っていれば新しい船で地球を目指せる。だがな、船ごと沈んじまったらミュウの歴史も其処で終わりだ。救命艇は必要だったんだ」
 幸い、出番は無かったが…、と過ぎ去った時を振り返るハーレイに向かって呟いてみた。
「……タイタニック…」
「ああ。お前が何度も口にしていた。遠い昔の地球の船だな」
「…うん。人数分の救命ボートを積んでいなかった豪華客船。氷山と衝突して、大勢が死んだ」
 SD体制が始まるよりも前、映画や物語にもなっていた実話。今のぼくも本で読んだけれども、ソルジャー・ブルーだったぼくも知っていた。アルタミラから脱出した後、救命艇の建造を考えた時点で出会った情報。
 シャングリラを決してタイタニックにしてはならない、と救命艇が一層欲しくなった。それでも夢は夢に過ぎなくて、前のぼくが生きていた間に救命艇は作られなかった。
 でも…。



「救命艇が出来て良かった。シャングリラは事故に遭わずに引退出来たみたいだけれど」
 ぼくがいなくなった後でも出来て良かった、と思ったから。そう言ったら、ハーレイは「充分に役に立ったさ、あれは」と微笑んでくれた。
「ちゃんとした記録は残ってないがな、俺もジョミーも死んでしまった後で地球に残った者たちを助けるために降ろしたシャトル。…それを調べたら、シャトルの数が俺の記憶より多かった」
「えっ?」
「俺の記憶よりも多いシャトルが降りていたんだ、燃える地球にな。数え直す前に俺は気付いた。降りたのはシャトルだけじゃない。救命艇も使ったんだ、と」
 お前が見付けたタイタニックの話が燃え上がる地球から人を助けた。
 タイタニックにならないように、と積み込ませていた救命艇が燃える地球で役に立ったんだ。
 何の記録も残っていないが、俺はそうだと確信している。
「お前が作らせた救命艇だ。…あれに乗った人はお前に助けられたわけだな、燃える地球から」
「…ぼくじゃない」
 ぼくじゃないよ、と今の生でも前の生でも出会った船に思いを馳せた。
 遙かな昔に地球の海に沈んだ豪華客船。大勢の人を乗せたまま、深い水底に消えた悲劇の船。
「救命艇を作らなくちゃ、と何度もぼくに思わせたのはタイタニック。…救命艇に乗り込んだ人を助け出したのはタイタニックなんだよ、ぼくじゃなくって」
 この地球の何処かに今も眠っているだろう船。
 地形も何もかも変わってしまって、沈んだ場所すら無くなったけれど、きっと何処かに…。



「タイタニックか…」
 この地球の何処かに今もあるのか、とハーレイは少し考え込んで。
「地球と言えば、前の俺の身体も何処かにあるんだな。…タイタニックが今もあるなら」
「ジョミーたちもね」
 ぼくはハーレイの言葉に懐かしい名前を付け加えた。地球の地の底で死んでいったと知った仲間たち。ゼルにヒルマン、エラ、それにブラウ。ジョミーを助けに降りて戻らなかったリオ。ぼくを撃ったキースも、人類とミュウの和解を促して命尽きたと聞く。
「…みんな、何処かに身体があるんだよ。でも、ハーレイかあ…。なんだか不思議」
 ハーレイはぼくの目の前にいるのに、前の身体も何処かにある。形なんか残っていないだろうと思うけれども、この地球の何処かに前のハーレイが埋まっている。
 それなのにちゃんとハーレイはいるから、ぼくは不思議でたまらない。
「…俺もだ。改めて言われると実際、不思議な感じだな。…何処に眠っているんだろうなあ、俺の身体は」
 今のは此処にあるんだがな、とハーレイが自分の腕をしげしげと見詰めるものだから。
「ぼくの身体はどうなったのかも分からないけど、ハーレイはちゃんと地球になれたね」
 前のハーレイの身体を地の底深くへ飲み込んだ地球。その地球が青く蘇った今、ハーレイの前の身体は何処かで地球の一部になったんだろう。
 青い海の中か、緑の大地か。それとも青空にぽっかりと浮かぶ白い雲なのか…。
「前の俺は地球になったってか?」
「うん。…そして今のぼくを乗っけてくれているんだよ、この地球の上に」
 まるで救命艇みたいに、とハーレイの大きな身体に抱き付く。ハーレイの膝の上に乗っかって、温かな胸に頬を擦り寄せながら。



 前のぼくの夢だった救命艇。
 ハーレイが覚えていてくれて、ジョミーが作らせて、燃える地球の上で役に立った。
 その地球の地の底に消えたハーレイの前の身体は地球になった。ぼくが生まれ変わって来た青い地球になって、ぼくを上に乗せてくれている。
 前の身体が何処に行ったのかも分からない、ぼく。気付けば青い地球という名前の救命艇の上に乗っかっていた。その青い地球の一部は前のハーレイの身体で出来ていて…。
「ぼくは地球になったハーレイに拾われたのかな? この救命艇に乗って行けって」
「…それならいいな。前の俺の身体がお前を乗せる船になったのなら…な」
 地球で死んだ甲斐があるってもんだ、とハーレイがぼくを抱き締めて笑う。
 あの時はお前の所へ行けるとしか思わなかったが、まさかお前を拾えるとは…、と。
「きっとそうだよ、ぼくは何処かで漂ってた」
 身体だって何処にあるのか分かりはしないし、魂だって…。
「ハーレイがぼくを拾ってくれて、ちゃんと連れて来てくれたんだよ。きっと……地球まで」
「おいおい、俺がお前を地球まで、ってか?」
 俺は地球になったんじゃなかったのか、とハーレイは慌てているけれど。
 地球になった前のハーレイと、今のハーレイと、どちらもハーレイ。
 ぼくの大好きな、ぼくが愛したハーレイの中身は、地球になった部分とは、きっと、別。
 ハーレイの中身を構成している心とか魂だとか呼ばれるもの。
 その魂がぼくを探して、拾って、地球まで運んでくれた気がする。
 だって、前のぼくは地球から遠く離れた所で、独りきりで死んでしまったから。
 それなのにハーレイと地球の上に居るし、その青い地球の一部は前のハーレイだったもの。
 きっと、きっと……ハーレイがぼくの救命艇。
 青い地球になったハーレイも、地球まで連れて来てくれたハーレイの魂も、救命艇。
 ハーレイがぼくを乗せてくれたから、ぼくは地球の上で幸せなんだと思う。
 どうしてなんだか分からないけれど、そう思うんだ。
 前のぼくの夢を忘れずにいてくれて、救命艇を作るようにジョミーに言ったハーレイ。
 青い地球の一部になったハーレイ。
 ハーレイならきっと、ぼくに「乗れ」と言ってくれるんだ。
 青い地球という名前の救命艇と、ハーレイの魂で出来た救命艇と。
 俺と一緒に地球へ行こうと、地球になった俺の上で幸せに生きろと………きっと……。




          夢だった救命艇・了

※ソルジャー・ブルーが生きた時代は、シャングリラに無かった救命艇。
 いつかはと望んでいたブルー。叶ったことは嬉しいですよね、命尽きた後でも…。
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